第553話 屋敷 (2)

少し冷たい言い方ではあったが、実際に、ここで彼等を部屋から出す事は、寧ろ状況を悪化させる原因になる。最悪、部屋から出たのを知られたら、全員死んでしまうかもしれない。そうならないよう、全てを終えてから、確実に救い出す。それが正しい方法だろう。


まあ…スラたんの気持ちも分からなくはない。俺は状況を見ていないから、ある程度冷静に物事を考えられているだけだ。スラたんだって、俺の言った事を知らないわけではないのだから、それすら頭から吹き飛んでしまうくらい、奴隷達は酷い状態なのだろう。


この屋敷の中は、ブードン-フヨルデのプライベートな空間だ。街の者達が見る事は無いし、中で何をしていても、それを知る由は無い。例え、フージ-フヨルデがやっていたように、奴隷達を死ぬまで殴っていたとしてもだ。


「確かに、僕が軽率だったね…彼等を助けたいなら、まずはこの屋敷を落として、主人であるをどうにかしないとね。」


「ああ。その通りだ。」


言葉にはしなかったが、俺達は、奴隷に対しても助けようとする動きを何度も見せてきたから、傷付いた奴隷達を餌に、俺達を誘き寄せようとしている可能性が高い。

あくまでも、引っ掛かればラッキー程度の考えだろうが、今彼等に近付くのは、俺達てしても、奴隷達としても、良い結果にはならないという事だ。


「ねえ。シンヤ君。」


「何だ?」


「ブードン-フヨルデ。彼の事は僕に任せてくれないかな?」


「……分かった。」


ブードン-フヨルデ自身は、それ程の戦闘力は持っていないはず。今のスラたんでも、圧倒出来る程度の相手だろう。

ブードン-フヨルデを守る為に配置されている連中は強いかもしれないが、露払いは俺達がすれば良い。

スラたんは平坦な声色で俺に聞いているが、口角がヒクヒクしている。かなり怒っているのだろう。基本的には怒るよりも人を救いたいと思うようなスラたんを、ここまで怒らせるとは…親が親なら子も子というやつか。


「シンヤさん。そろそろ行きましょう。後ろが少し騒がしくなってきたわ。」


休んでいたハイネとピルテが立ち上がり、声を掛けて来る。


俺達にも、微かに外の声が聞こえて来るが、どうやら扉を抑えている土魔法を壊そうとしているようだ。一つだけ開かない扉が有れば、怪しむのは当然だし、休憩の時間は終了のようだ。


「スラたん。どっちの扉を進むのが良さそうだ?」


「まだ全部は見られていないけど、構造的に、右の扉を進むと、この屋敷の中枢部分に繋がっていると思う。」


「よし。ここからは休憩を挟むなんて事は出来ないだろうし、かなり辛い戦いになると思う。俺も、状況によっては指示を出せなくなるかもしれない。

なるべく指示を出したいとは思うが、そう出来ない時は、各自で考えて動いてくれ。」


俺の言葉に、全員が頷いてくれる。


俺が全体に指示を出しているのは、俺達五人の向くべき方向を合わせたり、タイミングを合わせる為で、四人が指示を出さなければ動けないからという理由ではない。

この四人ならば、指示なんて出さなくても良いように動いてくれるはずだ。しかし、こうして綱渡りの戦闘を続けていくには、誰かが指示を出して、細かな部分で意識を統一させる事が重要だったりする…と俺は思っている。

元々はソロプレイを続けていたのだし、俺の指示が、本当にパーティにとって最良の指示なのかという事に関しては、あまり自信が無い。

ニルと行動を共にするようになってからは、俺も色々と学んだが、それでも、俺の判断の殆どは、ソロプレイヤーだった時に培われたもので、その時の経験が判断の基準になっている為、それが五人のパーティに対して有効な指示なのかどうかというのは、正直分からない。

ただ、ハイネもピルテも、そしてスラたんも、俺がニルに指示を出している延長で指示を聞いてくれていて、問題無いと思ってくれているとの事だから、俺が司令塔を任されたのだ。

そういう経緯が有る事からも分かるように、本来、皆への指示が無くても、しっかりと動いてくれる。極論を言えば、連携を取りたい時や、タイミングを合わせたい時にのみ、合図を出すくらいでも問題は無いということだ。

特に、ハイネやピルテは、吸血鬼族の部隊を任されていたのだし、こういう指示を出す方の立場も経験しているのだから、二人が指示を出しても問題は無いに違いない。そうしないのは、単純に二人が俺に司令塔を任せると言ってくれたからに過ぎない。

