第四十四章 魔界へ向けて
第615話 北へ
スラたんのスピードに対応しようとした場合、目で追って対処しようとしても、視認した時には既に手遅れだ。
スラたんが視認出来るタイミングは、走り出しや方向転換をした時に、スピードが落ちる瞬間だけ。故に、その位置から攻撃を仕掛けてくるとした場合の直線上に攻撃を置く。これがコツというのか、唯一スラたんを捉える事の出来る方法である。
瞬間的な判断と、的確な攻撃位置、タイミングでなければ、当然スラたんを捉える事は出来ない為、超難しい。
「先読みしても、それを逆手に取られたりしてしまって、手も足も出ません…そこに、その
「あのスピードが更に上がるとなると、手が付けられなくなるよな…朝の訓練の時は履かないようにと伝えておくか。」
スラたんのスピードに慣れるというのも、朝の訓練の目的であるが、見えない相手のスピードに慣れるというのは無理だ。まずは普通のスラたんのスピードに慣れるところから始めなければならないだろう。
ニルの頭をポンポンと撫でてやった後、俺はスラたんに靴を渡しに行く。
「へぇー…こんなアイテムが有るんだね。って言うか…かなりレアなアイテムだけど、僕が貰っても良いのかな?」
「スラたん達が居なければ、盗賊との戦闘に勝つ事なんて出来なかったからな。当然の報酬だ。」
「そういう事なら、遠慮無く貰おうかな。」
「そうしてくれ。」
俺は瞬風靴をスラたんに渡す。
今回の報酬も、働きに対して少ないような気もするが…これから魔界に向かうという段階で、戦闘に使える装備を入手出来たと考えると、悪くはない。
それに、大きなイベントとしては、『魔王の城』というものが発生しており、それが正規ルートのような感じだ。盗賊との戦闘はどちらかというとサイドストーリーみたいなものだろう。それにしてはデカいイベントだし、危険度は超級だったが…
サイドストーリーだと考えるならば…報酬が少ないのも頷け…ないが…理解出来る。
これらの装備が、この先でどれだけ役立ってくれるかは分からないけれど、目的を達成する為に少しでも役立ってくれるならば、それで十分だと考えておこう。
報酬の確認を終えたところで、ニルが夕食の支度に入り、日が落ちると同時に夕食。その後はスラたんとスライム達がエフを見張ってくれるとの事で、俺とニルは、久しぶりに新たな物を作り出す作業に入る。
因みに、ハイネとピルテは、近くでモンスターの気配がしたから見てくると焚き火を離れた。この辺りに出てくるモンスターは強くてもBランク。今の二人ならば、片手で十分というモンスターしかいないから、心配は要らないだろう。吸血鬼族であり、夜の闇は二人のテリトリーだし。
「今回はどのような物を作るのですか?」
「盗賊との戦闘を通して、色々と作ってみても良いかと思える物が浮かんではいるが…何から作るかな…
そうだな……やはりあれからか。」
「あれとは何でしょうか?」
「殺害盗賊、フィアーの頭ガナサリスと、それに加勢していた渡人との戦いは覚えているか?」
「はい。確か、ヒョウドという男と、コクヨウという男が居ましたね。」
「その片方に、暗器を使っていた奴が居たよな?」
「コクヨウの方ですね。確か…針のような物を飛ばしていたかと。」
「ああ。あの針を飛ばすような機構の物を作り出したいんだ。」
「魔具…という事ですか?」
「いや、出来れば、魔具じゃない方が望ましいかな。
俺が作ろうとしている物は、最終的にカビ玉とか、瓶を打ち出す為に使いたいんだが、魔具だと難しいと思うんだよな。」
「風魔法で、ポーン!という物では駄目なのですか?」
「最初はそれも考えたんだが、風魔法で飛ばすとなると、形状は筒になる。そうなると、飛ばせる物の直径を均一にしないといけなかったり、飛ばす距離を調節出来なかったり…意外と不便だと思ってな。」
