第609話 同行

「それじゃあ、皆、今回は無事に全てが終わった事を祝して。」


俺がそう言ってグラスを軽く持ち上げると、他の四人も軽く持ち上げてくれる。


そして、用意してくれたグラスに皆が口を付ける。


「美味しいわ!私のは少し甘みが有るわね。」


「僕のは爽やかな感じ!」


「俺のは結構強い…いや、クセの有る味だな。ただ、好きなクセだ。」


「私とニルの物は同じみたいですね。甘めですが、酸味も有ります。」


ニルとピルテ以外は、それぞれ違う味らしい。

だが、それぞれの好みを把握した上での味らしく、感想は美味しいの一択のみ。

コースを通して食べた時の反応から、好みの味を把握したのだろうか?いや…まあ何でも良いか!


「最後まで粋な計らいだね!」


「こんなお店を知ってしまったら、他の店に入れなくなりそうね。」


「そこまで言って頂けるとは、本当にありがとうございます。」


「いやいや。こっちがありがとうだ。

最高の時間を過ごせたよ。いくら払えば良い?」


「そんな。皆様からお金を取るなど…」


「最高の料理に最高の酒、それに最高の接客。ここまでの事をしてくれて、これだけ飲み食いして金を取らないなんて事をしたら、折角出会えた良い店が損をする事になる。

そんな事をさせるわけにはいかない。

それでも要らないと言うなら、俺が勝手に置いていく。後のことは好きにしてくれ。」


こんな高級料理店に足を運んだ事は、日本に居た時でさえ無かった俺には、適当な額が分からない。

ただ、普通に高級料理店に行くよりずっと金の掛かる接待をしてくれた事だけは分かる。


俺は取り敢えずで出しておいた数十万のダイスをテーブルの端に置く。


「そ、そんなには?!」


「またいつかここに来た時の為の投資だと思ってくれ。その時は、また宜しく頼む。」


「っ!!」


「ご馳走様。」


「またのご来店をお待ちしております!!」


「「「「お待ちしております!!」」」」


オーナーのヘッケルが深く頭を下げると、店員が続いて頭を下げる。


俺は、別に雑に金を使っているわけではない。

この店には、それだけの金を払う価値が有ると思ったから払ったのだ。

金を持っていても、その価値が有ると感じなければポンと大金を払ったりはしない。そうさせてくれたのは、ヘッケルと店員…特に猫人族の女性店員には、本当に感謝している。

またいつか、別の機会にこの店へ来られた時、彼女も居てくれたら嬉しい限りだ。


俺達はお礼を言って、外に出る。


「いやー…美味しかったねー!」


「本当に最高の一時だったわー…」


「美味しかったですぅー。」


「おっと。」


「へへへー……」


立ち上がった事で一気に酔いが回ったのか、店を出て緊張の糸が切れたのか…ニルがフラフラと寄りかかって来る。

頬が赤く染まっていて、目がとろーんとしているから、いつものふにゃふにゃニルだろう。


「私も…少し酔ってしまいましたね…」


ピルテはニルよりも意識を保っているみたいだが、足元が覚束おぼつか無いらしく、フラフラしている。


「ピルテさん。大丈夫?」


スラたんがピルテを支えているが、ここから俺達が寝泊まりしている屋敷までは少し距離が有るし、歩いて帰るには辛いかもしれない。


一応、店側が送りの馬車を用意してくれようとしていたのだが、近いし夜風に当たりたいから歩いて帰ると断ってしまった。店を出るまでは、ニルもピルテも大丈夫かと思っていたのだが…こんな事ならば断らずに馬車を呼んでもらえば良かったかもしれない。


ただ、少し距離が有るとはいえ、歩いて行ける距離だし、千鳥足でなければ辛いと思うより早く辿り着く程度の距離だ。それだけの距離の為に今から馬車を呼ぶのも申し訳ないし……


「ほら。ニル。背中に乗れ。」


「へへー…ご主人様ぁ……」


歩かせていては危ないし、ここはニルを背負って帰るとしよう。


膝を曲げてニルに言うと、ニルの腕が俺の首の左右から前に伸び、背中に柔らかい感触が…いや。考えるな。無心だ!無心!


