第617話 製作

ニルは俺から顔を見えないようにしているから、俺にはその顔は見えないが…どんな顔をしていたのだろうか…?知りたいような知りたくないような……


「ぼ、僕…今日は眠れないかもしれない…」


そんなに怖かったの…?

世の中には、知らないままの方が良い事って、きっと有ると思うんだ。うん。


「かけーる君は、取り敢えずピルテとニルに渡しておく。好きなように使ってくれ。」


「「ありがとうございます!」」


ピルテとニルは、嬉しそうにかけーる君を受け取ると、早速二人で手帳に何か書いている。


「ハイネとスラたんにも、新しく作り次第渡すよ。」


スラたんは研究の時に使うだろうし、ハイネは俺達の為に色々と動いてくれる事が多いから、持っていると役に立つ場面も有るだろう。

俺も持っていた方が良いだろうが、取り敢えず俺の分は最後で良い。


「待ち遠しいね。」


「ふふふ。そうね。」


ハイネとスラたんも、楽しみにしてくれている様子だし、出来る限り早く用意してあげよう。


それと、もう一本余分に作って、ヒュリナさんに手紙と一緒に送る予定だ。作り方とか構造とかを書いて送れば、ヒュリナさんの事だから、直ぐにでも動き出してくれる事だろう。

ただ、使っている金属が金という事や、細かな作業が必要になる為、恐らく大量に作るという事は出来ない。そもそも、使う者は字を書ける貴族が中心になるだろうし、高値で限られた者達にのみ卸されるような品物になるはずだ。

まあ、その辺はヒュリナさんに任せれば、全て良いようにやってくれるだろう。


残念ながら、もう一つの仕込み弓の方に関しては、ヒュリナさんには伝えられない。


その理由は簡単で、予想よりずっとヤバい物が出来上がってしまったからだ。


「これが仕込み弓…ですか?」


ピルテが手に取って見ているのが、俺とニルが作り出した仕込み弓。篭手に脱着出来るようにしたかったのだが、そうなるとかなり製作が難しくなるので、篭手と一体化した形状になってしまった。

俺は、報酬でシャガの篭手を手に入れて、それを装着している為、使うのはニルになる。


篭手部分はアーマーベア亜種の外殻を削って作り、出来る限り軽くする為に小さくしたから、防具としての篭手という性能はほぼ無い。

主に使った金属はライティウムで、これもそこそこ丈夫で軽いという特徴からの選択だ。とにかく、ニルが戦う際に動きを制限されるような事が無いようにという事を考えて作ったので、かなり小さい物になった。数字で言うならば、全長は十五センチ程度だ。


構造的には、弓幹ゆがらが折り畳み式になっていて、広げると篭手の上に小さな弓が出来上がるような形になっている。

因みに、弓幹というのは弓の本体部分。つまり、弧状になっている部分の事だ。普通の弓で言うならば木製の部分と言えば分かり易いだろうか。

作った仕込み弓は、恐らく、コクヨウという男が使っていた物とは違う構造だとは思うが、暗器を作るというよりは、狙って撃てる武器が欲しいだけなので、相手にバレても問題は無いと考えて、篭手の外側に固定しただけの形にした。つまり普通に見ると、篭手の外側に何かが取り付けられているのが丸分かりという状態だ。仕込み…と言うよりは単純な折り畳み式武器と言った方が良いだろう。

また、折り畳み式とは言ったが、流石にワンタッチで簡単に開いて、ワンタッチで簡単に収納出来る!なんて便利な物は作れなかった。展開も収納も手作業だ。ただ、展開も収納も片手で行えるし、一動作で行えるから、十分に使えるだろう。

射出時の台座部分は予定通り革製にして、おわん型に。弦はSランクモンスターであるアラクネが使う硬質な糸を使った。

弦は引き絞って固定出来るようにしてあって、魔力を流し込むと固定具が外れて射出出来るようになっている。弓と言うよりはボウガンの方が正しい表現だろう。この辺りの構造は、カンニングによって得た知識で作ってある。

