第556話 マイナ (2)
「っ!!」
ズガァァン!!
一気に制圧する事も可能かと思い始めたところで、その勢いを断ち切る一撃が放たれる。
マイナの横に居た奴隷の一人。
スキンヘッドにデカい戦斧を持った人族の男だ。
右目が潰れているらしく、網膜が白く濁っている。
右目付近に傷跡が有り、その怪我が原因で右目を失ったのだろうと考えられる。どこかケビンを思わせる風貌だが、ケビンのような優しさとは無縁と言った顔付きで、極悪非道を地で行くような顔付きである。
そんな男が、戦斧を振り下ろし、向かって来る黒い霧を切り裂いて、地面を戦斧で打つと、その衝撃によって、黒い霧が押し戻されてしまう。
「いつまでやられっぱなしでいるつもりだ。」
戦斧を持ち上げ、直立姿勢になったスキンヘッドの男が、周囲の奴隷達にドスの効いた声で喋り掛ける。
「す、すいません!」
「チッ…」
舌打ちをして奴隷達を一瞥した戦斧使いの戦闘奴隷は、その後、奴隷達から視線を外してハイネ達の方を見る。
この状況を覆そうと思うならば、ハイネとピルテを狙うのは当然の事だ。
逆に、俺達としては、二人の元に行かせるわけにはいかない。
「ニル!」
「はい!」
俺がニルを呼ぶと、直ぐに俺の言いたい事を理解して、ハイネ達の方を見ているスキンヘッドの戦闘奴隷の方へと走り出す。
「雑魚共は退いてろ。俺が相手をする。」
ニルの接近に気が付き、スキンヘッドの男は、戦斧を両手で持って構え、周囲の連中を引かせた。マイナ自身は奴隷を物として扱っているみたいだが、奴隷を引かせたという事は、少なくとも、奴隷同士はそれなりの関係を保っていると考えるべきだろう。そうなると、一人が危険になれば、他の者達が援護に入って来る…という考えの元で動くべきだろう。
「ニル!気を付けろ!」
「はい!分かっています!」
ニルは盾を正面に構えて、少し姿勢を低くした状態で走り込む。
周囲の奴隷達は、スキンヘッドの男の言う通り、前には出て来ず、俺達を攻撃しようとはしていない。
「……オラァ!!」
「っ!!」
ギャリッ!ズガァァン!
ニルに対して、戦斧を振り下ろして攻撃して来たみたいだが、それをニルは盾で逸らす。戦斧は見事に床を打ち、小さな破片が周囲に飛び散る。
破片が飛び散ったという事は、床材を抉り取るという程ではないが、軽く削る程度の威力で戦斧を振り下ろしたという事になる。なかなかの破壊力だ。ギガス族の一撃に比べてしまうと見劣りはするが、十分に一撃で俺達を屠る事の出来る威力だ。
その上、ニルが少し驚いたような反応を示したのは、恐らく思っていたよりも攻撃速度が速かったからというのと、ただ単に真っ直ぐ振り下ろしたように見えて、僅かなフェイントを入れた事で、ニルに回避ではなく防御させたところに有るのだと思う。
ギガス族の男達のような馬鹿げた力は無くても、それを技術で補う事で、マイナが傍に置くだけの力量を身に付けたという事だろう。少なくとも、ニルが驚く程の強敵だという事は間違いなさそうだ。
「ニル!」
俺は、ニルと共に敵を倒す事を考えて、後ろから近寄ろうとしたが…
「大丈夫です!お任せ下さい!それよりもハイネさん達を!」
ニルの言葉を聞いて、ハイネ達の方を見ると、マイナの傍に控えていた別の戦闘奴隷がハイネ達の方へと移動を開始しようとしていた。
最初に、マイナへ向けてピルテが伸ばしたシャドウクロウを、体を張って止めた直剣使いの犬人族。こちらも強面の男だ。
マイナの側近であるスキンヘッドの男が強者だとするならば、ハイネ達の方へ寄ろうとしている直剣使いの獣人族もまた、同じくらいの強者だと仮定するべきだ。ハイネとピルテ、そして動けないスラたんには少し荷が重い。
「っ!!」
ニルの言う通り、俺が行くべき場所は、ハイネ達の方だ。ニルを一人にしてしまう事になるが……全員で生きて帰るには、ここでニルの援護を優先してはならない。
俺はニルの、大丈夫だという言葉を信じて、ハイネ達を狙っている直剣使いの獣人族へ向けて床を蹴る。
「はぁっ!」
「っ!?」
ギィンッ!
