第599話 宴会
「情報収集の方はどうだった?」
「やっぱり、全然ダメそうね。絶滅したと言われるダークエルフについて知っている者達も極端に少ないのに、その上で、あれ以上の情報を持った人なんて一人も居ないわね。」
「最初からダメ元で情報収集し始めたのだから、仕方無い。あの女を尋問して情報を得るしかないな。」
「外での情報収集は続けた方が良いかしら?」
「そうだな………いや。一度情報収集は止めよう。何か情報が手に入る可能性はゼロではないが、限りなくゼロに近いだろう。そんな事に時間を使うよりも、今後の事を考えて、色々と準備しておく方が建設的だろう。
明日はブードンの死刑執行が行われる日。そして、それが終われば街の状況も大きく変わるはずだ。
復興と新生ジャノヤを作り上げる為の動きが一層活発化すると思った方が良い。当然、どちらにも金が必要なわけだし、街の商売がより活性化する。そうなれば、俺達が必要とする物も、いつまで残っているか分からない。
勢いに乗り遅れて、いざ出発という時に準備が出来ていないでは締まらないからな。」
「ふふふ。そうね。それじゃあ、準備の方は私達に任せてちょうだい。」
「助かるよ。俺の方はニルと一緒に使ったアイテムを作って補充と、作ってみたい物が有るから、制作…それと尋問かな。」
「僕は引き続き灰黒結晶を調べてみるよ。スライムも当然研究するけどね。」
「大体やる事は決まったな。」
「ご主人様。」
それぞれやる事が決まったところで、ニルが声を掛けて来る。いつの間にか部屋から出て、屋敷の玄関の方へ行っていたようだ。
「来客か?」
「はい。」
ブードンの処刑前に一度来るとは言っていたし、ケビンとハナーサが来たのだろう。
「分かった。通してくれ。」
「はい。」
ニルが俺の言葉を聞いて、客を通してくれる。
「おー!すっかり元気になったみたいだな!」
「お陰様でな。」
部屋に入って来たのはケビンとハナーサ…だけだと思っていたら、そこからイーグルクロウの五人に、更にはレンヤ達忍も居る。
「お邪魔しまーっす!」
「こら。ペトロ。走らないの。」
「こう広いと走りたくなっちゃうでしょ?」
「ならないわよ。」
「っ?!?!?!」
「衝撃の事実じゃないからね。大人しくしていなさい。」
「はぁーい。」
ペトロとプロメルテの、いつものやつを見た後、入って来たレンヤ達が頭を下げる。
「先程振りです。」
「イーグルクロウの五人に誘われたみたいだな。」
「は、はい…」
数時間前にこの屋敷を出たばかりなのに、またこうして屋敷に来る事になり、少し居心地が悪いらしい。気持ちは分からなくないが、気にする事はない。
「それで?何やら色々と持って来てくれたみたいだが?」
「おう!話ついでに一緒に飯でも食おうかと思ってな!折角なら全員で押し掛けてやろうかと!」
ケビンは手に持っている包みを持ち上げて言う。どうやら食い物が入っているらしい。
「押し掛けるって…言葉を選びなさいよ。」
ケビンの言葉にツッコミを入れてはいるが、ハナーサも同じ事を考えていたのか、脛は蹴らない。
「そう言えば……終わってからこの面子で集まるのは初めてだったな。
ニル。一気に数が増えたが、準備出来るか?」
「はい。直ぐに。」
「頼むよ。」
「お任せ下さい。」
ニルは、持って来てくれた食い物を受け取り、テキパキと食事の準備を始めてくれる。ピルテも手伝ってくれるようだ。
「スラたん……俺って…酒は……」
「ダメに決まってるでしょ。まだ本調子じゃないんだから。」
「ですよねー…」
「大丈夫。安心して。
その分僕が飲んであげるから!」
「ただただ腹立つー!」
満面の笑みで親指を立てながら言われると、ちょっと殴りたくなるぜ…
まあ…こうして俺が無事だったのも、予想より早く回復しているのも、全てはスラたんのお陰なのだし、素直に言う事を聞いておこう。
ニルとピルテが食事の準備をしてくれている間に、他の面子で話をする。
「街の方はどんな感じだ?」
「公開処刑という話だから、街の人達も今日はその話で持ち切りだったよ。」
俺の質問に対して、ドンナテが直ぐに返答する。
「状況的にも、ブードンに対する恨みはかなりのものだからな。明日は凄い数が集まると思うぞ。」
