第605話 公開処刑 (2)
「それでは。罪人、ブードン-フヨルデをここへ。」
貴族っぽい男がそう言うと、広場の端から、ブードン-フヨルデと捕まっていた盗賊達が、完全武装した兵士達に、縛られている縄を引かれて現れる。
全身鎧を着ているのは、こういう時の正装みたいなものなのだろうかと思って見ていると、そうではない事が直ぐに分かる。
「死ねえぇぇ!!」
「人間のクズがぁぁ!」
ガンッ!ゴンッ!
現れた罪人達に向かって、周囲の民衆から浴びせられるのは、罵声だけではない。人々は手に持っている物を次々と罪人に向けて投げ付ける。
罪人を引き連れている兵士達も、多少離れてはいるものの、飛んで来る物に当たっている為、怪我をしないようにという意味で、全身鎧を身に付けているという事らしい。
今回、俺達の方に大きな被害は無かったが、もし、こちらに被害が有れば、俺だって同じような事をしていたかもしれないのだし、民衆の反応は、当たり前のものだろう。
ただ、公開処刑の間に、魔法を使ったり、無理矢理乗り込んで罪人に手を掛けようとする者達は居なかった。
後に聞いた話だと、そういう事をすると、それ自体が罪になり捕まってしまう為、民衆も最後の一線は超えないらしい。最悪、完全武装した兵士達に攻撃される可能性も有るとの事だし、あくまでも私刑ではなく死刑という事だろう。
ただ、民衆の怒りを前に、物を投げ付ける事までは流石に止められないらしく、兵士側が全身鎧を着る事で対処しているという事のようだ。
「伯爵位を持っていながら、ここまで民衆に憎まれて公開処刑を受ける者は、きっとブードン-フヨルデくらいのものでしょうね。」
伯爵位と言えば、高位の爵位。その上、ここまで大きな街で、綿花という特産品も有る街の領主をしていれば、悪事など働かずとも生活には困らなかったはずだ。寧ろ、贅沢な暮らしをしていたであろう事は、あの屋敷を見れば誰にでも分かる。
それで満足しておけば良かったものを、ザレインなどという物に手を出し、盗賊と手を組んだ事で、全てを失ってしまったのだ。実に愚かな男である。
こうして暴挙に出る前は、ヒーローとして子供達でさえ憧れるような存在だったのに、今となっては全ての者達から殺意の篭った視線と罵声を浴びせられるヒール。元々の外面が良かっただけに、民衆も余計に恨みが強くなるのだろう。
「このゴミが!死ねぇ!!」
周囲の民衆が、本気で死んで欲しいと思った視線をぶつけて来るのだ。戦場とは違った怖さが有る事だろう。
今まで、散々蔑んで毟り取って来た民衆の怒りに触れ、怯えて情けない顔をしているブードンが見える。
「同情の余地など微塵も有りませんからね…当然の成り行きでしょう。」
「民衆の怒りを発散させる為の人柱として、これ以上の者は居ないわよね。」
散々物を投げ付けられ、所々から血を流すブードンは、真っ青な顔で絞首台までの道を進んでいる。
進んでいるとは言ったが、実際には、縛られている縄を兵士達に引っ張られ、泣きながら引き摺られているような形だが。
民衆の声が大きく、ブードンの声はここまで届いて来ないが、見ている限り、絞首台に上がるのを拒んでいるらしい。
程なくして、ブードンは、地面に寝そべり、引き摺られ、絞首台に上がる階段にしがみつこうとする。今から殺されるというのに落ち着いている方がおかしいとは思うが…ブードンのやってきた事を考えれば、死刑は当然の流れと言える。あまりにも…往生際が悪い。
「散々人の事を陥れて来たのですから、こうなる事くらいは予想出来たはずです。最期くらいは潔く逝くところが見られるかと思っていたのですが…どうやらあの男に潔さを期待する方が馬鹿だったみたいですね。」
ピルテは、少しイラついた声で言う。
俺としては、ああいうクズでバカな男というのは、最期まで往生際が悪いものだと思っていたから、イラついたりしなかったのだが……魔族との違いというやつだろうか?
