第622話 結論
ハイネが血の記憶を読み取る事に対して同意したエフは、抵抗すること無く、ハイネに血を提供し、その記憶を読み取らせた。
結果は予想よりも早く出た。
「シンヤさん。この女の言っている事は本当よ。
この女、シンヤさんとニルちゃんの情報以外、殆ど何も知らないわ。何度か記憶を読み取っても、それ以外の情報は、この女自身の情報だけで、後は全く関係の無い任務の情報ばかり。しかも、どれも、魔王様が指示した命令ばかりよ。いくつかは私も知っている任務だから間違いないわ。
内容も、極悪人の断罪ばかり。間違いなく魔王様の指示よ。」
「怪しい記憶は一つも無い…か。」
ハイネが言い切るという事は、それに足る他の記憶も読み取れたのだろうが、それを俺達に話さないとなると、魔族以外に…いや、魔族の上層部以外には知らせられないような内容なのだろう。魔族の暗部に生きている者達なのだから、そういう情報は腐る程記憶の中に眠っているはずだ。
流石に、必要も無いのにパンドラの箱を開けるような事はしない。後が怖いし。
「これで少しでも怪しい記憶を持っていたら、話は簡単だったのだけれど、残念ながら、この女は完全な白よ。」
「…そうか。」
ハイネの言葉を聞いた俺は、その場でエフの拘束を解く。
「っ?!」
エフは、その行動に驚いている様子だ。
いくらハイネが読み取った情報が、エフの話を裏付けるものだとしても、エフ自身が俺の事を恨んでいる場合など、エフが俺達を攻撃しない保証など無い。そんな相手の拘束を簡単に解くというのを、エフは、あまりにも甘過ぎると感じたのだろう。
そして、エフならば、素手、片腕でも、それなりに厄介な強さを持っている。その行いが、危険だと分かった上で拘束を解くなんて、馬鹿のする事だ…と思っている事だろう。
しかし、俺はエフが俺達を攻撃して来ないだろうと思っていた。推測というより、確信に近いものだ。
エフは、俺の事が嫌いだ…というのは間違いない。他の皆が会話をする時より、ずっと口調が鋭く、舌打ちも聞き慣れる程にされるから。
しかし、エフは自分の感情よりも、魔族や魔王にとってどうなのかという事を最優先で考える。加えて、冷静に状況を判断出来る。
今この状況で拘束を解かれ、エフが俺達に攻撃を仕掛けて来る、もしくは逃げようとしても、それが不可能だという事を、彼女が一番分かっている。武器も無いし、身に付けていた装備も無い。エフが俺達に勝てる見込みはほぼゼロと言える。
加えて、俺達の話を信じたのならば、俺達が魔王や魔族の助けになる事が分かっているはずだ。その相手を攻撃して、協力関係にヒビを入れるような真似はしない。例え、自身が殺したい程、本気で相手を恨んでいても、優秀な黒犬であるエフは、自身の感情を殺して、魔王や魔族の事を優先する。
彼女が、優秀であるが故に、それは確信に近いものとなる。
何より、ハイネが白だと自信を持って言ったのだから、エフは白で、俺達に害を与えようとはしていないと確信出来る。
「悪いが、まだスラたんのスライムを取り除くわけにはいかないが、取り敢えず、拘束は解いておく。」
白だと分かったが、元々敵だったエフを完全フリーにするのは怖い為、スライムの枷は付けておくが、スラたんから一定以上離れないとか、俺達に危害を加えようとしなければ、スライムは悪さをしない。本当に同じ側に立つならば、有って無いような制約だ。
「……あっさり拘束を解くとはな。」
「ハイネはそれだけ信用出来るからな。」
俺がハイネの方を見ると、ハイネは眉を軽く上げて反応してくれる。
「仲間への信頼か。そんな甘い考えの奴に、私達は負けたのか。笑えない冗談だな。」
エフは、俺の予想通り、拘束を解かれても攻撃して来ようとはしない。
「甘い…ねえ。そんな事はないと思うぞ。
確かに、お前達のように、誰かが死んでも、誰かが成し遂げられればそれで良いという考え方も怖いと言えば怖いが、互いに背中を預け合い、束になって戦うというのも、怖いものだぞ。
それは、お前自身が一番よく分かっているだろう?」
「………チッ。」
エフは、自分の無くなった左腕を見下ろして、舌打ちをする。
「これで、俺達とエフの間での探り合いというのは、無くなったと考えて良いよな?」
