第604話 公開処刑

エフを含めた黒犬連中の、大体の立ち位置は分かったが、俺達の話を信じてもらおうとしても、そう簡単にはいかない。少し時間は掛かるだろうが、ここは根気良くエフと話をしていくしかない。


もし、エフが完全な敵ならば、死んでも構わないからハイネとピルテに頼んで血の記憶を読み取って貰うところなのだが…黒犬の連中が操られているだけだとして、上手く共闘出来るとしたならば、魔界においてこれ以上頼もしい連中は居ない。


ここでエフを殺してしまえば、その道はほぼ絶たれてしまう。出来る事ならば、そうならないようにしたい為、情報を引き出しつつ、俺達が敵ではないと信じてもらうのが最善だろう。


「時間が掛かるな。」


「…はい。ですが、少しずつだとしても、前進しているはずです。」


「……そうだな。」


焦る気持ちは有るが、焦ったところでどうする事も出来ない。だから、出来る事を着実にやっていく。いつもやっている事と同じだ。


ガシャンッ!ガシャンッ!


地下に響く鎖の音を聞きながら、俺とニルは一階へと上がった。


「何か話は聞けたかしら?」


上に戻ると、直ぐにハイネが声を掛けてくる。どうやら起きて来たらしい。

そんなに時間は経っていないように感じていたが、既に時間は昼前。体感より早く時間が過ぎていたらしい。


「少しの進展は有ったが…まだまだ時間が掛かるだろうな。

詳しい話はスラたんとピルテが揃ったらするよ。二人は?」


「今、二人で昼食を買いに行ってもらっているわ。」


ウインクしながら言うハイネ。

二人が仲良くなるのは嬉しい事だが…スラたんもなかなか大変みたいだ。


「あんまり露骨にやり過ぎると、逆効果じゃないか?」


「スラタンも満更まんざらじゃないから聞いてくれるのよ。本当に嫌なら私だってこんな事しないわ。

二人がそれでも良いと思っているなら、もっと露骨にやっても良いくらいよ?」


「そ、そうなのか…」


「ピルテもスラタンも、こういう事にはやけに奥手なのよ。私が何とかしないと!」


「お、おう……お手柔らかにな…?」


やってやると拳を握るハイネ。きっと、スラたんはもう逃げる事は出来ないだろう……逃げる気も無いだろうし、良いのかもしれないが。


そんな事をしていると、ピルテとスラたんが帰って来る。


しかし、二人の間に何か進展が有った様子は無く、ハイネが影で舌打ちしていたのは内緒だ。


という事が有りながらも、一先ず、エフから得られた情報を皆に伝える。


「なるほどねー…黒犬が僕達の敵として動いているのは、その後ろに居る存在のせいで、それに気が付けば、黒犬に僕達と戦う理由は無くなるって事だね。

でも、それなら最初から敵じゃないよって話をしておけば良かったんじゃないの?」


「俺達がそれを言って、黒犬が簡単に信じると思うか?」


「うっ…確かに…」


「それに、黒犬が敵なのか敵ではないのかの判断は絶対に必要な事だ。

俺達は味方だよーなんて言って近付いて、相手が敵側の者達だったら、こっちが終わりだ。魔界の状況は殆ど何も分かっていないんだからな。」


「エフというダークエルフの女から聞けた話や、見られた反応が全て真実とは限らないけれど、余裕を奪って話を進めるのは必要な事よ。

私達がアラボル様から託された事は、それくらいに重い事なの。絶対に失敗出来ないのよ。」


「そうだよね…ごめん…」


「お母様?」


「あっ!ご、ごめんなさい!スラタンを責めるつもりじゃなかったのよ!」


「ま、まあ、それくらいハイネ達にとっても重要な案件だって事だ。スラたんもそのつもりでいてくれ。」


「…うん。」


もし、ここで俺達が一つでもミスをして、それが致命的なものになれば、想像も出来ない程の被害になる。それが魔族を大きく弱体化させるような結果を生んでしまえば、魔族だけの被害に収まらず、その後に控えているであろう神聖騎士団との戦いで、甚大過ぎる被害が出るだろう。