「スラタン!」


「は、はい?!」


「ピルテももう駄目ね。これは歩けないわ。きっと一歩でも歩いてしまえば、そのまま倒れてしまうわね!これはシンヤさんみたいにピルテを背負ってもらうのが良いわね!いいえ!それしか考えられないわ!さぁ!今直ぐ!」


超早口で言葉を放つハイネ。マシンガンもビックリだ…


スラたんが、えっ?!えっ?!と言っている間に、同じく、えっ?!えっ?!と言っているピルテを背負わせる。


少し強引過ぎるように感じるが…実際、ピルテも少し辛そうだったし、背負わせられるならばその方が良い。


「スラたん。顔が赤いぞ?酔いが回ったのか?」


「そそそそんな事はないよ!」


かく言う俺も、その光景を楽しんでいるのだが。


真っ赤になったスラたんの後ろでガッツポーズを小さく取るハイネ。完全にスラたんをロックオンしたみたいだな…幸せになれよ。スラたん。


心の中で応援しつつも、スラたんと、加えてピルテも真っ赤になっているのを見ながら、俺達は帰路に着いた。


屋敷に戻り、ニルをベッドに入らせた後、ハイネに声を掛けに行く。


「ハイネ。今日は俺が地下を見ておくから、ハイネは寝てくれ。」


「私も見るわよ?」


「いやいや。二人共何言ってるんだよ。シンヤ君は病み上がり、ハイネさんは昨日見てくれていたんだから、今日は僕の番でしょ。」


ハイネと地下を見ておく当番の話をしていると、スラたんが話に入って来る。


「僕なら他の事をやりながらスライムに見ておいてもらえるし、二人はしっかり寝て。」


「いや…しかし…」


「しかしも案山子かかしも無いよ。特にシンヤ君は病み上がりなんだから無理しない!ほら寝た寝た!」


スラたんは、強引に俺とハイネの背を押す。


「お、おい!」


「はいはーい!おやすみなさーい!」


聞く耳持たないと言いたげに、俺とハイネを押し出してしまうスラたん。そのまま強引に監視役を引き受けてしまう。


「スラタンったら……ピルテにもこれくらい強引に行ければ良いのだけれど。」


「それとこれとは話が別だろうな。

それに、そう焦る必要なんて無いと思うぞ?」


「それもそうね……私がどうこうしても、本人達がその気にならないとどうする事も出来ないものね。

まあ仕方無いわね。今日はこの辺にしておくわ。」


ハイネも少し楽しんでいるような感じがするし、酷い事にはならないだろうが、本人達のペースも有る。先々そうなる事が有るとしても、ゆっくりで良いだろうと思う。何より……俺達渡人、つまりプレイヤーが、元の世界に戻る可能性はゼロとは言えないし、どうなるか分からない。

俺もスラたんも、この世界で生きていこうと決めているが、それが自分達の意思で決められる事なのかどうかという事さえ分からないのだ。スラたんもきっと、そう思っているはず。

だから、大切だと思える人にこそ、俺達は慎重に接しなければならないと思う。


そんな事を考えながらベッドに向かうと、そこでは可愛い寝息を立てて眠るニルの姿。


窓から差し込む月の光が、ニルの銀髪に当たって反射し、キラキラと煌めいているように見える。

眠っているニルの頭をそっと撫でた後、俺も眠りにつく。


翌朝。


「もももも申し訳ございません!」


という起床アラームが聞こえてくる。


「ニル……おはよう…」


寝起きでぼんやりした頭と視界の中で、ニルが謝っている。


「お、おはようございます…」


ニルは酒を飲むとふにゃふにゃになるが、記憶が飛んだりはしないから、いつもこんな感じになる。そろそろそんな事で俺が怒らないというのも分かっているだろうに……いや、そういう問題ではないのか。


「昨日の事は気にしないように。いつも言っているだろう?楽しい時間を過ごせたんだから、そんな事は気にしなくて良い。」


「で、ですが…ご主人様の背に乗るなど…」


「ニル。」


「ぅ…はい…」


しょぼんとしているニルだが、こういう時の対処法もそろそろ慣れてきた。


ポンポンと頭を撫でると、ニルは申し訳なさそうに上目遣いで俺を見る。


「目が覚めるように紅茶を淹れてくれないか?」


「は、はい!」


その後、こうして紅茶を頼むと、汚名返上しなければと言わんばかりに、張り切って紅茶を用意してくれる。それを啜っていると、ニルも少しずつ落ち着いて、飲み切る頃には、ニルも元に戻っているという流れだ。

今回は、俺に背負われて運ばれたという内容的に、いつもより気にしていたみたいだが、そんな事を気にする必要など無い。敵との戦いで力尽きて運ばれる俺に比べたら可愛いものだ。


