第596話 弱点 (2)
「他には何が分かったんだ?」
スラたんの言い方的に、他にも何か分かった事が有るはず。俺は話の続きを催促する。
「順を追って説明するよ。
まず、この灰黒結晶って言う鉱物は、恐らくだけれど、何かの成分を溜め込む性質が有る事が分かったんだ。」
「何かの成分ってのは?」
「測定機器なんて物は無いし、それがどういった物なのかは全く分からないんだけど、砕いた瞬間に微かに光を放つ事が分かったんだ。」
「光を蓄えるって事か?」
「ううん。もしそうなら、光を閉じ込めるという事になるし、結晶は真っ黒になって光を通さないはず。そうではないって事から考えると、光を蓄えているって事は無いと思う。」
「だから何かの成分って言ったのか。」
「うん。そういう事。僕の推測では、魔力だと思っていて、魔石と同じような物だと考えていたんだけど、それとも少し違う物みたいなんだよね。
もし、砕いた時に光るものが魔力だとして、魔石と同じ物ならば、溶かした後も魔力を保有していないとおかしいと思うんだけど、この灰黒結晶は、一度溶かしてしまうと、砕いても光を放たなくなるんだ。」
この世界における魔石というのは、Aランク以上のモンスターが、体内に持っている事の多い物で、魔力を蓄える性質と、周囲から魔力を吸い、吐き出すという性質が有ると言われている。モンスターにとっては、魔力タンクのような役割を担っていると考えられており、それ故に人間の魔力量より多い魔力量を保有しているのだと考えられている。
そんな魔石を溶かして固めて魔石陣を作るという事は、溶かした後も魔力を蓄えたり、魔力を吸ったり吐いたりする性質は残るという事だ。
だとすると、この灰黒結晶というのは、魔石と同じ物だとは言えない。
ただ、スラたんの推測である魔力が封入されているかどうかは分からないが、少なくとも、溶かす前は何かが中に閉じ込められているという事は間違いないだろう。
「そうなると、その閉じ込められている成分が、ダークエルフには弱点となる可能性が高そうだな。」
「弱点が有るという情報が真実なら、可能性は高いだろうね。」
「…使えると思うか?」
「どうだろう…シンヤ君達は、この灰黒結晶が有った場所に入って体調が悪くなったりしなかったみたいだし、僕が調べていた時も、何か体に異変が有ったりはしなかったから……どういう意味で弱点って言われているのかが分からないんだよね。」
「弱点かどうかも分からない上に、もし弱点だったとしても、どんな効果が有るのか分からない…か。」
「流石に、近付けただけで唐突に死んでしまうなんて事は無いだろうけど……まあ、やってみるしかないだろうね。」
「だよな…」
ぶっつけ本番で、これを手札として使うには少し頼りない気もするが、無いよりはマシだろう。
「他にも何か手札が欲しいところだが…」
「黒犬が自分達の事を示す情報を落としているとは思えないわ。ダークエルフについても、一応、エルフ族の人達を中心に聞いて回ってはみるけれど…これ以上の情報が手に入るかは微妙なところだと思うわ。」
「そうだよな……出来る限り、あの女から情報を引き出したいが、少し時間が掛かるかもしれないな。」
「でも、情報を持った状態で先に進むべきだと思うし、ここで焦るより、時間を掛けてでも、あの女から情報を引き出してから先に進んだ方が良いと思うわ。」
「だな。」
俺達の今後の行動としては、魔界へと向かい、魔王と魔王妃の事を解決しなければならないが、魔界についての情報を殆ど持っていない状態で魔界へ入るのは危険過ぎる。
一応、アマゾネスの皆が情報を集めてくれているし、ハイネとピルテのお陰で吸血鬼族との繋がりも出来た為、魔界に入ればいくらかの情報を共有出来るとは思うが、魔界外で情報を得られる機会が有るならば、こちらでもしっかりと情報を入手しておくべきだ。
それが、魔王直轄の暗殺部隊から情報を得られるかもしれない機会ともなれば尚更だろう。
それに、ニルの魔眼についても、何やら知っているような反応を見せていたし、しっかりと情報収集を済ませてから、この街を出るべきだ。
という事で、ハイネ達には、街で情報を収集しもらいつつ、女の目が覚めるのを待った。
