第580話 黄金のロクス (6)
キンッ!!
「おおぉぉっ!」
ブンッ!
ロクスが戦斧を繋げて、大きく横へと振りながら、俺とニルの居る場所へと突進して来る。俺とニルに対して、同時に圧力を掛けられる攻撃から始める事で、俺とニルは回避から戦闘を始める事となる為、ロクスは安全に距離を詰められる。
こういう細かなところで、的確な動きが出来るというのは、それだけ戦い慣れているという事だろう。
「どんどん行くぞオラァ!」
ブンッ!ズガァン!
先程と同じように、ニルを牽制しつつ、俺の動きを見ているロクス。
分割したり戻したりしながら、リーチを次々と変えて戦われると、こちらもそれに合わせて動く必要が有る為、押したり引いたりと忙しい。
狙い目はロクスが戦斧を分割した時だと分かっているものの、そこを狙われるとロクスも分かっているとなれば、当然戦斧を分割した時は、ロクスも攻め込まれる事を想定した動きになる。
攻め込まれた段階でタイミング良く戦斧を繋ぎ直し、近付いた俺かニルに一撃を加える。これがロクスの狙いという事だ。
どちらが相手の喉元に刃を突き立てるのか。そういう戦いとなると、状況は硬直する。
攻めて攻められてを繰り返し、ひたすら攻撃が行き交うという状況。互いにミスは許されず、小さな間違い一つで首が飛ぶかもしれないというギリギリの戦い。
そんな戦闘が暫く続き、互いの体力が消耗されていく。
結局、一番避けたかった展開となってしまった。
こちらはここでロクスを倒したとしても、まだ倒さなければならない相手が居る。出来る限りロクスとの戦闘では体力を残しておきたかったが、体力を消耗させられているどころか、怪我まで負ってしまった。
このまま戦闘を続けるにしても、突破口を作り出せなければ、ひたすら体力を消耗し続けて、最悪、更に傷を負わされる事になってしまう。
一応、左腕を庇っての戦闘をしており、まだ全力の一撃は放っていないが、全力の一撃を放つにしても、それを行う隙が必要となる。
「はぁ……はぁ……」
ニルもロクスの戦い方に翻弄されてしまい、その上で、怪我を負った俺を出来る限り動かさないように動き回ってくれている為、かなり体力を消耗してしまっている。
このままではまずい。
戦況をどうにか動かして、好転させる必要が有るのだが…その為には、こちらが何か特別なアクションを起こす必要が有る。
しかし、それもなかなかに難しい状況だ。
こうしてロクスと打ち合い続けて分かってきたが、どうやら、ロクスは、俺とニルをここで確実に殺そうとしているというより、ここに釘付けにして先へ進ませないようにしているらしい。
時間稼ぎをして、バラバンタを逃がそうとしているのか…それとも、俺達を迎撃する為の準備時間を作っているのか…
ハンターズララバイは、ロック鳥の風切羽によって大打撃を受けた今、最早敗走する以外に逃げ道が無い状況に陥ったと言っても良い。俺達からは見えないが、街中で奔走しているであろうイーグルクロウやケビン達が相手にしている連中も、逃げ出しているかもしれない状況だ。
そうなると、バラバンタも逃げ出そうとしている可能性は高いと思うし、その為の時間稼ぎをしているのではないかと考えるのが普通だが…もし、逃げようとしているならば、現在も隠れて状況の把握をする為に動いてくれているレンヤ達忍が、それを伝えてくれるはず。
それが無いという事は、逃げ出そうとはしていないのではないだろうか。
ロクスとの戦闘中だとしても、バラバンタを取り逃してしまうような状況になりそうならば、レンヤ達が知らせてくれるはず。そうなっていないという事はつまり、この先で俺とニルを待っているという事になる。
バラバンタと残ったプレイヤー達が手を合わせれば、今の状況でも、こちらの包囲網を抜け出して、敗走する事くらい出来そうなものだが…
いや、バラバンタがそうしない理由を考えるより、今はロクスの事だ。
兎にも角にも、ロクスは俺とニルがここから先に進む為のタイミングを、出来る限り遅らせようとしていて、戦闘を可能な限り引き延ばそうと戦っているように感じる。
勿論、足止めではなく、倒してしまえるならばそうするに越したことはない為、隙あらばと言った感じではあるが、捨て身で突撃して華々しく散る…みたいな事はしない。堅実な戦い方が元々の戦闘スタイルだというのも有るだろうが、その上で、出来る限り死なない戦い方をしているらしい。
その為、無理な突っ込みが非常に少なく、軽い誘い込み程度では全く動じない。
つまり、状況を動かしたい俺達と、そうさせないように戦うロクス…という状況であるという事だ。
この状況下で、俺とニルがどうにかロクスを引っ張り出して状況を動かそうと思うと、大きく戦い方を変えなければならないという事であり、そこには、博打に近い要素が多分に含まれているという事になる。
「ニル。」
