第565話 ピルテとニル
ビュッ!ビュッ!
ピルテが相手をしている鱗人族は、トライデントでの突きを主体にした攻撃でピルテを追い込む。
「はっ!」
ビュッ!
それに対して、ピルテは、しっかりと攻撃を見て回避し、カウンター気味に相手のトライデントが引き戻されるタイミングを狙って攻撃を仕掛けている。
相手の手札が全て見えているわけではない状況では、受け身に回ってしまうのは仕方の無い事だけれど、見ている方としてはハラハラさせられる。
ビュッ!ビュッ!
「やっ!」
ビュッ!
互いに攻撃が当たらず、かなりの接戦。戦闘能力ではほぼ互角と言ったところ。
ブンッ!
「っ!?」
タンッ!
トライデントとシャドウクロウが行き交う中で、鱗人族が合間に尻尾による足払いを入れてくる。
ピルテは、それを後ろへと跳んで回避し、何とか避けられたけれど、攻撃方法の中に、尻尾という方法が有るとなると、ピルテにとって少し面倒な事になる。
ただでさえ、相手は長物を使っていてリーチが長く、懐に潜り込めるタイミングもあまり無いというのに、足元にも気を付けなければならないとなると、より一層飛び込むのが困難になってしまう。
助けに入りたいところだけれど、左の鱗人族が、私から一切目を離さず、常に私の事を監視しているから、無闇に動き出す事は出来ない。
でも、それは相手も同じで、私の事を牽制し続けるということは、自分も、仲間の援護に入る事は出来ないという事になる。ピルテとの一対一ならば、勝ってくれるという自信が有るから、援護に入らずに私を監視しているという事….?
大した自信だと言いたいところだけれど…ピルテの相手をしている鱗人族は、自信が有るというより、ただ必死なだけ…に見える。
表情を読み取る事は出来ないし、何も喋らない為、それが必死なのかどうかという判断は難しいところだけれど…少なくとも、余裕で対処しているようには見えない。一対一でならば勝てるというより、二対二では分が悪い…と思っているという感じだろうか。
マイナは、私達五人でここまで進んで来たという事は、盗賊連中よりも、圧倒的に連携力が高く、五人になると手に負えないと考えたのではないだろうか。もし、私達に勝てるとするならば、一対一の時くらいだと結論付けたと考えると、こうして私を牽制し、マイナも手を出して来ない理由として理解出来る。もし、鱗人族二人が同時に攻めてきたり、ここでマイナが手を出して来るならば、私は迷うことなく動き出す。そうなると、二対二、もしくは二対三の形になり、私とピルテの連携力が活かされてしまう。そうならない為の動きなのかもしれない。
実際に、私とピルテが連携して攻撃する場合、一人で攻撃するよりも、大きな効果を与える連携攻撃だって有るし、一人で戦うよりも戦い易いという場面も多い。
もし、私の推測が正しいとするならば、無理矢理にでも私が手を出すべきだと思えるかもしれないけれど、ここは手を出さずにピルテを見守り続ける。
確かに、私とピルテは母娘だし、連携力で言えば他の誰よりも高いと思う。
でも、一対一でも、ピルテが勝てると思っているか ら、敢えて手を出さず、一対一を続けさせる事にしたのである。
もし、ここでピルテが、一対一で勝てたとすると、少なくともピルテの相手である鱗人族は、死なないとしても、傷を負う事になるはず。
そうなれば、二対三の構図になっても、絶対的な不利にはならないはず。
一対一の戦闘が、どちらに傾くかによってこの勝負の結果はガラリと変わってくる。
私は、心の中でピルテを応援しながら、もう一人の鱗人族と、マイナの動きに注意する。
「はぁっ!」
ビュッ!ザッ!
「っ?!」
私が色々と考えているうちに、互いの攻撃が空を斬り続けていたピルテと鱗人族の戦闘が、少しだけ動き始める。
鱗人族の体は、一応人型の範囲内にある為、基本的な動作は人とそれ程変わらない。ただ、骨格が少し違ったりはする為、少し動きを読み辛いところがあるけれど、何度かのやり取りで、ピルテはそれを上手く掴み取れた様子である。
攻撃のやり取りの間で、ピルテの攻撃が、相手を捉え始めている。
ただ、鱗人族と言われるだけの事はあって、体表は鱗で覆われており、人の皮膚とは違って、攻撃が通り難い。流石に、シャドウクロウでも全く通らないという事は無いみたいだけれど、シャドウクロウを貫通させようとしても、そう簡単にはいかないらしい。
「っ!!」
ビュッ!ビュッ!
