第600話 宴会 (2)
カルパッチョは、俺でも簡単に作れる…というか言ってしまえば食材を並べて油を掛けるだけみたいな物だし、ニルに教えればいつでも作ってくれる。
因みに、イエローアロワナのカルパッチョは、前にニルが作ってくれて、俺が大絶賛した事が有る。それを覚えていて、今回皆に振舞ったのだろう。
「貰いー!っ!んんー!美味しい!!」
「本当ね?!これは美味しいわ…醤油との相性も最高ね!」
ペトロが最初にカルパッチョに手を出して、一口食べると、次々と皆が手を出して減っていく。
「せ…折角用意してくれたのだから…」
ハナーサは恐る恐る切り身を取り上げて、じっと見詰める。
「……っ!」
ハナーサは意を決して、カルパッチョを口の中へと入れる。
「…………んん?!美味しい!!何これっ?!」
「本当だな?!美味い!」
ケビンも気に入ってくれたようだ。
「イエローアロワナのプリッとした食感に程よい脂が堪らないわね!植物性の油も、しつこくなくてサラサラしているし、強い塩分と
「はい。グレスを掛ける事で、よりさっぱり食べられるのです。」
「美味しー!」
「おい!ハナーサ!この醤油との相性も抜群だぜ!」
「んー!確かにこれも良いわね!味がキリッとした感じがするわ!」
どうやら、ケビンとハナーサも、生魚の虜になったらしい。
「一応、生魚が苦手な方の為に、火を通した魚料理も御用意しておりますので、カルパッチョが苦手な方はこちらをどうぞ。」
生魚を使っているし、植物性の油を掛けただけのものだから、苦手な人は苦手だろうと考えてか、他にもまだまだ料理は用意されている。
「ニルちゃん!こっちは何?」
「そちらはピルテが作った料理です。」
ニルがピルテに視線を送ると、ピルテが説明を初めてくれる。
「こちらは、イエローアロワナの紙包み焼きです。」
「紙包み焼き?」
紙包み焼きというのは、簡単に言うとホイル焼きのアルミホイルを、厚手の紙で代用したものの事だ。
金属の加工は何度かしたが、流石にアルミホイルを作るのは難しい。
そこで、ホイル焼きというのは、昔和紙などを使って包み焼きとして作っていた事を思い出して、それっぽい感じに出来るか試してみたところ、試行錯誤の末、どうにか出来たのだ。
アルミホイルとは違い、紙は燃えてしまうし、蒸し焼きにするのには少しコツがいるのだが、それさえ分かってしまえば意外と出来る。
「簡単に言ってしまうと、紙で食材を包んで蒸し焼きにしたものです。
中にはイエローアロワナ、
それをバターと共に蒸し焼きにしたのものがこちらの料理です。お好みで醤油やグレスをお使い下さい。
個人的には、少量の醤油にグレスの果汁を加えて掛けるのが大好きです。勿論、そのまま食べても美味しいですよ。」
「イエローアロワナのバター蒸しか……絶対美味いに違いない!」
セイドルが直ぐに包み込んでいる厚手の紙に手を掛けて、開封する。
それと同時に中からは湯気が上がり、その湯気に乗ったバターと魚の匂いがセイドルの鼻腔を
「辛抱たまらん!!んぉぉぉ?!なんだこりゃぁ?!」
「す、凄い反応ね…?…っ?!えっ?!何これっ!カルパッチョのイエローアロワナと全然違うわ!
