第610話 テノルト村へ

エフを旅に同行させるのは良いとして……その前に、やはりニルに対してのエフの態度が気になる。


ニルは基本的に誰に対しても敬語だし、高圧的な態度を取る事は少ない。それ故に、エフとしても話し易い相手だとは思う。それは最初から分かっていた事で、俺は刑事ドラマで言うところの怖い刑事役で、ニルは優しい刑事役…みたいな感じで尋問すると最初から決めていた。それが思った以上に効果的だったのだろうか?


「……エフ。何故ニルに対しての態度だけ違う?」


「お前のような奴と喋るのは御免だ。」


殺意の塊のような視線を向けて来るエフ。


まあ…俺はエフに対して灰黒結晶をしこたま使ったわけだし、嫌われて当然と言えばその通りだろう。あれだけ嫌がっていたエフに、容赦無く使えば恨まれる。逆の立場ならば俺だって同じように殺したい程に思っているだろう。


「ご主人様への暴言は、許しませんよ。」


そんなエフに対して、ニルが強く釘を刺す。


「っ………」


分かったとも嫌だとも言わないが、エフは苦い顔をして俺から目を逸らす。


聞きたい事は山程有るが、これ以上の事を聞きたければ、それなりの信用を得てからでなければ難しいだろう。

俺達に同行するとなれば、話す時間は腐る程有るだろうし、加えて、黒犬との繋がりを得られる可能性が残ったというのは大きい。

今のところは、それで満足しておくべきだろう。


ただ、エフの事はしっかりと監視しつつ、好き勝手に出来ないように手を打っておく必要が有る。自分勝手に歩き回って良いということでは無い。

そこで、俺達はスラたんの操るスライムの内の一匹をエフに飲み込ませるように指示した。


殆ど核だけの小さなスライムにしてあるが、体内に入れば効果は同じだ。体内から溶かされたくなければ、俺達を襲ったりしないように…という事だ。死の契約の場合、限定的な条件となってしまい、抜け穴が発生する恐れがある。それに対して、ピュアスライムとスラたんによって操られているスライムは、スラたんの意志と、ピュアスライムの意志によって攻撃するか否かを決める為、臨機応変に対処出来る。

因みに、スライムには睡眠という概念が無い為、二十四時間監視体制である。これならば、俺達がエフに対して無防備であっても大丈夫だ。ただ、それでも誰かは監視しておいた方が安全な為、全員が無防備になる状況は作らない。

旅が多少窮屈にはなるが、そればかりは仕方無い事だ。


エフは、俺達が持ってきたスライムを飲み込むと聞いた時、自分を殺そうとしているのかと思ったみたいだ。しかし、ここで俺達が、わざわざスライムを使ってエフを殺す必要など無い事は、彼女も分かっている。拘束されて、武器も何も無い状態のエフならば、首を刎ねるくらい誰にでも出来る。それに、俺達がエフを殺すメリットなど無い事も分かっている為、大人しくスライムを飲み込む事に同意してくれた。


何事も無く、エフが味方になってくれるならば、その時スライムを取り出せば、それで彼女は完全に解放される。

スライムを飲み込んでも、自分の体内で微動だにせず大人しくしているスライムを肌で…いや、胃で感じて、俺達の言っている事が本当の事だと確信してくれただろう。


「まさか、黒犬の一人を連れて歩く事になるとはね…」


一先ず、エフは地下に拘束した状態ではあるが、これから先の旅路に同行するという事をハイネに伝えると、そんな答えが返って来た。


自分達の部下二人の事も有る為、ハイネもピルテも複雑な心境を表す複雑な表情をしていたが、これで黒犬と手を組めるならば、魔王の救出がずっと現実的になる事は理解していた。

魔王直属の部隊で有り、魔界の影で生きている黒犬ならば、ランパルドの事や、それ以外にも色々と情報を持っているはずだ。それが俺達の手札となるならば、一気に手札が増える事になる。

