第557話 マイナ (3)
弾かれた槍の軌道は、槍使いと細剣使いの間に立っている残りの二人の目の前に現れる形となる。間に居る二人から見ると、槍が邪魔になり、その状態で俺を攻撃するのは難しいだろう。
細剣使いも、俺からの攻撃を予想していた為、しっかりと防御体勢を整えているが、槍先が横へ流れた事によって、細剣使いの目の前から、流れた槍が向かって来る事になる。
それを避けずにして、俺の攻撃を受ける事は出来ない。
「っ!!」
ブンッ!
仲間の武器で傷を負うなんて事は有ってはならない事だと、細剣使いは身を後ろへと引いて避ける。俺の攻撃をも避けるならば、後ろへと引くしか選択肢が無いからだ。
俺としては、最初からこの展開になるだろうと読んでの攻撃だった為、予想通りという状況だ。
乱貫は、タイミングを遅らせた事によって、突き攻撃ではなく、軽い振り下ろしの攻撃という形になったが、たったそれだけの事で、細剣使いを後ろへと下がらせ、直剣使い、ダガー使いの二人に対して、同時に牽制を加える事が出来た。これ以上無いという程に完璧な状況だ。
「くっ!!」
槍使いは、自分が他の三人に対して邪魔となっている事を理解しているが、槍を側面から打たれるとは思っておらず、槍を引き戻すのに少し時間が掛かってしまう。
タンッ!
それを見て、ダガー使いの女が、槍を潜るように潜り込み、俺の懐に入って来ようとする。
獣人族というだけはあって、身体能力が高く、踏み込みは鋭く、滑るように近付いて来る。
ダガー使いの女が狙っているのは、俺の膝辺り。両手に持っているダガーを左右から挟み込むように、俺の右膝へと刃を走らせようとしている。
「はぁっ!」
ビュッ!!
ダガー使いの女の動きは、悪くない。と言うより、かなり良い。これがごちゃ混ぜになった戦闘中であるならば、俺もその動きをしっかりと把握する事は出来なかったかもしれない。しかし、現状で俺への攻撃を繰り出す為に動いているのはダガー使いの女だけ。動きを把握するのは簡単だ。
攻撃に合わせて、俺は素早く右足を半歩引き、ダガーの攻撃を避けると、両腕を広げた姿勢となってしまった猫人族の女の顔面に向けて、左膝を突き出す。
バキィン!ゴッ!!
「ぐっ!」
左膝に鈍い衝撃と、骨を打つ感触が伝わって来ると、ダガー使いの女の頬に膝がめり込む。
付与された防御魔法を膝で打ち砕き、そのまま女の顔面に膝蹴りが入ったのだ。
こんな戦場のど真ん中、しかも命を狙って来ている相手だ。女だからと手を抜く事は許されない。いつもならば、女の相手は自分に任せてくれとニルが前に出ているところなのだが、今回は自分でどうにかしなければならない。
女性に手を上げるなんて…などと言う者は居ないし、殺されたくはない為、俺も必死だ。
ギィィン!
「っ!!」
刀を持っているのに、獣人族の女に対して振り下ろさず、敢えて膝蹴りをしたのは、俺が手を抜いているからではない。
ダガー使いの女の後ろから、直剣使いの男が、直剣を振り下ろして来ていたからである。
ダガー使いの女が動いた瞬間に、直剣使いの男も動き出し、無理矢理攻撃のタイミングを合わせて来たのだ。それでも、ある程度の形になっているのは、それだけ連携が取れている証拠だろう。
流石にノーガードで対処出来る程甘い攻撃ではない為、しっかりと桜咲刀で直剣使いの攻撃を弾き、同時に攻めて来たダガー使いの女を蹴ったという形になったのだ。
「このっ…野郎!!」
ブンッ!!
そのタイミングで、槍使いの槍が戻って来る。力任せに振り回しているのではなく、実に鋭い一撃だ。仲間に当たらないように、一度引いてから突くという軌道を取らなければ、俺も簡単には対処出来なかっただろう。
槍使いの攻撃は、体を後ろへと軽く逸らして避け、直剣使いの攻撃を受けた刀を、そのまま左へと振り、槍使いの首元を狙う。
「っ?!」
ダガー使いの女と、直剣使いの男を抑えていたタイミングの攻撃に対して、ここまで完璧に対処されるとは思っていなかったのか、槍使いの男は防御への反応が遅れる。
「馬鹿が!」
ギィィン!