「はっ!はぁっ!!」
ザッ!ザシュッ!
「っ………」
ピルテの攻撃が当たり始め、鱗人族の攻撃は一向に当たる気配が無い。
魔界を出た頃のピルテであれば…恐らく、戦っている鱗人族には全く歯が立たなかったと思う。ピルテに戦い方を教えたのは私だし、ピルテの実力はよく知っているから、あの頃のピルテには勝てないというのは、まず間違いない。
でも、ピルテはもうあの頃のピルテではない。
まだまだ発展途上ではあるけれど、既にピルテの戦闘能力は、昔に比べて大きく上がった。特に、ピルテの事をライバルと呼んでくれるニルちゃんの影響が非常に大きい。
ピルテは、人から吸血鬼になった為、生まれつき吸血鬼の者達とは、少し距離が有ったというのか…壁を感じていたのではないかと思う。
実際に、そういう話をピルテから聞いたということではないし、それで塞ぎ込む程に悩んでいたわけでもないから、あくまでも私の勝手な思い込みかもしれないけれど、母として、ずっと一緒に暮らしていれば、何となく分かってくるものである。
吸血鬼族の中で、人から吸血鬼になる例というのは、無いわけではないけれど、非常に少ない。
血を体が拒絶してしまえば死んでしまうし、本人が望まない場合が殆どで、薄血種以上の階級から血を分けられるとなると、血が濃くて体が拒絶する可能性が高い為、危険性が非常に高い。それを知った後に、自分も吸血鬼族になりたいと望むのは、ピルテのような…ある意味特殊な環境で育った子供くらいのものである。
それに、薄血種以上の者達が、ホイホイと吸血鬼を増やしてしまうと、魔界のパワーバランスが崩れてしまったり、管理が出来なくなってしまったりと、魔界に大きな影響を及ぼしてしまうのは目に見えている為、かなり厳しく管理されている。その為、この人族が気に入ったから吸血鬼にしよう!なんて軽い気持ちで吸血鬼にする事は決して有り得ないし、魔族として受け入れられた吸血鬼族を守る為にも、アリス様が出来る限り大きく数を増やさないようにと仰られたと聞いた。
吸血鬼族は、二人の間に一人しか産まれない為、数が減る一方と思えるかもしれないけれど、吸血鬼族はかなりの長寿。寧ろ数は増えている。
そんな事情が有って、吸血鬼の中に、ピルテと同じように、人族から吸血鬼になったという者は極端に少なかった。
戦時中の頃には、数を増やす為に、吸血鬼化させる事も多かったみたいで、私より歳上の人達には、人族から吸血鬼になったという人達も多いみたいだけれど、ピルテと同年代となると、ほぼゼロと言っても良い。
そんな環境の中に居ると、自分と、産まれながらに吸血鬼である者達との間に、色々な違いを感じてしまうのは仕方の無い事だと思う。
例えば、体の動かし方や、魔法の規模、五感の使い方…少し考えただけでも、人族では出来ない事が山のように有る。それら全てを、吸血鬼になったばかりのピルテが、上手く使いこなせるはずがない。
ピルテが、吸血鬼になった当初は、かなり酷い状態だった。
血を体が受け入れられたとしても、人族にとっては毒であり、容姿が変わる程の効果を持っている為、体が血に馴染むまでは、痛みや発汗等、かなりの苦痛を伴う。
私も、実際に人が吸血鬼に変わるところを見るのは初めてだったし、あそこまで酷い事になるなんて知らなくて、当時は毎日心臓を抉り取られるような気分だった。
苦しみに耐えるピルテの声を聞きながら、看病して……
でも、それは大体三日程で体に馴染み、落ち着き始める。
しかし、そこからが更なる苦痛の始まり。
血が馴染み、吸血鬼の体と五感を手に入れると、人の感じて来た感覚よりもずっと鋭い為、全ての音が大きく聞こえて、あらゆる臭いが鼻を刺激する。目を開けば、人には見えないような細部まで見えてしまう。そういった感覚の差が、ピルテを苦しめた。
吸血鬼は、非常に鋭い感覚を持っているけれど、その時のピルテと同じように、いつも全ての感覚を百パーセントで稼働させているわけではない。無意識的に感覚を抑えており、必要な時だけ集中して感覚を尖らせると言うのが一番分かり易い説明だと思う。
ただ、その時のピルテは、そんな調節の仕方なんて知らないから、頭が破裂しそうな状態だったと思う。
私が、色々とコツを教えて、ピルテが一人で動けるようになるまで、結局一ヶ月程掛かった。一ヶ月で慣れるというのも、かなり凄い話だけれど、完璧に扱えていると言うよりは、何とか一人で動けるようになったというだけ。
それでも、私達が無意識的にやっている事を、意識的にやっているのだから、十分に凄いとは思うけれど…
とにかく、そうして動けるようになったピルテは、日常生活の中で、少しずつ吸血鬼の体に慣れていった。
しかし、それでも、産まれながらに吸血鬼である者達よりは、一歩劣るものだったし、自分が他人よりも劣っているという感覚は、ピルテの中にずっと有ったと思う。それは、魔界を出た時も持っていた感覚であり、極最近まで、ピルテの中に有った。
それ故に、ピルテは、いつもいつも他人の何倍も頑張り続けていた。
吸血鬼族だけならず、魔族というのは、良くも悪くも、強さに対して実に忠実な者達ばかりで、ピルテの事を自分よりも弱いと感じた者達の殆どは、ピルテを下に見ていたと思う。実際に、そういう場面に出会う事は無かったけれど、ピルテが強くなりたいと、私に稽古を付けてくれと頼んで来た時に、大体の事は分かっていた。
でも、そこで私が出て行ってしまうと、ピルテが弱いと認めてしまうようなもの。私が出来るのは、ピルテの強くなりたいという思いを具現化する方法を教える事だけ。後は、ひたすらピルテが努力するしかない。
ピルテの凄いところは、そうして誰かにバカにされたり、弱いと言われても、折れず曲がらず、真っ直ぐに努力を続けて、最終的に全ての者達に、自分を認めさせてしまうところだと思う。
私も、自分の母親には厳しく育てられたタイプだから、ついついピルテにも厳しく教えてしまっていたというのも有るかもしれないけれど、ピルテは基本的に何も言わずに、ただひたすら自分を磨く事に
何故そこまで頑張れるのか…と不思議に思っていた事が有ったけれど、一度、ピルテと話をしていた時に、ポロッと出た話に…
昔、ピルテが弱いとバカにされた時の話。
簡単に言うと、こんな弱い者を自分の娘として育てる私が可哀想…みたいな事を言われたらしい。私はその時、既にある程度の地位に居たし、流石に、そこまで直接的ではなかったみたいだけれど、言いたい事はそういう事である。
人から吸血鬼になったという経歴的にも、他からは浮いていたし、目に付く存在ではあっただろうから、色々と言われ易い立場だったという事も有るかもしれない。
私としても、可愛い娘をバカにされるわけだし、腹は立つけれど、ピルテは、怒りよりも情けない気持ちが勝ったらしい。
自分が弱いと、自分を育てようと決めた私の選択が間違っていると言われてしまう。そうしているのは自分が弱いからだと。
そう言われたピルテは、何が何でも、絶対に、誰にもバカにされないように強くなるしかない。私も、彼女自身も、バカにされないようにする為には、それ以外に方法が無いと思い、鍛錬をし始めたらしい。
そこまで真っ直ぐな子だから、伸びるのは早かった。
鋭くなった感覚にもしっかりと慣れたどころか、他の誰よりも使いこなせるようになり、戦闘訓練も、倒れてそのまま寝てしまうまで頑張っていた事を知っている。
そうすると、次第に周りの者達の目が、弱さに対する蔑みの目から、羨望のような目に変わっていった。
ピルテは、元々の性格が真っ直ぐな上に、他人にバカにされる事で辛い思いをする事を知っているからか、誰かをバカにしたり、下に見たりはしなかった。
その態度は、優しいとされ、部下からは厳しいながらも優しい上官と、かなり好かれていたのを知っている。
そんな性格のピルテは、驕り高ぶる事は無く、常に強くなる事に対して真っ直ぐに向き合っていた。
それなのに、部下を死なせてしまった。
あの時、ピルテも私も、かなり落ち込み、自分の弱さを嘆いていた。
そんな時に、シンヤさんとニルちゃんに出会った。
正直な話、対面した瞬間に、この人達には絶対に勝てないと思った。
精神的に疲れ果てていたから、正常な判断が出来ず、何とか倒そうとしたけれど、自殺行為だったと今では思う。それくらいの力の差が有って、精神が疲れ果てていても、私が命を差し出して、ピルテだけでも逃がすしか道は無いと悟った程である。
今だって、仲間として横に立っているから良いものの、もし、二人が敵として前に立つとなれば、私は命を懸けてピルテを逃がすくらいしか出来ない。いいえ。多分それすら叶わないと思う。
