第587話 恨み

ケビンが叫び、壁に隠れながらこちらの様子を見ているバラバンタに向かって走り出すと、全ての者達が前に出る。


俺とニルは、前衛ではあるが少し後ろから援護するような状態で付いて行く。ガッツリ前衛を任されると辛いし、ある程度周りを見ながらの援護という意味では中衛と言った方が正しいかもしれないが。

とにかく、追い詰めた事で寧ろ捨て身になって滅茶苦茶な事をする可能性も十分に考えられる為、いつでも援護に入れるように構えておく。


「ニル。今のうちにやっておきたい事が有る。」


「はい…?」


「念の為だが……」


俺はニルと、念の為、俺の中で危険視している事態に備えて、一つ二つ魔法を使っておく。無駄になる可能性も有るが、それならばそれでも良い。念の為というのは元々そういうものなのだから。


「うおおおおぉぉぉ!」


ガンッ!ギィン!


俺とニルが、相手にバレないように魔法を発動させている間に、戦闘が激しくなる。


敵は石壁を作り出し、攻めて来る場所を限定させ、上手く対処しようとしているみたいだが、その程度でどうにか出来るような状況ではない。相手が崩れるのも時間の問題だ。

ただ、一応ここは地下空間という事で、攻撃魔法の類はターナも含めて控えている。全員で生き埋めというのは笑えない冗談だから。


そもそも、ここに入らずに、外から魔法を撃ち込めば良いじゃないかと思うかもしれないが、流石にそれは出来ない。

ここはザレイン農場という事で、空気の流れと水捌けは確保されているだろうし、風魔法と水魔法は意味が無い。火魔法で炙り殺すという手や、土魔法で生き埋め等、他の方法も無くはないが、相手はプレイヤー五人だ。アイテムや魔具を駆使する事で、魔法への対抗はそれ程難しくないだろう。

そうこうしている間に、魔法で潰された逃げ道を開通させるか、別の穴を作って外に出てしまう。それで取り逃がすというのは間抜けな話だ。


それに、こういう事が有る可能性も考えて、部屋自体に魔具を埋め込んでいる可能性が高い。それを起動させるよりも早く、ケビン達が突入しなければ、最悪入る事すら出来ずに取り逃がす可能性だって有っただろう。

例えば、魔具を起動させると同時に入口が崩落し、防御魔法が展開するという事も考えられる。中に入るには瓦礫を退けて防御魔法を破壊して…なんて悠長な事をやっている間にバラバンタ達は逃走…とか。

ザレイン農場自体が物的証拠なのだから、それが見付かる前に破壊出来るような仕掛けが有ってもおかしくはない。それを利用されて取り逃がしてしまうという展開だけは避けねばならない為、外から安全に…という策は、愚策となる可能性が高い。故に、その方法は取れないという事である。


その辺りの事は、突撃の先頭を行ったケビン、セイドル、ドンナテが考えているだろう。理由も無く、地下にまで一気に詰め寄るなんて事をするような者達ではない。


ザシュッ!

「ぐあっ!」


「突出するな!数人で同時に攻めるんだ!」


相手は全員がプレイヤーであり、個々の強さはかなりのもの。そんな相手であるが故に、少しでも無理に突っ込めば、手傷を受けるのはこちらの方となる。

実際に、相手は壁を利用して、突出して来た者達に攻撃を加え、手傷を負わせては下がらせている。


こちらも攻撃魔法が使えない為、石壁を魔法で一気に破壊するという事は出来ず、簡単には突破出来ずにいる。しかし、こちらには相手に勝る数が揃っている。いくら壁で遮ろうとしても、防ぎ切れるようなものではない。


バキバキッ!


「っ?!」


なかなか攻め切れない前衛陣だったが、ターナ、ハイネ、ピルテを含めた、魔法使い部隊が、前衛陣の武器に、次々と土魔法を付与していく。


上級土魔法、岩棘の剣。


武器の表面に岩が生成され、破壊力が飛躍的に上がるという魔法だ。そんな魔法をドンナテやセイドルのような、元々高い破壊力を持った者の武器に纏わせたりしたら……


「ふんっ!!!」


ズガァァァン!!


雑に作られた石壁など、一撃で粉砕出来てしまう。


「クソッ!」


「突撃ぃ!!」


「「「「うおおおおぉぉぉ!!!」」」」


セイドルやドンナテのように、パワーを持った前衛陣が、次々と石壁を破壊し、数人で一組となった者達が、押し込みを掛ける。


「舐めるんじゃねえぇ!!」


「おぉぉっ!」

ガンッ!ギィン!キィン!


