第611話 黒盾と戦華
「こっちこっち!」
わんぱく三人組に手を引かれて辿り着いたのは、ハナーサの家。何度か来ているし場所は分かっているのだが、子供達は自分達が案内したいのだろう。
ニルも柔らかく笑いながら、ヤナに手を引かせている。
「そうね…こっちはそれにして…」
俺達がハナーサの家の近くまで行くと、ハナーサは家の前で誰かと話をしている。村の人らしく、何やら紙を見ながら、難しい話をしている様子だ。村の事についての話だろう。
「それでこっちが……っ?!カイドーさん!」
紙から目を離したハナーサが、こちらに気が付いて声を上げる。
「終わってからで良いぞ。」
「え、ええ。」
ハナーサの話が終わるまで数分待ち、話が終わると、ハナーサが駆け寄って来る。
「来ていたのね?」
「ついさっきな。忙しそうだな?」
「今回の一件が有ってから、忙しくないところなんてこの辺りには無いわよ。でも、悪くない忙しさよ。」
「そうか。それなら、心配は要らないな。」
「ええ。この辺りも、どんどん変わって行くはずよ。これからはずっと忙しい日が続くわ。
まあでも、それは日常が忙しくなるだけの話で、宴会をやるくらいの時間は取れるわよ。」
何かを飲む仕草をして笑うハナーサ。
「ははは。そうか。時間が取れるならやるしかないな。」
「そういう事!宴会の準備は出来ているから、夜を楽しみに待っていてね!」
ハナーサも結構好きなようだ。宴会が嫌いな者の方が少ないとは思うが。
「最近飲んでばかりな気がするわね。」
「そんな時が有っても良いんじゃないか?」
「ふふふ。それもそうね。」
「すまないが、ハナーサと話が有るから、ラルク達を頼んで良いか?」
「はい。分かりました。」
ニルにラルク達を頼み、俺はハナーサと話をする事に。
村の状況を一番把握しているのは、間違いなくハナーサだ。何か必要な物が有るならば、ハナーサに聞けば分かる。
「今村に必要な物で、俺達が用意出来そうな物は何か有るか?」
「そうね……やっぱり、急ピッチで村を大きくしているから、必要な物は結構有るわ。ただ、特別な物とかは今必要無いから、私達だけで何とか出来る物が多いわね。もし、寄付してくれるって言うなら…」
「こんな状況で金なんか取らないっての。」
「そこまで言ってくれるなら、お言葉に甘えようかしらね。」
「流石にわざとらしいぞ?」
「ふふふ。冗談よ。必要な物をいくつか貰えると助かるわ。」
「ああ。リストを作ってくれれば、持っている物を渡すよ。」
「ありがとう。少し待ってね。」
ハナーサは、その場で必要な物の一覧を作って手渡してくれる。
パッと見、一覧に書かれている物は、大体俺達が持っている物ばかり。これならば直ぐに用意出来るだろう。数もそれ程多くはない。ただ、いくつか足りない物が有るから、スラたんにも聞いてみる必要が有りそうだ。
「これなら大体用意出来そうだな。」
「本当?!それは助かるわ!用意出来たら、この家の裏手に有る倉庫に入れて欲しいのだけれど…」
「分かった。後で入れておく。」
ハナーサとしては、そこまで任せてしまうのを申し訳ないと思っているみたいだが、来た時の様子を見る限りかなり忙しそうだし、そこまで見ていられないのだろう。
別に俺達の方に問題は無いし、それくらいの事はこちらに任せてもらえば良い。
という事で、忙しいハナーサを俺達が独占していては作業が進まないだろうし、早々にハナーサを解放して、一度俺だけでスラたんの居る馬車へと戻る。
「お。帰って来たね。」
俺が馬車の荷台に向かうと、スラたんが俺に気が付いて声を掛けて来る、
「ああ。取り敢えず一通り話をして来たが…まず、ここで一泊して、明日北へ向けて出立しようということになった。」
「だろうね。寧ろ、そのままスッと出て行けると本当に思っていたのかい?」
「うぐっ……そう虐めないでくれよ。」
「ははは。こういう時くらいしか、シンヤ君を責められないしね。まあ、僕は構わないよ。ただ…」
スラたんは横に居るエフの方を見る。
「私はここに居る。人目に付きたくはない。一晩荷台で過ごすくらいどうということはない。」
言いたい事だけ言って黙ってしまうエフ。
「監視はスライムに任せておけば良いとは思うけど…」
スライムを体内に入れているから、エフが逃げ出す事は無いと思うが、自害目的で飛び出す可能性もゼロではないし、一人は見張りに付いておく必要が有るだろう。
