第603話 再び尋問
「先程も言ったが、私達は魔界の外に出て行動しているから、ランパルドについては本当に殆ど何も知らない。
ただ……ランパルドの手の者は至る所に居る。私達もランパルドの事は追っているが、魔王様に楯突く者達の集まりだという事。本当にそれだけしか知らないんだ。」
「……それで?現在の魔界はどんな状況なんだ?」
「そ……それを聞いてどうするつもりだ…?」
「お前には関係の無い話だろう?」
「…………………」
やはり、魔族が絡む話になると、そう簡単に口は割らないらしい。
もし、ここで俺達に対して情報を与えた事で、魔界が滅茶苦茶にされてしまえば、エフとしては死んでも死に切れないだろう。そうなると、どんな拷問を受けても、絶対に喋らないと決めている内容となってくる。流れで聞き出せるかもしれないと思っていたが、流石に考えが甘かったらしい。
恐らく、今、エフの中では、更なる拷問に対しての覚悟を決めているところだと考えられる。
エフが、魔王や魔族にとって不利になるような情報を絶対に漏らさないと決心してしまえば、そこで会話は終わり。二度と口を開く事はないだろう。
そうなる前に、俺は最後の手札を切る事にする。
「ニル!」
「はい!」
俺が地下から声を掛けると、上からニルが下りて来る。
「っ!?!!」
ニルの声を聞いたエフは、体を強ばらせ、狼狽えている…いや、緊張していると言った方が良さそうな反応だ。
拷問を受けて、それでも尚、冷静に喋る内容を決めていたエフが、俺に見られていると分かっていながら動揺している。
ここまでで、俺がエフから聞いた話の内容は、現状では、どれもそこまで重要視していない内容のものばかりだった。あくまでも、俺と会話するという事に対しての抵抗を減らす為だけの質問であり、それらは、こうして動揺したエフから、必要な情報を引き出す為の布石である。
つまり、ここからが、エフへの尋問で一番重要なところだ。
「っ………」
ニルが俺の斜め後ろまで辿り着くと、エフは一瞬だけニルの顔を見た後、直ぐに目を逸らす。
演技である可能性は無いとまでは言いきれないが、戦闘中でさえ動揺していたのだから、その可能性はかなり低い。
問題は……何故動揺しているのかというところだ。
エフにとって、ニルは殺害対象、つまり標的である。
黒犬として、暗殺部隊として訓練されているのに、標的を見て動揺するという事は、余程の理由がない限り起きないはずだ。
標的に対して一切の情け容赦も無く、油断も無く襲い掛かるような奴が、攻撃すら忘れて動揺する程の事が、ニルに有るのは間違いない。
しかし、それがどんな理由なのかが重要だ。
ここで、選択肢を間違うと、エフから情報を聞き出す事が出来なくなってしまう可能性が高い。慎重に話を進めなければならない。
俺とニルは、それを踏まえた上で、考えられる可能性をいくつか推測してある。
ヒントとしては、ニル自身ではなく、ニルの魔眼、正確には紋章眼を見て、エフは動揺したという事だろう。
つまり、ニルの、名前も分からない黒い霧を出す紋章眼について、エフは何かを知っており、それが彼女を動揺させるに至ったはず。
俺達が、ニルの魔眼に対して知っている事はあまり多くないが…
まず、効果としては黒い霧のような物を発生させ、その黒い霧は触れた物を全て消し去るという恐ろしい効果を持っている事。
そして、とにかく燃費が悪く、魔力を大量に消費する事。
これは、ニルが持つ紋章眼自体の効果だ。
後は、紋章眼とは別かもしれないが、ニルが変身する時に黒い霧を使ったり、自動的に防御してくれるという効果を持っている事が分かっている。
自動防御については、今となってはニルの素の防御力の方が高くて使っていないが、子供の姿で生きていた時には、かなり役に立っていたはず。そのお陰で、ニルには、奴隷が付けられる焼印が無い。
それらに加えて、アスタリスクを円で囲ったような紋章は、大陸で見られるフロイルストーレという神を
さて、そこで考えられる、エフを動揺させた理由の可能性としては……
一つ。
紋章眼の強さを知っており絶望し、攻撃を諦めたというもの。
まあ…これは、死を恐れない黒犬が手を止める理由としては弱い気がするし、可能性は低いだろうと考えている。
二つ。
フロイルストーレという神を崇めている魔族にとって、その紋章眼を持つ者は、聖職者のような扱いになっており、攻撃する事自体が神への
ハイネやピルテは魔族であり、その二人は、フロイルストーレに対する信仰心が非常にあつい。
二人と出会った時、フロイルストーレ様に誓って…みたいな事も言っていたし、フロイルストーレに向けて祈っている姿を何度か見た。
魔族全体がそうなのかと二人に聞いたが、殆どの者達が同じような信仰心を持っていると答えてくれた。