大同盟を組んで戦ったとしても、そこに魔族の協力が無いとしたら、恐らく神聖騎士団には勝てない。

魔族を大きく弱体化させる事なく、状況を解決し、魔族の協力を得る事が絶対条件なのだ。

ここまでも慎重に立ち回る事が要求されていたが、ここからは更に慎重に事を運ばなければならない。


「とは言っても、今の俺達に出来る事は少ない。当面はエフの事に集中していれば問題は無いだろう。スラたんも、そう落ち込むな。」


「そうよ!私が悪かったから気を落とさないで?」


「お母様は、たまに厳し過ぎる物言いをするので、気を付けて下さいといつもあれ程言っていたのに…」


「ごめんってばー!許してー!」


ハイネとピルテは、たまにこうして立場が逆転する時が有る。きっと仲が良いという証拠だ。微笑ましい光景と言えばそうだろう。

それと……ハイネは、二人の関係を進展させようとあれこれしているみたいだが、スラたんとピルテの距離は、意外と近付いているのかもしれない。


「さてと…スラたん。俺はもう出歩いても大丈夫だよな?」


「そうだね。もう大丈夫だと思うよ。ただ、目眩とか頭痛とか、体に異変が有ったら直ぐに言うように。」


「了解。それなら、昼飯を食ったら街に出ようか。」


「そうね。あ…でも、エフの事を誰かが見ていないとよね?」


「それならピュアたんに頼んでスライム達に見ていてもらうから大丈夫だよ。」


「その手が有ったわね。」


「ふっふっふっ。そろそろ皆も、スライムの凄さに気が付いた頃だね。今日の夜辺り、しっかりみっちりスライムの事を」

「要らん!」


「うぐっ……シンヤ君は今日も辛辣だなー……」


スラたんのスライム熱弁会を回避しつつ、昼食を食べて一息。


「そう言えば、変装ってのはどの程度すれば良いんだ?しっかり変装した方が良いとは言われたが…これで大丈夫か?」


変装するという事で、俺は偽見の指輪プラス武器を持ち替える。


「シンヤさん……それでは全然駄目よ。」


「ぅえ?!」


「シンヤ君。せめて顔くらい隠そうよ…」


ハイネとスラたんに溜息混じりに指摘されてしまった…

ピルテとニルも、苦笑い。


「そ、そこまでするのか?」


「自分がどれだけの事をして、どれだけの人達から注目されているのか分かっていないのね……シンヤさんらしいと言えばらしいのかもしれないけれど……良いわ。私が変装の何たるかを教えてあげるわ!」


どうやら考え方がとてつもなく甘かったらしい。


何故か火が着いたハイネによって、俺は徹底的に変装させられる。


武器は直剣、上も下もダボッとした味気無い色の服に、派手過ぎず地味過ぎない外套。髪色は当然変え、顔の半分を隠すように白布まで巻き付けられてしまった。


「うん!完璧ね!」


「こ、ここまでする必要…本当に有るのか?」


「何言ってるのよ。これでも出来る限り軽くした変装なのよ。」


「これでか…」


「ご主人様。」


「おお!ニル!」


ニルは子供姿に変身し、小さくなって変装。いや、もう変装というレベルではないが…


ピルテ、スラたん、ハイネも、それぞれ本人だと簡単にはバレない変装をして、やっと出発の準備が完成する。


「変装ってのは…奥が深いんだな…」


「ここまで有名人になっていなければ、そう気にする必要なんて無いとは思うけれど、今では街の英雄なのよ。あんな雑な変装では、大衆の目を欺くなんて無理。分かったかしら?」


「…はい…」


変装術なんて、普通は知らないし、考え方が甘過ぎたらしい……

しかし…スラたんもそれは同じはずなのに、よく変装出来たな?


そう思ってスラたんを見ると、胸を張ってドヤ顔。


自慢気な表情から察するに……ピルテ辺りから先に指導を受けていたのだろう。


解せぬ…


「ご主人様。そろそろお時間です。」


ミニニルが真面目な顔で言ってくれる。


いつもは綺麗という言葉が似合うニルだが、こうして子供姿になると、何とも可愛らしい…これが母性本能ならぬ父性本能か…?


「ご主人様?」


子供姿で小さく首を傾げ、俺を見上げるニル。


くっ……可愛い。


と悶えていては、いつまでも出発出来ない。


「あ、ああ。行こうか。」


「ニルちゃんは私が抱っこしてあげるわー!」


「ふぇっ?!」


真面目な顔で出発しようとしていたニルを抱き上げるハイネ。


「あっ!狡いですお母様!」


狡いですお母様!と俺も言いそうになってしまった。


それ程にニルの子供姿は可愛らしいのだ。


元々は子供姿で出会ったニルだが、今となっては子供姿の方が違和感を感じる。しかし、元々美人であるニルが子供姿に変わると、大人姿のニルとはまた違った破壊力を持っている。