「はぁ……はぁ……はい…」
「ロクスを引っ張り出して状況を変えるしかない。
少しリスクが高いが……俺が誘い出してみる。」
「し…しかし……」
ニルは俺の左腕の事を気にしているのだろう。
「後一、二回は刀を振れる。それで決めれば済む話だ。」
俺が全力で刀を振れる一、二回で、ロクスを仕留められるかは微妙なところ。自信が有るかと聞かれれば…正直自信が有るとは言えない。
だが、そこで決め切れないと、状況は寧ろ悪くなってしまう。何としてでも、次の攻撃で仕留めなければならない。
「……分かりました……」
「よし……ニルは先にロクスのヘイトを集めてくれ。俺が状況を見て跳ぶ。後は…分かるな?」
「はい。」
俺の作戦は、ニルとやっている朝の訓練の中で、連携技として何度か行った動作の事を言っている。ニルも、それをしっかりと理解して頷く。
泣いても笑っても、ここがロクスとの戦闘の山場だ。
「……そろそろ仕掛けて来るつもりか?」
口角を片方だけ上げたロクスが、俺とニルを見て、戦斧を構えながら聞いてくる。
「そうだな。そろそろお前とのやり取りも飽きて来たからな。」
「飽きて来たとは言いやがる。俺はもっとやり合っていても良いんだがな。」
「悪いがまだやらなければならない事が有るからな。」
「…そうかよ。」
「………………」
ロクスは、俺とニルがここで勝負を決めに来るという事を察知していたらしく、最後になるであろう言葉を交わす。
ここまで、ずっと不敵な笑みを浮かべ続けていたロクス。
しかし、上げていた口角を下ろし、真剣な表情へと変える。
ロクスは、ずっと口角を上げていて余裕そうに見える表情ではあったが、俺とニルを同時に相手し続けていたのだ。体力の消耗は勿論の事、いくつかの攻撃は際どい所を通っているし、かなり神経を擦り減らしている。ロクスもロクスでギリギリの状態だという事だ。
「……………」
「……………………」
俺、ニル、そしてロクスは、武器を構えて見合い、緊張した空気が流れる。
一秒…二秒…
動きが無いまま五秒が過ぎようとしていたタイミングで、ニルが動く。
タンッ!!
「やあぁぁっ!!」
今現在、ロクスは戦斧を繋ぎ合わせた状態で持っている。この状態の時にニルから攻め込むのは初めてだ。
「おおぉぉっ!」
ブンッ!
ロクスがニルの突撃に対して、横薙ぎの攻撃を繰り出し、近付けさせはしないと戦斧で語る。
「まだです!」
タンッ!
ニルは一度それを後ろへと跳んで避けた後、着地と同時に再度床を蹴ってロクスへと近付く。近付くなと武器を振るロクスに対して、それでも接近してやると突撃を行うニル。
ロクスにとって、盾を持っているニルというのは、非常に相手にし辛い。
戦斧を分割して攻撃しても、ニルの盾術はそこらの盾使いとは比べられない程のもので、何より辛いのは、攻撃を流されてしまうというところにある。
攻撃を放つ際、最も体力を奪われるのは、盾に防がれた時ではなく、空振りをした時である。振り回した攻撃を、自力で止めて、再度振り直す必要が有るから、その分の体力が削られるからである。
ニルの盾術は、空振りさせられるならばそうするが、出来ない場合は盾を上手く使って攻撃をいなす。つまり、空振り程ではないにしても、それに近いくらいの体力を相手に消耗させる事の出来る防御術という事だ。
当然、ロクスもニルに攻撃をいなされ続けて、腕には大量の乳酸が溜まり、辛い状態となっているはず。
相手が俺ならば、盾のように近距離で攻撃を捌き続ける事が出来ない為、後ろへと下がるしかなくなり、距離を取らせる事が出来る。故に戦斧を分割するという方法は効果的なのだが、ニルは目の前で耐え続ける為、戦斧を分割した時の恩恵が少ないのだ。
それ故に、出来るならば、戦斧を繋げた状態の攻撃を受け続けられないニルに対して、戦斧を分割する事無く引き剥がしたいというのが本音だろう。
だからこそ、ニルは目の前を通り過ぎる高威力の戦斧に対して、寧ろ近付こうとしているのだ。
ニルがやっていると当たり前の事のように感じるかもしれないが、一撃で体を真っ二つにしてしまうような攻撃を前に、それでも踏み込むというのは並大抵の胆力では出来ない事だ。
近付けば近付く程に、戦斧の攻撃を避けるのは難しくなる為、攻撃が自分に当たるリスクも指数関数的に増大する。
小盾という身軽な防具だからこそ、それでも避けられているが、危険な事に変わりはない。
しかし、それでも…ニルがそうして近付こうとすればする程に、ロクスは意識をニルに向けざるを得なくなる。
俺がヘイトを集めてくれと言ったのは言ったのだが……いや。違うな。ニルがそこまでしてお膳立てしてくれたのだから、ここで俺が失敗するわけにはいかない。
予定していたよりもずっとヘイトを集めてくれたニルのお陰で、ロクスの意識は俺から随分と離れつつある。
「おおぉぉっ!」
ブンッ!ブンッ!
