第608話 高級料理店 (2)

スープは魚介類をじっくりコトコト煮込んだスープらしく、一口で口の中に様々な味が溢れ出す。

食材とか色々と教えてくれていたのだが、一口でどうでも良くなった。とにかく美味い。もうそれで良いじゃないか。うん。


という事で、俺達はスープに舌鼓を打ち、美味しく頂いた。


続いては魚料理だ。この世界では、魚料理と言えば、海の近くでしか食べられないというイメージが強いけれど、燻製や干物など、運ぶ手段はいくつか有る。それに、魚は海だけでなく川にも居る。

ジャノヤは内地で海の魚を食べようと思うと、燻製や干物のような腐り難い状態のものが多いが、川魚となれば新鮮なものが手に入る。

そんな川魚の一種が魚料理として出された。


「こちらは、セイセキと呼ばれる川魚を、バターと醤油で焼いた物になります。

皆様、醤油がお好きだとお話されていましたので、今回はこのように仕上げてみました。」


そう言って出された皿の上には、綺麗な白身の魚。

目の前に皿が出てきた瞬間に立ち上り鼻を刺激するバターと醤油の香ばしい匂い。サラダとスープで腹は良い具合に空腹を感じている。

匂いを嗅いだだけで美味いと分かるし、バターと醤油なんて美味いに決まっている最強のタッグだ。


セイセキという魚は聞いた事が無かったが、それを先読みしていた猫人族の女性店員が、実物を用意しており、それを見せてくれる。


「因みに、こちらがセイセキでございます。」


ザルの上に乗せられているセイセキという魚を見ると、大体三十センチ程度の魚で、特徴的なのは表面の鱗だ。体の真ん中で色がくっきりと分かれており、頭の方は青。尻尾の方は赤色をしている。それも、ほんのりとではなく、鮮やかな赤と青。こういう色の生き物には毒が有りそうだと避ける類の色合いだ。

聞いたところによると、毒は無く、そこそこ珍しい魚で、有る時にしか無い魚という事らしい。


「こんな魚も居るのね。」


「そ、それより…よだれが止まらないね…」


スラたんの目は皿の上に置かれた白身魚に釘付けだ。その断面はコンガリとキツネ色に焼かれていて、見るだけで美味さが伝わって来る。


「それじゃあ……っ?!!?!?」


耐えきれず、スラたんが一口。

あまりの美味さに、スラたんの顔が口では説明出来ない表情になっている。


俺も一口食べて、その理由が納得出来た。


口の中に入れた瞬間、バターと醤油の香ばしい香りが広がる。それは想像通りだったのだが、その後が凄い。

バターの香りに鼻が慣れると、次に来るのは共に焼かれていたであろう香草の香り。ローズマリーとかそういう感じの香りだ。そして、その次に来るのがピリッと舌を刺激する辛さ。これは恐らくセイセキの味だ。辛い魚なんて予想外だった為、正直かなりビックリした。

しかし、その辛さは、バターや醤油等の香りに包まれているお陰で、程良い刺激にまとめられており、絶妙なバランスで美味さが引き立て合っている。


「何これ?!面白い味!」


「味も驚きですが…まるで身が溶けていくようです!ホロホロと口の中で解けて…んー!」


「表面はカリッと焼かれているのに、噛むと溶けていくなんて…凄いです!」


皆大絶賛。勿論、俺もだ。


しかし…こういう料理を食べてしまうと、そろそろアルコールが……と思った時には、横からスッとグラスが差し出される。


何という最高のタイミング…


「魚料理はお気に召して頂けたようで何よりです。

こちらの料理には、こちらのリンゴ酒が良いかと思います。」


トクトクトクとグラスに注がれて行く黄金色の液体。

これぞ林檎酒だ。


「他にもいくつか飲み物をご用意させて頂いておりますので、飲みたいものが有れば、いつでもお申し付け下さい。」


そう言って店員が目線を向けた先には、用意してある飲み物の瓶が置いてある。

メニューではなく、瓶が置いてある事から察するに、用意した物は俺達に出す為だけに用意された物。これだけの店ならば、一度出した瓶を別の客に出すという事はしないだろうから、それぞれ一口ずつ飲みたいと言っても、恐らく応じてくれるだろう。


