第613話 祝福

「敢えて聞く程強い酒なのか?」


「とてつもなく強いというほどではありませんが、苦手な方が飲むと…」


「それくらいなら大丈夫だ。」


「流石ですね!それでは…私の家内で申し訳ありませんが…」


そう言うと、ザッケの母が瓶から酒を注いでくれる。

注がれたのはお猪口ちょこに近いような小さな容器だ。


俺達五人全員に酒が行き渡ると、ザッケの父にも注がれる。


「それでは…」


ザッケの父と容器を軽く突き合わせた後、皆で一斉に容器の中の液体を飲み干す。


予想より液体は粘度が高く、ドロッとした喉越し。

味は果実酒なのか、果物っぽい香りが鼻に抜ける。

その後、カーッと喉の奥が熱くなり、強いアルコールを感じる。

感覚的には、リキュールとか、あの辺のアルコール度数と同じくらい。つまり、大体二十から二十五パーセントくらいだろう。それをストレートで飲むとなると、確かに少し強い酒だ。

アルコールを飲み慣れていない人には辛いかもしれない。


しかし……


「美味いなこれっ?!」


「ありがとうございます。我が家自慢の酒です。」


単純な果物の香りというよりは、複数の香りが複雑に折り重なった香り。それでいて嫌な感じはまるでなく、ほんのり甘い。

度数が高いと知っていながらも、もう一杯もう一杯と行きたくなる味だ。


「本当ね!美味しい!」


「んー!確かにちょっと強いけど、香りが最高だね!」


皆にも大絶賛。


「次は我が家のをどうぞ!」


続いてはヤナとラルクの父が持って来た酒。


「こっちは辛口か!」


ヤナとラルクの父が持って来た酒は、ピリッと舌先を刺激する辛口の酒。果物の香りは控えめで、甘さもほぼ無い。液体もサラサラしているが、アルコール度数は同じくらいだ。

好き嫌いの分かれるところだろうが、俺としてはどちらも美味い。


「こっちはこっちで美味いな!」


「確かに甲乙付け難いねー!」


「全然違うけど、どっちも優勝ね!」


「喜んで頂けて良かったです!これらは差し上げますので、どうぞ心行くまで楽しんで下さい!」


「ああ!ありがとう!」


両親達は立ち上がり、席を離れようとしたのだが、ラルクとザッケ、ヤナはその場で俺の事を見ている。


両親達は不思議そうに子供達を見ているが、三人が俺に何を望んでいるのかはよーく分かっている。


「そんな目で見るな。ちゃんと覚えているから。」


俺は取り出しておいた直剣を二本持ち上げる。


二人に渡すのは鋼鉄の直剣。珍しい武器ではないが、中堅の冒険者が最初に持つ直剣とも言える物で、耐久値が高い。多少酷い扱いをしたところで、壊れたりはしない。

ラルクとザッケが乱暴に扱っても、当分は使い続けられるはずだ。


「ザッケの方は少し重くて分厚い直剣だ。使うには単純な腕力が必要だ。

ラルクの方は、力よりも技術だな。逆に軽くなっている分、扱いが難しい。」


「そ、そんな!武器を頂くなんて!?」


俺がラルクとザッケに武器を渡そうとすると、両親達が貰えないと口を挟もうとする。しかし、俺はそれを言葉で止める。


「いや。これは剣を教えた者としての贈り物だから、本当に気にしなくて良い。」


「そういうもの…ですか?」


「ああ。」


ラルク達は剣術を習っているが、両親達は、剣術を知らない。その為、こういう習慣が有るというのも知らないだろう。

俺の習っていた天幻流剣術には、特段そういった習慣は無いのだが、師匠が弟子に武器を渡すという習慣が有る流派も存在する。だから別に嘘というわけでもない。何より、ラルク達に武器を渡してやりたいというのは、俺自身の意思でもある。


俺は両親達を止めて、ラルクとザッケに剣を贈る。


「ありがとうございます!!」


ラルクは受け取ると同時に頭を下げて、お礼を言い、嬉しそうに渡された鋼鉄の直剣を見ている。

まだ、体に対して大き過ぎる為、両手で抱えてやっと持てるような状態だ。構えようとしても、腕の力が足りず、体がよろけてしまうだろう。

鋼鉄の直剣を自由自在に操れるように鍛錬出来れば、その時が冒険者になる時だろう。


「やった!」


ザッケは、俺から直剣を受け取ると、嬉しそうに直剣を見て喜んでいる。


ガンッ!

