第554話 狂乱のマイナ
バリスタは、攻城兵器に向けて撃つ事も有ると言ったように、その破壊力は凄まじい。そんな物を屋敷の中で使えば、壁や床が破壊されてしまい、侵入者を追い払う為に屋敷を崩壊させてしまうかもしれない。
バリスタなんて物を屋内に設置して、俺達に撃ってくるなんて事は考えてもいなかった。それを実行している相手を見れば、嘘だろ?!と言いたくなるというものだ。
それ程に異様な事が起きているのである。
ニルが神経を研ぎ澄まし、アイスパヴィースを使って、やっとの思いでバリスタ一射目の軌道を変えてくれる。
飛んで来たバリスタの矢は三本。
一本目、二本目の矢はニルが何とか軌道を変え、三本目は狙いを外したらしく、俺達の横を通り過ぎて後ろの壁に当たり、壁の一部を抉り取った。
俺がこの建築物の建材を調べた時、間違いなく簡単には壊せない材質だった。それを抉り取る程の威力となればニルのアイスパヴィースもそう長くは耐えられない。
「滅茶苦茶な事をっ!」
ビュッ!ガンッ!
「っ!!前に出ます!!」
タイミングをズラして飛んで来たバリスタの矢を、もう一度受け流したニルは、そのタイミングで前に出る。
状況的に、後ろに下がり防御を固めたくなるような展開だが、ニルは敢えて前へと出る。
しかし、これがこの場合においては正しい判断である。
バリスタは壁の奥から射撃用の穴を通して発射されている。普通の矢を放つ時と同様に、射撃用の穴の真横にまで張り付く事が出来れば、相手は俺達を狙い撃つ事が出来なくなる。問題は、バリスタという破壊力の大きな武器を使われた時、敵と俺達を隔てる石壁が、防御壁としての役割を果たし得ないという事だろう。
何重かになっていて、俺達が多少攻撃したくらいでは破壊されないように防御壁を作っていると思うが、バリスタの攻撃を止められる程の物には見えない。つまり、俺達が壁に張り付いても、壁ごと貫通する事が出来るようになっているのではないかと思う。
「ニル!壁に寄っても油断するなよ!」
「はい!視線を切る為です!」
壁を破壊可能なバリスタが控えていても、俺達が壁に寄って視線を切れば、相手はどこを撃てば当たるのか判断が難しくなる。
一応、撃つ役と見る役の者達は別々で居るのだが、撃つ役の者が、目標を視認出来ないとなると、バリスタでの攻撃は、どうしても命中率に欠ける。
最初の三発の内、一発が俺達から僅かに外れた位置を飛んで行ったのが良い証拠と言えるだろう。
しっかりと俺達を視認していても外すのだから、命中率は低いと言える。本来であれば、風魔法を駆使して、飛んで行く矢を誘導する事で目標に高い確率で当てられるのだが、ここは室内であり、バリスタと俺達の距離は数メートル。射出してから着弾までが早い分、風魔法による制御なんて、ほぼ出来ないような距離だ。そんな距離で射出するとなれば、視線の有無は非常に大きな意味を持ってくる。
そこまでの事を考えて、ニルは壁から離れるのではなく、近付くという選択肢を取ったのだ。
「来るぞ!放て!」
バリスタは、一度矢を放つと、再装填にそれなりの時間が掛かる。その間に、残されている別のバリスタが矢を放ち、装填に入ると、再装填が終わったバリスタが矢を放つ。こうして、順に矢を放つ事で、絶え間なくバリスタによる攻撃を行うようだ。
壁の向こう側に有るバリスタが、何
バリケードとして使用している石壁は、しっかりと高い天井近くまで伸びており、簡単には飛び越えられないようになっている。
ビュッ!ビュッ!
ニルの突撃に対して、まだ射出されていないバリスタから、二本の矢が飛んで来る。
風を切る金属製の矢の音が、やけにハッキリ聞こえる。
ガンッ!ゴンッ!
飛んで来た矢がニルの操るアイスパヴィースに当たり、床の石材を破壊する。
数発の矢を弾いただけで、既にニルの使っているアイスパヴィースには、ヒビが入っている。
「二射目!放てぇ!」
最初に発射したバリスタの装填が終わり、二射目が放たれる。
ガンッ!ギィン!
「ご主人様!そろそろもちません!」
ニルは、バリスタの二射目、二発の矢は上手く軌道を逸らしてみせるが、アイスパヴィースは既にヒビだらけ。次の一射が止められるか微妙なところ。
強引に近付いて、壁までは辿り着けそうだが、壁を無理矢理破壊して乗り込むには時間が足りない。
「これで!」
俺は腰袋からカビ玉を取り出して、バリスタが発射されるより先に、壁に空いた穴の中へと、投げ入れる。投げ入れるのは、未だ二射目を放っていない四門のバリスタが控える場所だ。
ドドドドガァァァン!
壁の奥で、爆発音が鳴り響き、爆風が穴から漏れ出して来るのを感じる。
「「「「「ぐあああぁぁぁぁっ!」」」」」
壁の奥からは、爆発に巻き込まれたであろう者達の叫び声。
「魔法で強引に壁を壊す!時間を稼いでくれ!」
「ピルテ!」
「はい!お母様!」
俺は、壁を破壊する為の魔法陣を部屋に入ってから描いているが、もう少し時間が必要だ。
俺が魔法陣を描くまでの時間稼ぎを買って出てくれたのは、ハイネとピルテ。
「お母様!」
「ええ!」
何をするのかは分からなかったが、各自で考えて動いてくれと言った以上は、二人を心底信じる。それが俺に出来る最善である。
二人は、俺とニルの前に出ると、壁に空いた穴の方へと向かう。穴の大きさは三十センチ四方程度で、人が通れるような大きさではない。
二人は、通れない穴の前まで走って行くと、中を確認し、
「なっ?!なんだ?!」
「くそっ!来るな!ぐぁっ!」
何をしたのか分からないが、壁の向こう側からは、焦っている者達の声が聞こえて来る。
バリスタを発射している暇など無かったらしく、俺は落ち着いて魔法陣を完成させる。
「二人共!下がれ!」
俺の声を聞いて、ハイネとピルテは後ろへと飛び退く。
バキバギバキッ!
俺の手元が緑色に光ると、床面から大きな木の根が伸び出して来る。床材として使われている石材を、押し退けるような形だ。
人の想像以上に、植物というのは力が強い。いくら硬い材質で作られているとしても、継ぎ目に木の根が入り込めば、石材を押し退けて伸びるのが植物だ。日本に居た時に、桜並木なんかで、アスファルトを割って伸びる木の根なんてのを見た事が有る。
いくらビッシリと石材を敷き詰めたところで、植物の力には勝てない。
そうして伸び出して来たのは、上級木魔法、世界樹の根。
室内で使うにはデカい魔法だが、他の魔法とは違って、単純に質量による破壊を得意としており、作り出される木の根は、普通の植物の根と同様に柔軟な材質をしている。これならば、必要以上に建物を破壊せずに済むはずだ。
ゴウッ!
生成された世界樹の根が、正面に向かって倒れて行く。
ズガガガガガァァァン!
世界樹の根は、俺達と敵を隔てていた壁を破壊し、それでも止まらず、奥へと倒れ込む。バリケードを破壊した土煙が部屋中に充満し、破壊された壁の破片が、ガラガラと音を立てて崩れて行く。
「ゴホッゴホッ!凄い土埃だな…やり過ぎたか…?」
「いえ。これ以上無い程に完璧な魔法でした。」
ニルは正面を向いたまま、土埃の奥を見詰めている。
「うぅ……」
「何が…起こったんだ…?」
土埃の奥では、壁を破壊して倒れ込んだ世界樹の根と、それに吹き飛ばされて倒れている敵兵達の影が見える。
「バリスタは二門破壊出来たみたいね。」
「敵兵も、三分の一は巻き込めたみたいですよ。」
五感の鋭いハイネとピルテは、土埃の奥の状況がよく分かっているらしく、状況を説明してくれる。
「このまま進めそうか?」
「そうね……っ?!」
何かに気が付いたハイネが、地面を蹴って、ニルの方へと跳ぶ。
ドンッ!
ニルを抱き締めて、二人はそのまま地面へと倒れて行く。
ビュッ!
その時、ニルの居た位置に、土埃を割って飛んで来たのは、バリスタの矢。
ザシュッ!
「くぅっ!」
飛んで来たバリスタの矢は、ニルを串刺しにする軌道だったが、それをハイネが何とか回避させた。しかし、ハイネの背中を、バリスタの矢が掠め、痛そうな声が聞こえて来る。
「お母様!!」
「ハイネさん!?」
「ハイネ?!」
ニル自身は、突然ハイネに飛び付かれて、何が何だか分からないと言った表情をしている。
直ぐにピルテとスラたんがハイネとニルに近寄る。
俺は、次の攻撃が来るかもしれない為、四人の前に壁となるように立って、桜咲刀を構える。
未だ、土埃は舞っており、奥の状況は見えていない。
こんな状態で、バリスタを…?勘で撃ったにしては的確過ぎる。ただのマグレか…?
「お母様!」
「だ、大丈夫よ。っ!!」
ニルから離れたハイネは、少しだけ痛そうな反応をしているが、取り敢えず致命傷では無さそうだ。
完全に油断した。
この状況下で、バリスタを撃ってくるとは思っていなかった。いつもならば、もう少し気を張っていた場面かもしれないが…疲れが……いや、それは言い訳だ。単純に虚を突かれてしまった。そして、集中力が足りなかった。
「ハイネさん!」
「ニルちゃんが無事で良かったわ。」
ニルも状況を把握したのか、ハイネの事を心配しているが、当の本人は傷など大した事は無いと言いたげに笑っている。
チラッと後ろを見ると、ハイネの背中には三十センチ弱の裂傷が見える。
服も裂けて、血が滲んでいる。幸い、深い傷ではなさそうだが、浅い傷とも言えない。
「スラたん!」
「分かってる!直ぐに治療するよ!」
この中で、医学についてある程度の知識を持っているのはスラたんだけだ。傷の状態や治療については、スラたんに一任するのが良いだろう。
「平気よ。そんなに深い傷ではないわ。」
「何言ってるんだよ!直ぐに治療しなきゃ!僕に任せて!」
ハイネの言葉を聞いて、スラたんは怒るように言い付けて、ハイネの背中を治療し始める。
「何やってるのよ。外してるじゃない。」
土埃が少しずつ晴れ、奥の状況が見えて来ると、土埃の奥から女の声がする。
「も、申し訳ございません!」
「謝って済む話じゃないわよ。」
「や、やめ…やめぐあああぁぁぁ!!」
ザクッ!
声を聞いているだけで、何が起きているのか大体想像出来るが…
土埃が晴れると、奥には黒髪の女が立っている。
レンヤが連れ去った影武者の女によく似ている女だ。いや、正確には、この女に影武者の女が似ていたと言うべきだろうか。
背格好や服装は全く同じで、手に持っている真っ赤な扇も同じ物だ。ただ…瞳は緑ではなく、赤色。
「あれが…狂乱のマイナか…」
ハイネが言っていたように、影武者の女とは違い、特有のオーラのようなものを感じる。本人の自信の表れ…とでも言えば良いのだろうか。
マイナの横には、何人かの強そうな戦闘奴隷。その中の一人が、直剣を一人の男に突き立てているのが見える。
土埃がようやく晴れて、周囲を確認出来るようになり、やっと状況を把握出来た。
壁の向こう側に居たのは、ほぼ全てが奴隷。中には兵士のような奴らも居るが、そいつらは奴隷に指示を出す為の人員だろう。
「へえ。私の事を知っているなんて、どこから情報が漏れたのかしら。そう言えば、さっき私の代わりの女が捕まったって言ってたわね。あの女が口を割ったのかしら?」
トントンと自分の顎を扇で叩きながら、斜め上を見ながら言うマイナ。
「これだから姿が似ているだけの女なんて使えないのよね。似ているからって、その辺で拾って来た女じゃ役に立たないわね。ギガス族の男も付けてやったのに……見付けたら殺さないと。」
それがさも当たり前かのように殺すと言い切るマイナ。
それを聞いてではないが、見た時から、この女はヤバい。そう感じている。
ヤバいというのは、この女の目だ。
自分以外の全ての物には、全く価値が無いと言っているような目。命すらも、ただの物に過ぎず、それは自分の裁量によって、どうとでもなる物だと思っている目をしているのだ。
こういう人間というのは、非常に危険だ。命を奪う事に対して、何も感じないから、一切躊躇ったりしない。
俺も、壊れているからよく分かる。ただ、よく分かるからこそ、俺よりも壊れているという事が分かってしまう。
俺も、人を殺す事に対して罪悪感を感じない壊れた人間だが、何も感じないわけではない。色々と思うところは有るし、無感情に人を殺す事はまず無い。
だが、このマイナという女は、まるでそれが生活の一部かのように、人を殺す。そういう類の人間だ。
ダンッ!
ザシュッ!!
「チッ!」
唐突に、ピルテがマイナの居る方へと走り出し、シャドウクロウを突き出した。あまりにも突然の事だったから、俺も驚いていたくらいだったのだが、マイナの横にいた戦闘奴隷の一人が、ピルテの突撃に反応して腕を出し、シャドウクロウを自らの体で止める。
シャドウクロウは、マイナの首元を狙っていたのだが、そこへ届く事は無く、奴隷に止められてしまった。
「あらあら。随分とせっかちなお嬢さんね。」
自分の口を隠すように扇を開くマイナ。
それに対して、ピルテは冷たい殺気を垂れ流して、マイナの事を見ている。
自分の愛する母親を傷付けられたのだから、その怒りも当然の事だ。ただ、相手はパペットの頭、マイナだ。ここまで影武者やら何やらを使って生き残ってきたのは伊達ではないはず。そう簡単に首を取れるものではない。感情に任せて動けば、こちらが殺られかねない。
「ピルテ!落ち着きなさい!私なら大丈夫だから!」
「っ………」
ピルテはハイネの一言を聞いて、前に出そうとした足を止める。
「言ったでしょ。疲れている時こそ冷静になるのよ。」
「……はい。」
ピルテは、ハイネの言葉を聞いて、肩の力を抜く。
ピルテのシャドウクロウを腕で受け止めた戦闘奴隷は、腕に穴が空いているというのに、特に痛そうな顔もせずこちらを見ている。
「ハイネ。あの女はどうだ?」
「間違いないわ。同族よ。」
俺はピルテが引いたのを見て、後ろのハイネに確認を取る。
どうやら、予想通り、マイナは吸血鬼族らしい。
土埃があれだけ舞っていて、ニルの事を的確に捉えていたのは、マイナの五感が優れていたから、俺達の位置を認識して攻撃を仕掛けて来たという事だろう。
ただ、マイナがハイネ達を見ても、何も反応を示さないという事から、吸血鬼族の事を知っているようには見えない。
もし、吸血鬼族の事を知っているのならば、人族の感覚で見た時、その容姿が歳と比例しているとは限らない事くらい分かるはずだし、ピルテの事をお嬢さんとは呼ばないだろう。
「それにしても…折角のバリスタを、二門も壊すなんて、酷いわね。」
世界樹の根の下敷きになって潰れたバリスタを横目に見ながら、そんな事を言ってくるマイナ。
「一門いくらするか知っているのかしら?」
「………………」
「まあ良いわ。その分、そこのシンヤ…だったかしら。貴方から色々と貰えば良い話よね。
貴方も、渡人なんでしょう?」
「……そうだな。」
状況はあまり良くない。ハイネが怪我を負った事で、少なくとも治療が終わるまでは、ハイネの参戦は難しい。浅くない傷を受けてしまったし、暫くは参戦出来ないとすると…少しでも時間を稼いでおきたいところだ。
どうやら、マイナは話が好きな様子だし、暫く会話に付き合うのも手かもしれない。もしかすると、うっかりバラバンタの事なんかを喋ってくれるかもしれないし。流石に、ここまで賢く生き残ってきた女がそんな単純なミスをするとは思わないが…
「それに、貴方、面白い力を使うらしいわね?」
「何の事だ?」
「とぼけても無駄よ。報告は入っているのだからね。」
「………………」
あれだけ派手に聖魂魔法を使ったのだから、話が回るのは当然の事だ。魔法陣を描かずに、上級魔法を凌駕する威力の魔法を放てる…なんて力は、他に無いだろうし、友魔の力だと分かっていて聞いているのだろう。
「それでも、そろそろ貴方達も限界でしょう?随分と暴れ回っていたみたいだけれど、ここを吹き飛ばさないのは、ああいう魔法がもう使えないからよね?」
全てお見通し…とまではいかないが、確かに、聖魂魔法が残っていれば、ここの建材如き、まとめて吹き飛ばすような魔法も使えただろう。そうするかどうかは別にしても、選択肢として入っていた事に間違いはない。
ただ、もし聖魂魔法が残っていたとしても、恐らく全て吹き飛ばすような魔法は使わなかったと思う。理由は、プレイヤーが後何人居るのか分からないからだ。建物を吹き飛ばすような魔法は有るが、その攻撃で全てのプレイヤーやバラバンタを殺せるかは別の話。プレイヤーが手を組んで防御魔法でも使っていたら、確実に生き残る。範囲が広い魔法となると、その分、局所的なダメージは低くなるからだ。
何度も何度も使えるならば、重ねて攻撃を加える事も出来るが、俺が使えるのは一日二回。二回分残っていたとしても、その二回で居場所も分からないプレイヤー達を全て吹き飛ばすのは難しい。
そういう事も含めて、聖魂魔法についての知識は、マイナには皆無だと思って良いだろう。
「さあな。」
「連れないわね……まあ良いわ。これから確かめれば良いだけだもの。」
マイナが扇をピシャリと閉めると、マイナの後ろに有る二つの扉が開き、ゾロゾロと枷を身に付けた者達が出てくる。
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