第594話 ダークエルフ (2)

人族の族王は、神聖騎士団の本拠地が在るストロブの近くに位置するドデカい街に居るとされており、そんな場所に居ながら、神聖騎士団との関係は無く、無所属であると公言しているとの事だ。…がしかし、正直かなり怪しい。というか最早ダウトだ。


そんな近隣に居る人族の族王を、神聖騎士団が放置するとは思えないし、世界を相手に戦争しているのだから、まず間違いなく人族の族王を抱き込んでいると考えて良いだろう。

寧ろ、人族の族王の言質が取れたから、世界的な戦争に踏み出したと考えても良い。


それが分かっているからこそ、俺達も人族の族王に対してアプローチを掛けていないのだ。もし、人族の族王に大同盟に参加してくれなんて頼みに行ったら、逆に俺達が陥れられてしまう。要するに、人族王の話は、公的には…というだけで、実質的には神聖騎士団と手を組んでいるという事だ。

ただ、人族は数が非常に多い為、族王が手を組んだとしても、人族全てが神聖騎士団と手を組んでいるわけではない。当然、俺達のように神聖騎士団に対して恨みを持っているような人族も多く、それ故に族王も神聖騎士団と手を組むと公的には言えないのだ。そんな事をしてしまうと、暴動が起きると分かっているのだ。

神聖騎士団と手を組んでいる人族は、族王に近しい、一部の者達だけだというのがせめてもの救いだろう。


現在進行形で神聖騎士団が世界に進行している為、ストロブ近郊は非常に危険であり、金を持っている貴族にとっては、近寄り難い場所でもある。そういう理由から、伯爵以上の爵位を授かりに行くというのもなかなかに難しい。


「そうなると、近場の伯爵以上の爵位を持った貴族に、爵位を授け直してもらうというのが一番現実的という事か………当てはあるのか?」


「レンジビに居る貴族を当たってみるつもりみたいね。」


「上手くいきそうなのか?」


「どうかしら……もし、爵位を授け直すとなると、管轄の領土が増える事になるわ。勿論、領土が増える事で収入が増えるという見方も出来るけれど、その分責任を持たなければならない土地が増えるという事だし、レンジビからジャノヤまではそれなりに距離が有るわ。それに……ザレインの事が有るから、あまり手を出したい領土ではないと思われているのではないかしら。」


ジャノヤの街は、ブードンの本拠地であり、ザレインの影響を多大に受けている事は言うまでもない。

盗賊を殲滅したとはいえ、ザレインの脅威が完全に去ったわけではない。爵位を授け直したとして、それだけで終わりという事にはならない。当たり前だが、自分の管轄する土地になるわけだから、支援は送らなければならないし、レンジビとジャノヤ間でのやり取りも増える。

そう考えると、レンジビにザレインが流れ込む可能性も比例して高くなる為、真面目に責務を果たす貴族ならば、今のジャノヤはボロボロだし、あまり手を出したいとは思えない状況だと言える。


そこに手を貸すと言ってくれる相手が居るのかどうか…というのも大きな問題の一つである。


「一応、街に残っている貴族の中には、レンジビの貴族に伝手を持っている人達も居るから、そこから上手く話を持ち込もうとしているみたいだけれど、今日、明日でどうにかなる話ではなさそうね。」


「そうか…」


「でも、現状で言えば、この辺りの盗賊は殆ど全て無力化したのだし、暫くは安全なはず。その間に、どうにか話を通してしまえば良いだけよ。」


「アタシ達以外にも、戦える人達は残ってるから、そう心配する事もないと思うよ。」


「それもそうだな。」


街は、混乱とまではいかないが、活気の有る状態とも言えない為、警戒は必要だと思うが、ハンターズララバイというデカい盗賊団が潰されたのだから、そこまで心配する必要は無いだろう。


