第619話 ナニュラ

「そうだな。じっとしていると考え過ぎるから、消耗品を作りながら夜を明かそうか。」


「そうですね。お手伝いいたします。」


俺とニルは、消耗品で、買う事の出来ない物を作りながら、世が明けるまでの時間を潰した。


翌日、直ぐに出発すると、昼前にハイネの言っていた街に辿り着く事が出来た。


「街の名前はナニュラか。門の外からだと、被害がどれくらいなのか分からないな。」


「外から見た限りでは、特に被害が有ったようには見えませんね?」


「ここの貴族が盗賊と繋がっていた…と考えるのが妥当なところよね。」


「今はどうなっているのでしょうか?」


「流石にその貴族達は逃げたんじゃないかな?ジャノヤからハンターズララバイやブードンの事を知らせる者達を送ったって言っていたし。」


「これで残っていたら、住民の皆にボロボロにされるだろうし、残っている馬鹿は居ないだろうな。」


俺達は、周囲を見渡しながら、被害の少ないであろう街の中へと入る。


「中もそんなに荒れていませんね。」


「前に来た時と変わらないから、恐らくこの街は被害を受けていないはずよ。」


多少荒れているようにも見えるが、治安が良くないという話だったし、元々綺麗な街ではないのが、荒れているように見えるだけらしい。

荒れているというのも、ボロボロという感じではなく、街の整備が上手く行き届いていないという感じだ。


街の大きさは、ジャノヤの四分の一程度。大きな街ではないが、小さな街でもない。

大通りに面している建物は、街の中でも綺麗な方みたいだが、薄汚れていたり、ひび割れていたりと、とても綺麗とは言い難い状態だ。また、少し大通りから奥に目を向けると、所々が崩れたような家屋も見える。

大通りなのに、道の舗装はされていないし、昼前だと言うのに、道の脇には酔っ払っているのか、薄汚れた男が寝ていたりする。


「あまり長く居たいと思える感じの街ではないね。」


「そうね……でも、私とピルテは、ずっと街や村を回って来たけれど、こういう雰囲気の街や村の方が多かったわ。」


俺とニルの旅では、族王を仲間にしようというところから話が始まっている為、基本的には綺麗な街しか訪れなかった。しかし、こういう世界なのだから、治安の悪い街や村の方が圧倒的に多い。

ゲームでこの世界を巡っていた時から、それは変わらない。ただ、プレイヤー達だってゲームだとは言っても、汚い街より綺麗な街で過ごしたい。だから、プレイヤー達が巡るのは、基本的には大きくて綺麗な街が多かった。それは俺もスラたんも同じだ。

だから、目に入らなかったというだけの事で、何も変わってはいない。


「ハイネ。ピルテ。それとニルは、なるべく顔を隠して行動してくれ。こんな場所で変なのに絡まれるのは嫌だからな。」


三人も美女が揃った冒険者のパーティなんか見たら、こういう街の連中は絡んで来るに違いない。今更、三人がチンピラ如きに後れを取るなんて事が無いのは分かっているが、揉め事を起こせば、その分無駄な時間を過ごす事になってしまう。何事も無く街を出られれば、それに越したことはない。

そして、揉め事になる可能性が有るのは、基本的に金か女性が絡む事だと決まっている。三人が顔を隠してくれれば、一先ず、それで絡まれる事はないはずだ。


「分かったわ。私達も揉め事は嫌だし、極力人目につかないようにするわね。」


「そうしてくれると助かるよ。

今日はこの街で一泊して、明日の朝一で出立する。それまでの間に、必要な物が有れば、交代で買い出しに行こう。」


俺の言葉に全員が頷いてくれる。


宿は直ぐに見付かり、部屋も少し大きめの部屋が一室空いていた。五人で泊まれる広さだということで、一部屋一泊で頼み、一先ず街の中での拠点を確保する。


「僕はハイネさんとピルテさんに付いて行くよ。」


「分かった。俺とニルはここで帰りを待っておく。帰って来たら交代で俺達が街に出るよ。」


「了解。」


部屋が決まり、一旦落ち着いたところで、スラたん達が部屋を出る。


俺とニルは、エフの見張りとして部屋の中で待機。

特に何事も無くスラたん達の買い物が終わり帰って来たところで、それと入れ替わり、俺とニルが街へ出る。

時間は三時前後と言ったところ。買い物するだけならば、それ程時間は掛からないだろうし、日が暮れるまでに宿へ戻れるだろう。


「どこから行きますか?」


「そうだな…まずは消耗品の買い出しからだな。」


「分かりました。店は向こうの方みたいですね。」


ニルが指で示す方には、街の中でもそれなりに人が集まる場所。それ程大きくはない街なので、店が立ち並ぶ地域も直ぐに分かる。


綺麗な街と比較してしまうと、荒れていて長居はしたくない街だと言ったが、住民は普通に居るし、絡まれると面倒な相手ばかりではない。比較的多いというだけで、寧ろ、そういう者の方が少ない。