白身のイエローアロワナの身は、ホロホロと口の中で崩れて溶けるし、染み出てくる脂とバターが……美味しー!」
「ピルテさんのオススメでも試してみようかな!」
「あっ!狡い!アタシもやる!」
「んー!!確かにこの方がさっぱり食べられるね!」
「こんなの毎日食べてたら太っちゃいますよー!」
二人の料理は大絶賛。あっという間にカルパッチョも包み焼きも売り切れてしまった。
「まだまだ他にも沢山知らない料理が有るぞ!」
「よっしゃっ!どんどん食うぜ!」
「おっ!こっちのはネールに合うな!我の好みだ!」
「アタシにも取って!」
そこからはドンチャン騒ぎの大宴会。
飲んで食っての大騒ぎ。
色々と考えなければならない事も有るし、地下には黒犬の女も居るが、今はとにかく、皆が無事に生還し、こうしてドンチャン騒ぎ出来る事を喜ぼう。
「しかし…酒が飲めないのは……辛い……」
皆が美味そうに酒を飲むのを横で見ているというのはなかなかに辛い。
別にアルコール中毒というわけではないが、こうして皆で宴会をしている時は、やはり飲みたいと思うものだろう。
「シンヤ君。駄目だからね?」
「くっ…」
「ご主人様。」
スラたんとニルに視線を向けられては、ちょっとだけ…というわけにもいかない。
「分かってるって!飲まないから!」
「よろしい!」
「くー!くそぉー!」
「ふふふ。私も飲まずに横に居ますので、一緒に食事を楽しみましょう。」
手際良く俺の前に取り分けた料理を持って来て、笑顔で横に座るニル。こんな顔を見せられて、飲ませろとはとても言えない。
「まあ調子が戻るまでは我慢するさ。けど、ニルは大丈夫なんだし、飲めば良いだろう。」
「ご主人様が飲みたいのを我慢している横で飲むなんて事は出来ません。」
考えるまでもないと言い切るニル。
「俺はそんな事気にしないぞ?」
「ご主人様が気にするか気にしないかの問題ではありません。そんな事をしている自分を、自分が許せないのです。」
ニルは、それが当たり前かのように言っているが、俺としては、もっとニルにも我儘になって欲しいというのか、やりたいようにやって欲しい。
単純に、年相応の女の子として、楽しむ時は素直に楽しんで欲しいだけなのだ。
「ニル。」
「はい?」
ドンッ!
俺はニルの目の前に、ネールの入ったガラスのコップを置く。
「ご、ご主人様…?」
「飲みたくないって言うなら無理に勧めるつもりはないが、飲めるなら俺の事は気にせずに飲め。」
「そんな事は出来ません!」
キッパリと断るニル。ニルは、意外とこういうところでは頑固だったりする。この感じだと、恐らく何度飲めと言っても飲まないだろう。本当に飲みたくないという事ならば、勧めたりはしないが、ニルは嫌だとは言っていない。
ニルは俺に嘘は吐かない。だから嫌だとは言わないのだ。それは、もし俺が飲めるのならば、ニルも飲んでいたという事だ。つまり、飲めるのならば飲みたいという事になる。
それならば、ニルの自制心を破壊して、飲みたくなるような状況にしてやれば良い。
「そうか……残念だな……」
俺は俯いて、眉を寄せる。
「ご、ご主人様?」
「酔った時のニルって…めちゃくちゃ可愛いから、それが見られると思って楽しみにしていたのになぁ…」
「かわっ……っ?!」
「そっかー…出来ないのかー……」
「だ…駄目です!私も飲みません!」
かなり頑固だが…今のはなかなかの攻撃力だったようだ。間違いなく効いている!
「えっ?!そんなに可愛いの?!」
ここで何故かペトロ参戦!
しかもこっちサイド。これは良いかもしれない!
「そうなんだよ。なんかこう……頭を撫でてやりたくなるような感じだ!」
「っ!!」
良いダメージだ!間違いない!
「えー!それ見たーい!」
「俺も今日はそんなニルが見れると思っていたんだがなー…どうにもニルは飲んでくれないらしい…
俺は悲しくて悲しくて…くっ…」
「ぅ……」
良い感じの追撃!
「ニルちゃんがそんなに可愛くなるなら…シンヤさんとしては抱き締めたくなるんじゃないのかしら?」
更に!ここでプロメルテから遠距離の援護!なかなかに際どいところを攻めてくるが…
「そうだなー…あのニルは本当に可愛いからなー…」
「っ?!?!!」
渾身の一撃!!
