第560話 マイナ (6)

スラたんにも無理はさせられない為、俺とニルで、スラたんとハイネを守るような形で立ち、敵兵との交戦を開始する。


「ピルテ!マイナの相手は出来るのか?!」


「はぁ…はぁ……はい!!」


「私も…参戦するわよ…」


「ハイネさん?!」


「止めても私は引き下がらないわよ。あのマイナという女相手に、ピルテだけでは荷が重いはずよ。」


「俺かニルが…いや…無理か。」


ハイネとピルテに後ろを任せて、俺とニルがマイナと戦うという選択肢も有るには有るが……それは上策ではない。


ハイネとピルテは、どう見ても疲弊ひへいしており、これ以上多人数を相手にしていると、直ぐに限界を迎えてしまう。恐らく、このままの状態が続くとなれば、もって数分というところだろう。

マイナの相手も、簡単な事ではないと思うが、体力を消耗するのは大人数を連続的に処理し続けるという露払い役だろう。

ここで俺とニルがマイナの相手をするとなると、その露払い役は、当然ピルテ、ハイネ、スラたんに回って来る。体力も無くなりつつある三人に、敵兵達を抑えておけと言うのは酷な話だろう。そうなると、比較的体力の消耗が少ないであろう、マイナの相手をしてもらうというのが理想的だ。

一応、護衛役の敵兵達も居るし、マイナには、まだどこか余裕が有るように見える。勝てる見込みが無いとなれば、流石にそんな顔は出来ないだろうし、何か策が有るはず。そして、マイナ自身の強さも未知数だとすると、ハイネ達に任せて大丈夫だろうかと思ってしまうが…吸血鬼族の階級というのは、それでも勝てると言い切れる程に絶対的なものらしいし、吸血鬼族の事は吸血鬼族に任せる方が良いだろう。

俺もニルも、ハイネとピルテには、吸血鬼族の事をあれやこれやと聞いてはいるものの、全てが分かったわけではないし、細かい部分では知らない事もまだまだ多い。魔界の外には混血種の者達が居る可能性が有る事や、薄血種以上の者達は一括で管理されているという話も、先程知ったばかり。

戦闘においても、細かな情報が欠如している俺やニルより、熟知しているハイネやピルテが当たった方が良いのは間違いない。ハイネの傷は気になるところだが…


「ハイネ。本当に大丈夫か?」


「シンヤ君?!」


スラたんの気持ちも分かる。俺達に余裕が有るならば、敢えて怪我人であるハイネに任せるなんて手段は取らない。

しかし、余裕が無い今、任せてくれと言うのならば、任せるべきだ。


「ええ!大丈夫よ!あの女の事は、私達に任せて!」


スラたんは、何とも言えない顔をしている。任せたくはないが、俺達の判断に否を唱えたとしても、代案を用意出来ないという事を理解し、悔しそうな、痛そうな…表現の難しい表情でハイネを見ている。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。勝てると思っていなければ、こんな事言わないわ。」


そんなスラたんの表情を見たハイネは、簡単な事のように、軽い口調でスラたんに大丈夫だと伝える。


実際、ハイネとピルテに、決死の覚悟で挑むという空気感は無く、ただ単純に自分達ならばマイナを効率的に排除出来るという自信が有るように見えたし、そこには強がりや傲慢、油断等は感じなかった。

ハイネもピルテも、元々は吸血鬼族の部隊を率いていた部隊長。本当に出来るのか、出来ないのかという話をするのは失礼とも言えるだろう。ハイネ達が出来ると言ったのならば、出来るはずだ。


「分かった!こっちは任せてハイネはマイナの事を頼む!」


俺とニルは、周囲から詰め寄って来る連中を蹴散らしながら、ハイネとピルテの背中を守り続ける。


二人だけで全周囲をカバーするのは難しいだろうが、出来る限りハイネとピルテには敵を近付けさせない。それが俺とニルがしなければならない事である。


ニルも体力切れが近付いて来ている。一番体力が残っているのは俺だし、ここは俺が気張るべき場面だろう。


「はぁぁっ!」


敵の数はまだまだ残っているが、その全てを屠るつもりで、刀を振り上げる。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「分かった!こっちは任せてハイネはマイナの事を頼む!」


シンヤさんが私に向かって、マイナという女の事を任せたと叫び、敵兵達を抑える為、武器を構える。


スラタンは、私の怪我の事を心配しているみたいだけれど、そんな事を言っていられる状況ではない事くらい、スラタンも分かっているはず。

ピルテは、私とスラタンに近寄ろうとしている敵兵を屠りつつ、私の参戦に対して、何か言おうとはしなかった。

ピルテ自身も、今の自分の状態で、マイナを相手に圧勝出来るという自信が無いのだと思う。体力は、もう本当に残り僅か。今、寝ても良いと言われたならば、その場に倒れ込んで三日くらいは寝通せそうなくらい疲れている。

このまま、私とピルテで、大人数を相手に立ち回り続けていても、多分、直ぐに疲れがピークに達して動けなくなってしまうと思う。私とピルテでは、その役目をこなし切れない。ならばせめて、マイナを相手にするべき。


マイナという女を見て、直ぐに私は彼女が吸血鬼族の血を受け継いだ者だという事に気が付いた。と言うより…同じ吸血鬼族なのだから、分かって当然なのだけれど、シンヤさんに吸血鬼族かどうかを聞かれたという事は、シンヤさん達には分からないらしい。

瞳の色を見れば誰にでも分かると思うのだけれど…その色の違いが分からないのかもしれない。

普通の赤い瞳というのは、透き通った赤色をしているのだけれど、吸血鬼族の瞳は少しだけ黒が混じったような色をしている。赤黒い…血のような色と言えば分かり易いかもしれない。とは言っても、ほんの僅かに黒が混じっているだけだし、もしかしたら、私達吸血鬼族の視力が有るからこそ見分けがつくだけの話なのかもしれない。人の街に出てきて、私達が人族以外に見られた事は一度も無いし、人には識別出来ないかもしれない。

まあ…それは別に良いとして、問題は、このマイナという女がどれくらいの強さなのかである。


私達吸血鬼族というのは、アリス様の血の濃さで、その強さが決まって来る。血の濃度が同じような者達間では、戦闘技術やその他の努力によって、強さが上下するけれど、基本的には、血の濃度は、そのままその者の強さに直結している。

要するに、マイナの血の濃度が、私達よりも薄いならば、マイナは私達には勝てないということになる。濃度の差にもよりはするけれど、濃度に圧倒的な差が有るならば、マイナが私達に戦闘で勝つ事は出来ないのである。

ただ、それはあくまでも直接戦闘能力、つまり、私達とマイナが真正面から正々堂々と勝負をした時の話であり、例えば、マイナ自身は戦わず、トラップやら何やら色々なものを使って攻撃して来る場合は別である。

魔族に吸収されてから、吸血鬼族もその精神を受け継いで来たし、元々戦闘に特化した肉体を持っている事から、吸血鬼族というのは強さを決める時、真正面から正々堂々と…というのが常識となっている。小細工をしたり、あれやこれやと卑怯な手を使う事は、直接戦う勇気の無い臆病者である証とされ、とてつもない迫害はくがいを受ける事になる。そして、そんな事をした者は、私の記憶には一人も居ない。


ただ、力の無い混血種だけは別である。

人族に近いような者達は、私達薄血種以上の存在のような力を持たない。それ故に、武器も使うし色々な手を使って相手を打ち負かそうとする。それしか戦う方法が無いのだし、彼等にとってはそれこそが自衛の手段である為、仕方の無い事だと思う。

それは、どう足掻いても変わらない事だし、それを知っているからこそ、薄血種以上の者達は、混血種の事を弱い存在だと見ていながらも、その戦い方を非難したり、混血種だからと迫害するような事は無い。中には、劣等種という見方をする者達も居るには居るのだけれど…まあ、その辺は結構繊細な問題だったりするという事である。


しかしながら、今回の場合、私達魔界に住む吸血鬼族の常識は通用しない。


マイナが吸血鬼族である事は間違いないのだけれど、彼女は魔界の外で生まれ育った吸血鬼族である為、戦い方は人族のそれに酷似しているはず。

つまり、あの手この手を使ってでも、相手に勝てば良いという考え方という事である。


実際、戦闘というのは、言い方を変えてしまえばただの殺し合いであり、生き残った者が勝者であると考えるならば、魔界外の考え方が最も効率的である事は明白だ。

寧ろ、私達吸血鬼族が真正面から正々堂々…なんて考えている方が馬鹿だと言われてしまうと思う。

だとしても、吸血鬼族であるという誇りを守る為に、この考え方が潰える事は無いと思うけれど、今この時、この戦場においては、その考え方は危険となる。


私とピルテの元々の目的は、魔王様と魔王妃様の救出であり、ここで死ぬわけにはいかない。例え後に卑怯者、臆病者と罵られようとも、意地汚く生き残る事こそ、今の私達には必要な事なのである。

故に、マイナが何としてでも生き残ろうとする戦い方をするならば、私達も、それを上回ってマイナを倒さなければならない。

純血種のような圧倒的な力が有るならば、それ程難しい戦闘ではないかもしれないけれど、私達は薄血種であり、そこまでの力が無い。力で全てを捩じ伏せるような事が出来ないならば、私達も巧妙に対処するしかない。


そういう意味で言うならば、私達と共に戦っている、シンヤさんやニルちゃんというのは、非常に良いお手本となる人達である。

使えるものは何でも使うし、それが相手の嫌がる事ならば、躊躇わない。あまりにも非人道的な事はあまりしないけれど、それがどうしても必要な事ならば、多分、シンヤさんやニルちゃんは、苦渋の決断として、それを行うと思う。死ぬよりはマシという事である。

私もピルテも、そうしてシンヤさんやニルちゃんの戦いを見てきて、色々と学んだ事が多いし、助けられた事も数知れない。ピルテなんて、今ではあらゆる手段を攻撃の一つとして考えて、それを駆使して戦っている。魔界を出た時に比べれば、ピルテは誰より大きく変わったと言える。


マイナは、そういう、姑息な手を考えるという意味で言うならば、盗賊の頭であるのだし、その手のプロフェッショナルと言えるし、一日の長が有るけれど、私達も経験値で言えば負けてはいないはず。

絶対に勝てる…とは言い切れないけれど、私とピルテには、負ける気なんて無いし、勝てると思って引き受けたのだから、勝たなければならない。


「へぇ………てっきり、あっちの男が私の相手をすると思っていたけれど…」


マイナは、私とピルテが近付いて来るのを見て、目を細めながら言う。


「貴方のような雑魚、私達だけで十分です。」


「…言ってくれるじゃない。」


ピルテの言葉に対して、マイナは眉をピクリと微かに動かす。


「こんなに沢山の奴隷達を洗脳して……やっている事が全て卑劣です。そんな相手に負けるはずがありませんから。」


私達魔族には、奴隷という制度が存在しない。

それ故に、奴隷達の生活や状態を見ていると、酷くたまれない気持ちになる。それが不愉快だと言いたいピルテの気持ちはよく分かる。私だって同じ気持ちで奴隷達を見ていたし…それに、スラタンがそれを痛そうな表情で見ていたのが大きいと思う。


スラタンは、優しい人で、誰でも助けたいと思ってしまうような…言ってしまうならばお人好し。それも、この世界では珍しいどころか、初めて見る程の究極のお人好し。


正直な話、そんな人は、この世界で生きて行くのは凄く大変だし、色々な体験をすれば、必ず考えが変わってしまうだろうと思っていた。


それ程、この世界は無情で、戦いの絶えない場所だから。でも、スラタンは違った。


誰かを守る為に、誰かを傷付ける事もしなければならない。

そういう状況を何度も経験した後も、無条件で全ての人を助けようとする根底は変わらず、スラタンの根底に有るは、一度も揺るがなかった。


色々と経験した時、迷ったり、傷付いたり、落ち込んだり…色々としたけれど、出来る限りの人達を助けたいという考え自体は、一度もブレなかった。

これは、シンヤさんやニルちゃんの考え方とも、少し違う。優しさという根底が有るという点では同じもののように見えるけれど、シンヤさんのそれは、もっと……鋭いと言えば良いのか……時に、無慈悲なまでにキッパリと分けてしまうところがある。

基本的に、シンヤさんも、助けられる人は助けたいと思っているし、実際にそれで私やピルテは救われた。

でも、シンヤさんが、助けたいと思う対象ではない。寧ろ排除するべき相手だ。そう決めた時、シンヤさんは真逆の存在になる。言うなれば、天使から悪魔になるようなもの。


シンヤさんが敵だと判断した場合、そこには微塵も優しさなど無く、躊躇も無く、ただ敵を斬るという事だけ考えられた一撃を与える。

それが悪いと言っているわけではない。それで救われる人達は確実に居て、そうしなければならないからそうしていると分かっている。ただ、スラタンとは優しさの種類が違うという事。

スラタンは、誰も彼も全てを助けられるならば助けたいと思っているのに対して、シンヤさんは特定の人達を助けたいと思っている…という感じだと思う。


どちらの考えも、結局は誰かの為であり、そこには優しさから来るものを感じる。でも、シンヤさんの優しさは、この世界では珍しいものではない。

特定の者達を守りたい、助けたいと思うのは、例えば家族や恋人、友人に対して思うものと同じだし、ある意味普通とも言える。


でも、スラタンの優しさは……ある意味異常だと思う。誰に対しても、救いの手を差し出そうとするスラタンは……とても危うい存在に見える。

優しいのは本当に素晴らしいと思う。でも、今回の相手のように、その優しさを利用する者達は必ず居る。そういう者達は、他人の物を奪う事に躊躇も無ければ後悔も無い。そういう者達に対して、スラタンはあまりにも無防備に見えた。

だから、最初はただ単に、心配から来る親心のようなものだった。

少しずつそれが育ち、ピルテもスラタンの事を放置しておけなくて……結局、私はいつの間にか、スラタンを息子のように思っていた。


そのスラタンが、奴隷達のことを見て、心を痛め続けるのを見て、私やピルテが怒らないはずがない。


そして、そんな相手に負ける事など、誰が許したとしても、私自身が許せない。絶対にマイナにだけは負けられないのである。


「洗脳なんて…酷い事を言うわね。私は別に何もしていないわよ。何かした証拠でも有るのかしら?」


手に持っている真っ赤な扇で口元を隠しながら、それでも分かる程の醜悪な笑みを浮かべるマイナ。


「何かをしたかどうかではなく、彼等がどうなったかの話をしているのですが……貴方に何を言ったところで、伝わるはずがありませんね。」


「相容れない存在だって事は、最初から分かっている事でしょ?今更何を言っているのかしら?」


マイナという女がどういう女なのか…

そういう情報については、私が見た記憶の中には、何も無かった。ただ、この女が、奴隷達の上に立っており、周囲の者達に指示を出しているのを見たから、この女がパペットという盗賊団を率いる頭だと分かっただけ。だから、この女が普段どんな事をしていて、どんな性格なのかは、分からなかった。


でも、ここで話をしてみた事で、大体どんな女なのか、それが何となく分かった。


自分を信じている奴隷達を、まるで物のように扱い、他人を信じていない。そういう女。

自分の護衛として付けていたのは、全て奴隷。パペットの構成員である盗賊達も、この場には何人か居るというのに、まるで信頼していないらしく、近くにさえ居ない。首枷をして、言う事を何でも聞き、反抗は絶対にしないという確信の有る奴隷。そういう者達しか近くに置かないという事は、それ以外の者達の事を、まるで信用していないという事になる。

それは、言ってしまえば、奴隷を信じているというより、奴隷が着けられている首枷を信じているという事であり、人はまるで信用していないという事。


恐らく、このマイナという女は、この世界に信頼出来る相手が、ただの一人も居ない存在なのだと思う。

そんな悲しい生き物になってしまった理由が、恐らく何か有るのだとは思うし、もしかしたら、そこには吸血鬼族であるという事も関係しているのかもしれない。でも、それは私には関係の無い話だし、ハッキリ言ってしまうとどうでも良い。


問題は…こういう人間は、本当に恐ろしいという事である。

まるで人を信用していないが故に、何をするのか分からないし、何をしてもまるで何も感じない。だから、どんな事でも出来てしまう。それこそ、私達が考え付かないような非道で非情な事だって、無感情に出来てしまうのである。

そして、この状況下でも、マイナが焦りを見せていないのは、恐らく、何か策が用意されているからだと思う。恐らく、その策というのは、私達が想像していないような…嫌な意味で驚く策…なのではないかと思う。ここまでの事を考えてみると、正直何が起きてもおかしくは無い。十二分に気を付けていても、注意が足りないはず。

そう考えて、私とピルテは、息を整えながら、ゆっくり、じっくりと相手の出方を探っていく。


「そうね。相容れない存在である事は否定しないわ。でも、命は惜しいでしょう?それなら、何故撤退しないのかしら?」

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