「言われてみますと…そうですね。
手で投げる時は、持った時の重さで投げる力を無意識に調節していますが、魔具だと常に一定の威力で飛ばす事になってしまいますね。」
「飛ばしたい距離を変えられたり、飛ばす物の形状に関わらず飛ばせる物にするなら、魔具は向かないかと思ってな。
だから、単純に弓のような形状を元に作ろうかと考えている。」
「弓ですか?」
「正確に言うとボウガンとかバリスタのような形状と言う方が近いかな。腕に装備するような形でなくても良いんだが、あの男が使っていた物を元にして、狙い撃てるような形の物を作りたい。」
ニルの言うように、筒状にして風魔法で打ち出すという機構も、間違いではない。寧ろ、その方が効果的に物を撃ち出す事が出来るだろう。
カビ玉や瓶の直径が一定になるように、瓶は一種の物に固定して、カビ玉は型を使って作るようにすれば良いだけだから。
ただ……筒状の物に飛ばしたい物を込めて、風魔法で撃ち出すという機構……それは、既に銃とほぼ同じだ。ニルには、銃という物の存在と機構をある程度教えてあるから、風魔法で飛ばすという発想になるのだろうが、この世界で物を飛ばすと考えた時、基本は弓やボウガンのような物か、スリングのような物を思い浮かべるはずだ。
毎度同じ事を言うようだが、沢山の人が死ぬと分かっているのに、その武器の発明者になんてなりたくはない為、銃の前身となるような物を作るのは避けたい…という事も頭の中に有る。
コクヨウという男が使っていた暗器を飛ばす装置は、恐らくこの世界のアイテムだ。というか…俺のように炉を使って金属を加工したり、新しい魔具を作っているプレイヤーは…多分他には居ないと思う。研究という、似た事をしているスラたんくらいのものだろう。
もしかしたら、生産系に力を入れていたプレイヤーがこちらの世界に飛ばされて来ているかもしれないが、今のところ、向こうの世界にしか無かった物を、こちらの世界で見た事は無い為、そういうプレイヤーは飛ばされて来ていないと思う。
俺の案で作られている遊具ですら色々な所で見掛けるのだから、生産系のプレイヤーが来ていて、この世界にとって新しい物が出来ているならば、間違いなくどこかで見掛けるはず。それが無いという事は、来ていないか、もしくは俺と同じように考えて、世間に危険な物を出さないようにと作っていないかのどちらかだろう。
どちらにしても、コクヨウという男が使っていたアイテムは、恐らくミニボウガンのような機構であったはず。右に
「狙い撃てるような物ですか…」
ニルは、スッと腰袋から手帳を取り出す。
「確か…このような物だったと思います。」
そう言うと、インクとペンを使って、スラスラと手帳に絵を描いていく。
ザックリとした形状に、ニルのわかる範囲での機構の説明が書かれていく。
「ニル……」
「はい?」
「ニルの絵。何か可愛いな。」
ニルの書いた絵は、篭手のような物にボウガンが乗っているような絵だ。
別段、可愛い要素など無いような物を書いているはずなのに、どこかふわふわしたような…アニメチックとでも言えば良いのか、ポップな感じと言えば良いのか…
決して下手という事ではない。それがどんな物なのかは普通に認識出来るし、想像も出来る。だが、リアリティの有る絵かと聞かれると、違うと言える。
「か、可愛い…ですか?変…でしょうか?」
「いや、変という事ではなくてな…そうだな…スライムを書いて見てくれないか?」
「スライムですか?分かりました…」
ニルは書いた絵の下に、スライムを描く。
「これでどうでしょうか?」
「…………………」
可愛い!ニルの書いたスライム可愛い!
何そのキュルンとした目は?!どこからその目が出てきたの?!ニルにはスライムがそう見えてるの?!これならスラたんでなくても可愛く見えるよ?!