それが二人共分かっている為、エフを同行させる事については理解してくれた。しかし…喜んで!とはいかない。


「これが最善策だという事は理解していますが、やはり、気分の良いものではありませんね…」


「二人の気持ちは分かるが…こうするのが一番だと思ってな。すまない。」


「いえ。シンヤさんが謝る事じゃないわ。

元々、私達の目的は魔王様と魔王妃様の救出なのよ。その成功率が上がるのだから、ここは、私とピルテが割り切るべきよ。

だから、シンヤさんは謝らないで。」


「そうですよ。それに、シンヤさんとニルだって、黒犬には色々とされてきたのに、それを飲み込んで同行させる事にしたのですから。」


「そう言ってもらえると助かるよ。」


二人は、思うところは有るものの、同意はしてくれて、エフを同行させる事を受け入れてくれた。


スラたんとしては、ハイネ達が大丈夫ならば、自分も反対しないという事で、エフの同行は決定事項となった。


そして、俺の体も本調子に戻り、出発の準備を整えるのにもう一日ジャノヤで過ごし、その翌日、俺達はジャノヤを発つ事にした。


「もう行っちゃうの?」


俺達が屋敷から出るのを寂しがっているのはペトロ。


イーグルクロウの五人が見送りに来てくれたのだ。


「ああ。先を急ぐ旅でな。」


「寂しくなるよー…」


「こーら。ペトロ。そういう事は言わないのが冒険者の常識でしょ。」


プロメルテは、そんなペトロを叱りつつ慰める。


「また、何か有って助けが必要なら、いつでも呼んで。僕達で良ければ、いつでも駆け付けるからね。」


「ありがとう。その時は呼ばせてもらうよ。」


ドンナテ、セイドル、プロメルテ、ペトロ、ターナ。五人は、俺達が街を出てしまう事に寂しさを感じている様子だったが、冒険者にとって、出会いと別れはいつもの事だ。

別れを惜しむ気持ちが有っても、縁が有るならば、必ずまた何処かで会えるもの。だから、俺達はそれ程多くの言葉を交わす事も無く、馬車に乗り込む。


「シンヤ。これを持って行け。」


俺達が馬車に乗ると、セイドルが俺に何かを手渡してくれる。


掌に収まるくらいの大きさ、五角形の金属板だ。

色は銀色に見えるが、銀や鉄とは少し違うように見える。


「魔界の方に向かうと聞いてな。もしかしたらドワーフの街に入る事が有るかもしれん。その時は、これを街の門番に見せると良い。

友証ゆうしょうと言ってな。ドワーフの友である事を示す物だ。裏には見えないように我の名前が入っているから、我の名前と共に門番に渡せば難無く街に入れるはずだ。」


手渡されたのは、エンブレムのような物だ。炎とハンマーをモチーフにした細かな細工が施されており、非常に美しい造形である。


「助かる。有難く受け取っておくよ。」


セイドルの話から察するに、ドワーフがこれを渡すという事は、その相手を心の底から信じて、友だと呼べる相手だとドワーフ族全体に責任を持って伝えるような物だと思う。

そんな物をひょいと渡すような仲だというのに、断るなんて選択肢は無い。

ドワーフの街に、直ぐに向かうつもりはないが、ドワーフ族の助力も求めるつもりではいたし、素直に受け取っておく。


「シンヤさん。気を付けてね。」


何となくだが、俺達の事情を知っているプロメルテは、真剣な顔で言う。


「ああ。」


「ぶばぁぁぁぁぁ!」


ペトロは号泣している。


「ここまでの事、姉にも伝えておきますね。お気を付けて。」


ターナはそんなペトロの頭を撫でながら、柔らかく笑ってくれる。


「またどこかで。」


ドンナテは、短く、しかし強い想いを込めて、言葉をくれる。


「ああ。またどこかで。」


俺はその言葉に返して、別れを終える。


見えなくなるまで手を振ってくれる五人との別れを済ませた俺達は、馬車を走らせて、一度魔界とは逆の方向、つまり南へと向かう。


理由はテノルト村へ向かう為だ。


ギャロザ達にも会いたいし、ラルク達とも会う約束をしている為、魔界へ向かう前にテノルト村へ向かう事にしたのだ。


因みに、エフは大人しく荷台の隅に座っている。手と足は拘束しているが、ある程度自由に動ける。勿論武器の類は一切持たせていないし、魔法陣も描けないように拘束している。

