第598話 尋問

体内でも体外でも、魔力には若干の違いが存在していて、それが均一に混ざり合っている状態が普通であるという事は分かった。

しかし、それが灰黒結晶や、ダークエルフの弱点に対して、どのように繋がるのかが分からない。


「僕が考えていたのは、その変質という現象が、結晶を砕いた時に起きているとした場合。ハイネさんの言う魔女の言葉を借りるならば、何色から何色の魔力に変わっているのか…というのが重要だと思う。」


「何色から何色に変わるのか…?」


「正確に言えば、何色から変わるのかが重要だと思う。結晶から出て来た魔力が何色だとしても、そこからは均一になるように変質するだろうから、最終的には空気中に溶け込んでしまうはず。だから、結晶から出た後の色は関係無いかな。」


「つまり……灰黒結晶の中に入っている魔力が、何色なのか…それがダークエルフの弱点に繋がるだろうと考えられるって事か。

魔力自体が弱点って……少し考え難いがな……」


もし、特定の魔力色が弱点だと考えた場合、常に魔力に晒されているこの世界では、あまりにも生き辛い。

そんな自然の摂理に反したような種族が居るというのは…どうにも納得出来ない。


「確かに、普通に考えたらおかしな話に聞こえるかもしれないけど、それが、もしも、普通には存在出来ない魔力だとしたらどうかな?」


「普通には…?ん…?」


「仮定として、この世界に存在する魔力の色が、一般的に知られている七つの属性になり得る七色だとしようか。

正確に言うと、シンヤ君とニルさんは、それ以外の魔法が使えるから、七色ではないと思っているけれど、僕の考えを話す上で、七色だとした場合を考えて欲しい。」


「ふむ。」


「この世界には、その七色の魔力しか存在しないという摂理が存在しているのに、この灰黒結晶というのは、その摂理には当てはまらない魔力を蓄積するという特性を持っているとしたら?」


「なるほど……結晶自体にそういう魔力に変質させる特性が有るって事か。その仮定が正しいとしたら、その特殊な魔力というのがダークエルフの弱点になるという事か。」


「うん。そういう事だと考えているよ。

恐らく、砕いた瞬間は、その色を失わず数秒間だけ魔力の色を維持しているはず。それがダークエルフにとっての毒となるんじゃないかな。」


「俺達に影響は無いって考えても大丈夫…なんだよな?」


「シンヤ君の話では、この灰黒結晶が大量に有る場所で戦ったんだよね?それでも影響が無いとなると、間違いなく影響は無いはずだよ。」


少なくとも、俺とニルは大丈夫だし、イーグルクロウの五人も大丈夫だった。という事は、渡人、黒翼族、人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、後は魔女族には影響が無いという事になる。

まあ…殆どの種族には影響が出ないと言っても良いだろう。

今になって考えると、もし、灰黒結晶の中に封入されている物が毒だったとしたら、結構危険な事をしていたのだと思える。死ななくて良かったぜ……


そのお陰というのか、俺達の安全は確保出来たが、吸血鬼族は、まだ分からない。マジックローズや血から魔力を取り込んで生きている吸血鬼族は、魔力に対して耐性を持っている可能性が高いとは思うが…確証も無いのに近付けるのは危険だ。

ハイネとピルテには、念の為に離れてもらっておいた方が良いだろう。


「スラたん。もし、ここまでの仮説が正しいとしたら、灰黒結晶の使い方と、その効果はどんなものになると思う?」


「そうだね……今のところ、灰黒結晶の中に入っているであろう魔力を取り出す方法は砕く以外に分からない。だから、直接灰黒結晶を近付けたり触れさせても意味は無いと思う。

そうすると…ダークエルフのより近くで砕く…くらいしか思い付かないかな。結晶から飛び出した魔力に触れさせるとなると、かなり近くで砕かないと意味が無いと思う。

効果については……正直全然分からないかな。ただ、毒のようなものだとしても、本当に僅かな量を触れさせる事しか出来ないから、大した効果は出ないと思うよ。それが極小量で致死性を持っている…という可能性もゼロとは言えないけど、可能性はかなり低いと思う。もし、その魔力にそんな力が有るとしたら、ダークエルフはもっと早い段階で絶滅していただろうからね。」


厳密に言えば絶滅はしていないのだが……

スラたんの言うように、そんな簡単にダークエルフを殺せてしまう致命的な物が有るならば、強い種族と言えども…いや、強い種族だからこそ、他の種族によって狙われる対象となるだろう。