故に、俺が指示を出せない状況になったとしても、あまり問題は無い。俺の指示を待つなという指示ならば、そのように動いてくれる。


そう考えてみると……この五人のパーティというのは、とんでもない戦闘力のパーティなのかもしれない。いや、そう考えなくても、恐ろしいパーティだと断言出来る。五人だけで一万人近くを削り取ったのだから、誰しもが頷いてくれるだろう。


元々、皆を助けたいという気持ちだけでなく、この五人ならば、何とか出来るだろうという勝算があったからこそこの屋敷に乗り込んだのだ。今、その勝算が本物だったと証明する時が来たらしい。


「先に全体の基本的な動きを指示しておくぞ。時間が無いから手短にな。

ニル。敵が現れたらアイスパヴィースを頼む。

ハイネとピルテは好きに動いてくれ。室内での戦いは、俺やニルより二人の方が効率的に敵を排除出来るだろう。

スラたんは全体の動きを見て援護を頼む。それと、後方の確認を。」


「分かりました。」

「了解よ。」

「はい。」

「任せて!」


「よし……行こう!」


俺の声を聞いて、スラたんが扉を開ける。


木製の扉の奥には、真っ赤な絨毯が先まで続く広い廊下。


天井は高く四メートルは有る。

幅も三メートル近く有るだろうか。かなり広い廊下で、床から二メートル程の位置にガラス窓が連なっており、外からの光が差し込んでいる。


廊下に出てみたが、スラたんが言っていたように、敵の姿は無い。


ズガガ…


扉を出て直ぐに、俺が扉を塞ぐように土魔法で石壁を作り出す。


「……嫌に静かだな……」


俺が使った土魔法の音が消えると、何も音の無い静かな空間となる。

敵の懐に飛び込んだというのに、包囲されるわけでもなく、追い詰められるわけでもなく…数分ではあるが休憩まで出来てしまった。あまりにも簡単過ぎる。

こういう時というのは、大体何かヤバい事が待っている前触れだと、ダンジョンを何度も一人で攻略してきた直感が告げている。

それは、ハイネ達も同じ考えらしく、妙に静かな廊下を前に、緊張したような面持ちでシャドウクロウを構えている。


廊下は長く、直線的に続いており、右側にはいくつかの扉が見えている。恐らく、この扉のどれか一つの中に、スラたんの言っていた奴隷が居るのだろうと思う。問題は、それ以外の扉だ。どこに通じているのかもよく分からないし、扉の奥に扉が有るとしたら、その奥がどうなっているのか、そこには誰かが居るのか…流石にスラたんのスライムでも、あの短時間では、そこまで詳しい事までは調べられなかっただろうから、実質的に、今真横に見えている扉から敵が飛び出して来るという事も十分に考えられる。こんな危険な屋敷の先に進むしかないというのは、色々と体験して来た俺達も、緊張せざるを得ない。


まさに、鬼が出るか蛇が出るか…


どちらにしたとしても、良いものが出て来る事はなさそうだ。


「慎重に行こう。」


「はい…」


長く続く廊下を、ゆっくりと進み始めるニル。


左手にはいつでもアイスパヴィースを展開出来るように魔法陣。右手には戦華がしっかりと握られており、突発的な戦闘が起きたとしても、直ぐに反応出来るように全周囲に気を張っている。

それは、ニルだけでなく、他の全員が同じだ。残念ながら、屋敷の一部を丸々吹き飛ばすような魔法を使うわけにはいかず、どうしても控えめな魔法になってしまう為、豪快に全員を吹き飛ばす…なんて事は出来ない。一つ一つしっかりと乗り越えて行くしかない。

当然だが、屋敷の外から魔法を撃ちまくって、全てを破壊するという事も考えたが、対象がデカ過ぎて魔力回復薬が有っても足りない事、俺達の狙う相手の死体が残るかどうか分からず、倒せたかどうかの判別が難しい事、そして何より、屋敷自体も強化されている可能性が高く、外から破壊する事が出来ないであろうという事から、内部に入るしかないと結論付けた。

実際に、中に入って壁や床を見てみると分かるが、建材の材質が普通の石材とは違う。金属を混ぜ込んでいるのか、魔法で何か別の素材を使っているのか…休憩時に破壊出来そうか試してみたが、破壊するのにかなりの労力が必要な事が分かった。