「交代で見張るようにしよう。」
「スライムに任せておけば、取り敢えず大丈夫だと思うけど?」
「もしもの時、スライムだけでこの女を止められるとは思えないからな。見張りは必要だ。」
「それもそうだね…」
いくらピュアスライムとスラたんの操るスライムとはいえ、数匹でエフを止められるとは思えない。武器を持っていないとしても、エフならば素手でもスライムを殺すくらい造作もない事だろうし。
「それともう一つ。村に必要な物がいくつか有ってな。ただ、これとこれは数が足りなくてな。」
俺はスラたんに必要な物リストを見せる。
「んー……なるほどね。植物系のアイテムは、僕の方が在庫を持っているからね。そういう事なら、僕のインベントリの中にも在庫がいくつか有るから……」
そう言うと、スラたんがインベントリの中からいくつか取り出してくれる。
「助かる。」
「これくらいは問題ないよ。
それと、皆はこの村と縁が有るみたいだし、彼女の事は僕が見ておくよ。研究も途中だったから丁度良いしね。」
「いや、流石にそれは…」
「大丈夫大丈夫。気にしないで、
ここの人達とは、当分の間は会えなくなるんだし、皆はしっかり別れを済ませて来なよ。」
「……本当に良いのか?」
「本当に良いから気にしないで。それより、子供達も待っているんでしょ?早く行ってあげなよ。」
「…ああ。ありがとう。」
俺のお礼に対して、そんな事は良いから、早く行ってあげなと手をヒラヒラさせるスラたん。
ハイネには色々と言われてしまうスラたんだが、本当に良い奴だ。いや、それが分かっているから、ハイネもスラたんにロックオンしたんだろうな…
俺はエフの事をスラたんに任せて、馬車を離れる。
一応、大きめの袋を持って出る。材料を裸で置いておくわけにはいかないし。
その後、俺はハナーサの言っていた倉庫に向かい、インベントリから必要な物を出して置いておく。
後…ニル達に格安でくれたという話だったし、気持ちばかりの素材をいくつか置いておく。モンスターの毛皮なんかは、俺達が持っていてもなかなか使えないし、こういう時に使える人に渡すのが最善だろう。
これで一先ず、俺達に出来ることは終わった。
「はぁっ!」
カンッ!
「たぁっ!」
カンッ!
倉庫で荷物を置いて外に出ると、どこかからか木剣の打ち合う音と、子供の声が聞こえて来る。
音のする方へと向かうと、村の端の空き地で、ラルクとザッケが木剣を振りながら、打ち合っている。
それを横で見ているのはヤナとニル、ハイネ、ピルテ。
子供達の打ち合いだから、ハイネ達から見れば大した事は無いものだ。だが、三人共真剣に二人の打ち合いを見ている。
「はぁっ!」
「たぁっ!」
カァン!
互いの攻撃が正面で重なり、木の高い音が聞こえて来ると、一度二人が離れる。
「どうやら、休まず練習していたみたいだな。」
「「カイドーさん!!」」
俺が声を掛けると、ラルクとザッケは、俺の方を見て笑顔になる。
「基本が大事!だから、毎日欠かさず練習してるぜ!」
「こうやって、秘密の特訓もしてるんです!」
空き地での練習が秘密の特訓か。思わず笑顔になるような可愛さだ。
「最初に見た時よりしっかりと腰が回っているし、剣に力が伝わっているのが音で分かる。随分と良くなったな。」
「よっしゃ!」
「やった!」
嬉しそうに喜ぶ二人。そしてそれを見て可愛いと呟くハイネとピルテ。吸血鬼族は、一人しか子供を産めないし、子供好きな女性が多いのだろうか。それとも、子供好きのハイネの影響がピルテにも出ているのか…それともその両方か。
「それじゃあ…」
俺は足元に落ちていた木の棒を拾い上げて、子供達に向けて構える。
俺がケビンに頼まれて、三人に剣を教えた時、基本もなっていないと言う事になったのは、こうして細い木の棒を使って三人の振る木剣をいなしまくったからだ。
三人の動きを見る限り、まだまだ甘い所は多いが、確実に成長しているし、この歳の子供としての及第点は超えている。もう一度打ち合って、彼等の成長を詳しく見るのも悪くない。
「今日は折ってやる!」
「行くぜ!!」
「わ、私も行きます!」
ヤナも参戦し、木剣を構える。
ヤナは、こういう時に割と消極的な性格だと思っていたのだが…どうやら彼女にも変化が有ったようだ。
「よし!来い!」
「はぁぁっ!」
「たぁぁっ!」
「やぁぁっ!」
パシッ!パシッ!パシッ!
