第567話 搾取
「っ!!」
ビュッ!ブンッ!
鱗人族は、直ぐにでもマイナの援護に入りたいのに、私が邪魔で援護に入れない。そんな焦りの中で、トライデントを突いたり振ったりしている為、かなり雑な攻撃となり、私は簡単にそれを回避出来てしまう。
「ごめんなさいね。私達も負けられないのよ。」
「シュルル……」
鱗人族の表情は、未だによく分からないけれど、どこか…判断に迷っているように見える。
鱗人族の二人は、マイナの指示に渋々従っているような感じを受けたし、いつか、どこかで、こういう時が来るかもしれないと覚悟していたのかもしれない。
奴隷となった時点で、自分達の近い未来に死が訪れる事を感じていて、それが今だと、どこかで納得してしまっているような……
ビュッ!
「っ!!」
それでも、鱗人族は、私に向かって鋭い突きを繰り出して来る。
右腕を掠め、切り傷を受けてしまったけれど、何とか避けられた。未だにズキズキと痛む背中が、私の回避行動を鈍らせているからか、思ったように攻撃を避けられなかった。
ピルテがここまで頑張っているのに、私が負けていては立つ瀬が無い。ここは気合いを入れて乗り越えなければ。
「っ!!」
ビュッ!ブンッ!
僅かに、感情を読み取れたと思ったけれど、鱗人族は、直ぐに気持ちを切り替えて、私への攻撃を再開し、次々と攻撃を放って来る。
鱗人族は、死に対しての恐怖から槍を振っているのではなく、彼等の中に譲れないものが有る為に、死ねないと槍を振っているように見える。
もし、彼等とこんな形で出会わなければ、その譲れない何かについて聞く事か出来たかもしれないけれど、残念な事に、それは叶いそうもない。
「はっ!」
ザシュッ!
「っ?!」
攻撃の合間に、シャドウクロウを突き出すと、鱗人族の肩口に突き刺さる。貫通こそしないけれど、痛みは感じるらしく、眉間の辺りに力を入れたのが見える。
私だって、シンヤさん達と出会ってから、ただ遊んでいたわけではない。ピルテと同じように、私も強くなり、守りたいものを守れる力を身に付けようとしてきた。
ニルちゃんの使う柔剣術は使えないけれど、シンヤさんやスラタンと訓練するだけで、大きな経験値となって、私の中に蓄積されている。
ブンッ!ビュッ!ブンッ!
槍を縦に回転させ、真下から真上に向けて振られる槍先を半歩下がって避け、石突きの部分を突き出して来たのを体を捻って避け、尻尾による足払いを更に半歩下がって避ける。
鱗人族の戦闘能力は、確かに高い。
ピルテが苦戦していただけの事は有って、攻撃に隙が無く、しかも連続的に流れるような攻撃を繰り出して来る。
加えて、いくら傷付けても、回復能力で再生されてしまう。そして、私はピルテの使ったようなカウンターの一撃は使えない。
八方塞がりに見えるかもしれないけれど、そんな事はない。
何故ならば、私の攻撃は、鱗人族に当たっているから。
シンヤさん達と出会って、朝の訓練に付き合うようになってから、それなりの時間が経った。スラタンも訓練に参加するようになり、私は、四人それぞれと模擬戦のような事をやったりしていた。
そんな時、シンヤさんとスラタンには、結局一度も触れる事が出来なかった。
比喩ではなく、本当に触れる事すら出来なかったのである。
ニルちゃんの場合、盾で受け流したり、柔剣術を使って流されたりはされるけれど、全く触れられないという事はなくて、それなりの戦闘という形にはなっていた。
でも、シンヤさんとスラタンは、完全に別格だった。
シンヤさんの使う天幻流剣術は、私やピルテの動体視力を持ってしても、目の前から突然消えるから、攻撃を当てる当てないではなく、そもそも反応出来ないのである。
しかし、シンヤさんの場合、相手の視線や呼吸から読み取った情報から、気の緩む瞬間を狙い、瞬発的な踏み込みによって、体感的に異様なスピードだと感じるというもの。実際の踏み込みのスピードは…速いのは速いけれど、本来であれば、目で追えない程のものではない。シンヤさんの場合、速いと言うよりも上手い戦い方をするから、捉えられないという感じ。
これに対して、スラタンの場合、完全に目で追えなくなる。単純なスピードが異様なもので、気付いた時には私の周りを三周くらいしているなんて事も出来てしまう程。
そんな二人を相手に、攻撃を当てろなんて、
そんな相手と、ほぼ毎日のように模擬戦をしていたのである。
攻撃が当たらないとなると、勝ち方など分からないし、口を開いて唖然としているくらいしか出来る事が無いけれど、攻撃が当たるなら、それだけで勝てる見込みが有ると言える。
シンヤさんの上手い戦い方や、スラタンの超人的なスピードを見てきた私が、それより劣る鱗人族の攻撃を避けられないなど有り得ない。
自分の中に有る絶対的な経験を信じて、私は鱗人族と真正面から打ち合う。
「っ!!」
ブンッ!ビュッ!
