第614話 報酬確認
いつも冷静なハナーサが、ケビンの死をイメージして怖くなり、行かないで…と思わず言ってしまう。そんな状況をイメージしたら分かる。
そこに居るのは村の中心人物でも、反撃部隊の中心人物でもない、ただのハナーサ。
ケビンという一人の男を愛する一人の女でしかないのだ。
それを誰が責められるというのだろうか。いや、責められるはずがない。
「そうそう!それに、今は二人が結ばれた事を喜ぶべきだよ!そんなくだらない事は忘れて、今を喜ばないと!」
「だな。ハナーサとしては、念願叶ったって感じみたいだな?」
「そそそそれは…まあ…その…うん……」
真っ赤になって俯くハナーサ。普段強気なハナーサが照れている。
頭から被った布を掴んで顔を隠してしまった。
「それにしても、ケビン。」
「な、なんだよ。」
「こんなに良い女性を娶るんだから、誰よりも幸せにしないとな?」
「ふん!そんなの当たり前だ!」
胸を張って答えるケビン。逆にハナーサはもっと赤くなって俯いてしまう。
「粗野で馬鹿な俺だが、俺を選んでくれた事をハナーサに後悔なんてさせねえ!誰よりも幸せにしてみせる!!」
ドンと胸を拳で叩くケビン。
それらの言葉を恥ずかしがらずに言えるのは、ケビンがそれだけ本気だと言う事だろう。
「あー!もー!可愛いー!」
辛抱たまらんと、ハイネがハナーサに抱き着く。
「ハナーサさん!絶対に幸せになるのよ?!」
「はい…ありがとうございます…」
色々と起きた宴会だったが、全てが良い事だった為、俺達としては大満足。
美味い飯に美味い酒、そしてそれを彩る音楽に踊り。子供達が疲れて眠ってしまった後も、宴会は遅くまで続いた。
宴会が終わると、今回は俺がエフの見張りを行う事になり、皆には寝てもらう事になった。
ニルは、ふにゃふにゃになりながらも、俺が見張りをするならば自分も見張りをすると言って聞かなかったが、寝るように言い付けた事で、何とか寝てもらう事に成功した。
翌朝、ニルが申し訳なさそうに起きて来た事は言うまでもないだろう。
こうして、楽しい楽しいテノルト村での一日はあっという間に過ぎてしまい、翌日、俺達はテノルト村を離れて、北へ…魔界へと向かう事になった。
「もう行くのか…残念だな。」
出発の準備が整い、馬車に乗ると、村人達のほぼ全員が見送りに出て来てくれる。
「やらなければならない事が、まだまだ残っているからな。」
ケビンの言葉に返して、出発する意志を伝える。
「カイドーさん!僕…僕達!絶対にいつかカイドーさん達みたいな冒険者になってみせるから!!」
わんぱく三人組は、涙を滲ませながら、俺とニルが渡した武器を持ちながら、叫んでくれる。
「ああ。楽しみに待っているよ。ケビンの言う事をしっかり聞いて、焦り過ぎないようにな。」
「「「はい!!」」」
「また、近くまで来たら寄ってくれよ?」
「ああ。皆も元気でな。」
名残惜しくはあるが、ずっと留まっているわけにはいかない。俺達は、挨拶も程々に馬を進ませる。
「ありがとーー!」
「また来てくれよー!!」
「気を付けてねー!!」
村人達が、離れて行く俺達に向けて口々に別れを叫ぶ。
その声は、遠く離れて、声が届かなくなるまで聞こえていた。
盗賊団ハンターズララバイとの戦闘で残された傷は決して浅くはない。しかし、彼等は、きっとそれを乗り越える。
ケビンやハナーサ、新しい統治者、共に戦ってくれた者達。ここには心強い者達が沢山居る。
それに、次代を担うであろうラルク達だって居る。
きっと、ブードンが統治していた頃よりも、ずっとずっと良い場所になるだろう。
また、全てが終わり落ち着いたら、皆の顔でも見に訪れよう。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
テノルト村での楽しい一時と、寂しい別れを終えた俺達は、馬車を北へと走らせた。
ジャノヤを横目に通り過ぎ、更に北へと向かい丸一日が経った頃…
「………酷いですね……」
御者をやってくれているニルが、ジャノヤより北に在る村々を見て、小さな声で呟く。
ハンターズララバイは、ジャノヤよりもずっと北から進軍して来たというのは知っていたが、その道中の事までは詳しく知らなかった。
それを、実際に目にして、被害の大きさを改めて知った。
