第607話 高級料理店
ラルク達と分かれ、そろそろ空の色が変わり始めようという頃。
「ご主人様!」
噴水の有る広場でまったりしていると、半日楽しんだニルとピルテが合流する。
「どうだ?楽しめたか?」
「はい!」
「ピルテも楽しめたようね?」
「はい!すっごく楽しめました!」
二人の両手には、いくつか紙袋が持たれており、顔は笑顔。しっかりと楽しめた様子で何よりだ。
どんな物を買ったのか気になるところだが……
「よし。それじゃあ行くとするか。」
「そうね。」
「賛成!」
「「??」」
俺、ハイネ、スラたんは、二人のお土産話も聞かずに立ち上がり、街中の方へと顔を向ける。
ピルテとニルは、どこに行くつもりなのかと首を傾げているが、行ってからのお楽しみというやつだ。
頭の上に?マークを掲げる二人を連れて、暫く街中を歩き、空の色が赤から紫色へと変わり始めた頃。俺達はある店の前に到着する。
「こ、ここに入るのですか?」
「ええ。そうよ。」
俺達が到着したのは高級料理店。
実は、俺達が商業ギルドから冒険者ギルドに向かう途中に寄り道したのは、この店の予約をする為だったのだ。
貴族達が
当然、値段はかなりのもので、ここにするか!と簡単に決められないような店である。
素材を売ったり、ヒュリナさんに頼んだ遊具等によって、お金には困らないという贅沢な状況なのに、こういう高級料理店に入る事は今まで無かった。
単純にこういう堅苦しい場所が嫌いだというのもあるが、ニルが作る飯が美味いというのが大きい。日に日に、ニルの料理の腕が上達しており、今では店に行くくらいならばニルに作ってもらった方が…なんて発想に至る程だ。
ただ、考えてみると、ニルが飯を作ってくれているのは、ニルの厚意である。それでもニルは楽しんで飯を作ってくれているから良いと言ってくれるが、たまにはこうして店での夕食も悪くない。そして、金が有るのならば、こういう高級料理店に行くのも悪くはない。
飲食店というと、ニルのような奴隷の扱いが気になるところではあったが、きちんと対応してくれるという事だったので、この店に決めさせてもらったということである。
大通りや、その近くの喧騒が聞こえる辺りからは少し離れた場所に建っている為、周囲はかなり静かで、人通りも疎ら。
店構えは、それが飲食店だと分からないような高級感の溢れるもので、黒と灰色を基調とした落ち着いた感じだ。
「こ…こんな場所に私が入っても大丈夫なのでしょうか…?」
「大丈夫だ。」
ニルの頭をポンポンと撫でてやると、擽ったそうに笑ってくれる。
「店の中では子供姿で居る必要はないから、いつもの姿に戻っても大丈夫だぞ。」
「分かりました。それでは、少しお待ち下さい。」
ニルは近くの建物の影に行くと、直ぐに元の姿に戻って帰って来る。
子供姿のニルもなかなかに可愛いが、やはり見慣れた姿が一番しっくり来る。
ハイネとピルテはかなり残念そうにしていたが…
俺達が店の前に向かうと、既に扉の前に人が待っており、俺達を見て深く頭を下げる。
「ご予約ありがとうございます。カイドー様で宜しかったでしょうか?」
俺達が予約しに来た時には見ていない顔の店員なのだが、誰かから聞いていたのか、俺達が予約した客だと理解しているらしい。
「ああ。」
「それでは、中へどうぞ。」
店員が扉を開いてくれて、俺達は中へと入る。
店内も黒と灰色を基調とした色使いで、かなり落ち着いた印象。派手さは控えめで、ギラギラとした感じは一切無い。
店内の明かりは少し暗めで、それが更に落ち着いた印象を与えてくれる。ゴテゴテした装飾は殆ど無く、シンプルでスマートなイメージが強い店である。
俺、スラたん、ハイネは一度見ている店内なのだが、予約しに来た時とは時間が違い、外が暗くなって来ている為、雰囲気が全く違うように感じる。
「わぁ…」
「す、凄いですね…」
ニルは勿論のこと、ピルテもこういう店に入るのは初めてらしく、店内を見て驚いている。
「カイドー様。お待ちしておりました。」
俺達が店内に入ると直ぐに、鼻の下にだけ髭を生やした人族男性が現れる。
蝶ネクタイに白いシャツ。ピシッとした黒いスーツを着ていて、その姿が堂に入っている事から、この店の中でも上の立場に居る者だと分かる。
