第588話 決着
ズゾゾゾゾゾッ!
そして、後ろからは、ターナ達が発動させた木魔法が壁や天井を伝って伸びて来る。
「これで大丈夫です!」
即座に反応して魔法で建材を固定してくれたようだ。これで、爆発が起きたとしても崩れて来ないだろう。
「うがぁぁぁぁ!!クソォォォ!!俺の完璧な計画がぁぁぁ!!」
自分の腕が無くなった事よりも、計画が上手くいかなかった事にブチ切れているバラバンタ。こういうのを狂気と言うのだろうか…
「俺の計画をぐちゃぐちゃにしやがってぇ!ぶっ殺す!!」
「こっちは最初からそのつもりで来ているんだがな。」
「うるせえ!喋るんじゃねえ!あ゛ぁぁ!イライラすんだよぉぉ!!」
残った左手で頭をガリガリと掻き毟るバラバンタ。
俺から見ると全ての行動が狂気じみて見えてしまう。実際、狂気的な男ではあるのだから当たり前といえば当たり前なのだが…とにかく理解し難い男だ。
「俺が丹精込めて作り出した母娘の姿を穢し、更にはこうして俺の計画も邪魔し……よし。殺そう。」
冷静に笑顔で殺す事を誓うバラバンタ。
そして、残った左手で直剣を構える。
右腕を失い、かなり不利な状況だというのに、まるで自分の方が優勢だと言うような表情だ。バラバンタには俺達とは違う何かが見えているのかと思うような違和感だ。
この男とは、人としての根本的な部分で決定的に俺達とは異なっているのだろう。
だが…分かる。
こいつは間違いなく強い。
人を殺す事に対してあまりにも無感情だ。
今は、俺という憎むべき相手が居るから、そこに感情が生じているが、それすらも朧気だ。
こいつにとって、人を殺すという行為は、腹が減ったから飯を食うのと同じようなレベルなのだ。だから、躊躇は一切無いし、そうして人を殺し続けてきた為、そういう経験は豊富だろう。
但し、こちらにはこれだけの人数が居て、イーグルクロウにケビンも居る。いくら場馴れしているとはいえ、バラバンタ個人の強さだけでひっくり返るような状況ではない。
それに、バラバンタの右腕は既に斬り飛ばしており、止血もしていない状態だ。ただただ防御に徹して時間を潰すだけで、バラバンタは数分後に死ぬだろう。
しかし、だからと言って何もせずに見ていると、また何かしようとするかもしれないし、出来る限りの反撃はしておかなければならない。
自爆しようとした奴だ。この部屋の中を火の海にするという事だって考えられるし、そういうアイテムを持っていたり、仕掛けが施されている可能性も考えられる。
片腕が無いバラバンタならば、今の俺でも十分に打ち合えるし、ここは一気に仕留めに行くべきだろう。
「ニル。行くぞ。」
「はい!」
タンッ!
ニルが前に出て、武器を構えるバラバンタに盾を向ける。
ビュッ!ガンッ!
「っ?!」
無言で直剣を振るバラバンタ。
片腕しかないというのに、剣速もパワーもかなりのもので、ニルは盾の上から叩き付けられた直剣によって進む足を止められてしまう。
想像していたよりも速い攻撃に、受け流す動作を取れなかったらしい。
腐ってもハンターズララバイの頭領という事らしい。
もし、先に右腕を切断出来ていなかったならば、疲弊している俺達では、接戦どころか殺られていた可能性すらある。ロクスが言っていたように、強さだけは本物のようだ。
「はぁっ!」
ギィンッ!
「侮るなよ!」
「はい!」
ニルに追い討ちを掛けようとしたバラバンタと斬り結び、ニルの体勢を整えさせる。
油断していたわけではないだろうが、ニルにとっては格上の相手。気を抜けば一瞬で殺されてしまう。
「シッ!」
ビュッ!ビュン!
「はっ!」
キィン!
自分に時間が無い事を分かっているのか、バラバンタは反撃されるリスクを無視して、斬り結んだ俺に対して、強引に斬り込んでくる。
片腕とは思えない程の戦闘力。俺も左腕にあまり負荷を掛けられない状態ではあるが、神力も使えるしそれで何とか打ち合えている状況だ。
「はっ!」
ブンッ!
「シッ!」
ビュッ!
「やぁっ!」
ビュッ!