細かい事を言えば、台座部分が引っ掛からないように工夫したり、色々と大変ではあったが、取り敢えず形にする事が出来た。


一応、ニルが実際に使って、その都度使えるかどうかを聞きながら作ったので、問題は無いはずだ。

改良の余地はまだまだ有るといった出来だが、武器の一つとして使えるレベルには到達したと言えるだろう。


そして、ヤバい物が出来上がったと言ったのは……


単純に、その威力が尋常ではなくなってしまったのだ。


アラクネの糸を使った事で、張力の増大を狙ったのだが…予想以上にアラクネの糸が優秀で、非常に弓の弦としての性能が高かったのだ。

流石に、俺が投石した時のような威力は無いが、十センチ大の石を試しに撃ち出してみたところ、近くに有った木の幹の表面にめり込んでしまった。

いや…俺自身が投げる投石を比較対象にするのはおかしな話だが…とにかく、予想以上に威力が跳ね上がってしまったのだ。


ヤバい物を作ってしまった…と思ったが、俺がニル以外に作って渡すような事が無ければ、技術が流出する事も無いだろうし、そもそも、アラクネの糸を入手する事自体が難しいので大丈夫だろうという事で落ち着いた。


ただ、そうなってくると、折角使える武器を作ったのだから、色々と試したくなるもので……それだけの威力が有れば、矢を射出する事も出来る為、それ専用の金属製の矢を何本か作り、篭手に収納出来るようにしてしまった。

普通のボウガンや弓で使う矢よりも小さく、威力も落ちるが、殺傷力は極めて高い為、十二分に相手の脅威となる武器が完成してしまったのだ。

ニルと一緒になってあれこれと意見を出していると、どうしても作ってみたくなってしまい……いや、今更何も言うまい。構造自体はナームの部下に見せてもらった物とほぼ同じで、素材が違うだけだから、問題にはならないだろう。多分…きっと……うん…


「思っていた物より、スマートな感じなのね?」


「僕も、もっとゴツいのが出来ると思っていたけど、そうでもないね。割と軽いみたいだし。」


「はい。装備している感覚が無い…とまでは言いませんが、戦闘の邪魔になるような事は有りませんね。

まだ使い慣れておらず、使う時に手間取ってしまいますので練習は必要ですが、頼る事が多くなりそうな武器ですね。」


ニルが装備しているのは左腕。盾を持っている方の腕だ。武器を振る腕に取り付けるとなると、いくら軽いとはいっても邪魔になるからだ。

篭手部分は、ニルの腕に合わせて作ってある為、ニル専用の武器となっていて、俺の腕は全く入らない。


「盾を構えながら使えるのかしら?」


「展開と収納、後は射出後に弦を引く作業は右手で行わなければなりませんが、射出は魔力で操作出来ますので…」


ニルは、早速石を拾い上げて台座にセットすると、近くに有った木に向けて盾を構える。


「こうして!」


パシュッ!バキッ!


盾を仕込みボウガンとは逆、つまり腕の内側に倒して水平にしたタイミングでボウガンを射出させ、石を飛ばす。

石は勢い良く飛び出して、木に当たると、幹にめり込んで止まる。

その後、ニルが直ぐに盾を垂直に戻して右手で弦を引き絞る。


「という感じですね。」


「なるほど……え、えげつないね…」


「相手からすると、防御用の盾の裏から、突然矢弾が飛んで来るという事ね。初見だと、大抵は避けられないんじゃないかしら?」


「そういう意味で言うならば、仕込み武器と言っても良いかもしれないな。」


「それで……」


「??」


話を聞いていたスラたんが、何やら俺の事をチラチラ見てくる。


「名前は…?」


「名前?」


「このボウガンの…名前…ぷふっ…」


「いや。普通にボウガンだが。」


「何でぇ?!そこは、うてーる君でしょ!ガッカリだよ!僕は大層ガッカリだよ!」


「いや…ボウガンだしな。名前を付けるって…」


「このボウガンにうてーる君は…無いですね。」


「無いわね。」

「無いですね。」


「何でどうしてどうなった?!あー!僕の感性が崩壊寸前だよ?!」


「いや。感性というか、精神が崩壊しているぞ?大丈夫か?」


「ぐぬぅぅぅ!解せぬぅぅ!」


何をそんなに嘆いているのか分からないが、スラたんは地面をダンダンと叩いている。


「ま、まあ…スラたんの事は一旦置いて……ニル。実際に装備して使った感じはどうだ?」


「そうですね…軽いですし、操作も簡単ですし、大丈夫そうです。

引き絞る段階を変えれば威力を調節出来ますし、かなり攻撃の幅が広がると思います。」


「よしよし。飛び道具という飛び道具は、基本的に使って来なかったから、攻撃のパターンが一気に増えそうだな。」


折り畳み式ではあるが、物はボウガンだ。魔法とは違って、攻撃前に光ったりしないし、上手く使えば不意打ち的に相手を攻撃出来る。

ただ、魔法とは違って、飛ばした物は放物線を描いて飛んで行くだけという事や、引き絞ってセットする時間が必要になるので、連射が効かないという弱点も有るし、その辺は慣れが必要だろう。