「「「っ?!」」」
ラルク達も色々と経験して、心境に変化も有ったみたいだし、それぞれの攻撃にも変化が見られる。
ザッケは猪突猛進だったのが、少し考えて攻撃するようになり、ヤナは積極的に、そしてラルクは考えながらも、大胆な攻撃を混ぜるようになった。
少しの時間会わなかっただけなのに……子供達の成長スピードというのは目を見張るものがある。
しかし……子供達は成長し、強くなっているのは間違いないのだが、それは大きな変化と言う程ではない。
色々な経験をして、彼等にも変化は有ったかもしれないが、それでいきなり強くなるなんて事は無い。
剣術というのは、日々の積み重ねが、そのまま剣の強さになる。だからこそ、道場というのが有るのだし、研鑽を怠れば、今回戦ったプレイヤー連中のような、身体能力に頼ったハリボテの強さしか手に入らないのだ。
「はぁっ!」
「たぁっ!」
「やぁっ!」
パシッパシッパシッ!
「「「っ!!」」」
このまま鍛錬を続けていけば、この三人は強くなる。それこそ、ザッケの夢であるSランク冒険者にもなれるかもしれない。だが、それは今ではない。
何度も打ち込んで来る三人を、細い棒一本でいなし続ける。
「はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ…クソッ!」
三人の息が荒くなって来た。そろそろ終わりにしようかと思っていると……
「ザッケ…ヤナ…あれをやるよ!」
「おう!」
「分かった!」
ラルクの指揮で、何かをやろうとしているらしい。
「…………」
面白そうだ。これを受けて終わりにしよう。
「「「………………」」」
ジリジリと間合いを詰めてくる三人。なかなか様になっている。
「………行くよ!!」
「たぁぁっ!」
「はぁぁっ!」
「やぁぁっ!」
三人が俺に向けて走り込む。
ビュッ!
俺がザッケとヤナの攻撃に対して、棒を振り下ろすと…
カンッ!
ザッケとヤナの木剣が、俺の目の前で交差し、棒を挟み込むような形で止められる。
一人で受けても止められないならば、二人で止めようという事らしい。
これはラルクの発案だろう。
これまでは、それぞれが個々に攻めてきていたのに、今回は三人組として攻撃を行っている。要するに連携技だ。
俺が、三人まとめて攻撃して来いと行った本当の理由に気が付いたらしい。
子供が大人相手に剣で勝とうなんて、そう出来る事ではない。だが、子供が三人、協力して攻撃して来るという状況ならばどうだろうか?
同時に攻撃するというのと、力を合わせて攻撃するというのは全くの別物だ。
一人一人が無謀に突っ込むだけの攻撃ならば、それぞれを対処してしまえば終わりだが、こうして、三人で一撃を当てる事に集中するならば、戦い方の幅が増える。
ニルが防御して、俺が攻撃する。まさにそれと同じ事をしているのだ。
ハッキリ言って、これは最も単純な連携技であり、驚く程の攻撃ではない。だが、それを子供がやっている事は、驚嘆に値する。やはり、彼等は強くなる。
「はぁっ!」
パシッ!!
「「「っ?!」」」
感動のドラマならば、ここで木の棒が折れて、よくやった…みたいな流れになるのかもしれないが、そんな事は無く、俺の木の棒は隙を見て攻撃を仕掛けて来たラルクの木剣をいなす。
「だぁぁーー!!クソーー!!」
「今のでも駄目か……」
「いけたと思ったのに…」
彼等の成長を喜び、負けてやる事も出来なくはなかった。だが、それでは駄目なのだ。
三人が、また無謀をするからではない。あれだけの体験をして、無謀に突っ込むような事は二度としないだろう。
しかし、この世界は、危険に満ちている。
モンスターや盗賊。神聖騎士団。あらゆる危険が身の回りに有り、戦う事が日常であるこの世界では、優しさと甘さは紙一重だ。そして、その紙一重で、子供達の死ぬか生きるかが変わる時だってある。
ここで負けてやる事が、子供達にとってプラスになるならば、俺は何度だって負けてやる。だが、それはこの子達の為にならない。ならば、大人気ないと言われようと、子供達に負けてはやらない。
特に、子供達は、俺とニルに憧れている。ならば、いつまでも追い付かない背中であるべきだろう。
いつか、彼等が大きくなり、冒険者になった時、あの人達はもっと凄かった。もっと強かったと思えるならば、彼等は怠けたりしないはずだ。
