第四十章 ジャノヤ攻略 (2)

第555話 マイナ

現れた奴隷の増援は、世界樹の根で倒した数より多い。増援と言うより…元々こうなるだろうという推測が有って、必要な人数以外は後ろに待機させていた…という感じだ。


「ここに居るのは、私が管理している者達ばかりよ。今までのようにはいかないから、注意する事ね。」


そう言って口角を僅かに上げるマイナ。


「さあ。その力…私に寄越しなさい。」


「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」


マイナの言葉を皮切りに、その場に居た動ける戦闘奴隷達が、一斉にこちらへと向かって走り出した。


マイナの口振りからすると、俺を殺せば、友魔の力が手に入ると思っているみたいだが…俺を殺しても友魔は手に入らない。それはナナシノの勘違いと同じなのだが…そもそも、友魔というのは、体内に有る漆黒石と契約によって繋がる事が必要不可欠である。しかし、この漆黒石というのは、大陸側の人間は、殆どが持っていない物である。

オウカ島で過ごしている種族と、渡人には存在する為、プレイヤーには契約が可能であるのだが、恐らく、吸血鬼族には存在しないと思う。


魔族がオウカ島を援助していたという事実から、魔族が友魔との契約が出来る可能性は高いとは思うが、その頃、吸血鬼族は、まだモンスターとして恐れられ、魔族の一員ではなかったはず。

そうなると、吸血鬼族には、友魔との契約が出来ない…と考えられる。もしくは、その方法を知らないか、そもそも漆黒石を体内に持っていないか。俺としては、後者の可能性が高いと思う。吸血鬼族は、元々は人間であり、アリスの血が原因で吸血鬼化したのだから、大陸の人間に漆黒石が無ければ、吸血鬼族にも無いと考えても良いはずだ。

ハイネとピルテが、友魔の事を知らなかった事からも、それは推測出来る。

吸血鬼族でも、純血種や真祖アリスとなると友魔の事を知らないかどうかは分からないが…俺の予想では、魔族内でも、友魔や聖魂の事については、かなり秘匿性の高い情報なのではないだろうか。


その考えに至った理由は、黒犬の連中の行動である。

もし、友魔の事を知っているとしたら、間違いなくオウカ島では友魔を扱っている事も知っているはずだ。そして、その島に標的である俺とニルが渡れば、その力の事を知り、最悪手に入れる可能性が有ると判断し、海底トンネルダンジョンに入る前に、俺達を仕留めようと総力戦を仕掛けていたはずだ。

友魔との契約が難しい事だと思っていても、可能性がゼロではないのならば、オウカ島に渡る前に仕留めようと思うのが自然だろう。

しかし、黒犬の連中はそうしなかった。という事は、友魔について知らないのではないかと推測出来る。

魔族の暗部とも言える黒犬が知らないとなると、それこそ、魔王とその直近の連中くらいしか知らない、秘匿性の高い情報なのではないだろうか…と思い至る。

友魔の力は、かなり強力だし、その情報が漏れた場合、争い事の種になるのは容易に想像出来る。そうならないように、友魔の事について秘匿していた…と言う事も十分に考えられるだろう。


友魔の事について、魔族の中でどうなっているのかは分からないが、少なくとも、ハイネ達が自分の同族だと分かっていないようなマイナが、その情報を知り得るとは思えない。その為、マイナは自分も手に入れられる能力であると勘違いしているようだ。


ただ、お前には使えないと言ったところで、それを信じるような奴ではないだろうし、言うだけ無駄だろう。

何より、もうマイナに俺達と話をする気は無いらしい。


戦闘奴隷達は、マイナの言葉を聞いて、真っ直ぐに俺達へ向かって来ている。

明確な命令を受けたわけではないのに、壁になろうとしている奴隷達を見るに、マイナの命令を嫌々聞いているとは思えない。


「「あ゛あぁぁっ!」」


ギィン!バギャッ!


ニルがボロボロのアイスパヴィースで敵の攻撃を受け止めると流石に耐えきれなかったらしく、アイスパヴィースが破壊されてしまう。


戦闘奴隷達は、殆どの者達が防具をしていないながらも、それなりに質の良い武器を持っている。見た限り、武器は変にゴテゴテと装飾された物も多い事から、恐らく、この屋敷の中に有った武器を使用しているのではないだろうか。要するに、ブードン-フヨルデの私物という事だ。


「やぁっ!」


ザシュッ!