「本日は、当店へのご予約、誠にありがとうございます。
私、この店のオーナーをしております、ヘッケルと申します。」
「オーナー?随分と手厚い歓迎だな?」
「それはもう……この街を救って頂けた御恩をお返し出来る機会を頂けたと有れば。」
「あらあら…どうやらバレてしまっているみたいね?」
どうやら、このオーナー。俺達が街の為に戦った五人だと知っているらしい。
「御安心下さい。本日は、カイドー様方による貸切にしておりますので。」
「貸切?!」
そんな事を頼んだ覚えは無いし、店内はかなり広い。たったの五人で貸切にするような店ではない。
「そちらの方が、皆様も落ち着いてお楽しみ頂けるのではないかと思いまして。」
俺達の格好は、こんな店に来る客のする格好ではない。外套を羽織り、フードで顔を隠している姿は、正直怪しい奴だろう。
俺達が変装している事から、あまり人目に付かないようにしている事を察して、貸切にしてくれたらしい。
「だ…大丈夫なのか?」
「勿論でございます。皆様にお楽しみ頂ける時間を、私共が御提供出来るのであれば、それ以上の喜びなど有りません。」
超持ち上げられてしまっているが……いや、せっかくヘッケルさんがここまでしてくれたのだから、楽しむのが礼儀というものだろう。
「そうか。それなら、折角だし楽しませてもらおうかな。」
「ありがとうございます。では、こちらへ。」
ヘッケルさんの案内に従って歩いて行くと、広い店内で、ユラユラと動く明かりが見えて来る。
「わぁぁ……」
感嘆の声が、女性陣から上がる。
広い店内の真ん中に、白いテーブルクロスが置かれた大きめの丸テーブル。その周りを囲むように背の高い椅子が五脚。
店内に見える客席はそれだけしかない。
完全に俺達専用のテーブルだ。
広い店内にそれだけしか物が無いと寂しく感じるように思うかもしれないが、寂しく感じないように、観葉植物にお洒落なランタンが飾られており、まるで夢物語に出てくる光景のように見える。
粋な計らいというレベルではない。この店の威信をかけたおもてなし。そんな感じがする。
「お気に召して頂けましたでしょうか?」
「ええ!こんなの気に入るに決まっているわよ!」
「男の僕でも、これにはちょっとドキドキしちゃうね。」
「ありがとうございます。」
スラたんとハイネは大満足。ピルテとニルは想像していなかった光景にポカーンとしている。
そして、後ろのヘッケルさんが目配せをすると、近くに待機していた者達がササッと移動して椅子を引く。
「どうぞお席へ。」
「ふふふ。ありがとう。」
ハイネは完全に楽しんでいて、変装を解いて誰よりも早く椅子に座る。
「わ、私もですか…?」
ニルはもてなされる側というのに慣れていない為、椅子を引かれて着席なんて初めての経験。おずおずと椅子を引いてくれている猫人族の女性に聞くと、その女性はニッコリと笑って答える。
「勿論ですよ。私達にとっては、皆お客様でございます。」
女性の言っている事は、今回だけは…という意味ではない。
この店では、奴隷に対しても、客から特別な指示を受けない限りは、普通の客として接すると、予約する段階で聞いていた。
ブードンのように奴隷を酷く扱う者も居るが、そういう奴ばかりではない。
奴隷は労働力では有るかもしれないが、共に暮らしている者達というイメージの方が強い人達も居る。中には、家族の一員として扱う人達だって居るのだ。
特に、こういう高級料理店に奴隷を連れて来るとなれば、大切に扱われている奴隷という事になる。それを店側が酷く扱ったりしたら、当然その主である貴族は気分を害してしまう。
その為、高級料理店等では、奴隷も一人の客として扱う事が多いのだ。
ただ、このジャノヤではブードンの影響が強かった為、奴隷お断りの高級料理店も多かった。街を巡りながら、何人かに話を聞いて、この店が奴隷に対してもしっかりした接客をしてくれると知り、ここに来たのである。
「あ…ありがとうございます。」
「いえ。お礼を言わなければならないのは私達の方です。本当にありがとうございました。」
ニルに対して、全く躊躇せずに深く頭を下げる猫人族の女性店員。
「い、いえいえ!」
ニルは両手を大きく振って焦っている。