ニルの接近に対して、戦斧を右に左と振り回しながら対処するロクス。
ニルとしては、出来る事ならば内側まで入りたいところだとは思うが、いくら身軽な装備とはいえ、ロクスの攻撃を
「オラァァ!」
「っ!?」
ガギィィン!
無理矢理間合いの内側へと入り込もうとしていたニルに、ロクスの攻撃が初めて当たる。
ニルは盾で戦斧の攻撃をいなすように受け止めたが、それでも体が横へと流される程の威力。
「オラァ!!!」
体が流れてしまったニルに向けて、ロクスが追撃を行う為に戦斧を振り上げる。
ニルに向けて振り上げられた戦斧は、そのまま振り下ろされれば、間違いなく、ニルの命を奪う一撃となっていただろう。
ニルが予想していたよりも強力だった戦斧の一撃は、ニルの体勢を崩した。相手が大したことのない者ならば、それ程致命的な事ではなかったとは思うが、相手はロクスだ。僅かなミスさえ致命的になる。
厄介な盾使いであるニルに生じた致命的な隙を、ロクスが見逃すはずがない。
しかし、それは俺も同じだ。
「はぁぁっ!」
ニルに生じた隙を俺が見逃すはずはなく、戦斧を振り上げたロクスに対して、側面から攻撃に入る。
ニルに向けて振り下ろそうとしていた攻撃を、強行しようとしても、俺の攻撃の方が先に届く。絶妙なタイミングでの攻撃に、ロクスは俺への対処を優先せざるを得なくなる。
「オラァ!!」
ギィィィンッ!
側面からの攻撃に対して、振り上げていた戦斧で対処するロクス。しかし、俺の攻撃は先程までの攻撃よりずっと重い。両腕を使って、神力を乗せての全力の一撃だ。
桜咲刀の耐久値は大きく削られただろうが、その分の効果は有った。
俺が刀を大きく弾かれたように、ロクスも戦斧を大きく弾かれ、互いに体勢を崩す。
キンッ!!
しかし、ロクスは戦斧を分割し、俺よりも素早く次の攻撃に移ることが出来る。
「取ったぁぁ!!」
ロクスは俺に対して、勝ちを確信した一撃を放とうとする。
この状況で、俺がロクスに攻撃を仕掛けるとしたならば、近付いて来るロクスに対して、少し下がり刀を振るしかない。
ロクスが、俺に対して勝ちを確信するのも頷けるタイミングと間合い。
しかし、俺はそれを
タンッ!ガッ!