「痛っ!!」


そんなザッケの後ろから、ゲンコツが降ってくる。


「やったじゃねぇ!まずはお礼を言うところだろうが!」


ザッケの父の愛のムチ。


「うっ…あ、ありがとうございます。」


殴られた頭を摩りながら、頭を下げるザッケ。


「ああ。」


「ったく……申し訳ありませんね…うちのバカ息子が…」


前にもやったやり取りだ。これが平常運転なのだろう。


一応、両親達も含めて、直剣と小太刀、小盾の手入れの仕方を教えておく。特に、小太刀は大陸側では珍しい武器である為、出来る限り念入りに伝え、道具も一式渡しておく。

最悪、ケビンが手入れの仕方を知っているだろうし、心配はしなくても良いだろう。


そうして一通りの事を伝えた後、両親達とラルク達は頭を下げて、その場を離れる。


「おっ?!」


そのタイミングで、どこからともなく、音楽が聞こえて来る。

笛の音と弦楽器の音だ。


音楽が始まると、村の人達の中から何人か、燃え上がる組木の周りに出てきて踊り始める。


曲調は明るく、踊っている人達も飛んだり跳ねたり回ったり。男も女も関係無く、皆笑いながら楽しそうに、そして自由に踊っている。


少しすると、何人かが、ギャロザ達の方へと走って行くのが見える。


俺達の場所からは声が聞こえないけれど、何度か申し訳なさそうに頭を下げているのを見るに、恐らく、ギャロザ達を白い目で見ていたという村人達だろう。

また謝罪をしに行ったのだろうかと見ていると、その者達がギャロザと他数人の元奴隷達の手を取り、踊っている人達の中へと連れ出して行く。


最初は戸惑っていた元奴隷達だったが、連れ出してくれた人達が、両手を握り、目の前で楽しそうに踊るのを見て、一緒に踊り始める。


元奴隷達が、この村に本当の意味で仲間として受け入れられた瞬間…だったのかもしれない。


男も女も、奴隷も村人も…誰であろうと関係無く、聞こえて来る音楽の音色に合わせて手を取り合って踊っている。

感動さえ覚えるような素晴らしい光景と言える。


「来て来て!」


「一緒に踊ろ!」


踊りを見ながら酒を飲む俺達の方へと走って来たのはラルク、ザッケ、ヤナ。

三人は、ニルとピルテの手を取って連れ出す。


「わ、私は…」


「楽しいよ!」


ニルは、恐らく、自分は踊れないとでも言いたかったのだろうが、ヤナの向ける無垢な笑顔に負けて連れて行かれる。ラルクに連れ出されたピルテも同じだ。


どうすれば良いのか分からなくて困っていたニルが、俺に助けを求めて視線を送って来たが、こういうのも経験だろうと、俺は笑顔を返しておいた。


最初は困っていた二人だったが、子供達三人が踊り始め、飛んだり跳ねたり回ったりして、ニルとピルテを促すと、二人も見様見真似みようみまねで踊り始める。


「良いわよー!ピルテー!ニルちゃーん!」


ハイネがそれを見て嬉しそうにはやし立てる。


既に俺達が変装していて、本当は俺が黒髪、ニルが銀髪だと、イーグルクロウの五人を連れて来た時にバレているから、髪色は変えていない。

だから、燃え盛る炎の光の中で、銀髪青眼の美女と黒髪赤眼の美女が踊る姿が見えている。

火の柔らかい光が、空中を舞う銀髪と黒髪に当たり、滑り落ちて行く。


こんな光景を見ながら酒が飲めるなんて、最高の幸せなのではないだろうか。


味的にも、気持ち的にも美味い酒を飲んでいると、ピルテが俺達の方を見て手招きする。


「スラタン!行くわよ!」


ハイネが嬉しそうに笑い、スラたんの手を取る。


「僕のダンステクを見たいって…?仕方ない!見せてあげるよ!」


スラたんは眼鏡をクイッと上げながらハイネに付いていく。


「見よ!僕のダンステクゥ!!」


スラたんが、火の中で飛び回る。最早ダンスとは呼べないが…


「あはは!!良いぞー!やれやれー!」


「すげぇー!」


「ははははは!僕のタンスに付いてこられるか?!」


スラたんも随分楽しんでくれているようだ。


「ケビン達は行かないのか?」


「私は良いわ。見ているだけで十分よ。」


「お、おお…俺も良い……」


「???」


ハナーサはいつも通りなのだが……何故か、ケビンがオドオドしている。緊張していると言った方が正しいか?


