第597話 変質

「オウカ島には、夜叉やしゃ族という者達が居るのですが、ご存知でしょうか?」


「いや。初めて聞いたな。」


「人数の少ない種族ですし、街にも、あの戦いにも参加していない者達ですから、見た事も無い種族だと思いますが、その者達が使っている武器の中に、似たような物が有ったと思います。」


「武器?」


「はい。少し変わった鉱石でして、砕くとシデン様の使う雷のような物が走り、その後、毒の蒸気が出て来るという物です。」


「何か…俺達が使っているカビ玉に似ているな?」


「カビ玉が、どういう仕組みで動いているのかは分かりませんが、少し似ているかもしれませんね。

私の知っているその鉱物は、砕いた時点で効果を発揮してしまい、一度効果を発揮してしまうと、完全に使い物にならなくなってしまいます。

それに、結晶を溶かしたりしようとしても、形状が変わった時点で能力を失うので、加工は不可能とされていました。

夜叉族の者達は、皆、こちらで言うところのスリングショットを用いて使用していましたね。」


スリングショットか……カビ玉もスリングショットを使って発射するのも有りだな…って、今はそういう話じゃない。


「しかし、もし灰黒結晶が毒を放出しているとするならば、調べていたスラたんもそうだし、俺達もあの地下空洞で死んでいたはずだ。」


「私がその武器と、灰黒結晶を似ていると言ったのは、現象ではなく、放出される毒の方なのですよ。」


「毒?」


「はい。実は、夜叉族の使うその鉱物は、、効果を受けるという物なのです。」


「特定の種族のみ…?」


「正確に言いますと、相手はモンスターで、種族という言葉が正しいのかは分かりませんが…

夜叉族というのは、非常に優れた狩猟民族でして、狩りによって獲物を捕らえて生活しています。

その狩猟民族である夜叉族にとって、最高の獲物と言われていたのが、牛鬼ぎゅうきと呼ばれるモンスターです。」


牛鬼というモンスターについて、残念ながら俺は知らない。大陸側にも居るのかすら分からないというレベルの話だ。


ただ、牛鬼と言えば、日本の伝承にも有ったはず。頭が鬼で体が牛…いや、逆だったか?

とにかく、想像している牛とは随分と違うだろう事だけは分かる。


「そのモンスターは、非常に強く、もし現れた場合は、四鬼様が対応しなければならない程の相手で、普通は見掛けたら逃げるようなモンスターです。」


レンヤの話を聞くに、恐らく、Sランク相当くらいのモンスターだろう。

そう考えると、多少鍛えた程度の者達では相手にならない。


「しかし、その牛鬼を、夜叉族は嬉々として狩ってしまうのですよ。彼等は確かに強いですが、本来ならば牛鬼を倒せる程の力は持っていません。それなのに、彼等は牛鬼を狩ってしまうのです。」


「その時に使うのが、レンヤの言う鉱物って事か?」


「はい。まさにその通りです。

牛鬼の皮膚は非常に硬く、打ち込んだ鉱石を粉々にしてしまう程です。そして、その時に発生する毒が、牛鬼にのみ効くというものなのです。」


要するにだ…普通ならば避けて通るようなSランク相当のモンスターを、彼等はアイテムを駆使する事で、狩るという事である。


「彼等は、その鉱石の事を、蒼雷石そうらいせきと呼んでいました。」


「蒼雷石か…やはり聞いた事の無い鉱物だな。」


「その蒼雷石の効果は、砕けた後、牛鬼のみが痺れる毒を発生させる為、夜叉族の者達は、痺れて動けなくなった牛鬼を囲んで叩き、狩るという事ですね。」


特定の種類の生き物だけに効く毒。そう言われると、凄く変わった毒のように感じるのも仕方の無い事ではあるが、これは別に不思議なことではない。


そもそも毒というのは、とどのつまり一つの物質である。

それが、その生物にとって有害であるかどうかという指標で考えた場合に、有害であれば毒と呼ばれるだけの事だ。

そして、それぞれの生物種によって、毒性は変わってくる。人には無害だが昆虫には有害だという物だって有る。それを利用したのが殺虫剤だったりするわけだ。体組織や体のつくりが全く異なる生物種が、全ての毒に対して全く同じ反応を示すというのがおかしいというものである。