そうして、何とかニルがいつも通りに戻ってくれた頃。


スライムを使って地下を見張っていたスラたんが、部屋から出てくる。


「おはよー。」


「おはよう。」

「おはようございます。」


「エフはどうだった?」


「大人しくしているみたいだよ。僕が見ていた限りだと、暴れてもいないね。」


「そうか。少しは頭が冷えていると良いが…

取り敢えずありがとう。俺が代わるよ。」


「了解。僕はもう少し研究を続けようかな。」


「あまり無理するなよ。」


「分かってるよ。ちゃんと寝るから大丈夫。」


スラたんとしては、一日の徹夜くらいは、いつもやっている事かもしれないが、辛くないわけではないはず。


「約束だぞ?」


「うん。約束するよ。」


「…分かった。」


スラたんも、酒が入っていただけだし、無理をしてまで研究はしないだろう。

最悪、ハイネとピルテに寝かし付けるよう頼めば何とかなるだろうし、一先ず、俺達は地下へと向かう。


上がってくるスライムと入れ違いにエフの元へ向かう。今回はニルも最初から同行している。


「どうやら落ち着いたみたいだな。」


俺達が来た事に気が付いているはずだが、エフは暴れたりはしない。暴れたとしても、どうにか出来るような状態ではないし、諦めたのだろう。


「……………」


猿轡を噛まされたまま、エフは俺を睨み付ける。


「また舌を噛もうとされては困るからな。それは外さずに話を始めるぞ。」


「……………」


「まず、俺達がランパルドと関係が無い事は、少し考えれば分かるだろうし、お前達は俺達を監視し続けていただろうから、ランパルドとの関係を持つ者だったら、とっくに気が付いているだろう。

それは理解出来ているか?」


「………………」


俺から目を逸らし、壁の方を見ているエフ。お前とは話さないとでも言いたげな態度だ。


「そのまま壁を見ているだけのつもりですか?」


俺の言葉に反応を示さないエフに対して、ニルが怒りの感情を隠しもせずに、エフへ言葉を投げ付ける。


その言葉を聞いたエフは、肩をビクリと震わせて、ニルの方を見上げ、直ぐに俯く。明らかに俺が喋る時とは違い、大きな反応を見せるエフ。


「………ニル。ニルから質問してみてくれ。」


俺は、自分が質問するより、ニルが質問する方が良いだろうと考えて、質問する役をニルに任せる事にする。ニルは頷いた後、俺と場所を変わり、エフの前に立ち、口を開く。


「私達に、ランパルドとの関係が無い事は、理解出来ましたか?」


ニルは、少し怒りを抑えつつ、質問をエフに投げ掛ける。


「……………」


エフは、少し迷うような素振りを見せるが、ゆっくりと頭を縦に振る。


「それならば、私達がどのような存在なのかを今から話します。それでも私達の事を疑うようでしたら、最悪、吸血鬼族の二人に頼んで、血の記憶を読んでもらう事になります。

しかし、私達としては、出来ることならば、貴方に危害を加えたくはありません。」


エフは俯いたまま動かない。


俺達が敵ではないと判断する事は難しいだろう。俺達も簡単に信じてもらえるとは思っていないし、取り敢えず、俺達が出来る事をやってみるしかない。


という事で、ニルは、俺達が、敵ではなく、寧ろ魔王を助けようとしているという事を、ふんわりと伝える。

俺達としても、エフが味方側の者なのかという事に関しては、慎重に探る必要が有るし、恐らくこちら側だろうという推測の元で、全ての情報を開示するには早過ぎる。その為、全体的にぼんやりした内容の話にはなってしまうが、それでも、俺達が魔王を助けようとしている側の者達だという事は伝わるだろう。