「ぐあっ!」


アイスパヴィースは破壊されしまったが、ニルは全く焦っておらず、黒花の盾を使って相手の攻撃をいなしては、戦華で斬り付けている。相手が奴隷だとしても、躊躇う事は無く、鋭い一撃を放っている。


「数が多い!気を抜くなよ!」


ガンッ!ザシュッ!

「ぎゃっ!」


「はい!」


カンッ!ガシュッ!

「ぐっ!」


俺が、一人を蹴り飛ばして斬り付けながら言うと、ニルが別の一人の攻撃を盾で弾き、戦華を突き出しながら答えてくれる。


相手の奴隷達は、やけに必死にマイナを庇っているように見えるが、ザレインの影響を受けているようには見えないし、精神干渉系の魔法を掛けられているようにも見えない。つまり、自分の意思でマイナに従っているように見えるという事だ。

先程、手下の一人を殺させていた女なのに、それに従うというのは、一体どういった心境なのかと聞きたいところだが…異様な環境に置かれている奴隷達にとって、現状が恵まれていると感じてしまうような何かが有るのかもしれない。

彼等がどういう経緯で、素直にマイナの言葉に従うようになってしまったのかは分からないが、洗脳…に近い状態なのではないだろうか。つまり、マイナというのは、力で屈服させるとか、金や権力で屈服させるのではなく、相手の心を操って、自分の為に動くように掌握する事を得意としているのではないだろうか。一種のマインドコントロールとでも言えば良いのか…

もし、俺の推測が当たっていて、彼等がマインドコントロールされているだけだとしても、目の前の奴隷達が、俺達と戦う、マイナの盾になると言うのならば、俺達は刃を振り下ろさずにはいられない。それに、マインドコントロールというのは、本人にコントロールされているという自覚が無い分、それを解くのに時間が必要で、最悪解けない場合も有るというのを何かの本で読んだ事が有る。ここが戦場でなければ、根気強く話す事も出来るかもしれないが、残念ながら、ここは戦場だ。命を取り合う以上、説得するという選択肢は無い。


ガシュッ!

「ぎゃっ!」


奴隷を、また一人斬り捨て、俺とニルは前線を張る。


マイナと、その周りに居る数人は動いていないが、それでもかなりキツい。一人、二人と斬り捨てると、その分、扉の奥から奴隷が追加され、一向に人数が減っていかない。

一体、どこにこんな数の奴隷達を隠していたのかと聞きたくなる。既にかなりの数の奴隷を、街の外で削った為、途方が無いという事は無いと思うが、それでも、このまま戦い続けていては、俺達の体力が先に尽きてしまう。


「ピルテ!私と二人で数を減らすわよ!」


「はい!お母様!」


ハイネは全快などしていないし、傷も痛むはずだ。それなのに、治療もそこそこに動き出してくれる。無理を強いているのは分かっているが、今、一人欠けるのはかなり辛い為、素直に頼るしかない。


「ニル!派手に暴れるぞ!横を向かせるな!」


「はい!!」


「はああぁぁぁっ!!」

「やああぁぁぁっ!!」


俺とニルで、敵の目を全て受け持つつもりで、気合いを入れる。


ガンッ!ガギッ!ザシュッ!

「ぐぁっ!」


部屋の中に充満していく血の臭いと剣戟の音。斬っても斬っても現れる奴隷達。

かなり辛い戦いなのは間違いなかったが、それでも、何とか綱渡りで戦闘を続けていた。


チラッと見えたマイナは、余裕そうな表情…ではなかった。

これだけの人数が居ながらにして、俺達を潰し切れないという事実を、正確に受け取っているらしい。余裕どころか、少しイラついたような、焦ったような顔をしている。

扇を開いて口元に当てており、表情の全ては読み取れないが、目がそう言っている。


マイナ本人が出てきたという事は、ここは既に、この屋敷の中枢部に近い位置だということに違いない。

マイナとしては、ここで止めなければ、今後の自分の立ち位置に関わってくるどころか、ハンターズララバイ自体が危険に晒されてしまう。最悪、全員死ぬ事になるかもしれない。そういう考えが頭を過ぎっているだろう。

こんな場所にバリスタを設置して、何が何でも俺達を殺そうというのだから、何ふり構わず殺しに来ている事が、その焦りを証明してくれている。

口では余裕そうな事を言っていたが、実際は真逆なのだ。


相手が焦っているからと言っても、俺達の辛さは変わらないし、相手が必死になっている分、寧ろキツい。ハイネとピルテが人数を減らそうと動いてくれているが、どこまで減らせるのかが肝になるだろう。


俺とニルは、そこから数分間に渡り、息付く暇なく奴隷達を切り伏せ続けた。


「はぁっ!」


ギィン!ザシュッ!