贅沢過ぎる…いや、贅沢は出来る時にしておくべきか。


とはいえ、まずは林檎酒だ。

店員がオススメしてくれただけの事はあり、林檎酒を飲むと若干の酸味と甘味、そして林檎の芳醇な香りが、バターの油っぽさを全て吹き飛ばしてくれる。

当然、林檎酒自体も格別に美味い。


「あー……これは間違いなく飲み過ぎるやつだな。」


「あはは。知らない間にグラスが空になってそうだね。」


「この林檎酒気に入ったわ!帰りに何本か買って帰ろうかしら?」


「こちらにお出しした物は、全てお持ち帰り頂いて構いません。林檎酒も、新しい物をお渡しします。」


うーむ…VIP扱いというのが、何故嬉しいのか……その理由が、この店に来てよく分かった気がする。

取り敢えず、酒は全てお持ち帰りしよう。金は持っていても、俺は貧乏性だからな。うん。


「ニル様は、髪を上げたのですね?」


俺達が美味しく魚料理を頂いていると、猫人族の女性がニルに声を掛ける。

ニルという名前を会話の中から聞き取って覚え、髪を上げた事に気付いて声を掛ける…よく見てるし聞いているなー…と感心してしまう。


「あ、はい。食事の時はいつも。」


「そうなんですね。それにしても、とても綺麗な銀色の髪ですね。髪を留めている飾りもとても綺麗でお似合いですね。」


うーん!この猫人族の女性店員!やりおる!


俺がプレゼントした簪を褒められたニルが、どんな状態になるかは、火を見るより明らかだ。


「あ、ありがとうございます。これはご主人様に頂いた物でして…」


表情を制御し切れていないニルの口角がピクピクと動いている。


「そうなんですね!それにしても、珍しい髪留めですね?」


「これはですね…」


少しずつ慣れてきていたニルだったが、まだ気持ちが落ち着いていないように見えていたのに、猫人族の女性が髪留めについて触れ、べた褒めした事で、ニルの気持ちが一気に柔らかくなったのを感じる。

しかもだ…俺達の会話の邪魔にはならないよう、適当な所で話を終える店員。


間違いない。この猫人族の女性店員……プロだ。


「そう言えば、ニル達は何を買ってきたんだ?」


ニルの簪に話題が入った事で、食事をしながらの会話も出来るようになり、早速ニルとピルテの成果について聞くことにする。


「まず行ったのは、雑貨屋です。

私もピルテも、何を買えば良いのか分からず、とにかく色々な物を見てみようということになりまして…それならば、色々な物が置いてある雑貨屋だろうと。」


「良い案だな。それで?」


十万渡して五万使えと言ったのは、そうして使わなければならない額を決めてやれば、何かには絶対に使うだろうと思っての事で、正直五万使わなくても構わなかった。

ニルが、自分の欲しいと思える物を見付け、それを買って来るならば、それが百ダイスでも良かったのだ。

要するに、ニルの物欲が働くような何かを見付けられれば、それだけで俺の狙いは成功だと言える。

そういう意味で言うならば、雑貨屋のように、色々な用途の物を見る事で、自分がどんな物に興味を持っているのかという事が明確に分かる。


「はい。雑貨屋と言いましても、いくつか店が有りまして、取り敢えず目に付いたお店に入りました。」


「大きなお店とは言えませんでしたが、それでも私とニルが見て回るには、丁度良いお店だったと思います。」


「それは気になるお店ね。」


「隠れ家的な雰囲気の有るお店で、取り揃えられている品物は、女性向けの物が多かったですね。」


「また行ってみようかしら。

それで?何か買ったの?」


「はい!」


そうして二人が紙袋から取り出した物を、ハイネが興味津々で見ている。


「それは手帳…かしら?」


二人が取り出したのは、革製のカバーが貼られた手帳。かなりシンプルで飾り気は殆ど無いが、手帳の隅に小さな宝石が埋め込まれている。

ニルは青、ピルテは赤の宝石が埋め込まれている物で、どうやらお揃いで買ったようだ。


「他にも色々と可愛い物は有りましたが、持ち運び出来る物となると限られてしまって……手帳ならば、ニルも私も使えますし、何かと便利なのではと思いまして。」


ニルは、オウカ島でサクラ達とお揃いのストラップと言うのか根付ねつけというのか…を持っているし、こうしてニルにとって大切な物が増えていくのは本当に俺も嬉しい。それが誰かとの縁を繋ぐ物であるならば尚更だ。


「しっかりした革みたいだし、宝石も綺麗だわ。」


ハイネの言う通り、シンプルな見た目ながら、質の良い物である事は、遠目に見ても分かる。

この世界では、そもそも手帳を持っている者達というのは貴族くらいの物で、あまり出回るような物ではない。理由は簡単で、識字率が低い事、ボールペンのような便利な物が無い事、そして値段が結構するという事だ。

