第574話 アキト (3)
倒れて行く雑兵四人の直ぐ後ろからは、アキトが走り込んで来ており、体重を乗せた一撃を放つ体勢を整えている。
「オラァァァ!!」
「はあぁぁっ!!」
ギィィン!!
明らかに、他の兵士達の振るう攻撃とは重さも鋭さも段違いの一撃。
しかし、俺はそれを横へと逸らす。
「アキト様に続けぇ!」
先程までは、俺とアキトのやり取りを傍観していたはずの敵兵達が、アキトの攻撃に合わせて、周囲から押し寄せて来る。
「はぁぁっ!」
ビュッ!ビュビュッ!
「っ!!」
相手の数が増えた事で、確かに搦手として出来る事は増えたが、それでも、やはり単純に人数差が大きくなると、それだけでかなりキツい。
先程まではアキトの槍先にだけ集中していれば良かったのだが、今は周囲の連中にも気を配らなければならず、かなり際どい攻撃が何度か通り過ぎている。
アキトの攻撃は、一撃で屠られる可能性が高い為、かなり注意して回避しているが、その分、その他の敵兵達からの攻撃に割く意識が薄れてしまい、どうしても全てを完璧に避ける事が出来ない。
「はぁぁっ!」
「「おおおぉぉっ!」」
ビュッ!ザシュッ!キィン!
「っ!!」
雑兵の連中は、アキトの邪魔にならないようにと動いている為、一度に相手をする人数は三人程度だが、その中にアキトが入るだけで途端に厳しくなる。
相手の振る攻撃の内のいくつかは、俺の手足の表面を撫で、鋭い痛みが走る。
「はぁぁっ!」
ザシュッ!ガシュッ!
しかし、俺だって負けてはいられないと、反撃を繰り出し続け、動きの甘い連中から、次々とダメージを与えて行く。
「チッ!腑抜けのくせにしぶとい野郎だなぁ!」
ビュッ!ビュッ!ブンッ!
アキトの攻撃を紙一重で避けるというギリギリの戦況が続く中、俺は回避行動によって、徐々にニルから遠ざかる。
わざとらしくはなっていないはずだ。少なくとも、実際に防御自体はかなり必死にやっているし、気は全く抜けない状況が続いている。ただ、避ける方向を多少調節している程度で、後は全て本気も本気だ。
これならば、アキトも、俺がわざとニルから離れているとは思わないだろう。
回避行動の合間に、視界の端に映るニルを見ると、ニルの方もルカとぶつかり合っている。
ただ、ニルは近くの敵兵達が近寄って来るのを利用して、ルカの邪魔になるように兵士達の攻撃を逸らし、上手く立ち回っている。
ニルの柔剣術の動きは、一目見ただけで対処出来るような代物ではないし、暫くは大丈夫だろうが、あまりに時間を掛けてしまうと、ルカも対応出来るようになるかもしれない。
俺は焦りを覚えるが、ニルの大丈夫だと言った時の顔が脳裏に浮かび、気持ちを落ち着けて冷静に行動する。
「オラァァ!」
ビュッ!ギィン!
相変わらずアキトは正面からの攻撃を繰り返しており、俺はそれを避け、逸らし、自然にニルから離れて行く。
アキトとルカの二人が、ニルを同時に狙うのかは推測でしかなかったが、アキトの攻撃を見る限り、少しずつ俺をニルから遠ざける方向へと誘導しているように感じる。恐らく、ニルの推測は当たっているのだろう。
周囲の連中も居るし、気は抜けないが、俺は全ての攻撃を回避しつつ、攻撃出来る時は、確実に一人一人戦闘不能となるように攻撃を当て続ける。
そうして俺とニルの距離がそれなりに開いた時……時間にして三分後の事。
ニルの事を横目で見るアキトに気が付いて、俺は全身に力を入れる。
そろそろ動こうとしている。
アキトがどう動くにしても、ここがこの勝負の分かれ目だろう。
相手の数が増えて障害物が多くなってしまったが、そんな事は関係無い。ニルには掠り傷一つですら負わせない。
「シンヤ!お前は弱くなった!俺が本当の強さを教えてやる!!」
アキトが俺に向かって何かを叫んでいる事は分かる。
だが、その言葉の内容は一切頭の中に入って来なかった。
俺は全神経をアキトとニルの間の空間に集中しており、それ以外の事を考える余裕など無い。
アキトが敵兵達の壁の後ろに隠れた瞬間、俺に背を向ける。
それと同時に、周囲の連中が俺に向かって、攻撃を仕掛けて来る。三百六十度全ての方位からだ。
普通ならば、これだけの数の敵兵に囲まれてしまうと、走り去るアキトの背中をただ眺めるだけになるだろうが、俺は足に纏わせていた神力と、両足の筋肉に溜めた力を爆発させる。
バギャッ!!
壊れ難い材質で出来ているはずの床が、足を踏み出したと同時に割れ、その音が聞こえて来る。
まず、一瞬にも満たない時間で、俺に迫って来ている敵兵、その中の最も近くに居た者の目前に迫る。
あまりにも素早い踏み込みに対して、武器を振り上げたまま、俺が居た位置を未だに見ている兵士。まるで俺の動きに付いて来られていない。
出来る事ならば、数を減らす為に攻撃を繰り出しておきたいところではあるが、今はそれどころではない。
バギャッ!
俺はもう一度床を蹴り、兵士の横を通り過ぎ、アキトの背中を追う。
スピードだけで言えば、神力を使う俺の方が、アキトのスピードより圧倒的に速い。
それでも、俺とアキトの間には、何人もの敵兵達が立っていて、真っ直ぐ追う事が出来ない為、どうしてもジグザグに走る必要が有り、即座にアキトの背中を捉えられない。
だが、俺ならば、ニルに辿り着く前のアキトの背中を捉える事が出来る。
バギャッ!タンッ!バギャッ!
そう信じて、刀を振らず、敵兵の間をすり抜けて、アキトへと近付いて行く。
周囲の敵兵達は、俺の姿を捉え切れず、どこに行ってしまったのかと視線を走らせているが、その時には、既に俺の姿は別の場所へと移動している。
グングンとアキトの背中が近付いて来る。
直線的に進み続けるアキトに対して、俺は敵兵を避けながらの追跡。アキトがニルに辿り着くのが先か、俺がアキトに辿り着くのが先か…
ニルは、アキトが近付いて来ている事に気がついているはず。
それでも、ニルは一切こちらを見ない。確認さえしていないのだ。
その背中には、俺への信頼の全てが見えている。
自分に近付いて来ているであろうアキトは、俺が何とかするから、自分はルカのみに集中していれば良い。そう言っているのである。
俺とアキトの距離が近付き、そろそろ捉えられるという距離になった時、アキトとニルの距離もまた、かなり接近する。
どちらが先か。
そこまで近付くと、後どれくらいの時間で相手に到達するのか、それが分かる。
僅かに…ほんの僅かに、アキトの方が早い。
それを確信した時、俺は両足に全力を込め、目の前の敵兵が居ないかのように踏み切る。
バギャッ!
床の石材が割れる音がした後、俺の目の前、一センチの所に、敵兵の鎧が見える。
アキトの方が僅かに早くニルに到達するという事は、俺がアキトに振り下ろす予定の攻撃より、アキトがニルに攻撃を仕掛ける方が僅かに早いという事になる。
そんな事は許されない。
俺は、ジグザグに走るのを止めて、アキトまでの最短距離を走り抜ける。
敵兵が数人立ち塞がる形で立っていたが、そんな事は関係無い。俺は、直進しなければならないのだ。そこに何が居たとしても、何が有ったとしても、俺はそこを走り抜けていただろう。
ガンッ!ザシュッ!
「ぐっ?!」
ゴンッ!ゴンッ!ザシュッ!
「「っ?!」」
俺とアキトの間に立ち塞がる男達を、俺は強引に押し退ける。
皆鎧を着ている為、刀での攻撃ではなく、本当に押し退けるだけだ。体当たりと言っても良いだろう。
その程度では、彼等に与えられるダメージなどほぼ皆無ではあるが、雑兵達の事など今はどうでも良い。
雑兵達が構えていただけの武器が、体当たりと共に自分の体に当たるのが分かるが、それすらもどうでも良い事だ。
武器が当たっているのは、攻撃という事ではなく、武器を避ける時間すら惜しい俺が、武器に向かって突っ込んで、それが体に触れているというだけの事。その程度ならば、掠り傷は受けても、重症にはならない。重症にはならないならば、今の俺にとっては、どうで良い。
ガンッ!
「ぐっ?!」
何人目かの男を押し退けると、少し先に見えるアキトが、攻撃の体勢に入ろうとしているのが見える。
当然、その先にはニルの背中が見えている。
背後からニルに向かって行くアキトが見えた時、カッと全身が熱くなるのを感じた気がする。
怒りとか焦りではなく、ただ無意識に、脳が、アキトを止める為に必要な力を体に伝えているような感覚だ。
それを感じた時、既に俺はアキトに向けて床を蹴っていた。
ガンッゴンガンッ!
「「「っ!!」」」
アキトと俺の間に残っていた敵兵達を、ボーリングのピンのように吹き飛ばし、一瞬にしてアキトの背中へと追い付く。
「っ?!」
ブンッ!
俺の殺気に気が付いたのか、アキトはニルに向けていた槍を、咄嗟に俺の方へと振る。
俺は水平に振られる槍を、全身を縮めて、下へと避ける。
他の連中は、真正面から迫って来る俺を見失っていたのに、アキトは、振り向いた瞬間、俺が下へと避けているのを目で追っていた。
それは、流石と言うべきだろう。
但し、追い付かれるはずがないと思っていた俺が、既に真後ろまで迫って来ている事に対して、驚愕と焦りの表情をしているアキトを、俺は見逃さなかった。
色々とよく分からない奴ではあったが、実力は確かに有った。
アキトは強い。恐らくこれまで戦って来たプレイヤーの中でも最強クラスの男だ。
しかし、彼は間違えてしまったのだ。
アキトが俺と戦闘して、勝てる見込みが有るとすれば、それは俺に背を向ける事ではなく、真正面から俺と戦い、周囲の連中やルカと共に戦い、俺とニルをジワジワと削り取っていくという方法であったのだ。
仲間を作り、数人で俺を殺そうとしていれば、勝ち目は有った。だが、それを手放してしまったのはアキト自身である。
ルカと協力してニルを仕留めようとしているとも取れなくはないが、アキトのそれは、協力ではない。
ルカがニルと戦っている事で、ニルはこちらを見ていない。だから、それを狙って背後から攻撃するというだけの事。
ルカの体勢や、攻撃のタイミングなんて全くお構い無しで、息を合わせる気など皆無。せめてルカがニルを攻撃するタイミングに合わせれば……いや、結局、俺がアキトの刃をニルに届かせないように動いているし、最早関係は無いのだが、もう少し連携を取ろうとしていれば、仲間を作る事で得られる強さを知っていれば、このタイミングで、俺に大きな隙を見せる事は無かったかもしれない。
いや、もしかしたら、俺達が負けていたかもしれない。それくらいの強さは、確かにアキトとルカは持っていたのだがら。
しかし、現実は違った。
槍を横に振り抜いたアキトは、完全に俺への対処が出来ない状況になってしまい、俺の攻撃を避ける事が出来ない体勢となってしまった。
屈んだ体勢から起き上がると同時に、桜咲刀が真下から真上へと斬り上げられる。
確実に入ると分かる一撃。
しかし、二度は騙されない。
カキィィン!!
桜咲刀は、アキトが持っているであろう魔具が作り出したシールドに弾かれてしまう。
槍を振り抜いたアキトが、ニヤリと笑うが、俺の桜咲刀は上に持ち上がった時点で、既に刃を返しており、俺の体は最も使う剣技、霹靂を放つ体勢となっていた。
「死ねぇ!っ?!」
ズバァァン!!
アキトが俺に対して攻撃を仕掛けようとするが、それよりずっと早く、俺の刀が振り下ろされる。
弾かれてしまうと分かっている斬撃を、本気で振って体勢を崩してしまうなんて事はしない。
俺は、桜咲刀を下から上へと斬り上げる時、刃がシールドの表面を撫でるように持ち上げ、俺への反動を最小限に抑えたのだ。
そうする事で、ただ刀を持ち上げただけのような形になり、次の攻撃を即座に放つ事が出来たのである。
二撃目が、これ程速く放たれるとは思っていなかったのか、アキトは、勝ったつもりの表情のまま、俺の刀をその身で受ける事になった。
鎧等の防具はほぼ装備していないアキト。それ故に、桜咲刀は何の抵抗も受けず、脳天から股下まで、真っ直ぐすんなりと通り抜ける。
勿論、神力を使って、剣速もパワーも強化された一撃を放っている。
「ぅ………」
ズリュッ……
人が縦に両断されるという光景なんて、そう見るものではない。
鋭い斬撃によって、アキトの体は真っ二つになり、倒れると同時に体の内部に収まっていた物が地面の上に流れ落ちる。
即死したということがこれ程分かり易い死に方というのも、他には無いだろう。
「っ?!アキト?!」
ニルの体勢が、アキトに対して背を向ける形となるように操作していたルカからは、俺とアキトの戦闘が良く見えていたはず。つまり、アキトが死ぬまでの一部始終を見ていたはず。そして、即死したアキトがよく見えているだろう。
その死に対して、ルカが感情を揺らしているのを感じる。
「はっ!!」
「っ!!」
ギィン!