この世界では、科学、化学が発展していない為、毒という物を知っていても、その毒がどのように作用して、どのような反応から有害であると決めるのか…という事についてまでは知らない。それ故に、特定の生物種にのみ効く毒という物が、凄く特別な物のように感じてしまうのも無理は無い。


「……つまり、その牛鬼にのみ効く毒のように、ダークエルフにのみ効く毒が、灰黒結晶の中に入っているのではないか…という事か。」


「ダークエルフという特定の種族に限定して弱点という言葉を使うとなると、私はその事を思い出しますね。」


「なるほど…」


この世界でいう種族による違いという点で考えた場合、同じ人型であれば、それ程大きな違いは無いと言えるだろう。

ここで言うというのは、体内の構造や体組織等の事である。巨人族や小人族のように、体のサイズが特別違う種族を除いて考えると、大きさも大体同じくらいだ。

それ故に、毒と言えば、大体どんな種族の者達が相手でも、毒となる事が多く、致死量もそれほど変わらないと言えるだろう。

ただ、種族によって生活様式や体のつくりは似て非なるものというイメージも有る。例えば、獣人族ならば耳や尻尾が有るし、吸血鬼族ならば血液、正確にはそれに含まれる魔力が必要になる等、地球でいう人種と比べると、かなり大きな違いが有ると言っても良いだろう。


ダークエルフを見たところ、人と大きく違うところは無いが、知らない種族であるが故に、生活様式の細かな部分までは分からない。

その為、レンヤが言うように、ダークエルフにのみ効く毒というのが存在していても不思議ではない。


加えて言うと、ダークエルフにのみ効く毒という事は、エルフには効かないという事なのだが……ダークエルフとエルフは、殆ど同じ姿形をしており、違うのは肌の色くらいだろう。

それが毒性の有無を決めているかどうかというのは分からないが、指標の一つくらいにはなるかもしれない。


とにかく、レンヤの言う蒼雷石という鉱物が、灰黒結晶と似た鉱物であるならば、同じように毒を放出している可能性は高いといえるだろう。


「蒼雷石というのは、こちらにも存在する鉱物なのか?」


俺は、ニルに聞いてみる。


「蒼雷石…ですか……

その名前は初めて聞きますが、砕いた時に小さな雷が走る石と言えば、恐らくはライタライト…の事だと思います。」


「ライタライト…?それって…これの事か?」


俺はインベントリから取り出した鉱物を机の上に出す。


見た目は雲母のような物で、膜のような結晶が層状になっている鉱物である。色は蒼色で不透明。


「それです!」


レンヤはかなり驚いているみたいだが、一番驚いているのは俺だ。


ダンジョンの報酬や、ゲーム時の名残で、インベントリ内には色々な種類の金属や鉱物が入っているが……まさかレンヤの話に出てきた鉱物が、インベントリに入っているとは…

まあ、使えなければ持っていても持っていないのと同じではあるが…


気を取り直し、俺は取り出した鉱物に鑑定魔法を掛ける。


【ライタライト…別名、蒼雷石そうらいせき。二つの異なる鉱物が、交互に重なった結晶。砕けると静電気を発生させ、電気分解により、特定のモンスターを痺れさせる毒を放出する。希少性はそこそこ高い。】


「ほうほう……」


この世界の鉱物や金属は、種類が馬鹿みたいに多く、鑑定した事の無い物も数多く存在する。というか…そっちの方が圧倒的に多いだろう。つまり…このような鑑定結果だったとしても、俺が知らないのは仕方の無い事であるのだ。うん。言い訳ではない。決して。


それに、恐らくだが、レンヤの話を聞いた事で、蒼雷石という名前が追加されている…のだと思う。ニルも蒼雷石の名は初めて聞いた様子だし。

逆に何故……ニルはこの鉱物を知っていたのだろうか…?

奴隷として生活していたとはいえ、子供の姿だったのだから、鉱夫の真似事なんて出来ないだろうから、鉱物についてそこまで詳しいのは不思議だが…奴隷という事は、中には鉱夫の経験者も居ただろうし、そういう者から色々と話を聞いていたのだろうか。

思っているよりも、奴隷というのは色々な事を体験した者達が多いから、普通に生きている者達よりそういう知識は豊富なのかもしれない。


などと思考が明後日に向かっていたが、意識を鑑定魔法の結果に戻す。


色々と書かれているが、やはり一番気になるのは電気分解という言葉だろう。

電気分解というのは、ザックリ言ってしまうと、化合物に電気を流して分解するというものだ。二つの異なる化合物に電気を流し、それを繋ぐ液体が…と詳しい話をし始めてしまうと長くなる為、それは端折るが、その現象を利用した…というのか、自然にそういう結晶が生まれ、それがたまたま電気分解の仕組みを形成しているのだろう。


