第602話 会話
イーグルクロウの皆とケビン、ハナーサが屋敷を出た後、俺は、まず捕らえている黒犬の女に会いに行く。
街も大きく動き始めているが、こちらはこちらで魔族の事について情報を得なければならない。俺達はここから更に北へと向かい、魔界へと入らなければならないのだ。モタモタしている時間は無い。
「…………………」
俺が地下へと下りると、女は相変わらず殺意を込めた視線を俺に向けて来る。
「さてと……今日も始めるとするか。」
「……………」
女は黙って俺の言葉を聞いているが、無表情の裏には嫌がる感情が隠れているはず。
俺は鉄格子を開いて、女の前まで歩み寄る。
「フー……フー……」
俺が取り出した灰黒結晶を見ると、明らかに呼吸が乱れる。
「俺達もそう暇では無いからな。」
「フー……フー……」
俺は、灰黒結晶を四つ取り出す。昨日は二つずつの効果を与えていたが、今日はその倍だ。昨日の時点でもかなり辛そうだったのに、それが倍になるとなれば、流石の女も冷静では居られないだろう。
「フー!フー!フー!」
俺が取り出した四つの灰黒結晶を見て、女は明らかに動揺する。
ガリガリバキバキッ!!
「ん゛んーー!!ん゛ん゛ーー!!」
昨日より激しく体を捩る女。
「ん゛!んん゛ー!」
数分間に渡り効果が続いた後、女が落ち着いて来たところで、俺は女に声を掛ける。
「どうだ?喋る気になったか?」
「フー……フー……」
涙を浮かべた瞳で俺を見上げるが、まだ喋る気は無いらしい。
「…そうか。それじゃあ仕方無いな。」
俺は灰黒結晶を八つ取り出す。
「フー!フー!」
眉を寄せて、灰黒結晶を見る女。それが砕かれるのを心底嫌がっているように見える。
「喋るか?」
「フー!フー!フー!」
息を荒らげながら、涙を浮かべながら、それでも俺を睨み付ける女。
本当に強靭な精神を持っている。
灰黒結晶が、この女に対してどんな効果を与えているのかよく分からないが、拷問に対する訓練も行っているであろう黒犬の女が、涙を流すような効果を与えている事は間違いない。それをここまで耐え続けるなんて…それだけ忠誠心が強いという事だろうか。
「喋る気が無いならば…始めるぞ。」
ガリガリガリガリバキッ!
八つ全ての灰黒結晶を砕く。
「ん゛ん゛ん゛ん゛んんん!!!」
それまでは体を捩っていただけの女だったが、効果が強くなった事で耐えきれなくなったのか、体を痙攣させ、頭を左右に振る。
「ん゛んんんっ!!」
体を大きく逸らせ、また痙攣させ、目からは涙が止まらない。
どんな効果が有るにしろ、女が苦しんでいるのは間違いない。かなり辛そうで、普通ならば目を逸らしたくなるような光景だ。
だが、俺は目を逸らしたりしない。俺が辛いという素振りを見せてしまえば、女に余裕が出てしまう。
俺は目を逸らす事無く、女がのたうち回る姿を数分間見続ける。
「フー……フー……」
散々のたうち回った女が落ち着いたところで、俺はもう一度言葉を掛ける。
女は汗や涙で大変な状態になっているが、だからこそ、今が話を聞くチャンスだ。
「話す気になったか?」
「フー……フー……」
女は気力が限界に近いのか、ゆっくりと焦げ茶色の瞳を俺の方へと向ける。
既に殺気は無く、ただボーッと俺の事を見ているだけだ。
「喋る気なら、頭を縦に振れ。」
「フー……フー……」
俺の言葉をしつかりと理解しているのか分からないが、反応は特に無い。
「そうか。」
俺は容赦無く、灰黒結晶を八つ取り出す。
「ん゛んー!!ん゛ーーー!!!」
それを見た途端、女は何度も頭を縦に振る。
「舌を噛んだりするなよ。良いな?」
「ん゛ん!」
俺の言葉に、女はしっかりと頷く。先程まではボーッとしていたが、どうやら灰黒結晶を見てしっかりしないとヤバいと思ったのだろう。
俺は女に噛ませていた猿轡を取り外す。
「はぁ……はぁ……」
「よし。まずはお前の名前を教えろ。」
「はぁ……はぁ……」
俺の質問に対して、女は俺の目を見るが、口を動かそうとしない。まだ反抗しようとしているのだろうか…?