ただ、暗殺部隊である黒犬まで、信仰心があついのかは分からないらしい。
魔界に暮らしていた二人ですら、黒犬の正体がダークエルフ族だという事を知らなかったように、全てが謎に包まれたような部隊である為、判断が出来ないらしい。
それに加え、もしニルの紋章眼が聖人の証だとするならば、広く知られていてもおかしくはないのに、ハイネやピルテが知らないとなると、その可能性は低いと考えられる。
ただ、教会というのは一つの独立した機関のようなものである為、何かしらの理由で紋章眼を秘匿しているという可能性は残る。
そして三つ。
黒犬にとっては、ニルの紋章眼自体に、全く別の意味が含まれており、それがエフの攻撃の手を止めたというもの。
俺の予想では、この三つ目の理由が、最も可能性の高い理由だと思う。
要するに、俺達の持っていない情報が隠れていて、それが理由だという事なのだが…非情な黒犬が、見ただけで動揺するとなると、考えられる原因はそう多くはない。
ただ、それでもいくつかの理由は考えられるし、一つに絞るのは難しい。
俺とニルが考え、取捨選択した結果、この三つが、理由として残ったわけだが…
一つ目はやはり除外したとしても、二つ目と三つ目の理由で、ここからの尋問の方向性が変わる。
例えば、二つ目の理由ならば、フロイルストーレの話を軸にして、ニルをフロイルストーレの使者とか適当な事を言っておけば、それなりに話を聞き出せる。
しかし、二つ目の理由だと思っていたのに、三つ目の理由だったとして、フロイルストーレは全く関係無いとしたらどうだろうか…?
ニルはフロイルストーレの使者だ!と言われても、エフとしては、何言ってんだこいつ?状態になる。
それは、三つ目の理由だと考えて、本当は二つ目の理由だとした場合も同じ事だ。
ここに来て、博打になってしまうという状況は辛いところではあるが、完全に五分と五分の博打というわけでもない。
先程まで聞いていたエフの話を聞くに、ダークエルフ族というのは、魔王に対してかなりの恩を感じている。種族の絶滅を救ってくれた相手となれば、自分達が産まれて来られたのは先代魔王のお陰だと教えられていても全然不思議ではない。
特に、長寿の種族で、実際に先代魔王に救われた者達も居るとなれば、その恩を肌で感じている分、恩義を強く感じているはず。
そんな者達に育てられた者達もまた、魔王に対する忠誠心がかなり強いはずだ。エフから話を聞いていた時も、魔王に対する忠誠心が垣間見えていたし、それは間違いないはず。
そして、影の世界で生きている黒犬にとって、フロイルストーレへの信仰心というのは、時として邪魔になるものではないだろうかと考えられる。
暗殺稼業なんてのは、騙し騙され、殺し殺されの世界だ。常に死と隣り合わせとなると、魔王の命令以外に信じるものが出来てしまうと、判断が鈍る可能性が有る。二つ目の理由とは真逆の考え方だが、俺がダークエルフの立場だとして、魔王に忠誠を誓うのであれば、信仰は捨てると思う。
信仰心があまり強くない者が多い日本で育ったから簡単にそう言えるのかもしれないが。
こうして考えると、ここまでのエフの話や反応を見る限り、三つ目の理由の方が確率としては高いはず。
そして、この仮説が正しいとするならば、エフが動揺する程の事となると、それはつまり、魔王に関する事に違いない。つまり………ニルの紋章眼は、魔王に何かしらの形で関係しているのではないかと推測出来る。どう関係しているかまでは分からないし、全く関係が無いという可能性も否定出来ないが、その線で尋問を進めていけば、何か情報を得られるのではないだろうか…
俺は、エフに聞こえないように注意して、ニルにその事を話して、尋問の方向性を伝える。
まあ、五分五分の賭けではないとは言っても、結局博打である事に変わりはなく、ここで手を打ち間違えてしまうと、大きなタイムロスを生むかもしれない。かと言って尋問しなければその分の時間は無為に過ぎて行ってしまうし、俺は三つ目の理由に賭けて尋問を開始する。
「随分と落ち着かない様子だな?」
「っ……」
自分が動揺している事に対して、否定が出来ないエフは、表情を歪める。
「自分から話すというのならば、聞いてやるぞ?」
「な、何をだ。私から話す事など何も無い。」
先程までと口調は変わらないが、気持ちに勢いが無く、腰が引けているような状態だ。
「そうか。それなら質問に答えてもらうとしよう。」
「………………」
何も言わず、俺と視線を合わせる事すらしないエフだが、俺の質問を恐れているように見える。
「魔界の事について喋らないと言うのならば、別の事を聞かせてもらう。
まずは、ニルの使う紋章眼についてだ。」
「っ……」
紋章眼という言葉に反応するエフ。