前方に見えている扉の前に立つバラバンタ。その前で扇状に広がり、こちらの攻撃を塞き止めようとしているプレイヤー四人。


ここまで押し込み、これだけの数による攻撃を受けながらも、四人のプレイヤー達は何とか攻撃を凌いでいる。なかなかしぶといと言うのか、流石はプレイヤーと言うのか……しかし、それも少しずつ押し込まれ、結局五人は扉の目の前に一塊となるような形になってしまう。


「クソ……クソッ!ずっと順調だったってのによぉ!」


「あの野郎共のせいで全部台無しじゃねえか!!」


後ろに控えている俺とニルに視線を向けて叫び散らすプレイヤー達。


バラバンタの側近だし、同じようなクズ共に違いない。順調なのは自分達だけで、他の者達がどうなろうと知った事ではない…という副音声が隠れているように聞こえる。


「追い詰めたぞ!」


「焦るな!最後まで気を抜くんじゃねえぞ!」


扉を背にしてこちらへと武器を構えている五人に、ジリジリと距離を詰めて行く。


人質が逃げると同時に、この建物内へと逃げ込んで来たから、何か打開策が有るのではないかと勘繰かんぐっていたのだが……このまま五人を押し潰して終わり…なのか…?


これが相手にとって最後の瞬間だという時程、気を付けなければならない。窮鼠きゅうそ猫を噛むとも言うし、死を目前にした者達の苦し紛れの一手というのは侮れないものである…という事を、冒険者や傭兵、衛兵である彼等はよく分かっている。

故に、ジリジリと距離が縮まりつつも、緊張が高まり、互いに言葉を発しない時間が生まれる。


そんな妙な静寂の中。俺は思考を巡らせる。


ここまで散々俺達の事を苦しませてきたバラバンタ。それが、こんなにあっさりと最後を迎えるというのはどうにもおかしい気がしてしまう。

あまりにも簡単過ぎる。そう感じる。


この状況で、バラバンタが涙ながらに命乞いをするとは思わないが、諦めて大人しく首を差し出すような奴でもない。何より、思考が読めないのが怖い。

バラバンタのような相手というのは、何をするか分からない。この状況ではやれる事は限られて来るだろうが……ここまで、あれだけ感情の起伏が激しかった男が、今はやけに大人しいのが不気味だ。


何かを考えていて、その手を実行するとした場合、タイミングは今の状況が大きく動いた時。

つまり、ジリジリと距離を詰めている俺達側が、一斉攻撃に転じた時だ。

その瞬間を見逃さないように目を光らせておかなければならない。


敵に最も近い連中が、足を前に動かす度に、武器を構えたプレイヤー四人が、そちらへと武器を向ける。


バラバンタがどの男なのかという事を最初に伝えている為、バラバンタに向けられている注意の視線も多く、不用意に動く事は出来ないはず。


当然だが、相手に魔法陣を描く時間など与えていないし、彼等が取れる行動としては、武器による攻撃か、魔具やアイテムを使用した攻撃くらいだ。

怖いのは、やはり魔具やアイテムによる予想外な効果の攻撃だが…魔具は、弱化された魔法と同じなので、それ程警戒しなくても良いだろう。こちらが攻撃魔法を使えない理由と同じ理由で、相手も魔法は使えない。魔具を使ったとしても、防御系統の魔法のはずだ。

アイテムに関しては……正直分からない。

この世界におけるアイテムという括りの中には、例えば、ロックの風切羽のような物も有るわけだし、何が起きるか予想出来ない。ただ、あそこまでぶっ飛んだ効果のアイテムというのは、そうそう手に入る物ではないし、俺もイベントやら何やらが無ければ、破格のアイテムというのは手に入れられなかっただろう。

ロック鳥との戦闘や、海底トンネルダンジョン級のダンジョンを攻略したとなれば、かなりの報酬を手に入れられているだろうが、こいつらにそんな気概は無い。そうなると、アイテムによる攻撃と言っても、そこまで警戒する必要は無いはずだ。


そう考えてみると……やはり、何を狙っているのか分からなくなる。

魔具でもない、アイテムでもない、当然、単純な戦闘でもない。そうなると…いや、ダメだ…俺の思考回路では答えが見付からない。

一応、一つだけ…考えられる策が有るには有るのだが……それをバラバンタが行うメリットは殆ど無い。そんな事をバラバンタがするかどうか…


考えていても時間は刻一刻と過ぎて行く。


結局、答えを見付けられないままに、その時が訪れる。


「…………………」


「……………………」


「うおおぉぉっ!!!」


最初に飛び出したのはセイドル。それにピッタリと張り付くように続いたのはケビンとドンナテ。


先陣を切るというのはまさにこの事である。


相手の元に一直線に向かう三人。ジリジリやっていても決着は勝手に来るわけではないし、自らの手で引き寄せるものだ。そう言いたげなセイドルの気合いの入った声が、静寂を破る。


