第583話 質疑応答

自分の溺愛する息子をぶっ殺されてしまったブードン-フヨルデは、当然怒り狂う。


どうにかして、ハイネとピルテを見付け出して復讐したい。

だが、二人を探そうにも、どうする事も出来ない。しかも、見付け出せても、二人を制圧する事が出来るか分からない。


そこで、二人を探し出せる能力と、制圧出来る能力を持っているハンターズララバイを利用しようとした…という事らしい。


ブードン-フヨルデが資金を渡し、盗賊達はハイネとピルテを見付け出し捕縛するという契約…という事だ。


ブードン-フヨルデが、何故、ここまで盗賊連中に対して肩入れしていたのか、その理由がやっと分かった。理由自体は反吐が出るような内容ではあったが…

まあ、それより以前から繋がり自体は有ったのだろうが、本格的に繋がりが太くなったのは、フージが死んでからという事だろう。

ただ、フージを殺した時の話を聞く限り、本当に好き放題やっていた様子だったし、自業自得。

それに対して恨みを持つと言うのならば、フージに散々な目を見せられてきた者達が恨みを晴らす方が先というものだろう。それを代行しただけに過ぎないハイネ達が恨まれるというのは自分達の事を棚に上げているとしか思えない。まあ、そんな事をブードン-フヨルデに言ったところで、通じるはずがないのだが…


世間体を考えて、外面だけは取り繕っていたブードンとは違い、外面さえ気にせずに好き放題やっていたフージ。それを見た者達の心境としては、ブードンがフージを見限って遠くへ置いたと考えても不思議ではない。


そういう経緯で、ブードンは盗賊連中と手を組んだという事は分かった。しかし……それは、最早どうでも良い事になっている。


この状況で言えば、最早ブードンは居て居ないようなもの。態度と体と声はデカいが、それだけだ。戦力にはならない。実質的に、残りは九人という事になる。


問題は、その九人全員から、実力者の空気を感じる事だ。プレイヤーではない者達にも…という事である。流石に、ロクスのような威圧感までは感じないが、それでも、間違いなく強い。


よく鳴く親ブタを横目に、全員が俺の事を警戒し、誰も目を逸らしていない。俺は武器も持っていないし丸腰だというのにだ。まあ、アイテムが入った腰袋は持っているが、ここまで警戒されていると、腰袋に手を回しただけで斬り掛かって来るに違いない。

ここでは慎重な行動を取らなければならないだろう。


最初に、武器を捨てるように言い、その後直ぐに攻撃を仕掛けて来ないという事は、俺と話がしたいという意味で取って良いだろう。こちらの情報が欲しいのか、俺自身に用が有るのかは分からないが、いきなり魔法の雨が降ってくるという事は無いらしい。


「それにしても、まさかたったの五人にここまでボロボロにされちまうとはな。

ソロプレイヤーシンヤの名は伊達じゃなかったという事だな。」


「アキトの奴が色々と言っていたが、あれは本当だったんだな。」


俺を見ながら、プレイヤー達が何やら話をしているみたいだが、俺は話す事も動く事も無く立ち続ける。

イーグルクロウの皆が近くに来るまでは、まだ十分以上有る。黙っているだけで時間が稼げるのならば、それに越したことはない。

越したことはないが…相手は大盗賊の頂点に君臨していたテンペストのメンバーで、更にバラバンタの側近ばかり。そこまで頭の悪い奴らは居ないらしく、直ぐに静まり、バラバンタの横に居たプレイヤーの一人が前に出て来る。


「いくつか質問する。正直に答えろ。」


「…………………」


「お前達の仲間は何人か言え。」


「……正確な数は知らないが、この街に乗り込んだのは千人程度だな。」


この質問は、乗り込んで来た人数を知りたいが為の質問ではない。


あれだけ外壁に敵兵が居たのだから、乗り込んで来た人数など把握しているに決まっている。

つまり、この質問は、俺が本当の事を言っているのかどうかを調べる為の質問であり、質問自体は必要の無いものであるという事。

答えを間違えば、恐らく、人質の女性が殺されてしまうだろう。


目の前で、助けたい命が失われるのは、もう見たくない。ここは慎重に、確実に答えを出していこう。


「次の質問だ。そいつらは今どこに居る?」


この質問は少し難しい。


俺達は忍から話を聞いていて、皆が残り十分程でここに辿り着く事を知っている。

だが、それを俺が知っているという事を、彼等が知っているかどうか…という所が問題だ。

普通に考えた場合、知らないだろうと思うかもしれないが、よくよく考えてみると、ハンディーマンの頭であるロクスとの戦闘が終わるまで、隠密部隊であるハンドの連中が出て来なかった。風切羽の魔法で全員吹き飛んだと考えるべきかもしれないが、万が一、奴等が俺と忍が話しているのを見ていた場合、その情報が届いている可能性が高い。何より、俺に一人で来るようにとバラバンタが呼んでいる事を、誰が俺達に伝えたのか。これについてはある程度予想していると考えられる。

俺達にも、隠密部隊が居る事については間違いなく気付いているはず。

ただ、忍の者達がハンドに遅れを取るというのも考え辛い。

判断に悩むところだ。


もう一つは、黒犬が動いていた場合の事が気掛かりだが…黒犬の事はレンヤに任せてあり、音沙汰が無いとなると、黒犬は動いていないはずだ。


どちらを取るべきなのか、一瞬だけ迷ったが、直ぐに答えを返す。


「…分からない。俺達はひたすら真っ直ぐにここまで来たからな。他の者達の動きまでは把握していない。」


俺の答えは、知らないというものだった。


そう答えた理由は、ハンドの連中が生き残っていたとしても、忍の者達より優秀で、彼等の目を盗んで俺達を観察していたとは思えないからだ。

可能性としてはゼロではないが、俺は、信じるならば忍の実力を信じる。それが答えだ。


「………嘘を吐けば、ここの者達がどうなるか……分かるよな?」


「ひっ……」


目の前の女性に近付く刃。

プレイヤーの男が目配せするだけで、女性を捕まえている男が刃を女性の首元にチラつかせる。


目に涙を浮かべて、俺に助けを求める女性。


「本当に知らないから知らないと言っているんだ。」


それに対して、俺は直ぐに受け答える。


もし、俺が嘘を吐いていると分かっているならば、敢えて脅すような事はせずに、即座に人質の女性を殺していたはず。そうしないということは、俺の言った事が嘘かどうかの判断が出来ないという事である。

恐らく、俺が一瞬だけ間を置いたのに対して、疑いを持ったのだろう。本当に僅かな時間迷っただけだったから、それがどういう間だったのかという事に関しては判断に迷うところ。故に、こうして脅して俺の反応を見ているのだ。


慎重に答えるのは良いが、変に間を取って答えるのも危険という事らしい。気を付けて答えなければならない。


「………ふん。次の質問だ。」


俺の反応に対して、鼻を鳴らした男が、目配せすると、女性に近付けていた刃が引かれ、次の質問に移る。


「お前の仲間の残りの四人と、隠密部隊はどこに居る?」


やはり、忍の連中の事については知っているらしい。


「残りの四人とは、ロクスを倒した場所で分かれて来た。隠密部隊の事は俺も分からないが、ここに一人で来るよう伝えに来た一人は、同じくロクスを倒した場所で分かれて、その後街の方へ向かったようだ。」


「……………………」


忍と分かれてからの事について、ハンドの連中が見ていたのかどうかは分からない。分からないが、少なくとも、忍が俺達に情報を伝えたという事については知っている。もしくは推測しているみたいだ。

そうなると、見ていたという可能性がゼロではないし、ここは本当の事を言っておくのが良いだろう。

本当の事を…とは言っているが、忍は街に向かったのではなく、そこに居るイーグルクロウやケビン達に接触しに行ったのだが、それに関しては、目の前の連中が知り得ない情報だ。そして、ニル達四人とは分かれているが、その後の行動に関してはどうなるのか彼等は知らない。

つまり、嘘ではないが、真実を全て話しているわけでもないという事だ。

こういう話術というのは、社会人になって会社で働いていると、嫌でも身に付くものだ。あの頃の経験がこんな形で役に立つとは思っていなかったが…どんな事も、経験というのは大切なものだ。


俺の答えに対して、プレイヤーの男は、真実か嘘かを判断しようとしているみたいだが、決め兼ねているように見える。

ここで真偽を確かめようにも、今現在、忍も、ニル達四人も、それぞれがそれぞれに動き回っていて居所を掴めないはず。掴めたとしても、動き回っている相手の居場所など、伝えたところでどうにもならない。そして、動き回っているという事は、仲間の正確な位置を目の前の俺が知らないという事を証明するだけの事。何も問題は無い。


「……次だ。」


俺が自信を持って答えていると判断した男は、次の質問へ移る。


「お前の使っている友魔は何だ?そして、どこで手に入れた?」


まあ、プレイヤー同士という事ならば、友魔の話になるのは当然の事だろう。

オウカ島での一件が終わってから、友魔システムが解放されたという通知が来た。それがこの世界に来ている全てのプレイヤーに通知されたものならば、今、プレイヤー間で最も注目されている話題だろう。この世界にスマホが有ったならば、トレンド一位に輝いている単語に違いない。


そして、そんなトレンド一位の友魔の中でも、明らかに他より威力の高い魔法を使う者が居ると分かれば、気になるのは自然な事。


ただ、ここで問題なのは、俺の使う聖魂の力は、友魔と同じものではあるが、全く別のものでもあるという事だ。


俺の聖魂魔法は、ベルトニレイが授けてくれた力であり、友魔との契約とは全く異なるものだ。根本的な部分が違う為、彼等が想像している友魔の力とは全てが違う。

俺が死んだとしても、ナナシノの時のように友魔が解放されるわけではないし、そもそも契約という形ではない為、どうやったとしても、俺の使う聖魂魔法と同じ力は得られない。


しかしだ……


バラバンタが、何故ここに留まったのかを考えた時、もし、俺の契約している友魔を、俺を殺して奪い取れば、無双してどうとでもなると考えていたとしたら……ここで、俺の力が奪えないと知れば、人質を盾に脱出の計画を実行するに違いない。最悪、かなりの犠牲者が出る。

そして、そう考えている可能性は極めて高い。


そうではないかと考えてはいたが、ここで友魔の話が出てきたとなれば、可能性はグンと上がる。


結局のところ、バラバンタは、俺の友魔の力を奪う事しか考えていなかったという事になる。

それだけが理由でここに残ったのかは、バラバンタ本人が喋らない限り分からないが…少なくとも、俺の力を狙っているというのは間違いないはずだ。

この状況で、俺の力を奪えないと悟らせてしまうのは悪手。ここは、俺の力を奪えると確信させ、俺の命を狙うように仕向けるのが良い。つまり、俺の使う聖魂魔法も、普通の友魔の契約と同じものだと伝えるべきだ。

だが、その場合、当然ながら友魔の正体と、その居場所を教えなければならなくなる。


俺が使った聖魂魔法は、カリカンジャロスの使う土魔法と、ドリュアスの使う木魔法。


ベルトニレイも言っていたが、この世界に居る聖魂の殆どは、ベルトニレイが人から隔離する際に連れて出ている。特に、カリカンジャロスやドリュアスのような、聖魂の中でも高位な存在は、ほぼ全てあの島に連れて行った。

つまり、カリカンジャロスやドリュアスのような高位の聖魂の居場所なんて分からないと答えるしかない。もしこの大陸に残っていて、その居場所を知っていたとしても、絶対に言わないが。


つまり、俺が伝える内容は、それっぽくはあるが嘘の内容を伝えるのが正しい選択だろう。

そして、その内容としては……相手から見れば、俺の力の出処がカリカンジャロスとドリュアスという事は分からないという事から、友魔として契約出来る聖魂の中で、土魔法と木魔法に長けていて、大陸にも居そうな聖魂と、居そうな場所を伝えるのが最善な回答という事だ。


そこで考えられる聖魂となると……


「名前はポレヴィークだ。」


ポレヴィークというのは、土と木の魔法に長けている聖魂で、見た目は人型の泥に草がもっさり生えているというもの。

どこかグリーンマンを思わせる見た目に思うかもしれないが、俺の膝下くらいの大きさで、かなり可愛らしい聖魂である為、グリーンマンとは似ても似つかない。

非常に優しく、温和な聖魂で、作物を育てる農夫を好む性質が有るらしい。


但し…このポレヴィークという聖魂は、本当に温厚な性格で、力を引き出して使える魔法は、土壌を豊かにして、農作物の育ちを良くする…その名も『豊穣』という魔法である。そのままという名前の魔法で、農夫にとっては喉から手が出るくらいに欲しい魔法だとは思うが、攻撃魔法ではなく、人を殺すような威力は皆無。寧ろ人を生かす力を持った魔法である。

つまり、俺の使ったような威力の魔法など全く使えないし、真っ赤な嘘だ。


しかし、友魔というのは、そう簡単に出会えるものではないし、ポレヴィークは農夫のような者達を好む為、その敵である盗賊には決して近寄らない存在である。故に、俺の魔法がポレヴィークのものかどうかの真偽など、彼等には分からないのである。


ポレヴィークという精霊の名は、向こうの世界にも有った。

ロシア…かどこかに伝わる、畑の守護精霊だったか…俺も正確に記憶しているわけではないし、色々なゲームをやっていて聞いた事が有るくらいの知識だが、間違いなく向こうの世界にも有った名前だ。

もし、誰かがポレヴィークの名を知っていたとしても、畑の精霊となれば、土と木の魔法に長けているというのも何となく頷けるし、怪しいところは無いだろう。


「契約した場所は…豊穣の森だ。」


スラたんがスライムを操作出来るという事が、バラバンタにまで伝わっているのかは微妙なところだ。ロクスは疑っていたが、確信していないような反応だったし、バラバンタも似たようなものだと考えられる。とはいえ、俺の力を独り占めしたいような行動を見せているバラバンタは、気づいていて部下に伝えていないという可能性も有るし、スラたんが友魔との契約を結んでいる事を考えれば、豊穣の森で契約したと考えるのが一番しっくり来るだろう。


「豊穣の森……ロック鳥の居る森か。」


俺の話を聞いて、バラバンタの横に居たもう一人のプレイヤーが、質問をしているプレイヤーに耳打ちする。


「…ポレヴィークという友魔は、土と木の魔法を使うということだな?」


「ああ。」


プレイヤーの中の誰かがポレヴィークの名を知っていたようだ。適当に作った名前を使わなくて良かった。


「だとしたら、契約はどうやって結んだ?そして、先程の風魔法は何だ?」


まあ…そうなるわな。


「契約は俺の仲間の一人が魔眼を持っていてな。それで契約した。」


魔眼を持っている…というのは本当の事だが、契約したというのは嘘だ。


ナナシノが契約していた時点で、魔眼についてはバラバンタも知っているはず。変な嘘を吐くより、魔眼の力だと言い切った方が良い。


そして、もう一つの質問。

街の外壁の更に外側に立てられた土の壁。そしてナナシノを屠った木魔法。この二つがポレヴィークの力だとしても、屋敷を吹き飛ばした風魔法については説明が出来ない。


「あれはロック鳥から貰ったアイテムの効果だ。」


これについては、真実を話しても問題は無いだろう。


ロック鳥のアイテムだと聞いても、よし!奪いに行こう!なんて考えて奪えるようなアイテムではない。


一枚の風切羽であれだけの威力の魔法を放てたのに、ロック鳥はあの魔法をする。

SSランクに相当するモンスター相手に、アイテムを奪おうとしても、ぶっ殺されて終わりだ。特に、豊穣の森に住み着いているロック鳥は、ついこの前、卵を奪われて警戒心MAXな上に、盗賊には気が立っているはず。最悪、森に盗賊が近付いただけであの魔法が飛んで来る可能性すらある。

高い知性が有るように感じたし、無差別に人を襲ったりはしないだろうが、悪意有る者達の判別は出来るだろう。つまり、彼等があの風切羽を手に入れる事は絶対に無いと言える。


「チッ……」


それが分かっているからか、話を聞いたプレイヤーは舌打ちしている。


俺の話全てを鵜呑みにしているわけではないだろうが、この話については、俺の言葉を信じるしかない。


「………最後の質問だ。」


ここまでで、数分間の時間を稼げたが…まだ皆が準備を整えるには時間が足りない。もう少し話を長引かせたいが…下手に話を差し込んだりして、目の前の女性が死ぬのは見たくない。俺は黙って最後の質問に耳を傾ける。


「ビタリア-ヘタナルカ。そしてその娘であるサナマリ-ヘタナルカの二人を知っているな?」


「…………??」


あまりにも唐突であり、ここで聞く事など予想していなかった名前に、俺は一瞬頭が混乱する。


ビタリア-ヘタナルカ。


青木の庭という宿屋の女主人で、ブルーツリーの沢山生えた家に娘と二人で住む豪気な女性。

ハイネとピルテが、娘であるサナマリを襲った事から、俺とニルが捜索に乗り出す事になり、ヒュリナさんとの商談も取り持った仲である。

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