「日に日に、被害状況が明確になっているけれど、酷いものよ。今回の件だけでもかなりの数の人達が被害を受けているというのに、ブードンの屋敷から見付かった証拠から、これまでに住民達が受けた被害を推測すると、信じ難い程の被害になっているという事が分かって来ているわ。」
ドンナテに続き、ケビンとハナーサが状況を説明してくれる。
「ザレインの事も有るからねー…アタシ達が拠点にしているチュコ付近にはあまり出回っていなかったけど、噂は聞いていたし。」
「私の姉のラルベルからも色々と話は聞いていましたが、中毒症状に苦しむ人達の姿は、話で聞いていたよりもずっと酷かったです…」
「それでも、解毒薬を貰えただけ良かったと思うべきよね。」
ペトロ、ターナ、プロメルテの話からも分かるように、ザレインはかなり広く出回っていたのだろう。
ザレインを作り出していたナナシノが死に、これ以上の製造は無理になったわけだが、未だにその脅威は残っている。
一応、スラたんが作り出した解毒薬を、出来る限り作って渡したらしいが、あの解毒薬はそう簡単に作れる物ではない。
まず、必要な物として、豊穣の森に有るサプレシ草が必要な上に、Bランクモンスターのポイズンスライムから微生物を取り出し、更にはそれを加工しなければならない。
ポイズンスライムを倒すだけならば、Bランクの冒険者でも出来るが、ポイズンスライムの体組織を生きた状態で取り出さなければならないとなると、最低でもAランクの冒険者が必要になる。
その上で、微生物という概念を伝えて、更にはその加工方法を教えて…という事になると、あまりにもハードルが高い。
「やっぱり、あれだけじゃ全然足りないよね…僕の方でもっと沢山作って…」
「違うわ。そういう事じゃないの。」
スラたんが今後の計画を見直そうとするが、直ぐにハナーサが否定する。
「解毒薬は寧ろ全然足りたわ。」
「えっ?!」
ザレインの中毒症状が出ている者達となると、かなりの数になるはずだが…
「あのね……貰った方の立場でこんな事を言うのは何だけれど…あの解毒薬、どれだけ凄い物なのか分かってる?」
ハナーサが人差し指を立てて、スラたんに視線を向ける。
「私達が普段使う解毒薬よりも多くの毒に対して有効な解毒薬な上に、本来消せないはずであるザレインの毒素を完全に消し去るのよ?」
「あ、あー……ははは…」
スラたんは何かを察したらしく、困ったように笑う。
冒険者が、普段買って使う解毒薬というのは、有効な毒素というのが決まっている。
依頼を受けた際、相手にするモンスターの使う毒から、解毒薬を用意するのか、それとも一般の解毒薬が効かないから、特別な解毒薬を用意するのかを決めるのだ。
しかし、スラたんの作り出した解毒薬は、その一般の解毒薬と特別な解毒薬が効く毒の両方を分解してしまうという性能を持っている。
アイトヴァラスの持つ即効性且つ即死級の毒だったり、もっと高ランクのモンスターが使う毒に対しても効くのかは分からないし、効かない可能性は高いとの事らしいが、そもそもそんなモンスターを相手にするのはSランク以上の限られた者達だけだ。
つまり、スラたんの解毒薬を一本持っていれば、普通に生きて行く上で受ける毒に対して、殆どを無効化出来てしまうという事になる。
その上で、ザレインという特殊な毒素を持った物に対しても有効に作用し、完全に解毒してしまうという性能から、これまでに解毒不可能とされていたいくつかの毒に対しても有効な解毒薬で有る可能性が高くなる。
一般的に流通している解毒薬を下級解毒薬だと呼称するとしたら、スラたんの作り出した解毒薬は、中級解毒薬と呼ばれる類の物だろう。いや、それ以上の物が今は存在していないという意味で言うならば上級解毒薬と言っても良い程だ。
そんな中級解毒薬と、あらゆる病を治す万能薬を同時に所持する俺達は、状態異常をほぼ無効化出来るというチート状態とも言えるのだが…それは今の話には関係無い。
とにかく、既存の解毒薬を大きく上回る性能を持った解毒薬は、当然その価値も跳ね上がるし、他の者達には作れないとなると、更に価値は高くなる。
スラたん自身はそれで金儲けをしようとは考えていないみたいだが、凄い物を作り出したという事に変わりはない。
「でも、確かに凄い物かもしれないが、余るなんて事は無いだろう?」
「軽度の中毒症状に対しては、
全ての人達に使っていては間に合わないのは分かっているのだし、本当に命の危険が有る人達だけに使う事にしたのよ。」
毒素を分解する事は出来ないが、対処する事は出来る。医者が、中毒症状を上手くレベルで振り分けて、最悪の人達だけにスラたんの解毒薬を使ったという事なのだろう。
あまり医療には詳しくないが、適切な判断だと思う。
「でも、僕がもっと数を揃えてしまえば…」
「ダメよ。製法が分かったとしても、他の人には作れない物だとしたら、間違いなく危険な事になるわ。物を持っているこの街も、貴方自身も。」
金になると分かっている中級解毒薬。
それを作れる唯一の人間であるスラたん。危険が降り注ぐには十二分な理由だろう。
現物を持っているこの街は、現在どこからも庇護を受けていない状況だ。そんな状況の中、中級解毒薬を大量に渡してしまうと、自ら危険を呼び込む事になってしまう。
良い物を作り出し、それを使えば皆が幸せになる。そういう発想をしたくなるのが人間だとは思うが、実際はそうならない事の方が断然多い。
良い物であればある程に、その使用は慎重に行う必要が有るのだ。今回の場合は、スラたんしか作れないという事もあり、更に慎重に行動する必要が有る。
「今、私達が大量の解毒薬を貰ったとしても、それを守る為の力が無いのよ。」
「これはハナーサの意見が正しいだろうな。」
「そう…だね。その通りだと思う。」
「解毒薬自体は本当に助かっているのよ。だから…その…そんな顔は…」
ハナーサの言葉を聞いて、考えが至らなかった事に対して申し訳なさそうな顔をするスラたん。それに対して、ハナーサも申し訳なさそうな顔をしている。
「何でその話で二人共そんな顔をしているのよ。
必要な分だけ作って渡せば良いだけでしょ。」
「そ、そうだね。必要最小限の数だけ用意するよ。もし足りないようなら、いつでも声を掛けて。」
「ええ。助かるわ。必要になった時は声を掛けさせてもらうわね。」
プロメルテが呆れたように言った事で、やっと丸く収まったらしい。
「貴族云々の事はどうなった?」
「概ね予定通りね。
ただ、ブードンの公開処刑がかなり早い段階で執行される事になったから、結構忙しいみたいね。
本来ならば、誰かが爵位を受けて戻って来てからブードンを処刑するのが良い形なのだけれど、これだけの騒ぎになってしまって、民衆も歯止めが効かない状態になりつつあるから、仕方の無い事なのだけれどね。」
ブードンという男が死ぬとなれば、この街の後ろ盾が無くなる事になる。本来ならば、そんな無防備な状態を晒すのは危険なのだが、これだけの事をしたのだから、ブードン-フヨルデが処刑されるという事は誰にでも分かる事だ。
周辺の街や村にも被害が出ているし、ブードンの話をこの辺りだけに封じ込めるのは不可能だ。既にブードン-フヨルデは捕らえられており、伯爵という地位が機能していない事が知れ渡っているのだから、公開処刑をいつするのかという事に関しては、最早いつでも同じという事になる。それならば、さっさと爆発しそうな民衆を落ち着ける為にも、早く公開処刑を行うべきだろう…という考えから、ブードンの公開処刑を決定したのだろう。
しかしながら、街が無防備な状態になる事に変わりは無い為、この街としては、さっさと爵位の問題を解決し、庇護を取り戻す必要が有る。
今、新生ジャノヤの中枢部はてんやわんやだろう。
「ケビンとハナーサは、こんな所に居て良いのか?」
ケビンとハナーサは、今回の件で大きな功績を残したし、中枢部に出入りしている者達の一人だ。のんびりしている暇など無いと思うが…
「俺は馬鹿だからな!そういう話は偉い連中に任せてある!」
「おいおい…自信満々で言うセリフじゃないだろうよ…」
「それについては大丈夫よ。元々、私達には、こんな大きな街の中枢部に入るつもりなんて無いのよ。
私はただの服飾職人。村の揉め事を解決しているくらいが丁度良いのよ。」
「俺も元冒険者だし、村の門番くらいが丁度良いってもんだな。」
「街を取り返す為に先頭に立っていた私とケビンが、その者達のまとめ役として選ばれただけで、内部に深く入る予定は無いわ。