灰黒結晶を持ってさえいれば簡単に勝てる相手なんて、恐れるような種族ではないだろうから。


しかし、現実での話は違う。ダークエルフには英傑と呼ばれるような者達が多数存在していて、名を馳せていたと聞いた。当然、こうして現在にも弱点が伝わっているという事は、当時だって弱点については知られていたはず。それでも、英傑と呼ばれたということは、致命的な効果は無いと推測出来る。

尋問に使えるかどうかは確かめてみなければ分からないが、やってみる価値は有るだろう。


「大体把握出来た。助かったよ。レンヤ。」


「私は殆ど何もしていませんが…」


「そんな事はない。お陰で優位に話が進められるかもしれないんだ。ありがとう。」


「お役に立てたのであれば、何よりです。」


「色々と話をしたが、この事は内密に頼む。」


「はい。承知しております。

それでは、私はこの辺で失礼致します。」


「ああ。」


レンヤ達は、暫くこの街に残り、逃げた盗賊達についても捜索を続けてくれるらしい。

隠密術に長けている忍ならば、逃げた連中の追跡もお手の物だろう。忍に追い詰められる盗賊の事を思うと、気の毒にと思うが…まあ自業自得だ。


レンヤが屋敷を去り、一段落する。


「さてと……あの女の尋問を再開するか。」


「ご主人様。本当にお一人で尋問なさるのですか…?」


地下に戻ろうとした俺に、ニルが心配そうな顔で聞いてくる。


「灰黒結晶の効果がどんなものかは分からないが、先に全ての手札を切ったりはしたくない。

ニルが来てくれたとしたら、恐らく何かしらの話は出来ると思うが…」


先程、尋問の途中で、ニルが俺を呼びに来た時の事。


ニルの声が地下室に響いた時、ダークエルフの女は、表情を一瞬だけ強ばらせた。気付かない振りをしたが、恐らく、ダークエルフの女にとって、ニルという存在は何かしらの意味が有るのだろう。

ニルを連れて行けば、女は何かを喋るかもしれないが…灰黒結晶を見た時に示した反応よりも、ニルの声を聞いた時に示した反応の方が圧倒的に大きく、動揺したのが俺にも分かった。

そういう感情を表には出さないように訓練されているはずの黒犬が、尋問の素人である俺にさえ分かる程の動揺を表に出したのだ。つまり、ニルという存在が、女にとってそれだけ効果的である事は間違いない。


しかし、今の状態でニルを連れて行くと、口を閉ざしたまま、何も言わない可能性が有る。

もし、それで最後まで会話が出来なければ、俺達には切れる手札が無くなる。そうなるのが一番面倒だ。

まずは、最悪でも会話が出来るような状況まで持ち込み、一番効果的なタイミングでニルと引き合わせ、一気に喋らせるのが良いだろう。まあ…これはハイネからの受け売りだが。


「灰黒結晶が、あの女に効くかもしれないという可能性は一段と高くなった。使用方法の目処も立ったし、まずは一人で話をしてみる。」


「ですが……」


「大丈夫だ。動く事は出来るし、油断したりはしない。助けが必要な時は呼ぶから、それまでは待っていてくれ。」


「……分かりました。」


少し暗い顔をしたニルだったが、渋々ながら頷いて、地下室の入口で待ってくれる。


体調は万全とはいかないものの、それは相手も同じ事だ。遅れは取らない。


俺は、再度カビ臭い地下へと下りて行く。


俺がニルに呼ばれて上へ戻る時、最後に見た体勢のまま、女は微動だにせず座っている。

ダークエルフの女にとって、ここは敵の手中。常に気を張っていなければならない場所なのだ。一瞬の隙さえ俺達には見せないように気を付けているのだろう。


俺が鉄格子の前にまで寄ると、女は俺を一度だけ睨み付け、顔を逸らす。


カチャン!