ハイネ達の元へ走り出そうとしていた獣人族は、前傾姿勢と言えるような体勢だったが、俺が近寄って来ている事に気が付いて、即座に直剣で刀を受け止める。
ギリギリッ!
刃同士が擦れ合い、独特の音を鳴らし、小さな火花を散らす。
「ぐっ……ラァッ!!」
ギャリッ!
力任せに俺の事を押し退け、俺が一歩下がる形で間合いが開く。
神力を使っていないとはいえ、俺の事を押し退けられるくらいの力を持った男となると、かなり優秀な戦闘奴隷だ。出来ることならば、ハイネとピルテのフェイントフォグで気絶させて、後々マイナの呪縛から解き放ってやりたいくらいだが…手を抜くのは難しそうだ。
「……たった五人で攻めてくるなんて、馬鹿な連中だと思っていたが、俺達の考えが甘かったみたいだな。」
ビュッ!
直剣を払うように振り下ろす獣人族の男。軽く振っただけなのに、剣速が他の奴隷達よりもずっと速い。その動作一つで、彼の実力が普通ではない事が分かる。
「七対三…いや、八対二か。」
「……………」
何の事を言っているのか分からず、俺は直剣使いの動きを監視する。
「俺がお前に負ける確率だ。八割負けるな。いや、純粋な戦闘力だけで言えば、九割と言っても良いかもしれない。」
「……………」
戦闘奴隷というのは、盗賊達とは違って、純粋に戦闘力が高い者達が多く、戦う理由も命令されているから、という者達が多い。マイナに付き従うという決断をしているとしても、マイナの元に来てから実力が付いたのではなく、来た時にはそれなりの強さだったはず。マイナを見る限り、わざわざ時間と金を掛けて奴隷を育てようとする奴ではないはずだ。つまり、マイナの元に来るまでに、色々な経験を積んで、強くなったという事だから、その時の経験で、俺と自分の強さを測り、自分が負ける可能性が高いと、正確に判断したのだろう。
変に自信が有る盗賊連中よりずっと冷静だ。
「一撃目は受け止められたが、あれは、俺を向こうへ行かなせない為の牽制みたいな攻撃だろ。それであの威力と剣速なら…次の一撃を受け止められるとは思えない。」
自分の方が弱いということを、全く恥じる事も無く言い切る獣人族の男。
「こんなに強い相手は初めて見たぜ。」
自分には勝てないと公言しているというのに…それでも、獣人族の男は、ニヤリと笑う。
「悪いが、勝てない相手に斬り込む程馬鹿じゃないからな。勝てるように戦わせてもらうぞ。」
獣人族の男がそこまで言うと、マイナの傍に居た戦闘奴隷が、更に三人、俺の方へと武器を抜きながら近寄って来る。
人族男性の槍使い、猫人族女性のダガー使い、そして、エルフ族男性の細剣使いの三人だ。
後ろから出てきた三人が、獣人族の男と同程度の強さだとしたら…かなりキツい状況だ。
一人一人がかなりの強者だ。ガナサリス程ではないにしても、それに近い実力の持ち主達。それが四人となると、正直勝てるかかなり微妙なラインだ。
マイナの傍に控える戦闘奴隷は、残り二人。その二人が出て来ないのは、マイナの護衛が必要だからだろう。どうせならば、全員が俺の方へ寄れば、ハイネとピルテがマイナを狙えるというのに……いや、俺が引っ張り出せば済む話か。
マイナは吸血鬼族である事は分かっているし、吸血鬼族の事は自分達に任せてくれとハイネ達が言ってくれている。マイナの事だけは完全に任せてしまって良いはずだ。
そうなると、俺とニルの役割は、露払い。ハイネ達の壁になりそうな連中を切り捨てるのが、今の俺達の役目である。
「なるほど…俺の事をそこまで評価してくれるなんて、泣ける程に嬉しい限りだな。」
「俺の見立てでは、これで俺達の勝ちは揺るがない。逃げるなら今のうちかもしれないぞ?」
「ここから逃げようとして逃げられるのか?」
「無理だな。既にこの屋敷を取り囲むように兵を集めてあるからな。」
あまりにもあっさりと外壁を突破出来たと思っていたが…そもそも、突破させるつもりだったらしい。
確実に俺達を仕留めるならば、懐に入れて、囲み、押し潰す。逃げようとしても隙間など無い…つまり、この屋敷自体がトラップと言えるような作戦だったらしい。
まあ…餌がバラバンタやマイナ本人というのが唯一の救いだろう。押し切って頭を取れば俺達が勝ち、押し切れず押し潰されれば俺達の負け…ここまで散々あれやこれやと互いに策を使って攻めて攻められてを繰り返して来たが、最後にはこうも単純な話になるとは…いや、結局、どちらが相手の頭を取るのかという話だし、最初から単純だったのかもしれないか。
「そうか。なら、逃げるより戦った方が良さそうだな。」
「この数相手に勝てると思うのか…とは聞かないぞ。ここまでの戦闘を見聞きして、油断するような奴はここには居ないからな。」