「そう言えば…私に聞きたい事が有るのよね?」


プロメルテが、俺に何の話なのか聞いてくる。


「ああ。」


「僕達は外で待っているよ。」


「直ぐにお茶を御用意しますね。」


気を利かせてくれたドンナテが、他の三人を連れて外に出てくれる。それに反応して、直ぐにピルテが対応してくれる。

こういう時に対応するのは、いつもニルだったが、俺が気が付いて直ぐの事だし、ニルが動かなくて良いように、誰よりも早く動いてくれたようだ。


プロメルテを残して、ドンナテ達が部屋を出てから、ニルが俺達にも紅茶を淹れてくれる。


「ありがとう。んー!良い香りね?」


「レンジビに居る、ビタリアという方が、ブルーツリーから作っている紅茶です。」


「ブルーツリーから…珍しいわね……ん!美味しいわ!」


「ふふふ。ありがとうございます。」


話を始める前に、紅茶で喉を潤してもらい、ついでに宣伝もするニル。良い物はこうやって広まって行くのだろう。


リアさんには、旦那を殺した相手が誰なのか…手紙を書くつもりだが、アレンの事について書くとなると、少し気が引ける。

リアさん達としては、信頼を置いていたアレンに裏切られ、しかも旦那を殺されていた男に頼っていた形になる為、その傷は大きなものになるだろう。

ただ、リアさんとサナマリならば、それも乗り越えてくれる…と思う。

出来る事ならば、俺達もレンジビに行きたいが、そういうわけにもいかないし……ヒュリナさんにも手紙を出しておくのが良いかもしれない。出歩けるようになったら、リアさん宛とヒュリナさん宛に、手紙を出しておこう。


「それで、プロメルテに聞きたい事なんだが…」


「ええ。」


話を切り出すと、プロメルテは椅子に座って俺に視線を向けてくれる。


「単刀直入に言うと、ダークエルフについて知っている事を聞きたいんだ。」


「ダークエルフ?また珍い名前が出てきたわね。

ヒョルミナでもあまり話に出ないのに、まさかシンヤさんからその名前が出てくるなんて……何かあったのかしら?」


「出来るならば…こちらの事情を聞かずに教えて欲しい。図々しい願いなのは分かっているんだが…」


プロメルテの事だから、このタイミングで俺からダークエルフの名前が出た理由くらい想像出来ているはず。しかし、その理由を自分が聞いた方が良いのか、そうではないのかを判断する為に、敢えて聞いてくれているのだろう。

要するに、俺達が聞いている事情を察したとしても、他言無用でお願いしたい事なのかどうかを聞いているのだ。


「構わないわ。私達は何度も命を救われているのだし、話をするくらい当然よ。

それに、事情も聞かないわ。シンヤさんの事だから、私達の事を考えての事でしょうからね。」


「すまないな。」


「良いのよ。でも…私もあまり多くは知らないわよ?」


「知っている限りで良いんだ。俺達は殆ど何も知らなくてな。」


「分かったわ。私の知っている限りの事を話すわね。

そうね……何も知らないなら、まず、ダークエルフという種族が、どんな種族かというところから話そうかしら。」


「よろしく頼む。」


「ええ。」


プロメルテは、一度座り直して、紅茶を一口啜ってから、口を開いてくれる。


「まず、ダークエルフという種族は、私達エルフと見た目がよく似ているけれど、肌が浅黒く、身体能力が高いと言われているわ。ただ、私達エルフよりも魔力量が少なく、魔法をあまり得意としていなかったらしいわ。」


「エルフと言われると、弓と魔法というイメージが強いが、ダークエルフは違ったのか?」


「ええ。ダークエルフのイメージとしては、剣と鎧、そして闇魔法というイメージね。」


「ダークエルフは、全員が闇魔法を使えるのか?」


「私の知る限りでは、ダークエルフという種族には、闇魔法の適性が有ったはずよ。ただ、魔力量は多くないから、補助的な使い方をしていたはずよ。」


黒犬の連中も、あまり魔法に頼った戦い方はしていなかった。ここまでは俺の知っている情報だ。


「非常に強い種族で、戦争時代、魔族の英傑えいけつとして名を馳せた者達が何人も居たと聞いたわ。」


「魔族についてはあまり知られていないはずなのに、よく知っているな?」


「エルフは長寿だからね。戦争時代を覚えている人達も結構居るのよ。」


「なるほど…」


「ただ、そんな種族なのに、既に絶滅した種族だと言われていて、絶滅したのは、昔の戦争時代後半だと聞いているわ。」


「そこまで強いと、絶滅するというのはおかしな話に聞こえるんだが…?」


「これについては、私もよく知らないけれど、エルフ族の間では、子孫を残せなかったのではと言われているわ。」


「どういう事だ?」


「ダークエルフは、エルフと同じように長寿で、非常に強い種族ではあったけれど、繁殖力が低くて…簡単に言ってしまうと、子供がなかなか生まれないという種族だったのよ。

そして、ダークエルフの能力上、私達エルフとは違って、戦争では前線に立たされる事が多かったから、数が減る一方だったという事ね。」


「………………」


言いたい事は分からなくはない。


前衛に立っていれば、矢面に立たされる事が多く、死傷者が出る確率は後衛よりも高い。故に、死んで行く者達が多く、その上で子供が産まれないとなると、種族の存続が難しいという事だ。

