第573話 アキト (2)

ニルに攻撃を仕掛けつつも、俺に注意を払い続けていたなんて、ルカもかなりのやり手である。


しかし、俺とニルの連携からは、そう簡単に逃げられない。


「やっ!!」


「っ?!」

ギィン!


ルカにしてみれば、撫でるような威力の攻撃を繰り出すニル。


ここまで、ルカの攻撃を耐え忍んで来て、フラストレーションが溜まっているはずのニル。それでも、俺の攻撃を確実に決めさせる為、ダメージを与えるのではなく、ルカの動きを制限するような攻撃を繰り出してくれる。


俺から離れる方向に移動しようとしたルカ。

その行く先から避けられないように振られる小太刀。

ルカは小太刀を弾くしか選択肢が無く、小太刀をダガーで弾く。いや、そうする様に誘導されたと言った方が正しいだろう。


「このっ!!」


ニルの攻撃の意図を正確に把握したルカは、恨み言でも言いたそうな感じだったが、俺がもうそこまで近付いて来ている。そんな暇などルカには無い。


「はあぁぁっ!!」


「っ!!!」


俺は、桜咲刀を振り上げ、全力でルカの頭部へと振り下ろす。


タイミングも完璧で、ルカが俺の攻撃を避けられない事が、刀を振り下ろす前に分かった。


しかし…


ガギィィン!

「っ?!」


俺の手に伝わって来たのは硬質な何かを打つ感触。


ルカの格好は、かなり布地の少ない服を着ているだけで、何かを隠し持ったりするのは難しいから失念していた。


魔具だ。


恐らくどこかに隠し持っていた魔具が発動し、俺の攻撃を止めたのだろう。

自意識過剰ではないが、俺の一撃を止められるとなると、かなり上質な魔具なのだろう。一度限り、強力な攻撃をも無効化するタイプの魔具というところだ。

まさかそんな物を隠し持っているとは思っておらず、ルカは即座に俺とニルから離れてアキトの元へと走って行く。


「っ……悪い…決めきれなかった。」


「いえ。あんな格好なのに、どこに魔具なんて隠し持っていたのでしょうか?」


折角ニルが作り出してくれたチャンスをものに出来なかった事を謝るが、ニルは全く気にしていないかのように振る舞ってくれる。


「相手はプレイヤーなんだから、もっと魔具について警戒しておくべきだったな…」


「もう一度機会を作り出せば良いだけですよ。」


ニルは簡単そうに言っているが、そんなに簡単な話ではないという事は、ニルもよく分かっているはず。

それでも、ニルは余裕だと笑いながら言ってくれる。


「……失望したぜ…シンヤ。」


「……失望?」


「まさか、俺との一対一から逃げるとはな。」


追い付いて来たアキトが、俺に向けてそんな言葉を吐く。


「逃げる…ねえ。

一対一なんて言うならば、もっと対等な条件でやるべきだろう?そうしない時点で、そもそも一対一なんて言うのは間違っていると俺は思うがな。」


「そんな事どうでも良いっての!アキト!あんたのせいでルカが危なかったんだからね!?」


「あ?!俺のせいだって言ってんのか?!」


二人は仲が悪い…という感じではなさそうだが、あまり信頼し合っているという関係でもなさそうで、何か有る度に言い争いをしている。


「ご主人様。私一人では、あのルカという女も、アキトという男も、止め続ける事が出来ません。」


そんな二人を見ながら、ニルが小さな声で言ってくる。


「勿論、負ける気は全く有りませんが、単純に私の防御力と、相手の攻撃力だけで言えば、相手の攻撃力が、私を上回っていると思います。」


ニルの言っている事は、間違いなく真実だと言える。


恐らく、アキトが相手でも、ルカが相手でも、ニルが防御に徹して動いた場合、長くはもたず、防御を突破されてしまうであろうという事は、俺の目から見てもその通りだと言える。


色々と優秀なニルだが、こうして自分が負けているという事を、冷静に分析し納得出来るのは本当に凄い。簡単そうに思えるかもしれないが、これが意外と難しい。


自分が勝っているという事は簡単に受け入れられるが、自分が劣っている事を受け入れられる人はかなり少ないと思う。そのつもりが自分に無くても、無意識に自分の方が勝っていると思いたくなるのが人という生き物であるからだ。


