第四十三章 黒犬

第601話 報酬

「眼福だ。我も鍛冶師の端くれとして精進せねばならないと痛感させられるな。」


「はぁー……俺にはよく分からねえが、そんなに良い物なんだな?」


「これの良さが分からんとは…それでも元冒険者か?」


「言うじゃねえか。」


セイドルとケビンが睨み合う。


「はいはい。そこまで。」


ドンナテが二人の間に割って入る。


「二人共、喧嘩するならお酒は没収だからね。」


「それは勘弁してくれ!」


「喧嘩なんてしてないからよ!な?!」


「そうだとも!我とケビンは友である!」


先程まで睨み合っていたのに、肩を組んでニカッと笑う二人。

意外と気が合う二人なのかもしれない。


「まったく…次に喧嘩しそうになったら、何を言われても没収するからね。」


「するわけないって!な?!」


「おうよ!」


流石はドンナテというところだろうか。セイドルのアキレス腱を知っていて、それを使って上手く制御しているらしい。Sランク冒険者パーティ、イーグルクロウのリーダーは伊達ではないらしい。


「そう言えば……シンヤ君。」


「??」


スラたんは、俺に耳打ちするように小さな声で話し掛けて来る。


「イベントの報酬って貰えたの?」


「あー。内容の確認はしていないが、報酬を受け取ったって通知は来ていたな。」


俺が受けた盗賊団のイベントは、二十時間以内にバラバンタを討伐しろというものだった。

そのイベントを受けたのが、ジャノヤから外に出る前だった。そこから考えて、バラバンタの討伐までは、かなりギリギリで二十時間というところだ。

報酬の事やイベントの事など、バラバンタを追い詰めた時には考えていなかったし、すっかり忘れていたが、バラバンタを倒し、天井が崩れて来る時に、目の前に通知が現れ、即座に消した覚えが有る。

視界が塞がるのが嫌で、殆ど内容も見ていなかったが…


【イベント完了…バラバンタを討伐した。

報酬…蜂斬ほうざん[小太刀] etc...

報酬はインベントリに直接転送されます。】


確かこんな感じだったはず。


言われて思い出したが、確か、俺以外のプレイヤーにはイベントの表記は出ないという話だ。当然、そうなるとスラたんは、こうして盗賊団を壊滅させても、イベントの報酬を受け取れない。

RPGをやっていて、一番ワクワクするのは、やはり報酬を確認する時だ。スラたんとしても、俺が受け取っているはずの報酬が気になるのだろう。

とは言っても、皆酔っ払っている状態だし、ここで報酬確認をするのは良くないだろう。


という事で、詳しい報酬の確認は翌日に回し、今回は蜂斬という小太刀のみインベントリから取り出す。


紫鳳しほう刀をセイドルに見てもらっておいて、小太刀は見せないという選択肢は無いだろう。


取り出した小太刀は、淡い黄色の鞘に黒い柄糸。ニルが今まで使っていた戦華よりも少しだけ細身に見える。

セイドルに確認してもらう前に、まずは鑑定魔法を使って鑑定してみる。


【蜂斬…小太刀。魔力を流し込むと、麻痺毒を少量発生させる希少性の高い金属で作られている。】


「なかなか面白そうな特殊効果が付いているな…」


少量というのがどの程度で、それが相手に対してどれくらいの効果を発揮するのかが重要になってくるとは思うが、攻撃するだけで相手に麻痺の効果を与えられる可能性が有る武器となると、かなり良い効果と言える。

一応、他にも毒を使った攻撃手段はいくつか有るが、魔力を流し込むだけで、武器が麻痺効果を持つとなると、かなり戦術の幅が広がる。ニルの魔力量もかなり増えているし、上手く使ってくれるはずだ。


「ニル。戦華を借りても良いか?」


「分かりました。」


まだふにゃふにゃにはなっていないニルが、俺の声に反応して直ぐに戦華を渡してくれる。


「セイドル。悪いんだが、この二本も見てもらえるか?」


「我で良ければ構わないぞ。

どれどれ……」


セイドルは、まず戦華の方から見てくれる。ニルも一時的に女性陣から離れて、俺と同じようにセイドルの言葉を待っている。


「手入れもしっかりされているし、直ぐに駄目になるという事はないだろうが、激しい戦闘の痕跡がいくつか残っているな。」


戦華は、刀身を血液で覆って固めるという特殊効果から、刀身自体が酷く消耗するという事が少なく、長く使っていても、それなりの耐久値を残しているという印象だ。

ただ、やはり大きな戦闘を行うと、それでも徐々に耐久値は減って行くし、既にかなり傷んでいると言えるだろう。


「万全を期すならば、そろそろ持ち替える事を考えた方が良い…という感じだな。」


「そうですか……」


「あれだけの戦闘を戦い抜いたというのに、この程度の損傷しか受けていないというのが寧ろ異様な話だ。非常に大切に使われているというのは、武器を見れば直ぐに分かる。

長く使っている武器を持ち替えるというのは、辛いものではあるが、どれだけ丁寧に使っても、消耗するのを避ける事は出来ない。長く使っているからこそ、武器に無理をさせないという事も重要だと思うぞ。」