数を減らした理由としてはおかしくないように思えるかもしれないが、そんな事で絶滅するというのは考え難い。


もし、そうして数を減らしてしまったとして、絶滅するまで前衛に立ち続けるだろうか?それに、非戦闘員も居たはずだし、その人達は?

よく考えると、不思議に思うところばかりだ。

実際、黒犬はダークエルフの集団だったのだし、絶滅していなかったのだから、その言い伝えは間違っていると言えるだろう。


「シンヤさんが不自然に感じるのも仕方の無い事よ。あくまでも言い伝えであって、エルフ族もダークエルフ族が絶滅した本当の理由は知らないのよ。

当時の魔王が、その強さを危惧して絶滅させてしまったとか、本当は生きていて、森の中に潜んでいるだとか…結構色々な話が出てくるくらいなの。」


「そうなのか……ダークエルフとエルフの関係ってのはどうなんだ?」


「元々は同じ種族だった…と言われているわ。

これも言い伝えになってしまうけれど…

エルフの中でも、闇魔法に強い適性を持って産まれてきた者達が、ダークエルフとなると言われているの。

ただ、それも本当かは怪しいところで、エルフ族にも闇魔法に適性を持っている者達は居るけれど、肌が浅黒く、魔力量が少ない代わりに身体能力が高いエルフは一人も居ないの。」


「闇魔法に適性を持っているエルフがダークエルフならば、後々にエルフ族の中からダークエルフが産まれてもおかしくないわな。」


「それが一人も産まれないとなると、その言い伝えが正しいとは言えない…という事ね。

ただ、私達エルフとは、生活様式も似ているし、元々は良好な関係だったと言われているわ。」


「元々は?」


「私達エルフに伝わっているダークエルフの歴史は、元々、エルフとダークエルフは同じ場所で同じように暮らしていたのだけれど、弓と魔法が得意なエルフと、剣が得意なダークエルフには、少しずつ溝が生じてしまい、いつしか離れて暮らすようになったと言われているの。

その後、数の少ないダークエルフは、他の種族との生存競争を生き抜く為に、魔族という大きな集団に入り自分達を守る事にし、魔族となったと言われているわ。」


弓や魔法が出来る事が、エルフにとってのステータスだった為、溝が生まれた…という感じだろうか。

一応筋は通っているように感じる。

ダークエルフは英傑の多い種族という事だが、種族的な数が少ないとなれば、数の前に押し潰される可能性が非常に高くなる。丁度俺達も数の前に押し潰される辛さを味わったばかりだからよく分かる。


「なるほど……ダークエルフという種族については大体分かった。他に何か知っている事は?」


「そうね……私達エルフが知っている事は、ダークエルフが魔族に所属する前の事が多いのよ。だから、魔族となった後の事については、私から伝えられる事はそれ程無いと思うわ。」


「それでも良い。とにかく話を聞かせてくれ。」


「分かったわ。」


そう言って話をしてくれた内容は…


正直、八割は眉唾物という内容で、どちらかと言うと戦争時の武勇伝に近かった。


一人で何万人もの兵士を斬り捨てたとか、一撃で大地を割っただとか…吟遊詩人が話をデカくして伝えたというような内容が多く、その上、それを知ったとしても使えないであろう話が多かった。


ただ、いくつか使えそうな話が有り、その中の一つに、ダークエルフには弱点が存在するという話が有った。


「弱点?」


「ええ。これも言い伝えで、本当かは分からないけれど、ダークエルフはブラッシュクリスタル、灰黒はいこく結晶と呼ばれる石が弱点だと言われているわ。」


「灰黒結晶?どこかで聞いたような…」


「ご主人様。アイトヴァラスが居た地下空洞で見付けた鉱物の名前です。」


「あー!!あれか!」


地下空洞に腐る程出来ていた結晶で、黒い鉱物だ。確か鑑定魔法の結果は…


灰黒はいこく結晶…別名、ブラッシュクリスタル。地下深くで見付かる鉱物の一種。縦方向の圧力に強い。】


というものだったはず。


「これか?」


何かに使えるかもしれないとインベントリに収納していた灰黒結晶を取り出す。


「ええ!それよ!