だから、店に行って物を買うだけならば、特に何かを気にする必要など無いし、普通に買い物出来る。


俺とニルが、順調に買い物を済ませ、最後の一軒を探していた時の事だ。


「もし………」


俺とニルの前に、一人の人族女性が現れる。


長い茶色の髪と茶色の瞳。ボロボロの服に痩せ細った体。歳は二十歳か…もう少し若いくらいだろうか。あまり良い栄養状態とは言えないような体付きだ。栄養失調とか、そういう感じがする程痩せてはいないが……女性の目は、どこかうつろな感じがする。


声を掛けられて、俺とニルが足を止めると、女性はゆっくりと近付いて来る。


厄介事は御免なんだが…足を止めなければ良かったかと後悔し始めたところで、女性が口を開く。


「私を買って下さいませんか…?」


荒れた街だ。こういう女性が居るのも不思議ではないが…まだ太陽も沈んでいない時間帯に、こうして声を掛けて来るというのも珍しい。って、感想を述べている場合ではなかった。


「いや。必要無い。」


買う気など最初から無いから…ニルさん。その黒いオーラを鎮めてはくれないだろうか…?


「で、では…街の案内を…」


こういう時、断られた女性は、直ぐに離れて行くのが普通だが、女性は嫌に食い下がる。

体も痩せているし、どうにかして金を稼がなければならないというのは分かるが……


「………………」


女性は、俺の目を見て聞いて来る。


その瞳には、影が見える。


まるで、この世界に絶望し、ただ死んでいないだけとでも言いたげな目だ。その目は、何度も見た事が有る。


俺が両親を失った時、鏡の中で何度も見た目だから。


「ご主人様。」


俺だけに聞こえるよう、ニルが小さな声で俺を呼ぶ。


こういう相手に関わると、厄介事の種になる。だから、ここは無視して先に進むのが良い。そうニルは言いたいのだろう。


それはよく分かっている。だが……まるで昔の自分を見ているような感じがしてしまう。

ニルも、俺の境遇を知っているから、こういう相手を放置する事が出来ないだろうと思って、敢えて声を掛けて来たのだろう。


こういう目付きの人は、この街中だけ見たとしても、一人や二人ではない。毎回声を掛けられる度に足を止めていては、自分達の目的など果たせない。

それに、一人を助けようとすれば、他の者達が寄って来る。

明日の朝一で街を出るとしても、それまでの間に何人の者達が寄って来るか分かったものではない。


そんな事は分かっている。分かっているのだが……


「……ニル……」


「………ご主人様は、ご主人様なのですね。」


俺が、ニルを呼び返すと、ニルはどこか嬉しそうにそう言う。


「ご主人様のお好きなようになさって下さい。そういうご主人様だからこそ、私は全てを捧げたのですから。」


ニルは笑顔でそう言ってくれる。


俺もニルも、この女性を無視して先に進むのが最善だと分かっている。それでも、関わってしまったのならば、俺に出来る事は…と考えてしまう。やはり、俺は甘いのかもしれない。

ハイネ達に、厄介事を引き込まないように言っていたのに、自分から厄介事に首を突っ込むような真似をするなんて、後で色々と言われそうだが…まあ後の事は後で考えよう。


「分かった。そこまで言うなら、一つ店を案内してくれ。」


「は、はい!」


ボロボロの女性は、俺の返事を聞いて、直ぐに動き出してくれる。


本当に、これはただの自己満足でしかなく、彼女に報酬を渡したとしても、彼女の人生が大きく変わる事は無い。働き以上の額を渡すつもりは無いのだし。あまりに報酬を渡してしまうと、それが原因で彼女が狙われる可能性も有るからだ。


甘過ぎるとニルに言われても、言い返す事は出来ないような振る舞いだが、俺だってこの世界に来なければ、彼女と似たようなものだったのだ。働き口が有って、栄養失調になるという事は無い国に住んでいたから、そういった違いは有るが、世界に絶望し、死んでいないだけという状態で言えば同じようなもの。