結局、女が意識を取り戻したのは、翌日の昼過ぎだった。
因みに、それ以上の情報を得る事は出来ないまま、女との会話をする事になったが、恐らく、もっと時間に余裕が有ったとしても、こちらの手札は増えないだろう。という事で、動いても良いとスラたんから許可が出たので、直ぐに、俺が女との話をする事になり、屋敷の地下牢に向かった。
普通に屋敷の地下に牢が作られているという事に驚いたが、屋敷の中を歩けるようになり、豪邸と呼ぶに相応しいデカさの建物だと知り、何となく納得出来てしまった。
そもそも、そんな豪邸に住むという経験なんて無いから、地下室が作られているのが普通なのかどうかも分からないが、奴隷が普通に居る世界だと考えると、地下牢が作られているとしても不思議ではないだろう。
特に、この屋敷の持ち主は、ブードン-フヨルデと共に甘い汁を啜っていた連中だ。地下室の一つや二つくらい持っているのは、寧ろ当然とさえ思える。
とにかく、俺は屋敷の地下へと下りて、牢の中で鎖に繋がれた女の元へと向かった。
風通しの悪い地下室ならではのカビ臭さが鼻に来る。
地上の屋敷内部は豪勢で煌びやかだったのに対して、加工もしていない、魔法で作り出したままの石を、そのまま埋め込んだだけの床や壁で、非常に無骨な地下室。牢屋は一つしかなく、かなり狭い空間で、錆の浮いて来ている鉄格子が、壁に掛けられているランタンの光に照らし出されている。
ジャラッ……
俺が地下へと下りて来たのに気が付いたのか、鉄格子の奥から、鎖が擦れる音が聞こえて来る。
鉄格子の奥には、聞いていた通り、浅黒い肌に、鋭い目の中には焦茶色の瞳。薄い唇と長い耳、長い白髪をした女が見える。
整った顔立ちをしており、外見だけで言えばエルフを思わせる美貌の持ち主と言えるだろう。現在は簡素なベッドに繋がれており、立てない状況である為、正確な数字は分からないが、戦闘中の事を思い出すと背は百七十センチくらいだろう。
当然だが、装備の類は全て剥がされており、身に纏っているのは手術着のような布だけ。
俺に警戒して動く度、目を引く四肢は筋肉質で、よく鍛えられているのが分かる。戦闘中、声を聞かなければ男か女か分からなかったが、こうして見てみると、大きくもなく小さくもない胸が女である事を示しており、一目で女だと分かる。
「目が覚めたか。」
俺が鉄格子へと近付くと、中から俺を睨み付ける女。ベッドの上で体を起こしてはいるが、残った右腕と両足を鎖でベッドに固定されている為、動き回る事は出来ない。勿論、魔法陣も描けないように、しっかりと指先まで拘束している。
話では、気を失う前、この女は呆然としていて攻撃してくる意志を感じなかったという事だったのだが、近付けば噛み付いて来るのではないかと思うような形相をしている。
「話は出来そうにはないな。」
「話す事も、話す気も無い。」
女は、俺を睨み付けてきてはいるものの、極めて冷静な声で返答する。
声を張り上げて、解放しろ!とか、殺せ!とか言うのがテンプレートだと思っていたのだが、どうやらこの女は違うらしい。
自分が解放されない事も、殺されない事も理解した上で、絶対に何も情報は与えないと決意しているといった状態なのだと思う。
ただ、ここまではある意味予想通りである。
相手は魔族の裏側で動く暗部の者だ。
感情的になって、思わず情報を漏らしてしまう事はないだろうし、拷問に耐える訓練もしているに違いない。
痛みや苦痛を与えたとしても、この女は絶対に口を割らないだろうし、俺自身が拷問に慣れているわけでもない為、口を割らせる自信は無い。
そんな相手から情報を聞き出そうと思うと、なかなかに大変な事だというのは、誰にだって分かる事だ。
気絶する前は、戦意を喪失しているような状態だったと聞いていた為、
ただ…喚き散らして、まるで会話が出来ないという事は無く、内容はともかく、会話は成り立つ。ここからも同じように会話が出来るかは分からないが…
それだけでもまずは十分だとは思うが、こちらも悠長に待ち続ける事は出来ない。ある程度会話を押し付けていくべきだろう。
という事で、話す気は無いという言葉を無視して、俺は勝手に話をスタートさせる。
「そうだな……まずは名前を聞こうか。」
