第582話 フヨルデ
「既に街の方は同行された皆様で、殆どの人質を解放しており、彼等も現場へ向かっているとの報告が入っております。
シンヤ様はここで引き、我々の方で対処は可能かと……」
「……そうした場合、犠牲者はどれくらい出る?」
「………………半数は超えるかと。」
何人居るかは分からないが、数人の人質という事は無いだろうし、恐らく、数十人、もしくは数百人という犠牲者が出る事になるという事だ。
対処は出来るが、捕まった人達全てを助けるのは無理。つまり…半数近くを犠牲にして俺達は引くか、俺が単身で出て行ってどうにかするか…
「ご主人様!いけませんよ!絶対にダメですよ!?」
「…………………」
ニルが半泣きで俺の事を止めている。
冷静になって考えてみても、ここで俺が単身で突撃したとして、連中をぶっ倒し、捕まった人達を助け出せるかと聞かれたら………無理だ。
俺の手札はもう残っていない。聖魂魔法も使い切り、風切羽も使った。
残るのは自分の剣術と魔力、神力、そしてもう直ぐに溜まる桜咲刀の魔法だけだ。
暴れ回って、出来る限り相手に被害を出したとしても、それだけで残った連中を全て屠る事は出来ない。いくら多人数を相手にする事が多く、慣れているとは言っても、どうしようもない状況というのは存在する。
せめてニルだけでも連れて行く事が出来れば、まだどうにか出来る可能性は残されるのだが……完全に単身で乗り込むとなると、それは自殺行為と言える。
俺だって死にたいわけではないし、勝算も無いのに単身突撃なんて馬鹿な真似は出来ない。住民の人達を助けたいとは思うけれど、そこで自分の命を落としては意味が無い。当たり前だが、助けるならば、自分も死なないのが条件となる。
非常に悲観的な思考に感じるかもしれないが、そんな事は無い。
要するに、俺達に勝算が有り、尚且つ住民を助けられる方法が有れば、それで良いわけだ。
ニルの頭をポンポンと撫でてから、俺は忍と話を続ける。
流石にニルは、擽ったそうに笑う事はなかったが、俺に死ぬ気は無いと分かってくれたのか、少しだけ安心した表情を見せてくれる。
「………イーグルクロウとケビン達が現場に向かっているんだよな?」
「はい。」
「どれくらいで到着する?」
「十五分程かと。」
「……敵の数と人質の数は?」
「敵は十人。人質は約二百人程です。
しかし、敵の十人は、精鋭部隊だと思われます。」
たったの十人で悪足掻きとは……そこまでして俺達を、俺を殺そうとする理由が何か有る…のだろうか。
残っている十人が全てプレイヤーだったとしても、イーグルクロウも居るし、この状況で俺を殺し、逃げ出そうとしても、そんなに簡単に逃げ出す事は出来ないはずだ。
それは人質を取っているという状況だとしても…という意味が含まれている。
目の前で、逃げ出そうとしている今回の件の首謀者達が居るとしたら、皆、いくら人質が居たとしても、地の果てまででも追い込むはずだ。今となっては、ハンターズララバイよりも、この近隣に避難している者達の方が圧倒的に多いのだから、どれだけ頑張っても逃げ出すのは不可能に近い。
それでも、敢えて逃げずに残っているという事は、何かしらの策が有る…と考えるのが妥当なところだとは思うが…その策が何か分からないとなると、手の出し方を考えなければならない。
「忍の者達と、イーグルクロウ、それとケビン達を含めて、この状況下、動ける者達を動かした場合、人質を助けて連中を制圧する事は出来るか?」
「………犠牲者をゼロにするのは、難しいかと。」
人質と言うくらいなのだから、相手に捕まっている状態の二百人。それを全て救い出すというのは…いくら何でも難しい。
動ける者達全てで庇ったとしても、やはり犠牲者は出てしまうだろう。
「全員を助け出そうと言っているわけじゃない。
極力犠牲者を出さずに…という意味だ。」
言葉にするのは嫌なものだが…俺達の出来る範囲で、犠牲者を抑えて助け出し、残ったハンターズララバイの連中を仕留める。これが最善策だと思う。
出来る事ならば、全員助け出したい…と思ってしまうが、出来ないことを無理にやろうとしてしまえば、余計に被害が大きくなってしまう。
言い方は悪いかもしれないが、ある程度の犠牲は覚悟するしかない。
「……そういう事でしたら、可能かと。ただ……」
「時間が欲しい…か?」
「……はい。」
街の人達を助け出そうとするならば、動ける者達で一気に襲い掛かり、一瞬で奪還する必要が有る。
つまり、イーグルクロウやケビン達が来るまでの十五分と、忍が準備を整える為の時間を稼がなければならないという事。
「そうなると、俺が一人で連中の前に行って、どうにか時間を稼ぐしかない…という事だな。」
「ご主人様!?」
当然、その時間稼ぎというのも命懸けだ。到着すると同時に連続魔法攻撃!なんて事になったりしたら、俺もタダでは済まない。だが…
「……大丈夫…とは言わないが、恐らく直ぐに手を出して来るという事は無いはずだ。」
ニルに視線を向けて言うが、ニルは嫌そうだ。
「相手は十人……ですから、こちらの手の内も読まなければ脱出など出来ませんし、話し合いをする時間くらいは有るだろう…という事ですよね…?」
「ああ。」
「それは希望的観測であって確実な事とは言えません!」
「分かっている。だが、もし…攻撃をいきなり受けるような事になったとしても、直ぐに殺られるつもりは無い。
直ぐに殺られないならば……ニルが来てくれるだろう?」
他力本願も良いところだと思うが、ニルが来てくれるならば、十人相手に暫くは戦えるはずだ。その間に、イーグルクロウとケビン達、そして忍が来てくれたならば、その時点で勝利条件の殆どが達成される事になる。
当然、相手にも奥の手は有るだろうし、俺達がどうにかこうにかしている間に、何か仕掛けて来るという事も考えられるが、俺とニルならば、間違いなく切り抜けられる。根拠の無い自信ではあるが、それだけ俺はニルの事を信頼しているのだ。
「ニルが来てくれると分かっているなら、それまで耐え抜くくらい簡単だ。」
「ご主人様……それは本当に狡い答えです……」
俺はニルを絶対的に信じている。そして、ニルが来るまでは耐えてみせる。だから、助けてくれ。
そんな事を言われて、ニルが頷かないという選択肢を取れない事は分かっている。ニルの言う通り狡い言い方だったと思う。
だが、信じているのも、ニルが来てくれればどうにかなると思っているのも本当の事だ。
当然、スラたん、ハイネ、ピルテ。イーグルクロウの皆や、ケビン達、忍の事も信用している。
俺一人では、ここからハンターズララバイを仕留めて犠牲者を極力減らすなんてのは到底無理な話だが、皆が居てくれるならば、きっと大丈夫だ。
俺自身が全力で戦えないとしても、それを補ってくれる。それが分かっているから、俺は怖くなどない。
俺達は、ここからの行動について簡単に話し合いを行い、大まかな事を決めた後、立ち上がる。忍は直ぐに移動を開始して、作戦をイーグルクロウやケビン達に伝えに向かってくれた。
これで準備は整った。
「これでハンターズララバイとの戦闘も最後だ。気張って行くとしようか。」
全員ボロボロで、疲労困憊という四文字が綺麗に当てはまるような状態ではあるが、ここが最後の山場だと思えば、残った体力を振り絞る事も出来る。
「僕達も出来る限りの援護はするよ。」
「無理をするならここよね。」
「絶対に成功させましょう!」
スラたん達もやると決めたからには成功させてやると意気込んでくれる。
「ニル………頼んだ。」
「……お任せ下さい。ご主人様には、指一本触れさせません。」
ニルに一言だけ言うと、ニルはこれまでで最も真剣な表情で返してくれる。
死ぬ程疲れていて、左腕に穴が空き、今にも倒れそうだが、それは、全員同じはず。当然ニルも同じだろう。
それでも、ニルの顔には、絶対に触れさせません、と書いてある。
やっとここまで来たのだ。最後に連中を仕留めて大団円という形で終わらせてみせる。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
話し合いを終えた俺達は、直ぐに忍から聞いていた、人質達が捕まっているという場所へと向かった。
場所は城…が立っていた場所の最奥。
風切羽によって崩壊した城の中、唯一原型を留めている場所。
恐らくだが、この残された建物の一部は、ブードン-フヨルデの私室のような場所だろう。私室と言うにはデカいが、残された部分だけやけに頑丈に造られており、崩壊がピタリと止まっているのが分かる。
城が破壊されるような事になったとしても、この場所だけは崩壊しないようにしてある…という事だろう。
造りは円柱状。外から見ると、他の部分が派手に見える為、ここにブードン-フヨルデが居るとは思えないような質素な造り。飾り気も無く、窓も少なく、ただただ頑丈さだけを追及したような建築物だ。
普段からここで寝起きしているというよりは、シェルター的な扱いの建築物のような気もするが…ブードン-フヨルデが大切にしている物は、恐らく全てこの中に有るのだろう。
そして、肝心の人質達だが……
「えげつない事をするもんだな……」
そんな建物の周囲をぐるりと囲むように…繋がれていた。
捕らえられているのではなく、文字通り繋がれているのだ。
人質の手足を、隣の人質の手足と枷で結び、誰一人として逃げられないようにして、立たせている。
その人質による輪が何重かになるようにされており、その輪の一部には子供が一定の間隔で繋がれている。
もし…彼等が何かの拍子に逃げようとすると、子供達が両腕両足を引っ張られてしまう状態という事だ。しかも、その子供を心配して視線を送り続けている母親らしき者は、二、三人を挟んで繋がれている。
逃げようと住民の者達が走り出そうとした時、子供は当然痛がるだろう。それを止めようと母親が間に居る者達を止めようとする。それが枷となって逃げようとしても逃げられない。そういう事だろうと思う。
そして、子供達の顔には涙の跡が見えており、その視線の先には、男性の遺体が転がっている。
恐らく……子供達の父親だろう。
ザッケ、ヤナ、ラルクの事もあったから分かるが、子供というのは、時に大人が想像もしないような事をしでかす事が有る。
それを抑止する為なのか…見せしめの為なのか…子供達の前で、父親を殺したのだろう。
忍が言っていた何人かの犠牲者というのは、彼等の事に違いない。
そして何より、俺達も人質に子供が居るという事を見せられれば、手が出し辛くなる。
やり方が汚いとか…もうそういう次元を超えている。
相手は大盗賊団ハンターズララバイの頭、バラバンタだ。やる事がえげつないのは最初から分かっていた事。しかし、それを実際に見ると、最低の気分になる。
これで、もし、ハンターズララバイが勝ったとして、この街を乗っ取ったとして……その後に残る怨嗟は、連中が思っているよりもずっと濃く重いものになる。それについてどうするかなんて、彼等は考えもいないのだろう。
逃げ出した盗賊連中が戻って来たとしても、ここで恨みを募らせた者達は、必ず復讐に来る。今は大切な人を失った悲しみで打ちのめされているだろうが、そのうち、必ず恨みを晴らしに現れる。
そうなった時、彼等は俺達よりも強大な者達を相手にしなくてはならないはずだ。そんな事も分からない…いや、分かっていてもどうにか出来るなんて考えているから、盗賊は盗賊という事なのだろう。
俺達は、オウカ島で、染み付いた恨みによって、一国を落とす寸前まで追い込んだ男を知っている。そんな者が何十人、何百人と集まれば、盗賊達の住む街など一晩も掛からずに崩壊するだろう。
だが、そうして復讐に全てを捧げてしまった者達というのは、とても悲しい存在になってしまう。
今、ここで、俺達の手で、復讐の相手を殺すところを見せれば、復讐に囚われてその後の人生を血に染め続けるという事もなくなるだろう。俺は、そう願う。
兎にも角にも、俺はニル達と離れて、一人でその円柱状の建物に向かって歩いて行く。
「来たか。」
「キャッ!」
俺が建物に近付いて行くと、一人の男が出てくる。
人族の男だが、プレイヤーではなさそうだ。あくまでも俺の主観だが…
その男は、一人の女性を乱暴に引っ張って俺の方へと歩いて来る。女性の後頭部辺りの髪を鷲掴みにしており、女性は痛みに声を出しているが、男は完全に無視している。
男の手には直剣が握られており、それが女性に向けられており、何かの拍子に女性が斬られてしまうかもしれないという状態である。
女性は見た事の無い人だが…
「お母さん!お母さぁん!」
縛り付けられている男の子が叫んでいるのを聞くに、その子の母親らしい。
「どうやら本当に一人で来たらしいな。」
「一人で来いと言ったのはそっちだろう。」
男は、俺の後ろに誰も居ない事を念入りに確認した後、後ろに視線を送ると、人質の輪の中から三人程が出てきて、俺を取り囲むように広がって行く。
視線をあちこちに向けているのを見るに、本当に俺が一人で来ているのかを、更に念入りに調べているのだろう。
見えている四人は全てプレイヤーではないように見える。少なくとも、獣人族の男が二人居る為、その二人はプレイヤーではない。
「まずは武器を捨てろ。」
「…………………」
「早くしろ!」
「キャッ!」
俺が武器を捨てないでいると、男が女性を強く引っ張り、女性は痛みで声を上げる。
嫌な光景だ。
俺がこの旅に出ると決めた出来事を思い出してしまう。
カシャン…
俺は少し離れた位置に桜咲刀を投げ捨てる。エンブレムの入ったプレイヤーの武器は、本人の手元から離れただけでは戻って来ない。誰かがそれに触れる事で、本人ではないと認識し、手元に戻る。
つまり、投げ捨てただけの場合、武器は俺の手元には戻らず、地面の上に転がっているだけという事だ。
当然誰も触ろうとはしない。プレイヤーについてはよく知っているという事だろう。
「捨てたぞ。」
「最初から素直に聞いておけば手間も無いってのに……」
男がもう一度後ろに視線を送ると、建物の中からゾロゾロと人影が現れる。
数は六。
忍の情報が正しければ、これで全員の姿が確認出来たという事になる。
現れた六人の内、四人はプレイヤー。持っている武器にエンブレムが入っているから間違いないだろう。
一人は恐らくブードン-フヨルデ。
何故分かるかと言うと…体型がハイネ達の言っていたフージ-フヨルデと酷似しているからだ。
人族の男で、ブヨブヨの腹。ギラギラとした宝石の付いた指輪を何個も装着しており、服もやけに良質な物。
一言で言うならば親ブタだ。
戦闘など全く出来ないという体型でありながら、他の者達に守られるような位置に立っているし間違いないだろう。
そして、残った一人…そいつは外套を着ており、深くフードを被っていて顔は見えないが、恐らくそれがバラバンタ。ハンターズララバイの頭だ。
出来れば直ぐにでも顔を見て、どんな奴かを記憶しておきたかったのだが…なかなか慎重な奴だ。
「お…おお…お前ぇぇぇ!!!」
俺が周囲の状況を確認していると、突然、周囲の空気を割るような叫び声が響く。
叫んだのはブードン-フヨルデ。
暑くもない気温なのに汗を流しながら、俺に人差し指を向けて何やら叫んでいる。
「お前の仲間に黒髪の女二人が居るだろ!!その二人を連れて来い!!」
「…………………」
ブードン-フヨルデが言っているのは、恐らくハイネとピルテの事だと思うが……一人で来るように言われたから一人で来たのに、仲間を連れて来いとは…馬鹿なのだろうか?
いや、連れて来ても良いなら連れて来るけれども…俺としては二人が来てくれるなら、それだけでもかなり心強いし。
ブチ切れた親ブタは、横に居たプレイヤーの一人に宥められて、何とか頭のおかしな事を言わなくなったみたいだが…何をそんなにキレているのだろうか…?
城を壊したのは俺だし、ザレインの事とか、その他諸々、邪魔をした事をキレているならば、俺に対してキレているはずなのに、何故かハイネとピルテに矛先が向いている。
あまり鼻息を荒くしていると、脳の血管が吹き飛びそうだが……というか、鼻息を荒くしていると、ブヒブヒと音が鳴って本当のブタみたいだ。
何をそんなにキレているのかさっぱり分からないと思っていると、ブードン-フヨルデが人の言葉を喋り始める。
「俺のフーちゃんを殺しただろうがぁ!俺がその女二人を殺してやる!死ぬ程辱めてから殺してやるぅ!!」
頭の上に?マークを盛大に乗せそうになったが……恐らく、フーちゃんというのは、フージ-フヨルデ。つまり、ブードン-フヨルデの息子の事だ。
ハイネとピルテが、色々と有って殺す事になった男である。
噂話では、使えない息子であるフージ-フヨルデを、遠ざける為に別の街に送ったという話だったと思ったのだが…どうやら事実は違うらしい。
ブヒブヒ言いながら喚き散らしている言葉を聞き取ると、ブードン-フヨルデは、フージの事を溺愛していたようだ。
そんな溺愛する息子が、安全に、自由に生きられる場所を与えるという事で、ポナタラという街を与えたらしい。
しかし、そこにハイネとピルテが来て、フージ-フヨルデをぶっ殺してしまった。
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