あくまでも、建築物である以上、継ぎ目等も有るだろうし、石材自体は破壊出来ずとも、建築物を破壊する事は出来なくはないと思うが、流石に必要な労力が大き過ぎて、屋敷の破壊は非現実的だと判断出来た。

それならば、俺達が使う魔法も、強力なものを使えるのでは?と思うかもしれないが…どの程度の威力で崩れるのかも分からないのに、実験的に魔法を使うなんて事は出来ない。もし、それで崩れてしまった場合、破壊の難しい石材が、頭上から大量に降ってくる事になる。考えただけでゾッとする光景だ。あんなのはアイトヴァラスの居た洞窟内での崩落体験だけで十分だ。


とにかく…俺達は、屋敷の部屋を一つ一つ制圧して、目標である人物を見つけ出して消して行く必要が有るという事だ。

なかなかに面倒な戦闘ではあるが、外での戦闘とは違い、部屋の広さが決まっていて、一度に相手をする数は、ある程度の人数以上にはならないのが救いである。

出来る事ならば、極力狭い部屋を通りながら進みたいが、相手側はなるべく広い部屋で戦いたいだろう。そうなると、俺達の狙っている連中は、間違いなく広い部屋に居る。そこでは、俺達が来るのを大勢が待ち構えている事だろう。それをどうにかしなければならないわけだ。

室内ならば、アイテムや吸血鬼魔法を有用に使う事が出来るし、それで何とか出来れば良いが、ここまでに手の内をほぼ全て晒してしまったので、流石に対策されているだろう。


キツい戦闘になりそうだ。


周囲の状況を確認しつつ、慎重に、しかし迅速に廊下を進む。


「スラたん。奴隷達が居た部屋は分かるか?」


「うん。もう二つ先にある扉だよ。」


スラたんが指で示した場所には、木製ではなく、金属製の扉が見えている。

どれだけの金額を使って建てられた建築物なのか見当も付かないような屋敷の廊下。その中では金属製の扉がやけに異質なものに見える。


俺達は、その扉まで近付いて行く。


空気の出入りを確立する為なのか、扉の上下には隙間が開いており、中から微かな明かりが出てきている。


俺は、それを確認し、廊下を進んでいる間に描き上げた土魔法を使う。


ズガガッ!


俺が使った土魔法によって、金属製の扉の前に石壁が出来上がる。空気穴を塞がないように気を付けてだ。


「これで良いな。」


こんな場所に奴隷が押し込められた部屋が在るという事は、誰かが通ったら襲い掛かるように言われていると考えておいた方が良い。

光が漏れ出しているのも、恐らくは中を調べさせる為の罠だろう。

突然爆発したり、体内から木の枝が伸びて来るなんて事も散々起きてきたし、そういう奴隷の使い方をする可能性は非常に高い。そんな事をさせない為には、そもそも部屋から出さないようにしてしまえば良いという事だ。


単純に奴隷達を廊下に配置しても、俺達を殺せないと判断し、小賢しい手を使っての攻撃に切り替えたのだろうが、そんな手には引っ掛からない。

俺がソロプレイヤーとしてダンジョンに潜り、モンスター達を排除する際、トラップや小賢しい手を散々使って、チクチクと相手の体力を削り取っていたのだから、似たような手は通用しない。


「…行くぞ。」


スラたんは、一度だけ悲しそうな目で、石壁によって塞がれた金属製の扉を見た後、俺達の後ろを付いてくる。


ガゴッ!


俺達が金属製の扉の前を通り過ぎすると、扉が開いた音がする。やはり、俺達の気配を感じたら、外に出るように言われていたらしい。

しかし、金属製の扉を開けてみたら、そこには石壁。出られない状態になっていてビックリしている事だろう。

だが、出て来られないならば、出て来られない方が良い。もし、無理にでも出て来てしまえば、俺達は彼等を斬るしかなくなってしまうから。


「あの人達が出て来る前に、さっさとここを離れよう。」


「…うん。」


奴隷達も、命令されている以上、石壁で出られないからと諦める事は出来ない。どうにかして命令を実行しようとし続けなければ、彼等は死んでしまう。石壁は俺が作り出した一枚だけだし、道具か何かが有れば、出て来るのも時間の問題だ。その前に立ち去るのが良いだろう。


俺達は、石壁から聞こえて来るドンドンという音を聞きながら、前へと進む。


結局、その奴隷達以外には特に何も無く、右手に見えている扉の先は、殆どが袋小路。どうやら客室がズラリと並んでいる場所らしい。

それにしても……並んでいる客室。その一箇所に奴隷を閉じ込めておく金属製の扉…どういう用途で奴隷がそこに閉じ込められていたのか……いや。考えるのは止めておこう。


結局、俺達は、廊下を突き当たりまで進む事になった。


「ちょっと待ってね…今から僕が…」


突き当たりには、他よりも一回り大きな木製の扉が設置されており、スラたんがその扉の先をスライムで調べようとしてくれる。しかし…


ガラガラガラッ!


廊下の後方から、石壁が壊された音が聞こえて来る。


「急げ!先に居るぞ!」


ガシャガシャと鳴っている音は、鎧の音。どうやら後ろから追い付こうとしていた連中が、石壁を破って廊下に出てきたらしい。


「私がトラップを仕掛けます!」


それを聞いたピルテが、後ろを振り向いてトラップ魔法を仕掛ける。


ガガガッ!

「「「ぐあああぁぁぁ!!」」」


その時、後ろから叫び声が聞こえて来る。

廊下には、何個かトラップ魔法を仕掛けておいた為、それが発動して、敵兵達が引っ掛かったのだ。


「気を付けろ!トラップが仕掛けてあるぞ!」


「おい!魔法で発動させろ!」


トラップが仕掛けてあると分かれば、それを発動させてしまう事で、無効化は簡単に出来てしまう。それは分かっていたのだが、トラップが有ると分かれば、確かめながら長い廊下を進まなければならず、進むのに時間が掛かる。時間稼ぎにしかならないが、今はその時間稼ぎが重要なのだ。

但し、時間稼ぎとは言っても、稼げるのは最大でも数分程度。ゆっくりじっくりやっている時間は無い。


「行くぞ!先の様子を伺っている暇は無い!」


少し賭けになるが、正面の扉以外に進める道は無い。


バンッ!!


後ろの連中が俺達の元に辿り着く前に、勢い良く扉を開く。


「っ!!」

パキパキパキッ!


それと同時に、ニルが真っ先に飛び込み、即座に用意していたアイスパヴィースを発動する。


キンキンキンッ!


発動と同時に飛んで来たのは、矢だった。

大量の矢が飛んで来て、それをニルのアイスパヴィースが何とか防いでくれたが…完全な待ち伏せ。廊下で何も無かったのは、ここで一気に叩き潰す為、兵力を集中させていたからという事に違いない。


扉の先は、円柱状のホールのような形をしていて、だだっ広い空間。元々は何かの為に造られた部屋なのだろうが、現状は、全ての物が取り払われており、何も無い石壁のホールになっている。

そこに、敵兵達が魔法で石壁を立てたり、設置型の盾を置いたりと、完全防御体勢が整っている。


「ハイネ!後ろを塞ぐぞ!」


目の前に居る敵兵達の相手を直ぐにしたいのは山々だが、後ろから迫って来ている連中まで合流してしまうと、挟み込まれる形になる為、かなり危険となる。そうならないように、直ぐに塞ぐ事が出来る後ろ側から、冷静に対処するべきだろう。


「ええ!!」


ズガガッズガガッ!


俺とハイネで、入ってきた扉をここまでとは違って二重の土魔法でしっかりと塞ぐ。ちょっとやそっとでは破壊する事が出来ないはずだ。


「ご主人様!正面もどうにかしなければ長くは止められません!」


ズガッ!バキッ!


「嘘でしょ?!」


ハイネがついついそんな事を言ってしまうのも無理はない。


目の前に衝立ついたてのように立てられている石壁の向こうから、何と…大きな金属製の矢が飛んで来た。

その矢を発射できるのは、外壁の上に設置されるようなバリスタだ。外壁から移動させたのか、それとも元々この屋敷のどこかに保管されていたのかは知らないが、石壁の向こう側に数台のバリスタが設置されているらしい。

念の為言っておくと…バリスタというのは、街の防衛時に、飛行型モンスターを攻撃したり、遠くの部隊や攻城兵器等、大物に対して使う物であり、数人に対して使うような武器ではない。現代日本で言えば、戦車等を撃つ為に作られた対物ライフルを、人に向けて撃っているようなイメージだ。オーバーパワーにも程がある。ジャノヤの街に初めて突入する時も、バリスタを撃たれたが、あれは本来の使い方ではない。侵入して来る者に対して撃つという意味では…まあ間違ってはいないのかもしれないが…

とにかく、こんな屋敷の中に設置して、侵入者に向けて撃とうなんて、普通は考えないものだし、思いついたとしても、実行しようとはしないものだ。

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