しかし、ニルにはそういった要らないプライドのようなものが存在しない。いや…存在しないわけではないと思うが、それを押し殺す術を持っているのである。

ニルにも、ランカやユラ達との修行の日々という経験が有るのだし、それが誰かに負けてしまうというのは、耐え難いものだとは思う。しかし、そのプライドを変に表に出し、相手との力量差を見誤った場合、自分だけではなく、周りの人達が傷付いてしまうという事を知っているのだ。


確か…ニルが話してくれた事の中に、ユラから盾術を教わっている時に、色々と話をしたと聞いた。


盾術を教わるまでは、ただ相手の攻撃を受け止める為にしか使っていなかったニルの盾を、柔剣術に応用し、最高のタンカーにしてくれたのは、ランカとその弟子であるユラである。

特に、ユラという女性は、ニルに直接指導を行ってくれていた人で、盾術の先生とも言える女性である。


ニルは、そんなユラから、盾術を習う上で、最も大切な事は何かと聞かれて悩んでいるという話をしてくれた事があった。


最初は、盾の構え方だとか、使い方だとか、色々と答えを出していたみたいだが、どれも違うと言われ、困り果てたニルだったが、最終的にユラが教えてくれた最も大切な事を聞いて、ニルは納得していた。

それが……盾の後ろには、守るべき人達が居るという事を常に考えておかなければならないという事。


単純な盾術というと、盾を使った攻撃方法や防御方法であり、それを習うという事を重要視すると思うが、ユラやランカは違う事から教えていた。

それが、守るべき人達の話である。


盾というのは、相手の攻撃を防ぐ為の防具の一瞬であり、守る、防御するという使い方が、盾本来の使い方である。

守るという事は、自身は勿論の事、その後ろには、誰かが居るという状況が殆どである。

実際に、俺達が大軍を相手にする時も、大盾が最も前に出ているし、冒険者のパーティでも、盾は一番前に来る事が殆どである。

相手が誰であろうと、攻撃を受け止め、後ろには通さない事が求められるタンカーにとって、自分の構える盾のよりも後ろに居る者達は、全て守るべき人達であり、それを守れない事など有ってはならない事である。というのがランカの、そしてユラの教えであった。


剣術や盾術というと、どうしてもその技術に目が行きがちになってしまうが、その技術を学ぶ前に、心持ちを説くというのは、意外と大切な事である。

剣術においても、その技術をどう使うのか……つまり、俺が父から教わった剣意けんいと同じ事である。


特に、ランカは盲目であり、そういった心の内側には敏感で、重要視していた。

その為、ニルは常に自分の後ろには守るべき人達が居ると考えて、盾術を習っていたのだ。


しかし、いくら自分の技術が発展したとしても、それを上回る敵というのは、どうしても存在するものだ。

それが人なのかモンスターなのかは分からないが、自分よりも強い存在というのは、確実に存在している。

それ故に、自分の力量と、相手の力量を正確に分析し、自分が負けていると受け入れる事は、何よりも重要だと教わったらしい。


防御を突破されてしまう事は、その場その時にはどうする事も出来ない事実であり、いきなり自分が強くなどならない。しかし、それを受け入れる事で、自分の防御が突破されてしまうと分かった上で、どうするのかを考える事が出来るのだ。

自分は負けていないと、変なプライドを持ってしまえば、対処出来る可能性を自ら潰してしまい、それは結果的に、守るべき人達を守れないという事に繋がってしまう。

そう教わっていたニルは、まず、自分の防御が突破されてしまうであろう事を俺に伝えたのだ。


「そうだな…アキトとルカの実力は本物だ。無理に防御しようとすれば、突破されるだろうな。」


「情けない事ですが…その通りだと思います。」


「何か考えが有るのか?」


少しだけ暗い顔をしたニルだったが、直ぐに表情を戻したのを見て、何か考えが有るのだと気が付く。


「…考え…という程立派なものではありませんが……」


そこから聞いたニルの作戦を簡単に説明すると……


アキトとルカの実力から考えて、ニルの事を狙う確率が高い。ニルが二人から狙われた場合、数合しかもたないという事は、ニルも分かっている為、まず自分が狙われるであろうと推測出来る。