間近の相手に対してカビ玉や瓶を投げ付けるだけならば、腰袋から取り出してそのまま手で投げた方が速いだろうし、使い所を考えて必要な時に使うという選択が必要になる。あくまでも補助武器的な物だと考えた方が良いという事だ。


「使い慣れるまでは、朝の訓練で積極的に使ってくれ。」


「分かりました。」


「矢のストックとか、ボウガンに使う用の物を新しく作るのも忘れないようにしないとな。」


「はい!」


「これで大体の目的は達成出来たな。明日からは補充しておきたい物を中心に作っていこう。新たに作れそうな物もいくつか思い付いているし、その辺も試したいな。」


「お手伝い致します!」


「ああ。頼むよ。」


「はい!」


「って…そうだった。僕の方からも…これ。」


そう言ってスラたんが取り出したのは三角フラスコのような瓶の中に入った乳白色の液体。


「おっ?!出来たのか?!」


「結構掛かっちゃったけど、一先ず形にはなったよ。」


「それは…何でしょうか?何か新しい武器ですか?」


「これは乳液って言ってね。簡単に言うと化粧品の一つかな。効果は、顔を洗ったりした後に塗ると、肌の水分が飛ばないように防いでくれて…って言っても分からないよね。簡単に言うと、肌を綺麗に保ってくれる物だね。」


「肌を綺麗に…ですか?」


ニルを含め、女性陣が興味を示す。


実は、乳液を作って欲しいとスラたんに頼んでおいたのだ。

作れるだろうとは言っていたけれど、思っていたよりずっと早く出来たらしい。


「これを塗れば良いのかしら?」


「顔を綺麗に洗った後に塗ると良いよ。」


「折角だから、今からやってみようかしら。」


「私もやってみたいです!」


「わ、私もお願いします!!」


どうやら、俺の予想通り、三人は化粧品とかにも興味が有るようだ。


三人は寝る前に洗顔して乳液を塗ってみる事にしたらしく、早速使っている。スラたんに教わりつつ肌を手入れする三人。


「ペタペタしますね?」


「それで良いんだよ。」


「効いてるー!って感じではないのね?」


「三人の場合、既に肌は綺麗だからね。どちらかと言うと、乳液はその状態を保つ為って作用になるかな。使ったからいきなり効く!って感じではないし、長く使うと効果が分かる感じだと思う。」