「記憶を読み取らせたのだから、探り合いも何も無いだろう。全部ではないにしろ、そこの女…ハイネというのが、大体の事は把握したはずだ。」
ハイネはまた眉を軽く上げて反応する。
「それもそうか…だが、これから俺達と共に魔王を助け出そうというのならば、エフの口から教えてくれ。」
「……それも信頼というやつか。」
「まあな。俺達は…特にニルは、相手の感情の起伏を感じて、直感的に相手を信用するかどうかを決める。どうしても嫌ならばハイネから聞くが、俺達と行動を共にする以上、ここで自分から説明する事を勧める。」
「一度信用すると決め、記憶を読ませたのだから、今更私から聞く必要など無いと思うが…そういう事ならば説明してやろう。」
「ん。んー。」
ニルがわざとらしく咳払いをする。
エフは、ピクリと肩を揺らし、ニルの方を見る。
「敵対関係ではなくなったのですから、喧嘩腰の喋り方は必要ありませんよね?」
「っ……わ、私の口で説明する。」
言っている事は、確かにその通りなのだが…エフ相手に、躾でもするように言い切るニル。いや、ニルさん。強いぜ…
「そうだな…まずは、魔界の状況について説明する。
その前に、魔界についてはどれくらいの知識を持っているんだ?」
「殆ど何も知らないと思ってくれて良い。」
「…分かった。少し長くなるぞ。」
「構わない。」
それから、エフは俺達に、魔族の事や魔界のことについて、詳しく説明してくれた。
魔界については殆ど何も知らないとは言ったが、一度行っているし、アマゾネス達やホーローから聞いた事や、ニル、ハイネ、ピルテ、アーテン婆さんなど、いくらか話を聞いているし、知っている話も多かった。
そんな中で、重要度は別にして、知らなかった話をまとめると…
魔界は、ほぼ完全に封鎖された空間であり、普通の人達は立ち入る事も出来ないような場所なのだが、魔界外に住みながら、唯一立ち入る事が許されている種族が居る。それが、ドワーフ族である。
彼等は、基本的にいつでも中立という立場を貫いており、魔族に対しても同じ姿勢を取り続けている。その為、魔族とドワーフ族との間では、長きに渡り貿易が行われているらしい。
この貿易というのは、魔界外からドワーフ達が持ち込んだ物を、魔界に流したり、ドワーフが世に出しても良いと判断した物を魔界に取り入れる事を目的としており、魔界からもドワーフ族の方へと流れている。
それ故に、魔界にも魔界外に有る物が有ったり、魔界の物が魔界外に出てきたりするらしい。代表的な物で言えば、マジックローズだろう。
マジックローズは、魔女が作り出した薔薇で、ハイネやピルテ達吸血鬼族の吸血衝動を抑える為に開発された薔薇なのだが、これはドワーフから外へと流れた物である。
この場合、マジックローズを外の世界にも作り出したのは、人間の姿に近く、魔界の外で活動する事が比較的多い吸血鬼族が、魔界外で活動する時に困らないようにという事らしい。つまり、故意的に魔王がマジックローズを外へ流したという事だ。
他にも、魔法についての技術、例えば魔具やそれに使われる魔石陣等も、魔族からドワーフにいくつか流れているらしい。ドワーフ族は職人であり、自分達だけでも色々な魔具を作れたりするのだが、魔女を筆頭に、魔族が作る魔具は、ドワーフのそれと少し毛色の違う物が多いらしい。
アーテン婆さんが作っていた魔具等が良い例だろう。特徴的な物で言えば、『黒防殻の組木』だ。ジャノヤで子供と母親を救ってくれた魔具で、強力な防御魔法を発動させる魔具である。
そもそも、あの黒防殻という魔法自体もアーテン婆さんが研究した成果の一つで、それを魔具に落とし込んだ物が、あの魔具である。つまり、ドワーフは技術に特化しているが、魔族の作る物は、どちらかというと新しい研究の成果に近い物が多かったりするらしい。
次に、魔界における街という概念についてだ。
魔族というのは、色々な種族の集合体であり、一つの種族ではない。
そんな者達が、魔界という同じ場所で過ごして行くとなると、当然種族間でのいざこざは耐えなくなる。血の気の多い種族も居れば、孤独を好む種族、自分の命さえ捨てても研究したい種族等、種族ごとの特色は様々だ。それを一つの街でごちゃ混ぜにして生活させた場合、争いの絶えない危険な街の出来上がりとなってしまう。そうなっては困る為、魔王はいくつかの事を決めた。
