第618話 効果

「体に異変?どんな異変が起きるんだ?」


「体の内側から来る快感に襲われる。」


「かっ?!快……」


要するにだ……俺は、エフという女に対して、とんでもない事をしていたド変態…という事になるわけだ…

しかも、それを何度も何度も……


「そ…そうだったのか……」


勿論、謝る気は無い。あくまでもあの時は敵だったし、今でも仲間とは呼べない関係だ。殺し殺されという関係が、俺達と黒犬との関係だったのだから、どんな拷問だろうと、口を割らせる事が出来るならば、知っていたとしても使っていたはずだ。


「耐え難い快感というのは、寧ろ不快でしかない。お前は私に対して、そういう物を使ったのだから、私がお前に対して嫌悪感を抱いているのも分かるはずだ。

だから、二度と喋り掛けて来るな。」


「悪いが、それは出来ないな。」


「……………」


俺は即答し、それに対して、横になりながらも睨み付けて来るエフ。


「俺とお前は敵だったのだから、拷問するのは当たり前の事だ。その効果が何であれな。

そして、今は俺達の真意を見極める為に、お前はこうして同行しているのだろう?だったら、真意を見極める為に、話をするべきだと思うが、違うか?」


「………チッ!」


エフは、盛大に舌打ちをした後、体を起こす。


だが、エフの目は俺を睨んではいなかった。


「……確かに、このまま魔界に向かうのは、私が望むところでもない。

だが、私から情報を抜き取ろうとしても、そうはいかないぞ。」


「分かっている。そんな事は考えていない…と言えば嘘になるが、少なくとも、魔王を救おうという考えに賛同してくれるというのならば、黒犬と敵対するつもりはない。

お前が俺を憎んでいようが、恨んでいようが、そんな事、はっきり言ってどうでも良い。

俺にとって重要な事は、お前達黒犬と手を組めるのかどうか。そして、魔王を救い出そうとする時、お前達が役に立つかどうかだ。」


「役に立つかどうか…だと…?

今ここで証明しても良いんだぞ。」


殺気を込めて俺の目を真っ直ぐに見るエフ。

魔族にとって、弱いと言われる事は、そのまま侮辱に相当する。魔族でなくても、この状況ならば殺気を放つかもしれないが。


「俺に証明しても意味が無いだろうが。証明するならば、魔王を裏で操っている奴に証明しろ。」


「………チッ……」


十人もの黒犬で俺とニルを狙い、敗北したエフは、この場では弱者だ。


腕は確かだし、決して弱いわけではない事は、俺もよく分かっているが、それでも、エフが敗者である事に変わりはない。故に、俺に弱いという意味の入った言葉を受けても、エフは、これ以上の言葉を繋げる事が出来ないのだろう。