放出される毒については、どんなものかという表記こそ無いが、特定のモンスターに対して有効な毒という事に間違いは無さそうだ。


そう考えると、似たような鉱物が有ったとしても不思議ではないし、それがたまたまダークエルフにのみ効く毒を放出する鉱物だとしても理解出来る。


「なかなか面白そうな話をしているね?」


俺が鑑定結果と睨めっこをしていると、後ろからスラたんが現れる。どうやら、俺達の話が気になって来てくれたらしい。

こういう話は、俺よりもスラたんの方が詳しいだろうし、俺はスラたんにこれまでの事を話してみる。


「…なるほどね。」


俺の話を聞き終わったスラたんは、大きく頷いて納得している。説明を聞く為に黙って見ていると…


「シンヤ君は、トルマリンって鉱物を知っているかな?」


「トルマリン…?あのブレスレットとかにして健康具として使われるやつか?」


「それそれ。トルマリンが健康に効くのかは分からないけど、確か、トルマリンというのは別名で電気石でんきせきとも呼ばれているんだ。」


「電気石…」


「熱すると電気を帯びるから、そういう別名が与えられたらしいんだけど、鉱物が電気を帯びるという事例が有る以上、静電気が走る石があっても不思議ではないと思う。」


「へぇ…それは初めて知ったな。」


「僕もたまたま聞いた事が有ったというだけなんだけど、間違いないよ。

ただ、灰黒結晶は、砕いた時に光を放つけど、静電気とは違い、僅かな柔らかい光が放たれるだけ。つまり、砕けた時に、放電ではなく、他の現象が起きていると考えられるね。」


「他の現象?」


「ああいう光を放つ現象となると…僕の知る限りでは、魔法陣くらいかな。」


言われてみると、魔法陣が光る時は、激しく光るというより、柔らかい光が発せられている。


「つまり、灰黒結晶が光るというのは、魔力的な特性が関わった現象…だと考えて良いと思う。

確定するには早いかもしれないけど、ほぼほぼ間違いないと思うよ。」


「魔力的な特性が関わった現象…ね。例えば?」


「そうだね…ここからは完全に推測にはなってしまうけれど…

例えば、灰黒結晶を砕いた時に、内包されていた魔力が解放される。元々は結晶の中に閉じ込められていた魔力が、唐突に外界へと押し出される事によって、魔力の性質が変わり、それが光になって見える…とかかな。」


「変質って事か?いや…そもそも魔力が変質?どういう意味なんだ?」


「それについては、私の方から説明するわ。」


ここでハイネとピルテも登場。勢揃いだ。しかも変質について説明してくれるらしい。


「これについては、私と言うよりは、魔女族の者達が行った研究を元に発表された理論だから、正確に言うと魔女族の説明という事になるわね。」


「研究者の種族…一度会ってみたいものだね。」


「ふふふ。スラタンならば、癖の強い魔女族とも仲良くなれるかもしれないわね。」


ハイネが綺麗に笑う。


「その話はまたにするとして、今は魔力について説明するわね。」


「よろしく頼む。」


「ええ。

まず、魔力と魔法の関係については、何となく分かるかしら?」


「魔法を使う為に、魔力が必要……つまり、魔法を発動させる為の燃料みたいなものだよな?」


「そうね。その感覚で間違いないわ。

魔力という力に対して、条件を付与して、それに見合った現象を引き起こす。これが魔法の仕組みよ。」


魔法というのは、魔力という無色透明な、特性を持たないエネルギーに、魔法陣という条件を付与するシステムを用いて条件を付与し、それに相当する現象を起こすというものだ。