「本来であれば、皆でお礼を言いたいところですが、それでは皆様も落ち着けないでしょう。ですので、全ての感謝を料理に込めさせて頂きます。
どうぞ、心行くまで楽しんで下さい。」
何とも素晴らしい接客。
最高の店に巡り会えたと、料理が出てくる前に満足してしまうレベルだぜ…
ハイネに習って、俺達も変装を解いて席に座る。
ニルは、背中がムズムズするのか、何度も座り直しているみたいだが、直ぐに慣れるだろう。
全員が着席すると同時に、奥から更に店員が数名現れ、まずはドリンクを運んでくれる。
小さめの入れ物に入っていて、食前の飲み物という事だと思う。
「お飲み物で、何かご要望は有りますでしょうか?」
「俺は食事に合う物を頼む。」
「私も私も!」
「僕もそれで!」
「…全員それで。駄目な物は無いから。」
「承りました。」
ここまでしてくれる店ならば、店側に全て任せる方が楽しめるというものだ。アルコールも全員飲めるし、寧ろここでアルコールを飲まなきゃ損だと言える。
因みに、スラたんからは、貧血も治ったしアルコールもOKと言われた為、今日はしっかり飲むつもりだ。
「ご主人様…」
ニルが俺の方を見て、声を掛けてくる。
「どうした?」
「こちらの飲み物は何でしょうか…?」
一口、二口分の量が入るような小さなグラス。
ガラスの表面には細かな模様が入っており、グラスだけでなかなかの値段がしそうだ。
そんなグラスの中には、ほんのりと紫色をした液体が入っている。
「そちらは、ウォルディの水に
ニルの質問に対して、俺ではなく先程の猫人族の女性が答えてくれる。
「ウォルディ?」
「ウォルディというのは、実の中に水分を溜め込む性質を持った植物でして、その実の中に入っている水は、若干の甘さを含んでいます。
こちらがそのウォルディの実です。」
そう言って猫人族の女性が示してくれたのは、観葉植物だと思っていた植物の一つ。
子供のニルくらいの背丈の茎に、細長い葉が外側に跳ねていて、葉の間にハンドボール大の茶色のツルツルした実が付いてる。
「ウォルディって、確かそこそこ珍しい植物だったよね?」
「はい。あまり出回らないので、当店ではウォルディ自体を育てております。」
本格的な甘味というのは、この世界ではかなり珍しい。その為、少しでも甘い物は結構な値段で取引されたりする。話によれば、ウォルディの実に溜め込まれる水も甘いらしいし、出る所にしか出ないのだろう。
それにしても…あまり出回らないという事は、そもそもが希少な植物のはず。それなのに、買えないのならば自分達で育てようなんて……かなり凄い事なのではないだろうか…?
「宜しければ、ウォルディの水を飲んでみますか?」
「え?!良いのか?!」
「はい。直ぐにご用意致します。」
至れり尽くせりだな……
猫人族の女性店員が、奥に消えて行くと、ニルが眉を寄せた顔をして口を開く。
「わ、私…余計な事を言ってしまいましたでしょうか…?」
まさか、あの質問で珍しいウォルディの水を飲む事になるとは思っていなかったらしく、ニルはかなり心配そうな顔をしているが、そんな事は無い。
「ニルのお陰で珍しいウォルディの水を試飲出来るんだ。寧ろラッキーだ。」
「そうよ!ニルちゃんも心配しないで楽しみましょう!」
俺もハイネも、ニルに心配する事なんか無いと笑顔で答えてやると、ニルは良かったと胸を撫で下ろす。
「お待たせ致しました。」
そうこうしている内に、店員が何人か来て、俺達の前に別のグラスを置く。しかし、中は空だ。
「失礼致します。」
そう言った猫人族の女性が、ウォルディの実を持って横から近寄って来る。
どうやら、ウォルディの実は、ココナッツのような実らしく、実の表面に穴を空けて、そこに金属製のストローのような物を刺して中身の水を注ぐらしい。
俺の目の前に有ったグラスに、ウォルディの実から注がれて行く水。色は若干の紫色。
全員に注がれるのを待ってから、全員で口に運ぶ。
「ん!確かにほんのり甘いわね!」
飲んでみたところ、確かにほんのりと甘い。
ただ、ココナッツのような甘さではなく、香りという香りは殆ど無い。薄い砂糖水のような感じだ。
「確かに甘いけど、これだと飲み辛いね。」
「ほんのり甘いだけだものね。」
