第四十一章 狩人の子守唄
第571話 総力戦 (2)
いくら混雑している戦場とは言っても、敵の一人を見逃すという事は、普通有り得ない。しかし、それを可能にしてくれたのが、後ろで待機してくれているハイネとピルテだった。
二人は、俺に対して、吸血鬼魔法、ダークイリュージョンを施してくれたのだ。
ダークイリュージョンは、一定時間、周囲の者達からの視認性を下げるという幻影魔法であり、それを俺に施してくれた事によって、一時的に、俺という存在が、この戦場から消えたのだ。本来であれば、そこまで完璧に姿を隠せる類の魔法ではない為、朧気になる程度であり、室内で明るいし、注意深く見られてしまえば、直ぐに気付かれてしまっただろう。
しかし、ニルが走り回って注意を引き付けてくれた事で、視線のほぼ全てがニルに集まった事で、俺への注意が薄くなって、ハイネとピルテのダークイリュージョンが上手く働いてくれたという事である。
一応、使われたダークイリュージョンという吸血鬼魔法の媒体には、吸血鬼の血が使われている為、俺にとっては毒になってしまうのだが、そこは優秀なハイネとピルテだ。しっかりと風魔法で俺を覆ってから、その上にダークイリュージョンを発動させてくれた事で、俺に対する影響は出ないようにしてくれている。
恐らく、元々は自分達に掛けようとしていた魔法なのだろうが、戦況を見て、俺にダークイリュージョンを掛けてくれたのだろう。
お陰で、指揮官一人を落とす事に成功した。
「なんだ?!」
「いつの間に?!」
「それより早く囲め!」
流石に、指揮官を屠ってそのまま離脱するというのは難しく、指揮官を殺した瞬間に見付かり、そのまま取り囲まれてしまう。指揮官を殺されても、怯んだりしないのは、やはり彼等がそれぞれに優秀だからだろう。
しかし、それ以上に優秀なパートナーが、俺には付いてくれている。
「ご主人様!」
バキバキッ!!
「「ぐあぁぁっ!」」
俺が指揮官を屠ったとほぼ同じタイミングで、俺の方へと向かって直進して来たニルが、包囲網を無理矢理こじ開けて、俺の元まで駆け寄って来る。
「助かった!」
「いえ!」
指揮官の男を落とす為に、少し奥へと入り込んでしまったが、それでも悪くない一手だろう。相手の敵兵達は、怯んだりしないものの、指揮官を失った事で、号令を出す役が居なくなり、動きにまとまりが無くなっている。これならば、安全な位置まで下がるのも難しい事ではないはず。
「ニル!一度下がるぞ!」
「はい!」
指揮官を一人屠り、勢いに乗って一気に!と行きたいのは山々だが、ここは冷静に一度引く事を選ぶ。これだけの数を相手にするのだから、一手でも間違えてしまうと命取りになる。ただただ冷静に、間違った手を打たないよう、じっくりと攻略していく。
俺とニルは、一度大きく下がり、またしても相手の最前衛との攻防に入ろうとした。しかし……
「「っ?!」」
後ろへと下がろうとした俺とニルに向けて、強烈な殺気が降り掛かる。
下がろうとしていた足を止めて、殺気の飛んで来る方向へと体を向け、ニルが俺の前に立ち、防御体勢を取る。
すると、相手の軍勢の中を、物凄い勢いで走って来る影が見える。
「おおおおおぉぉっ!!」
「っ?!」
人混みの奥に居る為、走り寄ってくる奴の事はよく見えなかったが、近付いて来た事で、その存在が何なのか、正確に認識出来た。
「ニル!避けろ!!」
直進して来たのは、魔法でも遠距離攻撃でもなく、間違いなく一人の人間だった。しかし、どんな魔法や遠距離攻撃より、危険だと言える者だと認識し、俺は防御ではなく、回避を指示する。
「っ!!」
ニルは、俺の言葉を聞いて直ぐに横へと跳び、直進して来る存在の進路上から離脱する。
バギャッ!!!