「刀は繊細な武器ですからね。特に気を付けた方がよろしいかと。」


レンヤの意見としても、セイドルと同じらしい。


「……そうですね。分かりました。」


ニルは、セイドルから戦華を受け取り、一度だけ刀身を眺めてから鞘へと戻す。


「良い武器だし、まだ使えるのにインベントリ内に腐らせておくのは勿体無い気もするが…俺達の旅はいつどうなるか分からないからな。

ニルには万全の状態を維持して欲しいし、ここは持ち替えるべきだろう。」


「…はい。」


少し寂しそうな顔をしたニルだったが、戦華を俺に両手で手渡す。


「ご主人様から頂いた戦華で、何度も命を救われました。感謝致します。」


「戦華の効果は良いものだったが、それを使いこなしたのはニルの実力だ。俺は何もしていないさ。

それに、俺はニルに何度も命を救われている。今更俺とニルの間で改まって感謝をする必要なんて無いだろう?」


「ご主人様……」


朱色に染まるニルの頬。ふにゃふにゃにはなっていないが、少し酔っている…のかもしれない。


「はいはい!イチャイチャしない!」


プロメルテが呆れたように言ってくる。


「イ、イチャイチャなどしておりませんよ!」


「それがイチャイチャじゃなかったら何なのよ……」


「感謝をお伝えしていただけです!」


「へー…」


「何ですかその目は?!本当ですよ?!」


「はいはーい。とりあえずもう一杯飲もうねー!」


「今はセイドル様のお話を聞かなければなりませんので!」


「ペトロ!」


「合点承知!」


「ふぇぇ?!」


イーグルクロウの女性陣は、ニルを弄ぶのに全力だ……恐ろしい……触らぬ神に祟りなし。俺はそっと視線をセイドルに戻す。


「こっちはまた……面白い一振だな。」


今回のイベント報酬で手に入れた蜂斬。


鞘から抜き取り、現れた刀身は薄い黄色。刃文は銀色で、文様に規則性が無く、波の出方が小さい小乱と呼ばれるものだ。

鞘に入っていた時から思っていたが、やはり刀身はこれまで使っていた戦華よりも細身だ。


「面白い?」


「この武器に使われている金属は、パラリウムという金属だ。」


「パラリウム?」


「我々ドワーフ族にも、加工が困難だと言われている希少金属で、魔力を流し込むと麻痺毒を発生させるという変わった特性を持っている。」


セイドルに言われて思い出したが、インベントリの中にも有る金属だ。

確か、鑑定魔法の結果は……


【パラリウム…希少な金属。魔力を流し込む事で麻痺毒を発生させる。必要以上の熱を加えると効果が失われてしまう為、加工は困難だと言われている。】


こんな感じだったはず。


当然、なかなか素晴らしい効果を持っているのだし、加工出来れば色々と使える物が作れるだろうと思い、色々と試したが…鑑定魔法の結果の通り、加工は難しく、俺には扱い切れない素材だったのを覚えている。

因みに…必要以上の熱を加えると…という表記は、俺が加工を失敗しまくって追加された内容である。


セイドルの話を聞くに、ドワーフにも加工が難しい金属という事みたいだし…俺はなかなか無謀な事をやっていたらしい。知らないって…恐ろしい事だ…


「加工がって事は、不可能ではないんだよな?」


「うむ。我の知る限り、何人かはパラリウムの加工に成功している。

ただ、このサイズの加工品は初めて見るな。」


「サイズがデカいって意味か?」


「そうだ。普通は作れても毒針程度の大きさの物だな。」


セイドルが指先で大きさを示してくれたが、そのサイズは十センチから十五センチ程度。かなり小さな物しか作れないようだ。


「パラリウムの加工には、超繊細な温度調節が必要でな。量が増えれば増える程、温度調節は難しくなる。温度のムラが出来るからな。」


「温度のムラ程度の温度差で失敗するって事か?!」


「うむ。そういう事だ。」


溶かしている金属の温度ムラとなると、どれくらいの差になるのだろうか…?詳しい事は分からないが、とてつもなく大変だという事は分かった。

俺がやった時は、適当に炉にぶっ込んで溶かそうとしていたのだが…最初から無理な話だったらしい。


「そもそもの金属が希少だし、そこまでして毒針一本だけしか作れないとなると、どうにも具合が悪い。しかも、その一本も出来るかどうか怪しいとなると、手を出し辛い金属だということは分かるだろう?」


