第563話 攻勢へ
私達に対して有効だと言える攻撃を的確に読み取って、その攻撃を通す為だけに、全ての意識を集中させた結果、こうして私達の目の前には、高い壁が現れたという事。
かなり強引な作戦だし、それによって多くの犠牲者が出た上に、分断された者達が私達の足止めをするという事は、彼等は間違いなくバリスタの攻撃の巻き添えとなるはず。それでも、奴隷達は、躊躇う事無く私達の方へと向かって来る。自分達が巻き添えを受ける事を理解していないわけではないと思う。命令で仕方無くでもない。自分達が、命を賭して私達の足止めをする事で、敵を屠れるのであれば、それで良いという程の思いが有って向かって来ているのが、その表情から分かる。
「ご主人様!」
「ハイネ達に任せろ!俺達は背中を守るんだ!」
ニルちゃんが、相手の思惑に気が付いて、直ぐに防御に入ろうとするけれど、それをシンヤさんが止める。
私とピルテが、バリスタの矢の飛んで来る方向へと走り出したのを見て、回避でも防御でもない行動を取った事から、私に何か考えが有るという事に気が付いてくれたのだと思う。
バリスタの矢は、発射されてから避けようとしても、近距離にまで近付いてしまうと、矢の飛翔速度が速過ぎて回避が出来ない。だから、ここで前に出るという事は、そうしなくても対処出来るという確信が無ければ起こせない行動であると、正確に読み取ってくれたのである。
私が敢えて、ここで前に出る事を選んだのは、シンヤさんの考えている通り、バリスタに上手く対処出来ると考えたから。そうでなければ、自分からバリスタに真正面から近付こうなんてしない。
私とピルテは、特に回避行動も取らず、ただ真っ直ぐに、作り出された壁の方へと走り寄る。
「行かせるかぁ!」
「うおぉぉっ!」
壁の前で、私達を止めようとしていた八人の奴隷が、武器を振り上げて、一斉に襲い掛かって来る。
「ピルテ!行くわよ!」
「はい!お母様!」
先程までとは違い、八人の奴隷達は、壁となろうとはしておらず、攻撃を仕掛ける事で、少しでも私とピルテの動きを止める為に動いている。
ガッチリと守りを固めている相手を突破するのは難しいけれど、攻めてくるというのならば話は変わる。動いてさえくれているならば、私とピルテの攻撃を通す隙が必ず生じるから。
タンッ!
私とピルテは、走りながら左右に展開し、八人の奴隷を迂回するような形で壁へと向かう。
「そう簡単に行かせるか!」
四人ずつに分かれて、私とピルテを足止めしようとする奴隷達。しかし…
「「「「はぁっ!」」」」
ブンッ!ブンッ!
四人が一斉に攻撃を仕掛けて来ても、私の動きに対応出来ておらず、全ての攻撃が空を斬る。
「くっ!速…ぐぁっ!」
ザシュッ!
シャドウクロウを鎧の隙間に通し、一人、二人と傷を負わせる。
「このっ!」
ビュッ!
直剣を持った奴隷が、私に向かって突き攻撃を行うけれど、私は体を後ろへと逸らして、それを避ける。
「っ!!」
ガンッ!!
体を後ろへと逸らす勢いを利用して、床を蹴り、後方へと宙返りする中で、相手の顎を蹴り上げる。兜を被っていても衝撃はしっかりと伝わる。それに、私とピルテは吸血鬼族であり、人族の力よりずっと強い。
顎を蹴り上げられた奴隷は、頭を後ろへと逸らす形で、顔面が上を向く。
「おおぉぉっ!」
「はっ!!」
バキッ!
後転を終え、体が直立に戻ったタイミングで、仲間をカバーしようと迫って来た者が、曲剣を振り下ろして来る。私は、その曲剣が振り下ろされるより速く、敵の懐へと入り込み、掌底で相手の顎を打つ。
「ぐはっ!」
ドサッ…
顎を横方向へと強く打たれ、脳が揺れてしまった事で、相手は足に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまう。
「っ!!」
バキャッ!!
目の前で座り込んだ相手に対して、私は右足を顔面に向けて振り、思い切っり蹴り抜く。
首が真横へ九十度傾き、骨が鳴る。間違いなく致死的な怪我。
「このぉっ!」
ビュッ!
その後ろから槍で突いて来たもう一人の攻撃を避けつつ、槍を掴み取る。
「っ!!」
「死ねぇ!!」
ガキィィン!
更にもう一人が、槍を掴んだ私に向かって直剣を振り下ろして来たけれど、掴んだ槍を持ち上げ、槍の柄で刃を受け止める。槍使いがそれに抗おうとしているけれど、私の力に勝てず、思い通りに槍を動かせていない。
「っ?!」
更に、そこから槍を引き寄せると、槍使いの奴隷が私の方へ向かって引っ張られてしまい、ヨロヨロと近寄って来る。
ガッ!ザクッ!
「ぐ……ぁ……」
よろめいた相手の頭を掴み、上を向かせる事で、首筋が剥き出しになり、そこへシャドウクロウを突き刺し、トドメを刺す。
残るは、最初に顎を蹴り上げた直剣使いと、槍の柄で攻撃を受け止めた直剣使いの二人だけ。
しかし、そろそろバリスタの攻撃が来てもおかしくはない。いいえ。もう撃たれていてもおかしくはないタイミングなのに、バリスタの攻撃が来る気配は無い。
「フー……はっ!!」
念の為に仕込んでおいたものが上手く敵の策を打ち破ってくれた事を確信し、私は一度呼吸を整えてから、残った二人に対して走り込む。
「「っ!!」」
本来であれば、直ぐにでもバリスタの矢が飛んで来て、私達の事を貫くはずだと思っていた奴隷達。しかし、その一撃は放たれる事はなく、結局、私とピルテが八人を完全に沈黙させても尚、矢が飛んで来ることはなかった。
「ど…どうなっているんだ?!」
「援護はまだなのか?!」
シンヤさん達が相手をしている連中も、様子がおかしい事に気が付いて、ザワつき出した。
実は、シンヤさんが世界樹の根という木魔法で壁を割ろうとして、その魔法陣を描く時間を稼ぐ為に、私とピルテが動いた時、あるものを壁の内側へと投げ入れていた。
それは、この戦闘が始まる前に準備しておいたブラッドバット。
自分の服の内側に忍ばせておいて、腕を壁の奥に突っ込み、袖から壁の奥にブラッドバットを送り込んでいたのである。
ブラッドバットは、基本的に弱く、簡単に落とされてしまうくらいの戦闘力しかない為、下手に使用すると、直ぐに掻き消されてしまうから、壁の奥側で攻撃が来ないと思っていた連中に対してはかなり有効に働いてくれた。
そして、私とピルテが投げ入れていたものは、ブラッドバットだけではない。ブラッドバットは、あくまでも、バリスタの射手を襲う為のものであって、今回、バリスタの矢が飛んで来ない事には、何も関わっていない。そもそも、既に全てのブラッドバットが落とされている。
では、何が作用して、バリスタの矢が飛んで来ていないのか。それは、後ろでシンヤさんとニルちゃんに守られているスラタンを見れば分かる。
淡く光っているスラタンの右手の甲。それは、ピュアスライムを通して、スライムを操っている証拠。
そう。私とピルテは、ブラッドバットを送り込むのと同時に、スライムを壁の奥に何体か投げ込んでいたのである。
私とピルテが壁の奥にスライムを投げ込んだ後、直ぐにスラタンにスライムを操ってもらっていたのである。
操られたスライムは、ブラッドバットによって混乱する敵兵の中をスルスルと抜けて動いて、バリスタへと取り付き、バリスタの分解を始める。
金属の矢を撃ち出すバリスタは、当然だけれど金属製で、その多くの部分が普通のスライムでは溶かせない材質であるけれど、全ての部分が金属製というわけではない。弦の部分や、その他にも木製の部分があったりと、柔軟性を求められる部分には、金属以外の物が使われている。そして、そういう部品こそ、バリスタの中では重要な部品だったりして、破損すると矢を撃ち出す事自体が出来なくなってしまうという物となっている。
バリスタは、ニルちゃんの作り出すアイスパヴィースさえも破壊してしまう程の威力を持っていて、魔法を使えない状況では、私やピルテにはどうする事も出来ない武器である事は、マイナより自分達の方がよく分かっている。
それなのに、そんな危険な武器が残っていると知っていながら、何も対策しないなんて事は有り得ない。
シンヤさん達には知らせる余裕が無かったけれど、スラタンには伝えてあるし、直ぐに伝わるはず。何故矢が飛んで来ていないのか、それを考えても何かが起きている事は分かるだろうし、直ぐにシンヤさん達も動いてくれるはず。
目の前に居た八人を処理し終え、私とピルテは出来上がった石壁の目の前にまで到達する。
「何やってやがる!早く放て!」
「で、出来ません!バリスタが破壊されています!」
壁の奥からは、使おうとしていたバリスタが壊れていて、使用出来なくなっている事に対して、かなり混乱している様子が伝わって来る。
「何やってるのよ!」
「も、申し訳ございません!」
「チッ!もう良いから魔法を放ちなさい!今直ぐに!」
単純な魔法でも、それなりに効果は期待出来るし、マイナの素早い判断は流石と言うべきなのかもしれないけれど、私とピルテの位置的に、それすらさせない程の近距離である為、マイナの策は完全に潰れたと言っても良い。
これだけ混雑した状況下で、敢えてバリスタを使うという選択肢を選んだのは、かなり突飛な策でビックリはしたけれど、もしもの時の為にと打っていた手が上手くハマってくれて良かった。
私達が、ここに来るまで、数多くの戦闘を行っていて、手の内の殆どを晒してしまったけれど、同時に、相手の思考を読み取る機会も多かった。
マイナを含めたパペットの連中は、基本的に奴隷を肉壁くらいにしか思っておらず、仲間ごと相手を殺すという手を躊躇わずに使う傾向が有った。それを考慮すると、残っているバリスタの事が気掛かりで、対処しておくに越したことはないと思った少し前の自分を褒めてあげたい。
タタンッ!