「がっ!」


「やぁっ!」


カンッ!ギィン!

「ぐっ!オラッ!」


「っ!!」

ガキィン!


戦闘奴隷一人一人の力量が高く、ヒヤリとする場面は一度や二度では済まず、何度か刃が皮膚の上を走る事が有った。ニルも、手足に小さな傷が無数に付いている。付与しておいた防御魔法は、既に尽きた。

相手の奴隷達の中には、防御魔法を付与されている者達も何人か居たが、桜咲刀の範囲魔法が使えるまでは、もう少し掛かる。

ここで百花桜刀を使えるのが一番ベストな展開なのだが、そう都合良くはいかないらしい。

それに、何度かアイテムを使おうと試みたが、腰袋に手を伸ばそうとするだけで、複数人が襲い掛かってくる為、アイテムもろくに使えない。

腰袋から何かを取り出すと、戦況に大きな変化を齎されると分かっているなら、アイテムを取り出させなければ良いという話だし、腕の立つ者達ばかりがこれだけ集まっているのだから、俺を牽制してアイテムの使用を阻止するのは簡単な事だろう。

想像以上に辛い戦闘となりつつある。


「はぁっ!」

「やぁっ!」


ザシュッ!ガシュッ!

「「ぐあぁぁっ!」」


俺とニルが、同時に一人を斬り伏せた後、背中を合わせるようにして近付く。


「はぁ……はぁ……」


「大丈夫か?」


「はぁ……はい。」


ニルが疲れを表に出しているという事は、かなり辛いという事だ。聞いておいてだが、大丈夫なわけがない。それでも、今はとにかく敵を屠り続けるしかない。


「もう少しの辛抱だ。気張るぞ。」


「はい!!」


ニルは疲れを気力で押さえ込んで、前に出る。


その時、遂に、ハイネとピルテが動き出してくれた。


部屋の隅から突然現れた黒い霧。フェイントフォグだ。


俺達が敵の目を引き付けているとは言っても、この人数を相手に、全ての視線を俺達に向けさせるのは流石に無理だ。故に、俺とニル同様に、ハイネとピルテも、敵との戦闘を行いつつ、何とか魔法を行使しなければならなかった。その為、俺とニルが敵を引き付けている時、最も敵の視線が集まり難い場所で、スラたんの援護を受けながら、何とか吸血鬼魔法を発動させてくれたようだ。


フェイントフォグを発動させてくれたのはハイネ。ピルテとスラたんで、傷付いたハイネを守りながら、魔法が描き上がるのを待ったという感じだろう。


「シンヤさん!」


「任せろ!」


俺はハイネの言いたい事を理解し、刀に神力を集める。


「はぁっ!」

ブンッ!


ザシュッギンッ!

「ぐぁっ!」


神力を飛ばして、右斜め前に居る奴隷の一人を飛ぶ斬撃によって斬り付ける。


俺が何かしらの方法で、離れた相手に斬撃を打ち込む事が出来るという事は伝わっているらしく、数人は飛ぶ斬撃を避けたり防いだりしていた。流石に見せ過ぎたらしい。他に選択の余地が有るならば、神力も温存しつつ戦えたのだが、なかなかそうもいかない。アイテムも使えないし、魔法は当然使えない。そうなると、神力に頼ってしまうのは仕方の無い事だろう。

ただ、神力も無限に使えるわけではない。俺は他人よりも神力の強度も量も多いらしいし、普通の戦闘ならば気にすること無く使い続けられるが、今回の場合、戦闘があまりにも長過ぎる。殆どずっと戦闘を続けており、どれだけの時間が経ったのか分からない程だ。上手く温存しつつ、使い所を考えて使用しなければ、いざという時に使えないでは意味が無い。集中力も必要だし、疲労で制御が効かなくなれば、使えなくなってしまう。そうならないように、最後の戦闘まで頭に入れて、調整しながら戦わなければならない。

相手が神力について何となくでも気が付いている今、大きなダメージを与えられない神力を、多用するメリットは少ない。


だが、今回の場合、相手を斬り付けてはいるが、本来の目的は別に有る。それは、ハイネの作り出したフェイントフォグの拡散だ。


ハイネの作り出したフェイントフォグは、風の無い室内では、かなりの脅威となるが、風が無い故に、拡散もまた難しく、黒い霧が発生した場所付近の敵を気絶させるだけになってしまう。そこから更に範囲を広げて、多くの敵を気絶させる為には、風魔法か、それと同じ効果の有る何かが必要となるわけだ。