勘違いしないでもらいたい。俺は決してロリコンではない。これは母性ならぬ父性のようなものだ。って…誰に言い訳しているのか…


「順番ですよ!次は私が抱っこします!十分交代です!」


「い、いえ!あの!私は一人で歩けますから!」


「ふふふ。強がる姿も可愛いわー!」


「十分ですからね!十分!」


何だろう…この状況……


まあ、ニルも枷さえ隠せば普通の子供に見えるし、小さな子供を親が抱っこしていると言われればそう見えるから、別に問題は無いのだが…まあ…良いか。


「そろそろ行くぞ。」


「はーい!」


ニルを抱っこ出来てハイテンションなハイネの返事を聞いて、俺達は屋敷を出る。


俺達が居る場所は、貴族達の住宅が立ち並ぶ高級住宅街。人の出入りもそれ程無い為、いきなり人に囲まれるという事も無い。


俺達は、そのまま街の東側から西へと向かう。


公開処刑が行われるのは、街のド真ん中。中央の広場である。広場はかなり大きいらしいが、街中の者達に加えて、周辺地域からも人が来るとなると、流石に収まらない数となるだろうが…それ以上の場所は無いだろう。


西へと向かって進んで行くと、次第に道を歩く人の数が増えて来る。

道行く人々を見ると、怪我を負っている人達が多く、今回の件で受けた被害の大きさがよく分かる。当然、その人達の目には恨み辛みが宿っており、ブードンの処刑を今か今かと待っているというのが見て分かる。


「重たい空気ですね…」


「パレードとは違うからね…」


ピルテの言うように、街中は異様な雰囲気に覆われており、独特の空気が流れている。その空気を重たいと表現するのが一番正しいのかは分からないが、軽くはないだろう。


「取り敢えず、中央広場まで行ってみよう。」


「そうね。」


俺達は、そのまま西へと向かい、中央広場の近くまで移動した。


「す…凄い人の数ね…」


正直、ここまでの数が集まるとは思っていなかった。結局は処刑であり、死刑なのだから。

しかし、広場の中は人、人、人。

一体何人の人間が居るのか分からない程の人集り。

よく見ると、中には子供も居る。

嘘だろ?!と思うのは、きっと俺が日本人だからだろう。公開処刑自体は、珍しい事ではないらしいし、彼等にとって、これは生活の中の一コマに過ぎないのだろう。


俺達の方は、変装のお陰か、特に気付かれる事は無く、人混みに紛れる事が出来そうだが…


「…流石に人が多過ぎるな。ここに入って行くのは無理だ。」


「そうだね…僕もこの中に入り込んで行ける自信は無いかな…」


「……それなら、上に登りましょう。」


ハイネが指を上に向ける。

屋根上ならば、広場を見渡せるという事だろう。


「そうだな。」


こういう時、身体能力の高い体は実に役に立つ。人が居ない小道に入り、俺達はサクッと屋根の上に。


「上から見ると、更に凄いな…」


大きな広場が、人で埋め尽くされており、まるでそういう一つの生き物かのように見える。

その生き物のド真ん中には、大きな木製の首吊り台。

詳しい処刑方法は聞いていなかったが、ギロチンじゃなくて良かった…俺達はどちらでもあまり関係無いが、広場に居る子供達が見るとなると、ギロチンは血が出るし……いや、結局死というものを見るのだから、あまり関係無いか…