「「「「お゛おおおおおおぉぉぉ!!!」」」」


セイドルの声に背中を押された者達も、少し遅れて続き、一斉に攻撃を仕掛ける。


「っ?!」


その時。やはりバラバンタが動いた。


ここまでは大きな動きは見せていなかったバラバンタ。だが、こちらが攻撃態勢に入り、バラバンタへの視線が減った瞬間に、これまでとは違い、不自然な動きを取る。


目の前からセイドル達が迫って来ているというのに、何故か体を九十度横へ向けようとしている。

そこからどうするのかなんて事は重要ではない。バラバンタが何かをしようとしているという事が分かれば、それで十分である。


「ニル!」


「はい!!」


ニルもバラバンタが何かをしようとしている事に気が付いて、俺が言うより早く動き出して前へと進んでくれる。


「「「「「おおおおおおぉぉぉ!!」」」」」

ガンッ!ギャリ!ギィン!ザシュッ!


セイドル達とプレイヤーの四人がぶつかり、剣戟の音やら何やらが響き渡り、先程の静寂が嘘かのように騒々しくなる。


そんな中、壁際に寄って何かをしようとしているバラバンタ。


「ここです!!」


ビュッ!!

「っ?!」


バシッ!


バラバンタが左手を壁に向けて移動させたのを見て、ニルがシャドウテンタクルを伸ばし、バラバンタの腕に巻き付ける。

仲間と敵の間を通して左腕を捉えたシャドウテンタクルに、バラバンタは眉を寄せる。


退けぇ!!」


ニルはシャドウテンタクルを引きつつ走り、その後ろを俺が叫びながら続く。そして、セイドル達の後ろに迫ると、俺の声にケビンとドンナテが反応する。


「お゛ぉぉっ!!」

「はぁぁっ!!」


「「っ?!」」

ギィィンギィィン!!


ケビンとドンナテが、道を開くような形で目の前に居るプレイヤー相手に攻撃を放つ。


簡単に殺せるような相手ではないが、この状況で攻撃を受けさせるというだけならば、それ程難しくは無い。


二人の攻撃を受けたプレイヤーは、左右へと分かれるように体勢を崩す。


ケビンは曲剣使いであり、パワー重視というスタイルではないのだが、ここで男を見せずして何が男だ!とでも言うように、強引に相手を下がらせている。

二人のお陰で、俺とニルの前には誰も居なくなった。


「行かせるかっ!」


ケビンが抑えてくれていた男が俺とニルに対して気を向けて来たが…


「行かせるんだよ!!」


「っ?!」

ギィィィン!!


プレイヤー相手に一歩も引かないどころか、寧ろ前に出て、俺とニルの行く手を阻もうとするプレイヤーの行く手を阻むケビン。


やはり、元Aランク冒険者と言っていたが、ケビン個人の実力で言うならば、恐らくSランク。ドンナテ達と混じって戦っても遜色無いのが良い証拠だろう。


「すまねぇ!!」


俺とニルが通り過ぎる時、ケビンが叫ぶ。


結局、ボロボロの俺達に任せるしかない状況になってしまった事を謝ったのだろうが…そんな事は気にしていない。今、ここに居る全員が、目の前のバラバンタ達を仕留める為に集まった者達なのだ。出来る事を出来る奴がやる。それだけの事だ。


「任せろ!!」


俺も短く返答し、互いに目も合わせず通り過ぎる。


「バラバンタァァァ!!」


「っ!!」


俺とニルは敵の包囲網を抜け、バラバンタに向けて走り込み、刀を振る。勿論、神力を使っての一撃で、少し離れた位置からでも攻撃を届かせる事が出来る。


俺の声に、バラバンタが僅かに焦った表情を見せ、自由である右手を壁へと伸ばす。


「っ!!」


ガコンッ!


俺とニルの突撃は、一手遅く、バラバンタの右手が壁になっている石材の一つを押し込む。

壁に作られた仕掛けを作動させたらしい。


ザシュッ!!

「ぐぅっ!」


ドチャッ…


一瞬遅れて到達した俺の攻撃が、バラバンタの右腕を切り落とす。


「くくく………ハハハハハッ!終わりだぁ!これで終わりだぁ!」


最高に嬉しそうな笑い声を上げるバラバンタ。

右腕が切り落とされ、切断された肩口からは血がピューピューと吹き出しているのに、まるで気にしていない。


ズガガガガガガガガ!