「ぅ……うー……ご主人様達…意地悪です…」
真っ赤な顔をして俯くニル。もう一押しだ。
「俺は、ニルにもっと好きなように、自由に動いて欲しい。飲みたいなら、俺の事は気にせず飲めば良い。
俺が飲めないのは俺自身の問題だ。ニルが我慢する必要なんて無いんだからな。」
横にいるニルの頭をポンポンと撫でてやると、ニルは更に俯いて、蚊の鳴くような声で言う。
「少し…だけなら……」
それを聞いた俺がペトロに目配せをすると、両目を光らせたペトロとプロメルテが動き出す。
「それならネールの次はこれを飲んでみてよ!すっごく美味しいんだよ!」
「私のオススメはこれね。果実酒の中では少し甘いかもしれないけれど、味は保証するわ。」
「なになにー?私も混ぜなさいよー!」
「ターナ!そこの果実酒取ってー!」
「今持って行く!」
「私達も行くわよピルテ!」
「はい!お母様!」
結局、ハナーサやターナ、ハイネにピルテも参戦し、女性全員が真っ赤になっているニルの元に集まって来る。
こうなると、最早ニルに逃げ道は無い。
この面子ならば、ニルに飲ませ過ぎるという事も無いだろうし、大丈夫だろう。
「ご…ご主人様……」
ニルは、飲まなければならない状況になってしまい、申し訳なさそうにしているが、俺としては、飲んでくれて全然構わない。というか、皆との付き合いの為にも、ニルが飲んでくれると助かるというものだ。
「俺の事は気にするな。酔っ払っても、俺が何とかするから。」
ニルの頭をもう一度撫でてやる。
「は…はい……」
それが最後の一撃となったらしく、また顔を真っ赤にして、ネールを一口飲んでくれる。
こちらをチラチラ確認しながら飲んでいたニルだったが、その度に俺が頷いて見せる。
今回、パペットの連中やブードン、ザレイン関係で、かなり多くの奴隷を見た。
酷い扱いを受ける奴隷という方向性で、極端な例だとは思うが、それでも、この世界ではそこまで珍しいという話でもない。
主人である者がどんな者なのか、どんな命令をするのかで、奴隷の人生は一変する。
体を弄ばれ、感情を弄ばれ、最後には命まで弄ばれてしまう。
それでも、奴隷には反抗する事が出来ず、言われるがままに行動する事でしか自分を守れない。それが奴隷だと言えばそこまでの話なのだが、虐げられて弄ばれる奴隷は、俺にとっては本当に見ていて辛い存在だ。
だからと言って、俺が全ての奴隷達を解放し、助けてやるなんて事は出来ない。出来ないのだが……せめて、俺くらいは、そういう人達に対して人間として接するべきだと思う。
特に、ニルは俺が両親以外で、本当の意味で信頼しているパートナーだ。ニルの為に命を賭けるのも、俺にとっては当たり前だと言えるような存在と言える。ならば、俺はニルに対して、主人としてではなく、パートナーとして接するべきだ。
ニルとしては、俺を主人と見ているし、それは俺にもよく分かっている。だが、こうして少しずつでもその意識を変えられるならば、俺はその努力を惜しんではならないと思う。いや……俺がそうしたいのだ。
まだまだ、ニルの意識は変わらないし、変わったとしても、それはずっと遠い未来の事だろう。でも、必ずそこへ辿り着いてみせる。
そんな遠い道程の中では、俺が今した事は本当に些末な事かもしれない。数百キロの道程の中の数ミリなのかもしれない。
だとしても、前には進んでいるはずだ。
「ままならないものだね。」
そんな俺の感情を読み取って、横からスラたんが声を掛けて来る。
「こればっかりは人の感情だからな。ボチボチやって行くさ。」
「僕は、シンヤ君達と一緒に旅が出来ている事を誇りに思うよ。」
「や、止めろって。こっちはシラフなんだぞ。」
「ははは!照れるシンヤ君なんて珍しいものを見られたね!」
「このっ!言わせておけば!」
「うわっ?!危ないって!」
天然クルクルパーマの丸眼鏡め……
「そう言えば…」
端で酒をグビグビ飲み続けていたセイドルが、俺の方を見て声を掛けて来る。
既に結構な量の酒を飲んでいるみたいだが…やはりドワーフは酒が好きなのだろうか?それともセイドルが好きなだけなのか…?などと考えていると、セイドルが持って来ていた袋から中身を取り出してテーブルに置く。
「これは…桜咲刀。セイドルが持っていたのか。」
テーブルの上に置かれたのは折れてしまった桜咲刀。
結局、俺は戦闘の終盤に気絶して、そのまま運び出されていた。
折れてしまった武器は、そのまま地下に捨て置かれてしまったのだろうと思っていた。体が動くようになったら探しに行こうかと考えていたのだが、そうではなかったらしい。
「勝手に持って行ってすまなかったな。折れたとは言っても、共に戦った相棒だと言うのに。」
「いや。セイドルの元に有ったのなら、寧ろ有難いさ。」