今回の場合、それが飛ぶ斬撃だった。


神力によって作り出された飛ぶ斬撃は、目に見えないが、形はそこに存在している。目には見えない為、突然相手が傷を受けたように見えてしまうが、実際は空中を移動している。つまり、刀を投げているのと変わらないのだ。

そうなると、当然斬撃の移動と共に、空気も移動するし、移動した後の空気は巻き込まれるようにして移動する。それを利用して、フェイントフォグを拡散したのだ。

飛ぶ斬撃では大量に拡散する事は無いのだが、ゆっくりと広がっていては対処されて終わりだが、多少なりとも拡散したならば、対処がそれだけ難しくなる。それを狙っての一撃である。

拡散させるだけならば、飛ぶ斬撃の形を工夫して、もっと拡散されるようにすれば良いのだが、そもそも俺達は常に奴隷達と斬り合っている状態だから、攻撃の手を緩める事が出来ない。拡散する為に、形を変えた場合、拡散は出来るが、相手にダメージが入らず、俺に隙が出来てしまう。結果、相手に攻撃を許す事になってしまうという事だ。ここで大きな傷を負う事は出来ない為、どうしてもこういう形でしか援護が出来なかった。

それでも、俺の援護は無駄ではなかった。


「またあの霧だ!」


「マイナ様を守るんだ!」


「寄せ付けるな!」


奴隷達は、フェイントフォグの事を知っているらしく、黒い霧に近付こうとする者は一人もおらず、マイナの周りに壁となるように集まっている。

マイナを守ろうとする仕草から見ても、やはり自分の意思でマイナの手足をやっているのが分かる。


「風魔法で押し流せ!」


司令官的な者は居ないのか、それぞれがそれぞれに動いている。バラバラに動いているのだが、それでも十分に動きは良い。マイナ直属の奴隷達となれば、色々な経験を積んでいるだろうし、こういう時の動き方をしっかり把握しているのだろう。


黒い霧をどうにか吹き飛ばそうと、風魔法を準備する奴隷達が何人か居る。そこに、霧の中から伸びて来る黒い爪。


ザシュッ!!

「ぐあぁっ!」


魔法を使おうとした奴隷が、シャドウクロウの餌食となり、倒れ込む。五感の鋭いハイネ達だからこそ出来る霧の中からの攻撃。

奴隷達には為す術が無く、次々とシャドウクロウに突き刺されてしまう。残念ながら、マイナの近くに居る戦闘奴隷達は、周囲の他の奴隷よりも数段強いらしく、シャドウクロウを見極めて、弾いたり防いだりしており、マイナには傷一つ付けられていない。

流石にこの一手だけで仕留められる程甘い相手ではないらしい。


ハイネとピルテも、何度かマイナを殺そうと手を出してみたが、周囲の連中が手強く、簡単には殺せそうにないと分かり、早々にマイナへの攻撃を止めて、数を減らす事に集中していた。当然だが、その間も俺とニルは、奴隷達との激しい戦闘が続いている。


これに対して、敵の奴隷達は、俺とニルに対処する者、ハイネとピルテに対処する者で分かれて、しっかりと守りを固めていたが、フェイントフォグの登場によって、それに触れないようにする為、陣形が大きく変わり、三日月状の陣形になっている。

と言ってもだ…そもそも、奴隷達には陣形も何も無く、とにかく数で押して来ているという感じだ。弓や魔法を使う奴もバラバラに配置されている。盾を持っている者達だけは前線に居るが、それでも足並みを揃えているとは言い難い。

この数を相手にするのは辛いが、唯一、俺達にとって有難いのが、その部分だろう。


そんな状態の敵兵達であるからか、三日月状という歪な陣形になったとしても、これまでの戦闘力から大幅に戦闘力が下がるという事は無い。

ただ、ハイネとピルテは、順調に相手を削っており、黒い霧から逃げたとしても、霧の範囲は広がり続けており、逃げ切れなくなった者達から、黒い霧に飲み込まれて次々と倒れて行く。


ブワッ!


「なっ?!避けろ!」


「うあああぁぁ!」


その状態から、更に、黒い霧の中に居て、手を出されなくなったハイネとピルテは、風魔法を使用して一気にフェイントフォグの範囲を広げ、敵の数を減らす。


「クソッ!魔法はまだなのか?!」


「早くしろ!」


「来るな!来るなぁ……」


ドサッ……


次々と奴隷達が倒れ、俺達の相手をしていた連中も、少しずつ意識がハイネ達の方向へと向いている。

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