って……よくそんな鉱物持っていたわね…?」


確か、セイドルが言うには、殆ど出回らないような鉱物で、出土量が少なく、用途を調べる程の数が無い為、現在では使い道が無い物だと言っていたはず。


「何かに使えないかと思って持って来たんだが…まさかダークエルフの弱点だとはな…」


鉱物が弱点なんて、まるでスー〇ーマンみたいだ。


「それが本当に弱点なのかは分からないわよ。ただの言い伝えだからね。」


「ああ。分かっている。」


確かに、目の前に有る黒色の結晶が弱点だと言われてもしっくり来ない。

もし本当に弱点だったとしても、どういう理由で弱点となっているのかが分からないと、どう使えば良いのか分からない。

煎じて飲ませれば相手を弱体化出来るのか、触れさせるだけで良いのか、はたまたスー〇ーマンのように近付くだけで弱体化させられるのか…

本当に弱点だと仮定するならば、一度結晶を詳しく調べてみる必要が有るだろう。


「私が知っている情報はこれで全部ね。」


「そうか……色々と聞けて良かったよ。報酬は…」


「要らないわよ。」


「いや、流石にそんなわけには…」


「要・ら・な・い!って言ってるでしょ!」


人差し指を立てて俺の目の前に出すプロメルテ。


「わ、分かったよ。ありがとう。」


「それで良いのよ。」


満足そうに笑うプロメルテは、冷えてしまった紅茶を啜る。


「今淹れ直しますね。」


「あー。必要無いわ。

私達、これから少し出掛ける予定だから、このままお暇させてもらうわ。」


「忙しいところを悪かったな。」


「忙しいわけじゃないわ。ちょっとした用事よ。

それより、シンヤさんは早く全快するように。」


「ああ。分かったよ。」


その後、イーグルクロウの五人と軽く言葉を交わし、ニルが外まで見送り、俺、スラたん、ハイネ、ピルテ、ニルの五人に戻った。


「思っていたよりも色々と話を聞かせてもらえたわね。」


「ああ。全部が有力な情報とまでは言えないが、弱点の話については一考する価値有りって感じだったな。」


取り出した灰黒結晶を見ながら、ハイネの言葉に返す。


「問題はどういう意味で弱点なのかって事だよね。」


「だな。」


「灰黒結晶に含まれる成分がって事なのかな…?それとも、それを分解した時に出る成分…とかも考えられるかな…」


「プロメルテも言っていたが、あくまでもそういう言い伝えが有るというだけの話かもしれないし、絶対ではないからな?」


「うん。それは分かっているよ。

でも、火のないところに煙は立たないとも言うし、灰黒結晶という具体的な名称が出てきたという事は、ダークエルフにとって何かしらの意味が有る鉱物だと思う。

もし違っていたとしても、正しかったとしても、調べないより調べた方が良いと思うし、取り敢えず色々と調べてみるよ。」


「そうだな…灰黒結晶については、スラたんに任せるよ。」


「はいはーい!任せてー!」


スラたんは俺から灰黒結晶を受け取り、ブツブツ言いながら色々な角度から見ている。


「情報は有るだけ有った方が良いだろうし、私達は情報収集に出てみるわ。期待薄だとは思うけれど、何もしないより良いはずよ。」


「助かるよ。だが、無理はしないようにな。あの女は捕らえているわけだし、絶対に必要というわけではないんだ。」


「ええ。分かっているわ。街の人達も今はそれどころではないだろうからね。」


「出る時は僕も一緒に行くよ。シンヤ君の体調は良さそうだし、ニルさんが一緒に居れば無茶をさせる事も無いだろうからね。」


「はい!勿論です!」


ニルを見てスラたんが言うと、ニルは胸を張って返す。

どうやら俺は監視対象らしい。


「ふふふ。それじゃあ、スラタンに護衛を頼もうかしらね。

私とピルテは、ダークエルフの事と、街の事について話を聞いて回る事にするわ。」


「シンヤ君が全快するまでには、数日必要だと思うし、僕は、それまでの間、情報収集しつつ、灰黒結晶を調べてみるよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る