下手な相手の元に行くのは嫌だが、セイドルならば何も問題は無い。寧ろ、ドワーフであるセイドルは、武器や防具の扱いは人並み以上だ。心配する必要など無い。
「それでなんだが…やはり、こいつを元に戻すのは無理そうだ。」
どうやら、セイドルは桜咲刀を元に戻そうと考えてくれていたらしい。
桜咲刀は真っ二つに折れてしまっており、誰が見ても元に戻すのは無理だと分かる状態だ。折れた時にそれは分かっていたし、十二分に頑張ってくれたのだから、これ以上頑張らせるつもりは元々無い。
「残念ではあるが、戻るとは思っていなかったし、セイドルが気に病む必要は無いさ。
今回の件では、かなり無茶な使い方もしたし、途中で折れなかっただけで十分だ。」
「そうか……いや、我の腕がもっと良ければ…」
「いやいや。いくら腕が有っても、完全に折れた武器を元に戻すなんて事は出来ないだろう。いくらそういう事に詳しくなくても、それくらいは分かるぞ。」
「う、うむ……だが、やはりここまで芸術的な武器となると、どうしても残念な気持ちになってしまってな。」
「気持ちは分かるが、どうやっても無理なら、潔く弔ってやるべきだろう。」
「うむ…」
セイドルは、残念そうな顔をしながら、折れた桜咲刀を俺に手渡そうとする。
「そいつの事はセイドルに任せても良いか?」
しかし、俺は桜咲刀を受け取らず、セイドルに任せる旨を伝える。
「我に任せて良いのか?」
「ああ。セイドルだからお願いしているんだ。」
「…そうか。分かった。キッチリ弔っておく。安心してくれ。」
少し嬉しそうにしたセイドルが、胸を張って返答してくれる。
「それで、武器はどうするんだ?」
俺とセイドルのやり取りを見ていたケビンが、話に入って来る。
「いくら何でも、武器が無しでは心許ないよな?」
「それについては大丈夫だ。」
俺は椅子の後ろに置いてあった刀を持ち上げる。
「それは……前に見せて貰ったものとは違うみたいだな?」
「ああ。これは元々持っていた物の一つだ。」
俺が持ち上げたのは、まだこの世界がゲームだった時に、収集した刀の内の一振。
セナの打ってくれた天狐刀については、もう少し寝かせておく事にした。
理由は、セイドルが言ったように、寝かせておくと質が上がるという話に由来する。
実は、セイドルに天狐刀を見せ、寝かせておくと良いという話を聞いた後、その事をレンヤ達に聞いてみたのだ。刀と言えばオウカ島だし、レンヤ達も刀については詳しく知っているだろうと。
寝かせておけば質が上がるというのは、ドワーフにだけ伝わる話かもしれないとセイドルは言っていたが、レンヤ達鬼人族の間でも、その話は有るという事だった。
ドワーフにも、鬼人族にも伝わっている話だとするならば、これはもう間違いないだろうということになり、暫く寝かせる事にしたのだ。
ただ、寝かせておくと言っても、インベントリ内に有ると状態が保存されてしまう為、寝かせておくという事が出来ない。それ故に、時間が有る時はインベントリから出しておく必要が有るのだが、常にインベントリの外に出しておくという事が出来ない為、少し時間が掛かってしまうかもしれないが、もう暫く様子を見てみようと考えている。
寝かせておくと質が良くなるという話は、あくまでも言い伝えで、本当なのか分からないという話なのだが……時折天狐刀を見てみると、何かが変わっているように感じる時が有る。気がするだけなのかもしれないが…折角セナが渾身の一振を打ってくれたのだ。最高の状態で抜きたい。
という事で、元々インベントリに有った一振を使う事にしたのである。
「名は
スラッ…
刀を鞘から抜き取ると、その刀身が現れる。
濃い紫色の刀身に、藤色の
波打つ刃文は、斜めに傾いている片落ち
俺の持っている刀の中でも、かなり質の良い一振である。
因みに、この紫鳳刀の鑑定魔法の結果は……
【紫鳳刀…特殊な金属で作られている刀。軽く、粘り強い。耐久性が高く、使用者の精神干渉系魔法に対する耐性を上げる効果を持っている。】
というものである。
オウカ島での一件で、桜色の肩当というアイテムを入手しており、それも精神干渉系魔法への耐性を上げる効果を持っている為、この両方を装備していれば、かなり耐性が上がった状態になるだろう。
「ほほう……これはまた……」
セイドルは、俺から紫鳳刀を受け取り、その刀身に目を走らせる。
「素晴らしいな……桜咲刀もそうだったが、よくもここまでの物をポンポン出せるものだ。
想像以上に軽く、尚且つ刀身は粘り強く仕上げてある。耐久性で言えば、桜咲刀を上回るだろうな。」
「流石はセイドルだな。」
実際に、耐久値は桜咲刀よりも紫鳳刀の方が高い。それを見ただけで言い当てるという事は、それだけセイドルの目が確かだということである。
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