力有る者は、力無き者を守る。というのが魔族の中での当たり前だと言っていたし、力には責任が伴うとも言っていた。その力の使い方を間違って、多くの被害を出した時は、その責任を取るというのが魔族にとっての普通なのだろう。
それが出来ないブードンを見て、ピルテとハイネは腹を立てているらしい。
そんなピルテとハイネを見ていると、散々暴れ回っていたブードンが、兵士達に無理矢理引っ張られて、絞首台に連れて行かれる。
それでも尚暴れようとするブードンに向けて、民衆が物を投げ付け、罵声を浴びせ続けている。
魔族のような考え方が定着していない者達が見ても、往生際が悪いと思う程の行動を取っているのだから、民衆の怒りが増すのも仕方が無いと言えるだろう。
結局、絞首台の上に立てられている棒に手足と体を縛られるまで、ブードンは暴れ続けていたが、それも無駄な抵抗。兵士達によって、しっかりと縛り付けられたブードンは、涙や鼻水を垂らしながら大人しくなる。
「それでは!これより罪人ブードン-フヨルデの処刑を執り行う!」
貴族っぽい男が声を張り上げ、民衆に死刑執行の意を伝えると、罵声に加え、所々から拍手が起きる。
「罪人!ブードン-フヨルデ!最後に言いたい事は有るか?!」
貴族っぽい男がブードンに最後の言葉を促す。
大罪人だとはいえ、最後に言い残しておきたい事が有るならば、それくらいは言わせてやろうという事なのだろうが…ブードンにそんな事を言っても民衆の怒りを煽るだけな気がする。
何を言うのかと、民衆も耳を傾けて、その時ばかりは静かになる。
「え、冤罪なんだ!私は騙されていただけなんだ!
貴族の連中に聞けば分かる!私は無実なんだ!
そうだ!貴族の連中を連れて来てくれ!それで私の無実は証明される!」
自分は死刑を受けるような事は何一つしていないと無実を訴えるブードン。
地下から逃げようとした所を捕まった、つまりは、現行犯逮捕みたいなものである。だというのに、無実など通るはずがない。
尚且つ、先程、貴族っぽい男が、しっかりと証拠を掲示しつつ、ブードンの行ってきた悪事を民衆に伝えてある。この状況でブードンの言葉を信じる者など誰一人としてこの場には居ない。
「死ね!この野郎!!」
ガンッ!
「ブヒィィ!」
投げ込まれた瓶がブードンの額に当たり、傷を負わせる。
「夫を返せぇ!!」
「俺の息子を返せ!!」
ここまで来ると、最早溜息すら出ない。
せめて、死ぬ間際くらいは、自分の罪を認めて後悔して欲しい。そんな民衆の願いを尽く裏切ったブードン。
もう喋るなと言わんばかりに、兵士の一人がブードンの口に縄を噛ませ、黒い布を被せる。
「それでは!!これより罪人ブードン-フヨルデの死刑を執行する!!」
ブードンの太い首に、太い縄が掛けられる。
同じように、横並びになっていた盗賊連中にも黒い布と縄が掛けられ、準備が完了する。
黒い布を被せられたブードンは、必死に体を揺らし、何とか逃げ出そうとしているが、当然逃げ出す事は出来ない。
貴族っぽい男が、横を向いて頷くと、兜を被り顔の見えない誰かが頷き返し、近くに有るレバーに手を掛ける。
「地獄に堕ちろクソ野郎!!」
「人の皮をかぶった悪魔め!死ねっ!」
民衆からの罵詈雑言。老若男女問わず、全ての人がブードンの死を望んで叫んでいる。
ブードンに同情などしないが、これだけの数の殺意が降り注ぐ絞首台の上は、普通の精神では立っていられない程のものだろう。そんな状況を想像すると、この状況自体が異様なものだと感じてしまう。
一人の男の死を、これだけの数の人達が望み、罵詈雑言を浴びせているというのは、狂気に満ちた光景に見える。
それでも、これがこの世界の普通なのだ。慣れなくても良いとは思うが、納得はするべきだろう。
そして………人々が望む瞬間が、遂にやって来る。
人々の怒声のような声の中、レバーに手を掛けた者が、その腕に力を込める。
ガチャン!!