そのタイミングで、後ろへと下がった細剣使いが戻って来て、槍使いに向けられた俺の攻撃を細剣で弾く。
「一旦下がれ!」
そこで、四人は一斉に俺から離れる為に後ろへと跳ぶ。
「…嘘だろ…この四人で攻めているのに…」
「化け物だな…」
最初の一合は、俺が完全に取ったと言って良いだろう。ただ、相手に与えられたダメージで言えば、ダガー使いの女への膝蹴りくらいだ。かなり痛そうではあるが、死ぬようなダメージではないし、それで動きが制限されるような怪我もしていない。出来る事ならば、ここで一人とは言わないから、誰かの腕一本くらいは取りたかった。戦闘が長引けば長引く程、相手は俺の動きに慣れて、その分攻撃が入り辛くなる。それは逆もまた然りではあるが、人数差が有る分、俺の方が圧倒的不利になっていく。そうなる前に、勝ち筋を作りたい。そう考えるならば、次の一合で、一人は落とさなければならないだろう。相手が俺の動きに慣れていない間が勝負だ。
見た限り、槍使いの男とダガー使いの女は、他の二人に比べて少し実力が劣る。狙うのならば、この二人のうちのどちらかだろう。
「必ず反撃が来ると思って行動しろ。間違いなく今まで戦って来た誰よりも強いぞ。」
「あ、ああ…」
無言で桜咲刀を構える俺に対して、四人は話をしながら、どうするべきかを話している。
「やぁっ!!」
ザシュッ!
「フンッ!」
ガギィィン!
横では、ニルとスキンヘッドの男が、未だ攻防を繰り返しており、かなり激しく打ち合っている。ニルを相手に、ここまで長引かせる事が出来るという事は、スキンヘッドの戦斧使いも、かなりの腕なのだろう。少し離れていて、ニルは俺の方に背を向けている為、表情は見えないが、傷を負ったりはしていない。逆に、相手の戦斧使いには、いくつか小さな傷が出来ており、少し押し気味な戦闘をしているみたいだと理解出来る。ただ、周囲に居る連中も手を出して来ているらしく、いくつか死体が増えている。劣勢だと見て、周囲の連中が援護に入っているのだろう。
ハイネ達はと言うと、かなりのペースで敵兵を無力化してくれている。既にホール内に居る連中の半数程が倒れていて、かなり暴れ回ってくれているらしい。しかし、未だマイナの元には辿り着けておらず、敵の壁が厚い。
ニルも、ハイネ達も、それぞれの役割を果たそうとしているが、決着はまだ先に有る。援護は期待出来ないと見た方が良いだろう。やはり、一人で目の前に居る四人を潰さなければならない。
幸い、俺の周囲に居る連中は、四人と俺の戦いに付いて来れず、黙って見ているだけ。ただ、それは今のところは…という条件付きだ。いつ手を出して来るか分からないし、四人が危険に晒されれば、援護に入って来る可能性は非常に高い。ニルとスキンヘッドの戦いに割り込んでいる連中が居るのを見れば、それが分かる。
割り込んで来る可能性を考えるならば、そうなるよりも速く、一瞬で一人を落とさなければならない。
「フー……」
俺は一度呼吸を整える為に、浅く細く息を吐く。
狙い目は槍使いかダガー使い。しかし、それは本人達が一番よく分かっているはずであり、次の一合では、落とされないように気を付けるはずだ。それを強引に割って一人落とすとなると、容易な事ではないが…やるしかない。
「………………」
「「「「……………………」」」」
お互いの実力を肌で感じた俺と四人は、次の一合がその後の決着を決める一合だと感じ、またしてもヒリつく殺気を互いの間に走らせる。
周囲の敵兵達も、その濃厚な殺気に当てられて、固唾を飲んで押し黙る。
一度刃を合わせたからと言って、俺のやらなければならない事は変わらない。相手の四人に主導権を握られないように、俺から攻め込んで、流れの主導権を俺が握らなければならない。
「はぁっ!」
タンッ!
俺が気合いを入れて走り込んだのは、槍使いでもダガー使いでもなく、細剣使いの元。最初から槍使いかダガー使いを狙った場合、直剣使いと細剣使いの援護が厚く、倒し切れないと判断した俺は、まず、その直剣使いと細剣使いの援護を薄くする為、二人の動きを止めに行った。
止めるとは言ったが、勿論、それも簡単な話ではない。相手の四人は、ただでさえ厄介な実力を持っているというのに、俺への評価を一段階上げた事で、更に厄介な相手となってしまった。だが、愚痴を吐いていても解決はしない。
一人一人の実力を見れば、負ける相手ではないのだから、上手く相手の動きをコントロールして、まずは一人を殺す、もしくは戦闘に影響が出る程の怪我を負わせる事を目指す。
「はっ!」
俺が細剣使いに対して走り込むと、細剣使いも負けじと俺に向かって来る。
細剣使いのエルフ男性は、細剣を使っているくらいだから並以上のパワーは無い。しかし、その分、体の動かし方が柔軟で速い。軽いが鋭い攻撃に気を付けるべき相手だ。
ビュッ!
