第569話 待ち伏せ

ここまで大きな扉となると、重くて開く事自体出来ないのではないかと思ったが、魔法が使われているらしく、両手でグッと押すと、滑るように開いていく。


ズズズ……


俺が開いた扉は、一度押すと全開まで勝手に開く仕組みになっていたらしく、止まる事無く一気に開いて行く。


「放てぇぇぇ!!!」


扉を開いた瞬間に、扉の先から聞こえてくる声。中の様子も分からない状況で聞こえて来た叫び声は、攻撃の合図だろう。

扉が勝手に開いてしまった事によって、俺達には隠れる場所が無い。何が飛んで来るにしても、防御は必須だろう。


パキパキパキッ!


直ぐにニルがアイスパヴィースを展開し、正面に立ち塞がってくれる。


ズガガガガガガッ!!


扉を開いた俺達の元に飛んで来たのは、数え切れない程の矢と魔法の雨。


「ご主人様!」


流石に、数え切れない程の数となると、ニルのアイスパヴィースでも耐えられない。それも、火魔法を中心とした魔法の数々である為、アイスパヴィースと絶望的に相性が悪い。

まあ、ここまでの戦闘内容は伝わっているのだし、対策されるとは思っていた為、この待ち伏せは、ある意味予想通りと言える。


「俺が切り開く!限界まで耐えてくれ!」


「はい!」


ニルは、アイスパヴィースをしっかりと飛んで来る矢と魔法に向けて構え、全ての攻撃を弾く。矢は炎と共に飛んで来ている為、弾かれた物から燃え尽きて行き、その破片が火の粉となって後ろへと飛んで来る。


アイスパヴィースとニルの後ろに居るのに、全身に付着していた血液から水分が飛んで行くのが分かる。


パシャッ!!


俺の位置でそれだけの熱量を感じるという事は、当然ニルは更に強い熱を感じているはず。それを理解していたピルテとハイネが、後ろから俺とニルに対して、魔法で生成した水を頭からぶっ掛けてくれる。

アイスパヴィースを無効化させる策を打たれるであろう事は予想出来ていたし、その対策が火魔法であろう事も予測出来る。そうなった時の対処として、ピルテとハイネが水魔法を用意してくれていたのだ。

後ろに隠れているようにと言ったのに、早速援護してくれる二人に感謝しながら、俺はニルの構えるアイスパヴィースを注視する。


火魔法の熱と、アイスパヴィースが持つ冷気が混ざり合い渦を巻いては消え、巻いては消えを繰り返している。まるで何かの生き物のような動きで暴れ狂う炎。

最初は冷気によって守られていたアイスパヴィースも、火魔法の熱によって冷気が相殺され、次第に表面が溶け始める。


そろそろだと感じて、俺は桜咲刀を垂直に持ち上げて構え、神力を刃に集める。


パキパキッ!


急激な温度変化によって、アイスパヴィースにヒビが入るのが見えた瞬間、両腕に全力を込めて振り下ろす。


「はああああああぁぁぁぁぁっ!!」


バキィィン!!


アイスパヴィースに入ったヒビが、一気に全体へと広がって行くと、粉々になって砕け散る。

それと同時に、俺の振り下ろした刀から、神力が伸び、相殺し切れなかった炎に向かう。


ズバァァァァン!!


視界一面が炎によって埋め尽くされ、ハイネとピルテによって掛けてもらった水が一気に蒸発して行くのを感じる。

しかし、その炎に飲まれるという事はなかった。


神力によって切り裂かれた炎は、左右に分かれて渦を巻き、消えて行く。


かなりギリギリではあったが、何とか炎も矢も、俺達を傷付ける事無く消え去ってくれた。


目の前から炎が消え去ると、やっと扉の奥がどうなっているのか確認出来る。


そこがどんな部屋なのかというと……マイナ達が居たホールが小さく感じる程の巨大な部屋。いや、もう部屋とは呼べない広さだ。

太い柱が何本か立っているものの、それだけの柱でどうやって屋根を支えているのかと聞きたくなるような広さで、天井も恐ろしく高い。大きな窓がいくつも壁に取り付けられていて、柱や壁には凝った装飾や彫刻が施されている。どれもよく分からないセンスのデザインではあるが、途方もない金額がこの建物に使われている事だけは理解出来る。

こんな広さのホールを作って、一体何をするのか全く想像出来ない広さだ。野球かサッカーでもやるのかと思える程だ。


そんなホールの入口付近は、先程の炎によって所々が黒くなっている。

未だ、床からは熱気が伝わって来ており、触れれば火傷してしまうだろう。


炎が飛んで来たのは、そんなホールの中央辺りに構えている、これまた多くの盗賊達からである。


ホールの入口を囲むような形で、弧を描くように敵兵達が金属製の盾で壁を作っており、隙間は無い。

街の外壁、マイナの影武者、そしてマイナ達。この三つが第一から第三防衛線として配置されており、ここが敵の中枢部という事なのだろう。

たったの五人に、三つも用意しておいた防衛線を尽く突破され、盗賊にも後が無い状態。ここが最後の戦いとなるのは間違いなさそうだ。


ここに居る連中は、マイナ達がやっていたように、土壁を作り出して部屋を区切るような事はしておらず、盾が壁の役割を果たしているような状況である。


石壁で区切ってしまうと、俺達も簡単には突破出来なくなるが、相手もここぞと言う時に前へ出るのが難しくなる。勝てる見込みが有るのならば、下手に障害物を作らない方が攻め易い…という考えから、敵兵達のみを配置したのだろう。


「これは…総力戦ってところか。」


ホール内に居る人間の数は、数えようにも多過ぎて数え切れない程。

所々に赤と青の生地から作られた服を着ている者達が見える事から、恐らくハンディーマンの連中が配置されているのだと思う。ただ、ハンディーマンだけの数にしては多過ぎるし、テンペストの連中も一緒に居るのだろうと思う。


つまり、残っている盗賊団のテンペストとハンディーマン。その二つの盗賊団が同時に相手となるという事。それは、要するに総力戦であり、ここで全てが決まるという事である。


「この数は……流石に厳しいですね…」


ニルが冷や汗を流しながら、弱気な事を言うという事がどれ程の事なのか…それを考えれば、今目の前に広がっている光景が、どれ程の光景なのかは分かるはずだ。


ニルが言うように、今の俺達の状態や、周囲の環境、その他諸々を踏まえて考えてみると、ホール内に居る者達全てを相手にするというのはかなり厳しい。というか…真っ向勝負では、恐らく勝つのは不可能であると言える。防御の要であるニルのアイスパヴィースは、初手で無効化されてしまったし、俺が用意している魔法は雷属性の攻撃魔法。一応付与型の防御魔法は掛けてあるが、相手の攻撃を防げたとしても、五回程度では、有っても無くても同じようなものとさえ言える。

ただ単に真っ直ぐ突っ込むのは却下だとして、俺が攻撃魔法を放っても、恐らく戦況が大きく傾く程の被害は出せない。アイスパヴィースにさえ既に対処しているのだから、俺の雷魔法に対しても、何かしらの対処を施しているはず。


しかし…結局、俺とニルに出来るのは、相手に近付いて、魔法や矢が飛んで来ないようにじわじわと人数を削っていく事くらいだ。これはここまでの戦闘と何も変わらない。ただ、今回の場合、テンペストの連中や、ハンディーマンの中でも幹部クラスの連中が揃っていて、簡単には削っていく事も出来ないだろう。

今のところ、プレイヤーらしき者達の姿も、バラバンタやハンディーマンの頭である黄金のロクスらしき姿も見えていないが、これだけの人数を投入しての総力戦となれば、流石にバラバンタやロクスも居るはずだ。

これだけの数を制御するとなれば、頭である者達の指示が絶対に必要なはず。大軍勢の奥に居るのだろうとは思うが、そこまで、どうやて切り開くかが問題という事になる。


一応、考えている手が有るには有るが…その手を使う前に、少なくともバラバンタ、ロクス、そしてブードン-フヨルデの姿は確認しておきたい。

そこまでは、何とかして切り開かなければならない。


一応最終的な手は考えているものの、厳しい戦いになるのは間違いない。今回の件も、イベントとして発生している以上、この世界における今後の成り行きに大きく関わって来るのではないかと考えられるし、どちらにしても無視は出来なかったが……こんなイベントを発生させて、たった五人のパーティに任せようとした奴が居るなら…正直、一発…いや、気の済むまで殴り飛ばしたい気分だ。イベントの報酬が、俺やニルを生かしてくれているという事実が有るから、殺してやるとまでは言わないが…いや。そもそも、こういうイベントを発生させているから、俺達が苦労していて、死なない程度に報酬を与えて弄んでいるという考え方も出来なくはないか……もしそうならば、ミリ単位で切り刻んでやりたいぜ。


と考えるのはまたにして、まずは目の前の連中をどうにかして切り開く事に集中する。


「深く入り込み過ぎないように注意するぞ。」


「はい!」


俺の言葉を聞いて、いつものように返事をしてくれるニル。しかし、その声色に、僅かな緊張感を感じる。


それもそのはずだ。

今、俺達の前に立ちはだかる敵兵達は、街を守る衛兵の正規軍レベルの装備。中には、それ以上の奴も居る。それが、陣形を取って、俺とニルのみに対して殺意を向けて来るのだ。緊張しない方がおかしいと言える。

いや、そんな相手を前に、逃げずに、寧ろ戦おうとしているという事自体、普通ならば頭のおかしな奴だと思われるような行為だ。俺もニルも、無理をしているのは自分でも分かっているのだが、ここで引くという選択肢は既に絶たれている。何が何でも、俺達は勝ってこの件を終わらせなければならない。


「行くぞ!」


「はい!」


俺は右手に桜咲刀を、左手に上級雷魔法、爆雷の魔法陣を携えて、敵兵の方へと走り出す。


相手の魔法使い達は、先程一斉に攻撃を仕掛けていた為、殆どが次の魔法陣を描いている段階。それが完成するよりも早く、俺とニルは最前線の盾兵達の元へと走り込まなければならない。

ただ走り込むだけならば、俺とニルにとって長い距離ではないのだが、俺達と敵兵の間には、トラップが仕掛けられているはずだ。


俺は両手が塞がっている状態である為、それを確かめる術が無い。それ故に、同じように走り出したニルが、俺の進む先にトラップが無いかを、アイテムを使って調べてくれる。

使うのは炸裂瓶。広範囲の床面を調べられる上に、敵兵達にも多少のダメージを与えられる可能性が有ると考えての選択だろう。


ボンッ!


ガガガガッ!


俺とニルの正面、斜め上で破裂した炸裂瓶から、星型の胞子が飛び散り、床面に叩き付けられる。


俺とニルの方にも飛んで来るが、炸裂瓶を使うだろうと思っていた俺は、神力を刀に纏わせて、飛んで来る胞子を一気に吹き飛ばす。強引な攻め方ではあるが、早いし確実である為、今必要な全てが揃った一手である。


床面に叩き付けられた星型の胞子が、設置されていたトラップ魔法を発動させ、地面から木と石の棘が突き出して来る。

トラップの設置されている範囲は、大体三メートル程。俺とニルならば、突き出して来た棘を飛び越えて攻撃出来るような範囲設定だ。実に手抜きなトラップに見えるが、恐らく、最初からトラップ魔法で俺達を殺せるとは思っていないのだろう。あわよくば…程度に考えていて、引っ掛からないトラップ魔法に無駄な魔力を消費するより、攻撃魔法の為に魔力を残しておくべきだと判断してくれたのではないかと考えられる。


俺達と敵兵との間の状況を把握した俺は、直ぐに左手を正面に向けて、魔法を発動させる。


爆雷は、指定した位置から、四方八方に雷を走らせる魔法である為、俺とニルが突っ込む予定の場所より少し奥で発動させる。

俺とニルが敵陣にぶつかったと同時に、俺とニルが感電死…なんて笑えないから、範囲は慎重に決めている。


「来るぞ!」


バチバチバチバチッ!!


指定した位置に雷が発生すると同時に、それらが敵兵に向かって走る。


しかし、俺達に感電しないような範囲で…なんて心配は全く要らなかったらしい。理由は簡単で、相手の魔法使い達の中で、最初の火魔法による攻撃に参加していなかった者達が、防御魔法を展開したからである。


俺の放った雷は、魔法使い達が展開した土属性の防御魔法にぶつかると、兵士達には届かず、空中に閃光を走らせてから消えて行く。やはり、雷魔法への対処も考えられていたようだ。


「ぐあああぁぁっ!」

「ぐがががががっ!」


とは言っても相手は雷だ。流石に全ては防御出来なかったらしく、何人かは、雷の餌食となって、全身を痙攣させて倒れる。だが…被害は十人前後。被害はほぼ無いと言える程だろう。


なるべく被害が広がるようにと思って、爆雷を選択したのだが、もっと貫通力の高い魔法にするべきだったか…


今更後悔しても遅い。既に戦いは始まってしまった。


幸いな事に、俺達が攻め込む為に必要な被害はギリギリ満たしている。被害を受けた十人前後は、感電によって倒れた為、被害は一箇所に集中している。

つまり、若干でしかないが、手薄になった部分が有る。俺とニルは、それを見定めて、同時にその部分へ向かって飛び込む。


被害が出たのは、盾を持った連中の後ろに居る槍兵達。盾兵も厄介ではあるが、盾兵だけで俺とニルを傷付ける事は出来ない。盾兵が抑えている間に槍兵が攻撃を仕掛ける事で、盾兵の意味が出てくるのだから、その槍兵が居なければ、盾兵はただの壁にしかならない。攻撃されないと分かっているのであれば、突っ込む事も恐ろしくはない。


「やあああぁぁぁっ!」

「おおおおぉぉぉぉっ!!」


発動したトラップを飛び越えて、弧を描くように並ぶ盾兵達の壁の一点に、ニルと二人で突撃する。


ガンッ!!

「っ!!」


相手の持っている盾は大盾で全身をすっぽりと隠せる大きなもの。それを構えている連中も、訓練された連中であるが故に、簡単には突破出来ない。


ニルが先陣を切って盾兵に攻撃を加えるが、どっしりと構えた盾兵には、ニルの攻撃力では通用しない。


こういう純粋な力押しというのは、単純な筋力や体重に大きく左右される。特に、相手は筋肉隆々りゅうりゅうでニルよりも二回りは大きな男達ばかりで、その上、金属製の全身鎧まで着ているのだから、重さだけで言えばニルの倍では済まないだろう。いくら色々な事が出来るニルとはいえ、流石に分が悪い。

という事で、ここは俺の出番だ。

質量では負けているかもしれないが、パワーで言うならばプレイヤーのステータスはかなり高い。ただの力押しでも負けはしない。


ガギッ!!


後ろに控えていた槍兵達が補充されるよりも先に、取り敢えず、敵の壁に穴を開けなければならない為、かなり強引な方法を取る。


俺は、壁となっている大盾と大盾の間に、桜咲刀を叩き込む。盾同士は隣合っているものの、繋がっているわけではないから、盾と盾の間に、無理矢理刃を捩じ込む事は出来る。

そうして盾の間に刀を捩じ込むと、そこに隙間が生まれる。俺はその隙間に左手を差し込み、腕力でこじ開ける。


「ぐっ……おぉっ!」


相手も盾兵としてのプライドなのか、全力で抗おうとしているが、神力を使うまでもなく、盾はゆっくりと開いていく。


そうして開いた盾と盾の隙間に対して、俺の脇の下からスルリと潜り込んで行くのは、ニルのシャドウテンタクル。

それがスルスルと敵の盾兵の足首に伸びて行くと、絡み付き、強くニルの元へと引かれる。


「っ?!」


俺と力押し勝負をしていた盾兵は、腕に集中していたからか、突然引っ張られてしまった足を留める事が出来ず、体勢を大きく崩してしまう。それと同時に、俺を止めようとしていた腕から力が抜け、壁に穴が開く。


「はぁっ!」

ガンッ!


「ぐっ!」


開いた穴に体を捩じ込み、体勢を崩した盾兵を蹴り付け、後ろへと下がらせる。


「何やってやがる!さっさと取り囲め!それ以上進ませるな!」


指揮を取っている男が叫ぶと、周囲に居た者達全てが、俺とニルに向かって攻撃を仕掛けて来る。どこを見ても敵だらけ。ここまで数が多いと、目を瞑って武器を振ったとしても、誰かには当たりそうである。


「「「「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


どこから攻撃が来るのか分からない程に密集して襲って来る敵の中で、俺とニルは隣り合わせになって、迫り来る攻撃を防ぎ、弾き、いなす。


俺とニルの振る刃は、鎧の隙間を走り抜け、腕、足、首と、斬れるものを次々と斬り続ける。


血が舞い、肉が飛び、首が落ちる。


一体どれだけの人間を斬り続ければ、終わりが来るのか全く分からない状況に、目が回りそうになる。


「っ!!」


カンッ!ザシュッ!

「ぎゃぁっ!」


「はっ!」


ガンッ!ガシュッ!

「ぐはぁっ!」


ひたすらに武器を振り、迫り来る連中を殺し続けていても、俺が考えている手を実行するには情報が足りない。

人の数が多過ぎて、先がどうなっているのか全く分からず、当然、バラバンタ達がどこに居るのか、そもそもこのホールの中に居るのかどうかさえ分からない。早くそれを確かめたいのだが……


とはいえ、無理に突き進み、自分達で退路を捨てるような位置に入り込んでしまうのは危険過ぎる。最悪、ここに居る連中全てを相手にする事になってしまう。そうならないように、一応でも退避出来る位置で戦いつつ、危険な時は、出入口付近まで下がって、防御体勢を取れるようにしておきたい。

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