それが、街単位で、種族をまとめて、その街ごとに法を決めさせるというものだった。
例えば、吸血鬼族の街、魔女の街、人狼族の街…のように、その種族がまとまって過ごす街というのを作り、その街に住む者達に、法を決めさせたのだ。
当然だが、決めた法は、一度魔王の元に申請され、受理されれば街の法として定められるようになっている。あまりにも自分達に都合の良い法律は魔王が許さない。
勿論、魔王が決める、魔族全体の法というのも存在するが、それは魔族全てに適応される。その為、例えば、吸血鬼族の街に住むハイネ達ならば、魔王の決めた法と、吸血鬼族が決めた法の二つを守らなければならないという事になる。
考え方的には、アメリカ合衆国の州法と同じようなイメージだろうか。
例えば、どんな法が有るのか聞いてみたところ、種族的に特色の出ている法として…吸血鬼族では、『許可を得ていない相手からの吸血禁止。』『一人が与えられる血液は、月に五百ミリリットルまで。尚、種族によって与えられる血液量は異なる。』などが有るらしい。
許可を得ていれば良いのか?!とか、色々とツッコミたいが、これについては既に吟味されているらしい。
最初は、魔王からも言われているし、『他者から血液を摂取してはならない。』という法律を定めたのだが、凄い反発が有ったらしい。簡単に言うと、吸血鬼族にとって、愛する相手の血を自分に取り込むというのは、愛情表現の一つらしく、それを剥奪されたと反発が有ったとの事。そこで、許可を得ていない相手からの…という事に変えた。すると、血液を与え過ぎる物が居て、量に制限を付けたという事らしい。
吸血鬼族ではない俺達としては、ほえー…という法律だが、吸血鬼族にとっては、かなり重要な項目の一つになっている。
他にも、魔女族で言えば、『公共施設での研究禁止。』とかも有るらしく、それぞれの種族において重要である項目だが、他の種族には関係の無いものも多いとか。
勿論、それぞれの街には、他の種族の者が住み着く事も有り、他種族を守るような法律や、他種族から守るような法律も沢山有るとの話だ。
次に、魔界の現状について、かなり危険な状態になりつつあるらしい。
これについては、エフもかなりザックリとした情報しか持っていなかったが…魔王がおかしいと感じる前と比べて、魔族全体が殺伐とした空気感を放っているらしい。
それが原因かは分からないが、血の気の多い種族では、暴行事件の数が多くなる傾向に有ったり、あまり争いを好まない種族の中でも暴行事件が起きたりと、少しずつ魔族達の気性が荒くなっているように感じているらしい。
これについては、黒犬だけではなく、色々な者達が調査を行ったみたいだが、誰かに操られているとか、精神に干渉されているという事はなかったらしい。要するに、単純に、魔族の気性が荒くなっているという事らしい。
これはエフの推測だが、魔王がアーテン婆さんを追い出すような命令をしたり、 その他にもいくつか違和感の有る命令をしたという話は、魔族全体が微かに感じており、それが不安に繋がった事で、魔族全体が空気を重くしてしまったのではないか、それが暴行事件という形になって現れたのではないかという事らしい。
これはあくまでもエフの見解というだけで、本当にそうかは分からないが、十分に考えられる理由だろう。
最後に、肝心な話として、魔王を操るという事についてエフの考えている事を聞かせてくれた。
まず、反魔王勢力のランパルドについて、何が有ったのかは分からないが、魔王を操るとなると、それなりにデカい組織である事が予想される。まず間違いなくランパルドは絡んでいるだろうということ。そして、魔王の側近として知られている
四魔将が関わっているという事については、魔王に接近し、操るという手間の掛かる方法を取れるのが、四魔将くらいだという事から判断しているらしい。
「問題は、ランパルドよりも四魔将だ。
この四人は、魔王様の右腕と言っても良い者達ばかりで、もし、魔王様を裏切ったとなると、かなり厄介な事になる。