それを利用して、相手をニルに引き寄せ、俺が叩くというもの。


もっと簡単に言えば、ニルを囮にするという事である。


言っている事は簡単ではあるが、行うのは非常に難しい。


まず、引き寄せるとは言っても、相手だって人間なのだから、単純に二人で襲い掛かって来るという事は有り得ない。

ニルの実力を知った二人は、同時にニルを狙ったとしても、瞬殺出来る程の実力差は無く、どうしても俺の介入までにニルを仕留められないという事は分かっているはず。もし、二人でニルを狙って、仕留め切れず、俺が横から介入した場合、どちらかが防御の体勢も出来ていないのに、俺の攻撃を受ける事となり、かなり危険な状況となる。

そうなると、相手の作戦としては、俺とニルが先程アキト達にやったように、俺をニルから遠ざけて、その隙を狙って二人でニルを仕留めるという作戦になるはずだ。

本来であれば、俺達も同じようにどちらかを遠ざけて、片方を二人で叩くというのが定石で、俺達とアキト達のどちらが上手く事を運べるか…という勝負になるのが普通だろう。


しかし、そこを敢えて、相手の手に乗って、俺がニルから遠ざかり、ニルを狙った二人を、俺が横から仕留める…というのを作戦にしようという話である。


当然ながら、この作戦は諸刃の剣で、俺がミスしたならば、ニルは一人で二人を相手にしなければならず、死ぬかそれに近い重症を負う事になる。

また、ルカが一人でニルを仕留めようとする可能性も有る。


「流石にその作戦に頷く事は出来ないぞ…?」


いくら何でも、ニルを囮にして戦うなんて作戦は許容出来ない。

それならば、俺が単身で突撃する方がまだマシだ。


しかし…


「このまま二人で戦ったとして、通常通りの戦闘を行っていては、時間が掛かり過ぎます。

ここから更に潰さなければならない相手との戦闘が待っているのですから、ここで時間を掛けている暇など無いはずです。

ここは……リスクを取って、素早く終わらせる策を実行しなければならないかと。

それに、恐らく、次からは周囲の者達も、戦闘に参加して来るはずです。その上で、あの二人の内どちらかを遠ざけるという方が、難しい作戦だと思います。」


ニルの冷静な分析は……残念ながら正しい。


ただでさえ二人を相手に戦うのはなかなかに厳しいのに、ここで更に周囲の敵兵達も戦闘に参加して来るとなると、俺とニルだけでアキトとルカを個々に撃破しようとしても、そう上手くはいかないだろう。

リスクを取るべきと時はリスクを取る…というのは、ソロプレイをしている時でも状況的には何度か有った事だし、ニルの言っている事が正しいのは分かっている。ただ、ニルを囮にするという事を俺が許せないだけなのだ。

もしもの事を考えると、なかなか頷く事が出来ない。俺にとって、最悪のというのは、起こり得る事だから。


「大丈夫です。」


そんな俺に、ニルはいつものように微笑みさえ浮かべた顔で大丈夫だと言う。


「私は死んだりしません。ご主人様が居て下さいますから。」


普通に聞くと、プレッシャーを掛けられているようにも感じる言葉ではあるが、ニルが言うと、全く違う意味に感じる。


ただただ、俺の力を、俺自身を信じているという信頼を感じるのだ。ニルにとって、囮になるという事は、別に特別な事ではなく、俺と背中合わせで戦っているのと変わらない。そう言っているように感じられる。


