第593話 ダークエルフ
今回の件で、俺とニルを殺す為に動いていたのは黒犬だったが、街を襲う計画はバラバンタが立てたものであり、襲撃自体に黒犬は関わっていない。
裏から操っていたというのは間違いないとは思うが、あくまでも憶測に過ぎず、物的証拠が無い以上、黒犬連中を襲撃の罪で拘束する事は出来ないとの事。
これだけ荒ぶった民衆の前では、物的証拠も何も無いような気もするが、証拠も無いのに断罪してしまえば、それは盗賊と同レベルの話になってしまう。
何より、疑わしいだけで罰してしまえば、今後の街の法が乱れてしまう。秩序を保つ上でも、街側は、しっかりとした法の元で裁かれなければならない。
故に、黒犬の事は裁こうと思っても裁けないという事だ。
まあ…自分達に繋がるような物を残しておくようなバカな事をするような連中ではないし、物的証拠など有るはずがない。黒犬と直接的な関わりを持っていたであろう連中は全て死んでしまい、死人に口無し状態。
ブードンの屋敷の地下に居て俺達を襲って来たが、女が個人的な恨みで俺達を狙ったと一言口にしたならば、襲撃の関係者としては裁けなくなってしまう。
当然、黒犬はもしもの為にそこまで考えての行動を取っていただろうし、気が付いて襲撃の事を聞かれたならば、知らぬ存ぜぬを通し、俺達への恨みだけで戦ったと言うに違いない。
そうなってくると…ニル、ハイネ、ピルテは魔族であり、あまり深く調べられてしまうのはこちらも困る。黒犬を法的に裁いて欲しいと俺達が願った場合、当然被害者である俺達の身辺も探られる為、不問にすると言うしかない…という事になるわけだ。
俺達が訴えないとなれば、罪自体が無くなるという事になる。
黒犬達はそこまで考えて、今回の事件に関わったはず。詰めの甘さなど微塵も感じない徹底した行動に、敵ながら敬意すら感じそうになる。
ただ、ケビン達としても、出来ることならば黒犬を野放しにはしたくない。状況的に黒犬が関わっていたという事は分かっているし、このまま物的証拠が無いから自由の身…というのはあまりにも危険過ぎる。
そこで、ケビン達は俺達に黒犬の事を一任するという判断になったらしい。
この辺りは、ハイネが交渉してくれたらしく、女の身柄はこちらが管理している状況という事のようだ。
絶滅した種族が何故生きているのかという事に関しては、いくつか理由を想像出来るし、恐らくだが、魔王への忠誠心の理由もその辺に有るのではないかと考えられる。
黒犬に口を割らせるのは無理だろうし、傷が回復して血が戻るまでには時間が掛かる為、その間はハイネ達が血の記憶を読み取る事も出来ない。時間が掛かると考えると、話を聞き出す方向で進めようとした時に何かしらの手札を持っておきたい。
「身柄をこちらで預かれるようにしてくれたならば、あの女から話を聞けるな。
だが…相手は黒犬だ。そう簡単に口を割るとも思えないし、こちらでも出来る限りの情報を集めて、手札を揃えておきたいな。」
「そうなると…ダークエルフについて調べるのが良さそうだけれど、かなり昔に絶滅した種族となると、魔界にすら資料が残存しているかどうか怪しいところよ?」
「戦時中の事となると、資料云々なんて事を言っていられないだろうし、資料が有ったとしても、既に紛失している可能性も高い…か…」
それに、ハイネ達が魔界を出て来た時の状況と、黒犬が襲って来た事を考えると、魔界に行って、悠長に資料を探している暇など無いし、そこまであの女を連れて行くというのも馬鹿みたいな話だ。
「私も聞いた事が無い種族ですね…」
ニルも聞いた事が無いとなると…魔界外にはあまり伝わっていない話なのかもしれない。少なくとも、街の噂レベルでは聞けない話だろう。
「普通に情報を集めるなら…資料が揃っているところになるから、図書館とかかな?」
「魔界にすら資料が残っていないかもしれないのに、魔界外に資料が残っているとは思えないぞ?」
「あー…それもそっか…」
「でしたら…長寿の種族に聞いてみるのはどうでしょうか?例えば、エルフ族の方とか…」
「「っ!!」」
盲点だったと、俺とスラたんが目を丸くする。
日本には長寿の種族なんて者達は居なかったからついつい忘れてしまうが、この世界には寿命が大きく異なる種族が混在している。