という心の声が暴発しそうになったが、何とか耐えた。
「コホン……ニルはそれで良いと思うぞ。」
ニルのセンスは、俺の想像を遥かに超えていた。
これから何か絵を描きたい時は、ニルに描いてもらうとしよう。それだけで、気持ちがほんわかするから。
「やはり…変ですか?」
「いや。変ではない。俺は好きだ。」
「す……そ、そうですか。分かりました…」
ニルの耳が赤くなっているのが見える。
「しかし…コクヨウの使っていた物は、小さなクロスボウを篭手に仕込んでいた…みたいな構造みたいだな。」
ニルの記憶から書かれた絵を見ると、弓の仕組みを応用した武器に見える。
「仕組みが分かっていれば、簡単に作れそうな気もしますが…どうでしょうか?」
「いや。そう簡単な話じゃないだろうな。コクヨウの場合は、飛ばす物が決まっていたし、それが針という細く小さな物だったから、武器自体も小さく出来る。だが、瓶やカビ玉を飛ばそうと思うと、それなりに大きい台座が必要になる。
構造も、今まで作ってきたような物と比べると、かなり複雑だし、工夫も一つや二つじゃ駄目かもしれないな。」
「時間が掛かりそうですね…?」
「そうだな……物を作る前に、色々と考えて設計図を描かないと上手く作れないかもしれないな。」
「設計図ですか…」
「設計図は俺が作る。それが出来るまでは作業に入れないから…」
俺は、ニル持っているペンに目を向ける。
万年筆を作ってみても良いかと考えていたが、そっちを先に作った方が良いだろう。
構造は仕込み弓より単純だろうし、直ぐにでも作業に入れるはずだ。
「スラたん。ちょっと良いか?」
「ん?」
エフは、一応テントを張って、その中に拘束してある。スラたんは、そのテントの前で焚き火に当たって、ピルテの淹れた紅茶を飲みながらゆっくりしている。
「今から万年筆を作ろうかと思っているんだが、あれってどういう仕組みなんだ?
それとなく分かってはいるんだが…」
「万年筆?あー…確かにその方が楽だよね。」
ニルがインクとペンを持っているのを見て、俺が何をしようとしているのか理解してくれる。
「僕も詳しいってわけじゃないけど、多分、毛細管現象を利用しているんだと思うよ。
凄く細い空間とかには、水とか液体が、吸い込まれるって現象だね。」
「吸い込まれる…ですか?」
ニルには、どういう事なのか分からないようだ。
「僕が使っている器具を使えば、簡単に見られるからちょっと待ってね…えーっと…」
そう言って、スラたんはインベントリを開いて、ガラスの容器と、ストロー程のガラス管と、針のように細いガラス管を取り出す。
「まず、容器に水を張って…」
魔法で水を容器に入れるスラたん。
ニルは何が始まるのかとワクワクしながらそれを見ている。
「ここに、このガラスの管を差し込んだ時、どうなるか分かるかな?」
「え、えーっと……普通にそのままガラス管が差し込まれるだけ…だと思います。」
「それじゃあ、やってみようか。まずは、太いガラス管から。」
そう言ってスラたんがガラス管を差し込むと、ニルは穴が空くのではないかと思う程ガラス管を注視している。今はスラたんが教えてくれているから俺は見ているだけだが、こうして素直に学ぼうとしているニルを見ると、ついつい色々と教えたくなってしまうのは、俺の性分だろうか?
「……あっ!管の壁面の水が持ち上がっています!そうでした!表面…張力!」
「正解。流石ニルさんだね。
表面張力っていうのは、液体が、なるべく体積を小さくしよう!と頑張る力の事。だから、水とかを何にも触れられない空中に飛ばしたりすると、自動的に球状になるんだ。」
そう言って、容器から指で水を空中に飛ばすと、焚き火に照らされた水が球状になり、そのまま地面に落ちて行く。
「…あれ?ですが、それだと…液体は管に張り付くんじゃなくて、凸の形になりますよね?」
「凄いね!確かにそう考えられるよ!
実際に、管と液体が別の物になった時、今みたいに管の中の液体が凹型じゃなくて、凸型になる組み合わせも有るんだ。」
例えば、ガラス管に水銀を入れた場合は、凸型になったりするはず。
「ですが…」
「うん。ガラス管と普通の水の場合は、逆だよね。
これは、水が小さくなりたーい!っていう表面張力よりも、ガラス管の方が水を引っ張る、濡れ性という力が強いからなんだ。
表面張力よりも、濡れ性によってガラス管が水を引っ張る力の方が強いから、こうしてガラス管付近の水は引っ張られてしまい、持ち上がったように見えるという事だね。
これが、表面張力の方が強いと、逆に凸型になるんだよ。」
「なるほど…表面張力と濡れ性…ですね。」
ニルはすかさず手帳に聞いた話を書き留めていく。
ガラス管とかの絵も書いているが、やはりどこか可愛らしい…なんだろうか…俺の目がそういう仕組みになってしまったのか?