字の読み書きに関しては、ピルテは勿論、ニルも大丈夫だ。まあ、字が分からないとしても、自分が分かれば良いのだし、絵でも何でも書ければ問題は無い。

値段については勿論大丈夫だが、問題は書く時に使うペンの方だ。

インクを持ち歩いて…なんてのはなかなかに面倒だろうし、書きたい時に書けないというのは、手帳としてどうなのだろうかと言う感じだ。ただ、それに関して言えば、俺がインベントリを使えるから、それ程ネックとなるような話ではない。手帳は戦闘に持ち込むような物ではないし、戦闘時ではないならば、書く時間くらいいつでも取れる。

しかし、出来る事ならばいつでも書ける方が良いだろうし、ボールペン…は無理だが、万年筆くらいならば作れるか試してみるのも有りかもしれない。


「 ありがとうございます!

私もニルも気に入って買ったので、あまり値段は気にしていませんでしたが……大体一万ダイス程だったかと。」


手帳に一万?!と思うかもしれないが、需要と供給、革や宝石の値段、それと製作技術等を考えると、この世界では妥当なところだと思う。

それに、こういうのは値段ではないし、二人が満足しているならば問題など無い。


「一万なら割とお得な買い物かもしれないわね。それに、こういうのは値段じゃないわよね。」


どうやらハイネも俺と同じ意見らしい。


「宝石は、自分達の瞳の色に合わせたのね?」


ハイネに言われて、あー!なるほど!と思ってしまった。こういうのに気が付くのは、流石女性というところか。


「はい!実は、手帳の中で、これという物をピルテと私でお互いに選び合った結果、こうなったのです!」


いくつか置いてある手帳の中で、互いに選び合った結果、お揃いで瞳の色にも合わせた宝石の色になったと……何と仲の良い二人だろうか。


「ふふふ。そうだったのね。」


ピルテとニルは互いの顔を見てニコニコしている。本当に嬉しいという気持ちが、見ている俺達にも伝わって来る。


「シンヤ君…僕達も手帳を買いに行こうか!」


「いや。要らん。」


「ぶほぅ!辛辣ぅ!」


こういうのは見目麗しい二人がやるから良いのであって、オジサン二人が手帳を選び合うなんて…ゾッとする。

スラたんも冗談で言っているのは分かっているが、ここで下手に乗ったりしたら、後日本当に買いに行くかもしれない。スラたんの場合ノリでそれくらいはやりそうだし、ここはしっかりと断っておく。


「その次はどこに行ったのかしら?」


「雑貨屋で品物をいくつか見て回って、ニルも私も気になる物がいくつか有ったので、その専門店に向かってみようという事になりました。

ただ、その前に、軽く何か食べようという話になりまして、出店で軽く食べながら目的の店に向かいました。」


「楽しそうね。」


ニルは子供姿で、周りには仲の良い姉妹とか思われていた事だろう。


「それで、結局何の店に行ったのかな?」


「ふふふ。そこで購入したのが、こちらの品々です。」


そう言って二人が取り出した紙袋からは、色とりどりの布地が現れる。


「服を買ったのね?!」


「はい!」


「何これ!可愛いー!」


ピルテとニルが服を出すと、ハイネがそれに食い付く。


ピルテもニルも、あまりに派手な物は好まないらしく、ゴテゴテのドレスなんかは無いが、戦闘用ではなく、完全に非戦闘用の服ばかり。


例えば、ニルは動き易い服を好んで着る為、スカートは着用しないのだが、何枚かのスカートを買っていたり、キャミソールのような服だったり、リボンが付いたものだったりと、完全にお洒落をする為の服ばかりだ。靴や帽子も買ったらしく、結構な量の服が出てくる。


「ニルちゃんは変身を解いて選んだのかしら?」


「いえ。私とピルテは体格が似ているので、ピルテが選んでくれました。その…私はこういう事に疎いので…」


どうやら、服はピルテが選んでくれたらしい。

ピルテとニルは体格だけでなくてセンスも似ているから、ニルも頼み易かったのだろう。

さり気なく子供服が混じっているのは、ピルテがニルに着て欲しい服なのだろうか?

大人服とは違い、子供服らしく結構可愛らしいタイプの服だ。ニルがこれを選んだとは思えないし、ピルテが勝手に選んで買った感じだろう。


それにしても、ピルテとニルが選ぶ服にしては、色合いが鮮やかに感じる。

ピルテもニルも、黒に近い暗色系の服を好んで着ているイメージが強いのだが、今回買ってきた服の中には、水色や黄色等、明色系のものが何着か混じっている。

お洒落をする為の服だし、たまには…と考えたのだろうか?