エフ自身は、反抗する気は無いとでも言いたげに、かなり大人しくしている。


「この壮大な綿花畑も、見納めですね。」


「そうだな。ブードンが居なくなって、この辺りの環境がどう変わるか分からないが、良い方向に変わってくれると良いな。」


「はい。」


そんな話をしながら暫く馬車を走らせ、数時間後、やっと目的地であるテノルト村へ到着する。


「おー!来たか!」


そんな俺達を出迎えてくれたのはケビン。


初めて会った時のように、村の入口に立っている。


俺達が、今日、この村に寄る事はケビンにもハナーサにも伝えてあった為、二人は一時的にジャノヤを離れて、このテノルト村に戻って来ているらしい。


馬車を村の中へ入れて止めると、直ぐにケビンが寄って来る。


「なんか…村が広くなったか?」


「ああ。ギャロザ達が移り住む事になってから、どうしても村の広さが足りなくなったらしくてな。少し広げたらしいぞ。」


一気に大きくしたという程には拡張されていないが、見て分かる程度には広くなっている。


「まだ住居なんかは建てられていないから、敷地だけ確保したような状態だが、受け入れ準備は順調に進んでいるって感じだな。」


よく見ると、テノルト村に住んでいる人達以外にも、応援でテノルト村に来ている者達も居るらしく、鎧を着た連中も何人か見える。

このテノルト村は、深い森に面した村で、この辺りの最南端に位置している為、外からの攻撃が起きた場合、狙われる可能性が高い村だ。今は、ジャノヤが無防備に近い状態で、警戒態勢である為、衛兵達が派遣されて来たという事だろう。


「何人か送られて来たが、まあそれなりに上手くやってるみたいだぞ。」


俺の目線に気が付いたのか、ケビンが説明を挟んでくれる。


衛兵達も、その他の者達も、全員がテノルト村の為に動いてくれているのだから、邪険にされるような事はないだろう。


「カイドーさーーん!!」


俺達が馬車から下りると、わんぱく三人組が走って来るのが見える。ラルク、ヤナ、ザッケだ。


「元気にしてたようだな。」


「うん!」


「スラたん。悪いが…」


「馬車の方は任せて。僕が見ておくよ。」


ここでスラたんの言っている馬車…というのはエフの事だ。


ダークエルフという特殊な種族である為、人目に付くと問題の種になる可能性も有る。そこで、外套を被らせて、人目に付かないようにしているが、俺達が連れている者となると、それだけで注目を集めてしまう。

スラたんは、そうならないように、エフの事を見ていてくれると言っているのだ。


「ギャロザさんの所に連れて行くよ!」


ラルクは俺の手を取ると、グイグイと引っ張る。


ニルの手はヤナが取っている。


「カイドー!後でハナーサの所に顔を出してやってくれ!」


スラたんと共に村の入口に残るケビンが、俺に向けて声を張る。


「分かった!!」


ケビンに返事をして、手を引っ張るラルクと共に村の奥へと入って行く。


随分と好かれたものだと思いながらも、俺とニル、ハイネとピルテはギャロザの居る方へと向かう。丁度拡張された辺りが、ギャロザ達の居場所のようだ。


「っ?!ハイネ様!ピルテ様!それとカイドーさん!ニルさん!」


前に居る俺とニルではなく、ハイネとピルテに反応を示すギャロザ。自分の崇め奉る相手だから仕方無いが…取って付けたような呼ばれ方は寂しくなるぜ…


「元気にしていたかしら?」


「はい!皆無事に過ごしております!」


「「「「皆様、この度は本当にありがとうございました。」」」」


ギャロザを含め、元奴隷の人達が、次々と俺達に向けて頭を下げる。


「そ、そういうのは要らないから、普通にしていてくれ。」


「「「「はい!」」」」


感謝の気持ちは嬉しいが、何事かと村の人達が横目に見ているし、落ち着かない。


「皆元気そうで良かったわ。色々と話を聞いていたから、大丈夫かと心配していたのよ。」


「大丈夫です。彼等のお陰で、我々にも居場所が出来ました。」


そう言ってラルク達の方を見るギャロザ。


当の本人であるラルク達は、キョトンとしている。


彼等の両親から話を聞いた時もそうだったが、ラルク達は、自分達が良い事をしたとは全く思っていないのだ。

ただただ、そうしなければならないからそうした。それくらいの認識でギャロザ達を庇った為、当たり前の事をしただけだという認識なのだ。


「彼等がどれだけ勇敢な行いをしたのか、彼等自身が認識していないというのは、少し面白い話ですね。」


「どこかの誰かさんみたいね。」


「………………ん?俺の事か?」


全員の視線が俺に集まったから反応したが……俺の事なのか?