レバーが下まで下りると同時に、首に縄を掛けられた者達の足元が開き、絞首台の上に乗っていた者達が、一斉に落とされる。
絞首台は高床式になっており、床から落ちると、軒下に首を吊られた者達が見える形になっている。
罪人達は両手両足を縛られている為、首を吊られた状態で芋虫のように体をくねらせる。
全員が糞尿を撒き散らし、少しずつ体の動きがゆっくりに、そして小さくなっていくのが見える。
民衆は、その光景を見て興奮し、歓喜している。
後に聞いた話では、首を吊られた死体は、アンデッド化する前に焼かれるらしいが、暫くは吊るされた状態で晒されるとの事。昔で言うところの晒し首みたいな意味合いだろう。
「これで、完全に今回の件は終わりだね。でも……見ていて気分の良いものじゃないね。」
「俺達の心境は、家族を殺された人達とは違うからな…だが、これも一つの決着なんだ。被害を受けた人達がこれで納得出来ると言うのならば、そうするのが道理だろう。」
「まあ…そうだね。」
スラたんとの会話を終えた頃、絞首台に吊るされた者達の動きは完全に止まり、プラプラと宙で微かに揺れるだけとなる。
「……これで完全に決着だな。」
「全て完璧に上手くいったとは言えないし、傷は決して浅くないけど、盗賊達にこの辺りを制圧されてしまうっていう最悪のシナリオは防げたし、悪くはない…よね?」
「どうだろうな……ただ、最善を尽くして、盗賊達の好きにはさせなかった。それだけは確かだな。」
手の届くところに、助けられる命が有るならば、全て助けるとは誓ったが、手の届く命ばかりではない。
こうして戦闘が大規模になればなるほど、俺個人の力ではどうにも出来ない状況は増えていく。それが俺一人ではなく、この五人だったとしても圧倒的数の前には同じ事だ。局所的に勝利していたとしても、それ以外のところでは被害が出てしまう。そこまで俺達がどうにかしようとしても、物理的に無理である。
被害を皆無に出来るのならば、当然、それに越したことはないけれど、どう足掻いても出来ないという事だって世の中には沢山有る。これもその一つだ。
被害が出た事を嘆く気持ちも分かるが、それで落ち込み責任を感じるというのは違う。スラたんも、それはもう分かっているだろう。
「うん…」
「……折角街に出て来たんだし、色々と買い揃えて行くとしようか。」
気持ちを切り替えて、俺は四人に言葉を掛ける。
「そうですね…今日は恐らく、街中の品物が安くなると思いますので、買い揃えたい物が有るならば、今日中に揃えても良いかもしれませんね。」
「そうなのか?」
「こういう時は、罪人の死を祝ってと言いますか…敵を討てた祝いにという感じで、品物の値段を安くする店も多いんですよ。
ただ、営業している店は少ないと思いますので、全ての物を揃えられるかは何とも言えませんが…」
被害を受けた人達が店をやっている場合、祝いやお礼を兼ねてバーゲンを開く…みたいなイメージだろうか。なかなかおっかないバーゲンだ。
家族を失ってしまったような人達は、それどころではないだろうし、店を開いているとしたら、受けた被害がそれ程大きくないような人達だろう。被害が大きかった人達の代わりに、被害の少なかった自分達が…という意味も込められているのかもしれない。
とにかく、品物が安く手にい入るならば、それはそれで良いだろう。まあ…金には困っていないし、定価で買った方が街の為になるならそうするつもりではいるが、その辺は成り行きで何とかすれば良い。
という事で、俺達は広場を離れて、必要になりそうな物を買いに移動を開始する。
「広場も凄い人の数だったが、この辺りも人が多いな?」
俺達が向かったのは、冒険者ギルドや商業ギルド等も立ち並ぶ大通り。ここに来たら大抵の物は揃うと言われている通りだ。
左右に店が立ち並び、大通りから奥に一本入ったところにも色々と店が有るらしい。この街の一番活気のある場所だ。
戦闘の痕跡が所々に残ってはいるが、店も人も動いている。
「そうだ。ニル。」
「はい?」
「通りに出る前に渡しておく。」
俺は、大通りに出る前に、ニルに袋を手渡す。
「これは…」
「適当な額を入れてある。」
俺が渡したのは金。
ニルは自分の為に金を使うというのがとことん苦手である為、適宜、こうして金を渡して買い物させるようにしている。
折角、こうして大きな街に来たのだから、金を使わせる練習もさせておこうという
「今回は俺の為とかではなく、自分の為に、何か一つでも良いから使うように。食べ物でも構わないし、消耗品でも構わないが、旅や戦闘には関係無く、完全に娯楽として使う事。これが条件だ。
勿論、使えるならばいくら使っても良いぞ。一つとは言わずにな。
但し、使えるのはその袋の中に入っている分だけで、最低でも半分は使う事。」
ニルは恐る恐る袋の中を見る。
中に入れておいたのは、十万ダイス。
一ダイスで大体一円くらいの価値なので、大体十万くらい持たせた事になる。以前、ニルに金を持たせたら、持たせ過ぎだと言われたから、今回はこのくらいにしておいた。
これだけの店が有れば、最低五万を使うくらいは難しくないはずだ。
「こ、こんなに…ですか?」
「ん?多いか?」
五万程度ならば、使おうと思えば簡単に使える額だと思うが…いや、この世界に来て、金には困らなさ過ぎて金銭感覚がバグっているから、やはりまだ多かったか…?