「別に馴れ合う必要は無い。だが、お前がさっさと結論を出してくれないと、俺達も動くに動けない。

ここから先、小さなミス一つで魔王と魔王妃が死ぬかもしれないんだ。無策で魔界に突っ込むなんて事をしたならば、その瞬間に魔王達が死ぬ可能性すらある。」


「……お前達の話が本当ならば…だがな。」


「嘘ならば、とっくにお前を殺しているだろうが。それくらい分かっているはずだ。」


「どうだかな。私から情報を得る為だと考えるならば、これくらいの事をする可能性は十分に考えられる。」


「こっちには吸血鬼族の二人が居るんだ。そんな遠回りな事をするわけがないだろう?というか…この話はもう終わった話だろう。いつまでそうやって黙っているつもりだ?」


エフは口を動かして声を出してはいるが、堂々巡りな話ばかりで、肝心な話を一切していない。それは、俺達にとっては、黙っていて何も喋っていないのとあまり変わらない。

ここまで徹底しているのを見るに、エフが俺の事を嫌っているという態度でさえ、話をしない為に後付けした理由に思える。


「……………」


「…………………」


それでも、エフは口を開こうとはしなかった。

諦めて、別の方法でも考えた方が早いかもしれない。そう思い始めた時。


「…………私達黒犬は……」


俺の言葉を聞いてなのか、エフは視線を落としてから、小さな声で口を開く。


「魔王様に大恩を受けた身だ。」


「………………」


「魔王様に忠誠を誓い、魔王様の命令に従い続けて来た。

魔界というのは、血の気の多い種族ばかりで、いざこざは絶えなかったし、悪巧みをする連中だって居る。仕事には事欠かなかった。

だが、魔王様の命令は、いつも、誰かを守る為の命令で、最後には、必ず多くの人々が納得する結果になる。」


血の気の多い多種族をまとめあげる魔王という存在。

色々と魔王についての話を聞いたが、どの者から聞いても、魔王はとても優秀な人物であるというイメージが強い。

ハイネ、ピルテ、アーテン婆さんから聞いた話でも、正気であった魔王は、人望が厚く、王として見ているのが分かった。


「そんな魔王様の命令ならば、私達は命を賭して遂行する。それが、一般的に見て非情な命令に見えたとしても、私達は疑ったりしない。確実にその命令を遂行する。」


らしいと言えば良いのか、黒犬という者達のイメージは、まさにエフの言う通りだ。

誰が何と言おうと魔王の言葉にのみ従い、それを遂行する為ならば何でもする。そういう連中だ。


「しかし、そんな魔王様でも、私達黒犬には命じない事が一つだけ有る。

それは、魔界外へ出る任務だ。」


「なるほど…」


魔王というのは、あくまでも魔界の王という意味であり、魔界の外に出てしまうと、その効力は一気に失われる。

この世界では、魔界は他と隔絶されている為、見えないものに対しての恐怖こそ有れど、それだけだ。いきなり来た黒犬達に、魔王様からの命令で…なんて言われても、何の事だ?と思うのが普通だろう。

魔王という者の持つ影響力は、魔界内では計り知れない程かもしれないが、魔界外では無いに等しい。いくら魔王直属の暗殺部隊だとしても、そんな場所に黒犬達を送り込むような事はしないだろう。特に、黒犬の連中はダークエルフという特殊な種族だ。魔界内でさえ姿を見せないようにしているというのに、魔界外に出るような任務をさせるはずがない。


「魔界外に出なければならないような任務が出来た場合、基本的には人族に近い容姿を持った種族が任務に当たる。」


「吸血鬼族か。」


「魔女族等、他にも居るが、一目で魔族だと分かるような種族は、基本的に外へ出される事は無い。」


「それなのに、今回は、黒犬を動かした。」


「……最初に魔王様が命じた事は、アーテン-アラボルの暗殺。詳しい事は、任務に当たっていない私達は知らないが、魔族にとって脅威となる可能性が高い為、殺害が必要…という理由だったらしい。」


「………………」


「今までに、そんな命令をされたという事が有ったのか?」


「正確に言えば、魔界付近に居る者達に対してや、神聖騎士団とのいざこざにおいて、魔界外で任務をする事は何度か有った。

しかし、アーテン-アラボルを探し出して殺すという任務のように、長期間魔界外に出るような任務は無かった。

どうしても私達が動かなけばならない案件だったとしても、これまでならば、捜索は他の種族が行い、暗殺のみ私達が行うという形を取っていたはず。」


何処にいるのか分からない者を探すという事まで含まれている任務は、長期間魔界外に出なければならない。そんな事は誰にでも分かる事だ。


「その命令が下された時、違和感を覚えた者も居た。相手は、あのアーテン-アラボルだから…という理由で納得している者達も居たが、極めて異質な任務である事は間違いなかった。

アーテン-アラボルの暗殺という任務が異質な事だというのは、皆が思っていたはずだ。しかし…更に異質な任務が与えられた。それが、魔界外の者を殺せという任務。」


「ニルを殺す事…か。」


魔界内に一度だけ入った時、俺とニルの事に気付いた誰かが、魔王のバックに居る者達に伝えて、黒犬を動かした……と考えるのが妥当だ。

番兵か、それともホーローの街に居た誰かか…いや、それを考えても答えは分からない。俺達が信用して良いのは、アマゾネス達とホーローだけ。それがよく分かっただけマシだと考えるべきだろう。


「そうだ。魔界に一度入り込んだ人族の女奴隷。それを殺す事だ。

理由はアーテン-アラボルの暗殺と同じく、魔族にとって脅威となる存在であるから…というものだった。だが……こちらも長期間外に出なければならない任務で有る上に、標的は魔界外の者だ。

