第564話 策

煙玉は、ただ煙を発生させるだけのアイテムなので、外で使ったり、相手の魔法使いの数が多い場合は、直ぐに風魔法で流されてしまう為、使い所を考えなければならないけれど、それさえクリア出来れば、私とピルテにとってはかなり心強いアイテムである。


シンヤさんの話では、相手の視界も奪うけれど、自分達も見えなくなるから、基本的には逃げる時に使ったり、姿を隠して一時的に戦闘を切る為に使ったりするばかりで、戦闘中に使う事が極端に少ないアイテムだとの事。しかし、私とピルテには、鋭い感覚の耳や鼻が有る。

相手の呼吸音、擦れ合う鎧の金属音、焦って動いた時に地面を足が打つ音、怪我を負って流れる血の臭い、体臭…それらが相手の位置を示してくれる為、視界は必要無い。


「風魔法で吹き飛ばされるまでに攻め落とすわよ!」


「はい!」


完全に視界を奪った状態で、私とピルテは敵兵に攻撃を開始する。


「ど、どうなっている?!」


「前が見えない!」


突然視界が真っ黒になった事で、数人が焦って声を出し、連携を取ろうとする。


黙っていても、私とピルテには居場所が分かるのだけれど、声を出してくれるなら、より正確に居場所が分かる為、楽で良い。


ザシュッ!

「ぎゃぁぁっ!」


ザクッ!

「ぐはぁぁっ!」


私とピルテは、声を出していた奴隷に、静かに近寄って一人ずつ仕留める。


「ど、どこだ?!」


仲間の叫び声を聞いて、またしても数人が声を出してしまう。


タタタッ!


煙の中を、私とピルテは直線的に動いて、敵兵に近寄る。真っ直ぐに走っていても、誰も私達を捉えられず、攻撃は一度も飛んで来ない。吸血鬼族の長所を活かした攻撃方法は、時として敵を圧倒する。今回がその良い例である。但し、マイナは私達と同じように五感が鋭いから、油断してはいけない。


ザクッ!ザシュッ!

「「ぐはぁぁっ!」」


次々と黒い煙の中で敵を屠り続ける。


「お母様!魔法が来ます!」


完全に私とピルテが場を制御している状態に陥った今、相手の出来る事は少なく、まずは視界を確保する事が絶対条件になる。

マイナは、私とピルテの位置を把握しているかもしれないけれど、一番後ろから指示を出しているだけでは、私とピルテを仕留める事は出来ない。その為、私とピルテの大体の位置を手下に教え、そこに魔法を叩き込む。この状況下で私とピルテにダメージを負わせるならばそれしかない。


それ故に、私もピルテも、仲間を巻き添えにする魔法に対しての警戒は怠らなかった。


ピルテが魔法を察知し、それを伝えてくれたタイミングで、右手の方へと大きく移動する。


ゴウッ!


ザザザザザッ!!


「「「「ぐあああぁぁぁぁっ!」」」」


飛んで来たのは、黒い煙を吹き飛ばしつつも、私とピルテを攻撃出来る風魔法。しかし、私とピルテは素早くその場を退避した事で、攻撃を完璧に回避する。しかし、奴隷の数人は、魔法の餌食となり、仲間の攻撃で傷を負う。鎧を着ていて死ぬ事は無いけれど、それでもそれなりのダメージを負ってしまう為、私達にとって有利に働くという事に違いは無い。


マイナや、パペットの連中が使って来る手段として、こうして仲間を巻き込んだ攻撃を何度も見た。

確かに、戦闘中にいきなり後方から仲間諸共殺すような攻撃が飛んで来たりすると、戦闘中の私達には、回避が難しく、大きなダメージを負う可能性も高くなる。

相手から見れば、私達を倒せるならば、それで良いと考えているのかもしれないけれど、実際には、非常に危険な一手で有る。

何故ならば、こうして狙った相手が攻撃を回避し、自分達の仲間のみが攻撃に飲み込まれた場合、自分達は無為に手数を減らし、相手の手助けをする事になってしまうからである。

こんな事は、私ではなくても分かる事だし、誰だって想像出来る事だと言える。

マイナも馬鹿ではないのだから、そんな事くらいは分かっているのに、敢えて数を消耗するような攻撃に出ているのは、恐らく、かなり焦っているからだと思う。


たった五人で一万もの兵士達を削り取り、こうして屋敷に乗り込んで来て、自分の目の前にまで迫って来ている。そんな相手が、今更、多少の奴隷達で倒せるなんて思っていないはず。

何十人、何百人という奴隷達を投入したとしても、私達を倒せないならば、足止め用の道具として使うくらいしか使い道が無い…なんて考えているのだと思う。

奴隷達を戦力として見ておらず、奴隷達を使い、何か私達の予想を超える方法で倒せないかと考えた結果が、今回のような攻撃に繋がるのだと思う。


確実に、一歩ずつ近付いて来て、そろそろ私達の攻撃がマイナの喉元に届く距離になる。そこまで近付く事が出来れば、そこで私達の勝ちが決まる。


「向こうだ!壁を作れ!」


「マイナ様に近付けるな!」


既に、残っている奴隷は十人超にまで減り、私達がここを制圧する未来が見え始めた頃。


「……本当に強いわね。」


マイナと、残った奴隷達の目の前にまで迫ったところで、マイナが口を開く。


「私達には負けられない大きな理由がありますから。」


マイナの言葉に対して、ピルテが間髪入れずに答える。


「負けられない理由…ね……だとしても、ここで終わりよ。」


ギィィ……


マイナがそう言うと、先程まで奴隷達が追加される際に通っていた二枚の扉が開く。


「……そう来ますか……」


バリスタでの攻撃というのは確実性に欠けるし、策を回避される事も考慮する必要が有る事を、マイナも十分に理解していたらしい。

マイナの策は二段構えだった。


まず、私達が攻めて来るのを全員で相手にして、しっかりと消耗させる。そこにバリスタという武器での攻撃を仕掛け、もし、それでも倒せなかったならば、最後の策を仕掛けるという作戦だったらしい。

その最後の作戦というのは、マイナの後方から現れた二つの人影である。


「シュルル……」


緑色のツルツルとした体表に、まぶたの無い目。黄色の瞳。鋭い爪と牙を持つ二足歩行の、人族より一回り大きな生き物は、細長い舌をチロチロと出し入れしている。


鱗人りんじん族。


それが現れた二人の種族名である。


鱗人族というのは、簡単に言ってしまうと、トカゲやヘビのような爬虫類の生き物を二足歩行にした見た目で、見た目は人と言うよりもモンスターに近い。ただ、普通に知性を持っているし、会話も出来るし、村を作って暮らしていると聞いた事が有る。


少し曖昧な表現なのは、この鱗人族というのは、他の種族に比べて数が非常に少なく、大陸でも殆ど目にしない種族で、詳しい事を知っている人物が少ないからである。

因みに、魔族でもなく、魔界には居ない種族で、目にする事自体がとても珍しい種族である。


ただ、誰も知らないような種族ではなくて、鱗人族と言えば大抵の人達は、見た事は無いけれど聞いた事は有る…という反応を示す。


魔界の外に出てから、色々な場所で色々な情報を収集していると、知りたい事以外の事にもそれなりに詳しくなるもので、鱗人族についても、何度か話を聞いた事が有った。


話によると、鱗人族というのは、湿地帯のような、高温多湿地帯を好む種族で、数が少ない故に、あまり人目に付く場所へは出てこないらしい。鱗人族の村が近くに有るような人里では、時折物々交換をしに湿地帯から出て来る事もあるらしいけれど、基本的に外との繋がりを重視していない種族との事。

また、鱗人族というのは、身体能力が高く、見た目も人とは掛け離れている為、恐れられる対象とされる事も有るとか…

見た目からも分かるように、彼等の身体能力は、人のそれよりも、モンスターや爬虫類に近く、振動や温度変化を敏感に感じ取る事も出来るらしい。


とにかく、人とは全く違う種族である為、彼等はモンスターとして扱われる事も有るらしく、吸血鬼族である私達としては、少し親近感を感じる種族でもある。

身体能力が高いと言うと、どれくらいのものなのか気になるところだけれど、もし、モンスターの身体能力に近いとするならば、かなり強い種族という事になるけれど…実際には、どれくらいの強さなのかは、やってみなければ分からない。


鱗人族の二人は、枷をされており、マイナの命令を聞かざるを得ない状態であるらしく、黙って私達の方へと向かって歩いて来る。


他の種族の者達とは違い、表情が殆ど読めない為、どいう感情で今ここに居るのかは分からないけれど……


最初からこの二人を投入せずに、奥の手として用意していたとなると、彼等は、あまり従順ではなく、残りの連中だけで、私達を仕留められるのであれば、その方が良いと思える程度には、反抗的な二人だと考えても良いと思う。わざわざ、強い戦力が残っているのに、出し惜しみ出来るような状況ではないのに、敢えて鱗人族を出さなかったとなると、彼等が出てくると、他の奴隷達の邪魔になる可能性が有ったと見て良いはず。


