第568話 中枢へ

「良いわ!私が直々に殺してやるわ!ははは!」


狂ったのか、元々狂っていたのか…マイナはこの段階で高らかに笑い、直剣を構えてピルテに襲い掛かる。

本能的な恐怖を乗り越えた…というより、狂気に飲まれ、訳も分からず突っ込んでいるという状況だと思う。


「死ね小娘がぁぁ!!」


ブンッ!ビュッビュッ!


マイナは、腐っても吸血鬼。


身体能力は高く、直剣を振るスピードは速く、動きも機敏。

盗賊団の長をしているだけの事は有り、武器を扱うのも慣れた様子である。

しかし、それでは、ピルテを倒すには全く足りない。


マイナの攻撃は、ピルテを掠める事すら無く、全てが虚しく空を斬る。


ピルテの血は、マイナの血よりずっと濃い。

一言で言えば、マイナの上位互換であるのがピルテである為、マイナの出来る動きは、ピルテが余裕で出来る動きでしかない。


そして、マイナは狂気に飲まれて気が付いていないみたいだけれど、ピルテがここまでに何度か放った攻撃によって体に残された傷が、マイナの動きを徐々にむしばんでいる。


少しずつ動きが鈍り、痛みを和らげる為、無意識に、体が意図せぬ無駄な動きを加えてしまっているのである。


この状況を見れば、誰に聞いてもピルテの勝利は間違いないと言うと思う。それだけ二人の間には、確実なが存在している。


「はぁっ!!」


ザシュッ!!

「い゛ぃぃっ!!」


ピルテの攻撃がマイナの左肩を抉り取る。


血飛沫が飛び、マイナの肩口が赤く染っていく。

防御魔法も付与されていたのだろうけれど、既に剥がされており、マイナを守る物は身に付けている服くらいのもの。それでピルテの攻撃を防げるはずはなく、服ごと抉られた肉が、ピルテの足元にビチャリと音を立てて落ちる。


「っ!!このぉっ!」


ビュッ!ブンッ!


左肩を抉り取られ、マイナの動きはガタガタ。剣を振れるだけ大したものという状態なのだから、ピルテが攻撃を避ける事など容易い。


「私は!」


ビュッ!


「絶対に!」


ブンッ!


「死なない!!」


ブンッ!!


幾度も振り回される直剣を、ピルテは軽々と避ける。


他人を利用し続け、奪い続けて来たマイナ。


タンッ!


そんなマイナの人生の終わりが、直ぐそこにまで近付いてくる音がする。


「あ゛ぁぁぁぁっ!!」


それに抗おうと必死になって、力を振り回すマイナ。


「はぁっ!」


それに対抗してシャドウクロウを突き出すピルテ。


ザシュッ!


二人の攻撃が交差し、振り抜かれる。


無理に振ったマイナの攻撃は、ピルテの顔の横を通り過ぎ、ピルテの攻撃は、マイナの右肩を抉る。


「い゛ぁぁっ!」


カランカランッ……


直剣を振る為の肩の筋肉が抉られてしまい、マイナは剣を握れずに落としてしまう。


「い…嫌よ……嫌!死にたくない!死にたくないぃ!」


涙を浮かべて、自分の肩の肉を抉り取ったピルテのシャドウクロウを見るマイナ。


狂気に飲まれた事で、ピルテの血に対する恐怖に勝ったみたいだけれど、それももうここまでらしい。


喉を抉られた鱗人族が、止めに入るかと気にしていたけれど、どうやら、治癒も間に合わないらしい。立ち上がろうとはしているものの、立ち上がる事はなかった。


両肩を抉られたマイナは、半歩後ろへと下がり、引き攣った顔をピルテに向け、命乞いのような声を出すけれど、ピルテは、その声が聞こえないかのように、真っ直ぐにマイナへと走り寄る。


「嫌ぁぁぁ…………ふふふ。」


しかし、引き攣った顔を見せていたはずのマイナが、突然、口角をグイッと引き上げて、醜悪な笑みを見せる。


ピルテがトドメを刺そうと走り寄って来たのに合わせ、マイナが力の入らなくなった腕を、体を捻る事で大きく振り回す。


ビチャビチャ!


当然、肩を大きく抉られたわけだから、血が大量に流れ出ている。そんな状態で腕を振れば、血は周囲に飛び散るし、その先にはピルテが居る。

流石に血飛沫全てを避ける事は出来なかった為、ピルテの体にも血が飛ぶ。

ピルテも、何か理由が有ってマイナがそうしたのだと感じたらしく、直ぐに飛び退いて、攻撃は中断された。


何がしたいのか分からなかったけれど、その答えは直ぐに分かった。


「ふふふ…あはははは!私の勝ちよ!あははは!

立っているのも辛いでしょう!さっさと倒れなさいな!!」


突然笑い始めたマイナ。


よく考えてみると、マイナは吸血鬼であり、魔界の外は吸血鬼以外の種族で溢れ返っている。


それはつまり、吸血鬼の血に対して、耐性を持っている者がほぼ居ないという事になる。フェイントフォグのように、耐性を持っていない者に対して吸血鬼の血は刺激が強過ぎる為、傷口等から体内に入ると気絶してしまう。

つまり、流す血自体が、傷を負った者に対しては攻撃となり得るという事である。


但し、それは吸血鬼以外の種族に対して…という条件が付いている。

説明せずとも分かると思うけれど、ピルテには当然効かない。


高笑いを続けるマイナに対して、変わらず冷たい視線を送り続けるピルテ。


「ははは!あははは……」


自分の血が、誰にでも毒となるわけではない事を知っていれば、もしくは、私達が同じ吸血鬼だと知っていれば、これが攻撃にはならない事くらい察する頭は有ったはず。

しかし、残念な事に、黒犬からも吸血鬼に関する情報は受け取れなかったらしいマイナに、それらの事を知る機会は与えられなかった。


ピルテが気絶する事もなく立ち、マイナの事を見ている事に気が付いて、マイナは高笑いを止める。


「な……なんで……なんでよっ?!」


マイナの疑問に対する返答は、ピルテの口からは出て来なかった。


タンッ!!


ザシュッ!!


その代わりに、ピルテはシャドウクロウを、マイナの胸部に突き刺す。


「……ゴフッ……」


シャドウクロウは、マイナの心臓辺りに突き刺さり、恐らく肺も貫通している。その為か、口から大量の血を吐き出し、それがポタポタと床の上に落ちて広がって行く。


「な゛ん゛て゛……」


水の中から空気が漏れ出ているような、濁った声がマイナから絞り出されて来る。


「……もう知る必要も無いでしょう?」


ピルテはそう言うと、突き刺したシャドウクロウを捻りながら引き抜く。


ザシュッ!!


体内に入ったシャドウクロウは、心臓やその他の臓器をズタズタに引き裂きながら引き抜かれる。


黒いシャドウクロウから、ポタポタとマイナの血が滴り落ちるのが、私からも見える。


ドサッ……


マイナも、それを見た後、眼球が裏返り、ピルテの足元に倒れ込む。


バツンッ!


ドサッ……


その瞬間、喉元を抉られていた鱗人族の首輪が絞まり、首が飛んで倒れ込む。


マイナが死ねば、鱗人族の二人も死ぬような命令が下されているのだろうとは予想していたけれど……こうなるならば、彼にもトドメを刺してあげるべきだった。


私がもう少し動く事が出来れば……ううん。もう考えるのは止めよう。そう出来ない状況だったし、嫌々だったとは言っても、敵であったのだから。


タンッ!


「ハイネさん!ピルテさん!」


全てが終わった後、直ぐに、私とピルテの後ろにスラタンが現れる。


続けてシンヤさん、ニルちゃんも壁を越えて下りて来てくれ、私とピルテに駆け寄って来る。


「大丈夫なの?!」


私は体力を完全に使い切って、床に両膝を落とした状態。ピルテも立ってはいるものの、似たようなもの。それに、私もピルテも、体にはいくつもの傷を負っている。全て軽傷とはいえ、数がそれなりに多いし、冗談でも大丈夫だとは言えそうに無い。


「大丈夫…とは言えないかもしれないわね。」


「直ぐに治療するよ!」


スラタンは、誰よりも早く、私とピルテの治療を始めてくれる。


「………流石はハイネとピルテだな。きっちり片付けてくれて助かるよ。」


地面に倒れて息をしていないマイナを確認し、シンヤさんが労いの言葉を掛けてくれる。


「私は殆ど何もしていないわ。ピルテがやってくれたのよ。」


「そ、そんな事はありませよ?!」


実際に、マイナを片付けてくれたのはピルテだし、私は見ていただけの時間が長かった。鱗人族の一人は倒したけれど、そんなのは援護のようなもの。労われるならば、ピルテであるべきだと思う。


「こういう時は、素直に言葉を受け取るものよ?」


「お、お母様…」


恥ずかしそうにするピルテ。娘がここまで強くなってくれた事は、母親として本当に嬉しいし誇らしい。褒めたくもなるというものである。


「二人のお陰だ。本当に助かったよ。」


シンヤさんは、結局、私とピルテを労ってくれた。


「スラタン。二人は大丈夫そうか?」


労いの言葉を一通り聞かせてくれた後、シンヤさんが、私とピルテの手当をしてくれているスラタンに問い掛ける。


「ハイネさんの方は、背中の傷が開いてるから、また暫くは動かないようにして欲しいかな。

ピルテさんの方は、小さな傷が多いから、少ししたら治るとは思うけれど……

二人共、体力的に限界だと思う。立っているのもやっと…って感じだよね?」


私とピルテの事を見て聞いてくるスラタン。


そんな事はない!と言いたいところだけれど、正直スラタンの見立ては正しくて、立ち上がるにも手を貸してもらいたい程。


「ごめんなさい…」

「申し訳ございません…」


「いやいや。謝る必要なんて無いだろ。寧ろ、無理させた俺が悪いんだから。

マイナを落としてくれただけで十二分なんだから。」


私とピルテが謝ると、焦ったシンヤさんが、手と首をブンブン振って言ってくれる。


「後の事は俺とニルに任せてくれ。ただ…」


「流石に、ここに残るのは得策じゃないよね。」


いくら私とピルテの体力が尽きたと言っても、ここでじっとしていたら、直ぐに敵に囲まれて殺されてしまう。

折角マイナを倒したというのに、そんな終わり方は私もピルテも嫌に決まっている。


「大丈夫よ。歩くくらいは出来るわ。

それに、この戦争ももう最終盤よね。ここまで来て、最後まで見られずに終わるなんて気持ち悪いわ。」


少し強がりも入っているけれど、スラタンが治療してくれている間に、少しばかり休む事が出来た。戦闘出来る程の体力は無いけれど、一緒に歩いて先に進むくらいは出来る。


「私もそれくらいならば出来ます。」


ピルテも、私と同じ気持ちらしく、両腕をグッと引き寄せて言ってくれる。


「………そうか。分かった。無理をさせて悪いな。」


「どちらにしても、このままこの連中を放置しておく事は出来ないわよ。」


転がる死体を見て言うと、シンヤさんが頷いてくれる。


「そうだな。ただ、二人は後ろで見ていてくれ。これ以上無理をさせるわけにはいかないし、出来る事ならここから退避させたいくらいだからな。」


「分かったわ。そうさせてもらうわね。」


アイテムを使った援護や、簡単な魔法での援護くらいはするつもりだけれど、しっかりと戦闘に混ざる事は出来そうにないし、邪魔になるくらいならば、シンヤさんの言うように、後ろで何もせずにじっとしている方がまだマシというもの。出来る限りの事はするけれど、邪魔だけはしない。これを徹底する事にして、スラタンと一緒に固まって大人しくしていよう。

シンヤさんの事だから、援護も必要無いなんて言いそうだから、そこは黙って援護する。少しでもシンヤさんとニルちゃんを楽に戦わせる事が出来れば万々歳。

まだ倒さなければならない相手は何人か居るけれど、残るは数人。この盗賊団との戦闘も終わりが近い。

ここまで来たならば、誰も大きな傷を受けずに終わってくれるよう尽力したいのは、私もピルテも、そしてスラタンも同じ気持ちのはず。その為ならば、多少辛くても、出来る限りの事はする。


「それにしても……倒れているのは何の種族なんだ?」


鱗人族を見て、不思議そうにしているシンヤさん。


「鱗人族よ。」


「鱗人族?」


「聞いた事は有りましたが、見るのは初めてですね。」


どうやらニルちゃんは、鱗人族について聞いた事が有るらしいけれど、シンヤさんとスラタンはキョトンとしている。


ある程度知っている事を話して、渋々マイナに従っていた事や、何か死ねない理由が有ったであろう事、そして、マイナが死んだ事で、残された一人も死んでしまった事を伝える。


「そうか……影武者に付いていたギガス族のイーサネンもそうだったが、戦いたくないのに戦うしかない状況の奴隷達も多くいるんだな…」


「……そうね。」


私達にはどうする事も出来ないけれど、奴隷にされて、無理矢理戦わされる者達の事を考えると、良い気分にはならない。


「でも、これで、何人かは助かるはず…だよね?」


「…そうだな。全てが終わったら、奴隷の人達も保護されるはずだ。」


マイナに操られていた奴隷達。その中で、マイナの死によって死ななかった者は…多分居ない。マイナが死んでから、直ぐに後ろからスラタン達が現れたのが良い証拠だと思う。

パペット全体の奴隷の主が、マイナではない事は分かっているし、この場に居ない者達は生きていると思うけれど、イーグルクロウの五人が倒した者達を主とする奴隷は、恐らく次々と倒れていると思う。だから、もし助けられたとしても、それ程数は多くないのではないかと考えられる。

でも…それを今ここで言うのは、スラタンの精神を削るだけ。

それに、誰一人生き残る事が出来ないという事ではないはずだし、助けられる者達も必ずいる。


「そうだよね……うん!そうだよね!」


「それと、出来る事ならば、鱗人族も、イーサネンも…彼等の知り合いに会う機会が有れば、話をしてやりたいな。」


「そう…だね。その為にも、僕達は絶対に五体満足で勝たなきゃね!」


「ああ。そういう事だな。」


スラタンも、きっと、奴隷達全てを助けるのは難しいという事を分かっているはず。それでも、極力考えないように、落ち込まないようにと、プラスに考えて、言葉を発しているのだと思う。でも、そんな意味での明るさでも、今は私達が前に進む為の力になる。

もし、殆どの人達を助けられなかったとしても、落ち込むのは全てが終わってからでも遅くはない。今は、この状況を終わらせる為に、全力を尽くして戦う。それだけを考えなければならない。


私達は、後ろから来るであろう追っ手が寄ってくる前に、正面に見えている二つの扉の奥をスライムに確認させて、右側の扉を進む事にした。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



ハイネとピルテがマイナ達を仕留めてくれた後、奴隷達が出て来ていた扉を抜けた俺達が目にしたのは、広い廊下。


ここまでに見て来たような豪華な雰囲気と同じような装飾の廊下で、長さはそれ程無い。


廊下に出ると、先程までの戦闘が嘘のようにしんと静まり返っている。


「待ち伏せされているかと思っていたのに、誰も居ないわね…?」


「そうですね…ですが、私達は後ろから追われていますし、前に進む以外の道は有りません。」


「一応トラップにも警戒して進むが…」


「今のところ何も有りませんね。」


「それが逆に不気味ね。」


「ああ…」


俺達が居る廊下は、側面に扉も無く、ただ真っ直ぐな壁が数メートル続いている。狭い場所で攻撃を仕掛けるとなると、どうしても人数が制限されてしまう為、こういう場所で仕掛けて来る事は少ないだろうとは思っていたが、ここまでキッパリと誰も置かないという選択をするとは思っていなかった。数人くらいは置いて、トラップを仕掛ける程度の事はするだろうと思っていたのに、それすら無い。

既に手下の数もかなり減っているし、俺達を相手に、ある程度でも戦える者達となると、人数に余裕が無いのかもしれない。


一応、警戒はしながら廊下を進むが、結局最奥の扉まで、誰も出て来ないし、何も無かった。


「いくらこの屋敷が広いとは言っても、部屋が無限に存在するわけじゃないし、そろそろ、屋敷の中枢部に辿り着くはずだよね。」


「そうだな…外観から想像するに、丁度この辺りが屋敷の中心部だろうな。広過ぎて、正確な感覚かは分からないが…」


先程、マイナ達と戦ったホールは、かなり広かったし、普通の家に存在するような部屋ではなかった。というか、あの広さが有れば、小さな家くらいならば、すっぽりと丸々収まるレベル。そんな屋敷の外観を見て、今自分がどの部分に居るのかなんて、何となくしか分からない。その何となくな感覚で言えば、俺達が今から向かうのは、恐らく屋敷全体の中心部辺り。扉の奥は、この屋敷で最も広い空間が広がっているだろうと推測出来る。


「ここまでで一番広い空間となると、何が待っているか分からないから、スラたん達は十分に注意して、後から入って来てくれ。」


「うん。分かったよ。

ハイネさんとピルテさんは、僕の後ろに居てね。傷一つ付けさせないから安心して。」


「あらあら。頼もしいわね。お言葉に甘えさせてもらうわ。よろしくね。スラタン。」


「任せてよ!」


スラたんも、既に限界を迎えてはいるが、雑兵の数人くらいならば、問題無く処理出来るはず。対処出来ないような相手に当たらないよう気を付けてさえいてくれれば、滅多な事は起こらないだろう。


「ニル。ここからは俺とニルだけだ。しっかり連携を取って攻めるぞ。なるべく離れないように気を付けるんだ。」


「分かりました。」


「よし……魔法を準備したら、中へ入るぞ。」


スラたんにスライムで中を調べてもらおうかと思ったが、建材は相変わらず強固で、扉も同じ材質の物で造られていた為、残念ながら中の様子は分からない。

扉は両開きで、高さ三メートル程。表面には、屋敷の所々に置いてある、センスのよく分からない石像と似たようなデザインが描かれている。

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