「あ…えっと…実は、服を探していた時に、ハナーサさんに偶然会いまして、その時にハナーサさんが作っている服を何着か貰ったんです。」


「ハナーサに?何も言ってなかったが…?」


俺達に会った後の事だろうか…?


「シンヤさん。それはハナーサさんが気を利かせたのよ。

二人が折角可愛い服を選んで来たのに、ハナーサさんが喋ってしまったら台無しでしょ?」


「あー…そういう事か。」


ハイネに小声で言われて、ハナーサの意図をやっと理解出来た。


流石は服飾職人だ。いや、女性なら誰でもそれくらいの気を利かせるものなのだろうか…?とにかく、ニルとピルテが俺達と離れて服を買っているという事を、本人達が初めて話せるようにと気を利かせてくれたらしい。


「ハナーサが作っている服を貰ったって…服を持ち歩いていたのか?」


「いいえ。ハナーサさんが作っている服を卸している店が近くに有りまして。」


「ハナーサさんが私達に合わせた服を選んで下さいまして、それを頂いた形ですね…一応、後から店の方にお金は払いましたが、かなりの格安でして…」


「何となく想像出来るな。」


ハナーサが二人を見付けて、服を探していると聞いたら黙ってはいないだろう。強引に店へ連れ込んで、服を合わせ、お金は要らないからと渡された感じに違いない。

ピルテもニルも、あまり積極的に人と絡むタイプではないし、ハナーサくらい強引な方が、寧ろ良いのかもしれない。

それに、流石はハナーサというのか…二人が着ないタイプのデザインや色の服で有りながら、本人達も気に入るようなデザインを選んでいるようだ。

これは、二人が服に袖を通す時が待ち遠しい。


「ふふふ。素敵ね。」


ハイネは笑顔でピルテとニルを見ている。

ハイネも、ピルテの生活について思う所が有ったみたいだが、大満足といった表情だ。勿論、俺もニルが心の底から楽しんでくれた様子だし大満足。言う事無しだ。


結局、二人は渡した十万の内、五万をギリギリ使い切って、俺達に合流したらしい。


しかし…雑貨屋でニルが興味を示したのは服だったという事である。ニルもやはり女性という事なのだろう。今度化粧品か何かを作ってみるか…いや、俺の知識じゃ無理だし、スラたんなら作れるかも。

何か頼んでみようか…


そんなこんなで、俺達はニルとピルテのお土産話に花を咲かせ、俺達がラルク達に会った事を伝えたりしながら、美味しい食事と美味しい酒が進んで行く。


一通りの食事が終わり、最後に何か飲み物を頼もうかと話をしていると…


「皆様。本日は楽しんで頂けましたでしょうか?」


オーナーのヘッケルが現れる。


「最高だったわ!こんなに楽しい食事は本当に久しぶりよ!」


「大満足以外の言葉は出てこないね。」


「この店を選んで良かったよ。」


全てに満足。文句など全く出てこない。


「私共にとって最高の褒め言葉。ありがとうございます。

それでは、私共の方からサービスで、最後にこちらをご用意致しました。」


そう言って後ろから現れた店員達がテーブルに置いてくれたのは、五種類の飲み物。


「こちらは、皆様のイメージを表現した飲み物になっております。

名前を付けるのであれば…ハイネ様のお飲み物は『母性』。スラタン様のお飲み物は『知性』。カイドー様のお飲み物は『勇敢』。ニル様、ピルテ様のお飲み物は『友情』。でしょうか。」


ハイネの目の前に置かれている飲み物は、カクテルグラスの中に、ほんのりと白みがかった液体。

スラたんの前に置かれているグラスはクネクネと曲がった変わった形をしており、中には透明感の有るスカイブルーの液体。

俺のグラスは縦に細長いグラスで透明な液体。

ピルテ、ニルの前に置かれているグラスは、どちらも横に広い形をしている。ニルの前に置かれているグラスには、上が青色、下が赤色に分かれている液体。ピルテの方は色が逆になっている。


「ふふふ。素敵ー!」


ハイネは少し酔いが回っているのか、両手を合わせて喜んでいて、スラたんは何故か自慢げな顔。

ピルテとニルは互いのグラスを見比べては笑顔を見せている。ニルはふにゃふにゃ一歩手前といった感じだが、ピルテも同じような感じだ。

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