もしや…ダンスが苦手なのか?得意そうには見えないが、こういうのは楽しければ良いと思うのだが…


疑問に思いつつも、皆の踊りを見ていると、踊っていた人達の中で、ギャロザが少し赤い顔をして女性と手を取り踊っているのが見える。


ギャロザの相手は、ハイネとピルテによってフージ-フヨルデから救い出された元奴隷女性の中の一人。


「へー…」


「ふふふ。ギャロザにも春が来そうね?」


「ああ。」


ハナーサはその光景を見ながら、嬉しそうに笑う。


踊っている二人は、まだ好き同士という程ではなさそうだが、互いに意識はしているみたいだし、良い感じの空気が流れている。

ギャロザが隠れ村を作ろうと考えた時から一緒に居る人達だし、そういう事になっても不思議ではない。枷が有っても、彼等には、そんな物など関係無いのだ。


ついつい頬が緩んでしまう光景を見て、また酒を飲む。


「………フーー……」


そんな俺とハナーサの横で、ケビンが汗を拭いながら、大きな息を吐く。


腹でも痛いのか…?


「おい、ケビン。大丈…」


大丈夫かと聞こうとしたが、その時、音楽が終わりを迎えて、拍手喝采。俺の声は掻き消されてしまう。


「あー!楽しかったー!」


「ふふふ。スラタンもなかなかやるわね。」


ニル達も戻って来る。


すると、今度はゆっくり、静かな音楽が流れ始める。


アップテンポの、激しい曲の後だからか、やけにしんみりした空気になったものだと思っていると……


ガタンッ!!


突然、ケビンが勢い良く立ち上がる。


「な、何よ?いきなり立ち上がるとビックリするじゃない?!」


ハナーサがビックリしてケビンに怒鳴るが、いつもとは違い、ケビンは真っ直ぐに燃え上がる火を見詰めている。


「「「「「「?????」」」」」」


俺達全員がどうかしたのかと思っていると、ケビンが火の方に向かって歩き出す。


ケビンの右手と右足が一緒に前に出ている。


火の目の前まで歩いて行くと、クルリと振り向き、俺達の方を見る。


「ど、どうしたのよ…?」


何が起きているのか分からず、ハナーサも困惑した表情でケビンを見ている。


「フーー…………ハナーサ!!!!」


村中に聞こえるようなデカい声でハナーサを呼ぶケビン。


「え?!私?!何っ?!何何?!」


突然名前を呼ばれて驚いているハナーサ。しかし、ケビンはそんな事お構い無しに、言葉を続ける。


「お、俺は、気の利いた事は言えねぇ!だから、単刀直入に言う!」


「え…?」


「俺と……結婚してくれ!!」


そう言ってケビンはハナーサの方を向き、キラキラとした宝石の付いた布を取り出し、両手でそれを前に出す。


「「「「「え……えぇぇぇっ?!?!!」」」」」


俺達五人は、ケビンとハナーサがそんな事になるとは思っておらず、目を見開いて驚いてしまった。

逆に、村人達は知っていたのか、誰一人驚いていない。


「………………」


ケビンは下を向いたまま、布を前に出した状態で止まっている。

そして、テノルト村に居る全員がハナーサに注目している。


「わ、私……えっと……」


ハナーサは、何を言ったら良いのか分からないというような様子でケビンの突き出した布を見ている。


ゆっくりと立ち上がり、ケビンの方を向いたハナーサ。


その目から、静かに涙が落ちて行くのが見える。


ゆっくりとケビンの方へ近付いて行くハナーサ。


「「「「「………………」」」」」


全員が、その様子を黙って見続けている。


聞こえるのは、控えめに鳴り続ける音楽だけ。


「………………」


ハナーサが、ケビンの突き出した布の前まで辿り着く。


「……………………」


ここでハナーサが口にするのは、『はい』か『いいえ』かのどちらかしかない。


固唾を飲んで全員が見守る中……ゆっくりとハナーサがケビンの差し出した布に手を伸ばす。


「……はい!」


ハナーサがケビンの差し出した布を手に取り、胸に抱く。


「ほ…本当か?!歳も離れているが…良いのか?!」


「ええ…本当よ。」


「い………いゃったぁぁぁぁぁぁ!!!」


ケビンの叫び声と共に、村中からの拍手喝采。


ケビンが、ハナーサの受け取った布をハナーサの頭に掛ける。


後に聞いた話では、この辺りのプロポーズの仕来りとして、宝石の取り付けられた、綿花で出来た飾り布と呼ばれる物を男が用意して、女に渡すという事らしい。

女は、受け入れるならばその布を受け取り、頭から被る。他の男には触れさせない。貴方だけの女になる…という意味が込められているのだとか。


布は色々な模様を織り込んで作られており、装飾される宝石と共に、送る人によって違うらしい。

二人の思い出の宝石だとか、風景だとかを入れ込んだり、女性をイメージした模様や宝石を用意したりする事で、唯一無二の物となるらしい。


なかなかロマンチックな風習だ。


「ま、まさかハナーサとケビンが……」


唐突に訪れた結婚話に、俺は驚愕していたのだが…


「そうかしら?こうなりそうな気はしていたわよね?」


「そうですね。」

「はい。」


ハイネの言葉に、ピルテにニルまで頷いている。


因みにスラたんは俺と同じで開いた口が塞がらない状態だ。


「そ、そんな雰囲気感じなかったぞ…?」


「そうかしら?

