第612話 祭り
「え?!貰ったの?!」
「すげーな!」
「えへへ…」
ヤナは、ニルに貰った黒盾と戦華を胸に抱いて、嬉しそうに笑っている。
まだまだ、それらを使うには体が小さく、今直ぐに使える物ではないのだが、いつか、彼女がラルクとザッケに付いて冒険者になる時、きっと役に立ってくれるだろう。
さて…ニルがヤナに武器を渡したのに、ザッケとラルクには何も無しでは可哀想だ。刀ではあまりにも特殊が過ぎる為、直剣を渡すのが一番だろう。
「ラルクとザッケにも、後から武器を渡してやるから、そんなに羨ましそうな目で見るな。」
「「やった!」」
二人が将来使えるような直剣となると、耐久値が高く、ある程度酷い扱いを受けても耐えられるような物が良いだろう。
それに、変に特殊な能力が付与されていたりすると、剣術自体がおかしくなるだろうから、単純に耐久値の高い直剣が良い。
後は…あまりに高価な物だと、その武器自体がトラブルを招く恐れが有る為、中堅の冒険者達が持っている程度の武器がベスト。
これでどのような武器を渡すのかが大体決まる。
「今日は宴会をやるらしいが、その時はラルク達も来るんだよな?」
「もちろんだよ!今日は村全員でのお祭りだからね!」
「美味い物も沢山食えるらしいぜ!」
「楽しみだね!」
「ああ。ラルクとザッケには、その時に渡してやる。」
「やった!」
「やったぜ!」
「あっ!そうだ!お父さんとお母さんが、カイドーさんが来たら、家に呼んで欲しいって言ってました!お礼がしたいからって!」
「俺の所も言ってたな。」
「礼は要らないから、気にしないでくれと伝えておいてくれるか?」
「それを伝えても、多分無駄だと思うけど……」
「そうか…まあ、一応伝えておいてくれ。」
本当に礼は要らないのだが、礼をしないと気が済まないのだろう。俺達も俺達なりにやらなければならない事の為に刃を振っただけの事なのだが……まあ、これでもまだ礼をすると言うならば、素直に礼を受けた方が良いかもしれない。こういうのは気持ちの問題だろうから。
「分かった!」
ザッケが元気に返事して、ラルクとヤナも頷く。
「頼んだぞ。」
「うん!また後でね!」
三人は嬉しそうに笑い合いながら、家の方へと走って行く。
それを見て、ふと、俺達が守れたものがここにあると思えた。
本当に、この光景を守れて…良かった。
「さてと…それじゃあ、テントだけでも張っておくか。」
「どこに張りますか?」
「ギャロザ達のところにお邪魔しよう。」
ザレインの毒に侵された者達の事を、スラたんも心配していたし、その後の状態も気になる。
一度ギャロザ達の所に行った時は、元気な者達しか見なかったが、かなり酷い状態の者達も沢山居る。一応、解毒薬を使って体内の毒は抜いたみたいだが、薬物依存性の治療には途方も無い時間が掛かるものだ。
スラたんに診てもらって、どんな状況か知っておきたい。
それに、エフの事も、ギャロザ達ならば何も聞かずに察してくれるだろうから、泊まるならそこしかない。
「分かりました。」
俺達は直ぐに行動へ移し、馬車を移動させて、ギャロザ達の居る場所へ向かう。
本格的な建物は、まだ出来ていない為、魔法で作った簡単な構造の物が並んでおり、今はそこで皆過ごしているらしい。
本格的な住居が建てられるまでには、もう少し時間が掛かるらしいが、ギャロザ達としては、屋根と壁が有れば、取り敢えずそれで十分だと言っていた。もっと酷い環境に居た人達も多く、自由に生きられるだけで、彼等にとってはこれ以上無い幸せなのだろう。
それを幸せだと感じる事は、異常だと思うが…それもこれからの生活で徐々に変わって行くはずだ。
俺達は、ギャロザにテントを張る許可を貰って、邪魔にならないところへ馬車を置いて、その横にテントを張る。
宴会を開くというのは夜の話だが、それまでには時間が有る為、それまでの時間を使って、スラたんに元奴隷のザレイン被害者達を診てもらう事にした。
エフの事はハイネ、ピルテ、ニルに任せ、俺もスラたんと一緒に、皆の容態を見て回ることに。
重症の人から軽症の人まで、スラたんは丁寧に全員の状態を確認する。
正直、俺としてはかなりキツかった。
軽症の人達となると、それ程ではないが、重症の人達は目を覆いたくなるような状態で、改めて、ザレインという物の影響がどれ程のものなのかを知った。