最も危険な立場を任されるニルが、そこまでの覚悟を決めているのに、俺が覚悟を決めず、ダラダラとしているなんて……ニルの覚悟に対して、失礼というものだろう。


結局は、俺が、ニルを傷付けさせないように全力で事に当たれば良いだけの事だ。


「……分かった。必ず俺が仕留めてみせる。少しだけ耐えてくれ。」


「はい。」


たった一言、はい。と返事をしただけのニル。だが、そこには迷いや不安は一切無く、俺が必ず助けてくれると信じ切ってくれているという意味が込められている。


ここで怖気付いていては男とは…いや、漢とは言えないだろう。


やってやる。必ず成功させてやる。


「あーもー!何でも良いからさっさとあの二人を殺してバラバンタに報告に行かなきゃだっての!」


「チッ……まあ、腑抜ふぬけになっちまったシンヤをサシで殺しても、意味は無いからな。

さっさと殺して終わりにするか。」


言い争いをしていた二人は、一対一にこだわるアキトが折れる形で会話を終了し、俺とニルの方へと視線を向ける。


「シンヤ……俺は残念だ。仲間なんか作った事で、お前はやっぱり弱くなっちまった。」


「……………」


アキトが俺に対してどんな印象を持っているのか分からないが、それは違うと言ったところで、アキトに届くとは思えず、俺は黙ったまま桜咲刀を構える。


「あの二人を取り囲んで潰すよ!」


ルカが周囲の者達に声を掛けると、敵兵達が武器を構える。


「行くぞ…ニル。」


「はい。」


俺がニルから離れるにしても、なるべく自然に、そうするしか無いかのように動く必要が有る。変に離れてしまえば、相手が作戦に気が付いて、最悪の展開になる可能性が高い。


まさか、こんな場所で演技力を試されるとは思わなかった。


ただ、相手はアキトとルカというプレイヤーで、実力はかなりのもの。変に演技などしなくても、押して押されてを繰り返していれば、それなりの動きにはなるはずだ。


「殺れぇ!」


敵兵の一人が叫ぶと、一斉に周囲の連中が動き出す。


「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


一斉に攻撃モーションに入った敵兵達の後ろで、アキトとルカが動く。

俺とニルは殆ど隣り合わせと言える距離に居る為、どちらがどちらを相手にするのかというのは微妙なところ。ただ、ルカとニルの戦いを見ていた限り、ニルがルカのような戦闘スタイルを苦手とする事には気付いているだろうし、ルカがニルに当たるだろう。


ニルは、先程、ルカの攻撃に対しても、長くはもたないというような事を口にしていたが、それはあくまでも単純な攻撃力と防御力でぶつかり合った時は…という前提条件が有る。

つまり、ニルの得意とする、場をコントロールしつつ、搦手を使った戦い方が出来れば、その範疇には無いという事だ。

そして、周囲の敵兵達も動き出した事で、ニルのそういった戦い方が、逆にやり易くなった。


アキトとルカの実力は高く、先程までのように一対一、もしくは二対二の戦闘が続いた場合、どうしても搦手を使うタイミングが作れないが、こうして敵兵達が周りに集まると、アキトとルカが近くに居ないという状況が生まれる。

そのタイミングや、敵兵を壁にして…という方法が取れる分、ニルとしては戦い易くなる。とは言っても、人数差が出来てしまうという点はどうする事も出来ないから、上手く立ち回る事が必要とされる。

ただ、そういう場面では、ニルは常に冷静な対処が出来るはず。

そういう上手い戦い方が出来る状況ならば、いくらアキトとルカでも、簡単にはニルを捉えられないだろう。


アキトが、最初に言っていたように、雑兵達が集まっても、邪魔になるだけという言葉も、あながち間違いではないという事だ。


ギンッ!ザシュッ!

「ぬがぁぁっ!」


カンッ!キンッ!ガシュッ!

「があぁっ!」


俺とニルは、なるべく互いを守り合えるように立ち回りつつ、アキトとルカの動きに注意する。


アキトは俺達から見て左側、ルカは右側に大きく展開し、俺とニルを左右から挟み込むような立ち位置に移動している。

搦手を使う隙が作り出せる状況になったのは良いのだが、やはりこれだけの人数差が有ると、それだけでも辛い。その上、俺とニルは敵兵によって釘付けにされているというのに、アキトとルカは自由に位置取りを決められるというのも辛い。

こうして挟撃の形を、難なく取られてしまう。


敵兵が押し寄せて来るのを冷静に対処しながら、いつ来るかとアキト達を見ていると、まずはアキトが走り出す。狙いは俺だ。


背中合わせに立っているニルは、特に何も言わないし反応は示していないが、それこそが信頼の証だと俺は知っている。


「「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」」


目の前に居た四人の兵士が、それぞれに武器を振り上げて襲い掛かって来る。アキトはその背に隠れるような形で、迫って来ている。


「はあぁぁっ!!」

ザザザザシュッ!!


「「「「ぐあああぁぁぁぁ!!」」」」


まずは、目の前に居る連中からどうにかしなければ、アキトどころの話ではない為、俺は襲い掛かって来ている四人に対して、高速の四連撃、剣技、四爪転を繰り出す。


四人の内二人は、軽装備で突撃して来た為、強引に刀を振り下ろし、肩口からザックリと刀を斬り込ませた。

残った二人は、しっかりと鎧を身に付けており、斬れたのは肘の辺りだけで、攻撃自体は止められてしまった為、即時戦闘離脱という程大きな傷は負わせられなかった。しかし、戦闘を続行出来る程の浅い傷でもない為、一先ず、アキトとの一合では邪魔にならないだろう。

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