俺が攻撃を仕掛け、それをバラバンタが避けると、バラバンタが反撃し、それを俺が避ける。そしてニルが攻撃し、それを避けたバラバンタが……という感じで、俺とニルとバラバンタの間で、攻撃が次々と行き交う。
バラバンタの戦い方は、俺やニルのような型にハマったものを基礎としているわけではなく、完全に独学というのか…人を殺す事にのみ特化した戦闘スタイルという感じだ。
急所や傷を受けると動きが鈍るような箇所ばかりを執拗に狙って来ている。一度でも攻撃が当たれば良いという考え方なのだろう。
逆に防御に関しては、ほぼノーガードと言えるような戦い方で、肉を切らせて骨を断つ…と言った戦い方だ。それでも、プレイヤーの身体能力を駆使し、体を大きく仰け反らせたり、地面の上を転がったりと、普通はしないような奇抜な動きで俺とニルの攻撃を避けている。
そんな動きでよく攻撃を避けられるなと思えるような戦い方だが、対人戦闘という事だけで見れば、想像を超える動きであり、有効な動きだと言える。
本当に、それにのみ特化した戦闘スタイルなのだろう。バラバンタには、異常な精神に加えて、殺人のセンスが有った…という事なのだろう。最悪な組み合わせだ。
もし、俺とニルが出張らず、バラバンタとの戦闘を避けていたならば…何人もの犠牲者が出ていただろう。色々な事が重なり、運良くバラバンタを簡単に追い詰める事が出来ているが、本当に運が良かっただけだ。どこでどう転んでもおかしくはなかった。ただ、それを掴んだのは、皆がそれぞれにやらなければならない事をしっかりとこなし、全員で引き寄せたからだ。偶然のように見える必然…ではないだろうか。
そして、大量の失血により、少しずつではあるが、バラバンタの動きが鈍くなって来ている。
「はぁっ!」
ギィン!
「やぁっ!」
キィン!
俺とニルの攻撃を避けるのではなく、受ける場面が増え始め、攻撃の手数が減っている。そろそろ、バラバンタの目は
それでも、まだ普通に戦えているし、まるで死を恐れずに突っ込んで来る。まだ気は抜けない。
「シッ!シッ!」
ビュッ!キィン!
「はっ!」
バキィン!
バラバンタの攻撃を避け、弾き、攻撃を返すと、付与されていた防御魔法が弾け飛ぶ。
「やぁっ!」
ギィィン!
その後のニルの攻撃は、バラバンタが持っていたであろう魔具によって防がれる。防御系の魔具を持っていたようだ。
最初はバラバンタの攻撃で吹き飛ばされていたニルだったが、それも無くなり、バラバンタの顔色が少しずつ青白いものになって行く。
「ニル。そろそろだ。」
「はい。」
相手が徐々に弱って行くのを見て、終わりの時を予感する。
俺達の事も、街の人達の事も、散々痛め付けた相手が、今、遂に最期を迎えようとしている。
「はぁ…はぁ…」
「………………」
バラバンタは、体内の血液が足りなくなり、息も切れてしまっている。
「はぁ…はぁ…っ!!」
何とか武器を振り、俺に攻撃を仕掛けようとしているが、最初の剣速やパワーは見る影もない。
ギィィィン!
俺がバラバンタの直剣を強く弾くと、バラバンタは後ろへと一歩、二歩とよろめいて下がる。
今ならば、きっと農夫にだって殺せるだろう。
「やぁっ!」
ドスッ!!
「っ!!」
ニルがよろけたバラバンタに向けて戦華を突き出し、
防御魔法は既に剥がし、魔具も使わせた。
防具は殆ど身に付けていない為、ニルの刃を遮る物は無い。
「っ!!」
ブンッ!
自分を突き刺したニルに直剣を振るバラバンタ。しかし、その攻撃は軽々と避けられてしまう。
これで更に死までの時間が近付いた。
あらゆる可能性を考慮し、バラバンタが取れる行動を一つ、また一つと削り取って行く。
「はぁ…はぁ…まだだ……まだ俺は……」
何と言っているのか聞き取れない程の小さな声で呟きながら、青白い顔で睨み付けて来るバラバンタ。
「いや。もう終わりだ。」
バラバンタの呟きに対して、俺は言い切る。
もう盗賊達との戦いにも疲れた。
あらゆる方法で俺達を殺そうとしてきたバラバンタ。
そんな敵の総大将ともこれでお別れだ。
「…………………」
「…はぁ…はぁ…」
「はぁっ!」
「っ!!」
ザシュッ!!
何の変哲も無い一振。
剣技ですらなく、フェイントもなく、ただただ刀を振った。
ブシュウゥゥ!