体は骨と皮だけになり、目は落窪んで唇はガサガサ。髪は抜け落ち、肌が黒ずんでいる。
パッと見は、老人にさえ見える姿なのに、まだ二十歳そこそこの年齢の人達ばかりだと聞いて、嫌な汗が出た。
暴れるからと拘束されている人達も居たし、排泄すらまともに出来ない人達も居た。体から毒素は抜けているはずなのに、その状態なのだ。
どれだけ力を尽くしたとしても、助ける事が出来ない人達も居たらしく、いくつかの墓が建てられているのも見た。
俺達が守れたものが有るように、守れなかったものもまた、存在している。
全てに責任を感じる必要は無いとは思うが、死を
盗賊達とブードン達貴族の行った事は、全て傷跡として残っている。傷口が閉じるまでには、途方も無い時間が必要だ。
それでも、歯を食いしばって前に進むしかない。
「痛々しいね…」
「ああ…」
スラたんは、黙々と皆の状態を見ていたが、ボソリと呟く。
丁度半分程の人達の容態を診終わって、今は休憩中だ。
「だけど、本当に凄いな。」
「??」
「どんな相手にも、普通に接するのってこんなに難しいんだな。」
「僕もまだまだだよ。」
「そうなのか?」
「僕は、製薬会社に居たから、殆ど患者さん本人と顔を合わせる事が無かったけど、当然現場に出向く事も有ってね。
その時に見た医療従事者の人達は、移るかもしれない病気で、それが怖い病気だとしても、毅然とした態度で仕事していてね。あれを見た時は尊敬…違うかな…感動したよ。」
「まあ…普通は怖いもんな。」
「それが仕事だから当然だろって言う人も居たけど、じゃあ自分がやってみろって話だよね。」
「言うは易し行うは難し…だな。実際にやってみないと、その難しさは分からないわな。」
「そういう事。その点、僕はダメダメだよ。
本当は、患者さんに不安を与えるような顔をするべきじゃないんだけど、少しの心の揺らぎでも、患者さんは察知しちゃうからね。」
スラたんでも難しいなら、俺なんて到底無理だ。そう考えると、医療従事者の人達って……パネェ…
「それはそれとして、重症の人達は大丈夫なのか?」
「どうかな……一応、
「鎮静薬?」
「うん。シンヤ君が捕まえてくれたスリープスライム。覚えているかな?」
「ああ。相手を眠らせる特殊なスライムだよな?」
スリープスライムは、白濁した青色のスライムで、大きさは普通のスライムと同じだが、相手を眠らせる能力を持っている。
直接触れられるか、スリープスライムの発生させる蒸気を吸い込むと、眠気に襲われるというモンスターで、その特殊な能力からAランクに指定されている。
「そう。そのスリープスライムから作り出したんだよ。」
そう言って見せてくれたのは、試験管のような形の瓶に、少量入れられた白濁した青色の液体。
「元の世界で使われていた鎮静薬というのは、ベンゾジアゼピン系の……って難しい事はどうでも良いよね。
鎮静薬って、中枢神経系に作用して、興奮を落ち着けたり、眠くさせる効果が有るんだけど、その成分をスリープスライムが持っていたんだよ。」
「その成分を取り出して、鎮静薬を作ったって事か?」
「そういう事。」
「最近研究で忙しくしていたのは、この為だったのか。」
「うん。少しでも何か力になれたらと思ってね。
ただ、これも僕にしか作れない物だから、その場しのぎでしかないけどね。」
「効果はどれくらい有るんだ?」
「さっき、重症の患者さんに使って、暴れていたのが落ち着いたから、効果は保証するよ。
でも、これも中枢神経に作用する物だから、多用は出来ないんだ。」
「中毒とか依存性が怖いのか?」
「うん。日本でも、一ヶ月以上に渡って使用する事は禁止されていたくらいだからね。」
「依存症を落ち着ける為に、依存性の有る物を使うのか…」
「でも、用法用量を守って使えば、酷い症状の人達が落ち着くまでは凌げるはずだよ。」
「毒も使いようって事だな。」
「薬なんて、殆どが毒だからね。」
「毒を以て毒を制す…だな。」
「そういう事。」
一応、鎮静薬の鑑定結果は…
【鎮静薬(スリープスライム)…スリープスライムから作り出した鎮静効果の有る液体。多用すると毒となる。】