「それじゃあ、こっちを頂いてみようか。」
最初に出された方の水を飲んでみる。
「っ?!美味しい!」
「うわっ!確かに全然違うね!柑橘系のサッパリした香りが口の中に広がるけど、元々のほんのりした甘さが有ってトゲトゲしい感じが無いね!」
「少し手を加えるだけで、ここまで変わるなんて、面白いわね。」
「なるほど…食事前にこういう物を出すと、より美味しく食事を楽しめるのですね…これは良い勉強になりますね。」
ニルは、どちらかと言うと料理をする側に立って考えているみたいだが、楽しんでくれているのならばそれで良い。
元々、今回の食事に関しては、折角ならば外食にしようと考えての事だが、その中には、俺の我儘に付き合って戦闘に参加してくれた皆への感謝の気持ちも入っている。
率直にありがとうと皆に言うというのは、俺達の間柄では逆に失礼と言うか、皆を怒らせてしまう。
自分達は自分達の意思でやると決め、仲間だからこそ命を賭けて戦ったのだと。
俺が逆の立場だったとしても、スラたん達が命を賭けて戦うと言うのならば、躊躇う事無く共に戦っただろう。それは、皆を仲間だと思っているからだ。それなのに、それに対して他人行儀にありがとうなんて言われたら、仲間だと思っているのは自分だけなのかと寂しい気持ちになる。
それが分かっているから、皆で楽しく食事をしよう!という事だ。
当然、そこにはニルも含まれている。いや…寧ろ、俺はニルにこそ感謝しなければならないだろう。俺がどこに行くとしても、ニルは躊躇無く共に歩んでくれる最高のパートナーだ。常日頃から感謝はしているが、こういう時には、特別に感謝するのも悪くないはず。
そんな意味を込めた食事会が、本格的に始まる。
最初に出て来たのは、所謂オードブル。
「「「「「おー!」」」」」
「こちらは、パラライズフィッシュ、
パラライズフィッシュの切り身は、
目で見て楽しめるような綺麗な盛り付けに色合い。実に美味しそうだ。量は少ないがオードブルならばこの量が妥当だろう。
「パラライズフィッシュって、Bランクモンスターよね?」
「はい。しっかりと毒抜きをして燻製にする事で、とても美味しくなるんです。」
「へー…じゃあ、早速!」
出されたフォークをサラダに突っ込むと、シャキッと音が鳴る。野菜が新鮮な証拠だ。
それを口の中に入れると、まず口の中に広がるのはパラライズフィッシュの燻製に付けられたナラの木のような煙の香り。
そして噛む度にザクザクと音を立てる新鮮な野菜。
大根の酢漬けと言っていた物は、薄くスライスされており、食感が心地よい。
味は酢漬けが効いているのか酸味を強く感じるが、そこに効いて来るのがパラライズフィッシュの切り身だ。程よく燻製にされたパラライズフィッシュの切り身を噛むと、凝縮された旨みが口に広がって行き、酸味を抑えて調和していく。新鮮な野菜達の持っている甘みも、影から顔を覗かせている。
ソースが掛かっていないから、あまり味もしないのではないかと思っていたがとんでもない。口の中が幸せで一杯だ。
オードブルは食欲促進の為の料理だと言うが、これ程完璧に食欲を促進するサラダは他に無いだろう。
「サラダって……こんなに美味しいものだったんだね……」
スラたんがまじまじとサラダを見ながら言っている。
ハイネとピルテはニコニコしながら楽しんでおり、ニルは、どうしたらこんなにシャキッと仕上がるのかと考えている様子だ。
程よく楽しみ始めた頃、先程の猫人族の女性が、今日のコースを教えてくれる。
簡単に言えばコース料理だ。
オードブル、スープ、魚料理、肉料理、生野菜、甘味と言った構成らしい。
ハイネとピルテは、吸血鬼族で嗅覚が鋭い為、あまりに匂いがキツい物はダメだが、それ以外は大丈夫だと伝えると、ニッコリ笑って了承してくれた。
ここの店ならば、何を言っても聞いてくれそうだ…高級料理店…恐るべし…
オードブルの時点で期待値が跳ね上がった料理だが、店の料理人が全力を注いだ料理は、その更に上を行く。
次に出されたスープを飲んで、俺達はまた美味いと語彙力の無い言葉を連呼するだけの馬鹿になってしまった。
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