第572話 アキト

ビュッ!!


「っ?!」


初撃は、上手く避けられたが、予想よりずっと速い突き攻撃だ。

いや…モニター越しで見た時と変わらないのかもしれないが、体感すると恐ろしく速く感じる。それとも、やはり十年前とは違うという事だろうか…?分からないが、気を付けなければ、一気に畳み込まれてしまう。


「はっ!オラッ!」


ビュッ!ビュッ!


アキトの鋭い突き攻撃。しかも、それを連続で放って来る。一応躱してはいるが…リーチ差も有る為、俺の攻撃のみが届かない位置での打ち合いとなってしまっている。

このままでは、間違いなく、俺が殺られる。


「オラオラどうしたっ?!ソロプレイヤーシンヤはそんなもんじゃなかっただろ!!」


アキトは、そんな事を言いながら、俺に向かって何度も槍を突き出して来る。


俺に何を求めているのか分からない。


強い存在であって欲しいと思っているみたいだが、俺が強いとアキトが死ぬ事になるのだが…強いと思える俺を叩きのめしたい…のだろうか?

アキトの考えが何にしても、受けに回り続けているのは、俺としても避けたい展開だ。


幸い、鋭い攻撃ではあるが、避けられてはいる。

後はどうやって攻めるかだが…


「はっ!」


ビュッ!


俺が振った桜咲刀は、アキトの前を通り過ぎて、切っ先すら届かない。もし、何とか届いたとしても刃先だけで、大したダメージにすらならないだろう。故に、少し体を後ろへズラすだけで、アキトには攻撃が届かなくなってしまう。


これが、武器のリーチ差である。


今までは、それを補うべく、鋭い踏み込みで対応してきたが、このレベルの相手となると、不用意に踏み込めば、俺の首が飛んでしまう。思い切って踏み込む事が出来なければ、当然、刀は届かず、こうして簡単に避けられてしまうのだ。


本来、武器のリーチ差というのは、こうして、戦闘においてかなり重要なファクターの一つであり、実力が近ければ近い程、その影響は大きく出る。


数手、アキトの攻撃を躱してみて分かったが、間違いなく、アキトはこの十年間で、自分の体を使いこなす為の努力をしてきた。自分のパワーやスピードに振り回されている感じは一切無く、全ての動きが実にスムーズだ。

その上、恐らくだが、向こうの世界でも似たような武術を習っていたのだろう。技と呼べる槍の使い方を会得しているのが分かる。

ここに来る途中、剣術をかじった事の有るシローというプレイヤーと戦ったが、それよりずっと洗練された技を繰り出しているところを見るに、しっかりと向こうの世界でも、槍術を体得していたのだろう。

足運び、手の返し、体の捻り。それらが理にかなった動きをしているのが分かる。


一応、この世界にも、槍術というのは存在しているとは思うが、盗賊である彼等に習う場など無いだろうし、他の兵士達が槍術と呼べるような使い方をしていないのを見るに、ジャノヤの衛兵達も、そう言った類の技術は持ち合わせていないはず。

こちらに来てから、特別誰かに教わったりしていないのであれば、向こうの世界で身に付けた技術だろう。俺も剣術を学んでいたから、何となく分かる。


それだけの努力をして、自分の体を使いこなす事が出来るのに、何故、こんな追い剥ぎのような事をしているのかと聞きたくなるが…それを聞いても、今更どうする事も出来ない。


「どうしたどうした?!そんなもんじゃねえはずだぞ!」


「っ!!」


ビュッ!ビュッ!ザシュッ!


流れるように連撃を放って来るアキト。


その中の一撃が、俺の左腕を掠め、鋭い痛みが走る。


「ソロプレイヤーシンヤは、ソロプレイヤーであるべきだったんだよ!」


ビュッ!ビュッ!


アキトは、同じ事を何度も繰り返し言葉にして、俺の神経を逆撫でしてくる。


俺がニルやスラたん達と出会って、弱くなったと何度も言って来るアキトだが、俺は全くその理論に賛同出来ない。


確かに、ソロプレイヤーである事を捨てた時から、俺の戦い方は大きく変わった。


ソロプレイヤーであるシンヤは、全ての事を自分一人でやらなければならなかった為、攻撃、防御、回復、それらの全てを、ミス無く全て完璧にこなす事が要求された。

一つでも間違えてしまえば、それはそのままキャラクターの死を意味していたし、そうやって全ロストした事は何度も有った。


そういう部分では、ニルやスラたん達が居てくれる事で、フォローしてくれる為、余裕が出来たのは間違いないと思う。

その余裕が弱さだと言うのならば、確かに俺は弱くなったのかもしれない。


しかし、それが弱さだなんて、俺は思わない。


俺がミスをしても、仲間が取り返してくれる。そうして誰かが誰かのフォローをしながら、最終的に目的を達成出来るのであれば、一人で全てやる必要は無い。いや、寧ろ、一人で全てを行っていると、自分のミスにすら気付けなかったり、考え方が偏っても分からなかったりする為、非常に危険な場合の方が多いだろう。