俯いたまま、エフは何も言わずに話の内容を聞いており、大きな反応は示さない。


「…という事で、私達は、魔界を助けようと動いているのです。」


「………………」


エフは、全ての話を聞いた後、暫く反応を示さなかったが、ゆっくりと顔を上げ、ニルの方を見上げる。


「………………」


「……………………」



ニルもその目を直視していたが、数秒が経ったところで、振り返り、俺の方を見る。


「ご主人様。猿轡を取ってもよろしいでしょうか?」


「……大丈夫なのか?」


「はい。」


「……分かった。」


ニルには自信が有るようだし、ここはニルを信じて、エフの猿轡を外す。


「暴れたり、死のうとしたりはしないで下さいね。」


一応、ニルはエフに対してそう告げると……


「……はい。」


エフはしっかりと返事をする。


「何か聞きたい様子でしたが?」


「……はい……

もし…もしも、先程聞いたように、魔王様が誰かに操られているという内容が真実だとしたら……それを解く事は出来るのでしょうか…?」


エフは、俺に対して話をしていた時と随分様子が違う。


「その質問に答えるのは、今の段階では難しいです。」


「そう…ですよね。」


ハイネが言ったように、俺達側の手札は、極力誰にも見せないように行動しなければならない。ここで簡単に、アーテン婆さんから貰ったペンダントの事を明かす事は出来ない。


「その……それでは、何故、魔族の事に首を突っ込むのでしょうか…?」


「そうですね……そういう約束だから…でしょうか。」


アマゾネス、人狼族のホーロー、アーテン婆さん……俺達は、既に何人もの人達と、魔界を助ける為の助力をすると約束している。

もっと広い目で見るならば、大同盟の為にという意味も含まれるし、もっと沢山の人達が関わっている事だ。

それを、約束だから…と一言で表現するのは無理が有るようにも感じるが、嘘という事でもない。


「約束…」


「はい。」


「………………」


エフの頭の中では、どんな内容がグルグル回っているのか分からないが…取り敢えず、いきなり暴れ出したりはしなさそうだ。


「そう簡単に信用出来ないというのは分かりますが、私達には、信用してもらう為、言葉を尽くすくらいしか出来ません。」


「もし……その話が本当であるならば……私を同行させる事に問題はありません…よね?」


おいおい……そう来るか……


確かに、俺達を言葉だけで信用しろというのは無理な話だというのは理解出来る。証拠を見せられるならばまだしも、それが出来ないとなれば、ただの言葉でしかないのだから。

そして、俺達が持っている魔王を助けたいという気持ちに、エフが同調出来るのならば、同行する事は寧ろ自然と言える。向かう先は魔界で同じなのだし。


しかしだ……エフに信用してもらって黒犬と手を組みたいのは本当だが、本当に黒犬が敵ではないのかの判断も出来ていない。それはつまり、ここから魔界まで移動する間、敵かもしれない奴と行動を共にするという事になる。

夜も眠れないような緊迫した状況を、魔界まで続けるなんて、正直かなりキツい。片腕を失ったとは言っても、相手はあの黒犬だ。

野宿中にエフが抜け出して、全員お陀仏なんて笑えない。


エフを連れて行くリスクとリターンを天秤に掛けた場合、リスクの方が重い。最悪、ハイネとピルテに頼んで記憶を読み取ってもらえば良い話だし…


俺は振り返ったニルに向けて小さく首を横に振る。


ニルは無理だと伝えようとするが、それよりも早く、エフが俺の目を見て言葉を続ける。


「勿論、私を拘束したままで構わない。もし、この話が本当だとしたら、私の命を賭けるべき案件だ。

お前達が本当に味方なのかを知る為ならば、死の契約も受け入れよう。」


上級闇魔法である死の契約は、互いに約束事を決めて、それを破った場合に、相手の命を奪うという魔法である。

約束の内容は当事者で決められる為、やろうと思えば、片方に不利な条件で契約を結ぶ事も可能である。

例えば…死ぬなという約束をさせた場合、死ぬ事が契約違反となり、その者の命を奪うのだが…既に死んでいる為、そもそも関係無い契約という事になったりもするのだ。

つまり、俺達に有利となるような契約を受けてでも、同行し、俺達の事を観察したいという事だろう。

エフにとって、今回、ニルが話した内容は、とても無視出来るものではなく、それが真実かどうかの確認と、真実だった場合の事を考えての言葉だろう。

エフの中では、魔王が最も優先順位の高い存在だということに違いない。


「ご主人様。」


ニルは俺の目を見て、同行させて欲しいと視線で言ってくる。

ニルがそうするべきだと感じたのであれば、ここは話に乗っても良いかもしれない。


「……分かった。但し、安全マージンはしっかりと取らせてもらうぞ。」


「分かっている。」


俺が許可を出すと、ニルも頷く。


エフを無力化する方法は、死の契約以外にもいくつか有るし、それを上手く使えば、同行させても危険は無くなる。

他の黒犬連中の動きが厄介事に繋がりそうな気もするが…ここはリスクを負う事に決めて、腹を据える。

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