「最低でどれだけ使えば良いのかしら?」
「五万くらいだな。」
「んー…子供姿のニルちゃんに持たせるには多過ぎるとは思うけど、使えない額ではないと思うわ。
そうね……ピルテ。ニルちゃんと一緒に遊んで来なさい。」
「わ、私もですか?!」
突然ハイネに話を振られて、ピルテがビックリしている。
「ええ。ニルちゃんだけで行かせるのは危ないし……そうね。ピルテも同じ条件で買い物して来なさい。」
「えっ?!」
「それならお金は僕が出すよ。」
スラたんはすかさずインベントリを開いて十万ダイスをポンと出す。
驚いているピルテを無視して、話がどんどん進んで行く。
「良いのかしら?」
「森で過ごして来たから、まだまだ余裕は有るよ。
それに、豊穣の森で取れた素材なんか、インベントリに腐る程有るからね。
ハイネさんとピルテさんには散々お世話になったし、これくらいはさせて欲しいな。」
「ふふふ。ありがとう。それじゃあ今回はお言葉に甘えさせてもらおうかしら。」
スラたんが男らしいところを見せて、ハイネは嬉しそうにお礼を言う。
俺達プレイヤーは、ゲームの時に貯めた金をそのまま引き継いでいるし、この体が有れば、モンスターを狩って、その素材を売って金にするくらいは簡単だ。十万程度ならば直ぐにモンスターから取り返せる。
金は俺が出そうと思っていたが、スラたんが出したいと言うなら、格好付けさせてやるべきだろう。
「し、しかし十万も!」
「ピルテ。こういう時は、素直に受けるのが良い女になる為の秘訣よ。勿論、誰彼構わずではなくて、心を許した人ならね。」
「こ、心をっ……」
ハイネがスラたんに聞こえないよう、ピルテに耳打ちすると、ピルテは真っ赤になって俯いてしまう。
「ほら。お礼を言いなさい。」
「ぅ……あ、ありがとうございます…」
「いえいえ。二人で楽しんで来てね。」
「うぅ…はい……」
ハイネの耳打ちが聞こえていないスラたんは、真っ赤になっているピルテに首を傾げつつ、ニコニコしている。
「そ、それでは行ってきます!」
「えっ?!あの!ご主人様ぁぁ……」
恥ずかしさに耐えられなくなったのか、ピルテはニルを抱っこすると、全速力で街中へと消えて行く。
ピルテの反応に、小さくガッツポーズを取るハイネは……少し笑えた。
「ハイネさんは行かなくて良かったの?」
「私は母親なのよ。友達同士で買い物するというのに、中に入るのは違うでしょう?あの二人なら、何か有っても対処出来るだろうし、心配要らないわ。
それに………魔界の外に出て来てから、私達には、こんな事をしている時間なんて無かったもの。ピルテにはいつも苦労を掛けているし、たまにはこうして友達と遊ぶ時間も作ってあげたいのよ。」
ピルテ自身に、ハイネとの生活に対する不満が有るとは思えない。しかし、こうして友達と楽しく過ごす時間をピルテに与えたいと思うハイネの気持ちは分かる。
やはり、ハイネはピルテの母親なのだなと心の底から思える言葉だ。
「本当なら、もっと沢山こういう時間を作ってあげたいけれど…私は、本当にダメな母親ね。」
「そんな事は無いよ!ハイネさんは本当に素晴らしい母親だよ!」
「ああ。俺もそう思うぞ。」
「ふふふ。二人共ありがとう。」
ハイネは、ずっとピルテにとっての良い母親として在り続けようとしてきたのだろうし、これからもそう在り続けようとするだろう。
自分のお腹を痛めて産んだ子供ではない事で、他の母親達よりも、そういう気持ちは強いかもしれない。
だとしても、そう考えるのはどんな母親でも同じだと俺は思う。それが強いか弱いかだけの違いで、子供を想う母親という根本的な部分では、何ら違いなど無いはずだ。
それならば、誰が何と言おうと、ハイネはピルテの母親だ。
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