本当は首を飛ばすつもりで振った刀だったのだが、バラバンタは体を揺らして、首が飛ばされるのを防いだようだ。それでも、俺の一振は、バラバンタの首を捉え、頸動脈を切り裂いた。
「……………」
吹き出す血を止めようとさえせず、バラバンタは俺の事を睨み付けたまま膝を落とす。
何か言いたかったのかもしれないが、バラバンタの口から言葉が出てくる事はなく、膝を落とした状態で睨み上げるだけ。
最期の最後に、口を微かに開いたように見えたが、結局、声が出るよりも先に、その瞳から光が失われる。
「ぬおおぉぉっ!」
ザシュッ!!
「お゛おぉぉっ!」
ガシュッ!!
「はあぁぁっ!」
ドシュッ!!
俺とニルの後ろから、セイドル達が全てを終わらせる音を響かせる。
残念な事に、何人かの犠牲者は出てしまったみたいだが、他のプレイヤー達も、人々の恨みの中で押し潰され、死んで行く。
総大将の最期にしては、やけに呆気なかったようにも感じるが、それで良い。もう疲れた。劇的な戦闘の末の勝利である必要なんてない。
これで……やっと、盗賊との戦闘が終わったのだ。
「シンヤ君!!」
全てのプレイヤーが倒れ、本当に終わったのか?とと思えるような、奇妙な静寂の中、誰よりも先に動いたのは、スラたん、ハイネ、そしてピルテだった。
盗賊達との戦闘が始まって、かなりの時間が経過した。本当に終わったのか実感が湧かないのは俺達も同じだ。それくらい、ここまでの戦闘が厳しく辛いものだったという証拠だろう。
それでも…何を置いてでも、まずは俺とニルの元に走り込んでくれるスラたん達。本当に、俺達は仲間に恵まれた。
「傷は開いてない?!」
「ああ。」
「後ろから援護するのかと思っていたのに、いきなり前に出るからビックリしたわよ!」
「す、すまんな。
あの状況だと、俺とニルが動くしかなくてな。」
「お母様。今は終わった事を喜びましょう。」
「そ…そうね。やっと終わった」
ガラガラガラッ!!!
「「「「「っ?!」」」」」
盗賊達との戦闘が終了し、やっと…本当にやっと一息……と思った矢先。
俺達と、俺達に声を掛けようとしてくれていたイーグルクロウの五人とケビン達との間の天井が崩れ始める。
「下がれっ!!」
ケビンの叫び声が、落ちて来る瓦礫の奥から聞こえて来る。
俺達も急いで落ちる天井から逃れる為に、奥の通路へと続く扉の方へと走る。
ズガガガッガンゴンッ!
咄嗟に、ピルテが上級土防御魔法、ロックシェルを発動させた事で、何とか怪我も無く扉の前まで移動出来たが…危うく潰されるところだった。
直ぐに初級光魔法、ライトを使って光を作り出すと、全員、怪我も無く無事なようだ。
「大丈夫か?」
「ええ…ビックリはしたけれど、何とか無事よ。」
「危なかったね…助かったよ…ありがとう。ピルテさん。」
「戦闘に備えて描いていた魔法陣が無ければ危ないところでした…」
「皆様は大丈夫でしょうか…?」
「瓦礫が落ちて来る時、ターナが防御魔法を発動させようとしているのが見えたから、恐らく無事だとは思うが…部屋全体が崩れたとしたら、何人か犠牲者が出ているかもしれないな…」
ターナの事だから、魔法の発動が遅れて全員生き埋めになるなんて事は無いだろうが……ここから出て確かめてみなければ、詳細までは分からない。
「しかし……おかしい…よね?」
「…ああ……俺とニルが張っておいた魔法だけならばまだしも、その後天井を抑えるように魔法を張ってくれていた。あれで天井が崩れて来るというのは…どう考えてもおかしいな。」
俺とニルが天井に対して行ったのは、言うなれば応急処置のようなものだ。天井の建材が落ちないように、隙間を埋めただけの事。しかし、そこにターナ達が魔法を加えてくれた事で、天井は完璧に抑え込まれていた。特に大きな振動や衝撃も無かったのに、天井が自ずと落ちて来るというのは考え辛い。
誰かが、天井を落とそうとしない限り、落ちては来ないはずだ。
「凄く嫌な予感がするのは僕だけ…かな?」
「いや……」
嫌な予感がしているのは、スラたんだけではない。俺達全員が同じ事を考えている。
「黒犬……」
ハイネの言葉が、俺達の予感全てを表現してくれる一言だ。みなまで言わずとも、何が起きているのか分かるだろう。
「俺達を袋小路側に閉じ込めたという事は…」
「十中八九、この先に待っているわよね…」