エフと俺達の戦闘時、ニルが紋章眼を使用したのは、偶然などではなく、俺達が魔眼についての知識を持っているという事が、エフには伝わった事だろう。
しかし、俺達が、どこまでニルの紋章眼について知っているのかという事については、想像するしかない。
殆ど何も知らないのに、全てを知っていると思わせる事が出来れば、最高の状況と言える。流石に、そこまで甘い連中ではないだろうが…
「話す事など何も」
「嘘だな。」
エフの言葉が終わる前に、俺はそれを遮る。
「お前達ならば知っているはずだ。
魔界の裏側で生きているのだから、魔眼や紋章眼、それに魔王についても詳しいはず。」
「………………」
「特に、この紋章眼は……特別な紋章眼だろう?」
「っ?!」
ニルの魔眼の効果を、ハイネやピルテが見た時、そんなものを見た事など無いと言っていた。それはつまり、ニルの持っている紋章眼は、よく見る魔眼の類ではないはずだ。
「特に、魔王にとってはな。」
「なっ?!」
ここはかなりの賭けではあったが、魔王に関係しているという予想を押し通して、エフにカマをかける。
「このっ!!」
ガシャッ!!
エフは、俺の言葉を聞いた途端、俺に襲い掛かろうと右腕を伸ばす。
しかし、当然ながら拘束されている状況ではろくに動けず、鎖が音を立て、エフの動きを止める。
「お前達は一体何者だ?!」
「質問しているのは俺の方だ。」
「…まさか!?お前達はランパルドの手の者達か?!」
ガシャガシャと鎖を鳴らして暴れるエフ。
紋章眼が魔王に関係しているのは間違いないと見て良いだろう。それに、ニルの持っている紋章眼と魔王とが関係しているという事は、一般には知られていない事で、隠されている事のようだ。
隠されていないならば動揺する事は無いだろうし、ランパルドとの繋がりを疑われるという事も無かったはず。
そして、もう一つ分かった事は、ランパルドとエフ達黒犬は敵対関係に有り、それが間違いないという事だ。
魔族、特に魔王について、これまで得てきた情報を整理すると…
まず、魔王と魔王妃は、二人共誰かに操られていて、それは恐らく、反魔王組織であるランパルドによる策である。その策を実行した者達は、地位的に魔王の近くに居て、そいつらがアーテン婆さんを魔界の外へと追いやった。ただ、追いやっただけでは危険であると判断し、直ぐに黒犬を送り込み、殺そうとした。
しかし、アーテン婆さんの方が一枚上手で、黒犬からも、吸血鬼族であるハイネ達からも見付からないようにチュコまで逃げた。
そこから先は知っての通りだ。
ここで重要な事は、俺達が目的としているのは、魔王及び魔王妃の救出であるという事だ。
何故重要なのかと言うと……俺達の目的と、黒犬の目的が合致した場合、彼等は敵ではなくなるからである。
黒犬達は、魔王からアーテン婆さんの捜索と殺害、それと、ニルの殺害を命じられているはず。
この命令を出した魔王は、既に何者かによって操られており、正常な判断による命令ではない。その事は、アーテン婆さんの話や、これまで聞いて来た魔王という人物像からも分かる。
しかし、黒犬としては、どんな魔王であっても、命令であるならば従うまで…という事で動いているはず。
簡単に言ってしまえば、黒犬の連中も、魔王を操っている何者かによって操られているという状態なのだ。
ただ、ランパルドと手を組み、黒犬連中の意思で俺達を殺そうとしているという可能性は捨て切れなかったし、魔王の命令を遂行する事だけを考えて、問答無用で俺達を殺そうとしている黒犬に対して、俺達の言葉が届くとも思えなかった。
俺達は魔王を助けようと動いている!なんて言ったところで、黒犬がその言葉を信用するとは思えないし、逆の立場ならば絶対に信じないと思う。
しかし、先程、エフはランパルドの仲間だと考えて、俺に攻撃を仕掛けようとした。それはつまり、ランパルドを敵として認識しているという事であり、手を組んでいるとは考え辛い。
「くっ!ならば!………っ?!」
「自爆でもしようとしたのか?」
何かをしようとしたエフに、俺は小さな魔石陣を見せる。
「それは!」
「お前の体に埋め込まれていた魔石陣だ。
悪いが取り外させてもらったぞ。」
黒犬が、自分が捕まってしまった時の為に、何も用意していないとは考え辛い。俺とエフが気を失っている間に、ニル達が念入りにエフの体を調べてくれたのだ。
魔石陣を石材で薄く覆い、それを体内に埋め込んでいたらしいが、ニル達が見付け、取り出した後、スライムで石材を溶かして魔石陣を無効化したと言っていた。
魔石陣の色は赤、形はファイヤーボムのものだ。ファイヤーボムは初級火魔法ではあるが、爆発するという特性上、こうして至近距離で発動された場合結構危険だ。こういう時の為の対策なのだろうが…やはり覚悟が違う。
「クソッ!ウガァァァッ!!」
バチバチバチッ!
