第552話 屋敷

石像なんて物を見る機会など、そうあるものではないし、その答えは直ぐに思い出せた。

それは、盗賊達との戦いで、初めて壊滅させた盗賊団、貴族盗賊団ノーブル。その本拠地の在った古城だ。

城の中に設置されていた石像が、似たようなよく分からないデザインだった。考えてみると、ここも西洋風の城と言えなくはない造りで、よく似た建物だ。

ここはブードン-フヨルデの屋敷で、その趣味を大いに受けて造られているはず。つまり…その感性を受けているであろう石像が、ノーブルの居た古城にも有ったとなると、ブードン-フヨルデが、ノーブルの連中に古城を与えたという事になる。ノーブルの手下の中には、ブードン-フヨルデの配下である事を示す『Σ』のタトゥーが入った連中も沢山居たし、何となく察しは付いていたが…ブードン-フヨルデは、ハンターズララバイ全体に支援を行っていたという事だ。

貴族盗賊というのは、貴族を相手に詐欺をして金を得る連中だ。その手を借りて、自分に不利になりそうな貴族連中をターゲットにさせていた…と容易に想像出来る。


そう考えると、今、盗賊連中に手を貸している貴族達、ブードン-フヨルデに付き従う貴族達は、半分脅迫のような形で従わされているのかもしれない。

爵位が上のブードン-フヨルデから圧力を掛けられ、盗賊に詐欺を受け…なんて考えてみると、長い物に巻かれなければ、生きる事さえ出来ない状態に陥ってしまうはずだ。


一般人全体の敵である盗賊と、表では英雄のような振る舞いを見せながらも、裏では悪の親玉だった貴族。これらが手を結んで悪事を働いていたとなると、遅かれ早かれ、この辺りは混沌とした状態に陥っていたのかもしれない。俺達が来た事で、少しそれが早まったかもしれないが、ザレインの事もあるし、街の内側はボロボロだったに違いない。


結局、盗賊団を潰すには、ブードン-フヨルデもどうにかしなければならないという事だ。最初からそのつもりでいたが、より強く確信した。


「ご主人様!」


「まあ…そうなるだろうな…」


無理矢理扉をこじ開けて中に入ったのだから、当然中には俺達を出迎えてくれる美人のメイド達……ではなく、強面の盗賊とブードン-フヨルデの私兵達が待っていた。

しかも、ご丁寧に完全武装の上、魔法も準備万端。まあ、敵が来ると分かっていて何も準備していないわけがない。


ニルのアイスパヴィースは既に捨てて来た。かなりボロボロになっていたから、持って来ていても直ぐに砕けたはず。そうなる前に捨てるのは仕方の無い事だ。

ただ、アイスパヴィースが無い今の状態で、魔法を放たれると、色々と厳しい。ここまでの間に、アイスパヴィースが無くても、何とか魔法の一斉射撃を乗り切って来たのだから、アイスパヴィースなど無くても…と思うだろうが、今回の場合、今までの戦闘とは大きく違う点が一つ有り、それが防御を難しくしている。


それは、ここがだと言う事だ。


屋敷は非常に広く、走り回っても問題など何も無いと言えるサイズで、外とそれ程変わらないと思える。室内で魔法を放つという事自体、普通は危険で出来ない事だが、この広さ故に、それが可能となっている。しかし、いくら広いとしても、それでもここは室内なのだ。

柱が有り、天井が有り、屋根が有る。


あまりにも強い衝撃を受ければ、柱は砕け、天井と屋根は落ちて来る。外観を見た限り、西洋風の城のような形状で、横にも広いが、縦はより広い形状をしていた。つまり、下手に柱なんて壊してしまえば、天井や屋根となっている建材が、全て頭上から降ってくるという事になる。


そんな事になれば、当然、俺達は敵兵諸共生き埋めになるし、それでも生きていられる自信など無い。というか、間違いなく死ぬ。

聖魂魔法が有れば、それでも耐えられたかもしれないが、当分の間は使えない。


相手も屋敷が崩れるかもしれないという事は分かっているから、そこまで大きな魔法は使用しないと思うが、その分手数の多い魔法を選ぶはず。

一撃が大きくて、当たれば確実に死ぬような魔法も厄介だが、細かい攻撃を使った数の暴力も厄介極まりない。特に、俺達もあまりにも強力な魔法や攻撃が出来ないという制限を掛けれられてしまうので、それらを防ぐ為の方法が限られるのが非常に辛い。

数の暴力に対して、ドカーンと魔法を放って対抗した場合、そのまま生き埋めとなってしまうからだ。


こんな状況で、魔法始まりの戦闘なんて、俺達としては最悪の状況に近い。


しかし、そんな事は、ここに入る前から十分に予想出来る事だ。中に入れば、そこで待っているであろう連中が、攻撃を仕掛けて来る。誰にでも分かる簡単な話だ。


だからこそ、俺達もそれに対抗する手段を用意する事が出来た。


ブワッ!!