俺がソロプレイヤーとして活動し、何とかクエストをこなせていたのは、今にして思うと運が良かったというだけの話だ。


それにニルと共に動くようになってから、一人では出来ない事も出来るようになったし、成し得ない事も成し得てきた。


俺に足りない部分をニルが補い、ニルが足りない部分を俺が補う。それだけで、出来ることが山のように増えたのだ。

それを弱くなったと表現するのは、ニルに対して、スラたん達に対して失礼というものだ。そもそも、俺は、皆と一緒に居る事で、ずっと強くなれたと思っている。


海底トンネルダンジョンも、オウカ島での事も、そして、今回の盗賊達との件も、どれか一つを取っても、俺一人ではどうする事も出来なかった事ばかりだ。


一万人近い敵兵を屠ったのに、弱くなったと言われては、たまったものではない。


それは俺だけならず、ニルやスラたん達に対しての侮辱と言える。


それを許して良いのだろうか?


答えは言うまでも無いだろう。


「弱ぇ!!」


ギィン!!


「っ?!」


何度も突き出して来ていた槍先を、俺は、刀で逸らしてみせる。


「さっきから好き放題言いやがって……」


アキトの突きは、生半可な防御では防げない。


ニルのアイスパヴィースが一撃で粉砕された事で、その威力は理解出来るだろう。

そんな一撃を流したのだ。槍を突き出したアキトだけでなく、近くで見ていただけのルカと、周囲の敵兵達も、目を丸くして驚いている。


「……はははは!!そうこなくちゃな!!」


アキトは、何故か嬉しそうに槍を引いて笑う。


「やっぱ俺のライバルはシンヤだけだぜ!!」


そう言って槍を再度構えるアキト。

ここからが本番だとでも言いたげな態度だ。


「アキトの突きを流すって……マジ?ちょっとヤバいんじゃないの…?」


嬉しそうにしているアキトの後ろでは、真逆の反応を示すルカ。


攻撃力に極振りしているであろうアキトの攻撃を流せる者など居ないとでも思っていたのだろう。先程までの余裕が消えて、心配そうな表情へと変わっている。


「ちょ…ちょっと!アキト!協力して倒さないと!」


「あ?!良い感じになって来たってのに、何言ってんだ!?邪魔すんなって言っただろうが!」


「そんな事言ってる場合じゃないでしょ?!」


仲間を作ると弱くなるなんて考え方のアキトが、ルカの申し出を素直に受け取るはずがない。当然のように、二人は言い争いを始める。


それに対して、俺とニルの間には、言い争いなど生じないし、意思疎通もバッチリだ。


俺がニルに向けて少しだけ視線を送ると、ニルはゆっくりと頷いて、盾を構える。


俺とアキトのやり取りに対して、ルカは手を出して来なかった為、ルカの動きに注意していたニルだったが、ここからは二対二の構図を作り上げて行くという合図に、承諾の意を示してくれたのだ。


未だ、ルカの実力は見られていないが、アキトの実力は分かった。


アキトは、パワー、スピード等、攻撃力に対するステータスは非常に高いが、一点に極振りしたスラたん程のスピードは無い。どちらかと言えばパワータイプのステータスで、アキトの攻撃は、受けるよりも避ける方が簡単だということ。

もし受けるならば、流す、いなすのような方法ならば、恐らくニルにも対処出来るであろうということ。

最悪、俺ならば、ある程度は打ち合えるだろうということが、ここまでの数手で分かった。


俺とニルには、そこまで分かれば十分だ。


「だから!」


未だ言い争いを続けているアキトとルカ。


そんな二人に対して、話の途中だろうが関係無しに攻撃を始める。


タンッ!


「「っ!?」」


最初に動いたのはニル。


アキトもルカも、注意すべきは俺だと考えているだろうから、注意の薄いニルが動く事で、どうするべきかの判断をさせる時間を作り出す。


相手がこのレベルになってくると、判断も素早い為、時間にしてしまえば一秒にも満たないコンマ以下の世界だが、それが非常に大切な時間となってくる。


「こっちは話してるっつーの!!」


ニルが動き出したのに対応したのはルカ。


腰から二本のダガーを抜き取ると、アキトに近寄ろうとするニルに、真正面から迎え打ちに掛かる。


「行儀の悪い子にはお仕置だよー!!」


軽い口調で言っているが、ルカの動きはかなり速い。スラたん程ではないが、今まで戦ってきた連中の中では、ダントツで速い。


「っ!!」


キンカンギンキィンッ!


パワーはあまり無いのか、攻撃を受けたニルが弾き飛ばされるという事は無かったが、相手の攻撃スピードは、ニルの反撃を許さない速さだ。

ニルが先に動いた事で、僅かにルカの走り出しが遅れ、真正面から突っ込むしか無い状況になったが、先に動かれた場合、死角から飛び込んで来て、一瞬で殺される可能性すら有ったと言えるスピードだ。


ただ、それだけのスピードとなると、盾を持っているから何とか凌げているだけで、ニル一人で倒すのは難しそうだ。ここはやはり、二対二を上手く作り出す以外に勝つ方法は無いだろう。

ただ、俺が単純にニルの援護に入ろうとしても、間違いなくアキトが邪魔をしてくる。それを上手く躱してニルと共に戦うとなると、まずはアキトの足止めか、ルカの足止めをして、その隙に二対一に持ち込むというのが一番簡単な方法だ。

アキトは、一対一で戦ってやるとも言っていないのに、俺と一対一で戦う気満々みたいだが、ルカは恐らく俺の事も警戒しているはず。

そうなると、狙うはアキトの足止めだろう。

アキトの頭の中では、俺がアキトを足止めして、ルカに対してニルと共に攻撃を仕掛ける…とは考えていない様子だから、勘違いしている間に終わらせる事が出来れば、後はアキトを俺とニルで連携して倒すだけになる。


「くっ!」

カンッ!キンギィンッ!


攻撃が軽く、手数の多い相手との戦闘があまり得意ではないニルにとって、ルカの相手はそう長く続けられない。行動を起こすなら素早く行わなければ…


俺はアキトに向けて桜咲刀を構え、あたかも一対一かのように振る舞う。


「良いねー!こういうのを待ってたんだ!存分にやろうぜ!」


「……………」


アキトの攻撃を流す事は、簡単ではないにしても、出来なくはない事。ただ、全ての攻撃を流すというのは、流石に難しい。

パワーだけで言えば、恐らく俺よりステータスが高い為、真正面から受ける事も出来ないし、ここぞとういうタイミングまでは、槍の攻撃を回避する事を意識するべきだろう。


「行くぞオラッ!」


ビュッ!ビュビュッ!


相変わらず真正面からの突撃スタイルで攻めて来るアキト。馬鹿の一つ覚えというのか…真正面から相手を潰すという事しか頭にないという感じだ。

これは今に始まった事ではなく、ゲームの時も、アキトは基本的に真正面から突撃するばかりだった。バカとつと言われていたし、それが仲間を作れない理由の一つだったのだと思うが…その気性は今も変わっていないらしい。

あの手この手を使って、相手に隙を作らせ、そこを突くという戦い方が基本の俺としては、何とも頭の悪い奴に見えるが…それでも、どうにか出来てしまうのがプレイヤーである。


アキトは、身体のステータスも高いが、戦闘能力と言うのか、戦闘のセンスが非常に高い。獣のような勘の良さと、思い切った攻撃によって、多少の隙を作ったとしても、ゴリ押しでどうにかしてしまうのだ。

変な小手先の技術や、策など、全て打ち砕いでぶち抜いてやる!というのがアキトのスタイルである。


アキトに実力が無ければ、そこまで単純な攻撃なんて、ペチッと潰されて終わりなのだろうが、プレイヤーの肉体に、向こうの世界で身に付けた槍術が合わさり、プレイヤーの中でもかなりの強さを誇る者となっている為、潰そうとしてくる相手すら潰してしまえるのだ。

意外と、こういう奴というのは厄介なもので、小手先の技術や策を使わず、ただ単に高い戦闘能力のみで押して来る為、こちらが対応する場合、それを上回る戦闘能力で押し返すか、その戦闘能力すら無効化するような策を用意しなければならない。


アキトの破壊力を見れば、それを無効化するような策となると、かなり大規模なものになるだろうという事が分かると思う。大規模な策というのは、その場でパッと打つものではなく、準備に準備を重ねて行うものであり、戦闘しながら行うなんて不可能と言える。

つまり、このバカ凸野郎を止めるならば、単純な戦闘でどうにかするしか無いという事である。


突き出される槍を避けながら、アキトをどうやって止めるのか考える。


単純な戦闘で足止めをするとは言っても、ニルがヤバい状況になりつつある今、時間を掛けてしまうのは危険過ぎる。

しっかりガッツリ打ち合う戦いは避けるとすると、上手く相手の攻撃を避け、側面や背面からの攻撃を行って、一時的にアキトを引かせる必要が有る。


「はぁっ!」

ビュッ!