仕掛けが作動したらしく、地面が揺れ、天井から砂がパラパラと落ちて来る。


恐らくだが……この部屋を崩壊させる類の装置だろう。

つまり、仲間どころか、自分すら巻き込むような自爆攻撃という事だ。いや…本来ならば、自分だけは扉の奥に逃げ込んで、助かる予定だったのかもしれないが、俺とニルが目の前に居てそれは出来ない。それなのに、仕掛けを作動させたという事は、完全な自爆攻撃と取っても良い。


バラバンタにメリットが少ないであろう手段として、俺が考えていた唯一の反撃手段。

メリットが無いと考えていたのは、ここでこの部屋を崩壊させたとしても、その後、バラバンタはより一層苦しい状況に陥るからだ。


ここで部屋を崩壊させたとして、上手くこの先に続いているであろう通路に逃げ込んだとする。

しかし、そこは先の無い袋小路。魔法で別の道を作るにしても、瓦礫を退けるにしても、彼等は大量の魔力と時間を必要とする。しかし、バラバンタを除く四人に対して、こちらが攻め入った時点で、彼等がバラバンタと共に通路へ逃げ込むという状況は整わない。互いに見合っていた時から、逃げられたとしてもバラバンタ一人…いや、奥に居るであろうブードンと二人になる。いくらバラバンタがプレイヤーとはいえ、たった二人でトンネルを作ったり瓦礫を退けたりするには、それ相応の魔力量と時間が必要になる。数日か数十日か……

しかし、部屋を崩壊させた事によって、地上では突然地面が大きく陥没してしまい、部屋がどこに有るのか、その先の通路がどこにあるのか丸分かりになる。そうなれば、地上から魔法で地面を撃ちまくり、通路ごと倒壊させてしまえば良いだけになる。

どちらが早いかなんて考えるまでもないだろう。それに、忍の者達も、バラバンタ達が逃げないかどうかに目を光らせてくれているし、逃げられる可能性は極めて低い。限りなくゼロに近いだろう。


それに対して、俺達の方はというと、ターナや他の魔法使い達は、何かが起きた時の為に、防御魔法を用意してくれている。それを展開させてしまえば、この部屋が倒壊するのを防ぎ、無事に地上へ出られる状況を作り上げるなど造作も無い事だ。

つまり、この部屋を倒壊させるという行為は、時間稼ぎ程度にはなるかもしれないが、仲間を失い、寧ろ自分の首を絞めるという行為でしかない。

防御魔法も万能ではないし、犠牲は何人か出てしまうかもしれないが、バラバンタを取り逃がすという事は有り得ないと言える。


寧ろ、倒壊させず、五人で奥の通路に逃げ込み、何とかして逃げ道を作ろうとした方が助かる確率は高いと言える。


そこまでは考えられないという馬鹿ならば分からなくはないが、相手はバラバンタだ。ここに来るまでに戦ったテンペストの連中は、手勢を簡単に切り捨てようとはしないくらいの頭は有ったように感じたし、バラバンタもそう考えているように感じた。

それなのに、ここで部屋を倒壊させるという選択肢を取るという事は………少しでも俺達の側に犠牲者を出して、死んだ後も俺達からの恨みを買おうとする…いわば嫌がらせのような行為だ。そんな事をするメリットなんて…無いと思っていたのだが…


「ギャハハハハハ!」


ズズズズ…………


「ハハハ……は?」


パラパラと落ちて来ていた砂が止まり、揺れも完全に止まる。


血を切られた腕から吹き出しながら笑っていたバラバンタは、落ちて来ない天井を見上げて口を開いて止まっている。


「楽しそうだな?」


「はぁ?!なんで落ちて来ない?!これで全員死ねば完璧だったのに!!」


何が完璧なのか分からないが……そのという中に、自分が入っているという事実に背筋が薄ら寒くなる。

結局、バラバンタの感覚はどこまで行っても理解出来そうにない。


バラバンタに答えてやる気は無いが、部屋を倒壊させるかもしれないという予想は一応だがしていたし、念の為に使っておいた魔法が役に立ってくれたようだ。


部屋が潰れてしまう可能性を考えて、俺は、ニルと共に部屋全体を木の根で繋ぎ止めるようにしておいたのだ。石材の間に木魔法を使って根を潜り込ませ、崩そうとしても簡単には崩せないようになっている。爆発でも起きなければ、建材が落ちて来る事は無い。

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