魔王様は、極力、魔界外の神聖騎士団に属さない者達には手を出さないよう、常に気を使っていた。

時折、怖いもの見たさで魔界に入ろうとする馬鹿が居たが、殺そうとはしなかったし、追い出して終わりだ。

魔界に入ろうとしても、外壁と、そこに立つ者達によって、魔界内に入る事は困難だ。万が一、魔界に入ったとしても、重要な情報を簡単に手に入れられるはずもないし、追い出してしまえば問題は無い。」


魔界に入る時、ずっと続いている外壁と、番兵を見た。そして、中に入っても、直ぐに住居が建っているわけではなく、広大な土地が広がっており、街は離れた位置に在る。

魔界内に入る事さえ怖いもの見たさなのだから、そこから街まで行くとなると、何か起きた時に逃げられなくなる可能性が高い。そう考えると、中に侵入出来たとしても、魔族を調べ上げるなんて事は出来ないだろう。


「それに、お前達が一度魔界内に入って来た時、魔界に居たのは僅かな時間だ。あの短時間で得られる情報が、我々魔族を脅かす程のものだとは考えられない。だから、我々黒犬も、その命令に対して、違和感を感じてはいたんだ。」


魔王が、今までとは明らかに違う、異質な命令をしてくるという事は、エフ達も気が付いていた…という事らしい。


「ただ、実際にお前達と出会い、暗殺を試みた者達からの報告を受けて、考えが変わった。

お前達は…いや、お前は、十分に魔族の脅威と成り得る存在だと確信した。」


黒犬と初めて出会ったのは、水の都テーベンハーグ。

いきなり殺そうとしてきた黒犬を撃退したのが、黒犬との色々の始まりだ。


「我々黒犬だけで攻めても、近くに居た都合の良さそうな連中を使っても、お前達は殺せなかった。

お前を避け、神聖騎士団との戦闘中を狙っても仕留められない。

どう考えても、異様な強さだ。」


俺とニルが、殺されないように必死に戦い、撃退した事が、寧ろ黒犬に脅威となる存在だと確信させる事に繋がったという事らしい。

結局、殺されない為には撃退する以外の方法が取れないのだから、他の方法など無いのだが…何とも嫌な連鎖だ。


「故に、我々は、お前達を仕留める為、出来る限りの全ての方法を駆使して、攻撃を仕掛ける事にしたのだ。」


「それが、ハンターズララバイか。」


「お前と同じく、渡人であり、常人の域を超えた連中も所属し、戦闘が可能な者達の総数は二万以上。しかも、連中にはジャノヤという街を攻める計画も有った。利用しない手は無いと考え、お前達自身を餌に、連中を使った。

最後の最後までお前達の力を削ぎ落とし、弱り切ったところで仕留める。それが計画だった。

しかし……我々は負けてしまった。」


下唇を噛み、悔しそうな顔をするエフ。


「あれだけの事をして、尚も殺せないとは……お前達は一体…いや、今更そんな事を聞いても意味の無い事だな。」


自暴自棄…というわけではないみたいだが、どこか諦めたような、表情を見せるエフ。


「しかし、皮肉な事に、負けた事で冷静になれた。

今にして思えば、私達が感じていた違和感や、お前達の事は、どうにも合点がいかない。

確かにお前達は、異様なまでの強さを持っている。だが、それが魔族に向けられるかどうかなど、分からないはずだ。もし、その力が、いつか魔族に向けられるとしても、魔王様ならば、暗殺よりも先に、友好関係を築こうとするはず。

強いと分かっている者達に手を出せば、寧ろそれこそが魔族に刃を向けさせる行為になってしまう。」


「そうするつもりは無いが、そうなるのは道理だろうな。」


「ただ、魔王様の命令を遂行する事を考えていたが、それが不可能だと分かった事で、その違和感に気が付いた。」


「………待て。魔王からの命令の遂行が不可能だと分かった?」


「当然だ。あれだけの戦力を誘引して、それでも殺せなかったのだ。お前達が魔界に辿り着くまでに、それ以上の戦力を用意出来るはずがない。」


「つまり、黒犬は俺達を魔界外で仕留める事を諦めたのか?」


「そういう事だ。既に魔界で待つ仲間の元に、お前達の暗殺が失敗した事は伝えに行かせてある。」


これについては、別に驚いてはいない。

そもそも、自分達が負けた時の事を考えていないはずなどないだろうし、エフ達が負けた時点で、魔界へと仲間を走らせるという準備はしてあったのだろう。

俺がエフの立場だったとしたら、全く同じようにしているだろうし、予想もしていたから驚いたりはしなかった。

しかし、黒犬が魔界外で俺達を殺す事は出来ないと判断した事には少し驚いた。黒犬の事だから、俺達が魔界に向かう間に、二、三度は襲って来るだろうかと考えていたからだ。


「魔王様の為に死ぬ覚悟はいつでも出来ている。だが、遂行出来ない任務の為、無為に死ぬような馬鹿な事はしない。勝算も無いのに突っ込むような馬鹿は、我々の中には居ない。」