アキトの攻撃は、今のところ八割が突き攻撃となっており、俺との距離を調節する為に横振りの攻撃を稀に使う。

側面に回り込むとしたら、突き攻撃に合わせて回り込むのが簡単そうな感じがするかもしれないが、ここは横振りの攻撃に合わせるべきである。

理由は、突き攻撃が速過ぎて、突き出して引くという動作に合わせて横に回り込もうとしても、上手くいかないからである。

真正面からゴリ押しで来るような性格のくせに、突き攻撃は、体勢を崩さず、素早く細かな突きを中心に攻撃を組み立てている為、カウンターを取ったり、側面や背面に回り込むというのが難しいのである。

神力を使い、強引に回り込んだりする事は出来るだろうが、今現在叩こうとしているのはアキトではなくてルカ。アキトを攻撃する時の為に、神力は温存しておきたい。


という考えから、まずは、アキトの突き攻撃を回避しつつ、徐々に距離を詰めて行く。


「オラオラァッ!」


ビュッビュッ!


何度目かの攻撃を躱し、槍を使うには少し近い距離にまで近寄ると、案の定、アキトは横振りの攻撃を繰り出してくる。


「はぁっ!」

ブンッ!


タンッ!


「っ!?」


俺から見て、右から左へと流れる槍に対して、俺も同じようにアキトの左へと回り込む。


ニルとルカが戦闘を行っている場所を、俺が背にして、正面にアキトが居る状態。つまり、ルカとアキトの間に、俺が入っているような状態である。


アキトは、自分が横振りの攻撃を誘い出された事に気が付き、少し驚いて眉を上げた。


「はあぁぁっ!!」


「っ!!」

ギィィン!!


俺はアキトの側面に回ったタイミングで、左からの横薙ぎの一刀を繰り出し、アキトは即座にその攻撃に反応する。桜咲刀と赤黒い槍がぶつかり、火花が散る。


この攻撃が、アキトに大きなダメージを負わせるとは全く考えてはいなかった。今までの動きを見ていれば、この攻撃に反応するだろうという事は分かっていたし、受け止められる前提で攻撃を仕掛た。


「はああぁぁっ!!」


ドガッ!

「ぐっ!」


桜咲刀は、槍の柄に受け止められたが、受け止められる事を前提に刀を振っているのだから、その次の攻撃も当然用意している。


俺の刀は水平に振られ、それを受け止める槍は、垂直に立てられた状態になって、俺から見て、アキトの体の左側に有る。その体勢のアキトに対して、俺は、右足でアキトの腹部辺りを蹴り抜く。

まさか蹴られるとは思っていなかったのか、アキトは回避行動も取れず、しっかりと蹴りを受けてしまう。

肉を蹴ったグニャリとした感触が足に伝わって来て、アキトの体が後ろへと吹き飛ばされる。


プレイヤーの蹴りは人を殺せる威力を持っているが、相手もプレイヤーの場合、流石にそこまでの威力は期待出来ない。ダメージとしては、多少痛い程度のものだ。だが、この攻撃は、元々俺とアキトの距離を大きく取らせる為の攻撃であり、アキトへのダメージは完全に度外視したものとなっている為、俺としてはこれで十分なのである。


宙に浮いたアキトが、後方へと飛んで行くのを確認した俺は、右足を床に下ろすと同時に体を反転させ、即座にルカの方へ向かって床を蹴る。


タンッ!


「なっ?!」


アキトの驚いた声が背中から聞こえて来る。


一対一で戦う相手に背を向けるなんて、本来であれば絶対に有り得ない行為だということは分かっている。

だが、そもそも俺は一対一をやる気など最初から無い。アキトが着地して勢いを殺し、俺の背を追うより先に、俺がルカを仕留める。


「っ!?!」


ニルに向かって連続で攻撃を仕掛け続けていたルカは、俺が急速に接近して来るのを察知し、即座にその場を離れようとする。

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