ハナーサさんは、ケビンさん以外には優しいのに、ケビンさんにだけ厳しかったでしょ?

ケビンさんの方は、最近踏ん切りが付いたって感じだけれど。」


「う、うーん…そうなのか…?そういうものなのか…」


確かに、ハナーサはケビンにだけキツく当たっていた感じはした。あれは愛情の裏返しだったのか…


「おめでとう!!」


「ハナーサ!やったわね!」


「うん…うん!ありがとう皆!」


村人達に祝福される二人。


俺としては驚いたが、ハナーサがケビンに惚れているというのは村人達の知るところだったのか、女性陣は遂にやったわね!的なノリだ。

驚いたは驚いたが…めでたい事だ。


一通り祝福された二人は、揃って俺達の方へ歩いて来る。


「「おめでとうございます!」」

「「「おめでとう!」」」


俺達も、拍手で出迎える。


「す、すまねぇな。今回の主役はカイドー達だってのに…」


「そんな事気にするな!こんなに嬉しい事は他に無いっての!」


「ありがとう。どうしても、カイドー達が居る間にハナーサに伝えたくてな。

俺がハナーサに想いを伝えようと思ったのは、カイドー達のお陰だったからな。」


「俺達の…?」


「実は……」


そう言ってケビンが話してくれたのは、彼がハナーサにプロポーズすると決めた切っ掛けについてだった。


ケビンは、元々、ハナーサに対して好感を持ってはいたが、結婚とかは考えていなかったらしい。

歳の差も有るし、ハナーサは村の中心人物的存在でもある。


しかし、そんな時、俺達が村を訪れ、あれよあれよという間に盗賊達との大戦争に発展してしまった。

この辺り一帯の事を考えると、元とはいえAランクの冒険者であるケビンが戦闘に赴くのは当然の流れだった。


しかし、そこでハナーサが否を唱えたらしい。


正確に表現するならば、出来る事ならば行かないで欲しいと泣かれたらしい。


俺達が戦っていて、自分達が戦わないという選択肢が無いという事を、ハナーサも理解した上で、ケビンを失う事が怖くて、ついつい出てしまった言葉だったらしいが、それを聞いて、ケビンはこの戦争が勝利に終わったら、ハナーサを娶ると心に決めたそうだ。


結局は、地元民である自分達が戦わないわけにはいかないと、ケビンが飛び出そうとしたところで、ハナーサは自分も付いていくと言い張り、ジャノヤへ向かったらしい。

そこで待つのではなく、付いていくと言うのは、実にハナーサらしい。

そうしてジャノヤに辿り着いたケビンとハナーサは、俺達を見付け、避難誘導に向かってくれたのだ。


その後、街から逃げて最終的な突撃部隊の中心となり、作戦を考えていると、俺達が到着。


そのままジャノヤへの殴り込み。


流石にその時は、ハナーサも行かないでとは言わなかったし、付いて行くとも言わなかったが、一言、必ず生きて帰って来てと言われたそうだ。


ここまで言われて気が付かない程の阿呆ではなかったケビンは、歳の差など関係無く、男として、漢として、ハナーサへのプロポーズを決めたらしい。


広い目で見れば、俺達が戦闘に関わっていたから、ケビンが動く切っ掛けとなり、それがハナーサからの強い気持ちに気が付く切っ掛けとなったわけだが……正直、俺達は何もしていない。

知らない所で恋のキューピット役になれていたとなれば…まあ嬉しい限りだし、俺達の居るところでプロポーズをしてくれた事は、本当に嬉しいが……いや、もう何も言うまい。


二人が幸せならばそれで良い。


「まさか…そんな事になっていたなんてな。」


「ご、ごめんなさい!カイドーさん達が戦っていると知っていながら…私は…」


「そんな事無いわ!!」


ハナーサの言葉に詰め寄る勢いで否定したのはハイネ。


「愛する人が居なくなるかもしれない恐怖は、誰にも乗り越えられないものよ!ハナーサさんは間違ってなんかいないわ!」


「そうですよ!そんな事気にする必要なんてありません!」


便乗するのはピルテ。

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