「お、おう……」


手を出してしまった俺としては言葉に詰まる。


「上手く加工出来れば、高く売れるが、ドワーフの中でも最高級に腕の良い者達にしか加工出来ないって言われている金属の一つという事だ。勿論だが、鍛冶屋の端くれでしかない我には加工出来ない代物だ。」


「それが、このサイズで加工されているとなると…」


「どこから持って来たのか聞きたいくらいだが…」


「い、色々と有って偶然…な。」


イベント報酬とか言っても分からないだろうし、誰からの報酬なのかを説明しようとすると……運営なのか神なのか…というよく分からない話になってしまう。偶然、運良く手に入れた…という説明しか出来ない。


「詳しく詮索するつもりはないが、気になるところだ。」


「はははー…」


上手く答える事も出来ず、俺は苦笑いで返す。


「まあ良い。それより、この武器の話だな。

見た目通り、先程の戦華よりも細身で、耐久性は劣るが、その分鋭さと軽さが有るという武器だな。

戦華を使う時のように、強引な攻撃をしていると、直ぐに駄目になるだろうから、そこは気を付けるべきだろう。ただ、弱いという程ではないし、多少劣るという程度の話だから、そこまで神経質になる必要はないだろう。」


「分かりました。」


女性陣に弄ばれていたはずのニルは、いつの間にか俺の横でセイドルの話をしっかりと聞いて頷いている。


「助かった。酒の席でこんな事を頼んで悪いな。」


「ドワーフ族にとっては、酒の席で鍛冶の話なんていくらでもする事だ。気にするな。」


「そう言って貰えると有難い。

大体の事は分かったし、俺もニルも武器を持ち替えるって事で良さそうだな。」


「はい。」


俺は蜂斬をニルに渡し、紫鳳刀を自分の座る椅子に立て掛ける。

実際の振り心地とか、その他諸々は、明日以降に確かめてみれば良い。今この街にはイーグルクロウ、レンヤ達、そしてケビン達も居る。俺達がそこまで気を張っておく必要は無いだろう。


「もう!ニルちゃん!難しい話は終わりよ!こっちに来てお話しましょう!」


「い、いえ…大切な話なので…」


「ダーメ!こっちに来なさい!」


「ご、ご主人様!」


「あまり飲ませ過ぎないようにしてくれよ?」


「ご主人様?!」


俺には、この女性陣を止める力など無い。

ニルよ。女性の事は女性に任せる。


「分かってるわよ!ほら!こっちに来るのよ!」


「ご主人様ぁーー!」


俺は心の中で手を合わせ、ニルを送り出す。


キャッキャしている女性陣とは違い、男性陣の方は情報交換が主な話の内容になっている。

これから必要になりそうなモンスターの素材だとか、武器や防具、アイテムの店で良さそうな店舗等、割と真面目な話だ。

ただ、それも酔いが回るまでの話で、暫く時間が過ぎると、セイドルとケビンが飲み比べを始め、ケビンがぶっ倒れたり、ドンナテが座ったまま眠りに落ちたり、スラたんがピュアスライムとひたすら喋り続けたりと、かなりカオスな状況になってしまった。


シラフの俺が、ぶっ倒れた者達を運んで寝かせていると、意識がしっかりしているハイネとピルテが、女性陣の方を運んでくれた。

因みに、レンヤ達忍は、結構飲んでいたはずなのに、しっかりした足取りで屋敷を後にして暗闇の中へ消えて行った。やはり、アルコールに対する訓練とかも行っているのだろうか…