下手な資料を探し回るより、生き字引ともいえる長寿の種族に話を聞く方がずっと効率的だ。それに、ダークエルフと言うくらいなのだから、エルフ族とも何かしらの関係性が有ると考えて良いはず。
長寿のエルフ族に話を聞ければ、何か情報を得られる可能性は高い。
ただ、もしも、ダークエルフとエルフが、よく有るファンタジーの話とは違い、友好的な関係性だとしたら、いきなりダークエルフの事について聞こうとする者達に、素直に話をしてくれるとも思えない。
そうなると、俺達の事を知っていて、尚且つ良好な関係性、俺達の事情をある程度知っているエルフ族の者……というのがベストだ。そんな都合の良い人が居るという都合の良い事が……有る。
「プロメルテに話を聞くべきだろうな。」
「そうなるわよね。イーグルクロウの居場所は聞いているから、私が呼んで来るわ。」
「僕が行くよ!」
ハイネが立ち上がると、スラたんが直ぐに反応する。まだ街に盗賊の残党が居たり、何かが起きる可能性もゼロではないだろうし、それを心配しての事だろう。しかし…
「スラタンはシンヤさんの事をよろしくお願いするわ。この中で医療に関する知識が一番高いのはスラタンなのだからね。」
「あー…それもそうだね…」
「私が一緒に行きますので安心して下さい。」
ニルの話では、ハイネもピルテも、疲労はかなり溜まっていたみたいだが、特に大きな怪我も無く、休んだ事ですっかり回復したらしい。全快になった二人が、今更街に残っているような鈍臭い盗賊に怪我をさせられるとは思えない。寧ろ相手が可哀想になるくらいボコボコにされるのがオチだろう。
まあ…スラたんの心配は、二人が美女だから…という事から、別の心配も入っているのだろうが、それこそ気にする必要は無いだろう。
こんな街の状況下で、そんな事をしているような小悪党など、二人が一睨みしたら色々と縮み上がって爆速で逃げるはずだ。
だから心配するなと言っても、そういう問題では無いと言われてしまうだろうが…
「う、うん…」
「大丈夫ですよ!では行ってきます!」
ピルテとハイネが出て行く後ろ姿を、スラたんは目で追う。
どうやら、ハイネの、二人を仲良くさせようという作戦はそろそろ成功しそうだ。
「スラたん。」
「え?あ!うん!何?!」
ピルテ達が出て行った扉を見詰めていたスラたんに声を掛けると、気が付いたように返事をする。
「……二人がプロメルテを連れて来てくれる前に、確認しておきたい事がある。」
「…うん。」
俺の声色で、真剣な話だと気が付いたのか、椅子に座りつつ姿勢を正すスラたん。
「今回のハンターズララバイとの戦いは、かなり大規模で特殊ではあったが、俺達がどんな旅をしているのか、本当の意味で分かったと思う。
ここまで大きな戦闘は、そう何度も有るわけじゃないが、同じくらい命の危険が有る出来事は何度も体験した。」
「………………」
「そして、恐らくだが…ここから先は、更に危険な事に巻き込まれる可能性が高い。」
「魔界…魔族の事だよね?」
「ああ。俺も現状で魔界がどうなっているのかは分からないが、少なくとも安全ではないはずだ。いや、かなり危険な状況だと考えた方が良いだろう。
黒犬も、あれで全員ではないだろうし、最悪……今回の件が霞む程の辛い状況に陥るかもしれない。
当然、その分殺す人数も増えるし、殺される可能性も大きくなる。」
「……うん。」
「ここで俺達と分かれて、暫くどこかで待っていてくれれば、全てが終わった後に呼びに来るという事も出来る。
正直な話、スラたんにはそうしてもらった方が良いかもしれないと考えてもいる。」
「っ?!」
「勘違いしないでくれ。スラたんの力は、俺達にとってとてつもなく心強いものだし、仲間だと思っている。」
「う、うん。」
あれだけ助けてくれたのに足でまといだとか、覚悟が足りないだとか、そんな事をスラたんに対して思うという事は絶対に無い。というか…あのスピードはどんな種族にとっても脅威以外の何ものでもない。
「ただ、仲間だと思っているからこそ、スラたんにこれ以上人を殺めて欲しくないとも思っているんだ。」
仲間を守る為には、時として相手を殺さなければならない。命を奪う事でしか、命を守れない状況だってある。