というものだった。スラたんの説明はもっと詳しかったのだが、俺の理解がそこまで追い付いていないから、表記がざっくりな内容になっているのだろう。
知識や理解によって、鑑定魔法の結果が変わるというのは何となく分かっていたが、使い勝手が良いように見えて、これまた割と癖の有る魔法だ。
まあ、かなり役に立ってくれているし、有って困る事の無い魔法だが。
「軽症の人達はどうなんだ?」
「毒は完全に抜けているし、体に出ていた影響も殆ど無くなったよ。ただ……正直、依存症だけは、本人の強い意志でしか乗り越えられない問題だからね…それが依存症の恐ろしいところだよ。
物が手に入らない状況である事だけが救いだね。」
ザレインについては、ジャノヤ近郊では、改めて全面的に禁止令が出され、見つけ出されたザレインは、安全に処分されているとの事。既に殆どのザレインが処分されている。
今後、この近郊でザレインを入手するのは困難となるだろう。ただ、完全に処分出来ているのかは分からないし、外から持ち込まれる可能性も有る為、警戒は続けるみたいだ。
しかし、それだけ警戒している薬物であるが故に、入手しようと躍起になって動かない限りは、まず入手出来ない。そうなると、少なくともこの村に居る人達がザレインを入手する事は出来ないだろう。
入手する事が出来なければ、当然使用する事も出来ない。無いものは使えないという事だ。そうなれば、依存性であろうが、暴れようが、ザレインの脅威に晒される事は無い。
依存症である彼等にとって、治療に掛かる時間は地獄のような苦しみかもしれないが、いつか、ザレインから離れられた事を喜んでくれると嬉しい。
そんな事を思いながら、俺達は残りの人達を診て回り、全て終わった時には、日が暮れ始めていた。
「僕達に出来るのはここまでかな。」
「そうか。お疲れ様。」
「何のこれしき!」
疲れてなどいないと両手を上へ突き上げるスラたん。
「どういう強がり方だよ…」
「ご主人様。」
俺達がテントへ戻ろうとしていると、ニルがいつの間にか近くに居て、俺を呼ぶ。
「ニル。どうした?」
「そろそろ宴会を始めるという事です。」
「そうか。こっちも丁度終わったところだ。」
ニルの言うように、宴会が始まるからか、村の人達が殆ど全員外に出てきている。
「うわー。僕こういうの初めて見たかも。」
スラたんが見ているのは、元々の村人達が住む場所と、ギャロザ達の居る場所の間に組まれている木材だ。所謂、キャンプファイヤーである。
口の字型に重ねられた木材が、二メートル近く積み上げられており、これぞキャンプファイヤー!と言った見た目だ。
ハナーサ辺りが気を利かせてくれたのか、俺達が馬車を置いてある場所から近く、エフの監視も並行して行える状況になっている。
宴会と聞いていたから、てっきりデカい建物の中でやるのかと思っていたが、ラルク達の言う通り、どちらかと言えば宴会と言うより祭りの方が近いかもしれない。
「シンヤさん!」
「ハイネ達も来たか。エフはどうだ?」
「大人しいものよ。この距離なら、私達の五感で感じ取れるから大丈夫。」
馬車までは数メートル。何か起きても直ぐに対処出来る距離だし、スラたんがスライムを置いているから大丈夫だろう。
「そうか。全員参加出来そうで良かったよ。」
「おっ!来たな!」
俺達が全員集まったところで、ケビンの声が聞こえて来る。
「待ってたぜ!よーし!来たぞ!火を入れろ!」
ケビンが嬉しそうに声を張ると、魔法陣の光が見えて、組木に火が入る。火は瞬く間に大きく広がり、パチパチと音を立てて燃え上がって行く。
集まっていた人達からも、『わぁ』とか『おぉ』とか声が上がり、少しの拍手も聞こえて来る。
「ここは小さな村だからな。気の利いた店は用意出来ねぇが、どんちゃん騒ぎならどこにも負けねぇぜ。」
組木に火が入ると、それが合図となって、料理や飲み物が次々と運ばれて来る。
料理はどデカい皿に山盛り。酒は樽で出されてそこから直接、これまたデカいグラスに注いでいく形だ。高級料理店とは真逆とも言えるような宴会だが、これはこれで良いものだ。
「はいはーい!皆飲み物は持ったー?!」
ハナーサが、木箱の上に立って大声で叫ぶ。手には
「「「「おおぉぉぉ!」」」」
皆は、持っているグラスを高々と持ち上げる。
「うんうん!よし!