「継続して使ってみて…という事ね。」


「うん。そういう事だね。乾燥肌の人とかだと、直ぐに効果が実感出来るんだけど…」


ニル、ハイネ、ピルテは、キメ細かい肌でスベスベ。効果を顕著に実感出来るという事は無いかもしれないが…まあ、何日か使ってみると分かるだろう。


「肌に合わないとかも有るから、もし合わなさそうなら言ってね。いくつか作ってあるから。」


「合う合わないが有るんですね。」


「肌の状態は、人によって若干ずつ違うからね。

一応、ある程度誰にでも合うように作ったつもりだけど、僕も作るのは初めてだから、何か有れば直ぐに言ってね。」


「分かりました!」


三人はどうなるのか楽しみといった感じで自分の頬を触りながらニコニコしている。


「さてと…そろそろ寝るとするか。明日の昼前には街に辿り着くんだよな?」


「ええ。まだ無事ならば…だけれど……

私達が南下して来る時にも一度寄った街ね。名前は忘れてしまったけれど…

あまり治安の良い街ではなかったけれど、とてつもなく荒れているという印象は無いわ。」


「立ち寄るのは良いが、長居はしない方が良さそうな街だな。」


「そうね。急いでいるのだし、必要無い事は極力せずに街を出た方が良いと思うわ。」


「分かった。皆も大丈夫か?」


「僕は問題無いよ。少し欲しい素材が有るから、それだけ買い揃えてしまえば大丈夫かな。」


「私も大丈夫です。」


スラたんもピルテも大丈夫そうだ。ニルも問題は無いし、横で頷いてくれている。


「今日は俺とニルが監視の番だな。三人は寝ておいてくれ。」


「それじゃあ、先に寝させてもらうわね。」


「ああ。」


三人がテントに入った後、俺とニルだけで焚き火の前に座って紅茶をゆっくりと飲む。


「…あれから、エフは殆ど何も喋らないな。」


エフの寝ているテントの方を見てニルに話し掛ける。一応、何かしても直ぐに分かるよう、テントの出入口は開放されており、足が見えている。


「そうですね。喋らないという事は無いですが、会話から探りを入れても、ボロを出しそうにはありませんね。」


「何か情報を得られるかとも思っていたが…そういう訓練をされている者達から、無理矢理情報を聞き出そうとしても、簡単にはいかないか……見通しが甘過ぎたな。」


「私達を信用して良いのか、見極めようとしているのだとは思いますが、そろそろ情報の一つや二つ、欲しいところですね。」


「ニルの魔眼についても、色々と知っているみたいだったし、それだけでも聞けると良かったんだがな…」


「相手が相手ですから、気長にやるしかないのかもしれませんね。」


「こっちには悠長に構えている時間なんて無いんだがな…」


魔界の現在状況はどうなっているのか分からないが、余裕で皆遊び回っているなんて状況ではないだろう。事前に得られている情報から考えるに、アマゾネス達もホーローも、出来る事ならば、俺達と早く合流したいはずだ。俺達に出来る事は少なかったとしても、対処に入る事の出来る者がその場に居るか居ないかによる違いは大きいはず。


少しでも、魔界に辿り着くまでの間にエフから情報を得たいが、それにはエフの信用が必要で、その信用を得る為には時間が必要。だが時間はあまり無い…というジレンマの中に居るという感じだ。


「根気強く話し掛け続けるしかないですよね。」


「俺達に同行して、俺達の事を見るとは聞いているが、一体何を見せれば信用して貰えるのか…」


「彼女の中に判断する基準が何か有るのでしょうか?」


「俺達が魔王を助けようとしている証拠…ねえ。逃げる為の口実とかではないとは思うが…」


エフは基本的に一日中黙っていて、俺達が話し掛けても短く返事をするか無視するかのどちらかだ。彼女が言っていたように、俺達の事を観察しているような視線は感じるが、エフの方からのアクションはほぼ無い。

実際に、俺達は魔王を助けようと動いているから、エフに何か判断基準が有るとしても、その内分かってくれるとは思うし、焦って詰め寄るような事はしたくない。結局、根気強く付き合っていくしかないという事なのだろう。


「少し話をしてくる。」


根気強く…と言っても、やはり焦ってしまう気持ちは抑え切れず、俺はエフの居るテントへと近付く。


「エフ。」


「………………」


俺は、テントの中に居るエフに話し掛けるが、反応を全く示さない。


「起きているのは分かっているんだ。返事くらいしてくれても良いんじゃないか?」


「……何か用でも有るのか?」


「少し話をしようと思ってな。」


「私の方に話す事なんて無い。」


「そう言わずに話をするべきじゃないか?観察するとは言っていたが、話をした方が俺達の事も分かるだろう?」


「………………」


「……はぁ…このまま話をせずにずっと魔界まで行くつもりか?」


「……チッ…何を話すつもりだ。」


「俺達に何も情報を渡すつもりが無いって言うなら、他の話をしよう。」


「他の話だと?」


「別に何でも良いさ。ダークエルフについてでも、何でも。」


「何故そんな事をお前に話さなければならないんだ?」


「別にそれくらいは問題にはならないと思うが?」


「…………そうだな。そこまで言うなら一つ教えてやろう。」


「??」


エフが、何かを俺に教えてくれるらしい。


「どうやら、お前は、あの灰黒結晶が、私達ダークエルフにとってどのような効果を与える石なのか分かっていないみたいだからな。」


「…………」


エフが俺の事を嫌っている理由だと思われるのは、灰黒結晶を使った拷問だ。その効果については、俺もよく分かっていなかったが…


「あの鉱物の中に入ってる魔力は、私達ダークエルフに対して、神経に直接干渉してくるものだ。」


「神経に直接?」


「私達ダークエルフは、魔力の感受性が高くてな。特に自身へ対して害となる物には強い反応を示すんだ。

だが、灰黒結晶の魔力は微量だからな。激しい反応は起きない。その代わりに、神経が敏感になる。」


「神経が敏感に?」


「…それだけならば問題は無いが、灰黒結晶の魔力を排除しようとする事で、私達の体には異変が起きる。」

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