俺は猿轡をもう一度女に噛ませようと近付ける。
「エフ!私はエフと呼ばれている!!」
女は、灰黒結晶の効果が心底嫌なのか、ハッキリと答える。
どうやら、やっと女と会話らしい会話が出来るらしい。
嘘を吐いている可能性も高いが、取り敢えず話が出来る状況を作る事が今は大切だ。
話さえ出来れば、それが嘘か真実かはこちらで取捨選択すれば良い事だ。もし、それが嘘だとしても、そこから得られる情報だって存在する。
それに、あまりにも嘘ばかり口にするという事は、女もしないはずだ。そんな事をすれば、今度こそ、俺が容赦無く灰黒結晶を砕く事くらい分かっているはずだから。
「エフか…分かった。
それじゃあエフ。質問を始めるが…嘘を吐けばどうなるかは分かっているな?」
「あ…ああ…」
ここからは、なるべく当たり障りの無いであろう質問から始めて、少しずつ魔王や魔族の内部に関する情報へ寄せて行く必要が有る。
女が上級闇魔法、死の契約によって、話せない事が有るとしたら、それは恐らく魔王に関する内容や、魔族の内部情報に関する内容であるはず。それを話すという事は、つまり魔王に対する裏切り行為という事になる為、忠誠心が強い黒犬は死んでも話さないはずだ。話せば死ぬのだし、どうせ死んでしまうならば、裏切るなんて事はしないだろう。
となると、そういう重要な内容の情報については、色々な情報から繋ぎ合わせ、推測するしかない。その為にも、関係無さそうな情報も出来る限り聞いておきたい。
「まずは、黒犬についてだ。」
「………………」
「黒犬の連中というのは、全てがダークエルフなのか?」
「…そうだ。」
「ダークエルフは絶滅したと聞いているが、何故絶滅せずに生き残っている?」
「…全ては魔王様のご慈悲だ。」
「詳しく話せ。」
正直なところ、ダークエルフが何故絶滅したと言われているのに生きているのかという事については……どうでも良い。
それを知ったとしても、知らないとしても、俺達には関係の無い話だし、ダークエルフの過去について詳しくなったとしても、俺達にとって得になるような事は無いだろうと思う。
それなのに、敢えて聞いているのは、自分の事をエフと名乗る女が、俺に向かって喋るという事が重要だからである。
話をしている内容が何にしても、俺とエフが、こうして会話しているという時間が長くなればなるほど、エフは俺と会話する事に対して抵抗が無くなって来る。そうして、俺と話す事に対する抵抗が薄れたところで、少しずつ核心に近い質問をして行くのだ。そうする事で、より多くの情報をスムーズに得る事が出来る。
まあ、これもハイネからの受け売りなのだが。
という事で、俺はエフとの会話を通して、ダークエルフの事について詳しく色々と聞いてみた。
そうして分かった事をまとめてみると、以下のような話になる。
まず、ダークエルフという種族には、その昔、英傑と呼ばれるような実力者が数多く存在していた…というのは本当の事らしい。実際に、黒犬の連中もかなり強いし、間違いないだろう。
ただ、繁殖力が低く、子孫を残す事が難しいというのも事実らしく、他の種族に比べて数が少ない種族であるという事も間違いないようだ。
この事については、嘘を吐く理由も無いし、恐らく事実を喋っているだろう。
聞いた話の中で、俺達がプロメルテから聞いた話と違ったのは、ダークエルフ族とエルフ族との関係についてだった。
「我々ダークエルフは、エルフ族の上位種族。エルフ族は、我々の代替品でしかない。」
「上位種族…?」
「そうだ。」
ここからの話の真偽は怪しいが、エフの話では……
ダークエルフという種族は、エルフ族の先祖のような存在らしく、元々はエルフ族という種族はこの世界に存在しておらず、全ての者達がダークエルフだったとの事。
しかし、ある時、そんなダークエルフの中から、肌の色が違う者が産まれた。
その者達は、ダークエルフのような身体能力を持っておらず、その代わりに魔力量がダークエルフよりも多いという特色を持っていた。それが、今のエルフ族の始まり…らしい。
因みに、他種族との子供とは全くの別物である。
そもそも、ダークエルフ族は他種族との子孫を残す事は昔から禁忌とされていたらしく、他種族との子供は一人も居ないらしい。