突如として現れた黒い霧が、待ち構えていた連中の魔法使い部隊に襲い掛かる。


「な、なんだこれは?!」


「馬鹿野郎!触れるんじゃねえ!」


自分達を取り囲まんとする黒い霧。

慌てて腕で振り払おうとした魔法使いの一人が、黒い霧を吸い込んでしまう。


「あ…がっ……」


ドサッ……


魔法使いの男は、その場で倒れて、ピクピクと痙攣している。


吸血鬼魔法、フェイントフォグ。


準備してくれていたのはハイネ。

屋敷内に入った瞬間に移動し、魔法を発動させてくれたのだ。


「うっ…」

「っ……」


ドサドサッ…


次々と倒れていく魔法使い達。準備していた魔法陣も次々と霧散して消えて行く。


「霧を風魔法で押し流せ!」


「クソッ!風魔法なんて準備してねえぞ!」


「黙って早く……」


ドサッ……


先制攻撃は、自分達の方だと考えていた敵兵達は魔法を統一しており、ほぼ全員が土魔法を準備していた。その為、風魔法を使うには、一度、今準備している土魔法を解除して、新たに描く必要が有る。

しかし、当然ながらそんな準備時間など与えない。


ハイネの使ったフェイントフォグは、風の無い室内においては、非常に凶悪な効果を発揮する。黒い霧は敵兵達の周りに滞留し、引き離そうとしても、相手は霧だから武器や防具ではどうする事も出来ない。

風魔法で対処出来るのだが、その魔法陣を描こうとすると…


ザシュッ!


「ぐあっ!!」


霧の中に紛れ込んだハイネとピルテが、シャドウクロウを使って襲い掛かって来る。ハイネ達に対処しようとしても、直ぐに黒い霧の中へと入ってしまう為、追いかけようにも追いかけられない。もたもたしていると、また別の場所からハイネ達が現れて…の繰り返しだ。

今まで、フェイントフォグを室内で使う事が少なかったから、俺も、その威力については正確な認識が出来ていなかった。風が無いというだけで、まるで別の魔法かのような威力だ。

本来、室内や風の無い森の中のような場所で使うのが望ましいとは言っていたが…ここまで違うものだとは…完全に相手を翻弄して、ハイネとピルテの独壇場だ。


「ニル!続くぞ!スラたんは周囲の警戒を頼む!」


「分かりました!」


「警戒は任せて!」


俺の声を聞いて、ニルが正面から近付く。室内という事もあって、敵の数は先程までよりも少ないが、俺達よりも多いのは変わらない。大体敵は百人前後と言ったところだろう。


屋敷の構造は、正直よく分からないし、とにかく奥に進むしかない。レンヤは先程捕まえていた影武者の女から情報を入手しようとしているはず。もし、それで重要な情報を手に入れられたならば、レンヤはレンヤで動いてくれるはずだ。その間は、俺達で敵を引き付ける必要が有る。


「正面を見ろ!来るぞ!」


「はぁぁっ!」

「やぁぁっ!」


俺とニルが正面から敵兵達に突っ込み、ハイネとピルテが後衛部隊を着々と仕留める。この構図が出来上がった時点で、敵はかなり苦しい戦いを強いられる事となる。

直ぐに増援が来るかと思っていたが、今のところ俺達の居るホール内に入って来る敵の姿は見えない。早くこのホールに居る連中を片付けられれば、少しくらいは休める時間を作れるかもしれない。


「「「「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


敵もこの屋敷を落とされるわけにはいかないと、引く事を考えず、俺達への迎撃に力を入れる。

外に居た連中は、最悪逃げれば良いとでも考えていたのか、ここまで必死になっている様子は無かったが、屋敷内の者達は、絶対にこれ以上は進ませないと、かなり必死になっている。外に逃げ道は無いという今の状況が、よく分かっているのだろう。


だが、その必死さも、俺とニルの前ではあまり意味を成さない。


「はぁぁっ!」


キンッ!ガシュッ!

「ぎゃっ!」


「やぁっ!」


ブンッ!ザシュッ!ギャリ!