いつ、どこで鱗人族の二人を捕まえて奴隷にしたのかは分からないけれど…既にマイナ達の陣形に深く入り込んだ私達は、鱗人族の二人と戦う以外に選択肢は残されていない。


「目の前の女二人を殺りなさい!」


「「………………」」


マイナの言葉に対して、鱗人族は何かを言う事はなく、マイナの事を一度だけ横目に見た後、私達に視線を向ける。


鱗人族の事については、あまり多くを知らないけれど、見た限り、マイナの命令に対して、素直に従っているわけではないように見える。


マイナが切り札として残していたとなると、バリスタよりも、私達を仕留められると確信を持てるだけの強さを持っているはず。それが、どれ程のものか分からないとなると、真正面から当たるのは得策とは言えない。


「どれだけ強くても、種族による身体的能力の差はそう簡単に埋まらないわ!」


マイナは、鱗人族の二人が、確実に勝てるという自信を持っているらしく、その目に不安の色は見えない。


「とことん嫌な女ですね。」


マイナの言うように、種族によって、その身体能力や魔力量等は、大きな開きが有る。

例えば、身体能力だけで言うならば、エルフ族よりも人族の方が高く、人族よりも獣人族の方が高いというような差が有る。魔力量で言えば、エルフ族が最も高かったり、巨人族のような者のパワーにはどの種族も勝てなかったりと、生まれ持ってのものが存在している。

故に、鱗人族の身体能力が非常に高いとなれば、私やピルテでも、対処出来ないかもしれない。

人族の者が、どれだけ鍛えて力を付けたとしても、巨人族とパワーで競っても、絶対に勝てないのと同じ事である。

私とピルテも吸血鬼族であり、人族や獣人族よりは高い身体能力を持っているけれど、モンスターに近い身体能力かと聞かれると、流石にそこまでではない。

鍛錬や戦い方によって、それに似たような事は出来るし、純血種ともなれば、モンスターに近いと言っても過言では無いような強さを持っているけれど、それは純血種だからこそであって、私達には無い力である。

もし、鱗人族の二人が、純血種レベルの強さを持っているとしたならば……正直勝てないかもしれない。


「お母様……」


ピルテも、鱗人族の話を聞いた事が有る為、どうするべきなのか迷っているみたいで、どういう戦闘を行うべきか、私に指示を求めてくる。


シンヤさん、ニルちゃん、スラタンは、壁を挟んだ反対側で、こちらへ敵兵が来ないようにと戦闘中。ここは、私が指示を出して、上手く立ち回るしかない。


「取り敢えず……相手の強さを把握するまでは、安全第一でいくわ。とにかく、攻撃を受けないように気を付けて、回避に徹するわよ。」


「分かりました。」


鱗人族は、殆どトカゲのような姿をしているけれど、手は器用に使えるらしく、トライデントと呼ばれる三叉槍みつまたやりを持っている。大きさや長さは普通のトライデントと変わらないけれど、使われている素材が良いらしく、かなり質の良さそうな武器に見える。


「シュルル……」


何度も舌を出し入れする鱗人族の二人。言葉を喋る事は出来ると聞いていたけれど、二人は何も喋ろうとはしない。

何を考えているのか分かり辛い見た目で、相手の出方も読めず、こちらからは手を出せない。


鱗人族の二人も、命令を受けて、私達に武器を構えている事から、戦うつもりみたいだけれど、一気に仕掛けて来るつもりは無く、互いに出方を探る時間が続く。


数秒間、互いの動きを観察していると…


バシィィン!!


突然、破裂音のような乾いた音が響き、集中していた私とピルテは、一瞬体を硬直させる。


その音は、鱗人族が尻尾を床に叩き付ける事で生じたものだったらしく、私とピルテの隙を作り出す為の行動だったみたい。


いきなり響いた大きな音のせいで、私とピルテの動きが僅かに止まり、その隙に突き込む形で、二人の鱗人族が、私達の間合いに飛び込んで来る。


「「っ!!」」


ブンッ!ビュッ!


私とピルテに対して、一人ずつで攻撃を仕掛けて来た二人。私に対しては突きを、ピルテに対しては払い攻撃を行う。


私もピルテも、一瞬だけ反応が遅れたけれど、しっかりと攻撃を躱す。


思っていたよりも鱗人族の動きは速く、尚且つ突き出された槍の力強さを見るに、パワーもそこそこ有る。


「はっ!」

「はぁっ!」


ビュッ!ビュッ!


私とピルテは、シャドウクロウを走らせて、鱗人族を攻撃してみるけれど、二人共、その攻撃をしっかりと躱し、一度大きく離れる。


吸血鬼族の階級で言うのならば、恐らく、薄血種くらいの強さを持っていると思う。


まだ小手調べの段階だし、決め付けるのは早いかもしれないけれど……私達と互角くらいの強さだと思う。

ただ、互角というのは、身体能力だけの話で、種族特有の能力等を使った動きをされると、どうなるかまだ分からない。


「速い…ですね。」


「ええ…気を付けるのよ。気を抜いたら一気に殺られるわ。」


「はい。」


「……本当に厄介な女ね。」


ここまでも、奴隷達を使うパペットには、かなり苦しめられてきた。

そろそろ終わりにしたいというのに、マイナは、どこまでもしつこく厄介な女である。最後の最後に、こうして鱗人族という切り札を出してくるなんて…


「シュルル……」


私とピルテの動きを見て、鱗人族の二人は、警戒心を強めたように見える。


「煙幕は…効きそうに無いですね。」


「やってみなければ分からないけれど…恐らくは効かないでしょうね。」


鱗人族の容姿からして、視覚に頼り切っているようには見えないし、恐らく視界を奪ったとしても、私達の居場所を察知出来るはず。下手に視界を奪えば、寧ろ私達の方が不利になる可能性も有る。ここは真っ当に戦うのが吉……だと思う。勝てるかどうかで言えば、正直五分五分だと思うけれど、変にあれこれ小細工をすると、自分達の首を絞める事になってしまう可能性が高い。


「ピルテ。ここは小細工無しでどうにかするわよ。」


「…はい。」


最近は、シンヤさん達と行動を共にしていて、私とピルテだけで戦うという状況がかなり少なかった。その為なのか二人で戦うのは少し緊張するけれど、元々、私達は守ってもらう立場ではなく、守る立場に居る存在である。

マイナの事を任せろと言ったのだから、ここは絶対に私とピルテで制圧してみせる。


「シュルル……」


鱗人族が舌を出し入れする度に、独特の音が聞こえ、時折、瞼の無い瞳を半透明の瞬膜しゅんまくが覆い隠す。


「フー……」


一応、マイナも視界に入れているけれど、今のところ逃げ出すような素振りは見せていない。

この鱗人族が切り札だと言うのなら、恐らくタイミングを見てマイナ自身も参戦するはず。万が一にも私達に負ける事が無いようにと考えるならば、私達と同程度の強さを持っている鱗人族と協力して、三対二の構図を作るのが一番良い事は誰にでも分かる。


私とピルテは、そうなる前に、少しでも鱗人族にダメージを与えておきたいところである。


「ピルテは右をお願い。私は左を相手にするわ。マイナの事も気を付けるのよ。」


「はい。」


ここで言う右左というのは、分かれて戦うという事ではなく、主にどちらがどちらを相手にするかということ。そんな事、わざわざピルテに言わなくても分かってくれるから、みなまで言わない。


二人で鱗人族を前にして、シャドウクロウを構えると、鱗人族の二人も、トライデントを構える。


ゆっくりした戦闘の展開に感じるかもしれないけれど、実力差がほぼ無く、互いに警戒している状態では、これくらいが普通である。ただ、決まる時は本当に一瞬で、あっという間に終わる事が殆どだから、気を抜かないようにしなければならない。


「シュルル……っ!!」

ダンッ!!


舌を一度だけ出し入れした後、力強く床を蹴ったのは、右の鱗人族。


私とピルテは二メートル程距離を置いて立っている為、どちらに対して攻撃を仕掛けるのかは、動き出しの方向で大体分かる。飛び出した鱗人族は、ピルテの方へと向かうらしい。

二対二の混戦になるかと予想していたけれど、左の鱗人族は動こうとしておらず、私の事を凝視している。私が動き出して、ピルテと二人で右の鱗人族を倒そうとした場合、左の鱗人族がフリーになる為、側面からの攻撃を許してしまう事になる。そうなってしまうと、簡易的な挟撃のような形になり、私とピルテが不利な状況になってしまう。それを狙っているのか、私の足を止めるのが目的なのか…そうさせない為には、ピルテが戦うところを、黙って見ていて、左の鱗人族が動き出すのを待つか、挟撃しようとしても間に合わないくらい一瞬で、右の鱗人族を二人で倒すかの二択。

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