「それは残念だな。油断したところをスパッと行きたかったんだが。」
「それが出来る実力の持ち主だって事は分かってるからな。そう簡単にはいかない。」
多少なりとも、会話で油断を誘えたら嬉しかったが、どうやら完全に警戒されているようだ。全く隙を見せてはくれない。
ニルに一人、俺に四人を当てるところを見るに、俺達五人の中で、一番危険で、最も排除するべき者が俺だと判断したのだろう。ここまで熱烈なお誘いをされては、俺も応えないわけにはいかない。
「…………………」
「「「「…………………」」」」
俺と相手の四人は、どちらからともなく無言になり、互いの動きを見定めに入る。
周囲の奴隷達が手を出せなくなる程、ピリッとした空気が俺と四人の間に走り、緊張の糸が張り詰める。
四人を相手に、俺が受けに回るという展開は避けたいが……相手もやり手だからか、斬り込む隙が見えない。無理に攻め込んだりしてしまうと、四人によって一瞬で殺られるであろう事が分かる。だが、先手を譲ってしまえば、そのまま相手に主導権を握られ続けてしまう可能性が高い。
この戦闘において、それが最も最悪な展開と言えるだろう。要するにだ……隙が無くても、隙を作り出すつもりで、ある程度無理矢理攻撃を仕掛ける必要が有る。
ここで重要な事は、単に俺から仕掛けるという事ではなく、俺の初撃によって、少なくとも一人に対しては、確実に反撃が出来ない程に体勢を崩させる事だ。
四人の位置取りは、俺を支点に、扇形になるように広がっている。俺が攻撃を仕掛けるならば、一番右か一番左だ。端を狙って攻撃し、その者が体勢を崩した時、直ぐ隣にいる者が対応する。反対側に立っている二人は、どうしても対応が遅れる為、同時に二人以上から攻撃を受ける事が無い……と言いたいところだが、俺との力量差を正確に分析し、それを埋める為の戦力を補充した相手だ。俺が端を狙う事は予想しているはず。俺を取り囲もうとはせず、扇形に広がったまま見合っているのが良い証拠だろう。
だとすると、俺が端を狙って動いた瞬間、全員が同時に動き、俺を同時に攻撃しようとするはず。つまり、扇形に広がっているのは、俺に端のどちらかを狙わせる為だという事だ。誘われていると分かるからこそ、俺は攻めるタイミングを見付けられず、二の足を踏んでいるのだ。
相手は相手で、下手に斬り込むと、一瞬で一人が俺に落とされる可能性が有ると考えており、なかなか手を出せないという状態。
チリチリと肌を刺激するような殺気を走らせ、互いに見合う時間が数秒間続く。
その間も、互いにフェイントを出しつつ、相手の動きを観察し合い、攻撃のチャンスを伺い続ける。
「オラァッ!」
ギィン!
「やぁっ!」
キンッ!
逆に、ニルと戦斧使いは、激しく打ち合っており、常に互いの間で火花が散っている。
ハイネとピルテは、スラたんの援護を貰いながら、しっかりと敵兵の数を減らしてくれている。
相手の増援は絶え間なく続いていたが、流石にそろそろ打ち止めらしく、追加の奴隷が途切れている。
このまま時間を使えば、敵兵の数が減り、俺達にとって多少はマシな状況になるだろうと思うが…そんな状況に変化するまで、相手の四人は待ってはくれないはず。やはり、俺から仕掛けなければならないと思うが……なかなか踏み込むタイミングが見付からない。
「……………………」
「「「「………………………」」」」
互いに見合う事、更に数秒間。
このままでは
相手に主導権を握られてしまうのだけは避けたい俺は、少しだけ腰を落として、刀を右手に持ち、グッと引いて構える。
構えを見ると、それが突撃からの突きを出す為の構えだと、誰しもが思うだろう。実際に、この状態から出せる攻撃は、片手突きくらいのものだろう。
俺が突撃の構えを見せた事で、奴隷達四人は武器を強く握り締めて、俺の動きを見逃しはしないと目を見開く。
それはそうだろう。俺の攻撃で一番恐ろしいのは、疾足による唐突な踏み込みだ。瞬発的なスピードだけで言えば、スラたんに届く…とまでは言わないが、近いくらいのスピード感は有る。まるで目の前から突然消えたかのように錯覚すらする鋭い踏み込みだ。当然のように相手はそれを警戒し、距離は四メートルを維持しており、一足で踏み込めるが、完全に視界から消え去るような事は無いという絶妙な距離感だ。これがその辺の雑兵相手ならば、それでも視界から消え去る自信は有るが、先程直剣使いの獣人族に斬り込んだ時、ハイネ達の方を向いていたのに反応された事を考えると、この距離感では俺の疾足を見切られてしまうだろう。
なのに敢えてこの構えを取った理由は、相手に直線的で素早い攻撃が来ると予想させる事に有る。
ダンッ!!