俺達の前には、ブードンが逃げて行った鉄製の扉。
簡素というのか、本当にただはめ込まれただけの金属製扉で、酷く錆び付いている。
「瓦礫を退かしますか?」
「……いや。俺達を逃がすつもりなんて無いだろう。瓦礫を退けて逃げようとするなら、それに対して攻撃を仕掛けて来るだけの事だろう。
不意打ちを受けるくらいならば、俺達の方から出て行った方が良い。」
「…分かりました。」
「ほんと……次から次へと…泣きたくなってくるね。」
「黒犬が居る事は最初から予想していたのだし、全てを使い切った今の私達が狙われるのは当然と言えば当然よね…」
正直…ここから更に黒犬と戦闘を行うというのは辛過ぎる。
バラバンタとの戦闘では殆ど体力を使わずに済んだとは言っても、元々、俺達は限界ギリギリの状態だ。
黒犬とは何度か戦ったが、どいつも強かった。ここからそいつらと戦うなんて、考えたくもない事だが…ここで留まっていても、奇襲を受けてしまうだけ。取り敢えずは相手の姿を捉えておきたい。
俺達が、肉体的にも、精神的にも一番キツいタイミングを狙って来る黒犬。情け容赦など微塵も無い。
「ニル。アイスパヴィースの準備を頼む。」
「はい。」
相手に情け容赦が無かろうが、生きて帰るにはこの先に進んで黒犬達をどうにかするしかない。
出来る事ならば、アイスパヴィースを発動させてから扉を潜りたいが、扉は人が一人通れるくらいの大きさで、アイスパヴィースを通せる大きさが無い。
発動させるとしたら、扉を抜けた先だ。
一度切りそうになった集中力をもう一度高め、ニルの準備が整ったところで、先に進む。
ニルが扉に手を掛け、ゆっくりと押し込む。
ズズズ……
金属製の扉がゆっくりと奥へ開いて行く。
突然襲い掛かって来るという事も覚悟していたのだが、扉が開き切っても、攻撃されるという事は無かった。
扉が開いた先は倉庫のような場所で、ザレインを作った後の処理や保管を行う場所のようだ。部屋の大きさは十メートル四方で、高さは変わらず二メートル程。高さに狭さを感じこそすれ、かなり大きな空間だ。先程のザレイン農場が作られていた地下空間に比べてしまうと狭い為、あまり驚きは無かったが…
ザレイン農場の時と同様に、天井には光を放つ魔具が設置されており、倉庫内はかなり明るい。
そして、その中に待っていたのは、黒いローブに身を包み、目だけしか見えない連中。黒犬だ。
「………………」
無言でニルは盾を構えて、ゆっくりと移動する。
人数は十人。
全員が黒いローブを着ており、男なのか女なのかさえ分からない。
ただ、被っているフードの下に見えている目は、俺達の方を見ており、威圧感が凄い。
しかし、いきなり戦闘が始まるだろうと思っていたのだが、そんな事はなく、黒犬の連中は俺達の事を黙ってじっと見詰めるだけ。逆に不気味に思えてくるが…十人居る黒犬の中から、一人が俺達に向けて声を掛けてくる。
「……随分とボロボロみたいだな。」
言葉遣いこそ男のようだが、声質は女のそれで、喋っている者が女だということが直ぐに分かる。
高過ぎず低過ぎず、落ち着いた女の声を発するその者は、俺との会話を望んでいるらしい。
「お陰様で散々な目に遭ったからな。」
今回の事は、黒犬が仕掛けて来た策だろうという事はずっと推測してきた事だ。そして、現に目の前には黒犬が十人。俺達の推測は間違いなく当たっていた。
「こんなにデカい盗賊団を使ってまで、俺達の事を殺そうとするなんてな。」
「……こういう奴らは自分達の欲しがる物に対しては素直だからな。
お前の持っている力の事を話しただけで、直ぐに食い付いてきたさ。特に、あのバラバンタとかいう男は、元々お前に対して何かしらの恨みが有ったみたいだから、動かすのはそれ程難しい事ではなかった。」
「…身に覚えのない恨みだったがな。」
バラバンタの恨みは、最早逆恨みですらなかった。
リアさん達の家に泊まった時点で、バラバンタの恨みを買っていたのだろうし、俺達に回避する手段は無かったと言えるだろう。
イベントとして盗賊団の討伐が現れたが、リアさん達の宿に止まった時点で、ここまでの道程は決まっていたと言える。
そんなもの、流石に読めるはずかない。
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