直進して来た者が、ニルの構えていたアイスパヴィースに当たると、アイスパヴィースを粉砕し、そのまま俺とニルの横を通り過ぎてから止まる。
「アイスパヴィースを一撃で…」
ギガス族の男ですら、半壊させるのが限界だったアイスパヴィースを、粉々に打ち砕くとなると、普通ではない一撃を必要とするはず。それなのに、一撃で砕かれたという事は、少なくとも、ギガス族の一撃よりも強い一撃を放てる者だということになる。
まず間違いなく、プレイヤーであるとその時点で分かるのだが…それだけではなかった。
「よう。久しぶりだな。シンヤ。」
「………アキト。」
そこに立っていたのは、ライオンの
こいつの事はよく知っている。
何度か大型のレイドに参加した際、よく前衛として俺と肩を並べて戦闘していた男だからだ。と言っても、同じ戦闘に参加したのは、三回か四回程で、喋り掛けて来たのを適当にあしらった程度の仲。
ただ、アキトの実力はかなりのもので、スラたんと同程度か、少し上という印象を持っている。
使う武器は赤黒い金属で出来た槍、刃と柄の接合点に毛皮の切れ端のような物が取り付けられている。
その毛皮は、何度か行ったレイドの中の一つで、レイドボスとして戦ったSランクのレッドライオンと呼ばれるモンスターの毛皮である。名前の通り、赤色の毛並みを持っている三メートルのライオンである。デカさもなかなかだが、そのパワーはSランクの中でもトップクラスと言われており、防御力も高く、非常に厄介な相手である。
そのレッドライオンのレイドで、特に功績を挙げた者として、数人が選ばれて、他の者達よりも多くの報酬を受け取ったのだが、その中にアキトも居たのだ。
アキトの性格は非常に好戦的で、とにかく何でも力で解決しようとする節が有り、あまり他の人とは反りが合わなかったのか、他の連中と仲良くしているのを見た事が無い。嫌われていた…のだと思う。
それ故になのか、ソロプレイを突き通している俺の事を、やけにライバル視していて、何かと突っ掛かって来ては、勝負だなんだと言われた覚えが有る。
そういう奴は面倒だからと、レッドライオンの討伐の際、どちらがダメージを出せるか競い、適当に攻撃してアキトを勝たせたのを覚えている。
一度勝てば満足するだろうと思っての事だったが、結局、その後は会う事が無かった。
そういう性格である為、こうして力のみが重要視される盗賊団に入っているのは、そこまで驚く事ではない。正直、自然な流れだろうとさえ思えるような奴である。
「お前もこっちに来ていたとはな…」
「それはこっちのセリフだ。この十年間、シンヤの名は聞かなかったってのに、何故今頃出てきた?それも、ソロプレイヤーのはずのお前が、奴隷だとしても、仲間なんか引き連れやがって。」
アキトは、イライラしたような声色で、ニルの事を見て言う。
俺がソロプレイヤーであるという事が、彼にとっては重要な事だったのか、仲間が居るという事に対して、嫌悪感のような感情を示している。
「お前にとやかく言われる筋合いは無いと思うが?」
「ソロプレイヤーシンヤは、ソロプレイヤーだからこそだろう。それが仲間を作るなんて……俺に負けて弱くなったか。」
やけに、俺の事に関して、自分の考えを押し付けて来るアキト。
相変わらず面倒な性格の男らしい。
「チッ……おい!お前達は手を出すなよ!」
アキトは、周囲の連中に対して、大きな声で言い付ける。
「し、しかしアキト様!」
「お前達みたいな雑魚が何人寄っても、このシンヤという男は倒せねえよ。邪魔にしかならねえから、大人しくしてろ。」
「「「「………………」」」」
酷く自信過剰な感じがするが、他の兵士達と比べてしまえば、それが自信過剰とは言えない程の力量差が有るのは間違いない。
「ご主人様……」
ニルは、アイスパヴィースを破壊された事で、アキトに対してかなり警戒心を高めている。
そして、自分がアキトを相手に単身では勝てないとも思っているのだろう。苦い顔で俺の事を呼んでいる。
「アキトの実力は間違いなく本物だ。ニルは周りを警戒してくれ。」
「……はい。」
アキトが、相手をすると言ったのは、恐らくだが、バラバンタの指示だろうと思う。
ここに居る連中と俺達を戦わせ続けた場合、かなりの被害が出るだろうと判断し、俺達を止められる者を寄越したのだろう。一人で戦うというのは…アキト個人の判断だとは思うが…
「そんな事言って良いのかなー?またバラバンタに怒られるよ?」
自分一人で戦うと言い始めたアキトの後ろから、女性の声が聞こえて来る。
「お前も来たのか。」
「バラバンタから言われてねー。」
現れたのは、茶髪ボブ、黒い瞳の女。身長はニルとほぼ同じ程度で、やけに布地の少ない服を着ている。足も腹も腕も丸出しで、防御力など皆無と言えるような格好。唯一、胸部だけは上質そうな革製の鎧が当てられているが、それだけだ。
女の腰の後ろには二本のダガーが見えている。
「俺一人で十分だって言っただろうが。」
「そんな事ルカに言われても知らないしー。」
やけに若そうな喋り方の女だ。若いというのか…軽いと言った方が正しいだろうか。
武器を見る限り、この女もプレイヤーに違いない。
それに、アキトと共に送られて来たという事は、アキトと同程度の力を持っていると判断した方が良いだろう。
「二人目…ですか……」
現れた女の名前は、恐らく一人称でもあるルカだろう。俺の知らないプレイヤーだ。
ただ…二人目のプレイヤーが出てきたとなると、流石に俺一人では辛い。
「……女の方は、私が受け持ちます。」
ルカの実力は全く分からないが、アキトと同程度と仮定するならば、ニル一人では辛いはず。上手く二対二の構図を作り上げて、ニル一人に任せる事が無いようにするべきだろう。
「離れず、二対二の状況を維持するぞ。
それと、周囲の連中も手を出して来る可能性は残っているからな。注意は怠るな。」
「…はい。」
アキトは邪魔だから手を出すなとは言っていたが、この人数を活かさない手は無いだろうし、ルカという女の方は、アキトの言葉に反対するような事を言っていた為、周囲の連中を使って来る可能性は高い。
そもそも、アキトが、自分の言った事を守る保証なんて有りはしない為、常に注意は必要だ。
「チッ…俺の方が強いんだから、全部任せておけば良いのによ…
まあ良い。俺はソロプレイヤーのシンヤとサシで戦えるなら、他の事はどうでも良い。ただ、俺の邪魔だけはすんなよ。」
「ほいほーい。ルカはルカで適当にやるから良いよー。」
こうして戦場の中で見てみると、アキトとルカというプレイヤーの二人が、いかに浮いて見えるのかがよく分かる。強くてという意味ではない。強さも当然他から浮く程なのだが、心持ちというのか、精神的な部分で、他の連中とは大きく違うのだ。
プレイヤー以外は、盗賊とは言っても、命懸けで今回の件に当たっているし、殺されそうになれば、逃げ出す連中だって居る。
だが、アキトやルカ、他にも何人かののプレイヤー達が居たが、殆どが、ただ命懸けで戦闘を行うと言うより、何かしらの目標を設定している。ここで言う目標というのは、目的とは違う。
ハンターズララバイの目的は、この街を落として、自分達の街とする事かもしれないが、それとは別に、個人として、何か達成しようとしている。言うなれば、クエストだろうか。
例えば、アキトで言えば、俺との一騎打ちで勝利する…なんていうクエストだろう。
要するに、彼等は今もゲーム感覚が抜けていないのである。
RPGとして、この世界を見て、自分でクエストを用意して、それをクリアする事を目標に設定しているのだ。
だから、どこか現実味が無いような態度となっているのだろうと思う。
「このような奴等に負けるわけにはいきませんね。」
「…ああ。」
ニルは、そうして軽い考え方をしているアキトやルカに対して、少し怒りを見せている。
正直な話、もし、俺がニルと出会っていなかったら…シルビーさんの死が無ければ…俺もアキトやルカと同じように、軽い気持ちで旅をしていたかもしれないとは思う。
スラたんの話では、俺は他のプレイヤーとは違って、変にイベント発生の表記や、報酬等が与えられる為、よりRPGという考えが抜けなかった事だろう。
だから、アキトやルカの態度も、何となくそうなってしまうというのも分からなくはない。
だからと言って、手を抜いてやるなんて事は出来ないが、この二人の態度や喋り方、性格から考えるに、恐らくはここに来た時、まだまだ若かったのではないだろうか。そう考えると、この二人が全て悪いとも言い切れない。アキトやルカを引き込んだ奴が最も悪い。要は、バラバンタが最も悪いという事だ。
「アキト。大人しく投降して、バラバンタの居場所を教えろ。そうすれば命までは取られないかもしれないぞ。」
「はっ!?何言ってんだ?!」
アキトやルカは、盗賊として生きている事に対して、罪悪感や後悔のようなものは感じていない。それは見ていてよく分かっている。
だが、聞いてみるくらいは許されるはずだ。しかし…
「俺はお前と戦えるなら、他の事なんてどうでも良いんだよ!」
俺の言葉が、彼等に届く事は無かった。
「……何故そこまでして俺と戦おうとするんだ?」
「お前…本気で言ってんのか…?」
「??」
「レッドライオンの討伐の時、手を抜いただろ。」
「…………………」
「いくらモニター越しで、一緒に戦ったのが数度だとしても、それくらい分かる。あんな勝ち方して、俺が満足するとでも本気で思ったのか?バカにすんじゃねえ!」
面倒だからとあしらったのは俺だ。気付かれていないと思っていたわけではなかったが、勝ったとアキトが思ってくれれば、俺は別にどっちでも良かったし、そもそも、興味も無かった。それが、寧ろアキトのプライドを傷付けてしまったという事ならば、その件に関しては、俺が悪いとは思う。
それ故に、アキトが俺に対してより一層執着している事は、昔の俺の責任とも言えよう。
だが、それが命を賭けて戦うという事に繋がるのは、どう考えてもおかしいと思う。勝負をするというだけならば、別に命を賭ける必要など無いだろうに…
それも、RPGのように、この世界の事を考えているからこその発想なのかもしれないが、俺としては迷惑極まりない話だ。
アキトの言い分は理解出来ないにしろ、何が言いたいのかは分かった。そして、アキトが、俺と戦う事しか考えておらず、引く気など全く無いという事も分かった。恐らく、プライドを傷付けた本人である俺が何を言ったとしても、アキトは聞いてくれないだろう。
因果応報と言えばそうなのかもしれないが……面倒な相手だからと、適当にあしらった結果、こんな形で返ってくるとは思ってもいなかった。
向こうの世界に居た時は、色々と有った事で、良い態度を取れなかった相手も沢山居るし、そのツケが回って来たという事だろう。
自身の事を振り返りながらも、避けられない戦闘だと認識して、俺は桜咲刀を構える。
「ご主人様。私は…」
「作戦通りで行くぞ。」
アキトは、俺と因縁の有る相手だという事で、自分は手を出さない方が良いのかと聞きたかったみたいだが、ニルと俺が、アキト達の戦い方に合わせてやる必要など無い。というか、そんな事をしていたら、体力が尽きて倒れる未来しか見えない。
アキトは変な奴ではあるが、戦闘やステータスにおいては、間違いなく高い次元であり、手を抜いて楽勝出来るような相手ではない。
俺が一人でアキトを相手にして、戦闘が長引けば、その分俺達が不利になる。二人で連携して、アキトもルカも、素早く片付けられるのが理想である。
「分かりました。」
俺の考え方は、狡いと思うだろうか?俺はそんな事一切思わない。狡いと言うならば、俺とニルの体力が戻るまで、しっかり休ませて欲しい。勿論、周囲の敵兵達も下げて、完全に一対一で勝負を挑んで来るべきだろう。
ここで、尋常に勝負!なんて言われても、何を言っているんだと聞いてやりたいという話だ。
そうしないのであれば、俺とニルが、一対一に付き合ってやる必要など無い。
「ただ、俺が先に出る。相手の実力が高い事は分かっているが、俺の知っているままの状態ではないだろうからな。」
「はい。」
俺が知っているのは、あくまでも十年前のアキトであり、この世界に来てから十年という月日が、彼の実力を大きく変えたはず。
もし、アキトがあの時よりずっと強くなっているとしたら、俺とニルが力を合わせても、勝てない相手に成長しているかもしれない。相手の強さが分かっていない状況で、いきなりワーッと突撃して死んだりしたら話にならないし、まずは慎重に、相手の動きを見るところから始める。
逆に、相手は俺の事を聞いているはずだから、少なからず、どの程度の相手なのかということを理解しているだろう。それを念頭に置いて、一瞬で殺られる事がないように動く必要が有る。
「フー……」
しっかりと息を整えて、特にアキトとルカの動きに注意を払い、時を待つ。
「行くぞオラァァ!!」
昔と変わらず、アキトは力こそ全てという考え方なのか、迷う事など無く、真っ直ぐに俺の方へと突撃して来る。
こんなバカに負けるはずが無い…とは言わない。
アキトは、そんなバカみたいな突撃でも、どうにかしてしまうような力を持っているからだ。
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