つまり、ダークエルフとダークエルフの子供として、肌の色が違う今のエルフが産まれたわけだ。
こうして産まれたエルフ族だったが、肌の色が違う事で、ダークエルフ達の中では悪魔憑きのような存在だとされていたらしい。ただ、ダークエルフは繁殖力が低く、子供が産まれる事自体が稀。そんな種族であるが故に、子供を追放したり、殺したりは出来なかった。
そうしてダークエルフの中で肩身の狭い思いをしながらも育ったエルフだったが、次第にその数を増やしていく事となる。
エルフ族は、全く別の種族と比較すると繁殖力は低いが、ダークエルフ族と違い、繁殖力が極端に低いという事はなかった。それ故に、次々と子供が増えた。
その上、ダークエルフとエルフの間で子供が産まれると、その子供は必ずエルフ族の子供になるらしく、エルフは数を増やし続けた。
ダークエルフは、ダークエルフとダークエルフの間に産まれる子供にしかその特徴が受け継がれず、気が付けば、ダークエルフとエルフの数が逆転していたらしい。
しかし、ダークエルフはエルフの事を認めず、ダークエルフだけで固まるようになり、これが、ダークエルフ族とエルフ族という二つの種族に分かれた原因だったという事らしい。
もし、この話が真実ならば…
エルフ族というのが、ダークエルフ族の代替品…というよりは、種が繁栄する為の変化だと考えて良いと思う。
繁殖力が低く、子孫が増えないダークエルフが、子孫を増やす為に繁殖力を上げた結果、エルフ族が産まれたと考えるのが普通な気がする。
魔力量が増大したのは……この世界における魔法というものは、生存に必要な能力であり、その中で生きて行く為に、種族的に変化が起きたのではないだろうか。
環境に適応する為、突然変異的にダークエルフ族からエルフ族が産まれ、その遺伝子はダークエルフよりも強力。ダークエルフとエルフの間に子供が出来た場合、ダークエルフの遺伝子が負けてエルフ族に寄るという事で理解出来る。
これを種の進化…と言っても良いのかは分からないが、少なくとも、その変化のお陰で、エルフ族は繁栄し、一つの国を形作るまでになっている。
しかし、DNAだとか遺伝子だとか、そういう話など、当然ながらこの世界では通用しない。
故に、ダークエルフ族としては、その変化を受け入れられず、自分達の方が上位種族であると考え、自分達こそ至高の存在だと考えたのだろう。
ここまでの話が本当ならば、彼女達ダークエルフ族がエルフ族の元となる種族である事に間違いはないだろうが、どちらかと言うと、エルフ族は、ダークエルフ族の亜種のような存在なのだと思う。
これがダークエルフ族とエルフ族の関係性について聞いた話で、その後にエフが語ったのは、ダークエルフ族の過去についてだった。
ダークエルフ族は、自分達こそ真のエルフ族であり、至高の血統であると考えていた為、当然ながらダークエルフ族とエルフ族の間には、少しずつ溝が生まれ始める。自分達の事を見下しているダークエルフ族に対して、エルフ族も歩み寄ろうとはしない。そうして開いてしまった溝は日に日に深く広くなり、ついには二つの種族が決裂するまでに至る。
エルフ族はエルフ族としてまとまって国を作り、ダークエルフ族はそこから離れ、少数種族として生きて行く為に、魔族への加入を希望したわけだ。
こうして魔族に加入したダークエルフ族。
ダークエルフ族が魔族の一員になったのは、昔に有ったと言われている戦争時代よりも更に昔という、大昔の話らしい。その頃の魔族と言うと、恐らくオウカ島のムソウから聞いた、他種族を助けて回っていた魔族という時代の話だと思う。それ故に、ダークエルフ族が魔族の一員になるというのも、それ程難しい話ではなかったはずだ。
とにかく、こうして魔族の一員となり、ダークエルフだけの集団として、生活が始まったわけだが……その後に戦争が始まると、実力者の多いダークエルフ族は、当然戦力として投入される事になる。
ダークエルフ族としては、少数の種族を魔族に受け入れてくれたという大恩が魔王に有るわけで、前線での主戦力として戦場に立つ事になったという事らしい。
ダークエルフ族は、少数ながら、アマゾネスに並ぶ程の戦果を挙げるような者達ばかりで、多くの敵に恐れられた種族だったが、長い戦争時代の中では、犠牲者が出る事は避けられず、多くの者達が命を落としてしまったらしい。