さてと…皆ももう分かっていると思うけど、今回、私達が無事にこうして騒げるのは、カイドーさん達の力が超大きいわ!」
「「「「うおぉぉぉっ!」」」」
「まあ…ケビンの力もちょっとは役立ったけどね。」
「ちょっとってなんだよ?!結構頑張ったぞ?!」
「「「「あはははは!」」」」
「冗談冗談!
カイドーさんや、ケビンもそうだけれど、沢山の人が頑張ってくれたお陰で、私達は、今もこうして笑っていられるの。」
「「「「……………」」」」
「今日は、そのお礼と、これから新しく村の仲間になる皆の歓迎、そして、この先の未来が明るく……いいえ。違うわね。
皆の力で、明るい未来を作る為の会よ!」
「良いぞー!」
「そうだそうだー!」
「きっと、困難な事もこれから沢山有ると思うけど、村の皆で力を合わせて乗り越えて行くわよ!」
「「「「おぉぉぉっ!」」」」
「それじゃあ!!乾杯!!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
ハナーサが音頭を取ると、全員がグラスを打ち合わせて、宴会がスタートする。
「おーい!こっちに運べ!」
「何やってやがる!樽ごと持って来い樽ごと!」
宴会が始まると、直ぐに俺達の元へ料理や酒が運ばれて来る。
「本当にありがとうね!」
「どんどん食ってくれ!」
俺達が恐縮するくらいに村の人達が感謝を述べに集まって来て、俺達の周りには人集り。
「オラオラ!集まり過ぎるとカイドー達も落ち着いて食えないだろ!散った散った!」
そんな俺達を助けようと、ケビンが適当なところで割って入ってくれる。
「なんだ?!ちょっと男!」
「ちょっと男言うな?!」
「「「「あはははは!」」」」
テノルト村に来た時は、余所者扱いであまり歓迎されていない空気を感じたりもしたが、今はそんな空気を一切感じない。
ギャロザ達も、村の人達と一緒に酒を酌み交わし、楽しんでいる様子だ。
元奴隷の人達も、恐る恐るながら、村の人達と話をしていて、少しずつ打ち解けていっているように見える。
「どう?食べているかしら?」
ケビンが間に入ってくれた事で、取り敢えず一旦落ち着いた俺達の元に、ハナーサが来てくれる。
「ああ。どれも美味くて手が止まらないよ。」
「それは良かったわ。」
俺達五人と、向かい合うように座るケビンとハナーサ。
「今更だけど、村を代表して改めて言うわ。ありがとう。」
「やめろって。もう礼は聞き飽きたっての。」
「ふふふ。カイドーさん達は、それだけの事をしたのよ。」
「分かった分かった。」
「カイドーさーん!」
グラスに口を付けて傾けていると、俺の事を呼ぶ子供の声が聞こえて来る。
目を向けると、わんぱく三人組。それと、その両親達が近付いてくる。
「皆様。この度は…」
「あー!止め止め!そういうのはもうお腹一杯だから!」
「で、ですが…」
「折角の宴会なんだし……乾杯!」
俺はお礼ばかり言われ過ぎて、背中が痒くなっていたので、早々に話を切ってグラスを突き出す。
両親達は、目を見開いて驚いていたが、俺の意図を汲み取ってくれたのか、笑顔になってグラスを突き出してくれる。
「「「「乾杯!」」」」
この村に居る人達は、貴族のお偉いさんでもないし、ギルドの長でもない。だったら格式張った挨拶なんて必要無いし、俺達がラルク達を助けたのは、俺達が助けたかったからだ。礼なら何度も聞いたし、もう十分だ。
全員でグラスを空にして、笑い合う。それで十分だろう。
「そう言えば…カイドーさん達にお礼をと思いまして…」
要らないと言ったのだが…やはり納得してくれなかったらしい。
だが、俺達が礼を断るだろうと思っていたのか、両親達が持って来たのは、金品の類ではなかった。
ドンッ!
俺達の目の前に置かれたのは、大きめの瓶が二つ。ザッケの父とヤナとラルクの父が取り出した瓶だ。
「これは…?」
「この村では、昔から、親しい客人には、これでもてなせという
瓶の中には液体が入っている。透明だが…この場で出してもてなすとなれば…まあ酒だろう。
後から聞いた話だが、お金に換算すると、結構値の張る物だったらしい。
「ゴホン……そういうお礼なら頂こうかな。」
「流石はカイドーさん。
しかし……強い酒は大丈夫でしょうか?」
ザッケの父が少し挑発的な言い方をしてくる。少しずつ、俺との付き合い方が分かってきたらしい。
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