通り過ぎる村々は、殆どが壊滅状態。
一応、ジャノヤ方面から派遣されている者達が復興に当たっているみたいだが、一からの再建と言った方が正しい程の荒れ具合だ。
「酷い事するわね…」
「………………」
ハイネの言葉を聞いているはずだが、エフは特に反応を示したりはしていない。ハンターズララバイを誘導したのは黒犬のエフ達である事は明確。しかし、エフ達にとってみれば、魔王の命令は何よりも優先される。故に、謝罪する事も無ければ、後悔もしないのだろう。
当然、腹は立つが、エフに当たってもどうにもならない。本当の解決を望むのであれば、黒犬の後ろに居る魔王、その更に後ろに居るであろう奴等をどうにかしなければならない。
ハイネとピルテは、エフに対して怒りのような感情を隠そうとしていないが、エフはそれを無表情で受け流している。
「出来る事ならば手助けしたい所だが、一つを助ければ、全てを助けなければならなくなる。口惜しくはあるが、このまま進むぞ。」
「……はい。」
ニルは、荒廃してしまった村々を見て、何とも言えない表情をしていたが、俺の言葉で視線を外す。
今は大変な状況かもしれないが、ジャノヤに貴族達が戻り、動きが活発化すれば、この辺りも元に戻る日が必ず来る。
そう信じて、俺達は北へと向かって進み続ける。
「そろそろ今日の野営地を決めたいな。」
俺達が移動しているのは、左右に小さな森が断続的に存在している起伏の激しい草原。
森に近付くとCランクから最高でBランク程のモンスターが襲って来る事も有るような場所で、それを避けるように村々だった物が点在している。
「そうですね……あの辺りはどうでしょうか?」
ニルが視線を向けた先は、森と森が大きく離れた草原地帯。地面から伸びている草は腰辺りまで有るが、そこは割とフラットな地形で、周囲の草を魔法で刈ってしまえば視界は通る。
「そうだな。少し早いかもしれないが、あの場所にテントを張ろう。」
「はい。」
ニルに指示を出すと、馬車を走らせて、目的の場所に止めてくれる。
「悪くないな。ニル。ピルテ。草を刈ってくれ。俺とハイネで周囲にトラップ魔法を仕掛けておく。スラたんは周囲にスライムを展開してくれると助かる。」
「「はい!」」
「了解よ。」
「了解!」
この面子での旅も、既に慣れたもの。指示を出すと直ぐにそれぞれ動いてくれて、十分程で野営の準備が整ってしまう。
「随分と野営の準備も手慣れてきたわね。」
「明日からは、もう少し遅くから準備を始めても問題無いかもしれないな。」
「夕飯までには少し時間が有るし、僕はちょっと研究を進めても良いかな?」
「ああ。構わないぞ。」
「ありがと!」
「エフの事は私とピルテで見ているわ。」
「助かるよ。それじゃあ、俺は……」
ここまで放置していたが、盗賊連中との戦いで得られた報酬の確認をしておきたい。
ニルが新しく使う事になった
インベントリを開き、今回手に入った報酬を確認する。
得られた報酬は全部で四種類。
一つ目は篭手。濃い緑色で表面が波打っており、銀色の金属で縁取りされている篭手だ。二の腕のみを覆う物で、手の甲の部分は無い。上半分を覆うような形で、断面図は『C』の字型と言えば分かり易いだろうか。
表記されている名前は、シャガの篭手。
鑑定魔法の結果は…
【シャガの篭手…シャガと呼ばれる硬質な樹皮から作られた篭手。非常に硬く耐久値が高い上に軽い。】
単純な篭手で、特殊な効果は無いみたいだ。
触った感じや打ち合わせた音は、完全に金属のそれだが、鑑定魔法からするとどうやら樹皮らしい。
持った時に、思わず腕が大きく上がってしまう程に、見た目との重量差が有り、かなり軽い。
シャガと呼ばれる樹木自体は、割と有名らしく、ハイネ達もニルも知っていた。しかし、その樹皮は非常に硬く、加工が困難だとされているらしく、シャガの樹皮を加工して防具にしているのは始めて見たらしい。
何でも、シャガの樹皮は、切る事は勿論、削る事も困難で、火に入れても燃えないらしい。
それはもう殆ど金属だろうと言いたいが、そこそこ貴重な金属より余程丈夫らしい。
総合的に考えると、かなり優秀な防具との事だ。
「確かに…これは丈夫そうだな。」
篭手同士を打ち合わせると、キンキンと高音が鳴り響く。
「これは俺が使うとするか。」