俺は鉄格子の鍵を開き、拘束されている女に近付く。


「取り敢えず、食事を持って来た。食え。」


「…………………」


会話もする気は無いと口をつぐむ相手なのだ。敵から与えられた食事に手を付ける事もしないだろうとは思うが…食わずに倒れられては困るし、早く血を増やしてもらわなければならない。無理矢理にでも、食事とブラッドサッカーの血を食わせるしかない。


一応、指を使わずとも、拘束された片手でも食べられるような、取っ手の有る、魔法で作った皿を用意したが…このまま渡しても、中身をぶちまけられてしまいかねない。


「先に言っておくが、もし、中身をぶちまけるような事をすれば、俺が無理矢理口に詰め込んで食わせる事になる。

お互い、無駄な労力を使う必要なんて無いし、大人しく食ってくれ。

俺の手で食わせて欲しいというのならば別だがな。」


「……………」


俺は、そこまで言って女の目の前に皿を置く。


バカーン!と皿をぶちまけられる覚悟もしていたが、それはされなかった。

しかし、女は食事に手を付けようとはしない。


「食事を摂らずに衰弱するのを俺達が傍観すると思うか?」


「………チッ…」


俺の言葉を聞き、女は意外にも、食事を自分から摂取し始める。


念の為、あまり女の体力を戻させない為に、食事の量は少なくしてある。結局、スラたんの用意してくれたブラッドサッカーの血も摂取し終わり、皿は空になった。


思っていたよりも従順な態度ではあるが……これについては、ハイネからある程度の予想として、こういう態度になるであろう事を聞いていた。


理由は、恐らく、まだ残っているであろう黒犬の仲間を追わせない為だ。

黒犬というのは、魔王直轄の部隊であり、状況を魔界に居る魔王へと知らせる義務も持っている。この女をサクッと始末してしまうか、もしくはこの女が自殺でもすれば、俺達は黒犬の後を追う事になるだろう。

そうなると、俺達が黒犬に追い付き、邪魔をする可能性が有る。特に、彼等よりも隠密の技術が高い忍がこちらには居るのだから、その可能性は高くなる。そうなってしまうと、状況の報告さえ出来なくなってしまう為、彼等としては非常に都合が悪い。

という事で、唯一生き残っているこの女が、俺達をここに留まらせ、時間を稼ぐという行動に出るのではないかという話だ。

事実、女が意識を取り戻した時は、舌を噛み切らないように猿轡さるぐつわをさせていたらしいが、外してもそんな素振りを見せない為、今は猿轡をされていない。ハイネは、その時から時間稼ぎをしているのだという推測を立てていた。


俺達をここに留めておくつもりならば、暫く生き残り、情報を聞き出せると思わせて、程良いところで逃亡出来るなら逃亡し、無理なら自殺するという手段に出るだろうと予測出来る。

そして、この女は、まさにそれを実践しているという事だ。

だとしたら、俺達はさっさと魔界に向かった黒犬を捕らえに行くべきだと思うかもしれないが、捕まえられるか分からない相手を追うよりも、既に身柄を拘束している者からどうにか情報を聞き出す事に注力するべきだ。

二兎追うものは一兎も得ずというやつである。

それに、俺達が盗賊達を殲滅し、黒犬までをも打ち倒したという情報が魔界に伝わっても、特に問題は無い。言ってしまえば、俺達に負けたという報告をするというだけの事だ。

俺達自身の強さや戦闘方法については、既に伝わっているだろうし、今更騒ぐような事ではない。


要するに、今は、この女の口から、何か情報を聞き出すしかないわけだが、いきなり魔族に関わるような質問をしてしまうと、この女がそれに答えた途端、直ぐに死んでしまう可能性が有る。上級闇魔法である死の契約。恐らく魔王の不利になるような証言を引き出してしまうと、この女は死んでしまうだろう。


俺達が知りたい事で、尚且つ聞き出せるであろう情報としては、ダークエルフ及び黒犬について、魔界全体の状況、反魔王組織ランパルドの事、アーテン婆さんの娘であるテューラの事、そしてニルの魔眼について…くらいだろうか。

話をしていれば、後々聞きたい事が増えるかもしれないが、現状ではこの辺りを聞ければ万々歳というところだ。


一応、女が突然自殺する可能性も考えて、対策する為の魔法は用意してある。これで準備は整った。


「さてと……早速だが、質問を始めるぞ。」


「………………」


「お前の名前は何だ?」


「……………」


時間を出来るだけ稼ぎたい女としては、俺達が痺れを切らす寸前まで、口を噤んでおきたいだろうが…こちらとしては、この女に時間を取られ過ぎるわけにはいかない。


「喋る気が無いのは変わらない…か。」


俺は灰黒結晶を、女が見えるように取り出す。


「………………」


隠しているみたいだが、女の表情が少しだけ歪んだのが分かる。


「んんっ!!」


どんな効果が入って、どんな反応が返って来るのか分からない為、俺は女に猿轡を噛ませる。


「喋らないなら、喋りたくなるようにするしかないからな。」


「………………」


俺の言葉を聞いても、女はまるで怯まず、殺意の乗った視線を向けて来る。


「それじゃあ始めるか。」


俺は、二つの灰黒結晶を片手に収めて、女の腹辺りに近付ける。


「フー……フー……」


嫌がっているらしく、女の息が荒くなっている。


ガリガリバキッ!!