「なるほど……だが、それを俺達に明かしても良かったのか?」


「チッ…嫌味な奴だ。こうなる事が分かっていたから、宴会などしたり、夜、悠長に炉で遊んだりしていたのだろう。」


二、三度は襲って来るかもしれないという予想は、本当にしていたが、その可能性は極めて低いとも考えていた。理由はエフの言った通りだ。

黒犬は優秀な暗殺部隊だ。攻撃する時には、死を恐れずに突っ込んで来るが、無意味に突っ込んで来るような事はしない。

二万近い兵力を退けた俺達に対して、残った黒犬だけで特攻して来るというのは、どうにも考え難い。


「嫌味を言ったわけじゃない。確かめたかっただけだ。」


「………………」


「それよりも、魔王の様子が明らかにおかしいならば、見て分からなかったのか?」


「馬鹿が。」


「は?」


いきなり馬鹿呼ばわり…腹立つ奴だ。


「魔王様は魔族の王だぞ。そんなホイホイと会えるようなお方ではない。」


「あー…そう言われてみればそうだな…」


いくら魔王直属の暗殺部隊とはいえ、全員で、ちわーッス!みたいな感じで毎日会えるはずがない。

魔王に会えるのは一人、良くて二人程度のはず。そいつが命令を受けて黒犬全体に伝え、そこから動き出すという形だろう。魔王の命令を直接受けるのは、黒犬のトップくらいだ。そいつが盲目的に魔王を信頼し、どんな命令でも伝えるような奴ならば、魔王がおかしいと気付く事は難しい。特に、黒犬というのは暗殺部隊。そのトップとなれば、ロボットのような奴だとしても不思議ではない。


こういう地位とかには疎い為、魔王と簡単に会える想像をしていたが、改めて考えると、馬鹿がと言われてもおかしくはない反応をしてしまった。


「しかし、魔王様の命令が、おかしくなったのは薄々感じていた。だから、お前達の話が真実かどうかを見極める為、こうして付いてきたのだ。」


「魔王の様子がおかしいと思っているならば、俺達が魔王を助けようと動いている事も信用してくれても良いんじゃないのか?」


「信用して欲しいならば、信用する為の証拠を見せろ。それが無いならば、お前達を観察して信用出来るのか判断するしか方法は無い。」


「………観察するのは構わないが、何を見れば信用するんだ?」


「それを伝えたら、意味が無いだろう。」


「だが、時間が無いのも事実だぞ?」


「…分かっている。」


「……………」


「………………」


エフにはエフなりの判断基準が有り、確信が持てるまでは、重要な事は何も話さないつもりらしい。だが、時間が無い事も分かっていて、どこかで信用するか否かを決めなければならない。

全て理解した上で、彼女は時間を使っている。ならば、その結果を待つしか俺達に出来る事は無い。何とももどかしい限りだが、早くしろと言っても、彼女が焦って決める事はないだろうし、黙って待つしかない。


「…分かった。だが、出来る限り早く決めろよ。」


「フン…」


俺の言葉に対して、鼻を鳴らして答えるエフ。


しかし、少しだとしても、会話をしてくれるようになったのは良い事だ。誰とも喋らず、ただ一緒に居るだけというよりずっと良い。


俺はエフの近くを離れて、ニルの待つ焚き火の近くへと戻る。


「長くお話されていましたね。紅茶を淹れておきましたので、どうぞ喉を潤して下さい。」


「ああ。ありがとう。

話はそれなりに出来たが、黒犬が俺達を魔界外で仕留めるのを諦めたという事くらいしか分からなかったな。」


「それだけでも、話してくれたのであれば、進歩だと思いますよ。今まで何も喋らなかったのですから。」


「そうであって欲しいところだがな。」


「ふふふ。大丈夫ですよ。私達は本当の事しか言っていないのですし、近いうちに分かってもらえるはずです。」

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