篭手となると、攻撃を受ける可能性が高い者が使うのが良いのだが、ニルは盾を持っている為、あまり篭手を必要としない。有れば有った方が良いだろうが、同じく前線で打ち合う俺の防御力を上げる方が良いだろう。盗賊との戦闘では、俺一人だけがぶっ倒れたわけだし…
二つ目は、少し珍しいアイテムだ。
鑑定魔法の結果は…
【レッグホルスター[魔具]…投げナイフ等を収納出来るホルスター。インベントリ機能を持った魔具であり、収納出来る数は二十一本。】
まず気になるのは、『インベントリ機能』という表記。インベントリも魔法なのだから、魔具が有ってもおかしくはないが…実のところ、俺とニルが魔具製作を行う際に、既にインベントリ機能の付与は試している。
結果は言わなくても分かるだろう。それを使っていないのだから、当然全て失敗に終わっている。
理由は分からないが、魔石陣を作って魔力を流しても、魔法が発動しないのだ。それを、このレッグホルスターとやらは可能にしているらしい。
どのように…というのは気になる所だが、見た限り、レッグホルスターを分解しても魔石陣は取り出せない。
大体の部分は革製で、焦げ茶色なのだが、ホルスターの底辺部だけ金属で出来ている。恐らく、その中に魔石陣は埋め込まれているのだろうが、分解して溶かしたり割ったりしても、魔石陣だけを取り出すのは無理だ。
分解は諦めて、そのまま使うしかない。
インベントリ機能と言うと、どんな物でも入れられるというイメージをしていたのだが、調べた結果、大きさはニルの投げ短刀が、収納出来るサイズのギリギリ。それ以上大きな物は収納出来ないようになっていて、尚且つ、数も二十一個と少ない。
また、俺やスラたんが使うインベントリというのは、本人が魔法を発動し、出て来たウィンドウから物を選び取り出すか、収納するという魔法であり、必然的に本人にしか使えない物となっている。しかし、このレッグホルスターは、魔力を流せば誰にでも出し入れ出来る。
もしかすると、インベントリというのは、人や物を指定し登録するという工程が必要なのかもしれない。と言っても…それを魔石陣でどのように表現するのかは全く分からない為、結局はインベントリ機能を持った魔具は作れないのだが…
とにかく、インベントリ機能については諦めて、レッグホルスターの性能を説明すると…
レッグホルスター自体は、ベルトで太腿に巻き付けて使う物で、収納出来るのは投げナイフや投げ短刀のような長細い物だけ。収納した投げナイフ等は、三本が表に出ている状態になっており、それを取り出すと、インベントリ機能の中から自動で表に追加される仕組みとなっている。しかも、三つのスペースそれぞれでインベントリの領域が分かれているらしく、各スペースに七本ずつ収納出来るらしい。
仕組みは違うが、弾丸を入れるマガジンのような機能となっているわけだ。
これは勿論、ニルに持たせる。
一番投げナイフ系を使うのはニルだし、これが有れば常時二十一本の投げナイフを所持している事になる。ニルの場合、投げ短刀を三本持っている為、投げ短刀三本プラス投げナイフ十八本か…
それらを持ち運ぼうとするとかなり嵩張るが、このレッグホルスターが有れば、三本分のスペースだけで良い。
他には特に変わった機能は無いが、地味に嬉しいアイテムだろう。
ニルには、もう一つ。ここまであまり使っていなかった真実の指輪を渡しておく。
今回は、持っていたのに使わなかった事で失敗したし、それを繰り返さない為にも、ニルには常に真実の指輪を装着しておいてもらう事にした。
「真実の指輪は、ご主人様がお使いになられた方がよろしいのではありませんか?」
「いや、誰かと初めて顔を合わせた時、喋るのは俺だ。その時、ボロが出てしまうと危険かもしれない。
特に、ここから先は魔族との接点が増える。闇魔法は攻撃力が低い分、特殊な魔法が多いし、そういう場面もきっと増えるはずだ。
だから、ニルが持っていてくれた方が良いと思う。」
「そういう事でしたら…分かりました。」
ニルは頷いて、真実の指輪を右手の小指にはめる。
続いて、三つ目は…
【深紅の鉤爪[魔具]…魔力を流す事で伸長する金属製の鉤爪。強度はそこそこだが、最大で五メートルまで伸長する。】
という物。
説明の通りの深紅色の鉤爪だ。武器の一種ではあるが、魔具でもある物らしい。