「さて…本題はここからだね。」
そう言って細いガラス管を持つスラたん。
「次は、この細いガラス管を差し込んだらどうなるか分かるかな?」
「え、えーっと……同じように壁面だけが持ち上がるような形に…でも、そんなスペースは無いし……」
悩むニル。答えが出ないらしく、スラたんが口を開く。
「それじゃあ、やってみようか。」
そう言ってガラス管を差し込むスラたん。
「うわわっ?!水が吸い込まれました!!管の上の方まで届いています!」
「良い反応だねー。僕もシンヤ君が教えたくなる気持ちがよく分かるよ。」
「そうですか…?でも、本当に凄いですよ?!魔法ですか?」
「ううん。これは魔法じゃなくて科学だよ。」
「科学って…不思議ですね…」
「ははは!なるほど!確かにそうかもしれないね!」
スラたんが笑った理由は分かる。
俺達にとっては当たり前の科学。寧ろ魔法というのが不思議な力である。しかし、ニル達のような、この世界の人達にとっては、馴染みある魔法よりも、科学という概念の方が不思議に感じるのだ。俺達にとっての魔法というものが、ニル達にとっての科学という事である。
そういう真逆の概念の事を考えていなかった俺とスラたんとしては、目からウロコというのか、言われてみればそうだよね!という感じで笑ってしまったのだろう。
ニルはおかしな事を言ってしまったのかと首を傾げていたが、スラたんの話が始まると、直ぐに気持ちを切り替えて話に聞き入る。
「さっき話した表面張力と濡れ性。この二つの力が垂直方向にも働くのは、持ち上がっている水から分かるよね?」
「はい。」
「その上に向かう力が働くのは、水が持ち上がっている部分だけ。管が広いと、その力は広い部分に分散されて、殆ど力を発揮出来ないけれど…」
「管が狭いと、分散されずに上に向かう力だけが密集して、管の中をせり上がって行くという事ですね?!」
「正解!その上に働く力が、管の中に有る水の重さと等しくなるまで上昇して止まるんだ。水の重さは下に向かって働くからね。」
「そういう事ですね!理解出来ました!」
「スラたんは流石だな。学校の先生とかでもいけるんじゃないのか?」
「昔はバイトで家庭教師とかもやってたからね。」
家庭教師……俺とは頭の出来が違うぜ…
「でも、一番は、ニルさん自身が学ぼうとしてくれるからだろうね。嫌々やっていると、どんな事でも覚えないからさ。」
「確かにな…」
「えっ?!こんなに面白いのに、嫌がる人が居るのですか?!学ばせて頂けるだけでも光栄な事なのに…」
ニルの言うように、誰かから学ぶという事は、とても貴重な事なのだが…日本で勉強大好き!という人はあまり多くはなかった。義務教育によって、半強制的に勉強を教えられるという状況が良くないのか……?
だが、義務教育のお陰で、日本では一定水準の学力を皆が持ち、日本全体の学力が底上げされているのも確かだ。
何事も一長一短という事だろう。
ただ、こうして学ぶ機会を得られない人達からすると、勉強が嫌いだから教えて貰えるのに嫌がるというのは、酷く贅沢な行為に見える事だろう。
「学びたいと思う人達もいれば、そうでない人達もいるんだよ。
これが面白いと感じるなら、ニルさんには科学の適性が有るのかもね。」
「本当ですか?!」
「うん。」
スラたんの言葉に目をキラキラさせて喜ぶニル。
「っと…話が逸れちゃったけど、こんな感じで、径の小さな隙間に対して、液体が吸い込まれる…正確にはせり上がる現象の事を、毛細管現象と呼ぶんだ。」
「毛細管現象…」
「この原理を利用すると、ニルさんやピルテさんが使っているようなペンをわざわざインクに浸して使うという動作を必要としないペンを作れるんじゃないかって話だね。」
「こ、このペンをですか?」
「うん。僕達の世界では、万年筆と呼ばれていてね。
インクをペンの中に入れ込んで、そこからペンの先にインクを毛細管現象で移動させる。そうすると、常にインクが供給されるという仕組みを作り出す事が出来るんだよ。
勿論、切り込みを入れたり穴を開けたり…とにかくいくつかの工夫もされているけど、基本的な構造は大体そんな感じだと思うよ。」
「そんな事が出来てしまうのですか…科学とは本当に凄いですね?!」
「そうだね。科学の中には、本当に魔法のような物だって有るし、もしかしたら似たようなものなのかもしれないね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます