第584話 正体

彼女達…いや、正確には、リアさんの亡くなった旦那と、娘であるサナマリに魔族の血が流れているという事以外、変わったことの無い平々凡々な二人で、決して、こんな殺伐とした戦場で話題に出て来るような名前ではない。


「知っているかと聞いているんだ。」


「あ…ああ。知っている。」


あまりにも予想外の質問に固まってしまったが…確かに知っている。


ブルーツリーから作られる紅茶も貰ったし、良好な関係を築けた相手であると言える。いや、言い方が悪過ぎるな……仲良くなれた母娘だ。忘れるはずがない。

しかし…何故そんな二人の話がこんなところで…?


「それがどうした…?」


俺は質問に答え、恐る恐る先を促す。


あの二人に危険が及ぶ可能性が有るとしたならば、知らないと答えるべきだったかもしれない。答えを間違ったか…?


「…………………」


しかし、俺が先を促しても、プレイヤーの男は会話を続けようとしない。


俺が焦りを感じ始めた時、やっと状況が進展する。


「あの二人と……何を話した?」


プレイヤーの男が口を開くと、そんな事を聞いて来る。


「何を話したか…?」


リアさんとサナマリと話した事など腐る程有る。

何を聞きたいのかという目的が見えない以上、膨大な会話の中のどれを指しての質問なのかが分からない。まさか、会話の内容全てを思い出して話せなんて事は無いだろうし…


「何を聞きたいのかが分からないから答えようが無い。」


「………チッ……」


意味の分からない質問をされて、舌打ちしたいのは俺の方なのだが…


舌打ちしたプレイヤーの男が、後ろに視線を向けると、やっと、俺達の目的であるバラバンタが動く。


「……あの二人の宿に泊まっただろう。その時、あの二人に何をした?」


外套を深く被り、顔さえ見えないバラバンタが、俺に質問を投げ掛ける。


どうやら、バラバンタの聞きたかった事の詳細を、手下であるプレイヤーの男も正確に把握しておらず、何を聞けば良いのか分からなかったようだ。それで大雑把な質問になってしまったのだろう。


しかし……この声……どこかで……


「何をしたと言われてもな……普通に宿として使わせて貰っただけだから、特別何かをしたつもりは無いぞ。」


質問の意図が全く読めない。


あの二人について何を聞きたいのか……

まるで、近況を聞きたいかのような質問だ……いや、待てよ……近況…?

あの二人の近況を聞きたいとするならば、そんな事を確認したい者など普通は居ないはずだ。

リアさんの話では、旦那さんの遺体はかなり酷い状態だったらしいし…もし、その顔が旦那さんと判別出来ない程だったとした場合……もし、旦那さんが生きていたとしたら……


いや、落ち着け。


もし旦那さんが生きていたとしても、このバラバンタという男がその旦那さんという可能性は極めて低い。

生きているならば、あの二人の元に戻るという選択肢を取らないはずがない。こんなところで盗賊をやっている場合ではない。それも、自分の死を偽装してまでする事じゃない。

何か理由が有るかもしれないと考えても、自分の愛する家族を置き去りにして盗賊をやる理由など有りはしないはず。それが、もしも家族を守る為という理由だったとしても、あのリアさんが愛した人が、自分の家族を守る為に、他人を殺しまくる盗賊になるとは到底思えない。

ましてや、他人を殺し、その力を独り占めしようとするような奴であるはずがない。

それに、あのリアさんの事だ。旦那さんの事についてはかなり念入りに調べただろうし、旦那さんが死んでいるという事実は間違いないだろう。


つまり、このバラバンタという男が旦那さんであるという事は有り得ない。


しかし……あの二人の事を知りたがる者など、他には居ない。


では、このバラバンタという者は、一体誰なのか…?


「嘘を言うんじゃねえ!俺は知っているぞ!」


突然怒鳴り散らすバラバンタ。


やはり……どこかで聞いた事の有る声だ。


「二人が落ち込んでいるのを良い事に……あ゛ぁぁ!」


何故か怒鳴りまくるバラバンタ。

情緒不安定にも程がある。近くに控えている男達は、プレイヤーも含めて、そんなバラバンタに対して怯えているように見えるし……


いや、そんな事よりもだ。


リアさんとサナマリが落ち込んでいる…という話を聞くに、ハイネとピルテがやらかした事件の事を言っているのだろうか?

もしそうだとするならば……あの時から俺達の事を見張っていた…?

いや…黒犬達が、その時には既にハンターズララバイに接触していたとして、その時から俺達を見張っていたとするならば、もっと俺達やハイネやピルテについて詳しく知っていてもおかしくはないはずだ。

一応、ヒュリナさんと旅をしている間に、雑魚の盗賊に一度襲われているが、あれは恐らく黒犬の連中が、盗賊の強さを確認する為だ。俺達に対して、どの程度の実力者から有用な駒になるかを調べる為の実験とでも言えば良いだろうか。

そうなると、ハンターズララバイを使わなければならず、使えば俺達をどうにか出来る可能性が有ると判断した出来事だったはず。

そこから俺達をマークしたとするならば、あまりにも行動が早過ぎる。物理的な距離の事も有るし、俺達の事をあの時点からマークしていたとは考え辛い。


つまり、リアさんの宿に泊まった事を知ったのは………偶然……だと考えるべきか…?


そう考えるならば、リアさんとサナマリの事を聞きたがるという事から……あの二人の知り合いだという線が濃くなる。


二人の交友関係の事などあまり知らないが、俺達が知る中だと……近所の人達、あの宿を紹介してくれたギルドの受付嬢であり、イーグルクロウのターナの姉であるラルベルくらいのもの……………いや、待てよ……もう一人居る。


俺がそれに気が付いた時、やっと聞いた事の有る声と、その人物が重なる。


「……アレン……」


俺が呼んだ名前に、バラバンタが反応し、ピタリと動きを止める。


アレン。


リアさんの旦那さん。その仕事の部下であり、旦那さんの死因を探る為に、貴族盗賊団、ノーブルの一員として潜入していた男。

俺達がノーブルの事を聞く為、一度だけ豊穣の森で話を聞いた事がある。茶髪茶色の瞳、眠そうな目、軽い猫背、犬の獣人族の男だ。


「へぇ…………気付いたのか……」


パサッ……


そう言ってフードを外すと、その下からは、耳が無く、人族の姿をしたアレンの顔が現れる。

あの時、獣人族に見えていたのは魔法か…?偽見の指輪のようなアイテムの効果か…?

こんな事になるならば、真実の指輪の使い方をもう少し考えておくべきだった…


もし、魔法やアイテムの効果で、俺達の目を誤魔化していたのならば、真実の指輪でアレンが人族である事を隠している事実に気が付けていた。

いや……流石に、そこからハンターズララバイの頭であるバラバンタには繋がらなかっただろうし、潜入の為の変装と言われれば納得していただろうから、分かったところでどうにかなったとは思えない…か。

ただ、あまり使い所の無いアイテムだと思って軽く見ていたが、これからはもう少し頼った方が良いかもしれない。


まあ、それはまた考えるとして……


「まさかお前がハンターズララバイの頭であるバラバンタだったとはな……」


ニアミスどころか一度会って、話までした奴が俺達の狙っているバラバンタだとは思っていなかった。

バラバンタの情報が何一つ無く、殆ど何も分からなかったとはいえ、こうして騙されていた事に気が付くと、腹が立って来る。


「やっぱり、ソロプレイヤーのシンヤは頭もそこそこ回るんだな。」


両方の口角を引き上げて、気色の悪い笑顔を見せるアレン…改めバラバンタ。

俺の事をソロプレイヤーと呼ぶという事は…こいつもプレイヤーの一人という事だろう。そういうのも含め、俺達に不信感を与えない様に振る舞っていたという事か…まんまと騙された。


「……いつから気付いていた…?」


「あー。それは本当に偶然だ。あの二人の宿に泊まっていた時は、俺もソロプレイヤーのシンヤだとは気付いていなかったからな。

いや…それよりも……あの二人に一体何をした?!」


またしても声を張り上げるバラバンタ。

情緒不安定なのは素らしい。


「何をしたって聞かれてもな…別に何もしていない。」


「あ゛あぁぁ!そんな見え見えの嘘はもう良いんだよ!クソがっ!」


「……本当に何もしていないし、何かをしていたとして…それが何か今の状況と関係するのか…?」


「俺が…関係……無いだと…?」


握っている拳をブルブルと震わせるバラバンタ。


何か地雷を踏み抜いた…らしい。


「ふざけるなぁぁ!!」


ガッガッ!


急にブチ切れて地面を蹴りまくるバラバンタ。

バラバンタには関係無いとは言っていないのだが……情緒不安定過ぎて話が伝わっていない。会話もまともに出来ないとなると、発言自体が危険かもしれない。


「あの二人はなぁ!俺が作り上げた完璧な母娘なんだよぉ!!それを……それを穢しやがってぇ!!」


とてつもなく気になる事を口走っているが…沸点が低過ぎて、質問する事すら躊躇われる。


まず…作り上げたという言葉と、完璧な母娘という言葉。かなり引っ掛かる言葉だ。


それに加えて、穢すという言葉……この言葉的に、俺達があの二人に対して、何かバラバンタが気に触るような事をしたと思っているのだろう。

俺達が何もしていないという事を証明する手立てなど有るはずがないのだが…今のバラバンタに何かを言っても良いものなのか…?いや、黙っているのも良い事なのかどうか…


俺の次の行動一つで、涙を流して俺に助けを求め続けながら捕まっている女性は殺されてしまう可能性が有る。


とにかく…バラバンタが落ち着いてくれるのが一番だが…


と思っていると、突然、バラバンタの表情が激怒の表情から真顔へと変わる。まるでそういうスイッチでも押したのかと思うような変化だ。


「あの二人はな。俺の心を救ってくれた天使なんだ。

そんな二人は、二人で完成しているんだ。それなのに、あんな男が居るせいで全て台無しになってしまっていた。だから俺が排除して、完璧な姿にしたんだ。」


真顔で言っているが、話している内容が抽象的過ぎて掴み辛い。


だが、恐らく……あんな男というのは、リアさんの旦那さん…だろう。


「リアさんの旦那を殺したのはお前だったのか。」


「色々と大変だったんだぞ?誰にもバレないように殺して、身元が割れないように死体を加工して…まあ、あの二人への愛を持っているならば、それくらいは簡単に出来なきゃなぁ…」


恍惚こうこつとでもいうのだろうか…うっとりとしながら笑うバラバンタ。二人の事を思い出しているのだろう。


大体理解出来た。


まず、この男は、リアさんとサナマリに出会った時、あの二人に対して酷く感銘を受けたのだろう。街中で二人に助けられたとか、旦那に紹介されて、その時に何か有ったとか…経緯は分からないが、この男の琴線に触れるような何かが二人に有ったのだろう。

それから旦那の部下になったのか、そもそも何かの理由で旦那の仕事に潜入していたのか…とにかく、二人はこの男の目に入り、気に入られてしまった。

そして、この男にとって、リアさんとサナマリという二人だけが、興味の対象だった。

そんな二人には、旦那という、バラバンタにとって邪魔な存在が居た。だから……排除した。


その後、親切な部下を装って、リアさん達に近付き、二人の事をまるで作品かのように見守り続け、そこに俺とニルが現れたのだ。

ニルに対して敵意があまり向いていない事を考えると…恐らく、男という存在があの二人に近付くのが許せないのだろう。それは、恐らく自分も含めて。だから、あまり近付き過ぎず、離れ過ぎずという立ち位置を確保する為、盗賊団に潜入し、旦那の事を調べる優しい男…という位置に居座ったのだ。


そこまで考えてみると、こいつがどんな奴なのか…大体理解出来る。

俺もあまり詳しくはないが、所謂、サイコパスというやつだろう。比喩的な表現ではなく、本物のやつだ。


サイコパスというのは、一見すると、知的で優しく、素晴らしい人間のように見える。それ故にカリスマ性も持っており、人を惹き付ける…らしい。ネットの上での情報しか知らないが、そんな感じだったはず。

その能力を存分に使って、バラバンタはプレイヤー達の中で、彼に賛同する者達を取り込み、子供だったプレイヤー達を取り込み…という流れだろう。


リアさんならば、バラバンタの本性に気付けそうなものだが…バラバンタ…というかアレンとの付き合いは長くとも、直接会って話をする事は殆ど無かったはず。バラバンタは、自分もあの二人に近付く事を極力避けていたと考えると、気付けなかったのも頷ける。

旦那さんが亡くなってから、ずっと盗賊団に潜入してくれていて、定期的にリアさん達に情報を渡してくれる男。そう考えた時、バラバンタの印象は頗る良いものになるだろう。


アレンと俺達が会った時、情報をいくつか貰ったが…今にして思うと、大した情報は無かった。当たり障りの無い情報で、それなりに協力的だと思えるうなものを俺達に渡して、自分は静かにこの件から消え去っている。


俺達をその場で殺さなかったのは、一人で万全な俺とニルを相手にしても、勝てないと分かっていたのだろう。

あの時には、ハイネとピルテも同行していたし、余計に手出し出来ない状況だったと言えるだろう。


あの時から、俺達はバラバンタから個人的に恨みを買っていた…という事みたいだが…流石にアレンという男がバラバンタであり、サイコパスで、リアさんとサナマリを密かに監視しているなんて事は分からない。


今回の件。黒犬に頼まれたとはいえ、俺達のようなたったの五人を殺すという依頼を受けた事や、ここまでの被害が出ても引かなかった事、その他諸々…それらが、俺の力を奪う為だという事と、バラバンタの個人的な恨みを買っていたからだと考えれば、まあ…理解は出来る。

そして、バラバンタの事を、手下の連中が異様に恐れていたのも、バラバンタの本性に気が付いて、自分達が既に取り込まれてしまい逃げられないと分かっていたからだろう。


こういう奴は、狙った獲物は絶対に逃がさないし、何があろうと執拗に追い掛け続けるとネットで見た事が有る。

その本性を知れば、誰でも恐れを感じるはずだ。


「ノーブルの本拠地を教え、その頭であるザナを薬漬けにしたのは何故だ?」


「は?ザナ?……あー!あいつか!」


わざとらしい反応に見えるが、演技ではなく、本当に忘れていたらしい。


「ノーブルは貴族盗賊だからな。この先の計画には、貴族の連中も関わって来るとなれば、邪魔にしかならない。

それに、ザレインの利用方法や効果、その他諸々を調べる必要が有ったからだな。

あの場所を教えたのは、お前達が潰してくれるかもしれないと思ってな。

ザナはそれなりに頭の良い奴だと聞いていたから、悪知恵を働かせて逃げられないように、ザレイン漬けにしたんだ。お陰で殺すのも難しくなかっただろう?」


笑顔を見せながら言い切るバラバンタ。


ザナも盗賊であり、仲間同士で潰し合う事に不満など無いが……こいつは生粋の人殺しだ。

俺のように、人を殺す事に罪悪感を覚えない。

更に悪いのは、こいつは、自分の信じる歪な感覚を少しでも穢す者は、まるで呼吸をするように殺し、それを善としている事だ。


俺の中で、人殺しというのは、どんな理由が有ろうとも、悪で有ることに変わりはない。ただ、俺は清廉潔白の人間ではないし、自分の守りたいものを守る為には、手段を選んではいられない事もあると考えている。

根本的な思想がまるで違うのだ。


このバラバンタという男が、こちらの世界に来てからこうなったのかは分からないが………もしかすると、向こうの世界でも、既に何人か殺していたシリアルキラーだったのかもしれない。

こちらに来てから十年という月日が流れたとはいえ、ここまでに得た情報から考えるに、バラバンタは、こちらの世界に来てから、直ぐに神聖騎士団の元から離れて、盗賊紛いの事をしていたはず。

この十年という時間がバラバンタを変えてしまったと考えるならば、こちらに来て直ぐにそんな事をしようとは考えないはず。

想像するに、こちらの世界に来て、人の命が向こうの世界よりも軽いと感じたバラバンタは、自分の好きなように振る舞えると考えて、即座に行動へ移したのだと思う。命の重さなんて、どの世界も同じだとは思うが…

とにかく、そんな事を即座に出来るという事は、向こうの世界でも同じような事をして慣れていなければ出来ないだろう。


そして、ノーブルについては……邪魔になった段階で、ノーブルを潰す事は確定として、その潰し方を考えた時、ザレインの事をよく知る為の実験に使うという事と……恐らく、もう一つ理由が有る。

ハンターズララバイというのは、五つの大盗賊団が一つにまとまったもので、いくらその頂点であるバラバンタとは言えども、非干渉を誓い、契約を結んだのに、邪魔になったからと自分達から裏切れば、残る三つの盗賊団に、自分達に対する猜疑心さいぎしんを持たせる事になる。

流石に三つの盗賊団をテンペストだけで相手にするのは色々と辛い。そこで、俺達の出番という事だ。


ノーブルの居場所を教え、俺達と戦わせ、ノーブルが潰れればそれで良し、もし俺達が死んでもそれはそれで良し。その後、弱ったノーブルならば、少数で殲滅出来る為、疑われずに処理し、事実を隠蔽する事も可能だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る