「………………」
「後々、あの二人に頼めば、血の記憶から色々と分かる事だ。黙っていても分かる事だぞ?」
「………………」
それならば、そうすれば良いとでも言いたげに押し黙り続ける女。いや、自分の血が足りない事を理解しており、失血させるような事はしないと分かってるのかもしれない。
どちらにしても……女は口を開かず、会話すら出来そうにない状態だ。
これは早々に手札を切らないと、喋る事すら出来そうにない。
出し惜しみをしたところで、会話が出来なければ何も得られないのだから意味が無い。
という事で、俺は早々に持ち込んでいた灰黒結晶を取り出して、鉄格子の奥に見えている女に見せる。
女は俺が取り出した物に一度だけ視線を向けるが、反応は示さない。
これは、灰黒結晶が弱点という話がただの言い伝えで、真実ではないかもしれないと思っていたのだが…
少し時間を置いて、女がもう一度横目に灰黒結晶をチラ見したのに気が付いて、考えが変わる。
どうやら、女が気にするくらいには、何かしらの効果が有ると考えても良さそうだ。問題は使い方だが…
俺は一先ず、反応を確かめる為に、鉄格子の鍵を外し、中へと入る。
もし、灰黒結晶が近付くだけで効果を発揮するのであれば、それを持っている俺が近付いてくるのを嫌がるはずだ。
しかし、鉄格子を開けても、俺が中に入っても、女は全く反応を示さない。
それが、反応しないようにしてるからなのか、それとも近付くだけで効果を発揮する物ではないからなのか…判断が非常に難しいところだ。
「話す気は無いのか?」
「…………………」
「……そうか。」
俺は灰黒結晶を持ったまま女に近付いて行くが、今のところ女に変化は見られない。少なくとも、結晶を近付けただけでは効果が無いようだが、問題はここからだ。
触れさせた方が良いのか、砕いた方が良いのか、はたまた全く別の方法なのか。
そして、その効果は、女が口を割るようなものなのかどうか。
スラたんの話を思い出すと、砕いた時に光ると言っていた。スラたんの推測では、砕いた時に、中に閉じ込められていたであろう何かの成分が放出され、その一部が光となっているのではないだろうかという事だった。これらの事から考えると、その成分がダークエルフの弱点であると言うのであれば、砕くのが最も成功率が高いだろう。
そんな事を考えながら、更に近付こうとした時。
「ご主人様。」
後ろからニルが俺を呼ぶ声がする。
「……どうした?」
「少々よろしいでしょうか?」
「ああ。」
俺は女から離れ、檻から出る。
「…どうした?」
地下室から地上へと上がり、女に声が届かなくなったところで、ニルが俺を呼んだ理由を聞く。
一応、女への尋問は、まず、俺が一人で行うという事になっていた。本当はニルも一緒に付いてくるという話だったのだが、女はニルの魔眼を見て狼狽えていたらしいし、ニルに対しての反応も見ておきたかったから、まずは一人で話をしてみようとしたのだ。
そういう状況であり、俺が女への尋問を行っているという事を知っているニルが、邪魔をしてしまうであろうと分かっているのに、俺を呼ぶとなると、そうしなければならないだろうと思う程のことであるはず。
何か有ったのかと思ったが、どうやら別の来客が有り、俺を呼び戻したようだ。
ニルが返答するより先に、俺はその気配に気が付く。
「レンヤ!」
ニルの奥に見えているのは、レンヤ。
盗賊達との一件では、かなり助けられた。
俺が名前を呼ぶと、レンヤは軽く頭を下げる。
「お元気そうで安心致しました。」
「ああ。怪我も治ったし、無理をしなければ取り敢えずは大丈夫だ。」
「…邪魔をしてしまいましたか?」
「いや。大丈夫だ。寧ろナイスタイミングだった。」
「??」
何の事だ?という表情をしているレンヤだが、一先ず話を変えよう。
「ここでは何だから、座って話そう。」
ニルは既に飲み物を用意する為にキッチンへ向かっているし、レンヤを連れて移動する。
ニルが出してくれた紅茶を飲みつつ、レンヤと座って話を始める。
「レンヤも怪我は無いみたいだな。」
「はい。お陰様で無事でした。」
「改めて、あの時は本当に助かった。来てくれて感謝するよ。」
「いえ。当然の事をしたまでです。」