「っ!」
ギィン!
細剣使いの目の前まで到達したところで、俺は桜咲刀を右斜め下から左斜め上へと斬り上げる。
細剣使いのような鋭く速い攻撃は出来ないが、俺の攻撃だって遅いわけじゃない。一般的に見れば速い方だとさえ言える。
細剣使いは、カウンター狙いで俺の喉を突く攻撃を仕掛けようとしていたみたいだが、俺の剣速が予想より速く、突き出そうとしていた細剣の軌道を変えて、俺の刀に当てる。
先程、乱貫…正確には攻撃を完成させていないから、乱貫の触りを見せた時、俺の攻撃は途中で軌道を変えた事で、剣速はかなり遅くなった。その感覚が俺の剣速の最大だと考えていた細剣使いは、スピード感を間違えてしまったらしい。
「オラァッ!」
ブンッ!!
無理矢理、俺の攻撃の軌道を変えて対処した細剣使い。その斬撃は、より軽く浅くなっていた。そのせいで、大きく腕を上へと持ち上げるような体勢となってしまい、次の攻撃に備える事が出来ない状態になる。
それがヤバいと感じたのか、そもそも俺の事を二人で狙っていたのか、直剣使いがすかさず攻撃を仕掛けてくる。
左手側から、俺の肩口を狙った
しかし、四人居て一人一人戦うなんて馬鹿な事をする相手ではなく、常に連携を取りながら、四人一組で攻撃を仕掛けて来るだろうと考えている俺にとって、横からの援護は想定内。
体を九十度左へと回転させ、直剣使いの袈裟斬りを躱す。
「くっ!」
タイミングはほぼ完璧に近かったが、それは細剣使いの男が、俺と互角以上の戦いをした場合に限る。
「はぁっ!」
左上へと持ち上げたままの刀を、頭上から、迫り来る直剣使いの脳天目掛けて振り下ろす。
「させるかぁ!!」
ギィィン!
その攻撃に対して、防御として入って来たのは、槍。ほぼ水平に突き出された槍が直剣使いの目の前へと現れ、俺の振り下ろし攻撃を受け止める。
槍は両手で扱う武器であり、柄が長く力を込め易い武器である為、俺の攻撃を受け止めるに必要な力を込める事が出来る。そうして、俺の斬撃を受け止めた槍使い。直剣使いの目の前で交差した武器。
ここで、俺、槍使い、直剣使い、そして細剣使いの四人が、足を止める事になる。
タタッ!
そんな俺に対して、右斜め後方から近付いて来る足音。
ダガー使いの女が、後ろへと回り込み、
ダガーというのは、言ってしまえばナイフより大きいというだけの武器で、取り回しがとても良い分、慎重な攻撃が必要になる。相手の攻撃を受けようとしても、ダガーではなかなかそれも難しいし、正面から戦う武器ではないのだ。
スラたんがダガーを使っており、誰よりも先に真正面から突撃し、バッサバッサと敵を切り刻むところを見ていた俺達にとって、最早それがダガー使いだと思ってしまいそうなところだが、スラたんの場合は特別だ。あれは、スラたんの異常なまでのスピード極振りステータスが有るからこそ出来る事であって、普通の人が同じ事をやったとしても、ほぼ確実に上手くはいかない。
通常は、敵の背後に回り込んだり、隠れて気配を消したりして、相手の隙を突くというのがダガー使いの戦い方である。
それ故に、俺としては、どこかで背後側から攻撃を仕掛けて来るだろうと予想していたのだ。
隙を突くつもりで俺の背後を取ったダガー使い。
槍使いを含め、三人の方を向き続ける俺が、後ろ側の接近に気が付いていないと思っているのか、真っ直ぐに足音が近付いて来る。
ビュッ!
ダガー使いの女は、完全に俺の後ろを取ったと思い、無言でダガーを突き出して来る。
タンッ!!