「僕達は、こういうのに慣れていないから、どうにも不思議な感じがしちゃうね。」


「そうだな…」


「そろそろ始まるみたいですよ。」


ピルテが俺とスラたんに声を掛けて、広場の端を人差し指で示す。

示された場所からは、広場を埋め尽くす人の塊の中、中央広場の更に中央へと続く、唯一、人の居ない一本の道を歩き出てくる人影が見える。


「あれは…?」


広場の中央に向かって歩く人影は、俺達の位置からかなり離れているものの、見た事の無い者だということだけは分かる。


「恐らく、今この街の為に動いている人達の中の一人ね。

昨夜聞いた話では、高位の貴族達はジャノヤを出たと言っていたし、その人達に次ぐ地位の者ではないかしら。」


「後ろからはケビンさんとハナーサさんも付いて来ているみたいだよ。」


スラたんの言うように、先頭を歩いている者の後ろから、何人かが一緒に広場中央へと進んでおり、その中にケビンとハナーサも居る。


「ケビン様…右手と右足が同時に出ていますね…」


「ははは。本当だな。あっ。ハナーサに何か言われてるぞ。」


こういう場でも、ケビンとハナーサは相変わらずといった様子で、少しだけ、こちらの緊張が緩む。


「静粛に!!」


ザワザワとしていた民衆が、中央の絞首台に上がった貴族っぽい男の声を聞いて静まり返る。


絞首台に上がった男の声は、俺達にまで届いているし、風魔法で広場全体に声を届けているようだ。


貴族っぽい男は、皆が静まり返ったのを見た後、後ろへと下がり、代わりに別の男が前に出る。


「皆様!!皆様が、ブードン-フヨルデに対して抱いている気持ち、言いたい事が有るというのは承知しておりますが!暫し、私の話に耳を傾けて下さい!」


前に出て来たのは、人族の男。

格好は燕尾服えんびふくのような物を着ており、かなりビシッとしている。


「私は、カーデという……この街に生まれ、この街で育った一人の……ただの男です。

こんな服を着ていますが、私は、しがない家具職人で、大した稼ぎも無く、うだつの上がらない男です。」


質の良さそうな服を着ているから、てっきり貴族かと思っていたが、どうやら違うらしい。


「しかし……そんな私でも、愛する妻と子供を授かり、貧しいながらも幸せな毎日を送っておりました。

贅沢は出来ませんでしたが、私にとっては、妻と息子、娘が居てくれるだけで……それだけで満足だったのです。」


男は、自分の胸から下げているロケットのような物を右手で持って、視線を落としている。


「それなのに!!一夜にして!たった一夜にして!私の幸せは崩れ去りました!」


「………………」


「妻も…息子も娘も…-くっ……うぅ……」


民衆が男の声に耳を傾けている中、男は自分の家族を思い出し、涙を流している。


「酷い……酷い有様でした……口になどしたくはない程に……」


この場に居る者達の中には、彼と同じような状況に立たされている者達だって大勢居る。

彼の言葉に、同じように涙する者達は沢山居る。


「私の妻が何かしたのでしょうか?!十歳にも満たない、幼い息子や娘が、あのような酷い仕打ちを受けるような事を、何かしたのでしょうか?!」


彼の話では、彼自身が売れない家具職人。それでも、彼はその生活に満足していた。

そんな人が悪事に手を染めるなんて事はしなかったはず。逆に一日一善を心掛けるような人のようにさえ見える。

そんな男の妻、息子、娘が、殺されなければならないような事をしたとは到底思えない。ましてや、子供はまだ十歳にもなっていないと言う。


「私が代われるならば今直ぐにでもこの命を捧げましょう!それで妻や子供達が戻って来るのであれば、私は躊躇ったりしません!

ですが……妻も子供達も……もう戻っては来ない!!」


喉が潰れるような大声。

聞いている俺達の方が、胸を締め付けられるような思いになる。


男の声に返すように、民衆達も声を張る。

何を言っているのかは聞き取れないが、何が言いたいのかは大体分かる。


「妻と子供達を奪ったのは、盗賊という卑劣な連中でした!ですが!それを引き込んだのは他でもない!あのブードン-フヨルデだったのです!

本来であれば、この街を守る立場の男が、我々の家族の、友の命を奪ったのです!!

こんな事が許されるでしょうか?!断じて否!!私は絶対にあの男を許したりはしない!!!」


男の声に対して、建物が揺れる程、民衆が声を上げる。


「それに加え!あの男が最も忌み嫌っていたはずのザレイン!!それをあの男が自らの手で作り、売り捌いていたのです!

私も、大切な友をザレインによって失いました……彼の最期は、本当に壮絶で痛々しいものでした……

こんな暴挙を、許して良いのですか?!

いえ!断じて否!!

私は奴を絶対に許さない!!」


男の声が響く度に、広場内の民衆は、熱気に包まれて行く。いや…熱気と言うよりは、殺気の方が近いかもしれない。


そこから、男は後ろへと下がり、最初に出てきた貴族っぽい男が前に出て来る。

その男は、先程まで怒りをぶちまけていたカーデという男とは真逆で、淡々とブードンの行って来た悪行の数々を暴露する。

大きな括りで言うと、盗賊の誘引、ザレインの栽培及び売買、一般市民の奴隷化、エトセトラ…という感じだ。言ってしまえば、思い付く限りの悪事を働いていた男で、その被害の大きさは計り知れない。


これでも、まだ全ての悪事が明らかになっていないと言うのだから、とんでもない悪党だ。


当然ながら、それを聞いている民衆の目には殺意が満ち満ちており、暴動が起きないのが不思議な程となっている。


「殺せぇ!早くあのクズを殺せぇ!!」


「夫の無念を晴らしてぇ!」


貴族っぽい男が罪状を言い終わる頃には、早く殺せという声が民衆から上がり続ていた。

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