四魔将という地位は、それぞれが恐ろしく強いという事と、魔王様の右腕という事の二つの意味を持った地位だ。
敵が強いというのも脅威だが、魔王様の側近たる四魔将が魔王様を裏切ったという事実が、政治的に強い衝撃を皆に与える事になる。」
「絶対的信頼を置いていた四魔将が魔王を裏切った…となると、全てが疑わしくなってしまう。その事が政治に与える影響は計り知れない。下手をすると、魔族全体が大きく変わってしまう事になるかもしれない。」
「そうね。考えたくはないけれど、そうなる可能性は十分に有ると思うわ。」
「だからこそ、こんなところでのんびりしている暇は無いと言っているんだ。」
「かと言って、俺達が急いで向かって、敵の罠に掛かったりでもしたらどうするつもりだ?」
「そ、それは……」
「魔王の事が気になるのは分かるが、まず、俺達が無事に魔界へ辿り着くことが何より重要だ。特に、俺達は魔王を正気に戻す為の策を持っているからな。」
「何っ?!あれは私を納得させる為の話ではなかったのか?!」
「そういう手段を持っているかどうかについては答えていなかっただろう?」
「い、いや…しかし…それ程簡単に、魔王様を操るような魔法を解く事が出来るとは思えない。」
「まあ、俺達の策ではないからな。」
「……まさか?!」
「ああ。アーテン-アラボルから授かった策だ。」
「…………………」
俺の言葉を聞いたエフは、少しだけ俯いて、考えを巡らせる。
「そうなると…アーテン-アラボルを殺害するという命令は、魔王様に掛けられているであろう魔法を解かせない為…という事か。」
「そう考えるのが妥当よね。」
「チッ……私達は、魔王様の命令で動いているつもりで、魔王様をより一層苦しめていたという事か………絶対に許さん………」
エフには珍しく、実に直接的な怒りの表現だ。
「許さないのは良いが、慎重に動けよ。」
「そんな事は分かっている。ミスが許されないという事もな。
……それよりも、アーテン-アラボル本人はどうしたんだ?お前達に策を託して、自分は引っ込んでいるような人ではないはずだ。」
「…死んだ。」
「……そうか。」
ある程度予想が出来ていたのか、エフは静かに答える。
「だとすると、その策とやらは、一度限りの策になる。何度も同じ策を使って攻撃して、通用するような相手ではないからな。」
「そうだろうな。チャンスは一度きり。そして、俺達の策を成功させる為には、魔王に触れられる距離まで近付く必要が有る。」
「触れられる距離まで……確実に強敵と戦わなければならない道程だな。」
「だろうな。」
魔族の戦闘力に関しては、殆ど分からないが、吸血鬼族、アマゾネス、そしてダークエルフの強さについてはよく知っている。そして、どの種族の者達も、かなり強いという事を考えると、魔族の戦闘力は、今回の盗賊連中とは比較にならないレベルだろう。
そんな連中と事を構えるとなると、間違いなく、盗賊達との戦闘を超える戦闘が起きる。
全てがどうにかこうにか上手く行って、戦わずに魔王の元にまで辿り着けたとしても、四魔将の裏切り者と戦うのは避けられないはずだ。
次から次へと、強者との戦いが湧いて出てくるのは、本当に泣きたくなる事だが、魔族を大同盟に引き込むというのは絶対条件だ。戦うのが嫌だからと逃げ出すわけにもいかない。
「そうだな……まず、アーテン-アラボルについては、死んだという事をそのまま伝える。これは、私がやろう。」
「死んでいないと言っておいた方が、抑止力になるんじゃないか?」
「いや。死んだと知れば、相手は魔王様に掛けた魔法が解かれる事は無いと考えるはず。そうなれば、隙が生まれる。それを利用しない手はない。
ただ、これを伝えた場合、相手が大きく動き出す可能性も高くなる。故に、攻めるタイミングを見計らって、タイミングを合わせて、アーテン-アラボルの死を伝える必要が有るだろう。」
「そうなると……魔界へ行って、情報共有して…その後という事になるのか?」
「そんなに簡単な話じゃないわ。
魔界はとてつもなく広いし、数多の種族が作った街が有るのよ。魔王様の元に向かうだけでも、どれだけ掛かるか分からないわ。」
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