槍使い、直剣使い、細剣使い。この三人を相手にしておきながら、背後にまで気を配れる者というのは、それ程多くはないだろう。それぞれの強さは本物だし、一対一でも勝てる奴はそういないはず。
しかし、相手が悪かった。
確かに、この四人を相手に善戦する者は少ないだろうが、その少ない者の一人が、俺だったからだ。
ダガーを真っ直ぐ突き出して来る女の攻撃に合わせて、俺は地面を蹴り、後方宙返りをする。
ダガーは俺の背後から近付いて来たが、飛び上がった動きには付いて来れず、虚しく空を突く。
ダガー使いの女が驚いた顔で俺の事を見上げているのが、彼女の真上で逆さになった俺には見えていた。
「避けろぉぉ!!」
俺は、逆さになった状態で、女の肩と首の間に刀を当てる。
そのまま、体を横に半回転させながら、宙返りを終えて着地するまで、女に押し当てた刃が、俺の動きに合わせて体の上を移動して行く。
あまりにも唐突に起きたアクロバティックな動きに対して、女はまるで反応出来ていない。
タンッザシュッ!!
「あ……」
それでも、刃は、肩口から首元、そして首の後ろへと進む。首に着けられている枷と刃が擦れ合い、ギリギリと音を立てているのが僅かに聞こえて来る。ダガー使いの女は、身軽に動けるようにと軽装備である為、刃は何無く通り抜ける。
そして、俺が着地すると同時に地面に向けて一気に引き下ろすと、女の背中をザックリと切り裂く。
致命傷も致命傷。戦闘続行は不可能だろう。
女は、自分が斬られたという事を、そこで初めて頭で理解したらしく、短く声を漏らし、仲間の三人に顔を向ける。
「「「っ!!」」」
ブンッガシュッ!!!
俺は、そのまま棒立ちになった女に対して、刀を水平に振り、首枷の際へ通す。
桜咲刀は、女の首を難無く切り離した。
ゴトッ…ブシュウウウウゥゥゥ!
ドサッ……
地面の上に女の頭が落ち、首の無くなった体から血が吹き出しながら倒れる。
それが慈悲など無い行動である事はよく分かっている。しかし、慈悲を与えられる状況など、とうの昔に過ぎ去った。
「このっ!」
三人は、目の前で殺されたダガー使いの女の為に、敵を討とうと攻撃に転じる。
しかし…
タンッ!!
「っ!!!」
俺は、女の首を飛ばすと同時に、既に動き出していた。
ダガー使いの女の血が降り注ぐ中、地面を蹴り、一気に槍使いの懐にまで走り込んだのだ。
女の死に対して、一瞬反応を遅らせた三人。
連携がよく取れていた事から、この四人は行動を共にする事が多かったはず。
何度も共に戦って来た者が目の前で死ねば、誰だって一瞬くらいは体が硬直する。
「はっ!!」
バキィン!ザシュッ!!
先程の乱貫とは違い、直線的に最速で近付いて突く剣技貫鉄尖。
残った三人が、俺への反応を遅らせてしまった為、俺の一撃を止める事など出来るはずがなく、突き出した桜咲刀は、付与された防御魔法を一撃で貫通し、男の喉元に突き刺さる。
「あ……が……」
ザシュッ!
ブシュウウウウゥゥゥ!!
平突きで貫通した刃を、貫通した状態のまま横へと振ると、槍使いの首を半分切り裂く。
切り離された首から大量の血が横方向へと吹き出し、地面が赤く染まって行く。
「「っ!!」」
相手にしてみれば、本当に一瞬の出来事だった事だろう。
時間にして数秒で、ダガー使いの女と、槍使いの男が死んだのだ。しかも、俺にはたった一つの怪我さえ負わせられずに。
この結果になったのは、彼等が弱いからではない。
実際、もし俺の予想が外れていたならば、彼等が俺を殺すという未来も有り得た。
だが、そうはならなかった。これは、オウカ島での経験や、これまで成し遂げて来た経験が、彼等の予想を超えていたからこその結果である。
「く…くそっ!」
「待て!」
細剣使いが自暴自棄になり掛けて、俺への特攻を仕掛けようとしたのを、直剣使いが止める。
「四人でも勝てなかった相手に二人で勝てるわけがないだろう。冷静になれ。」
「っ!!」
直剣使いの言う事は実に正しい。
もし、細剣使いがそのまま特攻して来ていたとしても、俺は負けなかっただろう。俺としては、そうしてくれた方が嬉しかったのだが…この直剣使いの男が、なかなかに優秀らしい。
「このままじゃ勝てない。」
直剣使いの男が、後ろに視線を送ると、そこにはマイナが立っている。
「本当に……貴方の強さは異次元ね。」
「それだけの経験を積んできたからな。」
「そう……ねえ。私達の仲間にならない?」
「それだけは絶対に有り得ないな。」
「………それだけの強さを持ち合わせているのなら、仲間にした方が得かと思ったけれど…残念ね。」
マイナが俺の方へ視線を向け、手に持っている真っ赤な扇を振ると、横に立っていた残りの二人が動き出す。
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