「ぐぅっ!」


敵が剣を振り下ろせば、それを俺が弾いて腕を飛ばし、槍で突けば、それをニルが躱して鎧の隙間へと戦華を走らせ、側面からの攻撃を黒花の盾で受け流す。


ザシュッ!ザシュッ!

「「ぐはぁっ!」」


後衛陣の方では、ハイネとピルテが次々と敵を屠りつつ、フェイントフォグでバタバタを気絶させている。


結局、俺達が門を潜ってから、十分くらいで、そのホール内を制圧する事に成功してしまう。


「はぁ……はぁ……っ!!」


ザシュッ!

「ぐ…」


ゴトッ……


最後の一人を、ピルテがシャドウクロウで突き刺して、やっとホール内が静かになる。


「これで一段落だな…と言いたいところだが、ここに居続けるのは得策じゃないだろう。どこか休めそうな部屋を見付けるまで、もう少し頑張ってくれ。」


「だ…大丈夫です…」


ピルテは息が上がり始め、ハイネも同じような状態だ。

これまでの事を考えると、たった百人と感じるかもしれないが、実質的には四人で百人全てを倒した事になる。それも、強力な魔法無しでだ。

普通ならば、それだけでもかなり体力を消耗するのに、元々疲労が溜まっていた状態での突撃だったから、余計に辛いのだろう。だが、敵の本拠地でボーッと休んでいれば、また直ぐに取り囲まれてしまうだけの事。そうなる前に、どこかで休息を取りたい。


ホールから別の部屋へ通じる扉は、全部で五つ。正面に石造りの白い扉が一つ。左右に木製の扉が二つずつ。


「さて…どれを選ぶか…」


「魔法が掛けられているみたいで、私達には奥の様子が分からないわ。」


ハイネとピルテが、扉に近付いてみるが、防音の風魔法でも掛けられているらしく、何も聞こえないとの事。


「僕が調べてみるよ。」


スラたんがそう言うと、取り出した普通のスライムを扉の前に置く。


スライムは、木製の扉の下部を僅かに溶かしながら、ニュルニュルと奥へ入り込んで行く。


「どうだ?」


「あー…ここはダメっぽい。何の部屋か分からないけど、どうやら行き止まりだね。」


「袋小路は避けたいな…」


「次は…」


そうして、スラたんが扉の奥をこっそりと調べてみると、木製の扉の一つ、左手側、中央寄りの扉は、礼拝堂のような場所に通じているらしく、人が居ないとの事。

因みに、他の二つは、待機している敵兵が何人か居たらしい。


「シンヤさん!」


ハイネが静かに叫び、後ろを見るように促す。


「っ!!」


俺達の入って来た扉、そこに設置した石壁に、ヒビが入り始め、ポロポロと破片が落ちている。


「ここに入るぞ!」


俺も静かに叫び、礼拝堂らしき場所の扉を開き、そのまま全員で駆け込む。


ズガガッ……


入って直ぐに、扉の内側にピルテが土魔法で蓋をする。


「危なかったな…」


「でも、また直ぐにこっちにも来るよね?」


「そうだな…だが、少しは休憩出来るはずだ。」


部屋の中は、五メートル四方の比較的小さな部屋で、真正面にはフロイルストーレの石像が立っている。高さは三メートル程の大きな白い石像で、その前には長椅子が三つ。

そして、石像の飾られている土台の左右に、また別の部屋に通じているであろう木製の扉が一つずつ見える。

天井までが五メートル程と高いが、ドーム型の天井で、部屋の中には隠れられるような場所など無いし、人の気配も無い。


スラたんが調べた限り、人が居なかったのは、四つ有った木製の扉のうち、袋小路の部屋と、この礼拝堂だけ。入る前に、罠である可能性が高いと考えていたが…何かが起きる気配は無い。


「安全…と考えて良いのでしょうか?」


「…分からない。突然取り囲まれるかもしれない。だが、このまま戦闘を続けるのは無理が有るし、ここで休息を取ろう。」


「扉にはスライムを仕込んでおくよ。誰か来るようなら知らせるから、皆は休んで。」


スラたんは、戦闘にはほぼ参加しておらず、それが申し訳ないとでも思っているのか、積極的に見張りを買って出てくれる。


「お言葉に甘えるとしよう。」


「…そうね。」


ピルテとニルは、スラたんにだけ見張りをやらせる状況に対して、何やら困ったような顔をしていたが、ハイネは素直に頷いてくれる。


スラたんが、見張りを買って出たのは、自分だけが戦闘に参加していないという申し訳なさから来ているものだ。見張りを任せる事で、それが多少でも緩和されるのであれば、任せてしまった方が、スラたんの気持ち的にも良いと知っているのだろう。