そんな場所に、優しいスラたんを連れて行くのは、やはり気乗りしないというのが俺の本心だ。
「ハンターズララバイとの戦闘が終わった今、もう一度よく考えて欲しい。この先、俺達と共に進むかどうかを。
スラたんの覚悟を馬鹿にするつもりは無い。これは…俺の
「…………………」
俺の言葉に、スラたんは何かを考えつつ、俺の目を真っ直ぐに見詰めて来る。
普通ならば、こんな死ぬか生きるか全く分からないような厳しい戦闘を、何度も経験したいとは誰も思わないだろう。俺だって出来れば二度と体験したくないと思っているのだから当たり前だ。
だが、そうもいかないのならば、せめて、スラたんには、選択する為の時間くらいは有るべきだと思う。
もし、ここでスラたんが残ると言っても、俺達がスラたんに失望する事も、それによってスラたんに対する感情に変化が起きる事も無い。それはスラたんも分かってくれているはずだ。
だから、どちらの結果になったとしても、スラたんの意思を尊重しようと思っている。
「よく考えて決めて欲しい。」
「行くよ。一緒に。」
俺の言葉の後に即答するスラたん。
「……よく考えた結果…なのか?」
「当然だよ。自分の命が掛かっている話だし、ハイネさん達の正体を聞いた時から、ずっと考えているからね。
僕はどうするべきなのか…僕に出来る事は何なのか…そして、僕がしたい事は何なのか。」
「…………………」
「そうやって考えて、僕の答えはいつも同じところに行き着くんだ。」
丸眼鏡の奥に見えているスラたんの目には、一片の迷いも無く、真っ直ぐに俺を見ている。
「そうか……スラたんの覚悟を試すような形になってすまなかった。」
「ううん。シンヤ君が僕の事を心配してくれているから言ってくれた事だと分かってるから。
でも、僕は行くよ。」
「分かった。厳しい旅になるのとは思うが、これからもよろしくな。」
「任せてよ!僕とピュアたんが居れば最強だからね!」
そう言ってプルプルするピュアスライムを頭の上に乗せるスラたん。
頼もし過ぎる仲間に、俺も自然と表情が緩む。
それから、スラたんが俺の傷を見て、あれこれとしていると、ハイネ達が戻って来る。
コンコン…
「どうぞ。」
ガチャッ…
部屋の扉がノックされて、返事をするとハイネ、ピルテに続いてイーグルクロウの五人が部屋に入って来る。
「おー!起きたか!思ったより元気そうだな!」
「目が覚めたと聞いてね。お見舞いに来たよ。」
まずはセイドルとドンナテが声を掛けてくれる。
「心配を掛けたな。」
「見付けた時には気絶していてビックリしたけれど、何事も無さそうで良かったわ。」
「これ、調子が良い時にでも食べて下さい。」
プロメルテとターナも声を掛けてくれて、見舞いの品を渡してくれる。
「アタシの奢りだよ!」
「ペトロ。お見舞いなんだから当たり前よ。というかペトロだけのお見舞いの品じゃないわよ。」
「細かい事は気にしない気にしない!」
「細かくないわよ?!」
イーグルクロウの五人が来ると、途端に部屋の中が明るくなる。特にペトロはこういう空気を作り出す天才だ。
「ははは。ペトロはいつもプロメルテに叱られているな?」
「何でかな?」
「ペトロのせいよ!?」
「冗談だってばー。プロメルテはいつも真面目なんだからー。」
「このっ!」
「はいはい!そこまでですよ。こんな場所で大声出さないで下さい。」
ターナが止めに入り、沈静化するプロメルテとペトロを見て、ついつい笑顔になってしまう。
それから、今回の件についてや、現状、いくつかの世間話をする。
大体はニル達から聞いた話と同じだったが、街の現状について、少し詳しく教えてくれた。
と言っても、現状では街の復興も直ぐにというわけにはいかず、まずは街を統治する者を、やっと数人に絞り込み、話をしている状態だという事らしい…という内容だった。
殆どの貴族連中が街から消え、かなり不安定な状態だということから、なかなか話や街の復興が進んでいないらしい。
オウカ島では、そういう指示を出す側の者達もしっかりと残っていたから混乱も直ぐに収まったのだが、ここにはそういった人物が殆ど居ないというのが辛いところだろう。