そんな相手に出会って、仲間になる事を決意した時から、ピルテはガラリと変わった。元々の性格は変わっていないけれど、似た性格のニルちゃんとはウマが合ったのか、直ぐに仲良くなった。
ニルちゃんの事を、凄い!可愛い!強い!と褒めるピルテを見たのは、一度や二度ではない。
ピルテは、そういう過去からも分かるように、本当に負けず嫌いなところが有るけれど、多分…心の底から負けたと認められる同年代の相手は、初めてだったのだと思う。自分は何をしても勝てない。自分には何も勝る所が無いとも言っていた程。でも、少しも嫌そうな顔をせず、寧ろそんなニルちゃんと仲良くなれた事を嬉しく思っていたと思う。
そんなニルちゃんが、自分をライバルだと言ってくれた時のピルテの顔は、今も忘れない。顔に出さないように堪えていたみたいだけれど、親である私には直ぐに分かった。目をキラキラさせて、燃えていた。
自分が何一つ勝てないと素直に認めさせられてしまうような相手に、ライバル認定されたのだから、燃えない方がおかしいとでも言いたげだった。
それから、ニルちゃんとは更に仲良くなり、互いの長所を学び、真似て、自分のものにする為に努力して……切磋琢磨という言葉が、これ程合う関係は他には見た事が無いと言える程。
シンヤさんとニルちゃんの戦い方というのは、吸血鬼族的には、少し狡い戦い方とされる類のもので、アイテムを駆使して戦う場面が非常に多い。でも、そこには必ず理由が有り、自分の弱点を補う為の戦い方であり、理にかなった戦い方とも言える。
現状のように、命を奪い合うような戦闘…というより戦争の中では、そんな戦い方こそが重要とさえ言える。
それが吸血鬼族に受け入れられないとしても、戦い方を知っているだけで、全く違う動きが出来るし、もし、ピルテが危険な時は、吸血鬼族に受け入れられないとか言っていられない。もし、それで勝てるならば、ピルテを助けられるならば、私は迷ったりしない。
と言っても、シンヤさんとニルちゃんの場合、それらの全ての事が、剣技や体捌き、魔法の使い方等…要するに、非常に高い戦闘能力の上に成り立っているから強いのである。同じアイテムを他の人が持っていたとしても、二人のように戦うのは難しいと思う。
そういった全ての事が高い次元に有る二人の近くで戦闘をしてきて、訓練も共に行ってきたピルテは、今や全くの別人と言える程の強さを身に付けている。
鱗人族が、トライデントを突き出す度に、ピルテの回避が精度を増し、紙一重で避けつつ、シャドウクロウをトライデントに這わせるように動かすと、槍先が横へとズレる。
ニルちゃんが得意とする柔剣術の動きである。
流石に、ニルちゃんのような、一種の手品のような事は出来ないけれど、相手の攻撃を最小限の力で逸らす事くらいは出来る。
シャドウクロウは、強度がそれ程高くない魔法である為、真正面から受け止めず、力を必要としない柔剣術との相性が非常に良い。
「はぁっ!」
ザシュッ!
「っ!!」
ピルテが繰り出した何度目かの攻撃が、鱗人族の体表を傷付けたところで、流石に分が悪いと、ピルテから距離を取るように下がる。
かなり優勢の状況となりつつある。
私もピルテも、それを感じ始めた……けれど、どうにも納得出来ない事が一つ有る。
それは、マイナの身代わりとして立たされていた女の事。
あの女の護衛には、ギガス族の男が居たはず。
ニルちゃんのアイスパヴィースをも打ち砕くような者だったのに、その者を身代わりの女に付けていた。
あのギガス族の男は、間違いなく強かった。それは、目の前に居る鱗人族の二人よりも強いと言える程のものだったと思う。
身代わりの女に、自分が自由に出来る奴隷の中で最強の者を付けるとは考え辛い。
まだ何か策が有る…?いいえ。マイナは動いていないし、焦ってもいない。鱗人族の二人が負けるとは思っていないように見える。
つまり、まだ鱗人族の二人は、私達を圧倒出来る何かを隠している事になる。
「ピルテ!気を抜いてはダメよ!」
「はい!!」
もし、その予想が当たっているとするならば、ピルテが優勢になった今からが本番という事になる。
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