「ほら。ピルテ。見張りはスラたんに任せて、私達は休むわよ。」


「で…ですが…」


「良いから座るのよ!ほら!」


スラたんを気にしているピルテを、無理矢理引っ張って長椅子に座らせるハイネ。

スラたんの事を気にし続けるピルテだったが、疲れているのは間違いではない為、座った段階で大人しくなり、息を整え始める。


「ご主人様。」


俺もニルと長椅子に座り体を休めていると、ニルが声を掛けてくる。


「どうした?」


「ここにはどれくらいの数の敵が居るとお考えですか?」


「…そうだな…ざっと五千人程度だと考えているな。ブードンの私兵も合わせての数だ。」


「五千人…ですか。多いですね…」


「疲れたか?」


「いえ。そうではありません。

この先、厳しい戦いが続くと考えますと、どこかでこの眼を使わなければならない時が来ると思いまして。」


「その眼は、魔力をごっそり持って行かれるからな…」


「はい。倒した相手の人数と、残りの人数を大体でも把握していないと、使用するタイミングを間違えてしまうかもしれませんので。」


俺にとって、聖魂魔法が切り札であるように、ニルには魔眼が有る。ただ、聖魂魔法とは違い、自身の魔力を大量に消費して発動しなければならないニルの魔眼は、諸刃の剣。下手なタイミングで使って、もし外しでもしたら、逆に自分が危険な状況へと陥ってしまう。

そのタイミングを見極める為にも、俺の考えを一度聞いておきたかったのだろう。


「その眼は諸刃の剣だ。使わないままで制圧出来るなら、使わない方が良い。本当に危ない時だけ使うようにするんだぞ。」


「はい。分かっています。

これを使うと酷く疲れますからね。」


そう言って微かに笑うニル。


疲れるから使わないというのはただの冗談だという事くらい、俺にも分かる。


もし、この五人の中の誰かが、死ぬ危険に見舞われた場合、ニルは躊躇う事無く、眼の力を解放するだろう。

俺がなるべく使うなと言ったところで、使う時は使う。ニルがそういう性格である事は、俺が一番よく知っている事だ。

もし、ニルに魔眼を使わせないようにしたいならば、俺が、誰にも死の危険が及ばないようにするしかない。


「シンヤ君。」


右手の扉の前に居たスラたんが、俺を呼んで手招きする。


「どうした?」


「うん…こっちの扉の奥には、暫く廊下が続いているんだけど…」


「??」


歯切れの悪いスラたん。どうやら、スライムを廊下の奥に移動させて、索敵してくれていたらしい。その末に、何かを見付けたみたいだが…


「簡単に言うと、かなり酷い状態の奴隷達が、何人か一つの部屋に閉じ込められているみたい。」


「かなり酷い状態……と言うと、ザレインか?」


「ザレインを使用されているかは分からないけど…」


ザレインが原因ではなく、酷い状態となると、大体想像が出来る。ブードン-フヨルデの息子であったフージ-フヨルデ。ハイネ達の話では、奴の屋敷に居た奴隷達は、かなり酷い状態だったらしいし、恐らくそれと同じような状態なのだろうと思う。

隠れ村に匿われて、随分と体調は良くなったみたいだが、古傷として体のあちこちにその時の痕跡が残っていたし、余程酷い扱いを受けていたのだろう。

恐らく、そんな状態の奴隷達が、その部屋に閉じ込められているのではないだろうか。


「……スラたんは、その人達を助けたいって事か?」


「…うん。」


素直に頷くスラたん。


その状況を見れば、俺もスラたんと同じような事を感じて、助けたいと思うだろう。


だが、ここで奴隷達を助けるのは、悪手である。


「いや。駄目だ。それは出来ない。」


「っ?!」


「助けたい気持ちはよく分かる、俺だって同じ気持ちだ。だが、奴隷達を助けたとして、その後はどうするつもりだ?」


「っ…………」


今、俺達は敵の懐に入っている状態であり、自分達の身を守る事さえ出来るかどうかという状況だ。その上で、助けた奴隷達を連れて歩くなんて事は出来ない。もし助ける事が出来て、閉じ込められている部屋から出せたとしても、俺達が彼等を守りながら戦うのは不可能と言える。そうなると、この敵がうじゃうじゃ居る中を、彼等だけで歩かせる事になる。


「何より、奴隷達の主人をどうにかしない限り、奴隷達は逃げられない。ここで助ける事は、ただの自己満足だ。本当に助けたいなら、彼等を部屋から出した後のこともしっかり考えておかないとな。」


「………そう…だね……」

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