当然だとキッパリと言い切る辺り、やはりレンヤは中身も外身もイケメンだ。
一応、今は冒険者を装っていて、忍の格好はしていない。
「イーグルクロウの皆様から話は聞きました。」
レンヤとは、イーグルクロウを通して、話を共有してはいた。事後処理という事で、優秀なレンヤ達には、残党やその他証拠集め等で動いてもらっていた為、今まで直接は会えなかったが、それが一旦落ち着いたのだろう。
「終わった後の事まで、色々と助かるよ。
レンヤ達忍は優秀だから、どうしても頼ってしまうな。」
「恐悦至極。」
相変わらず反応は固いが、口元が微かに緩んでいるのを見るに、本当に嬉しいのだろう。レンヤ達は、忍として動いている時は、何が有っても表情を変えない為、こうして表情に反応が出るのは珍しい。冒険者として動いているからという事も有るだろうが、レンヤの表情を動かす程に嬉しい事だったのだろう。
「それで……残党の方はどうだ?」
「何人か見付けて捕らえておきました。ただ、やはり残党の連中は盗賊団の構成員というだけで、大した情報は持ち合わせておりませんでした。」
「どちらにしても、盗賊団は壊滅したし、盗賊相手に証拠も何も無いだろうから、それで構わない。」
「はい。」
そこから聞いたレンヤの話では、残党である盗賊達が集まって仕掛けて来るという様子も無く、ただただ逃走しているという話で、危険性は完全に消え去ったと考えて良いという事だった。
レンヤ達のような優秀な忍に頼んでまで事後処理をしてもらったのは、イーグルクロウやケビン達が、残った盗賊達の事を気にしていたからだと聞いている。
残った盗賊達を全て掻き集める事が出来たならば、もう一度街に攻撃を仕掛ける事が出来る程度の数が揃うだろうと考えていたらしく、それを気にしていたらしい。
バラバンタ達や、それぞれの盗賊団の頭が死んだ今、こちらを攻め落とせる要素など皆無ではあるが、そんな事をされてしまうと、更に犠牲者が増えてしまう為、気掛かりだったのだろう。
結局、残った連中は、完全に戦意喪失しており、逃げる事しか考えていないような状態らしく、要らぬ心配であったのだが、念には念を入れて潰しておくべきだと俺も思うし、それについて、レンヤ達が一役買ってくれたという事である。
他にもいくつか話を聞かせてくれたが、今回の件が無事に終わったという報告ばかり。これでやっと、完全に危険が去ったと言える状況になったと言える。
「本当に助かった。」
「いえ。」
レンヤの話が終わり、礼を述べると、短く返答するレンヤ。
「…例の女については、何か分かりましたか?」
「いや。まだ話を聞けていない状況でな。」
「そうでしたか……我々が尋問致しますか?」
レンヤ達忍ならば、魔族の事を話したとしても、絶対に話が漏れたりはしないと信じられるが、出来る事ならば、自分達でやるべきだろう。
黒犬に聞きたい事は魔界に関わる事ばかり。これ以上、こちらの事情にレンヤ達を巻き込むわけにはいかない。
「いや。それについてはこちらで何とかするから大丈夫だ。
ただ……聞いても良いか?」
「私に答えられる事でしたら、何なりと。」
「実は…これなんだが。」
コトッ…
俺は紅茶が置かれているテーブルに灰黒結晶を置く。
既にスラたんが灰黒結晶について調べてくれているのだが、裏の世界のプロに聞けば、また違った視点から意見をくれるかもしれないと思っての質問だ。
「こちらは…?」
「これは灰黒結晶と言ってな…」
俺は一通り、知っている灰黒結晶の事を話し、それが尋問したい相手の弱点だと言われているという事まで伝える。
「弱点……ですか。」
「曖昧な情報だということは分かっている。分かっている上で…弱点であるという話が本当だとした場合、これをどうやって使うのだと思う?」
「そうですね……」
レンヤは灰黒結晶を手に取り、眺めながら眉を寄せる。
「そう言えば……」
ふと、レンヤが何かを思い出したような表情を見せて、口を開く。
「オウカ島での話になってしまいますが。」
「何か思い当たる事が有るならば、何でも良いから聞かせて欲しい。」
「はい。」
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