俺は一番右手に立っている細剣使いに向かって、真っ直ぐに突進する。
「「「「っ!!」」」」
俺の予想通り、その瞬間に細剣使いを合わせた四人全員が、俺の到達するであろう位置に向かって走り出す。
全く同時に攻撃を仕掛けて来るという事は無いが、僅かずつズレたタイミングで攻撃を繰り出す事の出来る動き出しだ。
それを見ただけで、この四人が、周りに居る奴隷連中よりも数段強く、その上で連携も取れている事が理解出来る。
間違いなく強い。マイナが側近として控えさせているだけの強さを持っていると一目で分かる。
俺の進行方向に対して、先回りするような形で、細剣使いの横から割り込むように直剣使いが剣を突き出して来る。それに僅かばかり遅れてダガー使い、リーチを活かした突き攻撃をダガー使いに合わせてほぼ同時に放って来る槍使い。
俺が普通に貫鉄尖を使って突撃していたら、間違いなくこの一合で終わっていただろう。
しかし、俺が繰り出したのはただの鋭い突き攻撃ではない。
ビュッ!ビュビュッ!
「「「っ?!!」」」
直剣使い、ダガー使い、そして槍使いの攻撃は、俺の進行スピードを見て、確実に当たるタイミングで放たれた。しかし、結果は、その三つの武器全てが、俺の体を貫かず空を切る。
唖然とする三人の表情を見ながら、俺は刀を突き出す。
三人から見ると、当たると確信して放った攻撃が、俺の動きより速く目的地に到達してしまったように感じた事だろう。
天幻流剣術。
天幻流剣術の中に存在する突き攻撃の一種であり、単純な突き攻撃である貫鉄尖とは全く異なる突きの剣技である。
鋭い踏み込みである疾足を用いた貫鉄尖とは違って、乱貫は、緩急を用いて相手を惑わす差足を用いる突き攻撃である。一瞬で相手の懐に飛び込むように見せ掛けて、攻撃の直前、唐突に動きが緩やかになる事で、相手は攻撃のタイミングをズラされてしまい、上手くタイミングを合わせられなくなる。
本来は、正面の相手に対して放つ事で、防御のタイミングをズラし、攻撃を滑り込ませるという剣技なのだが、使い方を工夫する事で、こうして側面からの援護を騙す事にも使えるということである。
この乱貫は、基本的には緩から急という動きを取る事によって、相手が防御に入る前に攻撃を当てるというのが理想的な形だ。今回のように、急から緩として攻撃を放つと、防御体勢が整った相手に打ち込む事になる為、相手に与えるダメージが期待出来なくなるからだ。
しかし、今回の場合は、側面からの援護に対して、緩から急という動きを取ると、援護の三人の攻撃が間に合ってしまう可能性が高くなると考えた。
相手は、俺が恐ろしく速いという事を知っているだろうし、緩やかな動きで突撃したとしても、全力で近寄って来たはずだ。そこで急な動きに変化させたとしても、既に攻撃の間合いに入っていて、自分達に攻撃が来ないと分かっていれば、臆する事無く妨害に入れてしまう。
あっという間に近付いて来た俺に対して、急いで対応しようとするからこそ、三人の攻撃をズラす事が出来たのだ。要するに、急から緩という動きだからこそ、三人の攻撃を躱せたという事である。
但し……俺の攻撃よりも先に、側面の三人の攻撃が割り込んで来る事になる為、俺と細剣使いの間に、三本の武器が割り込んでいる形となる。その状態で細剣使いに対して刀を突き込むとなると、三人の武器が俺を襲う事になってしまう。
折角攻撃を躱せたというのに、その後に斬り付けられしまえば意味が無い。そうならないように、俺の攻撃も素直では通らない。
ガギィン!
「っ?!」
狙うのは、一番手前に突き出されている槍の柄。当然木製ではなく、金属製の槍を使っている為、槍を使用出来なくする事は出来ないが、俺が刀で弾く事で、槍は俺から見て奥、つまり、細剣使いが立っている方向へと流れる。
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