放置して無視するというのは…やはり出来ない。


俺達が探していた一軒は、少し離れたところに有るらしく、案内をしてくれるという女性に付いて街中を歩いて行く。

行きたいのは馬車の馬を手入れする道具やらが置いてある店だ。道具専門の店が有るわけではなく、馬を取り扱っている店には、手入れの用品等も売っているから、それが欲しいのだ。

自分で作っても良いのだが、結構特殊な道具が多いし、買えるならば買った方が早いという事で、馬小屋へ向かっているという事だ。


「お二人は、どちらから?」


女性は、俺達の案内をしながらも、暇にならないように話し掛けて来る。


「色々と旅をして回っていてな。あちこちに行っている状況だ。」


他愛無い話をしながら、女性の後ろを追って進んで行く。


女性は、話をしていると、悪い人ではない事が伝わって来る。瞳には、未だに絶望の色が映っているが、それでも頑張って生きようとしているのだろう。


あれこれと話をしていると、少し離れたところに馬小屋らしき建物が見えてくる。


会話も普通に楽しく出来たし、案内には満足だ。

俺とニルだけで回っていたら、少し離れた場所に有った馬小屋を見付けるのに結構な時間を要したかもしれないし、頼んで良かったかもしれないな…などと考えていると……


目の前に、ゾロゾロと五人程のガラの悪い男達が現れる。


こういう街では、よくある事だ。


女が客を取り込み、引き連れて行った先には強面のお兄さん達。身ぐるみ剥がされて……というやつだ。俺達が買い物をしていたところでも見ていて、金を持っているとでも思ったのだろう。

まあ……今回の場合、相手が悪かったわけだが。


それにしても、ボロボロの女性にはちゃんと報酬も払うつもりだったのに、本当に残念な結果になってしまった。

やはり、この世界において、俺は甘過ぎるのかもしれない。

ガッカリしている俺の横では、怒りで髪が逆立つのではないかと思える程に黒いオーラを放っているニル。目の前のボロボロの女性も、現れた五人の男も……これから地獄を見る事になってしまうだろう。殺しはしないだろうが、二度とこんな事をしようとは思えない精神状態にはなるのではないだろうか…


特に怖くもない相手を前に、そんな事を考えていると……


「に、逃げて下さい!!」


ボロボロの女性が、俺とニルを庇うように前に立ちはだかる。


両手を広げ、俺達には何もさせないと勇気を振り絞っているのだ。


広げた両腕と両足は、ブルブルと震え、今にも倒れてしまいそうな程に恐怖を感じているというのに、彼女は俺達の前から逃げようとはしない。


少なくとも、この女性は、五人の男達と繋がっているわけではないらしい。


ガッカリした気持ちが消え、それと同時にニルの黒いオーラも消えて行く。


「仲間…じゃないのか?」


「ち、違います!」


怯えて声が上擦っている女性。


男達と関係が無いならば、こういう時、俺達を置いて逃げるのが普通だと思っていたのだが…何故か女性は逃げようとしない。

武器など当然持っているはずもないし、俺達を助けようとすれば、女性だってタダでは済まないはずだ。


「お兄さん。お金を恵んでくれよ。腹が減って死にそうなんだよ。それと女だ。女も欲しいな!ひゃひゃひゃひゃひゃ!」


ニヤニヤしながら俺の方を見る五人組。何だろう…チンピラはこういう事を言う決まりでも有るのだろうか?どの街でも変わらない事ばかり言ってくる。


「ニル。やり過ぎないようにな。殺して面倒事になるのは避けてくれ。」


「承知致しました。」


ニルはボロボロの女性の横を通り抜けて、スタスタと、男達に近付いて行く。


「えっ?!あのっ!!」


必死で俺達の事を守ろうとしてくれている女性から見ると、何をしているんだ?!という状況だろうが…先程も言ったが、今回は相手が悪過ぎた。


ニルは武器も、盾さえ装備せずに前に出る。


「おっ?!なんだ?お姉ちゃんが相手になってくれるのか?乗り気だねぇ。ひゃひゃひゃ!」


「そうですね。ご主人様の御時間をこれ以上奪われるのは我慢出来ません。殺しはしないので、五人同時に掛かって来なさい。」


ニルが敢えて挑発的な言葉を使って、相手を煽る。

しかし、もう分かっていると思うが、今のニルならば、言った事が簡単にできてしまう。

五人同時?男ばかり五人?武器も盾も使わない?関係無い。

目の前でヘラヘラしている五人組の男達とニルの間には、文字通り天と地の差が存在する、相手がナイフを抜き取り、挑発してきたニルに対して刃を向けたところで、ニルが恐れるはずがない。