「流石はご主人様です。」


何故か自慢気なニル。どうやら俺の事らしい。


「あっ!ラルクちゃん達が来てるわ!」


「ほら!あれ持って来て!」


ラルク達に気が付いた元奴隷の人達が、何やら慌しく動き回っている。


「うげっ!逃げるぞ!」


「ダーメ!逃がさないわよ。」


何故か逃げようとするザッケの後ろから、奴隷の一人がザッケを抱き上げる。


「ぎゃぁ!捕まったぁ!」


「ラルクちゃんもヤナちゃんも、こっちよ。」


「自分で歩けるよ!」


「う、うわわわわ!」


何故か三人組が元奴隷の女性達に捕まり、抱き上げられている。


「実は、あの一件以降、ラルクとヤナとザッケが、皆に人気でな。何か有る度にああして連れ行っては、色々と食べさせたりしているんだよ。」


「大人気だな…」


「子供だし、単純に可愛いというのも有るんだろうが、俺達がここに気兼ねなく住めるようになった切っ掛けをくれたのは、あの三人だからな。

まあ、当の本人達は、毎回来る度にああして連れて行かれるから、逃げ回っているみたいだがな。」


笑いながら状況を説明してくれるギャロザ。


話を聞く限り、元奴隷の人達は、三人組に感謝していて、それを返そうとしているみたいだし、酷い事をしているわけではないらしい。寧ろ、喜んで貰おうとしているのだろう。


「逃げたわ!捕まえて!」


「ザッケちゃんがそっちに行ったわ!」


「逃がさないわよ!」


喜んで貰おうとしているのだろう…………恐らく。


「まあ、本気で嫌がるような事はしないから大丈夫だ。」


三人組も、それが分かっているから、どこかで楽しみながら逃げ回っているのだろう。鬼ごっこのようなものだ。


「あの一件以降は、村の人達とも上手くやれていると聞いたが、本当に大丈夫なのか?」


「ああ。実はあの後、俺達の事を嫌がっていた人達が、謝りに来てくれたんだ。」


「へえ。」


普通、そこまで素直に謝れる大人は少ない気がするが…ここは小さな村だし、皆家族みたいなものだから、周りから色々と言われて謝りに来たのだろう。自分達が過ごし難くなるのは嫌だろうし、わだかまりは、早めに取り払っておこうという事だろう。

大きな街では、そうはいかないだろうが…小さな村だからこその展開だな。


「俺達としては、受け入れて貰う側だし、今後そういう事が無いようにしてくれれば、今回の事は無かった事にしようということになってな。」


「一緒に過ごして行く人達だからな。」


「ああ。これからも色々と問題が起きるかもしれないが、ここなら上手くやっていけると思えたよ。」


「そうか。それは良かった。」


「カイドーさーん!!」


俺達とギャロザが色々と話をしていると、三人組が全力疾走で俺達の方へと戻って来る。


「おっと。」


三人組は、俺とニルの後ろに隠れてしまう。


「ふふふ…逃がさないわよー…」


何人かの元奴隷の女性達が追って来ている。


「お、俺達はこれから修行だから!」


俺の後ろに隠れているザッケが叫んでいるが、女性達は三人を捕まえようとゆっくり近付いてくる。


「はいはい。今日はそこまで。」


「もうちょっとラルクちゃん達と遊びたいのにー!」


ギャロザが手を叩くと、やっと女性達のハンティングモードが解除される。


「あ、危なかったぜ…」


「今日は逃げ切れたね…」


「明日は逃げ切れるかな…?」


これが鬼ごっこ終了の合図らしい。


「はい。これは後で食べてね。」


「食べ過ぎちゃダメよ?」


ハンティングモードが解除された女性達は、ラルク達の頭を撫でながら、お菓子を手渡している。


何とも…説明し難い状況ではあるが、ラルク達と元奴隷達は上手くやれているようだ。


「何はともあれ、落ち着ける場所が出来て良かったよ。俺達に手伝える事が有れば言ってくれ。と言っても…直ぐに発つつもりだから、時間はそう無いがな。」


「えっ?!そうなの?!」


俺の言葉に反応したのは、ギャロザではなくラルク。


「先を急ぐからな。」


「今日は泊まっていくのか?」


「そのつもりは無かったんだが…」


「泊まって行くでしょ?!」


ラルク達三人が俺の顔を見上げている。


「これから村を出ても、直ぐに暗くなるわ。一日泊まって行く方がきっと安全よ。」


子供達の眼差しに加えて、ハイネの言葉。それがダメ押しになった。


「分かったよ。出立は明日にしよう。」


「よっしゃ!」


「やったね!」


「良かったー…」


子供達は大喜び。

ハイネの言う通り、今から出ても、暗くなる頃までに進める距離は微々たるもの。泊まってもそれ程変わらない。


「それじゃあ次はハナーサさんの所だね!」


またしてもラルクが手を引いて、ハナーサの居るであろう方向へと歩き出す。


ギャロザ達が頭を下げているのを見ながら、俺達は村の中を更に移動する。

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