「ぐっ?!」
攻撃を放とうとするロクスの踏み込みに合わせて、俺も前へと踏み出す。
互いに踏み込んだ際の距離は文字通りのゼロ距離。
切り離した戦斧でさえ近過ぎる程の距離だ。
そんな距離では、当然俺も刀を振る事は出来ない。
しかし、俺は刀を振るつもりなど最初から無かった。
踏み込んで来たロクスの右足。その膝に右足を重ね、それを踏み台にして体を上へと跳躍させ、その過程でロクスの顔に左足の膝で蹴りを入れる。
俺の動きは跳躍重視の動きで、ロクスを蹴り上げる事が目的ではなく、俺の跳躍を邪魔させない為の一撃である為、攻撃力はかなり低い。その為、ロクスは顔面を蹴られた衝撃を感じてはいるだろうが、それで倒れたりはしない。多少痛いという程度だろう。
大きく跳躍した俺は、ロクスのほぼ真上に位置している。
そんな俺の行動を見上げて、ロクスは痛む顔面よりも、思考を巡らせているはず。
剣術において、地に足を置いた状態と、空中に居る状態…どちらが武器に力を伝えられるのか。そんな事はロクスのような実力者でなくても分かる事だ。
当然、地面に足を置いた状態の方が力強い一撃を放てる。
そこには、俺が神力を使えたとしても、地に足を置いたロクスの方が押し勝つくらいの差が有り、俺が跳び上がった事を考えると、何故そうしたのか理解出来ないというのがロクスの感じている事だろう。
跳び上がった後、俺が描く軌道は真っ直ぐに落ちて来る以外には有り得ない。魔法も準備していなければ、アイテムも持っていない。その状態ではロクスの真上に落ちるしかない。移動が出来ない状態の俺の取れる行動は、刀を振り下ろす以外に無いのだ。
そう考えると、敢えてここで俺が跳躍する理由なんて全く無いのだし、自分から窮地に向かって飛び込んだようなもの。わざわざ殺される為に跳び上がったと解釈されてもおかしくはない。
それ故に、ロクスは俺の行動の意図が分からず、どうするべきなのかを考えている状態なのだ。
「はあぁぁぁっ!」
しかし、時間が止まるという事は無いし、俺が頭上から刀を振り下ろしながら落下してくるのを見れば、行動は二つに一つしかない。
一つは後ろへと下がり、俺達から距離を取る。
そしてもう一つは、空中に居る俺に対して攻撃を放ち、ここで仕留めてしまう。
細かい事を言えば他にも取れる行動はいくつも有るが、互いに疲弊し、勝負も山場となれば、ロクスの取る行動は、大きく分けてそのどちらかしかない。
ここで後ろへと下がられてしまうと、俺とニルの連携が上手くハマらず、振り出しに戻ってしまうのだが……ロクスは後者を取るだろうと確信に近いものを俺は持っていた。
ロクスは、俺とニルを牽制し、奥へ進ませないように、堅実な立ち回りで時間を掛けて戦うという事を意識している。そう考えるならば、ここで敢えて俺とニルの仕掛けた博打に乗って、前に出るという選択肢など取らないと思うだろう。
しかし、ロクスは、俺とニルとの戦闘を、本気で楽しんでいる。
強い者と刃を交え、互いの能力をぶつけ合う事に対して、興奮していると言っても良い。
そんなロクスが、怪我を負ってまともに武器を振れない俺と、剛撃を受け止め切れないニルが仕掛けた博打を見て、乗らないという選択肢を取るとは思えない。
どういう手で自分を負けに追い込もうとしているのか、圧倒的に不利な立ち位置に移動した俺が、ここからどうやって自分に攻撃を当てるのか。それを知りたいと思っているに違いない。
そして、ロクスという男の性分を知った今、この男がそれを知りたいと思っているのに、我慢などしない事を、俺は感じ取っていた。
キンッ!
「おおおぉぉぉぉぉ!!!」
俺の予想していた通り、ロクスは俺の攻撃に対して、下がるのではなく、繋ぎ合わせた戦斧の攻撃で返してくる。
俺とニルが仕掛けた博打に勝つ自信が有るわけではないと思う。ただ、これに勝ってこそ、ロクスは俺とニルに勝ったと言えると思っているのだと思う。
俺の振り下ろす桜咲刀と、金色の戦斧が、それぞれに走る。
ブンッ!!
「っ?!!」
しかし、桜咲刀と戦斧は交わる事無く、そして、何かに当たる事も無く、空を斬る。
自由落下を利用しての斬撃を放とうとしていた俺が、突然、進行方向を真横へと変えて、ロクスの攻撃を避けたのだ。
当然、ロクスは驚いている。
俺は魔法など使っていないし、アイテムも出してさえいない。空中で俺が軌道を変える事なんて出来ないはず。しかし、俺は空中で真横へと移動した。
物理的に考えるならば、そんな事は有り得ない。
だが、有り得ないはずの事が起きた。それに驚いているのだ。
ロクスは俺とのやり取りの中でも、ニルの動きをよく見ていた。俺と同じく、ニルは魔法もアイテムも使っていない。
後ろに居る三人の援護にも気を付けていただろうし、何か特別な援護が有れば気付けたはず。しかし、三人は全く何もしていない。
では何が起きたのか。
答えは簡単で、実は、ニルがあるアイテムを使用していたからである。
何を使ったのかは大体想像出来るだろう。
ロクスが気付かず、俺が空中で軌道を変えるような現象を引き起こせるアイテムと言えば、スレッドスパイダーの糸くらいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます