第575話 黄金のロクス
俺の事を品定めするかのように見たロクスは、片方の口角をクイッと上げて笑う。
「俺は黄金のロクス。随分と俺の事を探し回っていたらしいな。」
「………ハンディーマンの頭だったな。」
「おう。俺がそのロクスだ。」
何か問題でも有るのか?と聞かれそうな程にあっけらかんと認めるロクス。逆に嘘ではないかと疑いたくなるくらいだが、不敵な笑みを浮かべるロクスの表情は、それが嘘ではなく本当の事であると言っていた。
「神殿に引っ込んでいなくて良かったのか?」
「おーおー。言ってくれるねー。
別に引っ込みたくて引っ込んでたわけじゃねえよ。」
まあ…神殿に引っ込んでいた時は、まだハンターズララバイも到着していなかったし、ブードン-フヨルデ辺りが、自分を守る駒として、ロクスを指名するのは当然の流れだと言える。ハンターズ-ララバイとしても、ブードン-フヨルデとの関係は今後も良好に続けていきたいだろうし、怒らせるような事はしないだろう。
ブードンがロクスを指名したとすれば、それに代わる誰かが現れない限り、ロクスが解放される事は無いだろうし、ロクスの言っている事が嘘ではないという事くらい直ぐに分かる。しかし、俺は単にロクスを挑発したいだけで、ロクスが隠れていたのか、そうせざるを得なかったのかという事に関しては、どちらでも良いのである。
正確な実力が分からない相手を挑発するというのは、実に危険な行いに見えるかもしれないが、少なくとも、ニルの攻撃を鎧で受け、平気な顔でルカを蹴り飛ばしたような男であれば、かなり強いであろう事は分かる。
本来、タンカーであるニルにヘイトが向くのは良い事なのだが、相手の数や自分達の疲弊状態を考えると、今、プレイヤーやロクスのような実力者達が、ニルにのみヘイトを向けてしまうのは非常に危険だ。
元々、タンカーというのは、ヘイトを集めてこそというところが有り、相手の目を引き易い行動を取る事が多く、既にニルはそれを行っている。
また、タンカーは防御の要であり、最も潰し難い相手であるのだが、それ故に、潰されてしまうと、他の者達では、防御出来なくなってしまうという点から、状況によっては一番最初に狙われてしまうという役割でもある。故に、状況次第では、更にヘイトを受け易い立ち位置である。
つまり、今、相手の目から俺とニルを見た場合、防御力の高いニルを戦闘不能にする、もしくは、防御が不可能な状況にしてしまえば、俺とニルの連携は取れず、一瞬で瓦解するだろう…と見えるのだ。
実際に、もし、ニルと俺が離れ離れで戦闘を行い、ニルの防御が機能しない状況になってしまうと、正直かなりキツい。
実際に、アキトを屠る前、俺とニルが離れ離れになって戦闘を行った時、攻撃を避け切れず、いくつかの傷を負わされてしまった。
この場において、俺とニルが一対として立っているというのは、自分達を守る為でもあり、敵を屠る為でもあるのだ。どちらが欠けたとしても、ここから先に歩を進める事は出来なくなる。
そして、俺のスピードとパワーを相手にするのは、敵にとって非常に骨の折れる事であり、ニルが俺の背中を守っている以上、俺を殺すのは難しいという事になる。
そうなると、ニルを先に片付けてから、落ち着いて俺を殺せば良いと考えるのが当たり前の思考だ。
ニル単体で見たならば、特殊な動きや場のコントロール等、厄介な相手ではあるが、攻撃力の高い俺と戦うよりは倒し易い相手だと感じるはず。
もし、ここに居る連中全てが、俺を完全に無視してニルだけを狙い始めてしまうと、状況は一気に劣勢になってしまう。
当然、俺はそうさせないように被害を出し続け、ニルだけを狙わせないようにヘイトを分散しているが、実力者のヘイトの向きは特に重要となる為、敢えて挑発して、少しでも俺の方を向かせようとしているのだ。
挑発にしては安っぽいものではあるのだが、何も言わないよりはマシだろうと、それっぽい事を言っているという事である。
「そうなのか?俺に怖気付いて逃げ回っているんだと思っていたんだがな。」
「はっはっはっ!なかなか言いやがる!」
頭に血を昇らせて、俺に突撃して来るような展開が最も望ましいのだが……流石にこの数を束ねる頭となると、この程度の挑発は笑って流されてしまうようだ。
全体を冷静に見て、ニルを狙うべきだと理解しており、俺の挑発には乗ってやらないという意思表示…と取って良いだろう。
唐突にニルを襲ったりしていないのは、自分は、そんな事をしなくても、お前達に勝てるという自信を示し、周囲に立っている敵兵達の士気を上げる為…だろう。
ハンディーマンの連中には、ハンドという特殊部隊的な存在も居るし、本当に『何でも屋』という名前に相応しく、どんな仕事もやっていたのだろう。そんな雑多な連中を一つに纏めあげるというのは、生半可なセンスでは出来ない事だ。それを実現する為には、カリスマ性や、頭のキレ、そして何より強さを併せ持った者である必要が有り、それがこのロクスという男なのだろう。
ハイネやピルテが、マイナとその影武者を選別する時に、オーラ的なものの話をしていたが、ロクスを見れば、それがどんなものなのかハッキリと理解出来る。
この人数を束ね、引っ張る事の出来る人物だという事が、ロクスを見るだけで分かるのだ。
「おい!ルカ!」
「……………」
自分で蹴飛ばしたルカを見て、その名を呼ぶと、ルカはロクスを睨み付ける。
「俺を睨んでも状況は変わらねえぞ。」
「……そいつはルカが殺す……」
「そんな正気を失った状態で勝てる相手かどうかくらい分からないのか?」
「……………」
ロクスがルカに言葉を発すると、ルカはゆっくりとダガーを構える。
蹴り飛ばされた時点で、ある程度正気を取り戻してはいたみたいだが、ロクスの言葉で無謀に突っ込むような感情ではなくなったらしい。
ルカが素直にロクスの言葉を聞いているとなると…ロクスは、プレイヤーにも一目置かれているような存在だということだろう。
実際に、ロクスはこの場に出てきてから、一つか二つのアクションしか行っていないのに、ルカの命を助け出し、正気を取り戻させてしまった。
ルカを落とし切れていたならば、俺とニルでロクス一人を相手にするだけで良かったのだが、そう出来なかったのが結構な痛手だ。
しかし、取り敢えず、目的の人物の内の一人を確認出来たのは有難い。
俺が考えている手を実行すれば、少なくとも、ロクスは巻き込める。一番重要なバラバンタが見えていないが…状況によっては、直ぐにその手を使って、ロクスを始末する事になるかもしれない。
ここまでの戦い方と同じ方法で戦って、ロクスを排除し、そのままバラバンタを確認し、そこで考えている策を実行するのが理想的な展開ではあるが…
それと、もう一つ分かった事が有る。
それは、相手の手札には、プレイヤーがもう殆ど残っていないであろうという事だ。
もし、まだまだプレイヤーが残っていて、次々と俺達を殺す為に送られて来るとしたならば、ロクスが出てきてルカを助けるという事は無かったはず。
ロクスの実力はまだ分からないが、少なくともハンディーマンという一つの大きな盗賊団の頭であり、見ただけで強い存在感を感じる程の者である事は分かる。そんな人材など、その辺に転がっているなんて事は無いし、ハンターズララバイの中でも、かなり上の地位に居るはずだ。推測では、バラバンタが最も大事にしているNPCと言ったところだろう。
間違いなく、残った実力者の中でも上位の存在であろうロクスが出てきた時点で、残りの手札が少ない事が分かり、更に、ルカとアキトを助ける為に送られて来たとなれば、残されている実力者は、必要最低限だろう。
散々実力者を屠って来たが、やっと終わりが見えて来た。
但し、逆を言えば、ここからは、アキトやロクスのような奴等を相手に戦い抜かなければならないという事になる為、より一層気を引き締めなければならないという事になる。
「仕留め切れず…申し訳ございません…」
「気にするな。今の事に集中するんだ。」
「……はい。」
ニルが、ルカを仕留め切れなかった事を詫びているが、ロクスのような派手な格好の相手が近付いて来ているのに気が付かなかったのは、俺も同じだ。
それだけアキトとルカに集中しなければならない状況だったという事なのだし、今更起きた事は変えられない為、ここからの戦闘に集中するべきである。
「殺す……殺す……ルカが殺してやる……」
俺とニルが話している間も、ブツブツと小さな声で喋るルカ。
何とか冷静に戦える程度に正気を取り戻したみたいだが、それでも怒りが収まったわけではないらしく、俺の事を睨み付けて、殺すと呟き続けている。
「準備は整ったみたいだな。」
ルカの様子を見て、一応戦えるだけの状態になった事を確認したロクスは、また片方の口角を上げて笑う。
「俺は、渡人の連中みたいに、遊びの延長のような戦い方はしねえ。最初から全力で潰しに行く。
足掻きたければ足掻くと良い。それすら潰して終わりにしてやる。」
口角を上げたまま言い切るロクス。
俺とニルを殺せるという絶対の自信が有るのだろう。
「盾兵!取り囲め!」
ロクスが叫ぶと、周囲に居た連中が機敏に動き始める。
ここは戦場で、相手の陣地内に踏み込んでいるのは俺とニルの方だ。当然、指揮官として優秀な者が出て来たならば、周囲の者達を動かして、俺とニルを殺そうとする。
ここまで、色々な連中と戦って来て、馬鹿みたいに単身で突撃して来るような者も居たが、本来、大軍での戦闘というのは、こうして数を最大限に利用して戦うのが最善策である。
今現在、数を温存しておきたいというバラバンタの思考は、プレイヤー達も、NPC達も分かっているであろう事だ。
数を温存しようとした時、強い自分が前に出て、仕留めてしまえば被害を最小にして相手を殺せると考えていたのがプレイヤー達である。
しかしそれは、自分が殺られた場合の事を考慮していない時の考え方である。
折角数が揃っているのに、自分一人で戦って、負けてしまえば、ただただ実力者を失うだけという結果になる事を考えていないのだ。過剰な自信によって、本来の目的を、寧ろ妨害していると言っても良い。
数を本当に温存したいならば、全員で一気に潰して、少数の犠牲を出したとしても、素早く終わらせる事が、最終的に数を温存する事に繋がるのである。
数が圧倒的に多く、俺達を殺すなど
しかし、それが間違いだと感じて、自分は前に出ず、周囲の兵を動かして俺とニルを仕留めようとしたのがロクスである。
ナナシノや、何人かの者達は、大人数で一気に俺達を仕留めようとしていたし、ロクスと同じように考えて作戦を立てていたみたいだが、色々と足りない部分が有り、それを成功させる事が出来なかった。
簡単に言えば、俺達の実力を低く見過ぎて、返り討ちにされたという事だ。
それに対しロクスは、ここに居る兵達ほぼ全てに対しての指示を出している。俺達の実力を高く見積もって、大多数で一斉に襲い掛かるという作戦を取ったのだ。
最初から、ロクスに指揮を執らせていれば、ハンターズララバイ的にはここまでの犠牲を強いられる事にはならなかったのだろうが、ロクスは少し前までブードン-フヨルデに付いていて行動を制限されていた。それが結果的に、ここまでの被害を生む事になるとは、バラバンタも思っていなかっただろう。
気が付けば、自分に敵の刃が届きそうな状況に陥ってしまい、ロクスというカードを切った…というのが、今の状況だと推測出来る。
切り札の一つであるロクスというカードを切ったというだけの事は有り、周囲の者達が一斉に襲い掛かって来るとなると…俺とニルにはかなり辛い。
相手の攻撃を受け、攻撃を返して、と繰り返す事は出来る。そして、そうしていれば、敵を次々と斬り伏せられるし、数を減らす事にはなる。
しかしだ…何人居るのか分からない程の数を、俺とニルだけで捌き続けるなんて、どう考えても無理だ。
全てを絞り出して戦闘しても、手数も体力も魔力もアイテムも…とにかく全てが足りない。
そうする為のロクスの指示なのだから、当たり前ではあるのだが…ここに来て、敵の陣形の内側に入り込み過ぎた事が、自分達の首を絞める結果に繋がるとは……
もし、これが相手の最前線近くでの戦闘ならば、最悪、後ろの廊下へと下がって、突っ込んで来る連中の数を制限しながら戦う事も出来たのだろうが、既に俺達は、それが出来ない位置にまで入り込んでしまっている。いや…ロクスが出て来なければ、それも可能だったのかもしれない。ルカはスピードタイプの戦闘スタイルで、かなり素早く移動出来る。彼女がロクスに助け出された時点で、俺とニルは、背中を向けて走り出すのが不可能となってしまった。
いや……そこまでの事を考えて、ロクスはこのタイミングで出て来たのかもしれない。
アキトを殺した事で、ルカは俺の事を殺す為に一生追い掛けて来るだろう。そういう状態になったのを見て、この策がハマると確信し、出て来たのかもしれない。
だとしたら、なかなかの切れ者という事になる。
「ニル!離れるなよ!」
「はい!!」
まずは、ニルと俺が離れ離れにならないように立ち回る事が何よりも重要な為、背中合わせに立って、互いの距離を出来る限り短くする。
「「「「おおおぉぉぉぉっ!!!」」」」
一斉に襲い掛かって来る敵兵達。
先程までの敵兵達は、アキトを殺され、ルカも死ぬ一歩手前まで行って士気が下がっていたのに、ロクスが現れた事で、完全に息を吹き返してしまった。
俺とニルが、ここまでにコツコツと相手の士気を削って来たのに、ロクスの登場で全てがゼロに戻ってしまったどころか、戦闘が始まる前よりも士気が上がっているように見える。
「っ!!」
ガンッ!ギィン!
「おおおぉぉぉっ!」
ギィン!
しかも、ルカとロクスは、その敵兵達の後ろで悠々と俺とニルが四苦八苦しているのを見ているだけで手を出して来ない。
二人が前に出て来るならば、それ相応に攻撃も出来るのに、攻撃が届かない位置に立っているだけの相手は斬れない。一応、そろそろ桜咲刀の特殊能力、百花桜刀が発動出来そうではあるが、もう少し時間が掛かる。このまま防御魔法が付与された者を優先的に斬り裂いていけば、発動は出来るが…ルカとロクスを巻き込むのは無理だろう。
上手く道を切り開いて、ロクスかルカのどちらかを巻き込める位置まで進んだ後に発動させるという手も有るには有るが………
「防御魔法を付与された者は下がれ!そろそろ例の範囲魔法の発動条件が満たされる!魔法も撃ち込むな!」
この展開を読み切って、作戦を実行しているような切れ者ならば、当然俺の百花桜刀に対する警戒も怠らない。
魔法陣を必要としない範囲魔法である百花桜刀は、非常に強力な攻撃手段であり、回避も難しい為、発動させないのが一番の対抗策だ。
一応、魔法ならば、ニルやハイネ、ピルテ達の魔法でも、斬ってしまえば魔力を吸収してくれるが…二、三の魔法を斬っても、ギリギリ魔力の補給が足りない。
それに、ここでハイネ達が手を出すとなると、ある程度の敵兵達がハイネ達の元へと向かう事になり、疲弊し切っているハイネ達は対処出来ずに死んでしまう。つまり、後ろで隠れている三人に頼る事は出来ない。
「友魔とかいうやつの魔法も一応気を付けろ!使えないってのは演技かもしれねえ!魔法使いの部隊は全員防御魔法の展開準備をしておけ!」
聖魂魔法についても、ある程度看破されているようだ。流石に二回しか使えないという事は知らないみたいだが、既に使えないであろうという推測はされているらしい。
まあ…これだけの数を前にして使わない奴は居ないだろうから、推測は難しくないか…
頭の中を色々な考えがグルグルと回っている間にも、ロクスによる的確、且つ、素早い指示が、剣戟の音の奥から聞こえている。
「ルカ!まだ出るんじゃねえぞ!」
「………………」
あれだけ俺への殺意を剥き出しにしていたルカが、未だ攻撃して来ない事を不思議に思っていたが、どうやらロクスがルカを止めているようだ。
ここでルカを失えば、俺とニルが攻め入るのを防ぐ抑止力である実力者を一人失う事になり、それが非常に危険な事だというのを理解しているらしい。
抜かりの無い作戦と指示。それだけでロクスが非常に優れた人材である事が分かる。
こんな盗賊団などやらず、もっと正当な生き方をしていれば、誰よりも成功出来た男かもしれないのに…いや、この世界では、なるようにしかならないのだろう。
「もう少しだ!押し潰せ!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
俺とニルに攻撃を仕掛けている連中が、より一層士気を上げて、数で押し込みに掛かる。
ギィン!ザシュッ!
「ぐぁっ!」
「うおおぉっ!」
カンッ!
「くっ!ご主人様!」
敵とのやり取りの中で、これ以上続けていては危険だという事を、ニルが俺に伝えようとしている。
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