手を強く握ると、二つの結晶が擦れ合い、砕ける。


手の中で微かな淡い光が漏れる。注視していなければ、暗闇でも見逃す程の光量だが、確かに光っている。


「フー!フー!」


光が見えたと思った瞬間、女の息遣いが激しくなったのが分かる。女は、目を見開き、体を捩っている。


「ん…んん!!ん゛ん!!」

チャリ…チャリ…


座っていた体勢だった女は、ベッドの上に背を預け、体を捩り続け、女の体が動く度に、手足から繋がる鎖が、金属音を鳴らしている。


反応を見るに、痺れ毒のようなものではないだろう。スラたんの言っていたように、致死性の毒でも無い。かなり嫌がっている反応ではあるが、狂ってしまう程の効果でもなさそうだ。


与えている効果が痛みなのか、それとも別の感覚なのかは分からないが、とにかく嫌がっているのは分かる。見開いた目に力が入っているのを見るに、演技でもないだろう。

かなり強く食い縛っている様子だし、舌を噛み切らないように猿轡を噛ませておいて正解だったようだ。


女の額に薄く汗が滲み始める頃、少しずつ女が落ち着きを取り戻し始める。効果時間で言えば数分程度だろうが、弱点と言われるだけは有ってそれなりに効果は有るようだ。


「フー……フー……」


何とか落ち着き始めた女に、聞き取り易いゆっくりとした口調で問い掛ける。


「喋る気になったか?」


「フー……フー……」


女は、俺の声に反応して、視線をこちらへと向けるが、その目には殺意が篭っている。


「……そうか。では、もう一度だな。」


「フー!フー!フー!」


ガリガリバキッ!!


「ん゛ん゛ん!!んんー!!」


やっと落ち着いたと思っていたのに、直ぐに次が始まる。


俺にはインベントリが有るし、灰黒結晶はまだまだ残っている。


何度も何度も身を捩り、ベッドの上でのたうち回る女。

そんな女を、俺は黙って見続け、また数分が過ぎる。


「喋る気になったか?」


俺は、一度目と同じ言葉とトーンで、女に問い掛ける。


「フー……フー……」


それでも、女は同じ目付きで俺を睨み付ける。


「もう一度だ。」


そうして、何度女に灰黒結晶を使ったか分からないが、気が付けばそれなりの時間が経っていた。


「話す気になったか?」


「ん…フー………フー………」


女は体力を使い果たしたのか、虚ろな目で天井を見詰めており、俺の言葉に反応を示さない。睨み付ける気力も無いらしい。


いきなりやり過ぎてしまうと、体力の戻っていない女には耐えられないかもしれない。今日はこの辺りにしておくべきだろう。


ガチャン!


俺は鉄格子を閉めて、地下室から出る。


「ご主人様。」


地下を出ると直ぐに、ニルが心配そうな顔で走り寄って来る。


「俺は平気だ。」


「……はい。」


人に拷問するというのは、決して気分の良いものではないが、今はそれ以外の方法が無い。効果が有ると分かった以上、女に対しては、この方法を質問に答えるまで続けるしかない。


ニルは直ぐに紅茶を用意してくれて、俺はそれを啜りながら、気持ちを落ち着ける。


黒犬は、ニルの命を狙っている者達なのだし、容赦する気はゼロだが、だからと言って、嬉々として出来る事でもない。

ただ、気持ち的に少し楽なのは、女の反応が、ドッタンバッタンとのたうち回ると言うより、身を捩りながらジワジワと嫌な感覚に襲われているような感じがする事だ。激しい効果の場合と違い、相手の反応が割と緩やかなので、気持ち的には少し楽な気がする。まあ…気の所為かもしれないが。


ニルは、そうやって考えながら気持ちを落ち着けている俺の事を心配してなのか、肩と肩が触れ合う程に椅子を近付けて座り、横で同じように紅茶を啜ってくれる。

何も言っていないが、その行動からは、ニルの優しさが伝わって来る。


ニルのお陰なのか、直ぐに俺の気持ちも落ち着きを取り戻し、ニルが俺から離れ、夕食の準備を始めた頃、情報収集の為に出ていたハイネ達が戻って来る。

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