こういう時に、チンピラ共が言う言葉はいつも同じだ。適当に聞き流し、ニルは男達に近付いて行く。


「「「「「オラァァ!!」」」」」


「あ、危ない!」


ボロボロの女性が、男達に襲われるニルを見て叫ぶが、ニルはヒラヒラと男達の攻撃を躱してしまう。


「な、なんだこの女?!」


「攻撃が当たらねぇ!」


バキッ!

「ぐあぁぁっ!!」


「話は良いので、さっさと掛かって来なさい。」


ニルは、更に挑発を重ね、相手を煽る。


そこからはあっという間に片付いた。気が付いたらうーうー唸りながら倒れる五人組の男達と、顎が外れるくらいに口を開いて驚くボロボロの女性。


「お、お強い…のですね…」


「旅を続ける上で、それなりの力を持っていないといけないからな。一応、冒険者だしな。」


「そ、そうだったのですね…差し出がましい事をしてしまったようで…」


「いや、そんなに震えているのに、庇ってくれようとした事は忘れないさ。ありがとう。」


「い、いえ…」


「しかし、普通は逃げる場面だと思うが、何故命懸けで俺達を助けようとした?」


「それは……」


「話したくないなら構わないぞ。さっき会ったばかりだしな。ただの興味だからな。」


「……いえ。話したくないというわけではありませんが…聞いてもあまり楽しい話ではありませんよ?」


「ここで関わったのも何かの縁だ。聞かせてくれないか?」


「それでは……」


ボロボロの女性は、どこか暗い顔をして、その後ポツポツと話し始める。


「私は、五年程前、ある人達に酷い事をしてしまったのです。」


「酷い事?」


「はい……私を助けようとして下さったお二人を……殺してしまいました…」


「殺した…?」


俺が見た限り…と言っても、たった数時間の付き合いだが、それでも、彼女が誰かを殺せるようには見えない。チンピラを前にガタガタと震えていたような女性が、しかも自分を助けてくれた人達を殺すという事は考え難い。


「殺したというのは…比喩的な意味だよな?」


「いえ…私が、この手で…刺しました……そして、それよりもずっと酷い事もしたのです。」


「………………」


女性の話を聞く為に、黙っていると、ポツポツと昔起きた事を話し始めた。


内容をまとめると……


五年程前のこと、彼女はこの街ではなく、違う街で暮らしていた。

その時も、彼女は今と同じように街の案内をしつつ、情報屋のような事をして暮らしていたらしい。その頃というと、彼女は十代半ばという年頃。そんな時分にそんな事をしなければならなくなってしまったのは、この街で貴族として暮らしていた親が、事業に失敗して、貴族位を剥奪。その後街を追放されてしまった事に原因が有るらしい。


幼い弟は病気で、父親は酒浸り。最悪の状況だったらしい。


しかし、そんな時、彼女はある男達に声を掛けられ、家族を救う為に、ある四人組の者達を騙せと脅されたらしい。


その四人組は、自分の境遇を聞いて助けてくれようとしたのに、その四人組を騙し、四人組のうちの二人が、その件で死んでしまったとの事。


「……どこかで…聞いた話だな。」


「えっ?!」


この話を聞いて最初に思い出したのは、ハイネとピルテ。そして部下の二人が亡くなった事件の事だ。


「……名前は…テトラ…かな?」


「っ?!は、はい!!そうです!テトラです!もしかして!」


「ああ。ハイネとピルテから聞いた話とよく似ていたからな。しかし…まさか話の中のテトラと実際に出会う事になるとはな。」


「お、お二人は?!その…ご無事…でしょうか…?」


「ああ。取り敢えず元気だな。」


「そ、そうですか…」


良かった…とも言えない事をしたのだから、そういう反応になってしまうのは分からなくもない。


「私の事を…お二人はさぞ恨んでいる事でしょう…出来る事ならば、この命を差し出してでも許しを乞うべきだと思うのですが…」


「ハイネとピルテの事だから、そんな事をされても喜ばないと思うぞ。」

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