憧れたのは子供達だが、憧れられたならば、憧れで有り続けなければならない。
「カイドーさん強過ぎるよー!」
疲れて座り込む三人。
「Sランク冒険者への道程は、まだまだ遠いな?」
「クソー!絶対Sランク冒険者になってやる!」
「だが、最後のはなかなか良かったぞ。」
「本当?!」
「ああ。連携が取れた良い攻撃だった。」
「「「やった!」」」
「ただ、あれでは単純過ぎる。もっと考えろ。どうすれば相手の予想を上回れるのかをな。」
「まだまだ足りない…もっと考えないと。」
「しかし、連携技というものの基本は、あの形だ。全ての連携技は、同じ所が出発点になっている。」
「三人で、一つの事を成し遂げる為に協力するって事だよね?」
「ああ。自分が必ず攻撃を当てる必要なんて無い。誰か一人が攻撃を当てられれば良い。それが分かっているなら、色々と試してみる事だ。
合わせる相手によって、連携技は十人十色。それぞれで一番良い形を見つけ出していくしかない。三人の連携技は三人にしか作れないんだ。」
「僕達だけの連携技…」
「面白そうだな!」
「私も一緒に考えるよ!」
三人は、負けて悔しそうにしていたが、それも既に昔の事とでも言うように、笑って話をしている。
「ふふふ。今後の成長が楽しみですね?」
俺の後ろから声を掛けて来たのはニル。
ニル自身もどこか嬉しそうだ。
ハイネとピルテは、三人の面倒を見てくれている。
「そうだな。いつか、三人の名前を冒険者ギルド内で聞く時が来るかもしれないな。」
「ニルさん!」
ニルとそんな話をしていると、ヤナがニルの元に走って来る。
「ふふふ。頑張りましたね。」
「はい!」
ヤナはニルにとことん懐いている。ニルもそれが可愛いのか、嬉しそうだ。
「ですが、動きが随分と変わりましたね?」
「……………」
ニルの言葉を聞いたヤナは、少し押し黙る。
「どうしましたか?」
どこか真剣な表情をしているヤナ。
いつもオドオドしていたヤナとは違い、ニルの目を真っ直ぐ見ている。
「私……ニルさんみたいに強くなりたいです!」
急にどうしたのかと思うようなヤナの言葉。好んで戦う性格ではなかったと思うが…
「………守られるだけではなく、守れるようになりたい……という事ですね?」
ニルは、ヤナの目を真っ直ぐに見返して、そんな事を聞く。
一度、ヤナは奴隷にされそうになって、目の前でザッケとラルクの傷付く姿を見ている。それが、彼女の中で大きな変化を生んだのだろう。
「はい。」
ヤナは、オドオドもせず、
「…ハッキリ言ってしまうと、あの二人の戦闘センスは高いと思います。あの二人に付いて行くのは、なかなかに辛いと思いますよ?」
「それでも…私も二人を守りたい!」
ヤナの言葉を、後ろで聞いていたラルクとザッケが、ヤナの後ろ姿を見ている。驚いた二人の表情を見るに、きっとヤナの気持ちを聞いたのは、今回が初めてなのだろう。
「だから、私も強くなる為に、沢山練習して、ニルさんみたいに強くなります!」
非常に強い想いの乗った言葉だ。
「そうですか……」
ニルは、ヤナの言葉を聞いた後、俺の前に来る。
「ご主人様。」
「??」
「一つ……お願いしたい事が有ります。」
「なんだ?」
「黒盾と戦華を…」
「…そういう事か。あれらはニルの物だ。ニルの好きなようにすると良い。」
俺は、材料を置く時に余った袋の中に手を突っ込んで、インベントリを開き、黒盾と戦華を取り出す。
黒盾は、ニルが今使っている黒花の盾の前に使っていた物だ。多少の凹みは有るが、まだ使える。
インベントリの魔法を隠したのは…この村で、俺はカイドーで通っているし、敢えてシンヤである事を伝える必要など無い。危険は少ないに越したことはないのだから。
「ありがとうございます。」
ニルは、両手で戦華と黒盾を受け取り、俺に礼を言った後、ヤナの元へ向かう。
「これは、私が使っていた物で、お下がりになってしまいますが、どちらも素晴らしい一品です。」
「え…でも……」
「………………」
ヤナは受け取り辛そうにしているが、ニルは何も言わず、ただ優しく微笑む。
ヤナは、ゆっくりと黒盾と戦華に手を伸ばす。
「私……頑張ります!」
ヤナは、受け取った小太刀と小盾を手に、ニルを見上げる。
「はい。」
ニルは短く答え、柔らかく微笑む。
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