それ故に、繁殖力の低いダークエルフ族は、絶滅の憂き目にあうわけだが、そこで出て来るのが先代の魔王である。
多くの戦果を挙げ、魔族の存続に大きく貢献したダークエルフ族。そんな彼等が絶滅するのは間違っていると考えた魔王が、ダークエルフ族に一つの提案をしたらしい。
それが、表舞台から消えて、魔王直属の暗殺部隊として影から魔族を支えるという役目に就き、ダークエルフ族という種族を、絶滅から救うというものであった。
多種族が集まる魔族、しかも力こそ全てという考え方の強い者達ばかり、そして、そのまとめ役である魔王という立場を考えると、一つの種族を
そこで、魔王はダークエルフ族が絶滅したという事にして、密かに保護したという事らしい。
その後、戦争が終結すると、噂にも出ているように、魔王が強者の多いダークエルフ族を危険だと判断し、絶滅させたのではないか…という話も出て来るようになったが、先代の魔王は、何を言われてもダークエルフに対しては沈黙を守り抜いたらしい。
そのお陰で、ダークエルフ族は絶滅の危機から脱し、同時に、魔王への返せぬ程の大恩を更に受ける事となった。
現在の魔王は、先代の魔王の息子で、ダークエルフ族は、大恩を受けた魔王の息子である現在の魔王に対し、忠誠を尽くす事になったらしい。ダークエルフも、エルフ族と同様に長寿の種族であり、その時の事を知っている者達も多く、魔王には絶対の忠誠を誓っているとの事だ。
そして、ダークエルフという種族は、公的には絶滅している事になっている為、その名は使えず、黒犬という名で動く事となったという事である。
元々が英傑揃いの種族なだけはあり、しっかりと訓練を重ね、ダークエルフ族は最高の暗殺部隊へと生まれ変わり、現在では、魔王に忠実な部隊として恐れられているという事である。
「……なるほどな。大体分かった。」
「………………」
「次に聞きたいのは、アーテン-アラボルの娘であるテューラ-アラボルの事だ。
アーテン-アラボルを追っていたとなれば、当然娘のテューラの事も調べているだろう?」
「……その者については、私も詳しくは知らない。私はお前達を殺す為に動いていたからな。必要の無い情報までは共有しない。」
エフの言い方から察するに、魔界の中でも動いている黒犬の連中が居て、更にはアーテン婆さんを探す部隊も居るという事だろう。一つの部隊に全てを任せるという事は無いだろうし、情報は魔王に集まればそれで良いわけだから、ニルを狙っていたエフ達が、魔界の事を知らないのは…まあ当然と言えば当然の事だ。
ただ、アーテン婆さんの話では、反魔王組織であるランパルドの連中にテューラは捕まっているという事だった。
魔界を出たアーテン婆さんが、その情報を手に入れられたとなると、黒犬であるエフ達がそれを知らないというのは…おかしな話に感じる。
「……おかしいな。俺の持っている情報では、テューラはその後、反魔王組織、ランパルドに捕まったと聞いているが?」
「っ?!!」
ランパルドの名前が出た瞬間、エフの表情が驚愕に変わる。
ランパルドの名前を知っている事にも驚いているのだろうが、恐らく、テューラの状況を、大まかながらにも知っているという事に驚いているのだろう。
俺達が魔界に入ったのは一度だけ。しかも短い期間だけだ。それなのに、魔界の内情について知っているというのが驚愕の理由だろう。
「正直に話せと言ったはずだが?」
「い、いや!本当に何も知らないんだ!下手に情報を流出させてしまう事を防ぐ為に、必要の無い情報は知らされないんだ!」
必死に訴え掛けて来るエフ。
嘘を吐いているようには見えないが、相手は黒犬だ。そういう演技なのかもしれない。それが演技なのかどうかの判断は……正直、俺には出来そうにない。
ただ、魔王に忠誠を誓う黒犬にとって、ランパルドという組織は敵になる。何かしらの理由が有るならば別だが、敢えてランパルドの事を庇う言動を取るとも思えないし、今は一先ず信じておくとしよう。
「……まあ良いだろう。
それじゃあ、次は魔界全体の話だ。特にランパルドについて喋るんだ。」
ホッとしたエフが、肩から力を抜く。
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