「はっ!」
ザシュッ!ガッ!
鱗人族が槍を振り回し、突き出すのを避け、シャドウクロウで斬り付け、腕を蹴り上げる。
相手の攻撃を完全に避けて、自分の攻撃を当てる。それが出来るならば、後はそれを続けるだけ。
「このっ……小娘がぁ!!」
ビュッ!ブンッ!
ピルテとマイナの攻防も、かなり煮詰まって来た様子。周りに居た奴隷達も参戦してピルテを止めようとしているけれど…雑兵が多少増えたところで、今更である。そろそろ、終わりが近付いて来た。
ピルテが喉元を抉り取った鱗人族は、未だに床に座り込んで、苦しそうに悶えている。
喉元の傷は、止血されており、近く回復するだろうと思うけれど、まだまだ完治には程遠い。
「っ!!」
ビュッ!
目の前の鱗人族が、私に向かって何度目かの突き攻撃を繰り出して来る。
私は、それを右へと避ける。
鱗人族も必死に攻撃を繰り出しているけれど、少しずつ、しかし、確実に槍の速度が落ちている。
どうやら、回復能力の対価は、自分の体力だったらしく、徐々に疲労が溜まり始め、攻撃速度が落ちて来ているらしい。
最初こそ、鱗人族の攻撃が、私を何度か掠めたけれど、私が、攻撃を連続して当て続けている事で、体力が削られ続け、予想より遥かに早く動きに影響を受ける程の疲労が溜まり始めたらしい。
動きが鈍くなったとは言っても、そこまで大きく鈍ったわけではないし、相変わらず鋭く重い攻撃を放ち続けてはいる。しかし、実力が拮抗している状況では、その僅かな違いが、結果に対して大きく影響を及ぼして来る。
私よりも鱗人族の方が、力量的に上で、尚且つ力量差にそれなりの開きが有ったならば、それでも問題は無かったかもしれない。しかし、実際は、私が鱗人族を押していて、力量差は僅差である。
僅かな反応の遅れ、武器を振る時のスピードが若干だとしても遅くなる事で、鱗人族の攻撃が、私を掠める事が無くなり、逆に私の攻撃は、全てが当たるようになって行く。
こうなってしまうと、相手の鱗人族には、かなり辛い状況となってくる。
私の攻撃を受ける度に、勝ち目が遠退いて行き、どうやっても勝てないという考えが、自分の中に芽生え始め、焦りが生じる。その焦りが動きを雑にしてしまい、私への攻撃がより一層当たらなくなる。しかし、私の攻撃は当たる。それがまた焦りへと繋がる…という悪循環の出来上がりである。
回復するには体力を消耗するという予想が当たり、この悪循環が出来上がった時点で、私の勝利がほぼ決まったけれど、まだ気を抜いてはならない。
私は背中に傷を負っているし、体力ももう限界。いつ足元がフラついて、相手に致命傷を負わされるか分からない状況なのだから、気を抜かず、確実に終わらせなければならない。
「はぁっ!」
ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!
私の攻撃は、
攻撃をしていて気が付いたけれど、傷を回復する度に、回復するまでの時間が僅かずつ伸びている。恐らく、体力の消耗と共に、回復スピードも落ちているのだと思う。
「はぁぁっ!」
ザシュッザッ!ザクッ!
両手のシャドウクロウを使って、鱗人族に連続的に攻撃を仕掛ける。この時、既に、鱗人族の反撃は無くなっていた。
防御に徹していた鱗人族だったけれど、猛攻とも言える程の連続攻撃を受けた鱗人族は、傷が回復しなくなっていき、最終的に膝を床に落とす。
「グッ……」
カランッ…
鱗人族は、遂に力を失い、手に持っていたトライデントを床に落としてしまう。
「はぁ……はぁ……」
私も、最後の力を振り絞っての攻撃だった為、彼にトドメを刺す力くらいしか残っていない。
「はぁ……はぁ……終わりに…しましょう……」
息切れしながらも、鱗人族に向かって言うと、死を悟った鱗人族は、体から力を抜く。
戦意を喪失しているのならば、わざわざ私が殺す必要など無いと思うかもしれないけれど、傷は既に治らなくなり、全身から出血している。放置しておいても、数分後には死に至るはず。嫌々戦わされて、死の間際まで痛みに耐えてゆっくりと逝くのは、あまりにも無慈悲過ぎる。
ここは、最後の一撃を与える事が、寧ろ優しさというものだと思う。
「………………」
私が鱗人族に近付くと、血に濡れた顔を上げて、私の顔を見る。
「………タノム……」
聞き取り辛いけれど、確かに、鱗人族は頼むと言った。自分がもう死ぬという事を理解しており、トドメを求めている。
「……ええ。」
願わくば、次の人生では、マイナ達のような者達に捕まらず、幸せに一生を終えて欲しい。
そんな事を考えながら、私は右腕を動かす。
「はぁっ!」
ガシュッ!!
シャドウクロウは、首元から入り、心臓へと到達する。その感触が、右手に伝わって来る。
ザシュッ!!
「ガッ………」
そのまま、右腕を捻る事で、心臓を完全に破壊し、少しして彼は息を止める。
私にもっと力が有れば、一瞬で送ってあげられたのだけれど……これが私に出来る最大限だった。
ザシュッ!
「い゛ぃっ!!」
鱗人族を送り、ピルテの方を見ると、そちらももう終盤戦となっていた。
マイナは、鱗人族程ではないにしても、吸血鬼族の一人であり、身体能力は高い為、ピルテの攻撃を受けながらも、何とか致命傷だけを避けていたらしい。全身に傷を負いながらも、まだしぶとく生きていた。
ただ、護衛として壁のこちら側に残っていた奴隷達も、殆どがピルテのシャドウクロウによって屠られており、残るはたったの二人。
生きているのは、マイナ、残った奴隷二人。そして喉を抉られた鱗人族の四人だけ。
やっとここまで数を減らせた…とは言っても、ピルテもそろそろ限界のはず。せめて護衛の二人くらいは私が……そう思って、私も参戦しようとしたけれど……
「っ………」
思うように力が入らず、歩く事さえ出来ない。
「せめて……」
こんな状態で援護に入ったところで、邪魔になってしまうだけ。そう思って、私は魔法陣を描いて行く。
今、マイナ含めて、この場で生き残っている者達全員が、ピルテに視線を向けている。援護するならばアイテムを使ってか、魔法を使ってかになる。ピルテによって、既に何人かの者達が屠られた今、私が魔法陣を描いていたとしても、ピルテから目を逸らす事など出来ないはず。もし、ピルテの目の前で視線を外して私の方へと向ければ、ピルテがその隙を逃すはずがない。
私の魔法を止めようとするとピルテが襲い掛かり、止めようとしなければ、私の魔法が放たれる。つまり、どちらにしても、私の魔法は確実に決まるということ。
アイテムによる応援となると、範囲の指定や、効果の強弱について調整が出来ない為、ピルテの邪魔になってしまう可能性が高いし、ここは魔法での援護が最適なはず。
それも、出来れば、相手へのダメージと、ピルテへの補助的な役割の両方を持つ魔法が良い。
力の入らない体で、ゆっくりと、しかし正確に魔法陣を描く。
「魔法をっ?!」
奴隷の一人が、私に気が付いて、動き出そうとする。でも、今マイナの元を離れれば、マイナの護衛役はたったの一人。ここまでピルテによって次々と屠られているのだから、今更人数なんて関係は無いけれど、マイナを守るべきか、私の魔法を止めるべきか迷っている。
自分よりも強いであろう相手を目の前に、気を散らして中途半端な動きをするなんて、これ程危険な事は無い。
「はぁっ!」
ザシュッ!!
「ぐあっ!」
私に気を取られてしまった奴隷を、ピルテがすかさず攻撃し、重傷を負わせる。
「はっ!」
ガッ!
「ぐぅっ!」
「っ?!」
ガシャッ!
ピルテが、そのまま相手の腹部辺りを蹴り、後ろへと吹き飛ばすと、仰向けに倒れ、鎧が鳴る。
「小娘が…小娘が……小娘がぁっ!」
狂ったように叫び散らすマイナ。
これまで、どんな過去が有ったのかは分からないけれど、奴隷達に囲まれて生きる生活は、皆が彼女の言う事をただ忠実に守る為、自分に反抗する者など居なかったはず。そして、これだけの数が居れば、マイナの言う事を誰かが遂行する。
マイナ自身も、それなりの知恵を持っているから、敵と言えるような相手も居なかったに違いない。
でも、今目の前に居るピルテは、マイナが何を言っても、何をしても、全てを真正面から否定する存在。彼女がどれだけ怒り狂ったとしても、それがピルテを退ける事には繋がらない。
「うあああぁぁっ!!」
最後に残った奴隷が、ピルテに向かって突撃する。
ゴウッ!
「っ?!!」
唐突に吹き付ける風が、突撃しようとした奴隷と、それを盾に斬り掛かろうとしたマイナの二人を押し戻し、逆に、ピルテの背中を押す。
私が発動させた風魔法である。
流石に、相手にダメージを与えられるような魔法は難しかったけれど、それに繋げられる魔法を使用出来たはず。
魔法としては、中級魔法でしかなく、効果はあまり大きくはないけれど、今の状況ならば、これだけで十分だと思う。
「っ!!」
私の引き起こした風に乗り、ピルテは一気に奴隷の元へと駆ける。
マイナを守るならば、奴隷の男は防御に徹するべきだっただろうに…いいえ。どちらにしても結果はそう変わらないかしら…
ゴキャッ!
「っ……」
捨て身の突撃を阻止された奴隷に近付いたピルテは、奴隷の首を掴み、回転させる。
鈍い音が鳴り、奴隷の首があらぬ方向に向いた後、その場に倒れ込む。
これで、ようやくピルテとマイナが、障害物無く対面する事となる。
「はぁ……はぁ……」
ピルテも、息が上がってそろそろ限界という様子。もう何度か攻撃したら、そのまま倒れ込んでしまいそうである。
「な…何で私達の邪魔をするのよ!」
「はぁ……はぁ……邪魔…?」
マイナの言葉に対して、ピルテがピクリと肩を震わせて反応する。
「そうよ!あんた達のせいで私の居場所がめちゃくちゃじゃない!」
「……勝手な事を言いますね……
ここに住んでいた人達の、平和な営みを邪魔したのはそちらでしょう?
私達や、今街中で戦ってくれている人達、それに、街の外で恨みを募らせている者達全てが、強引に取り上げられた物を取り返そうとしているだけです。」
「そ、そんなの弱いからいけないのよ!取り上げられたくなければ強くなるしかないのよ!」
「強ければ、他人から何を取り上げても良いとは、随分と強引な話ですね。それが通用するのは、盗賊という者達の中でだけです。
それに、その道理で考えるならば、貴方が弱いから、私達に取り上げられるという事です。」
「っ?!!」
マイナ達の考え方がどういうものなのか、理解は難しい。
私達魔族は、強さが全てという考えではあるけれど、強いから何をしても良いという事ではない。強さに対して純粋な尊敬を持って接するけれど、強い者には強い者として、尊敬を集めると同時に、自分達よりも弱い者を守らねばならないという責任も背負う事になる。
強い者は弱い者を虐げても良いなんて事になれば、魔界など、あっという間に地獄と化してしまう。そうならないのは、力に対して従順でありながら、その力の使い方を、魔王様や、各種族の族長達が正しく示し、それを皆が守っているからである。当然、力の使い方を間違った者には罰が与えられるし、更に大きな力で押し潰されて終わりである。
そういう事を、日頃の生活で知っている私達にとって、力無き者達が搾取されるのは、弱いからいけない…なんて考え方を理解し得ない。
確かに、弱いという事は、守りたいものを守れないという状況を生み出す。私やピルテが、部下であるサザーナとアイザスを守れなかったのが、その良い例だと思う。でも、それが全ての悪事を正当化する理由になどなるはずがない。
マイナの人生では、そうして奪われたから、強くなり奪う側へ回るしか生きる道が無かった…のかもしれないけれど、そうして奪い奪われてを繰り返してしまえば、いつか必ず全てを奪われる時が来てしまう。
それが、今回訪れたという事。
結局、マイナ達の言う事は、殆どが理解出来ない。
要するに、私達とは相容れない、全く別種の生き物だという事なのだろうと思う。
「相容れない存在である事は十分に理解しています。今更討論する気にはなりません。私ももう疲れましたし、そろそろ終わりにしましょう。」
「終わりに……ナメるな……ナメるな小娘がぁ!!」
吸血鬼族の女であり、薄血種に近い存在であるのだから、容姿はそれなりに整っているはずなのに、マイナの顔は随分と醜く見える。
狂気に満ちている…とでも言えば良いのだろうか…
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