指示を出すというだけの事で言えば、隠れ村の長であるギャロザ辺りならば何とか出来そうな気もするが、この規模の街の統治となると、政治や法、その他の知識が絶対に必要になる為、少し荷が重いだろう。彼は元々兵士の一人で、フージの屋敷の門兵なのだから、そこまでの知識は持っていない。
ギャロザを馬鹿にしているわけでもないし、能力を疑っているわけでもない。単純に、今この状況で、即座に対応出来る者となると、既に知識と経験が有る者でなければならないというだけの事だ。
だから、今回選ばれる者は、仮の領主なのだ。
もし、その政策が賛同を集め、そのまま続けて欲しいと民衆が言うのであれば、そのまま領主になるのも良いし、別の者がなるべきだと判断されたならば、その時に領主を決めれば良い。
「ただ…問題なのは、爵位の事ね。」
「あー……この街を庇護する存在が居なくなった…のか。」
「ええ。この辺りで一番爵位の高かった者はブードン-フヨルデ。伯爵よ。」
つまり、プロメルテが言いたい事は…
元々は、ブードン-フヨルデが伯爵という爵位を授かっていた為、この辺りの街や村は、人族王の管轄だから手を出すな。という状態だった。
しかし、この辺りで最高の爵位であるフヨルデが、今回の事件の首謀者の一人である為、断罪する事によって、この辺りの街や村から、その効力が消え去ってしまう。
伯爵より下の爵位の者達は、伯爵以上の者から任命される事で爵位を授かっている為、自分を任命した貴族が居なければ、族王とも繋がっていない事になってしまう。
そうなると、いくら知識や経験が豊富な貴族だとしても、街を貴族の名の元に庇護するという事が出来なくなってしまうのだ。
この辺りで一番デカい街であり、住民の数も最も多い為、庇護する存在が居ないからと簡単に落とせるような街ではないのだが……やはりどこかからの影響力が有るのと無いのとでは、周囲から見た時に感じるものも大きく違ってくる。
外から見た場合、直ぐに伯爵以上の貴族が居ないという内部情報までは分からないだろうが、調べようと思えば直ぐに分かってしまう事だ。
分かるだけならば問題は無いが、後ろ盾の無い貴族というのがどれだけ
「そうなると…他の街から伯爵以上の地位を持つ者を連れて来る…とかか?」
「一応そういう方法も無くはないけど、難しいだろうね。
相手は既に自分の領地を持っていて、領主をやっているのだから、いきなり他の場所を統治してくれと言って来てくれる…というのは極々稀な話だろうね。」
ドンナテが否定してくれてハッとしてしまった。
あまり爵位とかに馴染みが無いから、馬鹿みたいな質問をしてしまったらしい。まだ頭が寝惚けているようだ。
それでも、ドンナテはまるで知らなくて当たり前だと言うような顔で説明を続けてくれる。
「可能性として高いのは、こちらの貴族連中が、伯爵以上の爵位を持つ者が統治する近隣の街に行って、爵位を授け直してもらうか、事情を族王に近い者に話して、誰かを伯爵以上の爵位にしてもうか…だろうね。」
「族王絡みとなると、そう簡単な話じゃないよな?」
「当然、伯爵以上の爵位を授かるとなると、それなりの審査が有ったりするし、時間が掛かるね。
僕もあまり詳しくはないけれど……一応、ここだけの話、人族の場合、その辺はお金で時間を短縮出来たりするという話を聞いた事が有るね。」
煩わしい審査等をすっ飛ばす為に、爵位の高い誰かに大金を積んで、便宜を図ってもらう…という事だろう。
「まあ…と言っても、短縮出来ても数日くらいのものだし、あまり意味は無いかな。こっちは緊急性の高い話だから、話が通るのを待っている時間は無いからね。」
「金で解決か……貴族ってのは……」
「貴族と言うより、人族の場合、他の種族より数が多いから、なかなか全てを綺麗には出来ないんだろうね。」
こればかりは俺達がどうこう言えるものではないし、言ったところで変わるような事でもない。
「ただ…人族の族王に会いに行こうとすると、神聖騎士団とぶつかり合ってしまうから、かなり危険な橋を渡る事になってしまうかな。」
人族の族王というのは、あくまでも族王であり、神聖騎士団とは別物である。
神聖騎士団というのは、神、アイシュルバールを崇める集団であり、それ以外の意味は無い。
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