魔石陣を取り出した事を知ったエフは、自分の舌を噛もうとする。
それを見て、俺は即座に用意しておいた雷魔法を発動させ、エフに向けて放つ。
初級雷魔法、パラライズ。
殺傷力が低い雷魔法の一つで、相手を痙攣させる程度の威力しかない。低ランクモンスターの捕獲用魔法…みたいなものだ。
それを撃ち込まれたエフは、体中の筋肉が雷撃によって痙攣し、当然舌を噛む事も出来なくなる。俺は、その隙を見てエフに猿轡を噛ませる。
これで自殺も出来ない。
「まったく…やる事の思い切りが良過ぎるな…」
「んー!」
パラライズは殺傷力が低いとはいえ、それなりの威力は有るのだが、エフは意識を失わず、それどころか何とかしようと暴れ始める。
「落ち着け。俺達はランパルドの手の者じゃない。」
信じてもらえないとは思うが、こちらとしてはそう言うしかないわけで、取り敢えずエフが暴れないように肩を押さえ付けて、ランパルドとは関係が無いと言い聞かせる。
「ん゛んー!!」
「まあ…信じられないわな。だが、本当の事だ。
そっちの立ち位置を知る為に色々としたが、お前達も俺達を殺そうと動いているんだからお互い様だ。」
「フー!フー!」
視線だけで人を殺せそうな程の殺意。俺達の事を全く信用出来ないと言いたいのだろう。
だが、もしも俺達がランパルドの手の者ならば、こんな回りくどい事をせずとも、手の内に有る魔王や魔王妃を使う。その方が確実だし、手間も無い。敢えて黒犬を釣り出して尋問なんて面倒な事はしない。
そんな事、少し考えれば分かるとは思うが、今のエフは興奮状態だ。それを言ったところで通じない。
「よく考えてみれば、少なくとも、俺達がランパルドの手の者じゃない事は分かるはずだ。
と言っても……今は話が出来る状態ではなさそうだな。よく考えてみる事だ。」
俺はエフから離れる。
「ん゛ん!」
ガシャンッ!ガシャンッ!
何度も鎖を鳴らすエフ。
自分がランパルドの手に落ちたと考えているのだろう。時間を置けば多少は冷静に話が出来る…と良いが…
「ニル。一度上に戻ろう。」
「はい。」
ニルをあのタイミングで引っ張り出した事で、改めてエフの反応を見られたし、何か知っているのは間違いない。鍵となるのはニルの紋章眼だろう。
黒犬達は、魔王の指示に従ってはいるが、あくまでもそれは魔王の命令だからであり、ランパルドが絡んで魔王と魔王妃が操られていると知らないからだ。
もし、エフがその事を信じてくれるとしたならば、黒犬は魔王の命令だとしても、それには従わず、魔王と魔王妃を助ける為に動くだろう。
俺達がランパルドの手の者だと思い込んだ時、エフは迷わず死を選ぼうとした。それは、自分の存在が、持っている情報が、魔王にとって不利になると思ったからだ。俺達が魔王にとって寧ろ有利な存在だと分かれば、共闘する事も可能だろう。
そうなれば、エフを含めた黒犬は敵ではなくなる為、こうして拘束しておく必要すら無くなる。
故に、ここからは拷問で口を割らせるよりは、俺達の立ち位置を分からせるような会話が望ましい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます