第558話 マイナ (4)

「また四対一か………」


折角二人を屠ったというのに、二人も追加されるとは…


しかもだ…マイナの護衛として残り続けていた二人は、見るからに強そうな二人だ。

二人共人族で、中肉中背、大剣使いと曲剣使いの男だ。


四人居た連中を、上手く倒して、無傷のまま切り抜けた俺だが、予想が上手くハマった事や、上手く戦況をコントロール出来ただけの話であり、単純に正面衝突していたならば、袋叩きにされて終わっていたはずだ。同じ事をもう一度やれと言われて出来るかどうか…出来るかどうかと言っても、結局はやるしかないのだが…


まあ、ハイネ達がマイナを狙えるように、護衛全てを引き剥がす事に成功したのだから、それを喜ぶべきだろう。


しかし、護衛がマイナから離れるのを躊躇わないというのは、おかしな話だ。

普通は、護衛は護衛対象から簡単に離れたりはしない。今回の場合、その護衛対象が二人に行けと合図を出したというのも有るだろうが、その指示自体も、普通はしないだろう。

二人が離れてしまえば、自分を守る者が居なくなるのだし、危険度は一気に増す。それが分かっていて指示を出したという事は、護衛が離れても、殺されない自信が有るという事になる。

ハイネとピルテによって、周囲の雑兵はバタバタと倒されているし、一応、マイナを守るように他の奴隷が壁となるように出てきたものの、元々護衛として傍に居た連中と比較すると、頼りない者達に見える。


という事は……マイナ自身が、護衛を必要としない程に強いという事だろうか…?正直なところ、マイナの実力については何も分かっていない。吸血鬼族である事は間違いないみたいだし、魔界外に居るとなると、ハイネの話からするに混血種に違いない。

混血種であるならば、薄血種であるハイネやピルテには到底敵わないという事になるのだが……

いや、マイナの事を考えるのはハイネ達に任せよう。俺は、俺の事で手一杯だ。


マイナの護衛をしていた二人の正確な実力は分からないし、攻撃を仕掛けるならば、先に出てきた二人だ。


護衛から離れた二人が合流する前に、一人でも削り取れれば儲けだ。


俺はそう考えて、護衛に付いていた二人がこちらへ来る前に、地面を蹴る。


タンッ!


「「っ!!」」


俺が動き出したのを見て、直剣使いの男が正面に向き直る。


しかし、俺が走り込むのは、細剣使いの方だ。


「このっ!」


ギィィン!


流石に三度目ともなると、俺の踏み込みもある程度受けられるようになったらしく、細剣使いの男は俺の斬り下ろしの攻撃を細剣でいなす。


「せっかちな野郎だな!」


直ぐに直剣使いの男が細剣使いの援護に入り、俺の側面から迫って来る。


「はっ!!」


「っ!!」

ガギッ!ザシュッ!


側面から援護に来た直剣使いに対して、即座に反応し、水平に胸部辺りに向けて振った桜咲刀。直剣使いの男は、垂直にした直剣で俺の攻撃を受けたが、パワー負けして左腕を浅く斬られる。

彼の実力ならば、本来回避も出来るような状況のはずなのだが、予想より俺の反応が早く、対処出来なかったらしい。

理由は簡単で、そもそも、俺が細剣使いを攻撃したのは、直剣使いの男を引っ張り出す為であり、本当の狙いが直剣使いだったからだ。

ここまで、三度に渡って細剣使いを狙った事で、直剣使いの男は、また細剣使い狙いかと思ったはずだ。それ故に、少し援護が単調になってしまった。そこを狙う事で、直剣使いの男に怪我を負わせられたのだ。怪我と言っても、傷は浅く、そこまで行動を制限出来るようなものではないが、多少なりとも動きを鈍らせる事は出来る。この浅い傷で生死が分かれる程に今は厳しい状況である為、一先ずはこれで良しとするべきだろう。

護衛の二人も、急いでこちらへと向かって来ている。無理に直剣使いの男を仕留めようとすると、残りの三人に囲まれて一気に攻撃を受けてしまう。

直剣使いの男を、このまま攻め続ければ、間違いなく仕留められるだろうが…ここは冷静に、一旦距離を取るべきだろう。

綱渡りの戦闘だからこそ、客観的に状況を見て、出来る限り安全に事を進めるべきだ。こんな所で焦って、それが原因で怪我でもしたら、この先の戦いがより一層辛くなってしまう。百層も有ったダンジョンをクリアした時と変わらない。ソロプレイでダンジョンを踏破する時と変わらない。冷静に、しかし着実に事を進める。長く辛い戦闘が続く時だからこそ、より一層冷静に考える事が要求される。


「くっ……」


直剣使いの男とは距離を取り、他の三人が距離を詰められない位置まで下がると、相手は足を止める。

突出して来る事はなく、既に臨戦態勢だ。

二人追加されて。振り出しに戻ったか、それよりも悪い状況になったかとも思ったが、直剣使いの男に手傷を負わせられた事で、ほんの少し状況が良くなった。


「クソッ!!」


逆に直剣使いの男は、苛立ちを表に出している。

ここで手傷を負わされた事で、完全な有利から少し遠のいた事を理解しているからだろう。


「焦るな。きっちり攻めれば良い。」


後ろから来た大剣使いの男が、直剣使いの苛立ちに対して、冷静な声で語り掛ける。


「…分かってる。」


大剣使いの言葉に対して、直剣使いは冷静に戻って返答する。

戦況を冷静に見られる奴が一人でも面倒なのに、もう一人増えるとなると、かなり面倒だ。

曲剣使いの男は、細剣使いの横に立ち、もう一度攻めて来るならば、俺達二人が相手だと目で言っている。


先程までは、扇形に広がって、俺の攻撃を誘うような陣形だったが、今はツーマンセルの状態。

正直、ツーマンセルの状態になると、俺としてはかなり辛い。どちらを攻撃しても、必ず二人を相手にしなくてはならないし、先程までよりもずっと警戒心が強い。斬り込むのも容易ではないはずだ。


「「おおおぉぉぉっ!」」


さてどうするべきか…と考えようとしていたが、そのタイミングで、細剣使いと曲剣使いの二人が、同時に襲い掛かってくる。


「っ?!」


ギィィン!カンッ!


曲剣使いの横薙ぎの攻撃を刀で弾き、そのまま流れを途切れさせないように刀を振り、細剣使いの突き攻撃を逸らす。

俺が唐突に攻撃したのを見て、それを真似るように攻撃して来たらしい。先程までの消極的な戦闘スタイルではなく、主導権を握る為に、一気に畳み掛けるつもりのようだ。


「はっ!」


ガンッ!

「ぐっ!」


「はぁっ!」


ギャリッ!

「っ!!」


二回目の攻撃が来る前に、俺は左足で曲剣使いの腹を蹴り付けて、細剣使いには刀を右斜め上から左下へと振り下ろす。

曲剣使いの男は、金属製の胴を身に付けている為、俺の攻撃は通らず、後ろへと軽く吹き飛ばす程度の攻撃しか出来なかった。

細剣使いの男に対しては、刀を振り下ろす事で何とか対処したものの、こちらも攻撃にしっかりと反応、対処されてしまい、攻撃を受け流されてしまう。

二人を同時に相手するとなると、どうしても一人に集中する時間が短くなり、有効と言える一撃を繰り出すことが出来ない為、攻撃を受け流されてしまう事が多くなる。仕方の無い事なのだが…このままツーマンセルで行動されてしまうと、防戦一方になってしまう。


しかもだ、曲剣使いの男と斬り結んだが、実力は直剣使いや細剣使いと同格かそれ以上。一対一では負けない自信が有るのだが、細剣使いと同時となると、圧倒は難しい。

その上、相手はこの二人だけではない。


「オラァッ!」

「おぉぉぉっ!」


「くっ!」

ブンッ!ギィィン!


細剣使いと曲剣使いが体勢を崩したタイミングで、直剣使いと大剣使いの二人が、攻撃を仕掛けてくる。


俺は即座にその二人に対処しなくてはならず、大剣使いの攻撃を躱しながら、直剣使いの攻撃を弾く。


下手に攻撃を仕掛けて来るのではなく、反撃され難い攻撃タイミングを重視している四人。お陰で、俺の予想通り防戦一方という状況になりつつある。


「これでも仕留め切れないか!」


「まだだ!押せ!主導権を握らせるな!」


強引とも言える程の強気な攻め。しかし、俺一人に対して攻撃を仕掛ける場合、これが最も有効な手段である。

人数の差は、そのまま手数の多さに繋がり、俺に攻撃する暇を与えない。その上、ツーマンセルでの行動を徹底している為、反撃するタイミングが有ったとしても、簡単には手を出せない。

こうなると、一人で戦う俺にはかなり辛い状況だ。まるで、複数のパーティで攻められているレイドのボスモンスターのような気分だ。


しかし、そんな状況を打開する一手が、俺と四人の戦闘奴隷の間に入る。


「オラァッ!!」


大剣使いの男が俺に対して大振り、横薙ぎの攻撃を仕掛けてくる。大振りとなると、攻撃の後に大きな隙が出来る。そこを狙うべきかと考えて、大剣使いの攻撃をなるべく引き付けて躱そうとしていると…


ギィィン!!

「っ!!」


俺と四人の間に現れたのは、ニル。

大剣使いの攻撃を、盾の曲線を使って上へと流し、大剣の抜ける方向をコントロールしている。


「やぁっ!!」


「っ!!」


「させるか!」

ビュッ!


大きく跳ね上がった大剣を見て、ニルが大剣使いの懐へと入り込もうとするが、そこにすかさず直剣使いの援護が入る。


ギンッ!


ニルの攻撃は残念ながら決まらなかったが、ここで相手が全員下がり、一旦仕切り直しとなる。


相手の攻防に集中しており、ニルの方を見ていられなかったが、どうやら戦斧使いとの攻防は終わったらしい。


視線を横に向けると、全身を傷だらけにして、床の上に倒れて動かなくなっている戦斧使い。見た限り、ニルの防御力を上回る事が出来ず、少しずつ傷を負わされてしまい、怪我が限界に達し、動きが鈍くなったところをブスッとやられたらしい。

流石はニルというところだろうか。任せてくれと言ったのだから、大丈夫だろうと信じていたが、堅実な立ち回りで、周囲の敵兵すら寄せ付けず決着となったようだ。

残念ながら、ニルの体にもいくつか傷が残っていて、少し肩を上下させるくらいに消耗しているみたいだが、ここでこちらの手数が増えたのはかなり大きい。


「殺られたのかよ…」


俺とニルから目を離す事無く、直剣使いの男が呟きながら口角を少し上げる。


嘲笑や強気の笑みではなく、苦笑いだ。


戦斧使いの男の動きは、殆ど見ていなかったが、直剣使いの男が負けるとは思っていなかったくらいには強かった。少なくとも、ニルのような女性奴隷で、小盾を使うような相手に負けるとは思えないような実力だったはずだ。

しかし、ニルはそこらの盾兵とは比べるまでもない程の実力を持っている。


戦闘において、ニルのようなスタイルで防御力の高いタンカー役というのは、あまり目立たない事が多い。特に、俺やスラたんのような、特に目に付くような強さを持ったアタッカーが居る場合は、余計にその功績が霞んでしまう。

しかし、俺やスラたんのようなアタッカーが、思い切って特攻出来るのは、ニルの後ろまで下がる事さえ出来れば、必ず防御してくれるという信頼が有るからであり、全ての攻撃の支柱となっている存在なのだ。

まさに縁の下の力持ちというイメージだろう。


直剣使いの男が、タンカー役こそ気にするべきだという考えを持っているのかは分からないが、ここまでのやり取りで馬鹿ではない事が分かっているし、ニルに対して高い評価をしていたとは思う。しかしそれは、直剣使いの男が、ニルの動きに関する情報を直接見るのではなく、他人から聞いていただけで判断し、対応する相手を決めていたに過ぎない。

ここに来るまでに、アイスパヴィースという新たな強味を手に入れたニルの防御力は、飛躍的に上がった。しかし、そのアイスパヴィースの存在が非常に大きく、相手の目には、それをどうにか出来てしまえば、戦斧使いで十分に対処出来ると考えたことだろう。

ここに来てからも、雑兵とのやり取りは何度も行っていたが、真の実力となると、雑兵如きには引き出す事さえ出来なかった。こうして色々な事が重なって、ニルの実力を見誤ってしまったのだ。戦斧使いだけでは足りないと、気付く事が出来なかったのだ。


「チッ……」


大剣使いの男も、ここに来て俺がニルと合流出来るとは思っていなかったらしく、嫌そうな表情を浮かべながら、舌打ちをする。


「助かった。大丈夫か?」


「はい。こちらは片付きました。遅くなって申し訳ございません。」


俺の前に盾を構えて立っているニルは、俺の言葉に対して振り返らずに答える。


「いや。最高のタイミングだ。本当に助かったよ。」


頭を撫でてやりたい気分だが、今は戦闘中だし、全て終わったら思う存分擽ったそうな顔をさせてやるとしよう。いや、何か欲しい物でも買ってあげるのが良いだろうか…こういう時、相手の本当に喜ぶものが分からないのは、三十歳、独身だった生活の弊害だな…


「なかなか厄介な相手ですね。」


大剣使いの一撃を一度受け、直剣使いの援護に攻撃を弾かれただけで、ニルが気合いを入れ直しているのを後ろで感じる。


戦斧使いの実力もかなりのものだったみたいだし、警戒しているのは当然のことだが、最初の一合で、相手の力量を正確に認識してしまうニルの洞察力はかなりのものだ。


「相手はツーマンセルで動いている。二人同時に来るぞ。」


「分かりました。こちらもツーマンセルで動きますか?」


「ああ。相手が手を変えるかもしれないが、その時はその時で動いてくれ。」


「はい。」


ニルが参戦してくれた事で、相手の男達は、ツーマンセルで動いても頭数が同数になってしまい、数の有利が消えてしまう。そうなってしまうと、ツーマンセルで動くメリットが大幅に減ってしまう為、直ぐに作戦を変更して来るのではないかとも考えられる。


しかし、数の有利を活かす為と考えるならば、残るは全員で一丸となって突っ込んで来るしかなくなってしまう。そうなると、多角的に攻め込むという利点を捨てる事になるし、かと言って、下手にバラバラに分けてしまうと、先程のように一人ずつ落とされてしまうだけ。そうなると、ツーマンセルか全員で攻めるか、つまり、数の有利を取るか、二方向という多角的な攻めが出来る作戦を取るか…どちらかだろう。


周囲の連中を巻き込んで多角的に攻めて来るという可能性も有るが、混戦になってしまうと、四人の動きが制限されてしまい、思うように動けなくなる。

それでも、本来ならば数の有利を活かして戦う事を優先させるだろう。しかし、ここに居る俺達五人は、既にハンターズララバイ全体の半数を削り取った者達だ。雑兵を何人か入れたところで、あまり戦況は変わらない。最悪、動きが制限されてしまうという自分達にとってのデメリットばかりが目立ってしまい、メリットが一切機能しないということも有り得る。

それが分かっているからこそ、直剣使いの男は周囲の雑兵達には攻撃しろと命令しないのだろう。

とはいえ、一気に状況がガラリと変わったのだから、雑兵達をフルで使って来る可能性も十分に高い。そうなった時に、即座に対応出来るよう、しっかりと注意を周囲にまで広げておく。

ニルが来るとそれだけで一気にやれる事が増える。本当に助かった。


気を周りに向けられる程度の余裕が出来た事で、ハイネとピルテの動きに目を向ける事が出来たが……どうやら、そろそろマイナへの攻撃を仕掛けようとしているらしい。

恐らくだが…俺が一人削るのを待っているのだ。


もし、ここでハイネとピルテがマイナを攻撃したとして、マイナが一瞬で死に至ったりしない限りは、出てきた二人が即座に引き返す可能性は高い。

そもそも、マイナを守る為の人員だし、そちらを優先させるのが道理だ。


「ニル。」


「はい。」


「…取り敢えず、一人を落とすぞ。出来る限り早くだ。」


「…分かりました。誰を狙いますか?」


「直剣使いだ。」


ニルが実力を見られたのは、大剣使いの男と、直剣使いの男だけで、細剣使いと曲剣使いとは刃を交えていない。こういう時は、ニルが一合だとしても刃を合わせた事が有る方を選ぶべきだ。そして、怪我を負った事で、若干ながら動きが鈍った直剣使いは、間違いなく狙い目であるはず。

相手に聞こえないように、小さな声でそこまで話をすると、ニルはグッと盾を持つ手に力を込める。


「分かりました。」


俺とニルの相談が終わり、俺達は直ぐに動き出す。


いくら相手は手傷を負っている状態とは言っても、軽傷だしまだまだ油断は出来ない。


一先ずは、一人を落とす。これだけを考える。


「「…………………」」


「「「「……………………」」」」


数の有利が薄れ、警戒を更に強めた四人は、俺とニルを見ながら、殆ど動かなくなる。先程までの強気な攻めはニルの合流によって、無謀な手段へと変わった。

またしてもツーマンセルで突っ込んで来るならば、それにニルと合わせれば良いと考えていたが、相手も実に慎重で冷静だ。


今のところ、相手の四人は、ここまでと同じく二人ずつに分かれており、ツーマンセルを崩す気配は無い。数の有利よりも、多角的に俺達を狙う事で、ニルの防御を無視して、俺を狙えるという有利を取った…と考えて良いだろう。あくまでも、狙いは俺で、俺さえ落とせば後はどうとでもなると言いたげだ。

そう簡単には落とされないというところを見せ付けてやるしかない。


「行くぞ!」


「はい!」


動かなくなった相手に、こちらが黙って見ていては、ハイネ達が動けない。それでも、雑兵の数は減るが、長い時間を掛けると、ハイネとピルテの魔力、体力が大変な事になってしまう。そうなる前に動き出す。

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