性能は表記の通りで、伸び縮みする鉤爪。手袋の甲の部分に金属製の刃が四本付いており、魔力を流した分だけ伸びる。魔力供給を止めれば縮むという仕組みらしい。
この鉤爪の……右手用が二つ。何故か左手用が無く、右手用が二つ手に入った。
性能的に、ハイネとピルテが使うシャドウクロウに似通ったアイテムだし、二人に渡そうと思っているのだが……正直ちょっと微妙な報酬だ。
ハイネとピルテは、シャドウクロウでの戦闘を完全に会得しており、敢えて鉤爪を装備する必要性を感じない。
シャドウクロウとは違い、強度がそれなりに有って、使うのに魔法陣が必要無い事、魔力消費量が少ない事、そして、打ち合うという戦い方が出来るという利点は有る。
しかし、シャドウクロウの方が柔軟に動いてくれるし、何より……吸血鬼族というのは武器を使わないと聞いている。シャドウクロウを使った戦闘こそ至高!と考えている吸血鬼族に対して、鉤爪を渡すなんて、侮辱に当たらないかと心配していると…
「ご主人様からの贈り物とあれば、喜んで受け取って下さると思いますよ。」
とニルが笑顔で言ってくれる。
俺が持っていても、鉤爪なんて使う事は無いし、宝の持ち腐れだ。それならば、もし、使ってくれないとしても、二人ならば俺よりも良い使い道を思い付いてくれるかもしれない。
という事で、俺は思い切って二人に深紅の鉤爪を渡す事にした。
エフの監視をしてくれている二人の元に向かい、鉤爪を差し出す。
「ハイネ。ピルテ。実は…こんなものを手に入れたんだが……二人に受け取って欲しい。」
「何かしら?」
見た目は手の甲部分に深紅色の金属が付いた手袋だ。何に使う物なのかパッと見では分からないだろう。
俺は、二人に使い方を説明する。
「えっ?!何これ?!面白いわね!!」
「どういう仕組みなのでしょうか…?金属が特殊な物だという事は分かりますが…」
二人は予想以上に食い付いて、鉤爪を手に取ってくれる。
「こんな珍しそうな物を貰ってしまっても良いのかしら?」
「あ、ああ。そうしてもらえると助かる。」
「ありがとう!」
「ありがとうございます!大切に使わせて頂きますね!」
心配していたのが馬鹿みたいに、二人はすんなりと受け取ってくれる。
「あ、ああ…」
「何?武器を使うのを嫌うかと思ったのかしら?」
「素直に言うとそうだな。侮辱になるかと思ってな。」
「シンヤさんが侮辱する為にそんな事する必要無いでしょ。私達よりずっと強いんだから。
それに、私達も、魔界を出て数年よ。考え方も昔とは違うわ。」
「これを使う事で少しでも役に立てるなら、いくらでも使いますよ!」
「そうか…まあ、性能は微妙な気もするが。使えるなら使ってくれ。」
「そう?結構便利だと思うわよ。」
そう言うと、ハイネは右手に深紅の鉤爪を装備して、左手にシャドウクロウを発動させる。
「あー…そういう使い方も出来るか。」
「そういう事。柔軟な動きをさせたいならシャドウクロウ。強度が必要なら、この鉤爪を使えば良いのよ。」
それで右手用の鉤爪だけが二つ…
どう考えても、何処かで誰かが俺達の事を見ているとしか思えない報酬だ。
一瞬空に目を向けるが、その先に誰かが居るという事も無く、ただ刻一刻と変色していく空が見えるだけだ。
二人は、俺に礼を言った後、嬉しそうにしてくれている。
そして、最後の四つ目。
【
まあ、どう考えても、これはスラたん用のアイテムだろう。
見た目は、緑色の革製と木製の間のような材料で作られた靴で、素材が何かは分からないが、かなり軽い。
「これはスラたんに使ってもらうとしようか。空気抵抗を感じる程のスピードで走れるのはスラたんだけだしな。」
「走るだけで空気抵抗を感じるというのも不思議な話ですよね?」
「ニルの言う通りだが…それが出来ちゃうのがスラたんだからな。」
「未だに、あのスピードに対応するのは難しいです…」
ニルやスラたんは、俺がダウンしている間も、朝練を続けていたが、未だにスラたんのスピードに対応出来ていないらしい。
「動きではなく、線として考えろというご主人様のお言葉の意味は理解しているのですが、それを実践するというのは難しいです…」
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