その感情の揺れを察知したニルが、すかさず攻撃を滑り込ませるが、ルカはそれを何とか弾き、後ろへと下がる。
「アキト!!」
死んで動かなくなっているアキトに声を掛けるルカ。当然、返事など無い。
「この…このぉぉ!!」
ルカは、目の前に居るニルを無視して、俺の方へと突っ込んで来る。
その目には涙が浮かんでおり、明らかに普通の状態とは言えない状態となっていた。
恐らく……ルカはアキトの事が好き…だったのだろう。アキトの反応や態度を見るに、二人が特別な関係だったかは微妙なところではあるが、少なくとも、ルカはアキトに死なれて正気を失うくらいには、アキトの事を想っていたのだろうと思う。
目の前で、自分が好意を寄せる相手が真っ二つにされれば、正気を失うのも頷ける。
しかし…それは俺とニルには関係の無い事だ。
好意を寄せる相手を殺したのだから、自分に殺されろと言うのであれば、彼等が今までに殺して来た者達に殺されていないのはおかしいという話になる。
俺達は、そういう人達が自分ではどうする事も出来ないからこそ、ここに居るのだから。
「はっ!!」
ギィン!
ルカが俺に向かって走り出した時には、既にニルが反応しており、俺とルカの間に割り込むように体を捩じ込んで、ルカの進行を防いでいた。
「邪魔ぁ!!退けぇ!!」
ギィン!カンッ!キィン!
ポロポロと涙を流しながら、割り込んで来たニル対して、次々とダガーを走らせるルカ。
しかし、正気を失ったルカの攻撃は単調で、ニルがそれを盾でいなすのは、実に簡単な事だと言える。
「うあああぁぁぁっ!」
ガンッ!ギィン!
滅茶苦茶にダガーを振り回し、取り乱すルカ。
「大切な人を失う辛さを感じるのであれば、他人の大切な人を奪うべきではありませんでしたね。」
「黙れぇ!うるさいんだよ!!」
ギィン!カンッ!キィン!
既に脅威ではなくなったルカの攻撃を、ニルは冷静に受け流し、戦華を繰り出すタイミングを待っている。
俺が仕留めようかとも思ったが、ニル一人でも大丈夫そうだと判断し、俺は、ルカの援護に入ろうとしている連中を処理する為に動く。
「邪魔なんだよぉ!死ね死ね死ねぇぇ!!」
ルカが冷静さを失った状態で、ニルに二本のダガーを振り下ろす。
大振りの攻撃を見て、ニルがここだとカウンター狙いで動く。
その時。
ガンッ!!
「ぐっ?!」
ニルの目の前に居たルカが、突然真横へと吹き飛び、ニルの攻撃はルカには届かず、別の物に当たる。
ガキィン!
ズガガッ…
吹き飛ばされたルカは、床の上を転がって、数メートル先で止まる。
肝心のニルの攻撃は、ルカの居た位置に突き出されていたが、その刃先はやけに派手な鎧を着た男によって止められていた。
「っ!!」
ブンッ!
攻撃を止めた男が、手に持っている金色の戦斧を振り、ニルは即座にそれを後ろへと跳んで避ける。
「危なかったな。俺が来て良かったぜ。」
全身鎧を着た男が、ニルの前に立ち、ニルを見下ろしている。
身長は大体百八十くらい。兜はしておらず、黄色のゴワゴワした長髪に黄色の瞳。体の後ろには、ひょろ長い黄色の尻尾。獅子人族の男だ。
何よりも目に付くのは、その獅子人族の男が着ている鎧と、武器である柄の長い戦斧だろう。
全身金色の鎧に金色の戦斧。とにかく全てが金色というド派手過ぎる格好なのだ。
これが屋内ではなく屋外の戦場だったとしても、間違いなく一番最初に目に映る人物と言っても良いような身なりで、とにかく派手な男である。
その男が誰なのか……記憶を読んだり出来なくても、黄金のロクスというのが、この男だと誰でも分かる。
それが罠で、実は影武者だという可能性もゼロではないが、この時点で出てきて、尚且つプレイヤーであるルカを吹き飛ばす程の力を持っているとなれば、まず間違いなくロクス本人だと考えて良いだろう。
「ったく……戦闘中に我を失うなんてよ……これだから渡人ってのは信用出来ねえんだよ。」
自分が吹き飛ばしたルカを見ながらボソリと呟くロクス。
ルカは、ロクスに蹴られたらしく、横腹辺りを手で抑えている。しかし、派手に吹き飛んだ割にダメージはかなり少ないらしく、直ぐに起き上がって俺の方を睨んでいる。
ルカが正気を失った状態で突っ込んだのを見て、殺されてしまうと判断したロクスが、横から割り込んで助けたのだろう。少し雑な助け方ではあるが、ニルの攻撃が当たっていないのは事実である。
「また新手か…」
「お前がシンヤとかいう奴か……確かに、強者の風格を持っているみたいだな。」
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