私とピルテは、相手が次の行動に移るよりも早く、床を蹴って石壁の上へと駆け上がる。
壁の向こう側では、魔法陣を描いている奴隷が数人。それを守るように残りの奴隷が構えており、その最も後ろ、壁の際にマイナが立っている。
「スラたん!俺達も移動するぞ!」
「了解!」
壁の後ろ側では、シンヤさん達が敵を処理し続けてくれていて、既にかなり数が減っている。
敵はかなりガタガタの状態になっていて、マイナを守れる人数も、三十人を切る程しか居ない。仲間であるはずの奴隷達を囮に使ってしまった事で、マイナは自分の首を自分で絞めてしまったのである。
「ピルテ!行くわよ!」
「はい!!」
マイナとの戦闘も、ここが大詰め。
マイナの用意した策が、バリスタだけかどうかは分からないけれど、ここが攻めに転じる時のだという事だけは確か。戦闘には、勢いというのも大切だし、ここは一気に攻め込む。
タタンッ!
私とピルテは、石壁を蹴って、マイナと、それを守る為に集まっている連中の正面へと一気に迫る。
魔法を準備している数人を先に倒したいところだけれど、ここで焦ってはいけない。魔法を放つとしても、マイナが近くに居て、私達も目前に迫っているのだから、あまりに範囲が大きな魔法は使えないから、絶対に避けられないような魔法は使えない。避けられる類の魔法ならば、私とピルテで連携を取ってさえいれば、上手く対処出来るはず。
「二人で行くわよ!」
「はい!」
私とピルテには、ニルちゃんのような防御力も、シンヤさんのような攻撃力も、スラタンのようなスピードも無い。だから、攻撃を全て弾いて突っ込んだり、強引に攻め込んだりは出来ないけれど、私達には、私達にしか出来ない戦い方が有る。
「絶対に抜かれるな!」
「死んでも止めるんだ!」
相も変わらず、マイナの為に命懸けで壁を作る奴隷達。
精神干渉系の魔法が掛けられているとはいえ、ここまで献身的な人達が、マイナのような者に付き従っているなんて、本当に世の中は、何がどうなるのか分からないものである。
彼等の過去に何が有ったのか、マイナが彼等にした事の何が、そんなに恩義を感じさせたのかは分からない。でも、やはり……私には、その感情は酷く歪に見えてしまう。
奴隷と言えばニルちゃんだけれど……ニルちゃんのシンヤさんに対する恩義の感じ方も、やはりどこか歪な印象を受ける。
そもそも、奴隷の居ない魔族からすると、人間扱いされない奴隷という存在自体が異常なのだから、人間扱いされる事に恩義を感じるというのもまた、異常であると言わざるを得ない。それ故に、歪に感じるのだろうと思う。
でも、私の見る限り、ニルちゃんの、シンヤさんに対する感情は、多少歪ではあっても、それが信頼や信用の上に成り立っており、シンヤさんもまた、ニルちゃんに対して感謝していて、恩を感じているから、微笑ましく見える。そもそも、旅のパートナーとして共に居るのだから、互いに感謝し合っているのは、普通の事だと思う。どういう経緯でニルちゃんがシンヤさんの奴隷になったのかは分からないけれど、その後、二人は互いに支え合う事で進んで来たというのが、近くに居るとよく分かる。
だから、目の前に居る奴隷とマイナとの関係とは、大きく違う事もよく分かる。
マイナと奴隷達の関係性は、完全に一方通行で、言い方を考えなければ、奴隷達が勝手に恩義を感じていて、マイナはそれを利用しているようにしか見えないし、実際にその通りだと思う。だから、ニルちゃんとシンヤさんの関係より、ずっと歪に見える。
私は、それを見ていると、どうしようもなく気分が悪くなってしまう。
私は、自分のお腹の中に居たはずの子供を、殺してしまった。
流産と言えば、誰しもが同情して、私のせいではないと言ってくれるけれど、産んであげられなかったのは、母体である私のせいだ。
子供が自分から死ぬなんて事は有り得ないし、産んであげられなかった原因は、全て私に有る。
それを考えて落ち込み、動けなくなってしまう時期はとうの昔に過ぎたけれど、今でも、あの子の事を考えてしまうと、胸が締め付けられてしまう。
だから、ピルテをこの手で育てると決めた時から、私は母親として教えなければならない事を、毎日毎日、いついかなる時も考え続けてきた。
ピルテもまた、そんな私を見て、きっと沢山の事を考えたと思う。
自分ではない誰かとの関係というのは、そうして、互いに相手の事を考える事で、初めてそこに意味が生まれる。私は、ピルテとの関係で、それをいつも意識して来た。
もし、ピルテが、私に対して何も感じず、全く相手にされず、感情が全て一方通行だったとしたら…なんて考えたら、それだけで落ち込んでしまう自信が有る。
今、目の前で起きている事は、まさにそれと同じ事。
一方通行の感情が、憎悪であるならば、私は何も感じなかった。でも、奴隷達がマイナに抱いている感情は、間違いなく好意的な感情であり、それをゴミのように見ているマイナの言動は、どうしても許せない。
こんなの、私の勝手な思考だとは分かっているけれど、それでも気分が悪くなるのは避けられないのだから仕方無い。
出来ることならば、奴隷達を気絶させて、マイナだけを仕留めたいけれど、奴隷達がそれなりに強いせいで手を抜けないから、それすらも出来ない。
残念極まりない事ではあるけれど……私とピルテには、殺す以外に彼等を止める手段が無い。
「「「「うおおおおぉぉぉぉっ!」」」」
愚直に、私とピルテを仕留めようと武器を振る奴隷達。
「おぉぉっ!」
ブンッ!ビュッ!
「このっ!」
ビュッ!ビュッ!
しかし、その攻撃は、私とピルテを捉える事はなく、全てが空を斬るだけに終わる。
ここに居る奴隷達も、盗賊の兵士達も、ジャノヤの外で戦った兵士達より洗練された技を使い、素早い連携も取れる為、かなり強いと思う。
でも、私やピルテが仕留められない程に強い相手は、既にシンヤさんとニルちゃんによって仕留められてしまった為、彼等だけで私達を止めるのは、最早不可能となってしまった。
更に、今の私とピルテには、身体能力とシャドウクロウ以外にも、多くの戦い方が有る。
「視界を奪います!」
ボンボンボンッ!
その中の一つの方法を、ピルテが使う。
ピルテが周囲の床に投げ付けたのは、シンヤさんが作り出したカビ玉というアイテムの一つで、黒い煙が周囲に広がる煙玉。
他にも色々とアイテムは持たせてくれているけれど、殺傷力の高いアイテムは、ここまで敵と接近してしまうと使い難い。
それ故に、殺傷力の無い煙玉を使って、相手の視界を奪いつつ、私とピルテの姿を煙の中へと隠す。
敵の魔法使いは、私達の姿が見えていないのに魔法を放てば、仲間だけを殺してしまい、私とピルテは無傷…なんて事になるかもしれない為、そうならないように使用は極力避けるはず。
前衛陣は、私とピルテが煙に紛れてしまうどころか、自分の周りすら見えない状態になってしまうから、攻撃しようにも攻撃が出来ない状態になってしまう。
煙玉という一手だけで、遠近両方の敵から、この至近距離で身を隠す事が出来てしまったという事。
こうして、相手の視界を奪い、煙に紛れる戦い方というのは、私達吸血鬼族が得意とする戦法の一つである。
本来は、吸血鬼族以外には毒となるフェイントフォグを使って体を隠すのだけれど、フェイントフォグは吸血鬼魔法の一種であり、使用する為には魔法陣を描く時間が必要となる。
しかし、数の少ない私達には、そういう時間が取れるタイミングは少ない為、こういう時にパッと煙を発生させられる煙玉は本当に革命的なアイテムだと思う。
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