多少の口は出すけれど、それだけ。元々そういう仕事をしていた人達に任せるつもりだったのよ。」
街の人達が不利になるような事の無いように見張っているという意味も含んでいるのだろうが、政策には基本的に口を出さないというスタンスなのだろう。
政治にガッツリと関わるつもりが無いのならば、距離感的にはその辺が妥当だろう。
「それに、街に残った貴族達で位の高い人達は、既に殆どがレンジビに向かって出発したわ。」
「既に動き出したって事か。」
「その人達が戻って来るまでは、私達も出来る事しか出来ないのよ。
だから、政治の中枢部に居る人達は忙しいかもしれないけれど、私達は逆に暇なのよ。」
暇…という事はないだろうが、食事をするくらいの時間は取れるという事だろう。
「そうか…分かった。
イーグルクロウとレンヤ達は、この先どうするつもりなんだ?」
「僕達は、暫くここでギルドの依頼を受けつつ…かな。
ブードンが処刑されれば、一旦の決着にはなると思うけれど、人手は足りないだろうからね。
ただ、チュコはチュコで僕達の本拠地だし、ある程度落ち着いたら戻るつもりだよ。一月後…くらいになるかな。」
「Sランク冒険者が居てくれるなら、戦力としては安心だぜ。助かる。」
「僕達に出来るのは冒険者としてのものだけどね。」
「それでも十分過ぎるくらいだ。」
「皆様。お食事の用意が整いました。」
一通りの話が終わったところで、タイミング良くニルが俺達を呼びに来る。
「よっしゃっ!難しい話はここまでだ!飯だ飯!そして酒だ!」
テンションぶち上げで食堂に向かうケビン。それにゾロゾロと続いて全員が食堂に入る。元は貴族の屋敷というだけの事はあって、食堂は、全員が入ってもまだ余裕が有る。
「おっほー!」
食堂に入ると、ケビンが変な声を上げる。
大きなテーブルと椅子。真っ白なテーブルクロスの上には、色々な料理が大皿に乗せられてズラりと並べられている。変な声を出すのも頷けるような壮観な眺めだ。
アルコール禁止令がこれ程辛く感じるとは…無念…
「何か見た事の無い料理もチラホラ有るわね?」
「
「美味しそうな匂いー!!」
「早速始めるとしようか。」
「やったー!」
ケビン達が持ち込んでくれた料理は、恐らく外で買って来てくれた物で、肉が多い。
屋台となると、どうしても串焼きのような持ち運び出来るものが好まれるし、食材もある程度偏ってしまうのだろう。
それを見たからか、ニルとピルテは、魚や野菜を中心とした料理を用意してくれたらしい。
「これは何かしら?」
プロメルテが、興味津々な目で料理の事をニルに聞く。
「そちらは、イエローアロワナのカルパッチョです。」
「カル……カルパッチョ??というかイエローアロワナ?!あのAランクモンスターの?!」
「はい。」
「超高級食材よね?!」
「俺達が討伐したものだから、金は掛かっていない。気にせず食ってくれ。」
食材は、勿論俺のインベントリに保管されているものから出している。高級食材といってもAランクのモンスター程度ならば、インベントリにゴロゴロ入っているから問題無い。
「そして、カルパッチョというのは、生のイエローアロワナの身を薄く切り、
もし、味が薄いようでしたら、横の醤油を少し加えてみて下さい。」
流石ニルと言うべきか…
レンヤ達が居る事を考えて、さり気なくオウカ島で有名なテモの葉を混ぜている。醤油もプロメルテにとっては馴染みの有る物だろうし気が利いている。
「な、生魚…」
ただ、やはり内地という事で、ケビンとハナーサには生魚という物が受け入れ難いらしい。
「そっか。アタシ達は海の近くに居るから生魚なんて普通だけど、こっちは内地だもんねー。でも!美味しいんだよ!」
イーグルクロウの本拠地であるチュコは海の直ぐ近くに在り、生魚もよく見るだろう。それは島国であるオウカ島から出てきたレンヤ達も同じだ。
内地に住むケビンとハナーサにとっては、少し手を出し難い料理かもしれないが、そこはイエローアロワナという高級食材の力が働いて、手を出したくなってしまうようにしたのだろう。
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