最終的に、俺、ハイネ、ニルだけが食堂に残る形になる。


「ニルちゃんの事はシンヤさんに任せるわよ?」


「分かった。」


「さてと……私はあの女の事を見ておくわ。シンヤさん達は休んで。」


「良いのか?」


「体調の悪いシンヤさんに任せるわけにはいかないでしょ。私とピルテは、そんなにお酒も飲んでいないから大丈夫よ。」


「そうか…すまないな。」


「片付けも私がやっておきますので、そのままお休み下さい。」


食堂に戻って来たピルテは、俺の方を見て、微笑みながら言ってくれる。


「うー……ご主人様ぁー…」


半分寝ているような状態のニルが、俺に抱き着くような形で寄り掛かって来ており、ふにゃふにゃしているのを見て笑ったのだろう。


「ニルは本当に酔うと可愛くなるのですね?」


「まあな。」


「ふふふ。そんな状態で寝てしまうと体を痛めてしまいますから、ベッドに連れて行ってあげて下さい。」


「悪いな。そうさせてもらうよ。」


「はい。お休みなさいませ。」


「お休み。」


ハイネとピルテに後の事は任せて、俺はニルを抱き上げる。


「ふふー…ご主人様ですぅー…」


お姫様抱っこ状態になったニルは、額の辺りを俺の胸にグリグリと擦り付けながら、とろーんとした顔で笑っている。

元々が銀髪青眼の美女なのだから、その破壊力は聖魂魔法クラス。俺としてはそんなニルを間近で見れるわけだから役得だ。


「スー……スー……」


意識を保つのも限界だったらしく、ニルは腕の中で寝息を立てて眠ってしまう。明日目が覚めたら、またいつものように謝り倒すのだろうが、そこまでがワンセットでお約束というやつだ。


俺は、そのままニルをベッドに連れて行って、眠りに落ちた。


案の定、翌朝はニルの猛烈な謝罪を受けたが、笑って頭を撫でてやると、直ぐに落ち着いてくれた。


そのまま、ニルの用意してくれた朝食を食べていると、ゾロゾロと皆が起き出して来る。


「うぐ…昨日は飲み過ぎた…」


「だね…僕も…」


酷かったのはケビンとスラたん。

他の者達はそうでもなかったみたいだが、絶好調!という様子なのはペトロとターナだけ。

昨日の夜は酔ってかなりフラフラしていたのに…意外と二人は酒に強いらしい。


「朝食は食べて行くだろ?」


「え?!良いの?!やったー!」


「ペトロ…いつも思うけれど、何でそんなに元気なのよ…」


「プロメルテは何で元気無いの?」


プロメルテの質問にキョトンとするペトロ。


「ペトロに聞いた私が馬鹿だったわ…」


頭が痛むのか、額の辺りを押さえるプロメルテ。なかなか面白い光景だ。


「えーっと……はい。皆。これ飲んで。」


スラたんが取り出したのは、例の解毒薬。


「これを飲めば、二日酔いも一気に治るはずだから。」


「スラたん…私の話聞いてたかしら…?

二日酔いの為に使うような物じゃないのよ?この解毒薬。」


「聞いてたしよく分かっているけど、渡す事も出来ないし、在庫は有るからさ。」


「こ、このパーティと一緒に居ると、色々な常識が崩壊しそうね…」


「二人共普通とは言えないから仕方無いわよね。」


「僕も?!シンヤ君だけじゃないの?!」


「スラタンも十分常識外れよ。」


「えー……」


まあ…物理的に目の前から消えるようなスピードを持ち、誰もが欲しがる性能の解毒薬やら何やらを限られた短い時間の中で作るなんて、常識内の存在とは言えないわな。


「まあ…折角だし有難く貰っておくわ。」


何だかんだ言いつつも、在庫が有るならと、解毒薬を飲み、ニルの作ってくれた朝食を皆で食べる。


「ふぃー…ご馳走様でしたー…」


「朝からよくそんなに食べられるわね…」


「ご飯は元気の源だから沢山食べないとだよ!」


「間違ってはいないけれど…最早ペトロはペトロという生き物よね。」


「????」


「何でもないわ。」


「それより、今日はブードンの公開処刑の日だよね。皆参加するつもりなのかな?」


ドンナテが聞いているのは、主に俺達の方だ。


ケビンとハナーサは、立場的に参加しなければならないだろうから。


「そうだな…ハイネとピルテが起きて、時間が合えば行くつもりだ。見て面白いものではないとは思うが、これで本当に全てが決着するわけだしな。」


「それもそうだね。もし来るなら、しっかり変装した方が良いよ。街中では、皆の事がかなり話題になってるからさ。」


「うぐ…そうなのか…分かった。しっかり変装して行くとするよ。」


「そうした方が良いだろうね。

さてと…僕達は一度宿に戻るとするよ。結局朝食まで頂いてしまって悪いね。」


「俺とハナーサも戻らないとな。寝床まで世話になって悪かったな。」


「気にするな。楽しく過ごせたからその礼だとでも思ってくれ。」


こうして、盗賊団討伐の宴会は終わりを迎えた。

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