例えば、激しい酸化反応という条件を付与したならば火魔法に。空気を移動させるという条件を付与したならば風魔法になる、という感じだろう。

それらの条件を決めるのは、魔法陣に描いて行く図形であり、それらの組み合わせによって、それぞれの属性の中でも、更に細分化されて行くという事だ。

当然、より複雑な現象を引き起こしたり、大規模な魔法を引き起こそうとすれば、その分のエネルギー、つまり魔力が必要になるし、魔法陣も複雑になる。

魔力という画用紙に、絵の具という魔法陣を使い、絵という魔法を完成させる…というイメージだろうか。


「それは何となく分かっているな。」


俺の言葉と共に、ニルやスラたんもうんうんと頷く。


「流石ね。そこまで考えずに魔法を使っている者達が殆どだと思うわよ。」


「そうなのか?」


「生まれた時から当たり前に目にしているものだから、そこまで考えない…のでしょうね。」


有るのが当たり前な物に対しての知識が無いというのは、元の世界でもよくある事だったし、それは何となく分かる。

何故電球は光るのか。何故電話で声が聞こえるのか。何故テレビで映像を見られるのか。それを科学的に説明せよと言われて、完璧に答えられるという人は、きっと少ないだろう。それと同じ事だ。


「僕達にも身に覚えの有る話だね。」


「だな。」


「ふふふ。それについて詳しく調べたのが、魔女族の一人よ。

その人は、魔力という物について、一体どんな物なのかという事を調べたの。それで分かった事なのだけれど、実は魔力という物は、全てが均一で同じ物ではなく、若干の違いが有るという事が分かったのよ。」


「違い?」


「そうね……例えば、火魔法ならば火魔法に使われ易い魔力とか、水魔法に使われ易い魔力。というように、優先的に使用される魔力が有る事が分かったの。」


「へぇ…」


「その事を、調べた魔女は、魔力の色と言っていたわね。」


「魔力の色…火魔法ならば赤、水魔法ならば水色という感じかな?」


「そういう事ね。実際には、魔力に色なんて無いのだけれど、火魔法になり易い魔力を赤色の魔力。水魔法になり易い魔力を水色の魔力としたという事ね。」


「なるほど……」


「ただ、魔力は、魔法が使用されて特定の色が減った時、その色を補うように、他の色の魔力が変色する事が分かったらしいの。

常に、魔力の色は、全てが均等になるように保たれていると言っていたわ。」


魔力の色が、全部で何色有るのかは分からないが、魔力というのは、常に多色が均一にまぜ合わさった状態で存在していて、そこから一色のみを抜き取った場合、他の色から均等に引き抜かれ、無くなった色を補填する…という事だろう。何となくだがイメージ出来る。


「この、変色というのが、ここで言うところの変質というやつね。」


「大体僕の想像していた通りだったかな。」


「ふふふ。スラタンは本当に賢いわね。私が説明するまでも無かったかしら?」


「あっ!いや!そんな事はないよ!?確認出来ていたわけじゃないし!ハイネさんに説明してもらえて助かったというか…その…」


「………ふふふ。」


困り果てそうになったスラたんに対して、ハイネは悪戯を成功させた子供のように笑って見せる。


「ハイネさん!」


「ふふふ。ごめんなさいね。ついつい。」


盗賊達との戦闘が終わってから、ハイネ達も随分とこういうノリが増えた。気を張り続けていた反動だろうか。場の空気が軽くなるから良いのだが、スラたんはいつもハイネに悪戯されている。まあ…スラたんに悪戯を仕掛けたくなる気持ちは分かるし、スラたん自身もやぶさかではない感じだから良いだろう。


「あまりスラたんを虐めてやるなよ。既にそれが快感になりつつあるんだから、変な属性が付いてしまうぞ?」


「シンヤ君が一番酷い事言ってるの分かってるよね?!」


「「…………」」


ピルテにレンヤまでも、無感情な視線をスラたんに向ける。

堅苦しいと思っていたレンヤも、冒険者のノリが分かってきたようだ。


「ピルテさんにレンヤさんまで?!そんなスンとした目で見るのは止めて!僕にそんな属性を付与しないで!!」


「これが変質…いえ、変質者ですか。」


おお…ニルまで上手い事を言うようになったか…学習能力の高さに脱帽だぜ。


「ニルさんっ?!上手くないからね?!」


「ふふふ。冗談ですよ。ごめんなさい。」


「くぅ…酷い冗談だよ…これ絶対シンヤ君の影響だよね?!」


「うむ。なかなか上手かったな。よくやったぞニル。」


「はい!」


ニルの頭を撫でてやると、擽ったそうに笑う。


「うん。違うよね?!もうツッコミが追い付かないよ!?」


スラたんをいじり倒し、一通り笑ったところで、やっと本題に戻る。


「取り敢えず、魔力の変質に関して、言いたい事は分かった。だが、それと灰黒結晶と、何か関係が有るのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る